企業法務の地平線
第17回 経営の視点と専門性を持った法務人材を輩出する - キヤノン 現場のものづくりを理解し、事業を前進させる
法務部
シリーズ一覧全40件
- 第1回 花王株式会社 グローバル法務の根幹にある個人商店マインド
- 第2回 「インハウス・ロイヤー」という選択肢 - 日本にとってCLOは必要なのか?
- 第3回 世界を股にかけた法務パーソン、国際ビジネスの現場で見えたもの
- 第4回 変わるワークスタイルと変わらぬ信念
- 第5回 会社の「誠実」を担う法務の姿 – 双日
- 第6回 300人体制を築くメガ法務の役目 - パナソニック
- 第7回 米国発のルールを日本に浸透させていく、アドビ法務・政府渉外本部の役割
- 第8回 マイクロソフトが実践するダイバーシティ戦略
- 第9回 法務畑を歩み続けたユニリーバ北島氏が考える、法務の役割と今後の課題
- 第10回 人と組織の成長を創造するプロアクティブな法務 - パーソルホールディングス
- 第11回 少数精鋭でチャレンジングな法務 - アサヒグループ
- 第12回 法律が追いつかないゲーム業界に求められるスピーディな体制構築術 - グリー
- 第13回 「1つの特許で生きるか死ぬか」、経営に直結する法務が見据えるグローバル化 - 田辺三菱製薬
- 第14回 たばこの概念を覆した「IQOS」で煙のない社会を目指す - フィリップ モリス
- 第15回 舞台はグローバル、事業に深くコミットする商社法務 - 三菱商事
- 第16回 懐深く、信頼して任せる風土 - 丸紅
- 第17回 経営の視点と専門性を持った法務人材を輩出する - キヤノン
- 第18回 「多様性」のある組織こそ、強みを生む - ソニー
- 第19回 一人ひとりが知財責任者としてのマインドを持つ - メルカリリーガルグループが実践する事業への関わり方
- 第20回 「使って初めて価値が出る」、ミッション・バリューを自らの言葉に「翻訳」して実践 - ユーザベース
- 第21回 「ポケモン」を支えるプロデューサーとしての法務 - 株式会社ポケモン
- 第22回 事業への情熱をもとに担当者をアサイン - DeNA
- 第23回 グローバルへと進化するために、働き方改革を推し進める法務組織 - 電通
- 第24回 プロジェクトチームの一員として、グローバルで多様なビジネスに並走する - アクセンチュア
- 第25回 事業部と一体となり、新規事業領域へチャレンジ – キリンホールディングス
- 第26回 合併を経て進化を続けるビジネスパートナーとしての法務 ―コカ・コーラ ボトラーズジャパン
- 第27回 活発なM&Aを支える法務組織とその柔軟な働き方 - 富士フイルム
- 第28回 契約書を作るだけではない、グローバルな成長に貢献するビジネスコンサルタントとしての法務 – 味の素
- 第29回 ウィズコロナ時代に問われる法務部門の組織運営 鍵はリーガルテックの積極活用 – 太陽誘電
- 第30回 テレワーク下の法務業務は「依頼者ファースト」のITツール活用で対応 - サイボウズ
- 第31回 アフターコロナになっても変わらない、法務のあるべき姿 - パーソルグループ
- 第32回 グローバル企業における法務業務とリーガルテック導入事例 勝機はスモールスタートにあり - 日揮グループ
- 第33回 急成長するベンチャーを支える「企業法務」の役割とは - GAテクノロジーズ
- 第34回 全ては事業の成長のために。ありのまま採用と価値観の共有化を通じて作り上げる熱い組織 - Visional
- 第35回 新規事業をサポートするインハウスロイヤーたち - あおぞら銀行のスタートアップサポートチームが生み出す価値とは
- 第36回 アクセンチュア法務が高い付加価値を生み出せる理由 オフショア化で契約業務を6割削減
- 第37回 大手法律事務所で専門性を極め「自分をアップデート」する環境を求めて – メドレー
- 第38回 「世界一幸せな法務」というビジョンを掲げ、事業を通じた社会課題の解決を目指す - LIFULL
- 第39回 強固な組織体制のもとで専門性の高いメンバーがイノベーションに貢献 - 日本アイ・ビー・エム
- 第40回 丸紅法務部の挑戦と変革 − 精鋭のメンバーがさらなる価値創出にコミットするために
目次
企業活動がグローバル化、複雑化する中で法務部門に求められる役割にも変化が見られます。これからの時代に求められる法務部門のあるべき姿とはどのようなものなのでしょうか。各社の法務部へお話を伺い、その姿を探ります。
今回は、キヤノン株式会社の法務部門に取材しました。同社は、イメージングのグローバルリーディングカンパニーとして、精密機器・電気機器の研究・開発・生産・販売・サービスを行っています。事業領域は、私たちに馴染みのあるカメラやプリンターにとどまらず、半導体露光装置、医療機器など、幅広い分野に及んでいます。
執行役員で法務統括センター所長の田井中 伸介氏、同内部統制管理部課長の小野 順平氏、同法務部の石原 裕太氏、深山 美咲子氏にご登場いただき、国内グループ会社や海外の地域統括販売会社との活発な交流、法務の知識と経営センスを兼ね備えた人材の育成など、キヤノン法務部門の個性を感じるお話を伺いました。
法務の機能は「統制・ガバナンス系」と「リーガルサービス系」
法務部門の体制について教えてください。
田井中氏:
本社法務には、国内グループ会社からの出向者を含めて約50名、国内外のグループ会社への出向者が約10名おり、グループ会社全体で法務部門(知財管理部門を除く)の人員は、200人強になります。
本社法務では、社内クライアントベースで、事業部門や本社部門ごとに担当を配置して、継続的な関係を構築しています。同時に、M&AやGDPR対応などのプロジェクト単位でも、チームを編成しています。
弁護士資格者の人数は、本社法務には現在カリフォルニア州弁護士が1名、国内グループ会社の一部や海外のマーケティング会社には社内弁護士が多数在籍しています。
法務部門の具体的な役割分担はどうなっていますか。
田井中氏:
本社法務では、法務の機能によって、「統制・ガバナンス系」と「リーガルサービス系」と大きく2つの役割に分けています。
「統制・ガバナンス系」は、内部統制システムの一部分を担います。たとえば、ガバナンスの観点から、取締役会や株主総会の事務局という機関運営の支援、会社規程や就業規則の見直し、社内の印鑑の管理をします。また、コンプライアンスにかかるリスクマネジメント活動の事務局もしています。
「リーガルサービス系」は、どういった役割を担っていますか。
田井中氏:
「リーガルサービス系」は、契約の作成・交渉・管理、M&A、訴訟、法律相談への対応、新たな法律ができた時の社内教育などをしています。外部の弁護士事務所の役割を社内で担うイメージです。
外部の弁護士は、どのような時に起用しますか。
田井中氏:
M&A等の案件や会社法・証券法関連は、大手の法律事務所を起用しています。
小野氏:
個別の案件では、法的な判断が難しい案件や事業に与える影響が大きい案件、会社を守るためにオピニオンをとっておくのが妥当と思われる案件などは、個別に相談することがあります。
海外案件では、これまでに起用した事務所の情報が蓄積されているほか、地域統括販売会社の法務部門から、それぞれの法律事務所や弁護士が得意とする分野、起用した感想、弁護士報酬などの情報を得ています。よほどのことがない限りは国内の法律事務所を経由せずに、直接依頼しています。
大事なのは、ものづくりの現場に則すこと
国内グループ会社とは、どのように人材交流していますか。
田井中氏:
国内グループ会社とは、積極的かつ継続的に双方向の人材交流を実施しています。グループ会社には、総務部や管理部に法務担当がいるような、法務が部門として存在しないところもあります。そういう拠点でも一定の役割は担えるように、議事録の書き方、契約のチェック、法的な問題が起こった時の対応などを本社法務で学ぶ機会を設けています。
本社法務からもグループ会社へ若手社員を派遣し、人の採用から、部品調達、生産工程での品質の作り込み、出荷手配など、ものづくりの過程で起こる法的な問題を見てもらいます。大事なのは、ものづくりの現場に則していることです。
ビジネスの仕組み、世の中の枠組みなどの広い知識がないと、事業を実現・前進させる案を示せませんから、現場へ行く経験が法務の仕事に活きてくることになります。
小野氏:
国内のグループ会社だけでなく、官公庁への出向もあります。私は内閣府に出向した際に、公益法人制度の改革の仕事をしていましたが、法的な知識を活かすとともに、法律や政省令が内閣法制局等で審査され、法制化された後、新しい制度として普及啓発していく一連のプロセスを経験したことが、会社に戻ってきてから役に立ちました。
海外の地域統括販売会社とは、どういった交流があるのでしょうか。
田井中氏:
各地域のヘッドクォーターとなる海外の地域統括販売会社には、中堅クラスが出向してマネージャーをしたり、もう少し上のゼネラルマネージャークラスが出向して法務責任者をしたりします。
小野氏:
現在、海外の派遣先には、ニューヨーク、ロンドン、北京、シンガポールの4つの拠点があり、複数の場所に出向したことがある社員もいます。部門全体で見ると、管理職クラスの大半は海外経験があります。
田井中氏:
販売会社の現場では、お客様のクレーム対応を含めて、作ったものが売れるところまで、リーガルの仕事が関連します。そういうことを現場で勉強してもらうために、毎年1名、入社数年目の若手をロンドンにあるキヤノンヨーロッパにトレーニーとして派遣しています。トレーニーは、弁護士事務所で研修を受けつつ、実際に地域統括販売会社で英語を使って仕事をし、海外生活に慣れていきます。
石原氏:
私は昨年から今年にかけて、100以上の国を管轄する地域統括販売会社のキヤノンヨーロッパに、トレーニーとして行かせてもらいました。OJTがベースになっており、活動のひとつとして、キヤノンヨーロッパが管轄する様々な国の広告法、表示法関係の社内の統一したガイドラインを作るプロジェクトに携わりました。約20の主要国の弁護士に「こういうものを作りたい」と伝えて、見積をとったり、調査範囲を確定したりといった業務を任されました。
コミュニケーションの負担も大きそうですね。
石原氏:
キヤノンヨーロッパでは、法務部門は日本人出向者が1名で、他は全員現地人だったので、日々の仕事では書くのも話すのも英語でした。1年1か月というわずかな期間でしたが、社内外の現地人とコミュニケーションをとれたことがすごく良い経験になりました。
田井中氏:
トレーニーは、基本的に本人の希望により派遣しているとはいえ、結構タフな仕事だと思います。たとえばキヤノンヨーロッパだと、現地のマネージャーの下につき、英語で報告をして承認をもらうために、現地人から事情を聞いたうえ法的な分析を加えて上司に説明をしないといけないので、「言っている意味がわかりません」では済まないわけです。そういう場に身をさらす覚悟のある人間でないとできないし、勢いで行かせても困るので、そこの見定めはします。
トレーニー制度のほかに、海外の地域統括販売会社との関わりはありますか。
小野氏:
GDPR等の法改正対応や、今私が担当しているリスクマネジメント体制の整備など、海外の地域統括販売会社との連携が必要な案件については、海外の地域統括販売会社の法務と主にテレビ会議やメールで日々コミュニケーションをとっています。また、相手が日本に出張に来る際などにはFace to Faceで打合せをもつこともあります。
深山氏:
海外の法務部門とは、年に1回1週間ほど現地の法律を教えてもらったり、英語での契約交渉のロールプレイを行ったり、といった形の交流もあります。一昨年はロンドン、昨年はロシアの社内弁護士が来日しました。今年はドバイから受け入れる予定です。私はまだ実際に契約交渉の場に出る機会は頻繁にはありませんが、海外の法務スタッフとの意見交換から現場の様子を感じることができました。
英語力のある方を採用されているのですか。
小野氏:
全体で見ると、一定の英語力のある人が多いと思います。さらに法務の場合、英語力と法律的な素養の掛け合わせになりますから、基本は法学部やロースクールの出身です。ただ、両方の能力を高いレベルで持った人というのは限られますから、足りない部分は入社後に磨くということももちろんあります。
働く女性が能力を発揮できる法務部門
本社法務の女性社員の比率は、どのぐらいですか。
田井中氏:
約4分の1が女性で、育児休業中の社員もいます。キヤノンは実力主義なので、仕事上性別はまったく関係ありません。
深山氏:
女性が少ない印象は全然受けないですね。男女関係なく、自然に仕事ができる環境が整っていると思います。
働き方改革や柔軟な働き方について、どのような取り組みをしていますか。
石原氏:
キヤノンでは、法務に限らず、全社でワークライフバランスの推進に力を入れていて、数年前から働き方改革を実施しています。たとえば、夏季は30分始業時刻が前倒しになって、午後4時15分に仕事が終わります。その後は自主的な勉強会が開かれたり、各自資格試験の勉強をしたり、家族と過ごしたりしています。
田井中氏:
当社では創業時から、仕事が終わったら早く家に帰るという土壌がありますから、他社が言う「働き方改革」とは、ちょっと違っているのではないかと思います。すでにその土壌があることを前提に、生産性の向上を考え、無駄な仕事などを改めて一から洗い出し、やめるべきものはやめるというフェーズにありますね。
小野氏:
法務としては、法改正等の外部環境の変化のほか、経営方針や組織目標、他部門からの期待等の内部環境に照らして、仕事に優先順位をつけ、今、何にどれだけの時間と労力をかけるべきか考え、リソースをできるだけうまく配分する努力をすることが重要だと思っています。そういうことを考えると、組織や自分のミッションを突き詰めて考える必要に迫られます。
貴社では、ワークライフバランスへの取り組みも、盛んに実施しているそうですね。
深山氏:
年次慰労休暇とは別に、会社独自の制度として、30分単位の時間単位休暇があり、育児や傷病目的等で取得が可能です。また、年1回、5日連続で休暇を取得できるフリーバカンス休暇制度があるので、それを利用して海外旅行をする社員もいます。
会社全体で見ると、育休を取得する人数が非常に多いです。「ひまわりCLUB」という、育休中の社員専用ホームページがあり、社内情報の閲覧やe-Learningで自己啓発をすることができ、スムーズな職場復帰をサポートする仕組みがあります。
育児との両立は大変な場面もあると思います。育児休暇を取得するとキャリアが分断されてしまう可能性もありますが、そこをフォローする仕組みはありますか。
田井中氏:
法務の場合、女性であることがハンデになることはないと思います。育休取得等によってキャリアが若干途切れるとしても、実力のブランクにはならないんですよ。関係する法律がそこまで大きく変わることはないし、変わったとしても、勉強すればすぐにキャッチアップできます。契約の交渉能力だって、3年ブランクが空いたからといって、ガクッと落ちることはありません。できる人は、育休を取ったとしても仕事ができます。
人生のステージの中に育児や介護があっても、ハンデにならずに復帰できるという意味では、法務部門は働く女性が能力を発揮できる場所だと思いますよ。
若手の時から、自ら考えて実践する機会がある
これまでの経験で、特に印象深かったことは何ですか。
小野氏:
法務に配属されて1年半程経った頃、北京にあるキヤノン中国へ数か月間応援で派遣されました。当時、キヤノン中国は国内に15支店を新設するなど本格的に中国でのビジネスを拡大させていました。そうした状況下で、アドミニストレーションのインフラ構築面での支援として、社内規程・就業規則の体系や内容の整理・見直しと社内周知方法の改善、各種業務フローの整理・改善、帳票類の整理、基本的な契約書のひな型化、法務部門の業務プロセス改善等に携わりました。
振り返ると、多分に力不足でありながら、会社の立ち上げ段階を垣間見ることができ、その後のキャリアに活かすことができました。もう少し後で行っていれば、もっとアウトプットを出せたと思いますが、当時は当時で吸収するものが多かったです。
石原氏:
入社当初に労務案件を扱う部門に配属されて、人事部門と協力しながら案件の対応にあたり、現場へ行って直接ヒアリングやメールのやりとりをしていました。その中で、事実は何かを突き詰める難しさと大変さを知りました。特に労務案件は、人の人生がかかってくる話なので、責任の大きさをすごく感じましたね。
深山氏:
私は契約の仕事をメインにしていますが、色々な経験をさせていただいています。ソフトウェア開発や品質保証などの他部門から、法務へ移ってきた方々に対して、法的な知識をインプットするために、1か月間の研修を行った際には、そのプログラムの作成と講師を任され、自分で一から考えて実践するいい機会になりました。
法的な側面からビジネスに関わる例として、クラウドサービスの立ち上げもなさっているそうですね。
田井中氏:
クラウドサービスの立ち上げは、まだプライバシーや法律が厳しくなかった2000年頃でしたが、システム設計の初期段階から法務として関わっていました。個人情報の取得などの処理フローをプライバシー・バイ・デザイン(Privacy by Design)の観点から、開発部門と一緒に作り込みましたし、リスクマネジメント体制の点検に際して、有効性と効率性の観点から、業務フローの見直しを現場の部門と一緒に行いました。
プライバシーは、個人情報の概念から、もっと消費者寄りの方向へ行くだろうと、随分前から思っていました。個人情報という定義の中でどうあれ、プライバシーを預かることに対して、システムの中でその責任が達成できる仕組みにすべきだと考え、消費者が納得する管理体制を心がけてきました。
2018年5月にGDPRが施行されましたが、幸い当社では、やり直さないといけない部分はあまりありません。データマッピングにより、個人情報の内容や取得地域、目的、管理体制、責任部門等については、法務で把握しています。ですから、今回のように法律が施行される時にも、法律との差分の特定と設計の変更といった調整だけで済みます。
グローバル企業の本社として、「専門職人材」と「経営人材」を輩出する
法務部門での研修や教育は、どのような方針で行っていますか。
小野氏:
法務での人財育成プログラムは、比重でいうとOJTが5割、OFF-JTが1割、場・機会の提供が2割で構成されています。さらに残りの2割として、本人が自己啓発を行うことが期待されています。現在は一定の計画性を持たせて、OJT、OFF-JTの機会を組み合わせています。
OJTも単に日々仕事をしているだけではうまく成長しないこともありますから、指導役の人間が、経験的価値が高いと考える仕事や本人の希望に沿った仕事を意識的に選んで経験させるといった工夫をしています。OFF-JTは「伝承」と呼んでいますが、それなりの経験がある人が、たとえば訴訟・M&Aについて、部門内で、実務経験を後進・若手に伝えています。
田井中氏:
また、特に場・機会の提供では、計画的ジョブローテーションにより、国内のグループ会社・官公庁への出向や国際出向、他部門への異動を実施しています。
若手のうちは何をするかも大事ですが、「どこで」「誰と」仕事をするのかが極めて重要だと考えているので、ローテーションの時期、異動先は中長期的視点で注意深く検討しています。入社10年目までは、2~3年ごとに計3か所ほどを目途にローテーションがかかり、その中で広さと深さを意識したキャリア形成がされます。
貴社では、どのようなキャリアパスを描けますか。
田井中氏:
特定分野に精通したプロフェッショナルである「専門職人材」と、法務全般について知識・経験を有しつつ、マネジメント能力にも優れた部門経営者である「経営人材」、どちらのキャリアパスも描けます。
特定の法律分野が非常に得意で、訴訟への対応などを極めていくために、「専門職人材」を志向する人もいるでしょう。「経営人材」は、法務だけではなく、調達・ものづくりといった仕事全般を理解し、予防的な観点から、経営として最善の解決策を判断できる人材です。
小野氏:
今後のキヤノンの法務は、契約審査や法律相談対応、訴訟対応などの伝統的な法務業務に加えて、グローバル本社として全世界のグループ会社を束ねて、コーポレートガバナンス、内部統制、リスクマネジメントの観点から経営の基盤となる「仕組み」作りまで行うことを、経営から期待されています。社内のルールや業務フローなどの「仕組み」作りは法的なことから遠い部分もありますが、内部統制やリーガルリスクマネジメントの一部と考えると、予防法務的観点で法務が取り組む意義が理解できます。「仕組み」作りまで踏み込めることが、インハウスで働く醍醐味であり、面白さでもあると思っています。
今後、どういう方と一緒に働きたいですか。
田井中氏:
メーカーなので、自社の製品、技術、サービスにすごく興味を持っているとよいですね。お客様にもっと良いものを提供する過程の一部を担うという意識を持ち、自分にできることやその実現のために、何を勉強する必要があるか考えられる人に当社に来てもらいたいです。
小野氏:
知的好奇心、当事者意識をもち、バランス感覚やコミュニケーション能力に優れた人と一緒に働きたいですね。法律の知識はもちろんですが、これらを持ち合わせていないと入社後に伸びません。ありきたりな言葉になってしまうのですが、表面的な知識だけではダメだと思う場面がこれまで何回もありました。
それらの特性や能力がないと、案件に対して「法的にはこうなる」の段階で終わってしまい、本当の意味での解決策の提案につながりません。当事者意識があるからこそ、疑問が浮かび、何とかしたいと考えるのだと思います。それが仕事のアウトプットに繋がるのではないでしょうか。
石原氏:
私はロースクール出身で、多くの同級生が法律事務所で弁護士として活動しています。企業内法務と社外弁護士の最も違う点は、目の前の案件を日々現場の中で一緒に対処することに尽きます。当社の場合、現場へどんどん出て行ける環境が整っていますから、そこに魅力を感じてくれる人と一緒に働きたいですね。
深山氏:
たしかに、「現場」がキーワードですよね。「現場」はメーカーにとっては主に開発、生産、販売の現場ですが、会社によって違うでしょう。企業法務の立場から、会社のためにできることは、現場のために法的観点から課題解決をすることです。私自身、まだまだ現場をわかっていないので、日々学んでいかなければならないと思っています。
田井中氏:
法務部員は、法律に照らして「良いか・悪いか」だけでなく、「どうすればよいか」も答えることが期待されています。それには、事業のニーズやビジネスモデル、商流・物流などの仕組みを理解しておく必要があります。製造業であれば、開発、生産、販売の現場の人たちと一緒に考え、課題を解決していくことが、社内法務部門の役割であって、仕事のおもしろさです。仕事が「おもしろい」と感じるまでに成長するには時間がかかりますが、あせらず、じっくり成長してほしいと思っています。
(取材・文・編集・写真撮影:村上 未萌、取材・構成:BUSINESS LAWYERS編集部)
キヤノン株式会社
所在地:東京都大田区下丸子3丁目30番2号
設立:1937年8月10日
資本金:174,762百万円
代表者:御手洗 冨士夫
従業員数:26,075名
※2017年12月31日現在
プロフィール
田井中 伸介(たいなか・のぶゆき)
執行役員、法務統括センター所長。1986年入社。法務課に配属後、キヤノンUSA出向(NY法律事務所)、人事本部等を経て、2014年4月より現職。
小野 順平(おの・じゅんぺい)
内部統制管理部 課長。カリフォルニア州弁護士。2002年入社。法務部に配属後、国内外の契約、M&A、訴訟、労務、株主総会運営等を経験。内閣府出向のほか、人事部を経て、2018年1月より現職。
石原 裕太(いしはら・ゆうた)
法務部。2012年入社。法務部に配属後、訴訟、労務、契約、M&A等を経験後、キヤノンヨーロッパ出向(トレーニー)。
深山 美咲子(みやま・みさこ)
法務部。2015年入社。法務部に配属後、契約、GDPR対応、M&A等を経験。
シリーズ一覧全40件
- 第1回 花王株式会社 グローバル法務の根幹にある個人商店マインド
- 第2回 「インハウス・ロイヤー」という選択肢 - 日本にとってCLOは必要なのか?
- 第3回 世界を股にかけた法務パーソン、国際ビジネスの現場で見えたもの
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- 第5回 会社の「誠実」を担う法務の姿 – 双日
- 第6回 300人体制を築くメガ法務の役目 - パナソニック
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- 第9回 法務畑を歩み続けたユニリーバ北島氏が考える、法務の役割と今後の課題
- 第10回 人と組織の成長を創造するプロアクティブな法務 - パーソルホールディングス
- 第11回 少数精鋭でチャレンジングな法務 - アサヒグループ
- 第12回 法律が追いつかないゲーム業界に求められるスピーディな体制構築術 - グリー
- 第13回 「1つの特許で生きるか死ぬか」、経営に直結する法務が見据えるグローバル化 - 田辺三菱製薬
- 第14回 たばこの概念を覆した「IQOS」で煙のない社会を目指す - フィリップ モリス
- 第15回 舞台はグローバル、事業に深くコミットする商社法務 - 三菱商事
- 第16回 懐深く、信頼して任せる風土 - 丸紅
- 第17回 経営の視点と専門性を持った法務人材を輩出する - キヤノン
- 第18回 「多様性」のある組織こそ、強みを生む - ソニー
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