Legal Update

第30回 2024年7月に押さえておくべき企業法務の最新動向

法務部

シリーズ一覧全44件

  1. 第1回 2022年4月施行の改正法を中心とした最新動向と対応のポイント
  2. 第2回 2022年4月・5月施行の改正法を中心とした最新動向と対応のポイント
  3. 第3回 2022年6月施行の改正法を中心とした最新動向と対応のポイント
  4. 第4回 2022年7月以降も注目 企業法務に関する法改正と最新動向・対応のポイント
  5. 第5回 2022年6月公表の「骨太方針」、開示に関する金融庁報告書、および7月のCGSガイドライン再改訂に関する対応のポイント
  6. 第6回 2022年3月〜6月の医薬品・医療に関する法律・指針等に関する日本・中国の最新動向と対応のポイント
  7. 第7回 2022年5月〜6月の人事労務・データ・セキュリティ・危機管理に関する企業法務の最新動向・対応のポイント
  8. 第8回 2022年9月に押さえておくべき企業法務に関する法改正と最新動向・対応のポイント
  9. 第9回 2022年10月施行の改正法を中心とした最新動向と対応のポイント
  10. 第10回 2022年11月に押さえておくべき企業法務の最新動向
  11. 第11回 2022年12月に押さえておくべき企業法務の最新動向
  12. 第12回 2023年1月に押さえておくべき企業法務の最新動向
  13. 第13回 2023年2月に押さえておくべき企業法務の最新動向
  14. 第14回 4月施行の改正法ほか2023年3月に押さえておくべき企業法務の最新動向
  15. 第15回 2023年4月施行の改正法を中心とした企業法務の最新動向
  16. 第16回 6月施行の改正法ほか2023年5月に押さえておくべき企業法務の最新動向
  17. 第17回 2023年6月に押さえておくべき企業法務の最新動向
  18. 第18回 2023年7月に押さえておくべき企業法務の最新動向
  19. 第19回 2023年8月に押さえておくべき企業法務の最新動向
  20. 第20回 2023年9月に押さえておくべき企業法務の最新動向
  21. 第21回 2023年10月に押さえておくべき企業法務の最新動向
  22. 第22回 2023年11月に押さえておくべき企業法務の最新動向
  23. 第23回 2023年12月に押さえておくべき企業法務の最新動向
  24. 第24回 2024年1月に押さえておくべき企業法務の最新動向
  25. 第25回 2024年2月に押さえておくべき企業法務の最新動向
  26. 第26回 2024年3月に押さえておくべき企業法務の最新動向
  27. 第27回 4月施行の改正法ほか2024年4月に押さえておくべき企業法務の最新動向
  28. 第28回 2024年5月に押さえておくべき企業法務の最新動向
  29. 第29回 2024年6月に押さえておくべき企業法務の最新動向
  30. 第30回 2024年7月に押さえておくべき企業法務の最新動向
  31. 第31回 2024年8月に押さえておくべき企業法務の最新動向
  32. 第32回 2024年9月に押さえておくべき企業法務の最新動向
  33. 第33回 2024年10月に押さえておくべき企業法務の最新動向
  34. 第34回 2024年11月に押さえておくべき企業法務の最新動向
  35. 第35回 2024年12月に押さえておくべき企業法務の最新動向
  36. 第36回 2025年1月に押さえておくべき企業法務の最新動向
  37. 第37回 2025年2月に押さえておくべき企業法務の最新動向
  38. 第38回 2025年3月に押さえておくべき企業法務の最新動向
  39. 第39回 4月施行の改正法ほか2025年4月に押さえておくべき企業法務の最新動向
  40. 第40回 2025年5月に押さえておくべき企業法務の最新動向
  41. 第41回 2025年6月に押さえておくべき企業法務の最新動向
  42. 第42回 2025年7月に押さえておくべき企業法務の最新動向
  43. 第43回 2025年8月に押さえておくべき企業法務の最新動向
  44. 第44回 2025年9月に押さえておくべき企業法務の最新動向
もっと見る 閉じる

目次

  1. クレディ・スイスAT1債保有者による「投資仲裁」申立てに向けた動き
    1. AT1債の無価値化による損失回復の動き
    2. AT1債保有者のスイス政府に対する「投資仲裁」とは
    3. 集団的申立ておよび「訴訟ファンド」の活用による費用負担の軽減
  2. 「脱炭素成長型経済構造への円滑な移行のための低炭素水素等の供給及び利用の促進に関する法律」(水素社会推進法)の成立
  3. 「二酸化炭素の貯留事業に関する法律」(CCS事業法)の成立
  4. 「学校設置者等及び民間教育保育等事業者による児童対象性暴力等の防止等のための措置に関する法律」の成立
  5. 金融庁・証券取引等監視委員会「インサイダー取引規制に関するQ&A」の改訂
    1. 事後交付型株式報酬における自己株式処分の方法による付与
    2. 株式報酬の源泉徴収税額充当目的の売却
  6. 経済産業省「起業家主導型カーブアウト実践のガイダンス」の公表
  7. 中国「ネットワーク反不正当競争暫定規定」の公布
    1. 伝統的不正競争行為の新形態の明確化・精緻化
    2. 反不正当競争法12条に定めるネットワークの不正競争行為禁止規定の明確化・精緻化
    3. ネットワーク領域における新たな不正競争行為の類型化・規制
    4. プラットフォーム運営者の責任強化
  8. AIの発明者性を否定した東京地裁判決(東京地裁令和6年5月16日判決)
    1. 事案の概要
    2. 判決の概要
    3. 諸外国での状況
    4. 日本における議論の状況
    5. おわりに

 2024年6月18日までに、スイス政府は、クレディ・スイスの永久劣後債(AT1債)の無価値化に関し海外投資家から投資仲裁前の協議通知を受け取ったと報じられています。日本国内のAT1債販売総額は1,400億円にのぼり、証券会社に対する集団的な訴訟が提起されました。また、投資仲裁を通じた救済に向け、日本の投資家による集団的な申立ての動きも本格化しています。


 同年5月17日、「脱炭素成長型経済構造への円滑な移行のための低炭素水素等の供給及び利用の促進に関する法律」(水素社会推進法)が成立、同年5月24日に公布されました。2050年のカーボンニュートラルに向けてGX(グリーントランスフォーメーション)を推進するという日本政府の施策の1つとして位置付けられ、エネルギーの安定的かつ低廉な供給を確保しつつ、脱炭素成長型経済構造への円滑な移行を図り、もって国民生活の向上および国民経済の健全な発展に寄与することを目的とする法律です。

 同年5月17日、「二酸化炭素の貯留事業に関する法律」(CCS事業法)が成立、同年5月24日に公布されました。この法律も、2050年のカーボンニュートラルに向けてGX(グリーントランスフォーメーション)を推進するという日本政府の施策の1つとして位置付けられ、二酸化炭素の貯留事業・導管輸送事業の健全な発達および海洋環境の保全を図り、ならびに公共の安全を確保し、もって国民生活の向上および国民経済の健全な発展に寄与することを目的とする法律です。

 同年6月19日、「学校設置者等及び民間教育保育等事業者による児童対象性暴力等の防止等のための措置に関する法律」が成立しました。同法は、「日本版DBS法案」などと呼ばれ、学校設置者等(学校、児童福祉施設等)や民間教育保育等事業者(学習塾、学童保育施設等)において整備される犯罪事実確認の仕組み等を通じて、特定性犯罪の前科の有無を確認する義務を負う等、教育事業者にとって重要性の高いものです。

 同年4月19日、金融庁・証券取引等監視委員会から、「インサイダー取引規制に関するQ&A」の改訂版が公表されました。本改訂では、事後交付型株式報酬(譲渡制限付株式ユニット(RSU)および業績連動型株式ユニット(PSU))における現物株式の付与および株式報酬の源泉徴収税額充当目的の売却に関するインサイダー取引規制の適用に関する2問のQ&Aが追加されています。

 同年4月26日、経済産業省は、「起業家主導型カーブアウト実践のガイダンス」を公表しました。起業家主導型カーブアウトの実践に向けた事業会社のあるべき姿が示され、その他、社内での検討や調整におけるつまずきのポイントや事業会社の協⼒を得た具体的な事例集も整理されています。

 同年5月6日、中国で「ネットワーク反不正当競争暫定規定」が公布され、同年9月1日より施行されます。中国では、ネットワークを通じた商品販売・サービス提供が日本よりも活発的に行われており、政府はかかるネットワーク活動における違法行為の取締りの強化に努めています。日本の不正競争防止法よりも詳細な規制行為類型が設けられており、プラットフォーム運営者の責任についても明記されています。

 そのほか、AIが特許法上の「発明者」に該当するかが争点となっていた事案について、特許法上の「発明者」は自然人に限られ、AIは含まれないとする東京地裁判決について解説します。

 編集代表:坂尾 佑平弁護士(三浦法律事務所)

本稿で扱う内容一覧

日付 内容
2024年4月19日 金融庁・証券取引等監視委員会「インサイダー取引規制に関するQ&A」の改訂
2024年4月26日 経済産業省「起業家主導型カーブアウト実践のガイダンス」の公表
2024年5月6日 中国「ネットワーク反不正当競争暫定規定」の公布
2024年5月16日 AIの発明者性を否定した東京地裁判決(東京地裁令和6年5月16日判決)
2024年5月17日 「脱炭素成長型経済構造への円滑な移行のための低炭素水素等の供給及び利用の促進に関する法律」(水素社会推進法)の成立
2024年5月17日 「二酸化炭素の貯留事業に関する法律」(CCS事業法)の成立
2024年6月18日 クレディ・スイスAT1債保有者による「投資仲裁」申立てに向けた動き
2024年6月19日 「学校設置者等及び民間教育保育等事業者による児童対象性暴力等の防止等のための措置に関する法律」の成立

クレディ・スイスAT1債保有者による「投資仲裁」申立てに向けた動き

 執筆:緑川 芳江弁護士

AT1債の無価値化による損失回復の動き

 2023年、スイス政府の措置によりクレディ・スイスの永久劣後債(以下「AT1債」といいます)が無価値化したことを受け、損失を被った投資家が世界中で損失回復に動いています。
 日本国内でのAT1債販売総額は1,400億円にのぼり、日本でも証券会社に対する集団的な訴訟が提起されました。また、「投資仲裁」を通じた救済に向け、日本を含む各国投資家による集団的な申立ての動きも見られます。2024年6月18日までに、スイス政府が「投資仲裁」の申立て前に投資家から送付される協議通知を受領したと報じられており、今後、「投資仲裁」に向けた各国投資家の動きが本格化していくことが見込まれます。

 詳細は、弊所のNote記事「M&P LEGAL NEWS ALERT #6:『クレディ・スイスAT1債の無価値化による損失回復に向けた投資仲裁と訴訟ファンド(Third Party Funding)の活用』」をご覧ください。

AT1債保有者のスイス政府に対する「投資仲裁」とは

 2009年締結の日・スイス経済連携協定(以下「EPA」といいます)には、両国が相互に自国に対する投資を保護する義務を負うことが定められ、投資先の国がこれらの義務に違反した場合、投資家は、「投資仲裁」を通じ投資先の政府に対して損害の賠償などを求めることができます

 EPA上保護の対象となる「投資財産」は、「すべての種類の資産」であり、クレディ・スイスが発行したAT1債を保有する日本の投資家は、スイス政府に対して、「投資仲裁」を通じた被害回復を求めることのできる地位にあると考えられます。
 スイス政府の措置でAT1債が無価値化したことが、不当な収用の禁止、公正かつ衡平な待遇を与える義務などの違反に該当するかに焦点が当てられています。

 「投資仲裁」は、政府と一定期間の協議を経たうえで、損害を知った日(または知るべきであった日のいずれか早い日)から5年以内に申し立てる必要があり、期限を意識した行動が求められます。すでに、スイス政府は、2024年6月18日時点でかかる協議通知を海外投資家から受領したことが報じられています。

集団的申立ておよび「訴訟ファンド」の活用による費用負担の軽減

 現在、準備が進められているのは、日本の投資家による集団的な「投資仲裁」の申立てであり、手続費用を成功報酬制で負担する「訴訟ファンド」の活用も報道されています。この手法により、AT1債保有者の負担が大幅に軽減される見込みです。

「脱炭素成長型経済構造への円滑な移行のための低炭素水素等の供給及び利用の促進に関する法律」(水素社会推進法)の成立

 執筆:坂尾 佑平弁護士

 2024年5月17日に、「脱炭素成長型経済構造への円滑な移行のための低炭素水素等の供給及び利用の促進に関する法律案」(水素社会推進法案)が参議院本会議にて可決され、同法が成立しました。同法は同年5月24日に公布されました。

 同法は、2050年のカーボンニュートラルに向けてGX(グリーントランスフォーメーション)を推進するという日本政府の施策の1つとして位置付けられるものであり、エネルギーの安定的かつ低廉な供給を確保しつつ、脱炭素成長型経済構造への円滑な移行を図り、もって国民生活の向上および国民経済の健全な発展に寄与することを目的としています。

 同法は、低炭素水素等に関する定義・基本方針・国/自治体/事業者の責務を定めるとともに、低炭素水素等供給等事業に関する計画の認定制度を創設し、認定供給等事業計画に係る支援措置(関連法における許可や認定に関する特例、助成金・補助金の交付等)を定めています。
 また、経済産業大臣が、水素等供給事業者が取り組むべき基準(判断基準)を定めるとされており、事業者が低炭素水素等の供給について自主的な取組を行うことが期待されています。

 同法は、公布の日である2024年5月24日から起算して6月を超えない範囲内において政令で定める日から施行するとされていますが、経済産業省は2024年夏頃の施行を目指して政省令等の整備がなされる旨を示しています。

「二酸化炭素の貯留事業に関する法律」(CCS事業法)の成立

 執筆:坂尾 佑平弁護士

 2024年5月17日に、「二酸化炭素の貯留事業に関する法律案」(CCS事業法案)が参議院本会議にて可決され、同法が成立しました。同法は同年5月24日に公布されました。

 同法は、2050年のカーボンニュートラルに向けてGX(グリーントランスフォーメーション)を推進するという日本政府の施策の1つとして位置付けられるものであり、二酸化炭素の貯留事業・導管輸送事業の健全な発達および海洋環境の保全を図り、ならびに公共の安全を確保し、もって国民生活の向上および国民経済の健全な発展に寄与することを目的としています。

 同法は、貯留層が存在する可能性がある区域(特定区域)の指定、特定区域における試掘・貯留事業の許可等の制度を創設し、この許可を受けた者試掘権(貯留層に該当するかどうかを確認するために地層を掘削する権利)や貯留権(貯留層にCO2を貯留する権利)を設定し、かつこれらの権利をみなし物件とする旨を定めています。
 また、CO2の導管輸送事業に係る事業の届出制度を創設し、導管輸送事業者に対する事業規制・保安規制を定めています。

 ESG(環境・社会・ガバナンス)へのグローバルレベルでの関心が高まっている状況に鑑み、各企業は、水素社会推進法とともに同法の内容を適切に理解したうえで、自社の環境・脱炭素への取組を検討することが望まれます。

 同法は、公布の日から起算して3月または6月を超えない範囲内において政令で定める日から施行されるとされている一部の条項を除き、公布の日である2024年5月24日から起算して2年を超えない範囲内において政令で定める日から施行するとされています。事業者は施行日を見据えて適切に準備を進めることが望まれます。

「学校設置者等及び民間教育保育等事業者による児童対象性暴力等の防止等のための措置に関する法律」の成立

 執筆:坂尾 佑平弁護士

 2024年6月19日に、「学校設置者等及び民間教育保育等事業者による児童対象性暴力等の防止等のための措置に関する法律」が成立しました。

 同法には、①学校設置者等および民間教育保育等事業者の責務等、②学校設置者等が講ずべき措置、③民間教育保育等事業者の認定および認定事業者が講ずべき措置、④犯罪事実確認の仕組み等が含まれています。
 同法は、子どもに接する仕事に就く者の性犯罪歴の有無を確認するイギリスのDBS(Disclosure and Barring Service)制度を参考にしたものであるため、「日本版DBS法案」などと呼ばれることも多いですが、これは特に上記④の内容に着目した呼称といえます。

 学校設置者等(学校、児童福祉施設等)については、教員等としてその業務を行わせる者について、上記④の仕組みを通じて、特定性犯罪(痴漢、盗撮等の条例違反を含む)の前科の有無を確認する義務を負うこととされています。
 他方、民間教育保育等事業者(学習塾、学童保育施設等)については、学校設置者が講ずべき措置と同等のものを実施する体制が確保されている事業者として、認定を受けることができ、その旨は公表され、当該事業者自身で認定を表示することも可能です。この場合に、認定を受けた事業者は、学校設置者等と同様に特定性犯罪の前科の有無を確認する義務を負うことになります。

 同法は、公布の日から起算して2年6月を超えない範囲内において政令で定める日から施行されるとされており、教育・保育業界の事業者は施行日を見据えて適切に準備を進めることが望まれます。

金融庁・証券取引等監視委員会「インサイダー取引規制に関するQ&A」の改訂

 執筆:新岡 美波弁護士、大草 康平弁護士

 2024年4月19日、金融庁・証券取引等監視委員会から、「インサイダー取引規制に関するQ&A【応用編】」の改訂版(以下「本Q&A」といいます)が公表されました(金融庁のウェブサイト)。

 本Q&Aでは、事後交付型株式報酬(譲渡制限付株式ユニット(RSU)および業績連動型株式ユニット(PSU))における現物株式の付与および株式報酬の源泉徴収税額充当目的の売却に関するインサイダー取引規制の適用に関する「応用編」問9・10の2問が追加されています。
 なお、株式報酬としての譲渡制限付株式(リストリクテッド・ストック(RS))の自己株式処分の方法による付与に関する「応用編」問8の追加を含む、2023年12月8日の本Q&Aの改訂については、本連載第25回「2024年2月に押さえておくべき企業法務の最新動向」において解説していますので、ご参照ください。

事後交付型株式報酬における自己株式処分の方法による付与

応用編(問9)
上場会社が、役職員等に対して、その職務執行の対価として対象期間の経過後に対象期間における勤務の継続や業績条件の達成度合いに応じて現物株式を自己株式の処分の方法により付与する場合、インサイダー取引規制との関係で問題がありますか。

 問9の解説では、以下のような一般的な内容の譲渡制限付株式ユニットまたは業績連動型株式ユニットにおける株式の付与であれば、①当該付与が株式報酬の一種であること、②当該付与の条件および当該条件充足時の現物株式の付与数ならびに付与時期が当該付与時点より相当の期間前に社内規程または契約等で規定されているものであることから、情報の非対称性に基づく取引による市場の公正性・健全性の阻害という事態は基本的には想定されないことを理由に、未公表の「重要事実」があったとしても、当該付与が当該「重要事実」と無関係に行われたことが明らかであるとして、インサイダー取引規制違反にはならない旨示されています。

【一般的な内容の譲渡制限付株式ユニットまたは業績連動型株式ユニット】
  • 事前に社内規程または契約等で規定された条件が対象期間(通常は1年以上)において充足された場合に、事前に社内規程または契約等で規定された、対象期間の経過後における付与時期(条件の充足が確定し、現物株式の付与のための必要な機関決定等の手続が完了するものと合理的に見込まれる時期)に現物株式を付与する建付であること
  • 現物株式の付与数については、①譲渡制限付株式ユニットは、勤務の継続を条件とした確定数の現物株式を、②業績連動型株式ユニットは、業績条件の達成度合いに応じた数の現物株式を付与するものであること
  • なお、いずれも付与対象者が死亡その他正当な理由により退任または退職をした場合や発行会社により組織再編等が行われる場合に付与される株式数が調整される旨の規定が設けられるものもあること

株式報酬の源泉徴収税額充当目的の売却

応用編(問10)
上場会社の役職員等が、その職務執行の対価として一定期間の譲渡制限が付された現物株式の付与を受けた場合において、当該譲渡制限が解除されたときに、その付与を受けた現物株式に係る源泉徴収税額へ充当するため、当該現物株式を売却することはインサイダー取引規制との関係で問題がありますか。

 問10の解説では、上場会社の役職員等による一般的な内容の譲渡制限付株式(問9解説参照)の売却で、以下の①~③の要素を備えるものであれば、情報の非対称性に基づく取引による市場の公正性・健全性の阻害という事態は基本的には想定されないことを理由に、当該売却時点で当該役職員等が未公表の「重要事実」を知っていたとしても、当該売却が当該「重要事実」と無関係に行われたことが明らかであるとして、インサイダー取引規制違反にはならない旨示されています。

  1. 譲渡制限解除後速やかに行われる源泉徴収税額へ充当するための売却であること
  2. 役職員が指図を行わない売却の執行の仕組みであること
  3. 上記①および②があらかじめ社内規程や契約等で規定されていること

 上記の考え方は、問9と同様に、譲渡制限付株式ユニット、業績連動型株式ユニットおよび株式交付信託において付与される現物株式の売却についても当てはまる旨示されています。

 今後、株式報酬の付与を受けた役員・従業員は、問10の考え方に従って株式売却を行うことで、売買の期日と期日における売買等の総額または数が特定されているまたは裁量の余地がない方法により決定されている必要のある、知る前契約・計画を用いなくとも、より柔軟にインサイダー取引規制に違反しない形で納税資金の確保を行うことができ、インセンティブ報酬としての株式報酬の使い勝手が向上すると考えられます。

 本Q&Aの改訂は、コーポレートガバナンスの観点から中長期の業績向上に向けたインセンティブとしての機能を期待されて導入が進んでいる株式報酬制度の実務対応に関する内容の追加であり、株式報酬に関する交付時期の設定等に対し一定の影響が考えられるため、企業における実務担当者の方は一読されることが望まれます。

 なお、近時の本Q&Aの改訂に関する詳細な解説については、弊所のNote記事「ポイント解説・金商法 #17:「インサイダー取引規制に関するQ&A」の改訂【事後交付型株式報酬における現物株式の付与・株式報酬の源泉徴収税額充当目的の売却について】」、「ポイント解説・金商法 #15:「インサイダー取引規制に関するQ&A」の改訂【中止が想定されている知る前契約・計画、株式報酬総額の見込み額の公表等について】」をご参照ください。

経済産業省「起業家主導型カーブアウト実践のガイダンス」の公表

 執筆:所 悠人弁護士

 2024年4月26日、経済産業省は、事業会社からのスタートアップ創出を促すためのカーブアウトに関して、「起業家主導型カーブアウト実践のガイダンス」(以下「本ガイダンス」といいます)を公表しました。

 本ガイダンスでは、⾃社組織(組織OS・組織的能⼒・資⾦⼒・スピード感)の限界により事業化できない技術を事業化するために、事業会社とは別の法⼈(スタートアップ)を創設することを、「スタートアップ創出型カーブアウト」と位置づけ、その中でも、起業家が主導してカーブアウトのプロセスやその後の経営に取り組む「起業家主導型カーブアウト」に着⽬し、その特徴等を整理して実践的なカーブアウトの⼿法を提⽰しています。
 起業家主導型カーブアウトの実践に向けた事業会社のあるべき姿が示されているうえ、その他、社内での検討や調整におけるつまずきのポイントや事業会社の協⼒を得た具体的な事例集も整理されています。

 日本では民間部門の研究開発投資のうち約9割が大企業によって担われているものの、事業化されない技術の約6割がそのまま消滅しているとされており、こうした技術を死蔵されることなく、新産業の創出やイノベーションの実現につなげるための手法を解説するものとして参考になります。

中国「ネットワーク反不正当競争暫定規定」の公布

 執筆:大滝 晴香弁護士、袁 智妤(中国法律師)

 2024年5月6日、「ネットワーク反不正当競争暫定規定」(中国名:网络反不正当竞争暂行规定、以下「本規定」といいます)が公布され、同年9月1日より施行されます。

 本規定は、2019年に施行された改正反不正当競争法(日本の不正競争防止法に相当する法律)、および、2018年に制定された電子商務法のルールを基礎としつつ、急速な発展を遂げているネットワーク領域における不正競争行為を規制するため、規制の明確化および適用条件の細分化を行い、公正な市場競争秩序を維持するために制定されたものです。

 日本企業が中国国内向けの越境ECを提供する場合や、中国国内の子会社や支店を通じてインターネットやSNS等を用いた事業活動を行う場合は、本規定の適用を受ける可能性があるため、留意が必要です。

 本規定は全43条から成り、注目すべき主要な規定事項は以下のとおりです。

伝統的不正競争行為の新形態の明確化・精緻化

 反不正当競争法は、基本的な不正競争行為として誤認混同行為、商業賄賂、虚偽宣伝、信用棄損等の行為類型(6条~11条)を規定しているところ、本規定では、これらの伝統的な不正競争行為について、ネットワーク領域で問題となりやすい行為も踏まえ、下表のとおり規制対象行為の具体化・明確化がなされています。

行為類型 対象行為(一部抜粋)
誤認混同
(本規定7条)
  • 他人の一定の影響力のあるドメイン名の主体部分やウェブページなどと同一または類似のロゴの無断使用行為
  • 他人の一定の影響力のあるアプリケーションソフト、オンラインショップ、公式アカウントなどにおけるデザイン、アイコンなどと同一または類似のロゴの無断使用行為
  • 他人の一定の影響力のある商業ロゴを無断で検索キーワードとして設定し、誤認を招く行為
商業賄賂
(本規定10条)
  • ランキングなどにおける取引機会または競争上の優位性を求めるために、財産(ネットワーク仮想財産なども含む)またはその他の手段を用いてプラットフォームのスタッフや取引に影響力を持つ組織または個人を買収すること
虚偽宣伝
(本規定8・9条)
  • 人気急上昇ワードなどにおける虚偽または誤解を招く商業宣伝活動
  • 架空のユーザー評価、クリック数、「いいね!」の数などに関する虚偽宣伝行為
  • 口コミの捏造
信用棄損
(本規定11条)
インターネットを通じた競争相手の事業上・商品上の信用を毀損する虚偽または誤解を招く情報の捏造・流布

反不正当競争法12条に定めるネットワークの不正競争行為禁止規定の明確化・精緻化

 反不正当競争法12条は、2019年の改正法の施行時に新たに創設された規定であり、利用者の選択に影響を与えるなどの技術的手段(他の事業者が提供するネットワーク製品またはサービスにリンクやターゲットジャンプを挿入する行為など)を用いて、他の事業者のネットワーク製品やサービスの正当な運用を妨げる行為を禁止しています。
 本規定12条では、上記ネットワーク領域における不正行為に当たるか否かを判断するため、以下の2つの基準を明確化しています。

  • 利用者の選択に影響を与える行為には、利用者の意思や選択権を侵害する場合、操作の複雑さを増大させる場合、利用の連続性を破壊する場合などが含まれること
  • 当該行為が技術革新や産業の発展に資するか否かなどの要素も考慮の上判断すべきこと

 また、7-3で詳述するとおり、本規定13条~23条において、反不正当競争法12条に定める不正競争行為類型の対象行為を具体化しています。

ネットワーク領域における新たな不正競争行為の類型化・規制

 本規定では、主に技術的手段によって実行される新たな不正競争行為(反不正当競争法12条に定める不正競争行為の具体化を含みます)の類型が規制対象として明記されています。主な規制対象は下表のとおりです。

行為類型 対象行為(一部抜粋)
リバース・クリックファーム
(本規定16条)
  • 故意に他の事業者と短期間に大規模かつ高頻度の取引を行うことや、好意的なコメントを行うなどして、他の事業者をして検索順位の引下げ、信用度の引下げ、商品の格下げなどをさせること
  • 悪意をもって対価を支払わずに短期間に商品を大量に注文したり、大量に購入し、返品したり配送を拒否したりすること
悪質な妨害・遮断
(本規定17条)
特定の事業者が合法的に提供する情報コンテンツやページを妨害・遮断すること
不正なデータ取得
(本規定19条)
技術的手段を用いて、他の事業者が適法に保有するデータを不正に取得もしくは使用すること
差別的取扱い
(本規定20条、21条4号、23条)
  • 技術的手段を用いて、同一条件の取引相手に対して不当に異なる取引条件を提供し、取引相手の選択権および公正な取引の権利などを侵害すること
  • 正当な理由なく、他の事業者が適法に提供するネットワーク商品・サービスにおいて、検索順位の引下げ、サービス内容の制限、検索結果の並び順の調整などを行うこと

プラットフォーム運営者の責任強化

 本規定では、プラットフォーム運営者が果たすべき責任・義務として、以下の各規定を設けています。

  • プラットフォーム内の運営者が不公正な競争方法を採用し、違法に商品を販売、サービスを提供、または消費者の合法的権益を侵害したことが判明した場合、適時に必要な処理措置を講じ、関連記録を保存し、プラットフォーム運営者の住所地の県レベル以上の市場監督管理部門に報告しなければならない(本規定6条)。
  • 競争上の優位性を有するプラットフォーム事業者は、正当な理由なく、技術的手段を用いて、バックエンドの取引データやトラフィックなどの情報上の優位性、管理ルールを濫用し、第三者の営業情報を遮断したり、商品表示の秩序を不当に妨害するなどして、他の事業者が適法に提供するネットワーク商品やサービスの正常な運営を妨げたり、市場の公正な競争秩序を乱したりしてはならない(本規定23条)。
  • サービス契約、取引ルールその他の手段を用いて、プラットフォーム内の事業者の取引、取引価格および他の事業者との取引を不当に制限し、または不当な条件を付してはならない(本規定24条)。
  • サービス契約および取引規則において、公正かつ合理的に手数料を決定しなければならず、企業倫理および業界慣行に違反して、プラットフォーム内の運営者に不合理なサービス手数料を請求してはならない(本規定25条)。

 中国では、ネットワークを通じた商品販売・サービス提供が日本よりも活発的に行われており、政府はかかるネットワーク活動における違法行為の取締りの強化に努めています。日本の不正競争防止法よりも詳細な規制行為類型が設けられており、プラットフォーム運営者の責任についても明記されています。
 事業者においてはこれらの各種規制を理解し、対応できる体制を整えるよう注意が求められます。

AIの発明者性を否定した東京地裁判決(東京地裁令和6年5月16日判決)

 執筆:橋爪 航弁護士

 2024年5月16日、知的財産権事件などを専門に担当する東京地裁民事第40部は、AIが特許法上の「発明者」に該当するかが争点となっていた事案について、特許法上の「発明者」は自然人に限られ、AIは含まれないとする判断をしました(東京地裁令和6年5月16日判決)。

 本稿では、本事案の説明と簡単なポイントをご紹介します。

事案の概要

 原告は、欧州特許庁への特許出願を基礎出願とし、国際出願を行いました。日本の特許庁への国内書面(特許法184条の5第1項)における発明者の氏名として、「ダバス、本発明を自律的に発明した人工知能」と記載していたところ、特許庁長官は、原告に対して発明者の氏名として自然人の氏名を記載するよう補正を命じました(特許法184条の5第2項)が、原告がそれに応じなかったため、同出願を却下する処分(特許法184条の5第3項。以下「本件処分」といいます)をしました。
 なお、ダバス(DABUS)とは、スティーブン・セイラー博士が開発したとされるAIシステムである、「統合知覚の自律起動のための装置(Device for Autonomous Bootstrapping of Unified Sentience)」の頭文字をとった略称です。
 本件は、原告が、被告に対し、特許法にいう「発明」はAI発明を含むものであり、AI発明に係る出願では発明者の氏名は必要的記載事項ではないから、本件処分は違法である旨主張して、本件処分の取消しを求める事案です。

争点 特許法にいう「発明」とは、自然人によるものに限られるかどうか。

判決の概要

 裁判所は、以下の事情を総合考慮して、「特許法に規定する「発明者」は、自然人に限られるものと解するのが相当である」と判示しました(なお、下線は筆者が付したものです)。

(1)我が国における「発明者」という概念

  1. 知的財産基本法の規定の解釈
     知的財産基本法2条1項は、「『知的財産』とは、発明、考案…その他の人間の創造的活動により生み出されるもの…をいう。」と規定するところ、「発明」が、人間の創造的活動により生み出されるものの例示として定義されていることから、同法は、特許その他の知的財産の創造等に関する基本となる事項として、発明とは、自然人により生み出されるものと規定していると解するのが相当

  2. 特許法の規定の解釈
     特許出願人の表示については、「特許出願人の氏名“又は”名称」を記載しなければならない旨規定する(特許法36条1項1号)が、発明者の表示については、「発明者の氏名」を記載しなければならない旨規定している(同項2号)ことから、氏名は自然人の氏名を意味し、発明者が自然人であることを当然の前提とする
     また、特許権は設定の登録により発生するもので、「発明をした者」がその発明について特許を受けることができる(同法66条、29条1項)ところ、AIは法人格を有するものでなく、自然人でもないから、「発明をした者」は、特許を受ける権利の帰属主体にはなり得ないAIはなく、自然人をいうものと解するのが相当

  3. 「発明者」にAIが含まれるとした場合の不都合性
     特許法上の「発明者」にAIが含まれると解した場合、AI発明については多くの者(AI発明・ソースコード等ソフトウェアの権利者、AI発明を出力等するハードウェアの権利者、管理者等に限らない)が関与するが、いずれの者を発明者とすべきかという点について法令上の根拠を欠く。
     特許要件である進歩性 (同法29条2項)は、当業者(その発明の属する技術の分野における通常の知識(技術常識)を有する者)が公知発明に基づいて容易に発明できない(容易想到でない)ことが必要とするが、自然人の創作能力とAIの自律的創作能力が、ただちに同一であると判断するのは困難であり、自然人が想定されていた「当業者」という概念を、ただちにAIにも適用するのは相当ではない。また、AI発明に係る権利の存続期間は、現行特許法による存続期間とは異なるものと制度設計する余地も、十分にあり得る。
     このような観点からすれば、AI発明に係る制度設計は、AIがもたらす社会経済構造等の変化を踏まえ、国民的議論による民主主義的なプロセスに委ねることとし、その他のAI関連制度との調和にも照らし、体系的かつ合理的な仕組みのあり方を立法論として幅広く検討して決めることが、相応しい解決のあり方とみるのが相当である。
     グローバルな観点からみても、発明概念に係る各国の法制度および具体的規定の相違はあるものの、各国の特許法にいう「発明者」にただちにAIが含まれると解するに慎重な国が多いことは、当審提出に係る証拠および弁論の全趣旨によれば、明らか。

(2)原告の主張に対する判断

 裁判所は以下のように述べ、原告の主張はいずれも採用することができないとした。
  • 自然人を想定して制度設計された現行特許法の枠組みの中で、AI発明に係る発明者等を定めるのは困難。
  • 財産権の準占有について規定する民法205条・189条(善意の占有者による果実の取得等)によっても、果実を取得できる者を特定するのは格別、果実を生じさせる特許権そのものの発明主体をただちに特定することはできない。
  • TRIPS協定27条1項は、「特許の対象」を規律の内容とするものであり、「権利の主体」につき、加盟国に対し、加盟国の国内特許法にいう「発明者」にAIを含めるよう義務付けるものとまでいえず、わが国の特許法の解釈をただちに左右するものではない。
  • 当時想定していなかったAI発明については、現行特許法の解釈のみでは、AIがもたらす社会経済構造等の変化を踏まえた的確な結論を導き得ない派生的問題が多数生じる。

(3)その他

 原告の主張内容および弁論の全趣旨に鑑みると、まずはわが国で立法論としてAI発明に関する検討を行って可及的速やかにその結論を得ることが、AI発明に関する産業政策上の重要性に鑑み、特に期待されているものであることを、最後に改めて付言する。

諸外国での状況

 ダバス(DABUS)に関して、発明者をAIとする特許出願は日本以外(アメリカ、EU、イギリス、ドイツ、オーストラリア、南アフリカ、中国等)でもなされていますが、実体審査を経ない南アフリカを除き、多くの国で、AIを発明者と認めないという判断がなされています。

日本における議論の状況

 日本国内においても、特許庁による公表資料を中心に、AIの発明者適格性を否定する運用を明らかにしています。なお、本稿執筆時点(令和6年6月6日)での公表情報に基づいています。

(1)特許庁「発明者等の表示について」(2021年7月30日)

  • 「発明者の表示は、自然人に限られるものと解しており、願書等に記載する発明者の欄において自然人ではないと認められる記載、例えば人工知能(AI)等を含む機械を発明者として記載することは認めていません」
  • 「発明者等の欄に自然人でないと認められる記載がある場合」は、「願書等の記載事項に不備があるものとして、手続に方式上の違反がある場合に該当することから、相当の期間を指定して手続の補正をすべきことを命じます(特許法第17条第3項(意匠法第68条第2項において準用する場合を含む)、第184条の5第2項、実用新案法第2条の2第4項、第48条の5第2項)」

(2)AI時代の知的財産権検討会「中間とりまとめ」(2024年5月28日)84頁~85頁

  • 「特許法は『発明者』として自然人のみを想定していると考えられる」
  • 「現時点では、AI自身が、人間の関与を離れ、自律的に創作活動を行っている事実は確認できておらず、依然として自然人による発明創作過程で、その支援のためにAIが利用されることが一般的であると考えられる。このような場合については、発明の特徴的部分の完成に創作的に寄与した者を発明者とするこれまでの考え方に従って自然人の発明者を認定すべきと考えられる」
  • 「AIを利用した発明についても、モデルや学習データの選択、学習済みモデルへのプロンプト入力等において、自然人が関与することが想定されており、そのような関与をした者も含め、発明の特徴的部分の完成に創作的に寄与したと認められる者を発明者と認定すべきと考えられる」

(3)知的財産戦略本部「知的財産推進計画2024」(2024年6月4日)17頁

  • 「『発明者』(共同発明者を含む。)として認められるための要件については、現時点でのAI技術水準を見れば、AI自身が、人間の関与を離れ、自律的に創作活動を行っている事実は確認できておらず、依然として、自然人による発明創作過程で、その支援のためにAIが利用されることが一般的であるといえ、発明の特徴的部分の完成に創作的に寄与した者を発明者とするこれまでの考え方に従って自然人の発明者を認定すべきと考えられる」
  • 「今後、AI技術等の更なる進展により、AIが自律的に発明の特徴的部分を完成させることが可能となった場合の取扱いについては、技術の進展や国際動向、ユーザーニーズ等を踏まえながら、発明者認定への影響を含め、引き続き必要に応じた検討を特許庁は関係省庁と連携の上で進めることが望ましい」
  • 「『AIの利活用拡大を見据えた進歩性等の特許審査上の課題』については、現時点では、発明創作過程におけるAIの利活用の影響によりこれまでの特許審査実務の運用を変更すべき事情があるとは認められないとした。例えば、進歩性や記載要件の判断に当たっては、幅広い技術分野における発明創作過程でのAIの利活用を含め、技術常識や技術水準を的確に把握した上で判断を行うべきと考えられるとしている」

おわりに

 本東京地裁判決では、「我が国で立法論としてAI発明に関する検討を行って可及的速やかにその結論を得ることが、AI発明に関する産業政策上の重要性に鑑み、特に期待されているものである」と最後に付言しているように、今後ハードローによるルール形成が進むことが予想されます。国民的議論による民主主義的なプロセスにしっかりと与していくためにも、グローバルな観点も含めて、引き続き動向をウォッチしていく必要があります。

シリーズ一覧全44件

  1. 第1回 2022年4月施行の改正法を中心とした最新動向と対応のポイント
  2. 第2回 2022年4月・5月施行の改正法を中心とした最新動向と対応のポイント
  3. 第3回 2022年6月施行の改正法を中心とした最新動向と対応のポイント
  4. 第4回 2022年7月以降も注目 企業法務に関する法改正と最新動向・対応のポイント
  5. 第5回 2022年6月公表の「骨太方針」、開示に関する金融庁報告書、および7月のCGSガイドライン再改訂に関する対応のポイント
  6. 第6回 2022年3月〜6月の医薬品・医療に関する法律・指針等に関する日本・中国の最新動向と対応のポイント
  7. 第7回 2022年5月〜6月の人事労務・データ・セキュリティ・危機管理に関する企業法務の最新動向・対応のポイント
  8. 第8回 2022年9月に押さえておくべき企業法務に関する法改正と最新動向・対応のポイント
  9. 第9回 2022年10月施行の改正法を中心とした最新動向と対応のポイント
  10. 第10回 2022年11月に押さえておくべき企業法務の最新動向
  11. 第11回 2022年12月に押さえておくべき企業法務の最新動向
  12. 第12回 2023年1月に押さえておくべき企業法務の最新動向
  13. 第13回 2023年2月に押さえておくべき企業法務の最新動向
  14. 第14回 4月施行の改正法ほか2023年3月に押さえておくべき企業法務の最新動向
  15. 第15回 2023年4月施行の改正法を中心とした企業法務の最新動向
  16. 第16回 6月施行の改正法ほか2023年5月に押さえておくべき企業法務の最新動向
  17. 第17回 2023年6月に押さえておくべき企業法務の最新動向
  18. 第18回 2023年7月に押さえておくべき企業法務の最新動向
  19. 第19回 2023年8月に押さえておくべき企業法務の最新動向
  20. 第20回 2023年9月に押さえておくべき企業法務の最新動向
  21. 第21回 2023年10月に押さえておくべき企業法務の最新動向
  22. 第22回 2023年11月に押さえておくべき企業法務の最新動向
  23. 第23回 2023年12月に押さえておくべき企業法務の最新動向
  24. 第24回 2024年1月に押さえておくべき企業法務の最新動向
  25. 第25回 2024年2月に押さえておくべき企業法務の最新動向
  26. 第26回 2024年3月に押さえておくべき企業法務の最新動向
  27. 第27回 4月施行の改正法ほか2024年4月に押さえておくべき企業法務の最新動向
  28. 第28回 2024年5月に押さえておくべき企業法務の最新動向
  29. 第29回 2024年6月に押さえておくべき企業法務の最新動向
  30. 第30回 2024年7月に押さえておくべき企業法務の最新動向
  31. 第31回 2024年8月に押さえておくべき企業法務の最新動向
  32. 第32回 2024年9月に押さえておくべき企業法務の最新動向
  33. 第33回 2024年10月に押さえておくべき企業法務の最新動向
  34. 第34回 2024年11月に押さえておくべき企業法務の最新動向
  35. 第35回 2024年12月に押さえておくべき企業法務の最新動向
  36. 第36回 2025年1月に押さえておくべき企業法務の最新動向
  37. 第37回 2025年2月に押さえておくべき企業法務の最新動向
  38. 第38回 2025年3月に押さえておくべき企業法務の最新動向
  39. 第39回 4月施行の改正法ほか2025年4月に押さえておくべき企業法務の最新動向
  40. 第40回 2025年5月に押さえておくべき企業法務の最新動向
  41. 第41回 2025年6月に押さえておくべき企業法務の最新動向
  42. 第42回 2025年7月に押さえておくべき企業法務の最新動向
  43. 第43回 2025年8月に押さえておくべき企業法務の最新動向
  44. 第44回 2025年9月に押さえておくべき企業法務の最新動向
もっと見る 閉じる

無料会員登録で
リサーチ業務を効率化

1分で登録完了

無料で会員登録する