Legal Update
第24回 2024年1月に押さえておくべき企業法務の最新動向
法務部
シリーズ一覧全44件
- 第1回 2022年4月施行の改正法を中心とした最新動向と対応のポイント
- 第2回 2022年4月・5月施行の改正法を中心とした最新動向と対応のポイント
- 第3回 2022年6月施行の改正法を中心とした最新動向と対応のポイント
- 第4回 2022年7月以降も注目 企業法務に関する法改正と最新動向・対応のポイント
- 第5回 2022年6月公表の「骨太方針」、開示に関する金融庁報告書、および7月のCGSガイドライン再改訂に関する対応のポイント
- 第6回 2022年3月〜6月の医薬品・医療に関する法律・指針等に関する日本・中国の最新動向と対応のポイント
- 第7回 2022年5月〜6月の人事労務・データ・セキュリティ・危機管理に関する企業法務の最新動向・対応のポイント
- 第8回 2022年9月に押さえておくべき企業法務に関する法改正と最新動向・対応のポイント
- 第9回 2022年10月施行の改正法を中心とした最新動向と対応のポイント
- 第10回 2022年11月に押さえておくべき企業法務の最新動向
- 第11回 2022年12月に押さえておくべき企業法務の最新動向
- 第12回 2023年1月に押さえておくべき企業法務の最新動向
- 第13回 2023年2月に押さえておくべき企業法務の最新動向
- 第14回 4月施行の改正法ほか2023年3月に押さえておくべき企業法務の最新動向
- 第15回 2023年4月施行の改正法を中心とした企業法務の最新動向
- 第16回 6月施行の改正法ほか2023年5月に押さえておくべき企業法務の最新動向
- 第17回 2023年6月に押さえておくべき企業法務の最新動向
- 第18回 2023年7月に押さえておくべき企業法務の最新動向
- 第19回 2023年8月に押さえておくべき企業法務の最新動向
- 第20回 2023年9月に押さえておくべき企業法務の最新動向
- 第21回 2023年10月に押さえておくべき企業法務の最新動向
- 第22回 2023年11月に押さえておくべき企業法務の最新動向
- 第23回 2023年12月に押さえておくべき企業法務の最新動向
- 第24回 2024年1月に押さえておくべき企業法務の最新動向
- 第25回 2024年2月に押さえておくべき企業法務の最新動向
- 第26回 2024年3月に押さえておくべき企業法務の最新動向
- 第27回 4月施行の改正法ほか2024年4月に押さえておくべき企業法務の最新動向
- 第28回 2024年5月に押さえておくべき企業法務の最新動向
- 第29回 2024年6月に押さえておくべき企業法務の最新動向
- 第30回 2024年7月に押さえておくべき企業法務の最新動向
- 第31回 2024年8月に押さえておくべき企業法務の最新動向
- 第32回 2024年9月に押さえておくべき企業法務の最新動向
- 第33回 2024年10月に押さえておくべき企業法務の最新動向
- 第34回 2024年11月に押さえておくべき企業法務の最新動向
- 第35回 2024年12月に押さえておくべき企業法務の最新動向
- 第36回 2025年1月に押さえておくべき企業法務の最新動向
- 第37回 2025年2月に押さえておくべき企業法務の最新動向
- 第38回 2025年3月に押さえておくべき企業法務の最新動向
- 第39回 4月施行の改正法ほか2025年4月に押さえておくべき企業法務の最新動向
- 第40回 2025年5月に押さえておくべき企業法務の最新動向
- 第41回 2025年6月に押さえておくべき企業法務の最新動向
- 第42回 2025年7月に押さえておくべき企業法務の最新動向
- 第43回 2025年8月に押さえておくべき企業法務の最新動向
- 第44回 2025年9月に押さえておくべき企業法務の最新動向
目次
2023年11月6日、金融庁は、「企業内容等の開示に関する留意事項について(企業内容等開示ガイドライン)」の改正(案)を公表し、同年12月5日までパブリックコメントに付されました。金融商品取引法上、発行価額1億円以上の有価証券の募集または売出しには有価証券届出書の提出が必要ですが、譲渡制限付株式報酬については、有価証券届出書の提出は不要で、臨時報告書の提出で足りるとする特例があります。本改正案は、特例に関する譲渡制限付株式に係る取扱いを明確化する内容となっています。
同年11月15日、個人情報保護委員会は、「個人情報保護法 いわゆる3年ごと見直し規定に基づく検討」を公表しました。2020年公布・2022年全面施行の改正法の施行状況を踏まえた、3つの検討の方向性、「個人の権利利益のより実質的な保護の在り方」、「実効性のある監視・監督の在り方」、「データ利活用に向けた取り組みに対する支援等の在り方」が示されています。
同年11月9日、個人情報保護委員会は、「個人データの取扱いに関する責任者・責任部署の設置に関する事例集」を公表しました。個人データ取扱いの責任者および責任部署を設置する企業事例に基づきながら、個人データの取扱いに関する責任者および責任部署等の業務内容や、設置による効果を紹介しています。
同年10月27日、農林水産省は、「食品企業向け人権尊重の取組のための手引き(案)」を公表しました。食品企業向けの手引き案では、自社やグループ会社、そして直接取引先や間接取引先の労働者の人権尊重の視点が示され、また、食品産業のサプライチェーンや生産品目等に関する主な人権に関するリスクが図示されています。
同年10月27日、厚生労働省は、「個人事業者等に対する安全衛生対策のあり方に関する検討会 報告書」を公表しました。労働者と同じ場所で就業する者や、労働者とは異なる場所で就業するとしても労働者と類似の作業を行う者についても、労働者と同じ安全衛生水準を享受すべきであることを基本的な考え方とする検討結果がまとめられています。企業の個人事業主との取引において、今後大きな影響が生じることが見込まれるものであり、法改正の動向等を注視する必要があります。
そのほか、組織再編等の手続における反対株主の株式買取請求権に関し、従来の学説とは異なる判断となる、委任状の送付が当該組織再編に「反対する旨」の通知に当たるとした最高裁決定について解説します。
編集代表:小倉 徹弁護士(三浦法律事務所)
本稿で扱う内容一覧
日付 | 内容 |
---|---|
2023年10月26日 | 反対株主の株式買取請求権に関し、委任状の送付が当該組織再編に「反対する旨」の通知に当たるとされた事例(最高裁(一小)令和5年10月26日決定) |
2023年10月27日 | 農林水産省「食品企業向け人権尊重の取組のための手引き(案)」についての意見公募の実施 |
2023年10月27日 | 厚生労働省「個人事業者等に対する安全衛生対策のあり方に関する検討会 報告書」の公表 |
2023年11月6日 | 金融庁「企業内容等の開示に関する留意事項について(企業内容等開示ガイドライン)」の改正(案)の公表 |
2023年11月9日 | 個人情報保護委員会「個人データの取扱いに関する責任者・責任部署の設置に関する事例集」の公表 |
2023年11月15日 | 個人情報保護委員会「個人情報保護法 いわゆる3年ごと見直し規定に基づく検討」の公表 |
「企業内容等の開示に関する留意事項について(企業内容等開示ガイドライン)」の改正(案)の公表について
執筆者:峯岸 健太郎弁護士、豊島 諒弁護士
2023年11月6日、金融庁から、「企業内容等の開示に関する留意事項について(企業内容等開示ガイドライン)」の改正(案)が公表され、同年12月5日までパブリックコメントに付されました。
金融商品取引法(以下「金商法」といいます)上、発行価額が1億円以上の有価証券の募集または売出しを行う場合、発行会社は原則として有価証券届出書を提出する必要があります(同法4条1項)。
他方、いわゆる「譲渡制限付株式報酬」については、発行価額の総額が1億円以上であっても、取締役等が当該株式の交付を受ける日の属する事業年度経過後3か月間は、当該株式につき譲渡制限が付されているという要件(同法4条1項1号、同法施行令2条の12第1号)を満たせば、有価証券届出書の提出は不要で、臨時報告書の提出で足りるとする特例が設けられています(同法4条1項1号、同法施行令2条の12第1号、企業内容等の開示に関する内閣府令19条2項2号の2)。
株式報酬として交付される譲渡制限付株式で、発行会社やその完全子会社等の取締役、監査役、執行役または使用人等を相手方として交付するものをいう
この要件のため、経済産業省が公表する『「攻めの経営」を促す役員報酬~企業の持続的成長のためのインセンティブプラン導入の手引~』の2023年3月時点版(その改訂前のものを含みます)で示されているひな型契約に沿った譲渡制限付株式報酬等(多くの事例は当該ひな型に沿って設計されています)については、当該期間において取締役等の死亡その他正当な理由による退任または退職や発行会社の組織再編成等が生じた場合に譲渡制限が解除される可能性があり、上記要件を満たさないことから、有価証券届出書の提出が必要な状況となっていました。
本改正は、発行会社が定める株式報酬規程等において、以下の事由が生じた際に当該株式の譲渡制限を解除する旨の定めが設けられている場合であっても、上記特例の譲渡制限期間の要件を満たし、有価証券届出書の提出が不要であることを、企業内容等開示ガイドラインにおいて明確化するものです。
- 取締役等の死亡その他正当な理由による退任または退職
- 発行会社の組織再編成等
譲渡制限の付された役職員向けのストック・オプションとしての新株予約権の付与と同様に、有価証券届出書の提出が免除され、管轄財務局に対する2週間前の事前相談が不要となることから、企業の負担軽減につながる重要な改正といえます。
本改正は、パブリックコメント終了後、速やかに適用される予定です。
具体的な改正内容については、「企業内容等の開示に関する留意事項について(企業内容等開示ガイドライン)新旧対照表」をご参照ください。
「個人情報保護法 いわゆる3年ごと見直し規定に基づく検討」の公表
執筆:小倉 徹弁護士
2023年11月15日、個人情報保護委員会により、「個人情報保護法 いわゆる3年ごと見直し規定に基づく検討」(以下「本検討」といいます)が公表されました。
個人情報の保護に関する法律(以下「個人情報保護法」といいます)においては、改正法の施行後3年ごとに、個人情報の保護に関する国際的動向、情報通信技術の進展、それに伴う個人情報を活用した新たな産業の創出および発展の状況等を勘案し、個人情報保護法の施行の状況について検討を加え、必要があると認めるときは、その結果に基づいて所要の措置を講ずることとする、いわゆる「3年ごと見直し規定」が定められています。
今回、当該規定に基づき、以下のとおり検討の方向性が示されました。
- 個人の権利利益のより実質的な保護の在り方
- 情報通信技術等の高度化に伴い、大量の個人情報を取り扱うビジネス・サービス等が生まれる一方で、プライバシーを含む個人の権利利益が侵害されるリスクが広がっている。
- 破産者等情報のインターネット掲載事案や、犯罪者グループ等に名簿を提供する悪質な「名簿屋」事案等、個人情報が不適正に利用される事案も発生している。こうした状況に鑑み、技術的な動向等を十分に踏まえた、実質的な個人の権利利益の保護の在り方を検討する。
- 実効性のある監視・監督の在り方
- 破産者等情報のインターネット掲載事案、犯罪者グループ等に名簿を提供する悪質な「名簿屋」事案、転職先へのデータベースのID・パスワードの不正提供事案等、個人情報が不適正に利用される事案や、同一事業者が繰り返し漏えい等を起こしている事案が発生している。こうした悪質・重大な事案に対する厳罰化、迅速な執行等、実効性のある監視・監督の在り方を検討する。
- データ利活用に向けた取組に対する支援等の在り方
- 個々の事情や特性等に配慮した政策検討が進む等、健康・医療、教育、防災、こども等の準公共分野を中心に、機微性の高い情報を含む個人情報等の利活用に係るニーズが強い。こうした中、政策の企画・立案段階から関係府省庁等とも連携した取組を進める等、個人の権利利益の保護を担保したうえで、適正な個人情報等の利活用を促す方策を検討する。
本検討によれば、2024年春頃に、個人情報保護委員会から中間整理が公表される予定であるとのことです。
「個人データの取扱いに関する責任者・責任部署の設置に関する事例集」の公表
執筆:小倉 徹弁護士
2023年11月9日、個人情報保護委員会により、「個人データの取扱いに関する責任者・責任部署の設置に関する事例集」(以下「本事例集」といいます)が公表されました。
本事例集では、個人データの取扱いに関する責任者および責任部署を設置している各事例に基づき、個人データの取扱いに関する責任者および責任部署等の業務内容や、設置による効果が以下のとおりである旨が紹介されています。
- 事業部門からの相談への対応や事業部門への助言
- データ保護・プライバシー保護の観点からの事業の評価(PIA等)
- データ保護・プライバシー・利活用に関わる施策・基準・規定等の策定・導入
- データの取扱状況の棚卸しおよびリスク評価
- 外部の専門家(弁護士等)や経営層との相談・意見交換
- 社内教育
- データ保護・プライバシー保護の取組の推進
- 社内の相談窓口の明確化
- 社内全体のデータ保護・プライバシー保護に関する意識の向上
- 全社的な個人情報の取扱いのルール等の見直し
- 事業部門とは異なった視点による助言や経営層への報告
「個人情報の保護に関する基本方針」においても、データガバナンスの体制を構築することの重要性が指摘されているところであり、本事例集を参考に、個人データの取扱いに関する責任者の設置等を実効的なものとすることが望まれます。
農林水産省「食品企業向け人権尊重の取組のための手引き(案)」についての意見公募の実施
執筆:岩崎 啓太弁護士、坂尾 佑平弁護士
2023年10月27日、農林水産省から食品産業向けに、「食品企業向け人権尊重の取組のための手引き(案)」(以下「本手引き案」といいます)が公表され、同年11月25日を期限とするパブリックコメントが実施されました。今後、パブリックコメントの結果を踏まえ、確定版が公表される見込みです。
本手引き案は、2022年9月に公表された「責任あるサプライチェーン等における人権尊重のためのガイドライン」(本手引き案では「政府ガイドライン」という略称が用いられています)で示された内容について、食品産業(主に食品製造業)において実際に取り組めるようにすることを目的として、作成されました。
本手引き案では、以下の項目について、食品企業向けの説明を随所にちりばめつつ、豊富な図表を用いながら平易な解説がなされている一方、参考資料編(案)では、各ポイントについて関係するデータや事例が多数紹介されています。
- 経緯・目的等
- なぜ人権尊重に取り組む必要があるのか
- 取り組むうえでの考え方
- 人権尊重の取組の全体像:何をしなければならないか
・人権方針の策定
・人権DD(負の影響の特定・評価、負の影響の防止・軽減、取組の実効性の評価、説明・情報開示)
・救済
特に、食品企業を取り巻く環境として、自社やグループ会社、直接取引先における労働者の人権尊重の視点(安全衛生が不十分な労働環境、ハラスメント、非正規雇用労働者や外国人労働者に対する社内規定・制度等での差別、国内調達先での外国人技能実習生の人権侵害等の懸念など)と間接取引先の労働者の人権尊重の視点(児童労働や強制労働が発生している場合がある海外の原料生産地等から原材料を調達することによる人権侵害への間接的な関与の懸念など)を示し、食品産業のサプライチェーンや生産品目等に関する主な人権に関するリスクを図示しているところは参考になります。
食品関連産業は、原材料にさかのぼると複数国にまたがる長大かつ複雑なサプライチェーンが存在し、類型的に人権リスクの高い産業の1つと考えられるところ、食品関連業者は自社が人権侵害を行わないことは当然として、自社が助長・関連する事態も回避すべく適切な措置を講じる必要があります。そのための前提として政府ガイドラインと併せて、本手引き案をきちんと理解し、活用・実践することが重要であると考えられます。
また、本手引き案では、政府ガイドライン等で述べられてきた内容を食品企業向けに解説する際に、さまざまな具体例が紹介されています。食品業界以外の企業においても、ビジネスと人権に関する取組を具体的に進めるうえで、検討の一助となる資料といえます。
「個人事業者等に対する安全衛生対策のあり方に関する検討会 報告書」の公表
執筆者:岩崎 啓太弁護士、菅原 裕人弁護士
2023年10月27日、「個人事業者等に対する安全衛生対策のあり方に関する検討会 報告書」(以下「本報告書」といいます)が公表されました。
本報告書で言及されている労働安全衛生法は、労働基準法9条に定める「労働者」(職業の種類を問わず、事業または事務所に使用される者で、賃金を支払われる者)を対象としてさまざまな規制等を定めています。
他方で、2021年5月に示された最高裁判決(各損害賠償請求事件・最高裁(一小)・令和3年5月17日判決・民集75巻5号1359頁)では、建設作業で石綿(アスベスト)に曝された作業員による国家賠償請求の事案において、労働安全衛生法22条は、労働者と同じ場所で働く労働者以外の者も保護する趣旨であると判断されました。
これを受けて厚生労働省は、個人事業者等の労働者以外の者に対する安全衛生対策のあり方についての検討会を2022年5月に設置し、約1年半に及ぶ議論の結果、本報告書が公表されました。
本報告書では、労働者と同じ場所で就業する者や、(労働者とは異なる場所で就業するとしても)労働者と類似の作業を行う者については、労働者と同じ安全衛生水準を享受すべきであることを基本的な考え方とし、以下の事項に関する検討結果を公表しています。
- 個人事業者等の業務上の災害に関する報告制度の創設(本報告書3-1)
- 危険有害作業に関する個人事業者等の業務上の災害を防止する施策(本報告書3-2)
- 個人事業者等の過重労働、メンタルヘルス、健康確保等への対策(本報告書3-3)
このうち①については、これまで主に労働者を対象として行われていた労働基準監督署への労働災害の報告制度(労働者死傷病報告。厚生労働省「労働災害が発生したとき」参照)を踏まえつつ、個人事業者等についても、概ね以下のような報告制度を新設することが示唆されています。とりわけ報告主体となる「特定注文者」や「災害発生場所管理事業者」は、これまでの実務では想定されていなかった存在であり、法令等による具体化が待たれます。
報告対象 | 休業4日以上の死傷災害(※) |
報告主体 |
|
報告時期 | 災害発生を把握した後、遅滞なく報告 |
罰則の有無 | 罰則なしの義務規定 |
その他 | 個人事業者等が災害報告を行ったことを理由とする不利益取扱いの禁止 |
(※)脳・心臓疾患および精神障害の事案については別の仕組みとする。
これまで、働き方に関する法制度は、問題となる就業者が労働関係法令にいう「労働者」に該当するか否かによって、規制や保護の内容が大きく異なる傾向にありました。しかし近時は、特定受託事業者に係る取引の適正化等に関する法律(令和5年法律25号。いわゆるフリーランス新法)や本報告書のように、労働者以外の就業者についても、労働関係法令を踏まえた規制・保護を及ぼしていく動きがみられることから、企業が行う個人事業主との取引に大きな影響が生じる見込みです。
企業としても、引き続き法改正の動向等を注視する必要があります。
反対株主の株式買取請求権に関し、委任状の送付が当該組織再編に「反対する旨」の通知に当たるとされた事例(最高裁(一小)令和5年10月26日決定)
執筆者:糸谷 肇祐弁護士、大草 康平弁護士
本事案は、吸収合併消滅会社の株主が吸収合併をするための株主総会に先立って、同株主総会に係る招集通知に同封された議決権代理行使を勧誘する委任状用紙に、同議案に反対する旨を記載のうえ、吸収合併消滅会社に対して送付したことが、反対株主の株式買取請求権の要件である「吸収合併等に反対する旨を(中略)通知」(会社法785条2項1号イ)に該当するとされた事案です(最高裁(一小)令和5年10月26日決定)。
組織再編において株式買取請求権を行使することができる「反対株主」とは、当該組織再編において株主総会の決議を要する場合には、次の(ア)(イ)の株主をいいます(会社法785条2項、797条2項、806条2項)。
(ⅰ) 当該株主総会に先立って当該組織再編に反対する旨を会社に対し通知した株主
(ⅱ) 当該株主総会において当該組織再編に反対した株主
(イ)当該株主総会において議決権を行使することができない株主
ただし、(ア)(ⅰ)の反対通知の方法については法定されておらず、書面または電磁的方法による議決権行使ができる株主が、当該組織再編に反対する旨の議決権行使書面の提出・電子投票を行った場合は、有効な通知と考えられていました。
他方で、本事案のような会社による委任状勧誘に対して反対の表示をして返送した場合については、議決権行使の代理人に対する指示に過ぎず、合併を実行しようとしている当事者である会社に対する反対の意思の通知ではないと考えられていました(森本滋編『会社法コンメンタール 第18巻』(商事法務、2010)98頁〔柳明昌〕、江頭憲治郎『株式会社法〔第8版〕』(有斐閣、2021)875頁)。
この点、本最高裁決定は、反対株主の株式買取請求権に株主総会に先立つ反対通知を要求した趣旨は、「消滅株式会社等に対し、吸収合併契約等の承認に係る議案に反対する株主の議決権の個数や株式買取請求がされる株式数の見込みを認識させ、当該議案を可決させるための対策を講じたり、当該議案の撤回を検討したりする機会を与えるところにある」と解し、「株主が(中略)株主総会に先立って吸収合併等に反対する旨の議決権の代理行使を第三者に委任することを内容とする委任状を消滅株式会社等に送付した場合であっても、当該委任状が作成・送付された経緯やその記載内容等の事情を勘案して、吸収合併等に反対する旨の当該株主の意思が消滅株式会社等に対して表明されているということができるときには、消滅株式会社等において、上記見込みを認識するとともに、上記機会が与えられているといってよいから、上記委任状を消滅株式会社等に送付したことは、反対通知に当たると解するのが相当である」としています。このように、委任状勧誘に対する反対の意思表示も、当該委任状が作成・送付された経緯やその記載内容等の事情を勘案のうえ、反対通知になりうると判断しました。
本事案においては、吸収合併消滅会社は、抗告人(吸収合併消滅会社の株主)に対して宛先を自社とする委任状用紙を送付し、抗告人が、これに応じて、吸収合併消滅会社に対して委任状を返送したものであり、抗告人が賛否欄に記載したところは、代理人となるべき者に対して議決権の代理行使の内容を指示するだけのものではなく、委任状勧誘をしてきた吸収合併消滅会社に対する応答でもあったということができ、委任状の返送は、吸収合併消滅会社に向けて本件吸収合併についての抗告人の意思を通知するものでもあると事実認定されました。
本最高裁決定は、組織再編等の手続における反対株主の株式買取請求権につき従来の学説とは異なる判断を示したものであり、実務上重要な判例です。
シリーズ一覧全44件
- 第1回 2022年4月施行の改正法を中心とした最新動向と対応のポイント
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