企業法務の地平線
第14回 たばこの概念を覆した「IQOS」で煙のない社会を目指す - フィリップ モリス 従来の紙巻たばこから煙の出ない(スモークフリー)製品へ、広がるビジネスの可能性
法務部
シリーズ一覧全40件
- 第1回 花王株式会社 グローバル法務の根幹にある個人商店マインド
- 第2回 「インハウス・ロイヤー」という選択肢 - 日本にとってCLOは必要なのか?
- 第3回 世界を股にかけた法務パーソン、国際ビジネスの現場で見えたもの
- 第4回 変わるワークスタイルと変わらぬ信念
- 第5回 会社の「誠実」を担う法務の姿 – 双日
- 第6回 300人体制を築くメガ法務の役目 - パナソニック
- 第7回 米国発のルールを日本に浸透させていく、アドビ法務・政府渉外本部の役割
- 第8回 マイクロソフトが実践するダイバーシティ戦略
- 第9回 法務畑を歩み続けたユニリーバ北島氏が考える、法務の役割と今後の課題
- 第10回 人と組織の成長を創造するプロアクティブな法務 - パーソルホールディングス
- 第11回 少数精鋭でチャレンジングな法務 - アサヒグループ
- 第12回 法律が追いつかないゲーム業界に求められるスピーディな体制構築術 - グリー
- 第13回 「1つの特許で生きるか死ぬか」、経営に直結する法務が見据えるグローバル化 - 田辺三菱製薬
- 第14回 たばこの概念を覆した「IQOS」で煙のない社会を目指す - フィリップ モリス
- 第15回 舞台はグローバル、事業に深くコミットする商社法務 - 三菱商事
- 第16回 懐深く、信頼して任せる風土 - 丸紅
- 第17回 経営の視点と専門性を持った法務人材を輩出する - キヤノン
- 第18回 「多様性」のある組織こそ、強みを生む - ソニー
- 第19回 一人ひとりが知財責任者としてのマインドを持つ - メルカリリーガルグループが実践する事業への関わり方
- 第20回 「使って初めて価値が出る」、ミッション・バリューを自らの言葉に「翻訳」して実践 - ユーザベース
- 第21回 「ポケモン」を支えるプロデューサーとしての法務 - 株式会社ポケモン
- 第22回 事業への情熱をもとに担当者をアサイン - DeNA
- 第23回 グローバルへと進化するために、働き方改革を推し進める法務組織 - 電通
- 第24回 プロジェクトチームの一員として、グローバルで多様なビジネスに並走する - アクセンチュア
- 第25回 事業部と一体となり、新規事業領域へチャレンジ – キリンホールディングス
- 第26回 合併を経て進化を続けるビジネスパートナーとしての法務 ―コカ・コーラ ボトラーズジャパン
- 第27回 活発なM&Aを支える法務組織とその柔軟な働き方 - 富士フイルム
- 第28回 契約書を作るだけではない、グローバルな成長に貢献するビジネスコンサルタントとしての法務 – 味の素
- 第29回 ウィズコロナ時代に問われる法務部門の組織運営 鍵はリーガルテックの積極活用 – 太陽誘電
- 第30回 テレワーク下の法務業務は「依頼者ファースト」のITツール活用で対応 - サイボウズ
- 第31回 アフターコロナになっても変わらない、法務のあるべき姿 - パーソルグループ
- 第32回 グローバル企業における法務業務とリーガルテック導入事例 勝機はスモールスタートにあり - 日揮グループ
- 第33回 急成長するベンチャーを支える「企業法務」の役割とは - GAテクノロジーズ
- 第34回 全ては事業の成長のために。ありのまま採用と価値観の共有化を通じて作り上げる熱い組織 - Visional
- 第35回 新規事業をサポートするインハウスロイヤーたち - あおぞら銀行のスタートアップサポートチームが生み出す価値とは
- 第36回 アクセンチュア法務が高い付加価値を生み出せる理由 オフショア化で契約業務を6割削減
- 第37回 大手法律事務所で専門性を極め「自分をアップデート」する環境を求めて – メドレー
- 第38回 「世界一幸せな法務」というビジョンを掲げ、事業を通じた社会課題の解決を目指す - LIFULL
- 第39回 強固な組織体制のもとで専門性の高いメンバーがイノベーションに貢献 - 日本アイ・ビー・エム
- 第40回 丸紅法務部の挑戦と変革 − 精鋭のメンバーがさらなる価値創出にコミットするために
目次
企業活動がグローバル化、複雑化する中で法務部門に求められる役割にも変化が見られます。これからの時代に求められる法務部門のあるべき姿とはどのようなものなのでしょうか。各社の法務部へお話を伺い、その姿を探ります。
今回は、フィリップ モリス ジャパン合同会社(以下、PMJ)に取材しました。加熱式たばこ「IQOS(アイコス)」は、2014年11月に名古屋でテスト販売をスタートした後、2015年9月に12都道府県限定で販売を拡大、2016年4月には全国販売を開始し、以来大ヒット商品となっています。たばこの葉を燃やさずに電気で加熱する「IQOS」は、成人喫煙者と非喫煙者、双方の思いを具現化した画期的な製品であり、2016年12月時点で「IQOS」の販売台数は300万台を超え、「IQOS」に完全に移行したユーザーは200万人を達成しています。そして、煙のない社会を目指して、同社は将来的に、紙巻たばこを全て煙の出ない(スモークフリー)製品へ切り替えることを発表しています。
「IQOS」の開発・展開にあたって法務がどのように関わっているのかなど、シニアカウンセルの佐藤 百合子氏、カウンセルの神内 健次氏と小口 明子氏、シニアリーガルアナリストの田島 由貴氏の4名にお話を伺いました。
「ホームドクター」としての役割を担う日本法人の法務
法務部の体制について教えてください。
佐藤氏:
PMJの親会社であるフィリップ モリス インターナショナル(以下、PMI)は、ニューヨーク証券取引所に上場しているため、登録上の本社はニューヨークにあります。実際のオペレーションという意味では、スイスのローザンヌに統括本部があります。
法務部は大きく2つのグループに分かれていて、1つはPMIにいるエキスパートのグループ、もう1つは各市場で現場における日々の問題に対応し、PMIにレポートするグループです。
医師の世界で例えると、専門医と開業医のような違いです。市場にいるメンバーが開業医で、ホームドクターのように、管轄するエリアの問題を一通り扱います。各市場で解決しきれない問題については、PMIのエキスパートと共同で対応します。
我々がよくPMIと共同する分野としては、日本法人が直接権利を持っていない知的財産の分野、それから業界的に知見が集積している喫煙と健康に関する紛争の分野です。これらは会社として一括で対応しなければならないので、基本的にはPMIと足並みを揃えて進めていきます。
法務部における皆さまの役割について教えてください。
佐藤氏:
私はシニアカウンセルのポジションで、日本の法務を統括しています。今年はマネジメントチーム内でダイバーシティ&インクルージョン1も担当しています。
神内氏:
私は現在、主に加熱式たばこに関する案件を担当しています。人事労務についてはPMJ本社以外の現場を担当しています。
小口氏:
私も現在、主に加熱式たばこ関連を担当していますが、紙巻たばこの業務もサポートしています。人事労務についてはPMJ本社を担当しています。
田島氏:
知的財産権の管理はPMIの担当ですが、私は主に、新製品を開発・発売する際の知財の手続きを担当しています。たとえば、「IQOS」のパッケージの法律規制を調べてPMIに報告したりしています。また、セールスの契約書関連、紙巻たばこのマーケティング活動のレビューを行ったりしています。
PMIグローバル全体で法務は何名いますか。
佐藤氏:
2017年10月時点で、法務コンプライアンス部という名称で、全世界で337名います。その中でコンプライアンスが12名、それ以外は全て法務です。法務の中で、有資格者であるロイヤーとスタッフに分かれていて、ロイヤーが246名、スタッフが管理者も含め79名います。
男女比は、ロイヤーは各50%、一方でスタッフはセクレタリーやアシスタントという職種を含めると、女性が8割以上。法務コンプライアンス部トータルでは、現状は男性44%、女性56%です。
女性比率が高いのは、結果としてそうなったのですか。
佐藤氏:
法務コンプライアンス部はそうかもしれません。他の部門だと、他国も含めて、たばこ製造工場の作業員、コンビニエンス・ストアやたばこの販売店を回る営業は男性が多いケースがよくあります。PMIは、社内でキャリアを築く人が多いのですが、社内で育成されて、シニアのポジションに就くのは、母集団の数が影響しますので、どうしても男性が多くなります。会社全体では、依然としてジェンダーダイバーシティが課題になりやすい業界であり、女性の採用を強化し社内でキャリアを築いていけるようにしたいと考えています。
PMJ本社ではマネジャーの約3割が女性です。ただ、営業の現場では、女性の割合は数%にとどまっています。運転や運搬という力仕事のイメージが強く、どうしても男性が多い業界になります。
田島氏:
「EQUAL-SALARY Certification」2という認証があり、2016年にその認証を取得しました。これは、男女間で給与の差をなくし、イコールであるということを認証するもので、当社では男女均等のカルチャーを積極的に投入しているところです。
法務部の役割・業務内容について教えてください。
小口氏:
たばこは合法的な嗜好品ではありますが、健康に影響のある製品なので、業界全体で様々な規制に服しています。たとえば広告規制、健康警告の表示の義務付けといった包括的な規制が存在します。当社としても、健康に影響のある製品である以上、規制自体は当然必要だと考えています。当社は、責任あるたばこ会社として、各市場の現地法令・業界の自主規準とは別に、内部のポリシーを設定し、グローバルで一貫して適用しています。
法務部の基本的な役割は、国の法令・業界の自主規準・内部のポリシーなどの規制の範囲内で、ビジネスを行っていくのをサポートすることです。ただ、「これは黒、白、グレー」という法的分析だけではなく、この決定や行為が将来的に会社自身に及ぼす影響や、たばこ業界全体に与えるインパクト、社会全体で見た場合に与えるインパクトといったところまで深く関与しているのが、当社法務部の特徴かと思います。
具体的に、どのように関わっているのでしょうか。
小口氏:
特に加熱式たばこに関してですが、まだルールが確立されていない場合、私たち会社の行為が、国や地方レベルで新たなルールが作られていく際に参照される可能性があります。それを見越して、今こういう行為をした場合にどういったインパクトがあり得るのか検討します。社外に確立したルールがないからこそ、社内で一貫性のあるルールを持っておくことが、とても重要になります。
責任あるたばこ会社として一貫性を持って動くことによって、国や地方レベルでルール作りをする際に、意見を聞いてもらえる存在になれると考えています。社会的責任を果たしているたばこ会社として意見を聞いてもらえるか、または一貫性のない行動で意見を聞く価値がないとみなされてしまうのか。そういった戦略的な側面からも、1つ1つの意思決定に深く関わらせてもらっています。
採用方針についても教えてください。
佐藤氏:
法務部の採用という観点では、ダイバーシティ&インクルージョンということで、より多様な人材を採用することを意識しています。今後採用することがあれば、今のメンバーとは違うバックグラウンドを持った人に来てほしいと思っています。
加熱式たばこは、既存の製品や法律の枠組みに必ずしもとらわれない製品なので、積極的にチャレンジする柔軟な発想のある人、ルールを守りつつ柔軟性がある人が必要です。新しいビジネスに入っていくことを楽しめる人に、ぜひ来てほしいですね。
当社に入ると、法律の専門家としてのトレーニングだけでなく、PMIの社員として、管理職研修をはじめ、色々なスキルのトレーニングに出ることもあります。他部門の社員とともに成長する機会が与えられます。
厳しい広告規制のもと、1歩引き、1歩先を読む
規制業種であるという点で、他の業界にはない苦労がありそうですね。
佐藤氏:
たばこの規制は、世界的に見るととても幅があります。日本は比較的自由な方で、たばこを売る場所や喫煙所では広告が可能となっています。ヨーロッパなどでは、たばこの広告は一律禁止され、展示すること自体に制約がある国も複数あります。最も極端なケースだと、そもそもパッケージをデザインすることすら禁止されています。
国によって反応は違いますが、会社のノウハウ・歴史的な知見として、たばこ会社が行き過ぎた活動をしていると社会・当局がみなすと、厳しい規制が制定され、広告活動に制約が出ることが多々ありました。日本も昔はテレビ・ラジオで広告していましたが、たばこ規制枠組条約3ができて、マスメディアでの広告活動に更なる制限がかかりました。
規制は変わりうるもので、かつ多くの場合、規制はたばこ会社の表現の自由を奪う形で変わっていきます。それが世界的なトレンドです。表現の手法を奪われていくと、競合他社との差別化の手段がなくなり、合法な嗜好品であるにもかかわらず、自らの意思でたばこを嗜む成人喫煙者に自社製品についてきちんと説明する機会がなくなります。
それが社内の組織にナレッジとしてあるので、そこで重要になってくるのが、規制の枠組みと規制への対応です。規制が変わると、広告費用・社内組織・マーケティングに充てる人数など、かなり大きな影響を受けます。たばこ会社が収益性を確保し、競争に勝ち抜いていくために、現行のルールを理解して、何が起きたら世の中のルールが変わるのか、という基本をふまえ、それを見越して行動をとることが、とても大事です。
確かに、たばこの広告はあまり見かけないですね。
小口氏:
基本的にパブリック・スペース(公共性の高い場所)での広告は、コンビニエンス・ストアやたばこの販売店などの販売場所と喫煙所でしかできません。
神内氏:
たとえば、会社のホームページに取り扱いブランドを出す時、たばこ製品のロゴを使って良いのかどうかという懸念があります。パブリック・スペースでたばこ製品のロゴを出すのは、広告になるのか、その辺りの指針が必ずしも明確でなく、各国の法規制が違う中で、PMIが世界で共通したホームページを作る場合に、日本ではたばこ製品のブランドロゴをどこまで使ってコミュニケーションしていけるのか。そうした懸念は常に議論されるところです。
ここまで広告規制が厳しいものは、他にあまりないですよね。映画の登場人物も昔はよくたばこを吸っていたように思います。
小口氏:
今は映画やテレビ番組の中でたばこ名を露出するなどの広告を行うことは規制されています。
神内氏:
テレビ局から「商品の写真を貸してほしい」と依頼があっても、お断りしています。場合によっては「写真が全国放送に出る」と言われますが、そこはプロダクト・プレイスメントとならないよう、報道目的にご利用頂く場合と一線を画しています。
目先の結果を考えると、テレビに商品を出すという判断も当然あるかと思いますが。ビジネスの安定性を考えると、一歩先を見るようにしないと、つまずいてしまうこともあると思います。1歩引いて考えて、同時に1歩先を読むようにしています。
「IQOS」ブランドの立ち上げから展開まで
「IQOS」が開発、販売される過程で、法務はどう関わりましたか。
田島氏:
紙巻たばこは厳しい法規制があり、業界団体である日本たばこ協会が自主規準を定めています。パッケージの仕様、たとえば、「マイルド」や「スムース」等、健康の害が少ないと誤解されるような表示を使用する場合は、指定された文言を入れるなど、細かい規定があるので、パッケージについては困難なく確認できます。
一方、当社は電化製品に関するノウハウはなかったので、「IQOS」の発売が決まった時、まずどうやって製品を理解するのかというところが、法務部の大きな課題でした。「IQOS」は、スイスで開発・精密機器を製造、パーツはマレーシアで組み立てられて最終製品化と、色々な国が関わっています。法務と開発のオペレーションズ部担当の間で、製品の仕様や法規制について定期的に情報交換しました。
電気用品安全法を初めて調べたり、内蔵されているリチウムバッテリーがリサイクル法上どう扱われるか調べたり。さらに、家電量販店に電化製品のパッケージを見に行って、実際に製品を買い、どのような記載が必要なのか、これはこの業界団体に聞いてみようとか。本当にそのようなところから調査を始めて、パッケージが違法にならないように確認しました。パッケージの検討開始から発売までが短期間でしたのでプレッシャーの中、万が一問題が起きた場合はどこに報告するのか、という辺りも調べました。日本国外で実施されている製品認証の妨げになってもいけないので、PMIにも確認しながら進めました。
佐藤氏:
メーカーなので、パッケージには細心の注意を払います。パッケージに問題があった場合には、廃棄・回収という事態になりかねません。それはメーカーとして製品供給に関わる大きなリスクとなりますので、新製品のパッケージは、かなりプレッシャーのかかる仕事ですね。
日本と海外で、気をつけるべき点に差があると思いますが、どう揃えていきましたか。
田島氏:
幸いにも日本での発売が早かったので、前例がない中、PMIと連携をとりながら、パッケージを完成させました。日本で原型を作って、他の国に派生していった形です。
佐藤氏:
ヨーロッパのパッケージは制作にあたってEU指令に依拠できる部分もあり、ヨーロッパが開発拠点ということもあって、ヨーロッパ向けのIQOSのパッケージ開発についてはある程度の地の利があったかもしれません。他方、日本は別の法体系に依ることになるので、どう作れば良いのかアイデアも手がかりもほぼない状態から始めました。ヨーロッパのようなある程度の共通点がある地域に比較すると、日本向けパッケージの開発は難易度が高いのではないでしょうか。
田島氏:
私が入社した当時から「マールボロ」「ラーク」という、すでに確立したブランドがあって、既存のブランド価値を棄損しないように使っていくというガイドラインはありました。
今回IQOS発売にあたり、全く新しいブランドを立ち上げるのは初めての経験でしたし、ましてや過去に経験のない精密機器という新しいカテゴリーで、ブランドの商標登録後に、どのようにブランド展開していくべきかを考えるのは、すごくチャレンジングで面白い経験だったと思います。
佐藤氏:
今まで見ていなかった精密機器の分野で、知財部門は、類似製品の調査、商標の手続き、ブランドを作る時の手続きの仕方などを担当しましたが、大きなチャレンジだったと思います。
小口氏:
「IQOS」は、サイエンスとテクノロジーに裏付けられた製品で、最先端の科学技術が集約されています。紙巻たばこは非常にシンプルな商材だったのですが、加熱式たばこというこれまでにない製品を取り扱う会社になって、マーケティングの方法などもガラッと変わりました。
たとえば、加熱式たばこにおいては、従来のシンプルな紙巻たばこのコミュニケーションに加え、サイエンスとテクノロジーの観点からの消費者メッセージが追加されました。そのため、当該メッセージは科学的エビデンスに裏付けられたものか、そして成人喫煙者や成人IQOSユーザーは正しく理解できるのか、細心の注意を払い、メッセージの質と内容をグローバルで維持しています。
日本と海外で統一しないこともあるのでしょうか。
小口氏:
「IQOS」の販売は、現在約30か国以上に広がっていますが、日本が加熱式たばこの最先端の国になります。すると、日本の市場に則した、あるいは日本の成人喫煙者に響くマーケット・コミュニケーションが、どうしても必要になります。PMIから言われたことを「わかりました」と受け入れるだけでは、全くビジネスが成り立ちません。法務部としても、親会社に対して、関連する法規制に基づきながら、日本の市場のニーズ、成人喫煙者のニーズを反映した提案を積極的に行っています。
日本市場のニーズから作られたフレームワークが、他の国の成人喫煙者にも響きそうだということを各国に共有し、PMIが全世界一体となって、加熱式たばこを盛り上げていこうという流れにあります。
佐藤氏:
発売直後は、「そもそも『加熱式』、『IQOS』とは何か」という説明が多かったのですが。日本のように認知度が上がり、競合も加熱式たばこを出してきている中では、「なぜ競合製品でなく『IQOS』にするのか?」、という差別化のニーズが市場で高まっています。
市場の成長に伴い変化するニーズへ応えることと同時に、サイエンスに基づく製品説明、特に紙巻たばこの煙と比較してIQOSから発生する蒸気の中に含まれる有害性成分の量が平均で約90%低減しているといった情報などを正確に伝えていく必要があります。より成人喫煙者にアピールするコミュニケーションとサイエンスに基づいた正確性の担保、そこのバランスをとっていくことが、マーケティングとともに、永遠と続く作業です。
「IQOS」で広がるビジネスの可能性
加熱式たばこが最も多く吸われているのは、日本ですか。
神内氏:
そうですね。電子たばこと加熱式たばこは違う概念で、ヨーロッパは電子たばこの方が普及しています。日本は薬機法(医薬品、医療機器等の品質、有効性及び安全性の確保等に関する法律)により、ニコチン入りの溶液を加熱して吸うものをたばこ製品として販売することができないのに対して、ヨーロッパではできるので、電子たばこが多く使われています。加熱式たばこが販売されていても、まだ認知度および普及率は低い傾向があります。日本はヨーロッパと事情が異なるので、加熱式たばこが全く新しいカテゴリーとして受け入れられた、という経緯があると思います。
小口氏:
「IQOS」の特長の1つとして、紙巻たばこに比べて、周りの人に気遣いができる製品ということがあります。それに関わる製品メッセージが、日本の消費者に大変受け入れられたという側面があると考えています。他国では、周りに対する配慮というのが、必ずしも消費者メッセージとして日本ほど響かないかもしれません。日本は成人喫煙者が魅力的に感じてくれて、これだけ製品が浸透していったのだと思います。
「IQOS」を開発したことで、「煙のない社会を目指して」というビジョンにシフトしたのですか。
佐藤氏:
将来的には、紙巻たばこから加熱式たばこなどの煙のない製品に完全に切替えていくことを、すでに発表しています。将来的・長期的なビジョンとして、スモークフリー(煙のない社会)の方向へ社員全員が進めていく形ですね。
スモークフリーを実現するために前提になるのは紙巻たばこを吸う成人喫煙者の方ができるだけ加熱式たばこのような煙の出ない(スモークフリー)製品に完全移行していただくことだと考えています。
LINE社との提携を発表されましたが、どういう経緯があったのですか。
神内氏:
我々は「IQOS」のお客様向けに、会員制のホームページを作り、そこでコミュニケーションをとっているのですが、成人IQOSユーザーであるお客様にパソコン・スマホで毎回ログインしてもらわなければいけないことに、煩わしさを感じていました。そこで「より身近に感じてもらえて、双方向によりアクセスしやすいものは何か?」と考えた結果、LINEとの提携4に至りました。検討段階から法務も入って、担当部署と一緒に模索していきました。
まず、我々法務部は必ずしもシステムに詳しくないので、ビジネス用語をしっかり理解して、それを契約書・契約条件に落としていく時に、どう書いたら良いか、どう言えばやりたいことができるのか。先方がいることなので、当方の提案が受け入れられなかった場合、どういう提案なら受け入れられるのか。先方と当方のビジネスの仲介役になって、一緒に条件を詰めていき、契約条件をまとめて、ようやく契約締結までこぎつけ、事業提携という形で公表できました。
記者会見・イベントでの発表に際しては、関連部署とコミュニケーションをしっかりとって、発表内容についても、一緒に検討しましたね。
アイコススポットを検索できるサービスも開始しましたね。
神内氏:
最近「IQOS」は使えて、紙巻たばこは吸えないカフェなどが増えてきています。我々のホームページでそういった店舗を紹介させていただいて、成人ユーザーが「IQOS」を使える場所を検索しやすいようにしています。一方、そういった店舗にとっては、「IQOS」を使いたいお客様を呼び込む、差別化要因の1つにすることができます。
その意味で、我々は今まで紙巻たばこを売るBtoCビジネスだったのが、BtoBビジネスという形へと、広がりが出てきています。
煙のない社会の実現に向けて
今後のビジョンをお聞かせください。また、法務に興味がある方、法務を目指す方へのメッセージをお願いします。
佐藤氏:
私のビジョンは、煙のない(スモークフリー)社会のできるだけ早い実現を目指すことです。当社の法務部で働いていくからには、能力開発や新しいことにチャレンジする姿勢に注力して、これからも続けていきたいと思います。
神内氏:
加熱式たばこは現状ルールが具体的には制定されていないと言っても、「こうあるべき」というルールは確かに存在するわけです。法務として、ステークホルダーと一緒に具体的なルールを作っていく、そういった業務に携わっていきたいなという希望があります。
私はもともと法律事務所に合計10年程度勤めていたのですが、その時代と比べて会社の法務部にいると、ビジネスに入っていけるところが非常に面白いです。「IQOS」は本当に今面白い分野で、たまたま私がここにいますが、そういった分野は他にも色々あると思います。ぜひ前向きに、企業法務、社内に入っていくことにチャレンジしていただければと思います。
小口氏:
私ももともとは外資系法律事務所に在籍していましたが、インハウスカウンセルのポジションは、外部のアドバイザーとしてコメントするだけでなく、当事者意識を持ってビジネスに深く関与していけるので、本当に面白いし、やりがいがあります。
特に加熱式たばこは、国や地方レベルで、今まさに規制が作り上げられようとしています。会社の一つ一つの行為・決断が各方面に影響を及ぼし得るということで、日々大変やりがいを感じています。
田島氏:
法務部で有資格者でないのは私だけで、実際に資格がないとできない仕事もありますが、その中でも当社は、法律の分野において有資格者以外のスタッフの責任の範囲を広げることを可能とする評価制度があります。このまま努力を続け、法律の知識を増やしながら、キャリアを積んでいきたいと思います。
私は23年前にファイナンスのセクレタリーとして入社しました。法律知識も全くありませんでしたが、少しずつ勉強してキャリアを積んで、今に至ります。好奇心を持ちながら勉強していくことで、未知の法律の世界で活躍できるというのは、やりがいもあり、面白いと思いますね。
(取材、構成:BUSINESS LAWYERS編集部)
フィリップ モリス ジャパン合同会社
所在地:東京都千代田区永田町2丁目11番1号 山王パークタワー22階
設立:1985年
代表者:社長 ポール・ライリー
従業員数:約1,900名
※2017年10月現在
プロフィール
佐藤 百合子(さとう・ゆりこ)
シニアカウンセル、弁護士
2003年アンダーソン毛利友常法律事務所入所。外資系製薬会社インハウス弁護士を経て、2009年10月フィリップ モリス ジャパン株式会社(現PMJ)に入社。2014年12月より現職を務める。
神内 健次(かみうち・けんじ)
カウンセル、弁護士
2001年外資系法律事務所入所。2007年米国ニューヨーク大学ロースクールにてLL.M.取得。その後、長島・大野・常松法律事務所等を経て、2016年7月フィリップ モリス ジャパン株式会社(現PMJ)に入社。
小口 明子(おぐち・あきこ)
カウンセル、弁護士
2010年Freshfields Bruckhaus Deringer法律事務所入所。2016年2月フィリップ モリス ジャパン株式会社(現PMJ)に入社。
田島 由貴(たじま・ゆき)
シニアリーガルアナリスト
1994年8月フィリップ モリス株式会社(現PMJ)に入社。ファイナンス セクレタリーを経て、2000年に法務部に異動。
-
多様性(ダイバーシティ)を互いに包摂(インクルージョン)すること。 ↩︎
-
スイスに拠点を置くNPO法人「EQUAL-SALARY foundation」が、50 名以上の従業員を雇用し、そのうち 10 名以上が女性である国有企業または民間企業において、男女間で同一賃金であることを認証するもの。 ↩︎
-
世界保健機関(WHO)が、喫煙が健康・社会・環境・経済に及ぼす悪影響から、現在と将来の世代を守ることを目的として策定し、2005年2月に発効。「たばこの煙にさらされることからの保護に関するガイドライン」「たばこ製品の包装及びラベルに関するガイドライン」「たばこの広告、販売促進及び後援に関するガイドライン」などが採択された。 ↩︎
-
2017年6月、PMJは、LINE株式会社が展開するコミュニケーションアプリ「LINE」を活用した「IQOS」向け新サービスを共同開発するプロジェクトを開始することを発表。事業提携を通して、成人IQOSユーザー向けのサービスを拡大することを目指す。IQOSのLINEアカウント上で、IQOS.jpの新規会員登録やIQOSが利用できる場所を探せる、アイコススポット検索機能などを開始。イベントの案内やチャットボットを使ったIQOSに関する問合せ対応などのサービスを日々展開・拡大中。 ↩︎
シリーズ一覧全40件
- 第1回 花王株式会社 グローバル法務の根幹にある個人商店マインド
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