Legal Update

第20回 2023年9月に押さえておくべき企業法務の最新動向

法務部

シリーズ一覧全43件

  1. 第1回 2022年4月施行の改正法を中心とした最新動向と対応のポイント
  2. 第2回 2022年4月・5月施行の改正法を中心とした最新動向と対応のポイント
  3. 第3回 2022年6月施行の改正法を中心とした最新動向と対応のポイント
  4. 第4回 2022年7月以降も注目 企業法務に関する法改正と最新動向・対応のポイント
  5. 第5回 2022年6月公表の「骨太方針」、開示に関する金融庁報告書、および7月のCGSガイドライン再改訂に関する対応のポイント
  6. 第6回 2022年3月〜6月の医薬品・医療に関する法律・指針等に関する日本・中国の最新動向と対応のポイント
  7. 第7回 2022年5月〜6月の人事労務・データ・セキュリティ・危機管理に関する企業法務の最新動向・対応のポイント
  8. 第8回 2022年9月に押さえておくべき企業法務に関する法改正と最新動向・対応のポイント
  9. 第9回 2022年10月施行の改正法を中心とした最新動向と対応のポイント
  10. 第10回 2022年11月に押さえておくべき企業法務の最新動向
  11. 第11回 2022年12月に押さえておくべき企業法務の最新動向
  12. 第12回 2023年1月に押さえておくべき企業法務の最新動向
  13. 第13回 2023年2月に押さえておくべき企業法務の最新動向
  14. 第14回 4月施行の改正法ほか2023年3月に押さえておくべき企業法務の最新動向
  15. 第15回 2023年4月施行の改正法を中心とした企業法務の最新動向
  16. 第16回 6月施行の改正法ほか2023年5月に押さえておくべき企業法務の最新動向
  17. 第17回 2023年6月に押さえておくべき企業法務の最新動向
  18. 第18回 2023年7月に押さえておくべき企業法務の最新動向
  19. 第19回 2023年8月に押さえておくべき企業法務の最新動向
  20. 第20回 2023年9月に押さえておくべき企業法務の最新動向
  21. 第21回 2023年10月に押さえておくべき企業法務の最新動向
  22. 第22回 2023年11月に押さえておくべき企業法務の最新動向
  23. 第23回 2023年12月に押さえておくべき企業法務の最新動向
  24. 第24回 2024年1月に押さえておくべき企業法務の最新動向
  25. 第25回 2024年2月に押さえておくべき企業法務の最新動向
  26. 第26回 2024年3月に押さえておくべき企業法務の最新動向
  27. 第27回 4月施行の改正法ほか2024年4月に押さえておくべき企業法務の最新動向
  28. 第28回 2024年5月に押さえておくべき企業法務の最新動向
  29. 第29回 2024年6月に押さえておくべき企業法務の最新動向
  30. 第30回 2024年7月に押さえておくべき企業法務の最新動向
  31. 第31回 2024年8月に押さえておくべき企業法務の最新動向
  32. 第32回 2024年9月に押さえておくべき企業法務の最新動向
  33. 第33回 2024年10月に押さえておくべき企業法務の最新動向
  34. 第34回 2024年11月に押さえておくべき企業法務の最新動向
  35. 第35回 2024年12月に押さえておくべき企業法務の最新動向
  36. 第36回 2025年1月に押さえておくべき企業法務の最新動向
  37. 第37回 2025年2月に押さえておくべき企業法務の最新動向
  38. 第38回 2025年3月に押さえておくべき企業法務の最新動向
  39. 第39回 4月施行の改正法ほか2025年4月に押さえておくべき企業法務の最新動向
  40. 第40回 2025年5月に押さえておくべき企業法務の最新動向
  41. 第41回 2025年6月に押さえておくべき企業法務の最新動向
  42. 第42回 2025年7月に押さえておくべき企業法務の最新動向
  43. 第43回 2025年8月に押さえておくべき企業法務の最新動向
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目次

  1. 区分所有法制の改正に関する中間試案
  2. 「知的財産推進計画2023」の公表
  3. 近時の脱炭素に向けた金融機関向けのガイダンス・報告書等の動向
    1. 「トランジション・ファイナンスにかかるフォローアップガイダンス~資金調達者とのより良い対話に向けて~」
    2. 「脱炭素等に向けた金融機関等の取組みに関する検討会報告書」
  4. 金融庁におけるサステナブルファイナンス推進に関する検討の動向
    1. サステナブルファイナンス有識者会議第三次報告書の公表
    2. インパクト投資等に関する検討会報告書の公表
  5. 経済産業省「消費生活用製品の安全確保に向けた検討会報告書」の公表
  6. 「社外取締役向け研修・トレーニングの活用の8つのポイント」および「社外取締役向けケーススタディ集」の公表
    1. 「社外取締役向け研修・トレーニングの活用の8つのポイント」
    2. 「社外取締役向けケーススタディ集」
  7. 欧州委員会によるEU-USデータプライバシーフレームワークに対する十分性認定
  8. 株式公開買付けに係る株式買取価格決定申立事件(ファミマ事件・東京地裁令和5年3月23日決定)
  9. トランスジェンダーの職員による女性トイレの使用に関する最高裁判決(最高裁令和5年7月11日判決)

本稿で扱う内容一覧

日付 内容
2023年3月23日 株式公開買付けに係る株式買取価格決定申立事件(ファミマ事件・東京地裁令和5年3月23日決定)
2023年6月9日 知的財産戦略本部「知的財産推進計画2023」の公表
2023年6月16日 金融庁「トランジション・ファイナンスにかかるフォローアップガイダンス~資金調達者とのより良い対話に向けて~」の公表
2023年6月27日 金融庁「脱炭素等に向けた金融機関等の取組みに関する検討会報告書」の公表
2023年6月30日 金融庁「サステナブルファイナンス有識者会議 第三次報告書」および「インパクト投資等に関する検討会 報告書」の公表
2023年6月30日 経済産業省「消費生活用製品の安全確保に向けた検討会 報告書 <今後の検討のための論点整理>」の公表
2023年6月30日 経済産業省「社外取締役向け研修・トレーニングの活用の8つのポイント」および「社外取締役向けケーススタディ集」の公表
2023年7月3日 法務省「区分所有法制の改正に関する中間試案」の公表・パブコメ開始
2023年7月10日 欧州委員会によるEU-USデータプライバシーフレームワークに対する十分性認定
2023年7月11日 トランスジェンダーの職員による女性トイレの使用に関する最高裁判決(最高裁令和5年7月11日判決)

 2023年7月3日、法務省は、「区分所有法制の改正に関する中間試案」を公表し、パブリックコメントを開始しました。本中間試案は、近年の老朽化したマンション等の区分所有建物の増加と区分所有者の高齢化を背景に、区分所有建物の所有者不明化や非居住化等の問題に対処するため、①区分所有建物の管理の円滑化、②区分所有建物の再生の円滑化、③団地・被災区分所有建物の再生の円滑化の観点から、区分所有法制についての見直しが検討されています。

 同年6月9日、政府の知的財産戦略本部は、「知的財産推進計画2023 ~多様なプレイヤーが世の中の知的財産の利用価値を最大限に引き出す社会に向けて~」を決定・公表しました。本計画の重点10施策として、①スタートアップと大学の知財エコシステムの強化、②生成AI(人工知能)の推進と知的財産の保護の双方に必要な方策の検討、③デジタル時代のコンテンツ産業の構造改革・競争力強化等の官民連携による推進、などが掲げられています。

 金融庁は、同年6月16日に「トランジション・ファイナンスにかかるフォローアップガイダンス~資金調達者とのより良い対話に向けて~」を、同年6月27日に「脱炭素等に向けた金融機関等の取組みに関する検討会報告書」を公表しました。どちらも脱炭素に向けた金融機関向けの公表ですが、これに取り組む資金調達者である企業にとって、資金供給者となる金融機関との関係性や対話のポイントをつかむうえで有用です。

 同年6月30日、金融庁は、「サステナブルファイナンス有識者会議 第三次報告書 -サステナブルファイナンスの深化-」および「インパクト投資等に関する検討会 報告書 -社会・環境課題の解決を通じた成長と持続性向上に向けて-」を公表しました。どちらの報告書も、金融庁におけるサステナブルファイナンス(持続可能な社会を実現するための金融)に係る取組みの全体の方向性等について議論・とりまとめがされています。

 同年6月30日、経済産業省は、「消費生活用製品の安全確保に向けた検討会 報告書<今後の検討のための論点整理>」を公表しました。本報告書は、消費生活用製品の安全確保に関する、いわゆる製品安全4法を巡る課題として、①海外事業者の直接販売などインターネット販売拡大への対応(インターネット販売製品の事故・リコールの課題、インターネット販売での違反品への対応)、②玩具などのこども用製品への対応が挙げられています。

 同年6月30日、経済産業省は、「社外取締役向け研修・トレーニングの活用の8つのポイント」および「社外取締役向けケーススタディ集」を公表しました。社外取締役向けの研修等の活用を通じて、社外取締役の質がさらに向上し、社外取締役の責務や期待される役割が果たされることが期待されるとしています。

 同年7月10日、欧州委員会は、EU・米国間の個人データの移転の枠組みとなるEU-USデータプライバシーフレームワークに対する十分性認定を行いました。今後は、EU域外への個人データの移転を原則違法とする「一般データ保護規則」の適用を受ける事業者であっても、このデータプライバシーフレームワークに登録している米国の事業者は、保護措置をとることなく個人データの移転を行うことができるようになります。

 そのほか、株式公開買付けに係る株式買取価格決定の手続が不公正であるとした東京地裁決定や、トランスジェンダーの職員による女性トイレの使用に関する最高裁判決について解説します。

 編集代表:小倉 徹弁護士(三浦法律事務所)

区分所有法制の改正に関する中間試案

 執筆:伊藤 大智弁護士、所 悠人弁護士

 2023年7月3日、法務省から「区分所有法制の改正に関する中間試案」(以下「本中間試案」といいます)が公表され、パブリックコメントが開始されました。

 本中間試案は、近年の高経年の区分所有建物の増加と区分所有者の高齢化を背景に、区分所有建物の所有者不明化や非居住化等の問題に対処するため、①区分所有建物の管理の円滑化、②区分所有建物の再生の円滑化、③団地・被災区分所有建物の再生の円滑化の観点から、区分所有法制についての見直しを検討したものです。

 本中間試案において検討されている主な制度や案の内容は以下のとおりです。

(1)区分所有建物の管理の円滑化

  1. 集会の決議の円滑化
    → 裁判所の関与の下で、所在不明の区分所有者を決議の母数から除外する制度
    → 出席者の多数決による決議を可能とする制度
  2. 区分所有建物の管理に特化した財産管理制度
    → 所在不明の区分所有者の専有部分の管理に特化した管理人を裁判所が選任できる制度
    → 管理不全状態にある専有部分や共有部分の管理に特化した管理人を裁判所が選任できる制度
  3. 専有部分の管理の円滑化
    → 専有部分の工事を伴う配管の全面更新等を一定の多数決で行うことができる制度
    → 国外居住の区分所有者が専有部分の管理のための国内管理人を選任する制度
  4. 共有部分の変更の円滑化
    → 共有部分の変更決議の要件を緩和する案
  5. その他の管理の円滑化
    → 区分所有建物の管理に関して所有者が相互に負うべき義務を創設する案
    → 事務のデジタル化等

(2)区分所有建物の再生の円滑化

  1. 建替えの円滑化
    → 建替え決議の多数決割合を緩和する案
    → 建替え決議がされた場合において、一定の手続や金銭補償により賃借権を消滅させる制度
  2. 区分所有関係の解消・再生のための新たな仕組み
    → 建替えと同等の多数決による一括売却や取壊し等を可能とする制度
    → 建替えと同等の多数決による一棟リノベーション工事を可能とする制度

(3)団地・被災区分所有建物の再生の円滑化

  1. 団地の再生の円滑化
    → 一括建替え決議・一部建替え承認決議の要件をそれぞれ緩和する案
    → 一括建替えと同等の多数決による団地内建物・敷地の一括売却を可能とする制度
  2. 被災区分所有建物の再生の円滑化
    → 建替え・建物敷地売却決議等の多数決要件を緩和する案
    → 被災区分所有法に基づく決議可能期間を延長する案

 中間試案の段階ではありますが、今後の区分所有建物の管理・運営実務に多大な影響を及ぼす可能性があり、引き続き動向に注視する必要があります。

「知的財産推進計画2023」の公表

 執筆:松田 誠司弁護士

 政府の知的財産戦略本部は、2023年6月9日、「知的財産推進計画2023 ~多様なプレイヤーが世の中の知的財産の利用価値を最大限に引き出す社会に向けて~」を決定し、公表しました(概要版も同日に公表)。

 岸田総理は、「知的財産推進計画2023」の決定を受けた発言において、①スタートアップと大学の知財エコシステムをいっそう強化していくこと、②生成AI(人工知能)と知的財産のあり方について、責任あるAI、信頼できるAIの推進に向け、AI技術の活用促進と知的財産の創造インセンティブの維持の双方に配慮し、著作権侵害などの具体的リスクへの対応をはじめとする必要な方策を検討していくこと、および③コンテンツ産業の強靭化や構造改革、クリエイターの育成・創出を官民一体となって進めるため、官民連携による協議の場を設けること等としています。

 「「知的財産推進計画2023」では、実行施策として「知財戦略の重点10施策」が掲げられています。

知財戦略の重点10施策

  1. スタートアップ・大学の知財エコシステムの強化
    (1)大学における研究成果の社会実装機会の最大化
    (2)知財を活用した大企業とスタートアップの連携促進
    (3)知財をフル活用できるスタートアップエコシステムの構築

  2. 多様なプレイヤーが対等に参画できるオープンイノベーションに対応した知財の活用
    (1)バリューチェーン型オープンイノベーションにおける知財・無形資産ガバナンスの在り方
    (2)知財の見える化を起点としたマッチング・エコシステムの構築
    (3)オープンイノベーションを支える人材の多様性

  3. 急速に発展する生成AI時代における知財の在り方
    (1)生成AIと著作権
    (2)AI技術の進展を踏まえた発明の保護の在り方

  4. 知財・無形資産の投資・活用促進メカニズムの強化

  5. 標準の戦略的活用の推進

  6. デジタル社会の実現に向けたデータ流通・利活用環境の整備

  7. デジタル時代のコンテンツ戦略
    (1)コンテンツ産業の構造転換・競争力強化とクリエイター支援
    (2)クリエイター主導の促進とクリエイターへの適切な対価還元
    (3)メタバース・NFT、生成AIなど新技術の潮流への対応
    (4)コンテンツ創作の好循環を支える著作権制度・政策の改革
    (5)デジタルアーカイブ社会の実現
    (6)海賊版・模倣品対策の強化

  8. 中小企業/地方(地域)/農林水産業分野の知財活用強化
    (1)中小企業/地方(地域)の知財活用支援
    (2)中小企業の知財取引の適正化
    (3)農林水産業分野の知財活用強化

  9. 知財活用を支える制度・運用・人材基盤の強化
    (1)知財紛争解決に向けたインフラ整備
    (2)知的財産権に係る審査基盤の強化
    (3)知財を創造・活用する人材の育成

  10. クールジャパン戦略の本格稼働と進化
    (1)クールジャパン戦略の本格稼働・進化のための3つの手法
    (2)クールジャパン戦略の推進に関する関係省庁の取組

 また、「知的財産推進計画2023」では、これらの「知財戦略の重点10施策」をさらに具体化したうえで、各施策内容について、担当府省および時期を明記した工程表が規定されています。
 今後の知財政策については、「知的財産推進計画2023」を前提として各府省庁がどのように施策を具体化していくか注視する必要があります。

近時の脱炭素に向けた金融機関向けのガイダンス・報告書等の動向

 執筆:伊藤 大智弁護士、所 悠人弁護士

 近時、金融庁より、脱炭素に向けた金融機関向けの注目すべきガイダンスや報告書等の公表が相次いでおり、本稿ではそのうち2つを紹介します。

「トランジション・ファイナンスにかかるフォローアップガイダンス~資金調達者とのより良い対話に向けて~」

 2023年6月16日に公表された「トランジション・ファイナンスにかかるフォローアップガイダンス~資金調達者とのより良い対話に向けて~」は、トランジション・ファイナンス(脱炭素社会の実現に向けて長期的な戦略に則り、着実なGHG削減の取組みを行う企業に対し、その取組みを支援することを目的としたファイナンス)の信頼性と実効性を向上させることを目的として、特に資金供給後のトランジション戦略の着実な実行と企業価値向上への貢献を担保するため、金融機関向けに示した手引きとして位置付けられています。

 金融機関向けの手引きではありますが、上記目的を達成するため、資金供給者と資金調達者の双方が信頼関係を醸成し、脱炭素化に向けた次の適切な資金調達につなげていくための対話を目指すことが重要とされており、資金調達者である企業にとっても、金融機関との対話のポイントをつかむうえで有用と思われます。

「脱炭素等に向けた金融機関等の取組みに関する検討会報告書」

 2023年6月27日に公表された「脱炭素等に向けた金融機関等の取組みに関する検討会報告書」は、脱炭素への移行に向けた世界的取組みが加速する中で、企業と対話を行い、資金供給を行う金融機関の役割が高まっていることに鑑み、金融機関が脱炭素に向けた戦略を検討し、企業と対話を行う際の実務的課題や留意点等について検討したものです。

 脱炭素への移行において、金融機関における継続的・実効的な対話(エンゲージメント)が重要であり、移行の戦略と進捗を理解・促進する観点から以下の提言(ガイド)を金融機関に提示しています。

ガイド1:金融機関の移行の捉え方
→ 脱炭素への移行は中長期に及ぶもので事業上の影響が大きいため、進捗状況の理解が必要であるが、画一的な指標は存在しないため、さまざまな定量・定性的指標を併せて総合的に捉えるべき

ガイド2:GHG排出量データの整備
→ 排出量データは資金供給先の企業のみならずその取引先も含めて集約が必要であり、共通プラットフォーム整備の検討も必要

ガイド3:パスウェイと排出目標(経路)との適格性
→ 金融機関の移行戦略には、地球規模の目標から逆算した排出の期待値(パスウェイ)と、これを踏まえた金融機関・企業の排出目標(経路)が必要であり、排出経路は企業ごとに業種・地域・戦略を加味して判断することが重要

ガイド4:アジア諸国向けの投融資拡大/トランジション・ファイナンスの促進

ガイド5:リスクマネーの供給・地域の脱炭素促進

金融庁におけるサステナブルファイナンス推進に関する検討の動向

 執筆:伊藤 大智弁護士、所 悠人弁護士

サステナブルファイナンス有識者会議第三次報告書の公表

 2023年6月30日、金融庁は、「サステナブルファイナンス有識者会議 第三次報告書-サステナブルファイナンスの深化-」(4-1において以下「本報告書」といいます)を公表しました。

 本報告書では、2021年6月18日付けで公表された「サステナブルファイナンス有識者会議 報告書 持続可能な社会を支える金融システムの構築」および2022年7月13日付けで公表された「サステナブルファイナンス有識者会議 第二次報告書-持続可能な新しい社会を切り拓く金融システム-」において掲げられていた、①企業開示の充実、②市場機能の発揮、③金融機関の投融資先支援とリスク管理、④その他の横断的課題という大きな施策を維持しつつ、それぞれの施策の進捗状況と今後の課題・対応の方向性が整理されています。

 本報告書のうち、今後の課題・対応の方向性の概要は、以下のとおりです。

(1)企業開示の充実

  1. 国際的なサステナビリティ開示基準の策定について、引き続き官民を挙げて意見発信を行う方針
  2. サステナビリティ基準委員会において国内におけるサステナビリティ開示基準の開発および開発された基準の法定開示への取組み
  3. サステナビリティ情報に関する開示の好事例の収集・公表

(2)市場機能の発揮

  1. 情報・データ基盤の整備にあたり、排出量等の企業データの策定を支援。プラットフォーム等を通じた企業開示データの集約・提供の推進。専門的な気候変動関連の気象データ等の利活用推進に向けた環境を整備
  2. 機関投資家について、アセットオーナー・アセットマネージャーおけるESG投資等の知見共有、対話の有効性の向上
  3. 個人が投資しやすいESG投信の拡充や浸透について方策を検討
  4. ESG評価・データ提供機関について、最終化した行動規範の実効性確保のあり方を検討
  5. カーボンクレジット市場の取引拡大に向けた市場整備・クレジット創出支援を推進

(3)金融機関の投資先支援とリスク管理

  1. リスク管理の状況について、シナリオ分析の手法・枠組みの継続的な改善
  2. 脱炭素等に向けた金融機関等の取組みについて、トランジション推進の金融機関におけるエンゲージメント強化
  3. アジアにおける脱炭素の推進

(4)その他の横断的課題

  1. インパクト投資の推進
  2. 地域における脱炭素活動の推進のため、地域金融機関や中堅・中小企業への支援を拡充・浸透
  3. サステナブルファイナンスの推進に専門的知見を有する人材育成

インパクト投資等に関する検討会報告書の公表

 また同日、金融庁は、「インパクト投資等に関する検討会 報告書-社会・環境課題の解決を通じた成長と持続性向上に向けて-」(4-2において以下「本報告書」といいます)を公表しました。その内容のうち、「インパクト投資に関する基本的指針(案)」(以下「基本的指針案」といいます)については、パブリックコメントを実施されています 1

 本報告書では、インパクト投資は、持続可能な社会を実現するための金融(サステナブルファイナンス)の1分野として、持続可能な社会・経済基盤の構築といった基本的な意義を共有しつつ、投資の「効果」(インパクト)に着目する手法として国内外で推進の機運が高まっているとあります。また、インパクト投資について、ESG投資との対比や国内外における動向等といった概況を整理しつつ、インパクト投資の基本的な意義と考え方、要件等について、資金調達者や資金提供者等のインパクト投資市場の参加者の共通理解を醸成する観点から、基本的指針案が提示されています。

 基本的指針案の概要は、以下のとおりです。

(1)基本的指針の目的は、インパクト投資の基本的な考え方とプロセス等について共通理解を醸成すること

(2)基本的指針の対象は、投資先・投資主体・アセットクラスのいずれも限定しないこと

(3)促進されるべき「インパクト投資」に必要な要件

  1. 実現を「意図」する「社会・環境的効果」や「収益性」が明確であること
  2. 投資の実施により、追加的な効果が見込まれること
  3. 効果の「特定・測定・管理」を行うこと
  4. 市場や顧客に変化をもたらしまたは加速し得る新規性等を支援すること

 また、本報告書では、基本的指針を策定し、基本的理解を醸成し、投資家・金融機関、企業、アカデミア、自治体、関係省庁などの官民の多様なステークホルダーの参画・連携を得て、インパクト投資と対象事業の実践的課題を議論するための「対話の場(コンソーシアム(仮称))」を設置し、以下の施策について検討することが提示されています。

(1)データ・指標・事例の整備

→ 社会・環境課題や、インパクト測定のためのデータ・指標(KPI)、投資事例等について集約・共有


(2)金融支援と事業評価のノウハウ形成、人材育成

→ 事業評価の人材育成・ノウハウ形成を図るほか、事業に応じた多様な金融手法の在り方について、議論・検討


(3)投資の実案件形成

→ 投資家とスタートアップ企業等のマッチング

→ 日本政策投資銀行や自治体と連携した実績の蓄積


(4)地域での展開

→ 地域における創業企業等の支援


(5)国際的な整合性

→ 国際的な事業評価に係るデータベースとの整合性確保・接続、投資実績の蓄積等により、海外資金の呼び込み

経済産業省「消費生活用製品の安全確保に向けた検討会報告書」の公表

 執筆:坂尾 佑平弁護士

 2023年6月30日、経済産業省は、「消費生活用製品の安全確保に向けた検討会 報告書<今後の検討のための論点整理>」(以下「本報告書」といいます)を公表しました。

 本報告書は、消費生活用製品の安全確保に関する、いわゆる製品安全4法①消費生活用製品安全法、②電気用品安全法、③ガス事業法、④液化石油ガスの保安の確保及び取引の適正化に関する法律)を巡る課題として、(i)海外事業者の直接販売などインターネット販売拡大への対応(インターネット販売製品の事故・リコールの課題、インターネット販売での違反品への対応)、および(ii)玩具などのこども用製品への対応を挙げています。

 そして、(i)については、①越境供給の際の重大製品事故報告とリコール、②越境供給者への規制の実効性確保、および③情報の非対称性の解消という3つの対応策を提示しています。
 (ii)については、規制のイメージとして、以下の点を提示しています。

  • 「こども向け製品」は、事故が発生してから規制するのでなく、事故が発生する前に規制対象とする。
  • 物理的安全・可燃性の技術基準への適合を求め、基準適合の表示があるもののみ販売できるようにする。
  • 国際基準との整合を図り、例えば玩具の物理的安全については、国際基準であるISO8124-1や欧州EN71-1、米国ASTM F963-17を満たしている玩具であれば基準適合とすることも検討する。(STマークやSGマークについては、基準が国際基準と整合している場合、追加の検査・試験は不要とすることも考えられる。)

 2023年5月に施行された改正消費生活用製品安全法施行令により、消費生活用製品安全法の対象製品にいわゆるマグネットボールと水で膨らむボールが追加されたことは、本連載第18回「2023年7月に押さえておくべき企業法務の最新動向」でご紹介したとおりですが、本報告書を受けて、製品安全4法を巡る議論が活発化することが見込まれます(詳細は、弊所のNote記事「危機管理INSIGHTS Vol.13:消費者法と危機管理① − PSCマーク制度と子供の安全のための玩具への新規制 − 」もご参照ください)。

 消費者向け製品を製造・販売している事業者は、本報告書の内容を適切に把握するとともに、今後の製品安全4法を巡る動きを注視する必要があります。

「社外取締役向け研修・トレーニングの活用の8つのポイント」および「社外取締役向けケーススタディ集」の公表

 執筆:金井 悠太弁護士、大草 康平弁護士

 2023年6月30日付けで、経済産業省により、「社外取締役向け研修・トレーニングの活用の8つのポイント」および「社外取締役向けケーススタディ集」が発表されました。これらの資料は、社外取締役向けの研修等の活用の後押しを図る観点から、社外取締役の研修等に関する実態調査(研修等の実施機関や企業へのヒアリング調査および社外取締役へのアンケート調査)の結果も踏まえ作成されたものとなります。

「社外取締役向け研修・トレーニングの活用の8つのポイント」

 この資料は、主に社外取締役やその候補者等を対象に、社外取締役向けの研修等の活用についての理解を広げることを目的として作成されたものです。社外取締役やその候補者が自己研鑽を行うにあたり研修等の内容をどのように活用すべきかを検討する際や、企業が社外取締役向けの研修等の活用方法を検討する際に参照されることが想定されています。

 具体的な内容としては、社外取締役の研修等に関して以下の8つのポイントが指摘され、各ポイントについて社外取締役の研修等に関する実態調査を踏まえた視点・分析が記載されています。

研修・トレーニングの活用の8つのポイント

1 社外取締役が、一般的に社外取締役に期待される役割・機能に加え、企業が自身に特に期待する役割・機能を理解すること。
企業が、それぞれの社外取締役に期待する役割・機能、期待しない役割・機能を明確にし、社外取締役にも共有・伝達すること。
2 企業や社外取締役が、研修・トレーニングの必要性・有益性を認識し、社外取締役の資質等の習得・向上のための手段のひとつとして、研修・トレーニングを活用すること。
3 企業が、社外取締役の相互評価や第三者機関の活用等による社外取締役の評価・フィードバックを行い、社外取締役はそれを自身を省みる機会として活用すること。
4 研修・トレーニングを実施・受講する際は、研修テーマに応じて座学やグループワーク・ケーススタディを使い分ける等、より効果的になるよう実施・受講形態を工夫すること。
5 全上場企業・全社外取締役に共通するミニマム・スタンダードとして必要な基本的な知識・スキルの習得と、自身に特に期待される役割・機能に応じた知識・スキルの向上のための継続的な自己研鑽の双方を行うこと。
6 社外取締役の自社に対する理解を深めるため、就任前・就任時だけでなく就任期間中においても、自社に対する理解を促進させる取組を企業が継続的に行うこと。
7 社外取締役が、実際の取締役会等での経験だけではなく、ケーススタディや他社の社外取締役との意見交換・事例共有等の情報交換を通じて適切な振る舞いを身につけること。
8 企業が、社外取締役が研修・トレーニングをためらいなく受講できるよう、社外取締役に対して受講の機会の提供や斡旋、費用の負担等の支援策を充実させること。

(「社外取締役向け研修・トレーニングの活用の8つのポイント」より抜粋)

「社外取締役向けケーススタディ集」

 この資料は、社外取締役やその候補者向けの研修コンテンツの充実を図ることを目的として作成されたものであり、社外取締役が直面する可能性のある具体的な事例(事例一覧は下記のとおり)をもとに、社外取締役として求められる行動や留意すべき点等が解説されています。
 研修等での活用だけではなく、実際に取締役会等で課題に直面したときの検討の指針として参照されることも想定されています。

欧州委員会によるEU-USデータプライバシーフレームワークに対する十分性認定

 執筆:小倉 徹弁護士

 2023年7月10日、欧州委員会は、EU・米国間の個人データの移転の枠組みとなるEU-USデータプライバシーフレームワーク(以下「DPF」といいます)に対する十分性認定を行いました 2

 EU域内の個人データ保護を規定する法である「一般データ保護規則(General Data Protection Regulation)」(以下「GDPR」といいます)は、EUを含む欧州経済領域から域外への個人データの移転を原則禁止としたうえで(GDPR44条)、欧州委員会が移転先に対して行う十分性認定に基づく移転(GDPR45条)や、欧州委員会が指定する標準契約条項(Standard Contractual Clauses)(以下「SCC」といいます)の締結などの適切な保護措置に基づく移転(GDPR46条)に限り、例外的に適法としているところ、これまで、欧州委員会は米国に対して十分性認定を行っていなかったため、米国への個人データの移転の多くはSCCの締結を根拠として行われていました。

 今回、欧州委員会がDPFに対する十分性認定を行ったため、GDPRの適用を受ける事業者は、SCCの締結を含む適切な保護措置を講じることなく、DPFに登録した米国事業者に対し、個人データの移転を行うことができるようになりました。
 このため、今後は、日本企業がGDPRの適用を受ける個人データを米国の事業者に移転する場合においても、当該米国の事業者がDPFに登録しているかどうかを確認するといったプロセスを経ることになるものと思われます。

株式公開買付けに係る株式買取価格決定申立事件(ファミマ事件・東京地裁令和5年3月23日決定)

 執筆:糸谷 肇祐弁護士、大草 康平弁護士

 本事案は、伊藤忠商事株式会社およびその子会社であるリテールインベスメントカンパニー合同会社(以下併せて「伊藤忠ら」といいます)がファミリーマート株式会社(以下「ファミリーマート」といいます)の非公開化を目的に実施した公開買付けおよび株式併合に関し、これに反対する株主が会社法182条の5第2項に基づき、株式の買取価格の決定の申立てをした事案です。

 裁判所は、ファミリーマートが設置した特別委員会と伊藤忠らの交渉経緯、各アドバイザー(財務アドバイザーおよび法務アドバイザー)が助言した具体的な内容、特別委員会内における委員の発言等、交渉の背景に関する事情まで詳細に事実認定したうえで、特別委員会が交渉方針を転換した経緯・理由、特別委員会が選任した財務アドバイザー兼第三者算定機関のDCF法(将来期待されるフリー・キャッシュ・フローを一定の割引率で割り引くことにより株式の現在の価値を算定する方法)による株式価値算定結果のレンジの下限を下回る提案価格を受け入れた点、公開買付けへの応募が少なかった点等に照らし、公開買付けの手続の公正性を否定し、「公正な価格」を公開買付価格である2,300円を上回る2,600円と決定しました(東京地裁令和5年3月23日決定)。

(裁判所が認定した事実関係の抜粋)

■ 伊藤忠らによる2,000円程度の提案
  • 伊藤忠らは、当初、公開買付価格2,600円を提案していたが、新型コロナウイルスの影響を踏まえ、公開買付価格を2,000円程度とする提案をした。これに対し、特別委員会は、公開買付価格2,600円は不十分であり、2,000円程度も当然不十分である旨を回答した。両提案を踏まえて、伊藤忠らおよび特別委員会は協議を重ねたが、新型コロナウイルスによる影響の考え方には両者に乖離があり、当初予定していた公開買付けの開始日を見送りつつも、引き続き協議を継続することとした。
■ 伊藤忠らによる2,200円の提案
  • その後、伊藤忠らは公開買付価格2,200円とする提案を行った。これに対し、特別委員会は各アドバイザーからの特別委員会の役割等に関する助言を参考に、伊藤忠らに対し、公開買付価格2,800円を提示し、かつ、両者の中央値である2,500円での着地が難しい旨を説明した。両提案を踏まえて、伊藤忠らは特別委員会に対して、新たに提出された事業計画も検討の上、2,400円を超える提案は難しいことや取引の検討終了も視野にある旨の説明をした。かかる説明を受けて、特別委員会は、伊藤忠らの提案価格が財務アドバイザーのDCF法による算定結果のレンジの下限に達していないことについて消極的な意見があったこと等を踏まえて、伊藤忠らに対し、やはり価格目線は2,800円であること、中間価格2,500円も合意水準ではないこと、価格引上げが難しい場合には協議終了としたい旨を回答した。
■ 伊藤忠らによる2,300円の提案
  • その後、伊藤忠らは公開買付価格を2,300円に上げて提案した。かかる提案を受けた後、ファミリーマートの会長・社長から特別委員会に対し、①非推奨意見のまま公開買付けを実施した場合でも本件取引の意義に同意できること、公開買付価格においてのみ合意できない状況であることを理解しており、従業員、加盟店および消費者らにネガティブな影響が生じないと考えていること、②非上場化とともに新たなパートナーと協業できる点が企業価値の向上につながる理由であり、早急に結論を出したい旨の意見が述べられた。

  • その後、伊藤忠らと特別委員会は質問書を通じたやり取りを行い、伊藤忠らから公開買付予定数の下限(伊藤忠らの公開買付け後の所有割合60%)を設定した上で再提案がなされた。これに対し、特別委員会は、①推奨意見を出せるような価格への引上げを要請すること、②非推奨意見となるような価格での提案になる場合には3分の2条件の設定を要請すること、③その設定もできない場合には公開買付け後に伊藤忠らの所有割合が3分の2未満となった株式併合議案の付議を要請すること(公開買付価格2,300円とする場合には中立意見を出すこと)を回答した。

  • 最終的に伊藤忠らの考えは変わらず、特別委員会は賛同意見を出すことが妥当であるが応募の推奨はできない旨を回答した。その理由としては、ファミリーマートが選任した財務アドバザーの最終的なDCF法方式の算定結果のレンジの下限には入っているものの、特別委員会が選任した財務アドバイザーの最終的なDCF法方式の算定結果のレンジの下限を下回ること、類似事例に比し十分なプレミアムが付されているとはいえないことを挙げている。

  • 特別委員会、伊藤忠らおよびファミリーマートがそれぞれ選任した財務アドバイザー兼第三者算定機関が算出した企業価値算定(DCF法)は以下のとおりであった。
      ファミリーマート :上限3,432円-下限2,054円
      特別委員会    :上限3,040円-下限2,472円
      伊藤忠ら     :上限2,479円-下限1,701円

 上記のほか、特別委員会におけるファミリーマートおよび特別委員会それぞれの財務アドバイザーおよび法務アドバイザーによるアドバイスを含め、特別委員会における議論が詳細に認定されている点は注目に値します。

 2023年4月5日、ファミリーマートは本決定を不服として東京高裁に抗告しています。

 2019年に経済産業省より「公正なM&Aの在り方に関する指針」が公表されて以降、MBOや支配株主による従属会社の買収といった、類型的に構造的利益相反の問題のある取引については、同指針を意識した実務が積み重なっています。本決定は、親会社が公開買付けを用いて子会社の少数株主をキャッシュアウトする二段階取引における公開買付価格の交渉、特別委員会の運営を具体的に検討するにあたって参照すべき事例といえます。

トランスジェンダーの職員による女性トイレの使用に関する最高裁判決(最高裁令和5年7月11日判決)

 執筆:岩崎 啓太弁護士、菅原 裕人弁護士

 2023年7月11日、トランスジェンダーの国家公務員による職場での女性トイレ使用等に関し、最高裁判決(最高裁令和5年7月11日判決。以下「本判決」といいます)が示されました。

 本判決の上告人は、身体的性別および戸籍上の性別が男性、性自認が女性であるトランスジェンダーであるところ、平成21年7月に職場の上司に自身が性同一性障害である旨を伝え、同年10月には担当職員に対し、女性の服装での勤務や女性用トイレの使用等を求めました。

 これを受け、平成22年7月14日、上告人の了承を得て上告人が執務する部署の職員に説明会(以下「本件説明会」といいます)が開催され、上告人については、執務室がある階(以下「本件執務階」といいます)およびその上下1階にある女性用トイレの使用は認めず、それ以外の女性用トイレを使用させる旨の処遇(以下「本件処遇」といいます)が決まりました。これは本件説明会において、上告人による本件執務階の女性用トイレの使用について、数人の女性職員がその態度から違和感を抱いているように見えたこと等を踏まえての措置でした。
 なお、上告人は本件説明会の翌週から女性の服装等で勤務し、主に本件執務階から2階離れた階の女性用トイレを使用しましたが、他の職員とのトラブルは生じませんでした。

 その後上告人は、平成25年12月27日、職場の女性用トイレを自由に使用させること等を人事院に要求しましたが、人事院が平成27年5月29日付けでいずれの要求も認められない旨の判定(以下「本件判定」といい、このうち女性用トイレの使用に係る要求に関する部分を「本件判定部分」といいます)をしたため、上告人はこの取消等を求める訴えを提起しました。

 本件判定部分の適法性については、下級審(第一審:東京地裁令和元年12月12日判決・労判1223号52頁、同控訴審:東京高裁令和3年5月27日判決・労判1254号5頁)で判断が分かれていました。

 最高裁は、本件説明会後、上告人が女性の服装等で勤務し、女性用トイレを使用しても特段トラブルが生じていなかったこと、本件説明会においては数名の女性職員が違和感を抱いているように見えたにとどまり、明確に異を唱える職員はいなかったこと、本件説明会から本件判定に至るまでの約4年10か月間、本件処遇の見直し等が何ら行われなかったこと等を指摘したうえで、本件判定部分にかかる人事院の判断は、本件における具体的な事情を踏まえることなく他の職員に対する配慮を過度に重視し、上告人の不利益を不当に軽視するものであって、違法である旨を判断しました(本判決には補足意見も付されています。詳細については、弊所のNote記事「労働法UPDATE Vol.6:職場における多様性の尊重の在り方~国・人事院(経産省職員)事件最高裁判決を踏まえて~」もご参照ください)。

 職場における性的指向・性自認の多様性の尊重については、いわゆる「LGBT理解増進法」(本連載第19回「2023年8月に押さえておくべき企業法務の最新動向」参照)に基づき、政府が運用に必要な指針を策定することが予定されています。各企業においては今後、本判決や上記策定予定の指針の内容を踏まえつつ、自社の事情に即して対応を検討することが求められます

シリーズ一覧全43件

  1. 第1回 2022年4月施行の改正法を中心とした最新動向と対応のポイント
  2. 第2回 2022年4月・5月施行の改正法を中心とした最新動向と対応のポイント
  3. 第3回 2022年6月施行の改正法を中心とした最新動向と対応のポイント
  4. 第4回 2022年7月以降も注目 企業法務に関する法改正と最新動向・対応のポイント
  5. 第5回 2022年6月公表の「骨太方針」、開示に関する金融庁報告書、および7月のCGSガイドライン再改訂に関する対応のポイント
  6. 第6回 2022年3月〜6月の医薬品・医療に関する法律・指針等に関する日本・中国の最新動向と対応のポイント
  7. 第7回 2022年5月〜6月の人事労務・データ・セキュリティ・危機管理に関する企業法務の最新動向・対応のポイント
  8. 第8回 2022年9月に押さえておくべき企業法務に関する法改正と最新動向・対応のポイント
  9. 第9回 2022年10月施行の改正法を中心とした最新動向と対応のポイント
  10. 第10回 2022年11月に押さえておくべき企業法務の最新動向
  11. 第11回 2022年12月に押さえておくべき企業法務の最新動向
  12. 第12回 2023年1月に押さえておくべき企業法務の最新動向
  13. 第13回 2023年2月に押さえておくべき企業法務の最新動向
  14. 第14回 4月施行の改正法ほか2023年3月に押さえておくべき企業法務の最新動向
  15. 第15回 2023年4月施行の改正法を中心とした企業法務の最新動向
  16. 第16回 6月施行の改正法ほか2023年5月に押さえておくべき企業法務の最新動向
  17. 第17回 2023年6月に押さえておくべき企業法務の最新動向
  18. 第18回 2023年7月に押さえておくべき企業法務の最新動向
  19. 第19回 2023年8月に押さえておくべき企業法務の最新動向
  20. 第20回 2023年9月に押さえておくべき企業法務の最新動向
  21. 第21回 2023年10月に押さえておくべき企業法務の最新動向
  22. 第22回 2023年11月に押さえておくべき企業法務の最新動向
  23. 第23回 2023年12月に押さえておくべき企業法務の最新動向
  24. 第24回 2024年1月に押さえておくべき企業法務の最新動向
  25. 第25回 2024年2月に押さえておくべき企業法務の最新動向
  26. 第26回 2024年3月に押さえておくべき企業法務の最新動向
  27. 第27回 4月施行の改正法ほか2024年4月に押さえておくべき企業法務の最新動向
  28. 第28回 2024年5月に押さえておくべき企業法務の最新動向
  29. 第29回 2024年6月に押さえておくべき企業法務の最新動向
  30. 第30回 2024年7月に押さえておくべき企業法務の最新動向
  31. 第31回 2024年8月に押さえておくべき企業法務の最新動向
  32. 第32回 2024年9月に押さえておくべき企業法務の最新動向
  33. 第33回 2024年10月に押さえておくべき企業法務の最新動向
  34. 第34回 2024年11月に押さえておくべき企業法務の最新動向
  35. 第35回 2024年12月に押さえておくべき企業法務の最新動向
  36. 第36回 2025年1月に押さえておくべき企業法務の最新動向
  37. 第37回 2025年2月に押さえておくべき企業法務の最新動向
  38. 第38回 2025年3月に押さえておくべき企業法務の最新動向
  39. 第39回 4月施行の改正法ほか2025年4月に押さえておくべき企業法務の最新動向
  40. 第40回 2025年5月に押さえておくべき企業法務の最新動向
  41. 第41回 2025年6月に押さえておくべき企業法務の最新動向
  42. 第42回 2025年7月に押さえておくべき企業法務の最新動向
  43. 第43回 2025年8月に押さえておくべき企業法務の最新動向
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