企業法務の地平線

第3回 世界を股にかけた法務パーソン、国際ビジネスの現場で見えたもの 元伊藤忠の河村氏が語る、ビジネス法務で必要なスキルとは?

法務部

シリーズ一覧全40件

  1. 第1回 花王株式会社 グローバル法務の根幹にある個人商店マインド 
  2. 第2回 「インハウス・ロイヤー」という選択肢 - 日本にとってCLOは必要なのか?
  3. 第3回 世界を股にかけた法務パーソン、国際ビジネスの現場で見えたもの
  4. 第4回 変わるワークスタイルと変わらぬ信念
  5. 第5回 会社の「誠実」を担う法務の姿 – 双日
  6. 第6回 300人体制を築くメガ法務の役目 - パナソニック
  7. 第7回 米国発のルールを日本に浸透させていく、アドビ法務・政府渉外本部の役割
  8. 第8回 マイクロソフトが実践するダイバーシティ戦略
  9. 第9回 法務畑を歩み続けたユニリーバ北島氏が考える、法務の役割と今後の課題
  10. 第10回 人と組織の成長を創造するプロアクティブな法務 - パーソルホールディングス
  11. 第11回 少数精鋭でチャレンジングな法務 - アサヒグループ
  12. 第12回 法律が追いつかないゲーム業界に求められるスピーディな体制構築術 - グリー
  13. 第13回 「1つの特許で生きるか死ぬか」、経営に直結する法務が見据えるグローバル化 - 田辺三菱製薬
  14. 第14回 たばこの概念を覆した「IQOS」で煙のない社会を目指す - フィリップ モリス
  15. 第15回 舞台はグローバル、事業に深くコミットする商社法務 - 三菱商事
  16. 第16回 懐深く、信頼して任せる風土 - 丸紅
  17. 第17回 経営の視点と専門性を持った法務人材を輩出する - キヤノン
  18. 第18回 「多様性」のある組織こそ、強みを生む - ソニー
  19. 第19回 一人ひとりが知財責任者としてのマインドを持つ - メルカリリーガルグループが実践する事業への関わり方
  20. 第20回 「使って初めて価値が出る」、ミッション・バリューを自らの言葉に「翻訳」して実践 - ユーザベース
  21. 第21回 「ポケモン」を支えるプロデューサーとしての法務 - 株式会社ポケモン
  22. 第22回 事業への情熱をもとに担当者をアサイン - DeNA
  23. 第23回 グローバルへと進化するために、働き方改革を推し進める法務組織 - 電通
  24. 第24回 プロジェクトチームの一員として、グローバルで多様なビジネスに並走する - アクセンチュア
  25. 第25回 事業部と一体となり、新規事業領域へチャレンジ – キリンホールディングス
  26. 第26回 合併を経て進化を続けるビジネスパートナーとしての法務 ―コカ・コーラ ボトラーズジャパン
  27. 第27回 活発なM&Aを支える法務組織とその柔軟な働き方 - 富士フイルム
  28. 第28回 契約書を作るだけではない、グローバルな成長に貢献するビジネスコンサルタントとしての法務 – 味の素
  29. 第29回 ウィズコロナ時代に問われる法務部門の組織運営 鍵はリーガルテックの積極活用 – 太陽誘電
  30. 第30回 テレワーク下の法務業務は「依頼者ファースト」のITツール活用で対応 - サイボウズ
  31. 第31回 アフターコロナになっても変わらない、法務のあるべき姿 - パーソルグループ
  32. 第32回 グローバル企業における法務業務とリーガルテック導入事例 勝機はスモールスタートにあり - 日揮グループ
  33. 第33回 急成長するベンチャーを支える「企業法務」の役割とは - GAテクノロジーズ
  34. 第34回 全ては事業の成長のために。ありのまま採用と価値観の共有化を通じて作り上げる熱い組織 - Visional
  35. 第35回 新規事業をサポートするインハウスロイヤーたち - あおぞら銀行のスタートアップサポートチームが生み出す価値とは
  36. 第36回 アクセンチュア法務が高い付加価値を生み出せる理由 オフショア化で契約業務を6割削減
  37. 第37回 大手法律事務所で専門性を極め「自分をアップデート」する環境を求めて – メドレー
  38. 第38回 「世界一幸せな法務」というビジョンを掲げ、事業を通じた社会課題の解決を目指す - LIFULL
  39. 第39回 強固な組織体制のもとで専門性の高いメンバーがイノベーションに貢献 - 日本アイ・ビー・エム
  40. 第40回 丸紅法務部の挑戦と変革 − 精鋭のメンバーがさらなる価値創出にコミットするために
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目次

  1. 債権回収から経営の重要事項へ 変わる法務の役割
  2. 信頼につながる それが法務の面白さ
  3. これからの法務部門

企業活動がグローバル化、複雑化する中で法務部門に求められる役割にも変化が見られます。これからの時代に求められる法務部門のあるべき姿とはどのようなものなのでしょうか。各社の法務部へお話を伺い、その姿を探ります。

今回は、3回目にして番外編。伊藤忠商事株式会社出身で、現在は明治学院大学法学部教授の河村寛治氏に取材しました。伊藤忠時代は法務部に在籍していた河村氏、法務一筋に歩んだその道のりから見える仕事の魅力、そして法務の未来について伺いました。

債権回収から経営の重要事項へ 変わる法務の役割

1971年に伊藤忠に入られた時、法務部門はどのような状況だったのでしょうか。

入社した時には管理部という名前で、途中から法務部に変わりました。当初は債権管理・回収が非常に重要な仕事でした。3年目くらいから会社更生事件の仕事もウエイトが重くなってきましたね。

部員は全体で50名ほどいましたが、70年代は業務部門や財務部門と比べると、社内で法務に対する認知度、理解度は高くなかったです。ただ、一緒に債権回収を経験した営業のトップ、担当は法務の役割や必要性を理解し、サポートしてくれていました。

そのような状況はどう変わっていきましたか。

会社の重要案件により関わるようになりました。特に思い出深いのは90年代初頭、タイム・ワーナーに対して伊藤忠と東芝で資本参加した案件です。非常に大きな金額の投資でした。

この案件にはどのように関わったのでしょうか。

2年~3年がかりのプロジェクトで、プロジェクトの最初から関わっていました。5人程度のメンバーで始まったのですが、法務で入っていたのは私一人だけでした。最終的には東芝側も含めて20名ほどの規模になっていましたね。インサイダーになってしまうので上司にも1年くらい何をやっているか話せなかったんです。

上司にも話せない、というのはすごいですね。

そのくらい機密性の高い案件だったということですね。それでも営業部門からは、急にアメリカでの交渉に同席して欲しいという依頼が来るわけです。ですから、週末、上司に黙ってアメリカに出張したなんてことも、何度かありましたよ(笑)。金曜日に休みを取って、1泊3日の弾丸出張で行って帰ってくるんです。そして、月曜に素知らぬ顔をして出社する(笑)。

そんなことがあるんですか(笑)。他にも印象深いエピソードがあれば教えてください!

イギリスのブランドを日本に持ち込む契約をした時の仕事が印象深いです。当初は、重要な交渉を有利に進めることができていたのですが、いざ調印という場面になったところで先方の経営陣が変わり、「契約ができません」と言われてしまいました。

それは問題になりそうですね。

そうなんです。これでは日本に帰れないぞと営業の者と頭を悩ませていました。とはいえ、今さら不利な条件で契約を締結するわけにもいきません。どうすることもできないので交渉の席で、一緒にいた営業部の担当者と「もうこれ以上話しても無駄だから帰ろう」と話して、交渉の途中で契約書をまとめて帰ろうとしたのです。

それでどうなったんですか?

向こうは交渉を優位に進めるつもりだったので、まさか帰ると思わなかったのでしょう。急に相手方の態度が変わって、元の条件で無事に契約をまとめることができました。

一緒にいた営業部の担当者とは、「よくあの時帰ろうとしたな、あれで話がまとまらなかったら大変だったよ」、と後日話しましたね。今だから笑い話ですみますが、冷静になって考えるとヒヤヒヤしますね。

明治学院大学法学部教授、明治学院大学学長補佐 河村寛治氏

商社パーソンならではのスケールが大きい話ですね。仕事では何か国くらい行かれたんですか?

45か国くらいかと思います。当時のパスポートは持っておりませんので、正確にはわかりませんが、当時収集していた最低額の紙幣を数えると、45か国ありました。ロンドンに駐在している時はアフリカによく行っていましたよ。

アフリカもトラブルが起きそうですね。

幸い、大きなトラブルにあってはいませんが飛行機は大変でしたね。会社から横の移動はするなと言われるんですよ。

横というと?

向こうの飛行機は機体も古いし整備がよくないので、危ないんですよね。アフリカの中で隣国へ移動するのにも1回ロンドンやパリに戻って移動していました。

とても法務部のエピソードとは思えないです、本当に国際ビジネスパーソンという感じですね。

信頼につながる それが法務の面白さ

法務一筋で来られた経験を通して、法務の仕事は何が面白いと感じますか。

信頼が高まれば高まるだけ、トップが言うことを聞いてくれるという事でしょうか。これは無理かなと思う事でも、信頼されていれば聞いてもらえるようになります。

信頼を高めるポイントはどこにあるのでしょう。

相手が上司であっても、ダメなところはダメと言っていました。これは伊藤忠という会社の文化なのかもしれないですが、上司に対して何を言ってもいいという環境だったのです。ですので、案件をやっている最中は、上司であろうとなんであろうと、本気で徹底的に議論していました。ただ、もちろん目の前にお客さんがいない時に限ってですけどね。

他社と共同で交渉を進めていた案件があったんですが、交渉が終わった後の飲み会で専務に「今日のやり方、まずいですよね?」とダメ出しをしたら他社の方に驚かれましたよ。

それはお客さんの前で言ってますよね(笑)

まあ、それは食事の席という事で(笑)

明治学院大学法学部教授、明治学院大学学長補佐 河村寛治氏

これからの法務部門

法務部門の役割はますます大きくなっていると感じますが、これからの法務部門は企業にとってどのような存在であるべきでしょうか。

昔から上司にも法務部門は「会社の良心であれ」、と言われていました。

会社に対する「牽制機能」と「サービス機能」をどうバランスとっていくかという事が非常に重要だと感じています。営業部門に近い組織に法務があると、案件をまとめる仕事に傾いてしまうので、「牽制機能」という役割をより意識するべきではないでしょうか。個人的には、本社組織に近いところに法務があるべきだと考えています。

法務の状況を段階ごとに整理すると、何かあったら対応するという対処療法的な仕事から始まり、次に予防法務的な役割へ、そしてプロジェクトごとに対応する戦略法務の役割を担い、目指すところは法務出身者が経営の一部となる事でしょう。

法務部門から経営の一部を担っていくには、弁護士でなければ難しいのでしょうか。

必ずしもロイヤーである必要はないと思います。欧米は事件対応のためにロイヤーが役員になっていますね。

経営に食い込んでいくためには、弁護士であってもなくても数字に強くないと務まりません。リーガルの範囲だけでは対応できないことが多いからです。

私も現役時代はHP(ヒューレット・パッカード)社の電卓を常に携帯し、会議の最中でもすぐにその投資案件に関するIRR(Internal Rate of Return:内部収益率)を計算して営業にアドバイスしていましたよ。法務部だからリーガルに関するアドバイスだけをするとか、そういうことではダメです。常にチームで一丸となって一緒に仕事をするという姿勢が大事なんですね。

IRRの計算ですか!そんなことまで法務部員がやるっていうのは本当に驚いですね。でも、そうした一体感が信頼を高めるポイントになるんですね。

その通りです。自分の仕事の範囲をリーガルの分野に限定してしまうのはもったいないのです。やはりビジネス法務に関わる以上、ビジネスに関する数字には興味を持って、事業に取り組んでいくような法務パーソンの方がどんどん増えてほしいですね。

ありがとうございました。

明治学院大学法学部教授、明治学院大学学長補佐 河村寛治氏

法務という枠に収まりきらないようなスケールの大きいお話を伺うことができました。今後、法務パーソンが経営層を目指すためには数字に強くなければならないというお話も印象的でしたが、明治学院大学大学院では「法と経営学研究科」を設け、経営と法学に精通した人材育成を支援しています。
刺激を受けたみなさま、一度カリキュラムを見てみてはいかがでしょうか?
明治学院大学大学院 法と経営学研究科

(取材、構成:BUSINESS LAWYERS編集部)

プロフィール
河村 寛治(かわむら・かんじ)
明治学院大学法学部教授、明治学院大学学長補佐

1971年 早稲田大学法学部卒。伊藤忠商事株式会社入社、法務部配属
1977年 ロンドン大学大学院留学
1981年 伊藤忠ヨーロッパ会社(ロンドン)駐在
1990年 法務部国際法務チーム長
1998年 明治学院大学法学部教授
2004年 明治学院大学法科大学院教授
2013年 明治学院大学学長補佐
2015年4月 明治学院大学法学部教授に就任。

主な著書に『契約実務と法[改訂版]』(2014、第一法規)、『国際取引・紛争処理法』(2006、同友館)など。
共著『実践 英文契約の読み方・作り方』(2002、中央経済社)、『国際売買契約 ウィーン売買条約に基づくドラフティング戦略』(2010、レクシスネクシス・ジャパン)、『国際取引と契約実務[第3版]』(2008、中央経済社)、『現代企業法務 1(国内企業法務編)』(2014、大学教育出版)、『法務部員のための契約実務共有化マニュアル』(2014、レクシスネクシス・ジャパン)、『国際ビジネス法』(2016、レクシスネクシス・ジャパン)など多数。
債権法改正対応版 契約実務と法-リスク分析を通して-

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  1. 第1回 花王株式会社 グローバル法務の根幹にある個人商店マインド 
  2. 第2回 「インハウス・ロイヤー」という選択肢 - 日本にとってCLOは必要なのか?
  3. 第3回 世界を股にかけた法務パーソン、国際ビジネスの現場で見えたもの
  4. 第4回 変わるワークスタイルと変わらぬ信念
  5. 第5回 会社の「誠実」を担う法務の姿 – 双日
  6. 第6回 300人体制を築くメガ法務の役目 - パナソニック
  7. 第7回 米国発のルールを日本に浸透させていく、アドビ法務・政府渉外本部の役割
  8. 第8回 マイクロソフトが実践するダイバーシティ戦略
  9. 第9回 法務畑を歩み続けたユニリーバ北島氏が考える、法務の役割と今後の課題
  10. 第10回 人と組織の成長を創造するプロアクティブな法務 - パーソルホールディングス
  11. 第11回 少数精鋭でチャレンジングな法務 - アサヒグループ
  12. 第12回 法律が追いつかないゲーム業界に求められるスピーディな体制構築術 - グリー
  13. 第13回 「1つの特許で生きるか死ぬか」、経営に直結する法務が見据えるグローバル化 - 田辺三菱製薬
  14. 第14回 たばこの概念を覆した「IQOS」で煙のない社会を目指す - フィリップ モリス
  15. 第15回 舞台はグローバル、事業に深くコミットする商社法務 - 三菱商事
  16. 第16回 懐深く、信頼して任せる風土 - 丸紅
  17. 第17回 経営の視点と専門性を持った法務人材を輩出する - キヤノン
  18. 第18回 「多様性」のある組織こそ、強みを生む - ソニー
  19. 第19回 一人ひとりが知財責任者としてのマインドを持つ - メルカリリーガルグループが実践する事業への関わり方
  20. 第20回 「使って初めて価値が出る」、ミッション・バリューを自らの言葉に「翻訳」して実践 - ユーザベース
  21. 第21回 「ポケモン」を支えるプロデューサーとしての法務 - 株式会社ポケモン
  22. 第22回 事業への情熱をもとに担当者をアサイン - DeNA
  23. 第23回 グローバルへと進化するために、働き方改革を推し進める法務組織 - 電通
  24. 第24回 プロジェクトチームの一員として、グローバルで多様なビジネスに並走する - アクセンチュア
  25. 第25回 事業部と一体となり、新規事業領域へチャレンジ – キリンホールディングス
  26. 第26回 合併を経て進化を続けるビジネスパートナーとしての法務 ―コカ・コーラ ボトラーズジャパン
  27. 第27回 活発なM&Aを支える法務組織とその柔軟な働き方 - 富士フイルム
  28. 第28回 契約書を作るだけではない、グローバルな成長に貢献するビジネスコンサルタントとしての法務 – 味の素
  29. 第29回 ウィズコロナ時代に問われる法務部門の組織運営 鍵はリーガルテックの積極活用 – 太陽誘電
  30. 第30回 テレワーク下の法務業務は「依頼者ファースト」のITツール活用で対応 - サイボウズ
  31. 第31回 アフターコロナになっても変わらない、法務のあるべき姿 - パーソルグループ
  32. 第32回 グローバル企業における法務業務とリーガルテック導入事例 勝機はスモールスタートにあり - 日揮グループ
  33. 第33回 急成長するベンチャーを支える「企業法務」の役割とは - GAテクノロジーズ
  34. 第34回 全ては事業の成長のために。ありのまま採用と価値観の共有化を通じて作り上げる熱い組織 - Visional
  35. 第35回 新規事業をサポートするインハウスロイヤーたち - あおぞら銀行のスタートアップサポートチームが生み出す価値とは
  36. 第36回 アクセンチュア法務が高い付加価値を生み出せる理由 オフショア化で契約業務を6割削減
  37. 第37回 大手法律事務所で専門性を極め「自分をアップデート」する環境を求めて – メドレー
  38. 第38回 「世界一幸せな法務」というビジョンを掲げ、事業を通じた社会課題の解決を目指す - LIFULL
  39. 第39回 強固な組織体制のもとで専門性の高いメンバーがイノベーションに貢献 - 日本アイ・ビー・エム
  40. 第40回 丸紅法務部の挑戦と変革 − 精鋭のメンバーがさらなる価値創出にコミットするために
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