企業法務の地平線
第12回 法律が追いつかないゲーム業界に求められるスピーディな体制構築術 - グリー 法務がアイデアを提案し事業にコミット
法務部
シリーズ一覧全40件
- 第1回 花王株式会社 グローバル法務の根幹にある個人商店マインド
- 第2回 「インハウス・ロイヤー」という選択肢 - 日本にとってCLOは必要なのか?
- 第3回 世界を股にかけた法務パーソン、国際ビジネスの現場で見えたもの
- 第4回 変わるワークスタイルと変わらぬ信念
- 第5回 会社の「誠実」を担う法務の姿 – 双日
- 第6回 300人体制を築くメガ法務の役目 - パナソニック
- 第7回 米国発のルールを日本に浸透させていく、アドビ法務・政府渉外本部の役割
- 第8回 マイクロソフトが実践するダイバーシティ戦略
- 第9回 法務畑を歩み続けたユニリーバ北島氏が考える、法務の役割と今後の課題
- 第10回 人と組織の成長を創造するプロアクティブな法務 - パーソルホールディングス
- 第11回 少数精鋭でチャレンジングな法務 - アサヒグループ
- 第12回 法律が追いつかないゲーム業界に求められるスピーディな体制構築術 - グリー
- 第13回 「1つの特許で生きるか死ぬか」、経営に直結する法務が見据えるグローバル化 - 田辺三菱製薬
- 第14回 たばこの概念を覆した「IQOS」で煙のない社会を目指す - フィリップ モリス
- 第15回 舞台はグローバル、事業に深くコミットする商社法務 - 三菱商事
- 第16回 懐深く、信頼して任せる風土 - 丸紅
- 第17回 経営の視点と専門性を持った法務人材を輩出する - キヤノン
- 第18回 「多様性」のある組織こそ、強みを生む - ソニー
- 第19回 一人ひとりが知財責任者としてのマインドを持つ - メルカリリーガルグループが実践する事業への関わり方
- 第20回 「使って初めて価値が出る」、ミッション・バリューを自らの言葉に「翻訳」して実践 - ユーザベース
- 第21回 「ポケモン」を支えるプロデューサーとしての法務 - 株式会社ポケモン
- 第22回 事業への情熱をもとに担当者をアサイン - DeNA
- 第23回 グローバルへと進化するために、働き方改革を推し進める法務組織 - 電通
- 第24回 プロジェクトチームの一員として、グローバルで多様なビジネスに並走する - アクセンチュア
- 第25回 事業部と一体となり、新規事業領域へチャレンジ – キリンホールディングス
- 第26回 合併を経て進化を続けるビジネスパートナーとしての法務 ―コカ・コーラ ボトラーズジャパン
- 第27回 活発なM&Aを支える法務組織とその柔軟な働き方 - 富士フイルム
- 第28回 契約書を作るだけではない、グローバルな成長に貢献するビジネスコンサルタントとしての法務 – 味の素
- 第29回 ウィズコロナ時代に問われる法務部門の組織運営 鍵はリーガルテックの積極活用 – 太陽誘電
- 第30回 テレワーク下の法務業務は「依頼者ファースト」のITツール活用で対応 - サイボウズ
- 第31回 アフターコロナになっても変わらない、法務のあるべき姿 - パーソルグループ
- 第32回 グローバル企業における法務業務とリーガルテック導入事例 勝機はスモールスタートにあり - 日揮グループ
- 第33回 急成長するベンチャーを支える「企業法務」の役割とは - GAテクノロジーズ
- 第34回 全ては事業の成長のために。ありのまま採用と価値観の共有化を通じて作り上げる熱い組織 - Visional
- 第35回 新規事業をサポートするインハウスロイヤーたち - あおぞら銀行のスタートアップサポートチームが生み出す価値とは
- 第36回 アクセンチュア法務が高い付加価値を生み出せる理由 オフショア化で契約業務を6割削減
- 第37回 大手法律事務所で専門性を極め「自分をアップデート」する環境を求めて – メドレー
- 第38回 「世界一幸せな法務」というビジョンを掲げ、事業を通じた社会課題の解決を目指す - LIFULL
- 第39回 強固な組織体制のもとで専門性の高いメンバーがイノベーションに貢献 - 日本アイ・ビー・エム
- 第40回 丸紅法務部の挑戦と変革 − 精鋭のメンバーがさらなる価値創出にコミットするために
目次
企業活動が複雑化する中で法務部門に求められる役割にも変化が見られます。これからの時代に求められる法務部門のあるべき姿とはどのようなものなのでしょうか。各社の法務部へお話を伺い、その姿を探ります。
今回は、グリー株式会社で法務を担当する、執行役員 法務総務部長の梅屋 智紀氏と、法務総務部 事業法務チームに所属する山ノ口 純子氏、野﨑 雅人氏に取材しました。同社は2007年にモバイルソーシャルゲーム「釣り★スタ」を公開して以降、モバイルゲーム事業を中心にビジネスを展開させてきました。
技術の進化によってめまぐるしく環境が変化していくゲーム業界において、法務パーソンとしてどう事業をサポートしているのか。スピード感のある環境だからこそ育まれたプロジェクト体制の構築方法など、各々の視点で法務としての立場や役割を語ってくれました。
法務と総務が一体となったグリーの法務セクション
法務セクションの組織構成を教えてください。
梅屋氏:
グリーの法務セクションは、私が管轄している法務総務部の中にあります。私は現在、執行役員法務総務部長をしており、組織上の上司は私の上にコーポレート統括という立場にある取締役 上級執行役員の秋山と、代表取締役会長兼社長の田中がいます。
私が管轄する法務総務部では3つのグループと直属となる1つのチームにわかれています。この直属のチームがいわゆる企業の法務機能の役割を持つ、事業法務チームで、私がマネージャーを兼務しています。
事業法務チーム以外には、知的財産グループ、組織法務総務グループ、リスクマネジメントグループの3つのグループがあります。知的財産グループは商標著作権チームと特許チームの2つに、組織法務総務グループは組織法務チームとファシリティマネジメントチーム、アドミニストレーションチームの3つに、リスクマネジメントグループにはリスクマネジメントチームと個人情報管理チームの2つがあります。
商標特許権チーム、特許チームは文字通り、それぞれ商標著作権と特許に関連する部分を取り扱っています。組織法務チームは、総会役会関係を運営しているチームで、ファシリティマネジメントチームは主にオフィス管理を、アドミニストレーションチームはいわゆる総務関係のことを担当しています。リスクマネジメントチームは、全社リスクマネジメント態勢の事務局としてコンプライアンス関係を中心に担当しています。
この組織が他社と異なる点は、いわゆるコンプライアンスや総務部門的な機能が法務の中に組み込まれていることでしょう。
各グループ・チームは何名の構成なのでしょうか。
梅屋氏:
2017年10月時点では、知的財産グループが9名、組織法務総務グループが11名、リスクマネジメントグループが10名、事業法務チームが私と業務委託の弁護士も合わせると13名です。全体としては43名の部署となります。
男女の比率はどれくらいでしょうか。
梅屋氏:
部内だと女性が5割を超えています。事業法務チームでも半分くらいが女性です。
弁護士資格を持っている方は何名いますか。
梅屋氏:
私はアメリカニューヨーク州の弁護士資格を持っていますが、日本の資格を持っているのは野﨑ともう1名です。さらに1名、司法試験合格済みの社員もいます。社員以外では、業務委託として3名の弁護士に来てもらっています。
法務の業務の中で、社内の法律相談や契約書のチェックなどが業務の比率として大きいと思いますが、事業法務チームが担当しているのでしょうか。
梅屋氏:
基本的には事業法務チームで行っています。その中には、海外企業との契約案件もあります。
業務が複雑化する法務の仕事
貴社の採用方針や、メンバーの教育・キャリアパスなどは、どのようなお考えでしょうか。
梅屋氏:
現在、事業法務チームの正社員は7名いて、全員が中途採用です。当社のコーポレート部門はほとんどが中途採用ですので、基本的には育てるというよりも、ご自身のキャリアパスの中でグリーという道を選んでもらっているという形です。今後もこの形を続けていく予定です。
社内で法務関連業務へのニーズが高まっており、「どんどん人員を増やしてほしい」という声が大きくなっています。
グリーでは以前から法務人材を積極的に採用してきたのでしょうか。
梅屋氏:
そうとは限りません。グリーは私が入社した2013年頃から業績が下降し始めて、2016年頃まで低迷していました。ようやく底を打って、現在は四半期の売上が3期連続で上昇しつつあります。そうなると事業が活発になってきて、色々な仕掛けが必要となり、業務量が増加してきました。これまでは売上が鈍化している中で、なかなか法務の人材を増やせませんでしたが、今は法務の需要が非常に大きくなっています。
仕事量は増加、内容は複雑化し、人手が足りない状況が続いているため、積極的に増やしていこうという動きになっています。
複雑化している仕事にはどのようなものがありますか。
梅屋氏:
たとえばゲームだと、我々はもともと「GREE」というプラットフォームを持っていて、その上に乗っているWEBゲームの展開が中心でしたが、最近はスマートフォンの普及に伴いネイティブゲーム1が多くなっており、これまでとは異なる新しい仕組みが必要となっています。事業部側も知見がたまっているわけではありませんので、法務としては今までのWEBゲームのノウハウを転用しつつ、支援していく必要があります。
またネイティブゲームでも、プロモーションを打つことが多いのですが、その手法も以前と比べると多様化しています。たとえばリアルなインセンティブを配ることが増えました。
山ノ口氏:
プロモーションにはゲームショウやコミックマーケットのような展示会形式もあれば、ファン感謝祭を開くこともあります。
梅屋氏:
ゲーム以外にも、広告事業やメディア事業を展開しています。メディアを運営していく上では留意しなければならない点がたくさんあるので、現場も法務も非常に慎重に運営を行っています。最近は現場の意識もより一層高くなり、法務に確認が来る頻度がとても高くなりました。
法務は守りの部分が強く事業にストップをかけるようなところが多いという話をよく聞きますが、貴社の場合はどちらかというと新しい事業に対して、「法務としてどうコミットして事業を進めていくのか」ということが求められているのでしょうか。
梅屋氏:
そうですね。事業に関するアイデアをこちらから出すことも結構あります。事業側から話を聞いていくうちに我々もノウハウが貯まっていきますので、そうした中でアイデアとして我々から提案し、それが実現することも多いです。
法務の方が事業についてのアイデアまで提案するという話はなかなか耳にしません。
梅屋氏:
許してくれる社内の雰囲気はあると思いますが、前提として、我々法務担当者が事業をよく理解しないと絶対にできないことです。たとえばゲーム事業であれば、当社のゲームはもちろん、他社のゲームもプレイして、「他社のゲームはこういうことってやっているけどうちはやらないの?」といった会話になっていきます。そういう話をすると事業側は、「法務はゲームのことをよくわかっているな」となり、我々に相談しやすくなるんですよね。
法務の知識も当然ながら、事業の内容や他社の動向なども理解していないと、こういうことはできないですね。先ほど中途採用がほとんどというお話でしたが、採用される時は、リーガルの素養だけでなく、事業に対してどれくらい興味があるのか、あるいはやってくれそうか、といったところも見られているのでしょうか。
梅屋氏:
そうですね。どこの会社もそうでしょうが、法的な知識やスキルを採用段階で判断するのはなかなか難しいんですよね。採用してみないとわからないところがあります。ただ、事業に対する理解や関心についてはチェックできますので、採用時に判断する際はその点を重視しています。
やはり、ゲーム業界やその周辺の業界にいたような方のほうがフィットするのでしょうか。
梅屋氏:
親和性は高いでしょうね。ゲームや周辺の業界にいるということは、何らかの関心があるということだと思いますから。ただ、業界内で転職する法務人材は、あまりいない印象です。ゲーム会社の法務をやっていたからといって、別に次の転職先がゲーム会社である必要はないんですよね。逆に「ゲーム会社にいるので、私IT強いです」くらいの感じの押し出し方だってできるわけです。メーカーに行っても、商社に行っても、押し出し方はそんなに変わらないわけです。法務という職業柄、業界に依存せずに選択できるように思います。
法務になるまでのキャリア
皆様のご経歴を教えてください。
梅屋氏:
私は、1993年に大学を卒業してNTTに入社し、最初は地方の支店に勤務していました。そこで3年勤めて本社に戻ってきてからは、国際本部という部署に配属となり、海外投資を行う仕事をしていました。
国際本部では、M&Aのデューディリジェンスや契約交渉を行っていて、ニューヨーク州法に準拠した契約が多かったので、米国弁護士資格を取得しようと思い留学しました。2001年に、米国バージニア大学ロースクールにてLL.M.を取得し、その後、三菱商事法務部、LVMH モエ ヘネシー・ルイ ヴィトン・ジャパンのグループリーガルカウンセルを経て、2013年8月にグリーへ入社しました。
山ノ口氏:
私は、今はもう日本には法人がない、カルフールジャパンに入社して4年半ほど働きました。カルフールが日本法人をイオングループに売却し、日本から撤退するまでの間ですね。カルフールでは法務に全く関係のない仕事をしていたのですが、法務の仕事に興味を持ち、まずは自分の適性を知るためにも、派遣社員として法務を経験しました。その後は、もともとゲームやインターネットに興味があったので、ゲームの開発会社へ転職しました。
なぜ法務に興味を持ったのでしょうか。
山ノ口氏:
カルフールがフランスから日本に進出してきた次の年に入社しました。当時は管理部門に該当する機能はほぼなく、総務と経理、人事がいるくらいで、私は商品データのチームで働いていました。法的対応をしている専門部署はありませんでした。そういった環境ですから、表示ミスや食品衛生面などで何かしらの問題があった時に、しかるべき対応ができる人がいないような状況でした。私は商品データを扱っていたため、誤ったデータの修正や、官公庁との電話対応などを行っている中で、法務の重要性を感じ、法務への転職を考えました。日本法人の移転に伴い退職し、未経験可の法務アシスタントを経て現在に至ります。
野﨑氏:
私は法科大学院修了後、司法試験に合格し、アンダーソン・毛利・友常法律事務所に入所しました。その後2012年から2年間、特許庁総務課の任期付職員として勤務し、法制専門官として平成26年度の特許法等の一部改正を担当したほか、地理的表示制度の創設や職務発明制度の改正、営業秘密の保護に関する検討などにも関与しました。また、庁内で生じた各種法律問題に対応したり、訟務対応を行ったりしたほか、総務課員として各課のサポートも行いました。中には事業を企画し、予算や人員について関係部署と調整するといった、法務に限らない業務に関与する機会もありました。
2014年に事務所に戻りましたが、それから1年くらいして、ちょうど当時一緒にソーシャルゲームの仕事をしていたパートナー弁護士から、グリーへの出向の話があり、それから1年4か月ほど、少しずつ出向先の業務の割合を増やしていき、最終的にそのまま正社員になりました。
法律事務所にいる時と違いはありますか。
野﨑氏:
法律事務所の場合は代理人として関与するので、依頼者である企業が定めたビジネスに関する方針を大きく覆すような提案をすることはできません。しかし、法律事務所への相談は基本的に社内での検討を経た上で行われます。相談された段階で、すでに様々なことが決まってしまっていますので、弁護士の側から提案できる内容はどうしても限られてしまいます。
これに対して、インハウスの場合は、ビジネスに関する方針を事業部と一緒に作っていく立場にあります。タイミング的にも事業の検討を始めた場合の最初期の段階から関与できます。「そもそもこういうことをして良い?」というところから話が始まりますので、コミットできるレベル感が違います。当然、こちらからも提案を出していきます。
あとは働き方といった点でも非常に異なります。法律事務所時代は明確な勤務時間がなく、テレワークを導入していましたので、時間的にも場所的にも自由に働けたのですが、公私の区別が難しくかえって拘束時間が長いと感じることがありました。
グリーは、勤務時間のルールがありますので公私の区別はつけやすく、事務所時代よりもテレワークの恩恵を感じています。さらに弁護士会などへの外出もさせてもらえるので働きやすい環境です。
梅屋氏:
我々はよく事業側と、「それって儲かるんだっけ?」とか「どこでそれ儲かるの?」といった話をよくします。
法務が「儲かるかどうか」という視点で事業側と話をするんですね。
野﨑氏:
すごいリスクを踏んでいるわりに、あまり儲かりそうにないと思っても、法律事務所の弁護士だと当事者ではないので「儲からないですよね」とは言えませんよね(笑)。
梅屋氏:
「法務としてかかる人件費に見合うような案件ではないよね」、ということや、「手間ばかりかかるけど、こんな利益で法務にお願いし続けるの?」ということも結構言います。法律事務所だと有り得ないですよね。
法務がコーポレート側のハブとなってバックアップ体制を組む
他部署と連携するようなプロジェクトにはどのようなものがありましたか。
山ノ口氏:
Wright Flyer Studiosの設立は印象深いです。これまでの「GREE」というブランドとは異なるブランドとして立ち上がった実験的な試みでした。
当初はサービスブランドとしての名称に留めようかという議論もありましたが、App Store上にゲームを出すにあたって、デベロッパーとして法人格が必要となるため、最初に出すゲームのリリースに間に合うようにかなりの短期間でスキームを構築し、法人を設立することになりました。そうしてWright Flyer Studiosの会社設立に合わせてリリースされたゲームが「消滅都市」です。プロジェクトの期間としてはそんなに長くはありませんでしたが、当社としては初めての試みでしたね。
梅屋氏:
そういうプロジェクトを進めるにあたって、必要な専門家を山ノ口が社内から引っ張ってくるんですよね。たとえばWright Flyer Studiosを立ち上げるには登記や、商標のチームを呼び込んだり。それは法務に関わらず、「経理の○○さんがこれについては詳しいから、ちょっとチャットルームに呼ぶね」とか。事業部がプロジェクトを主導していくわけですが、事業部も誰の知見が必要かよくわからない部分があるので、バックヤードの部分については彼女の方で引っ張ってくれています。法務がコーポレート側のハブとなってバックアップ体制が組まれることがとても多いですね。
新しい事業の話はどういうふうに法務のところに話が入ってくるのでしょうか。
梅屋氏:
新しいプロジェクトが組まれると、事業側はプロジェクトの概要を社内のシステムに登録します。法律の問題が絡んでいることがほとんどですから、登録されると法務へ連絡がくるようになっています。システムという面だけでなく、社内では「とりあえず法務に説明に行け」というカルチャーになっていると思います。
そのような体制やカルチャーはどうやって出来上がったのでしょうか。
山ノ口氏:
事業部側では、法務、経理、商標のチームと個別に話し合うことが多かったのですが、プロジェクト全体像が見えづらく、効率が悪くなり、結局横の連携ができずに手戻りが多く発生していました。それなら関係者を一気に集めた方が早いなと思い、私たちが主導して関係者全員を集めてキックオフをするやり方になりました。その時点で誰が何をやるか、タスクをある程度洗い出して決めるようにするなど、徐々に改善されていきましたね。
梅屋氏:
グリーでは、契約書は法務の承認がないと一切締結できないようになっています。ひな型どおりであれば別ですが、ひな型から少しでも外れるような内容だと、法務の承認がないと押印もできないようなシステムになっているので、必ず法務を通ります。また、「会社としてこれやるべきだっけ?」といったことも結構法務が判断します。
たとえば、当社はやっていないですが、仮に「アダルトゲームを作りたい」と言われたら、一次的な判断は法務で行い、最終的な判断を経営が行う体制になっています。このような体制ですから、最初から法務を巻き込んでおいた方が良いと事業側も考え、特にこちらから言わなくても自然と相談してくるのでしょう。
このような体制が構築できた理由はどこにあると思いますか。
山ノ口氏:
割と新しい業態の会社の方がこういう体制を作っていきやすいかもしれません。過去に出来上がった形がありませんので、新しい体制をどう作っていくかとか、ビジネスの実態と合わなくなってきたなと思ったら比較的柔軟に変更がしやすいのかなと思います。
梅屋氏:
規制内容の変更などがよく起こり、迅速に対応する必要がある業界なので、ニーズに応えていった結果こうなったという面もあります。規制の変更に対応できる部署が中心になって情報を集めるしかなく、その知見が法務に貯まっているということです。
法律が追いついていない業界
ゲーム業界ならではの難しさはありますか。
山ノ口氏:
一言で言うと、法律が追いついてないです(笑)。
梅屋氏:
そう、本当にそう(笑)。
山ノ口氏:
法律の条文と実態に、どうしても溝みたいなものがあると日々感じます。
そういう場合は官公庁に対して確認しているのでしょうか。
山ノ口氏:
そうですね、当社が独自に聞くこともありますが、業界団体を通じて意見書を出したり、官公庁の担当官と話をしに行くことはよくやっています。
野﨑氏:
法律と実態に乖離が生じるのはゲーム業界ならではというよりは、ビジネスの変化が早い業界にありがちだと思います。基本的に法律は作られるまで3年サイクルです。最初の1年目に調査研究を行って、改正の検討をするための情報を集めます。次の年に審議会を開いて有識者に改正の要否や方向性について議論いただき、平行して内閣法制局と相談しながら法案を作成します。そのうえで、3年目の通常国会で法案を通すので、トータル3年かかるのです。
3年の間にユーザーの環境や使用する端末が変わっていたら、法律を変えている間に実態と乖離しますね。
山ノ口氏:
ガラケーからスマホにシフトした時は正にそうでしたね。決済やプレイ環境の変化が大きかったので、起こり得る問題も変化しました。
野﨑氏:
今の日本の法改正のスピードでは実態と合わせるのは難しいです。「間違ったら法律をもう1回変えればいい」くらいの感じでスピードを重視する国や、ステークホルダー間の調整に時間をかけずにさまざまな規則をトップダウンで変えられる国とは前提も大きく異なります。
事業の理解とバランス感覚
今後、法務パーソンはどのようにあるべきだと思われますか。
梅屋氏:
法務には、経営からも事業側からも非常に高いレベルのアウトプットが求められています。そのニーズに対して、的確に応えていきたいという想いと同時に、事業に対して一緒に考え、一緒に悩み、解決方法を探していくことも、強めていきたいと思います。
「法務は、アクセルとブレーキだ」と私はよく部下に言っています。アクセルを踏む時もあるし、ブレーキを踏む時もあります。そのバランスが、これからも法務に求められてくると思いますし、バランス感覚を持っている人が法務パーソンであるべきです。
山ノ口氏:
もちろんバランス感覚も大事ですが、個人的には自分の所属している組織や、会社の事業をまず何より最初に知るべきではないかと思います。これまで色々な法務担当者に会ってきましたが、自社の事業を把握している人の方が話の整合性がとれていますし、話していて面白いなと感じます。説得力もあり、法務としても勉強になることも多いです。逆に、自社の事業をよく知らないで話している人は、「でもそれ御社の事業とちょっと合わないんじゃないですか?」と感じることがあります。最低限、自分の会社が何をやっているのか、何が強みなのか、逆に今どこが弱いのかといったことを知ったうえで、業務に関わっていく人の方が事業部からの信頼も得られやすいと思いますし、他社と関わっていく上でも自社のプレゼンスを上げられると思います。
野﨑氏:
2人の繰り返しになりますが、事業の理解と、バランス感覚の両方が重要だと思います。
事業を考える人たちと、最終的に問題が起きた時の対応について連携がとれていないと、うまくいきません。どこまでなら踏み込めるのかといった判断をするには、きちんと着地点を見据えながら、議論している内容が問題となった時に、我々としてはどういう反論ができるのか、それは社会的に受け入れられるような反論になるのかどうか、というところを見ながらバランスをとる必要があります。判断をする場合は真っ白でも真っ黒でもない、グレーなことがほとんどですから、法務が事業のスキームも正しく理解したうえで取り組まないと適切な判断にはならないと思います。また同時に、事業側にリスクが顕在化したときの状況をイメージしてもらうことも重要です。法律論だけでは答えは出せないので、事業側とお互いの領域を理解し合うことが非常に大事なのかなと思っています。
最後に、梅屋さんは法務のポジションで役員をされていますが、日本の企業には法務のポジションで役員をされる方が少ないように思います。そういった現状に対してどう思われますか。
梅屋氏:
これだけ社会の中でコンプライアンスの必要性が叫ばれていますので、法務出身で執行役員や取締役になる方が少ないという状況は、将来的に変わってくるのではないでしょうか。法務パーソンの素養は、経営に必ず役に立つと私は思っています。経営者になるかどうかは他の要因もありますが、大事な素養の1つであるのは事実ですから、法務出身の役員や経営者が増えるべきでしょう。
法務出身者が役員になれない理由は、社内政治も影響しているように思います。昔からの通例で法務が弱い立場の企業はあります。そういった意味では、当社くらいの規模の会社の方が、法務としての提案や活躍が経営陣にも見えやすい環境です。
海外の会社では、役員に弁護士がいるのは普通です。社長が弁護士であるケースもいくらでもあります。日本でもコンプライアンスを理解している法務パーソンが経営サイドに増えてほしいですね。
ありがとうございます。
(取材、構成:BUSINESS LAWYERS編集部)
グリー株式会社
本社所在地:東京都港区六本木6-10-1 六本木ヒルズ森タワー
設立:2004年12月7日
代表者:代表取締役会長兼社長 田中 良和
従業員数:1,463人(グループ全体)
※2017年6月末現在
プロフィール
梅屋 智紀(うめや・ともき)
グリー株式会社
執行役員 法務総務部長 ニューヨーク州弁護士
1993年NTT入社。2001年米国バージニア大学ロースクールにてLL.M.取得。その後、三菱商事株式会社法務部、LVMH モエ ヘネシー・ルイ ヴィトン・ジャパン株式会社グループリーガルカウンセルを経て、2013年8月グリー株式会社へ入社。執行役員法務総務部長。
山ノ口 純子(やまのくち・じゅんこ)
グリー株式会社
法務総務部 事業法務チーム
新卒でカルフールジャパンへ入社し商品データを扱う部署に配属。日本法人の撤退を機にゲーム開発会社へ転職し、法務に携わる。2012年1月グリー株式会社へ入社。
野﨑 雅人(のざき・まさと)
グリー株式会社
法務総務部 事業法務チーム
弁護士。司法試験合格後、アンダーソン・毛利・友常法律事務所に入所。2012年から2年間特許庁に任期付職員として出向。その後、グリー株式会社への出向を経て、2016年9月に正社員として入社。
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アプリストアからダウンロードして実行するゲームのこと。 ↩︎
シリーズ一覧全40件
- 第1回 花王株式会社 グローバル法務の根幹にある個人商店マインド
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