企業法務の地平線
第15回 舞台はグローバル、事業に深くコミットする商社法務 - 三菱商事 事業も人材もキャリアも多種多様な大手商社ならではの醍醐味
法務部
シリーズ一覧全40件
- 第1回 花王株式会社 グローバル法務の根幹にある個人商店マインド
- 第2回 「インハウス・ロイヤー」という選択肢 - 日本にとってCLOは必要なのか?
- 第3回 世界を股にかけた法務パーソン、国際ビジネスの現場で見えたもの
- 第4回 変わるワークスタイルと変わらぬ信念
- 第5回 会社の「誠実」を担う法務の姿 – 双日
- 第6回 300人体制を築くメガ法務の役目 - パナソニック
- 第7回 米国発のルールを日本に浸透させていく、アドビ法務・政府渉外本部の役割
- 第8回 マイクロソフトが実践するダイバーシティ戦略
- 第9回 法務畑を歩み続けたユニリーバ北島氏が考える、法務の役割と今後の課題
- 第10回 人と組織の成長を創造するプロアクティブな法務 - パーソルホールディングス
- 第11回 少数精鋭でチャレンジングな法務 - アサヒグループ
- 第12回 法律が追いつかないゲーム業界に求められるスピーディな体制構築術 - グリー
- 第13回 「1つの特許で生きるか死ぬか」、経営に直結する法務が見据えるグローバル化 - 田辺三菱製薬
- 第14回 たばこの概念を覆した「IQOS」で煙のない社会を目指す - フィリップ モリス
- 第15回 舞台はグローバル、事業に深くコミットする商社法務 - 三菱商事
- 第16回 懐深く、信頼して任せる風土 - 丸紅
- 第17回 経営の視点と専門性を持った法務人材を輩出する - キヤノン
- 第18回 「多様性」のある組織こそ、強みを生む - ソニー
- 第19回 一人ひとりが知財責任者としてのマインドを持つ - メルカリリーガルグループが実践する事業への関わり方
- 第20回 「使って初めて価値が出る」、ミッション・バリューを自らの言葉に「翻訳」して実践 - ユーザベース
- 第21回 「ポケモン」を支えるプロデューサーとしての法務 - 株式会社ポケモン
- 第22回 事業への情熱をもとに担当者をアサイン - DeNA
- 第23回 グローバルへと進化するために、働き方改革を推し進める法務組織 - 電通
- 第24回 プロジェクトチームの一員として、グローバルで多様なビジネスに並走する - アクセンチュア
- 第25回 事業部と一体となり、新規事業領域へチャレンジ – キリンホールディングス
- 第26回 合併を経て進化を続けるビジネスパートナーとしての法務 ―コカ・コーラ ボトラーズジャパン
- 第27回 活発なM&Aを支える法務組織とその柔軟な働き方 - 富士フイルム
- 第28回 契約書を作るだけではない、グローバルな成長に貢献するビジネスコンサルタントとしての法務 – 味の素
- 第29回 ウィズコロナ時代に問われる法務部門の組織運営 鍵はリーガルテックの積極活用 – 太陽誘電
- 第30回 テレワーク下の法務業務は「依頼者ファースト」のITツール活用で対応 - サイボウズ
- 第31回 アフターコロナになっても変わらない、法務のあるべき姿 - パーソルグループ
- 第32回 グローバル企業における法務業務とリーガルテック導入事例 勝機はスモールスタートにあり - 日揮グループ
- 第33回 急成長するベンチャーを支える「企業法務」の役割とは - GAテクノロジーズ
- 第34回 全ては事業の成長のために。ありのまま採用と価値観の共有化を通じて作り上げる熱い組織 - Visional
- 第35回 新規事業をサポートするインハウスロイヤーたち - あおぞら銀行のスタートアップサポートチームが生み出す価値とは
- 第36回 アクセンチュア法務が高い付加価値を生み出せる理由 オフショア化で契約業務を6割削減
- 第37回 大手法律事務所で専門性を極め「自分をアップデート」する環境を求めて – メドレー
- 第38回 「世界一幸せな法務」というビジョンを掲げ、事業を通じた社会課題の解決を目指す - LIFULL
- 第39回 強固な組織体制のもとで専門性の高いメンバーがイノベーションに貢献 - 日本アイ・ビー・エム
- 第40回 丸紅法務部の挑戦と変革 − 精鋭のメンバーがさらなる価値創出にコミットするために
目次
企業活動がグローバル化、複雑化する中で法務部門に求められる役割にも変化が見られます。これからの時代に求められる法務部門のあるべき姿とはどのようなものなのでしょうか。各社の法務部へお話を伺い、その姿を探ります。
今回は、三菱商事株式会社の法務部に取材しました。同社は、国内外約90か国に200超の拠点を持ち、約1,200社の連結対象会社と協働でビジネスを展開する総合商社です。三菱商事グループは、各国のネットワークを通じて、エネルギー、金属、機械、化学品、生活産業関連の商品の売買・製造、資源開発、インフラ関連事業、金融事業を行っています。さらに、新エネルギー・環境分野における新しいビジネスモデル・新技術の事業化など、幅広い分野で多角的に事業を展開しています。
法務部長の野島 嘉之氏、コンプライアンス総括室部長代理の加藤 裕子氏、地球環境・インフラ事業チーム兼機械チーム課長の今井 裕貴氏、金属チーム兼エネルギーチーム課長の河田 奈津子氏、知的財産室主任の近藤 雄介氏の5名に、これまでの経験から印象に残っている案件や、大手商社である三菱商事ならではの面白さについてお聞きしました。
全世界に140名、新卒から中途まで多様なメンバーで構成する法務部
法務部の体制について教えてください。
加藤氏:
法務部の組織は、ビジネス分野ごとに組織されている当社の事業グループの形に合わせ、地球環境・インフラ事業、新産業金融事業、エネルギー事業、金属、機械、化学品、生活産業といった事業グループごとの営業支援対応チームを基本としています。たとえば地球環境・インフラ事業チームは、営業の地球環境・インフラ事業グループの法務業務を担当して、案件の種類に関わらず、契約レビュー、プロジェクト、訴訟などあらゆる法務業務を行う体制をとっています。
各事業対応のチーム以外に、企画法務チーム、知的財産室、コンプライアンス総括室があります。企画法務チームは、法務部の施策立案や研修企画、弁護士情報管理、訴訟管理等。知的財産室は、知的財産管理、特に三菱マークの管理。コンプライアンス総括室は、全社のコンプライアンス施策の立案・実行等、コンプライアンス全般に関する業務を行います。
子会社や海外統括拠点にも、法務の機能はありますか。
加藤氏:
子会社の規模や成り立ちによって、しっかりした法務部がある場合や、「これから法務部をつくりたいから人を派遣してほしい」という要請がある場合など、様々です。自前で法務部を持っていない子会社には、各営業グループの担当チームが、セミナーや連絡会を開催する等の法務支援もしています。
海外の統括拠点は、北米、南米、欧州などの地域ごとにあり、これらの拠点に法務部があります。たとえば北米の統括拠点は、アメリカ、カナダ、メキシコを、南米の統括拠点は中南米各国を管轄する形になっています。東京本店から駐在で派遣される者と、現地採用のスタッフがいます。
法務部全体で、どれくらいの規模ですか。
加藤氏:
法務部全体の人員構成は、三菱商事単体で採用したスタッフが、国内(東京)54名、海外14名、社外出向10名などで計85名。海外の現地採用、嘱託(法律事務所などからの出向)を含めると全世界で140名になります(※2017年10月現在)。
法務は、営業から早い段階で相談してもらえるような信頼関係づくりが、非常に重要です。そのためにも、重要な法令情報については確実に情報収集や共有が出来るような体制とする必要があります。そこで先程のチーム区分とは別に、各チームを横につなぐような形で、法律分野ごとの担当を置き、情報収集等や共有を行っています。たとえば独占禁止法担当、金融商品取引法担当などがあり、担当者がチーム横断で情報交換をしています。
河田氏:
その他、会社全体に影響がある法改正対応等については、法改正がある度にタスクフォースをつくろうという考え方で、チーム横断の全社対応として取り組んでいます。
各チームのローテーションのスパンはどのくらいですか。
加藤氏:
人にもより、その時の状況にもよりますが、平均して3年前後でしょうか。人によっては、早い時期に海外駐在や子会社出向を経験することもあります。
法務部内の弁護士資格保有者、女性、外国人の比率はどうですか。
野島氏:
日本の弁護士資格保有者が21名、ニューヨーク州弁護士資格保有者が49名。そのほか英国弁護士資格、中国弁護士資格、メキシコ弁護士資格、豪州弁護士資格者が1名ずついます(のべ人数)。男女比は2:1で、女性は全体の約3分の1です。外国人比率は、日本人9:外国人1。これは東京本店のヘッドクォーターのオペレーションと海外駐在員、海外法律事務所からの出向者を含め、現地採用スタッフは除く人数比です。
弁護士資格を持つ方が入社するケースは多いですか。
野島氏:
当社の法務部は多様化していて、法学部卒、日本のロースクール卒、キャリア採用で法律事務所出身、他企業の法務部出身の人材がいます。法学部卒の場合、日本の法曹資格は持っていないので、入社後に会社のプログラムで海外のロースクールに行き、主にニューヨーク州の資格を取って帰ってくる、という形で資格を保有するケースが多いです。一方でキャリア採用の場合、一定の実務経験を要件としていて、弁護士資格があることも含めて判断しています。何らかの有資格者が入るケースが多いですね。
なぜニューヨーク州の資格取得が多いのでしょうか。
野島氏:
一つには1年間のLLMの取得で受験資格が得られるという形式要件があります。また、アメリカのリーガルリスクは大きく、アメリカで今起きていることが、数年後他の国・地域で起こる可能性があるので、最先端の問題意識を学ぶ必要性があるということも言えます。なお、資格保有することで、弁護士の秘匿特権を一定程度主張し得るという理由もあります。
留学は、本人の希望で選抜が始まるのですか。
野島氏:
全員が行けるわけではないのですが、しっかり仕事をしている人には、できるだけ行ってもらいたいと思っていますし、実際そのように運用しています。
また、会社全体の研修プログラムとして、グローバルトレーニープログラムというものがあり、入社7~8年目までに原則1年間、必ず海外を経験してもらいます。現在、法務部から出ている部員の研修先は、サンパウロ、シンガポール、ドバイの3か所です。出身母体の法務の仕事だけでなく、それ以外の仕事も積極的に経験させて、海外で揉まれて、また東京に帰ってきてもらっています。
キャリアパスはどのようなイメージでしょうか。
野島氏:
学部卒の場合は複数の事業グループ担当、グローバルトレーニー、そして6年目前後に海外のロースクールに1年間、海外の事業会社で1年間実務研修をして、東京に帰ってきます。その後、海外駐在、事業会社への出向等も経験しながら、幅を広げていってもらいます。他にも、法務部以外の部署を経験して、コーポレートスタッフ人材として幅を広げる選択肢もあります。
海外留学・実務経験を土台に、キャリアを積む
野島さんのこれまでのキャリアと印象に残っていることについて、教えてください。
野島氏:
私は1988年に入社して、最初から法務部の配属でした。5年目にNYU(New York University)ロースクールに留学して、翌年のニューヨーク州の司法試験で合格しました。ロースクール1年、実務研修1年の2年間のプログラムで、実務研修先は米国三菱商事とワシントンD.C.の法律事務所でした。留学したのは1993~1995年で、日本はまだM&Aブームが来る前でしたが、アメリカの先進事例を学び、日本に帰国してから大変役立ちました。
東京に戻って約2年半は、マレーシアの国営石油会社と日本のパートナーと、3社による化学品関係の合弁案件等の案件を担当し、月に1回はマレーシアに行っていましたね。交渉相手はインド系マレーシア人だったのですが、交渉が上手で、いつも口車に乗せられそうになりながら(笑)、それでも何とかうまくまとめることができたことは、自信につながりました。
その後は4年間ニューヨークに駐在しました。そこで大型のM&Aを担当して、当社始まって以来の大儲けとなる数千億円の売却益を計上することができました。個人的にも非常に良い経験になって、担当したメンバー全員で社長賞をいただきました。その時期はアメリカの会社と直接交渉する機会が頻繁にあり、最初は言い負かされることもありましたが、3~4年目には交渉でも当たり負けしないほどの経験が積めましたね。
もともと英語は堪能だったのでしょうか。
野島氏:
私は完全にドメスティックで、最初は電話にも出たくありませんでしたね(笑)。
2002年に東京に戻ってから5年ほどチームリーダーのポジションで、生活産業と化学品を担当し、この時期に日本のM&Aブームが起こりました。王子製紙が北越製紙に仕掛けた敵対的買収の案件では、我々は北越製紙の第三者割当増資を引き受けたのですが、結果的には王子製紙の敵対的買収は不成立で決着しました。チームリーダーとしてこの案件を仕切って進めたことは、大変良い経験になっています。振り返ると、日本の2000年代前半の頃は、産業再生機構が設立され、民事再生法が施行される等、様々な動きがあったので、大変面白い経験をしましたね。
その後は企画と金属のチームリーダーを経て、2010年に総務部に異動し、株主総会や取締役会事務局などのガバナンス関連業務を担当しました。
2013~15年は環境・CSR推進部(現・サステナビリティ推進部)の部長として、サステナビリティの課題、震災後の復興支援、社会貢献と、全く毛色の違う分野を務め、自分の問題意識を広げる上でも、大変役立ちました。CSRの分野では、サプライチェーンにおける人権問題、トレーサビリティの問題、気候変動の問題などに注力しました。最近でこそパリ協定の後、化石燃料の価値毀損、ストランデッド・アセットという概念が取り沙汰されていますが、その概念は当初日本では理解を得られず、ヨーロッパを中心に議論され始めていました。我々の経営計画上、その概念を当てはめるとどうなるのか、物事をどう考えていけば良いのか、そうしたこれまでとは全く異なる作業もしていましたね。東日本大震災の後には三菱商事復興支援財団を設立し、そこから東北の企業に投融資をして復興支援のお手伝いをしたり、福島県にワイナリーをつくったりもしました。そして2016年に法務部に戻り、今に至ります。
もともと法務を志望して入社したのですか。
野島氏:
私は「石油掘ります」と言って入社しました(笑)。配属先を聞いて驚きましたが、先入観も何もなかったので、特に抵抗感はなく、真っ白な状態で仕事に入れました。ただ、法学部出身ではあるものの公法コースだったため、会社法など不足していたところは入社してから勉強して、仕事をしているうちに面白くなってきました。
インハウスとして「自分の会社」に誇りを持つ
加藤さんのこれまでのご経験も教えてください。
加藤氏:
私は2001年に弁護士登録して、企業法務中心の弁護士としてキャリアをスタートしました。当時は再生ファンドによる投資が非常に活発になり注目されていた時期で、そのようなM&A案件を中心に事務所で経験を積みました。
2006年にNYUのロースクールに留学して、帰国後、2009年に当社に転職しました。転職した大きなきっかけになったのは、NYUの同期に企業派遣で留学に来ていた人が多く、彼らの話を聞く中で、「企業って面白そう」と思ったことです。留学するまで、企業で働くことは全く考えていなかったのですが、彼らが自分の会社の製品やビジネス、社風に至るまで、自信に満ちた様子で語る姿を見て、それぞれの会社に誇りを持っているのを強く感じ、私もそのような場所で働いてみたいと思いました。
法律事務所での勤務とインハウスとではどのような違いがありましたか。
加藤氏:
インハウスならではの役割を実感したのは、アメリカの会社との合弁で鉱山開発をする案件で、初めて海外に契約交渉に行った時です。交渉相手のアメリカの会社からは、会社の担当者と弁護士、こちら側は当社の営業チーム、現地の弁護士、私が交渉に出ました。交渉が始まると、相手方の弁護士が、こちらの弁護士ではなく、「この点についてはどう思う?」と全部私を名指しして聞いてきたのです。なぜ私だけ聞かれているのか初めは全くわからず、「試されているのか?」と思いました(笑)。でも少しして、「この中で、リーガル面で会社としての判断を相手に伝えられるのは、外部弁護士でなく、会社から来ている私なのだ」と気がつきました。自分がアドバイザーではなく当事者であることを強く実感し、インハウスの役割が自分の中で腑に落ちたのを感じました。
契約や案件を作りあげていく中で営業部から頼られる度合が、弁護士時代とは異なります。それは、それだけ重い責任を負っているということでもありますが、会社にとって何がベストか、その場その場で考えて答えを出していくことの面白さを感じたことが、印象に残っていますね。
もう1つは、会社法が改正されて、当社としての対応の取りまとめをした時のことです。一般論としての改正のポイントではなく、当社や当社のグループ会社にとっての影響は何なのか、具体的に何をしなければいけないかを考え、対応方針を立てた上で、子会社を含めて何度もセミナーをしたり、かなりのページ数の対応チェックリストを作ってグループ会社に配布したりしました。大幅な改正であることを強調する世間の情報をそのまま流すのではなく、当社やグループ会社に影響する点、しない点を抽出し、改正のインパクトは大きいと伝えるべきか、大きな影響はないと伝えるべきか等のニュアンスも含めて考え、対応したことが、法律の実務への落とし込みの経験として印象に残っています。
今井さんはどうでしょうか。
今井氏:
私も法律事務所から転職してきました。事務所に入ってから、若手のアソシエイト時代は「何でもやる」ということで、M&Aを含めた一般企業法務を担当しました。その後、ニューヨークの法律事務所で1年間研修を受け、UCバークレー(University of California, Berkeley)に行き、ニューヨーク州弁護士の資格を取得しました。取得後は1年間ミャンマーの事務所に出向して、日本に戻って1年ほどして当社に転職しました。
今井さんがインハウスに転身するきっかけはなんだったのでしょうか。
今井氏:
私ももともと企業で働くことは考えていなくて、企業への出向経験もありませんでした。それがミャンマーで仕事をしていた時、日本企業が海外に出てくるアウトバウンドの案件、新興国投資の案件を担当して、色々な会社の法務や営業の方と話す中で、事業を近くで見ながら弁護士として一緒にやるのは「面白そうだな」と思った時に、縁あって転職することになりました。
現在は地球環境・インフラ事業チーム兼機械チームで、日本を含め世界中における、風力、太陽光、バイオマス、蓄電といった、再生エネルギーIPP(Independent Power Producer:独立系発電事業者)案件や、海外空港の事業権入札案件等を主に担当しています。印象に残っているのは、最初に担当した、国内最大級の風力発電の案件です。プロジェクトファイナンスを組み、レンダーサイドとの交渉、EPC契約(建築請負契約)、電力受給契約など、プロジェクトに関わる当事者との契約が多数あり、営業と一緒にマネージしながら進めていきました。
多数の当事者と契約交渉していく時に、営業から「営業として、ビジネス的にはこう思う。法務的にはどうか」と、契約交渉の場で聞かれ、重要なリーガルリスクの場合は持ち帰ることもありますが、基本はその場で判断しますし、自分から提言して進める事もあります。
法律事務所での勤務とインハウスとではどのような違いを感じましたか。
契約交渉は弁護士時代も行っていましたが、インハウスの醍醐味は、自分がまさに契約の主語になるということです。また、地球環境・インフラ事業チームでは、バーチャルパワープラントや電力トレーディングなど、営業が考える新しいビジネスモデルについて、リスクや実現するための手段について一緒に話しながら日々進めていて、これもインハウスならではの面白さだと思っています。
河田さんはどうでしょうか。
河田氏:
私は日本のロースクールを卒業して、法律事務所へは入所せずにそのまま三菱商事へ入社しました。最初はエネルギー事業チームに配属され、その後ブラジルの現地法人で半年間研修し、帰国後は機械チームに配属となりました。米国ロースクールでの留学後は金属とエネルギーチームを兼務しています。
当時、ロースクールを卒業してすぐに企業へ就職する人はどれくらいいたのでしょうか。
河田氏:
ほとんどいませんでした。皆が法律事務所に就職するだろうという流れはありましたが、企業説明会に参加する中で、「企業が面白そうだな」と感じました。法律事務所でキャリアを積むのも良いかもしれないのですが、現場に入って仕事をする方が自分に合っているように感じ、入社を決意しました。
周りに法律事務所に就職する方が多い中で、不安はなかったですか。
河田氏:
人と違うという意味で多少の不安はありましたが、前例もありましたし、自分のキャリアを想像し、「やっていこう」と決意して入りました。また、「海外案件をやってみたい」という思いも強く、契約書の読み書きだけでなく、実際に海外で交渉できるのが、すごく魅力的に映ったというのもあります。
入社してみていかがでしたか。
河田氏:
インハウスの醍醐味は、主要契約を結んだ後も関わりが続くところだと思います。契約を作り込む段階までは、外部弁護士の力を借りることもありますが、その後の実現は、社内の人間だからこそできることです。そこから何が起きるのかを見ることができ、すごく面白いです。
近藤さんはどうでしょうか。
近藤氏:
私は、学部卒で2009年に入社しました。不動産開発や大きなプラント開発をやりたくて入社したのですが、配属初日に「法務部」と言われ驚きました(笑)。
入社後はエネルギー事業チームに配属され、ブラジルの現地法人で半年間研修を受けた後、金属チームを担当しました。その後、アメリカのロースクール研修を終え、ニューヨーク州弁護士の資格を取得して帰任しました。現在は知的財産室に在籍しており、三菱マークをはじめ、特許、商標の管理をしています。
入社当初から、やはり商社は物を扱う会社だと感じています。法務でずっと楽しめているのは、法務も営業の一員として商品や事業の知識を深めることができるからだと思っています。
たとえばトレーディングの場合、取り扱う商品を知らないと、リーガルリスクや契約リスクをコントロールしづらくなります。石油コークスや炭素の製品を担当した際には、営業から商品を実際に見せてもらって、「こういう商品を取り扱うのだけど、どうしたら良いか」というところから相談が始まることもありました。具体的な案件では、製油所から出てくる石油コークスを、まずトラックに載せ、鉄道に載せ、またトラックに載せて港に運び、船に載せる、という取引もあり、商品の売買と一連の輸送について何本もの契約書を作っていく時に、契約間の齟齬がないよう、商品の性質や輸送内容の詳細について、時には商品や現場の写真を見せてもらいながら、営業担当と1つ1つ確認して取引していきます。
単純に法務というより、物・事業に関わっている感覚がすごく強く、それが当社法務業務の一つの強い魅力だと思います。
国内外の法律事務所・弁護士情報を一元管理
社外弁護士の起用はどのようにしていますか。
加藤氏:
特定の事務所だけに依頼することはせず、案件ごとに最適な弁護士を探します。過去に起用した弁護士の情報は、部内でデータベースとして蓄積していますし、海外の法律事務所の弁護士が来日した際に当社を訪問いただけることも頻繁にあります。そのような機会に得た情報を基にして、案件ごとに最適な弁護士を選ぶのが基本です。
当社は法務部が一括して弁護士を起用する仕組みとしています。弁護士情報が法務部に一元的に集まるようにするとともに、弁護士の具体的な作業やフィーについて、法務部で管理するようにしています。
今井氏:
他部署の人が直接弁護士とやり取りすると、総論的に話を聞いたり、法的な観点から聞き漏れがあったりするので、弁護士に対してどういうふうにヒアリングするかも含めて、法務部がコントロールして、必要なことを適切に聞けるようにしています。
河田氏:
三菱商事単体で案件の全てが完結するという状況ではなくなってきています。単体ではなく事業会社の方で弁護士を起用している場合、大型案件になればなるほど、事業会社で起用した弁護士の情報や知見を、私たちのノウハウとして有機的な形でまとめることが課題となります。そこは法務部全体の情報集約とは別に、必要に応じチーム単位でもやっています。
海外の事務所の情報はどう集めていますか。
今井氏:
各海外拠点にいる法務部員が、定期的に色々な地域の有力な法律事務所を回って面談しています。たとえば地球環境チームは欧州の案件が多いので、欧州の有力な弁護士に定期的にコンタクトをとります。数々の案件を進める中で、その事務所の評価がチーム内に蓄積され、部の蓄積にもなるという形です。
近藤氏:
私は商標維持管理の関連で、多くの海外事務所と接点があり、たとえばキューバの事務所を起用することもありますが、情報を得にくい国については、海外拠点に「この事務所の様子を見てきてください」とリクエストすることもあります。やはり東京本店の法務だけでは得られない情報の収集、集約の機能が海外拠点にはあると思います。
加藤氏:
特に新興国で弁護士を起用する場合など、全く情報のない地元の事務所をいきなり起用するわけにはいかないので、日頃の情報収集や事務所との関係構築が海外拠点の重要な業務の1つになっています。
評論家にならず、当事者になって仕事をする
法務部として特に重視していること、今後大切にしていきたいことを教えてください。
野島氏:
私が部員によく言うのは、「プロジェクトのメンバーとして、当事者として仕事をしなさい」ということです。リーガルのバックグラウンドを背景に、評論家になることは楽です。けれども、そこから1歩踏み込んで、「自分が判断を迫られた時に、果たしてそのコメントで十分なのか。選択肢を示すのは良いけど、最適な選択肢はどれか自分でよく考えて仕事をしてほしい」とよく言います。
営業と信頼関係を構築することも重要です。法務部の誰に相談するかは営業の自由なので、しっかり仕事をすればするほど案件が集まって、良い仕事も回ってきます。「信頼感と責任感を大事にするように」と言っています。
最近は連結ベースで仕事が拡大しているので、昔に比べて単体での仕事が減少してきて現場が子会社に移りつつあります。営業や他のコーポレートスタッフ部門がまとめた資料を見て仕事をする場面も出てきています。そういう時は、人がまとめたものを信頼するのではなく、契約書の現物、現場の問題意識を聞いて仕事をしないと、思わぬところでミスリードされたり、気がつくべき点に気がつかなかったりします。「しっかり現物を見ながら、地に足のついた仕事をすること」と言うようにしていますね。
連結ベースで仕事が拡大していく中で、仕事の取り組み方を変えていく必要性が出てきているのですね。
野島氏:
そうですね。今後、国内外を含め、事業会社への出向を増やしていこうと考えています。現場で仕事をする経験をして、また東京本店に戻ってくる。そしてまた事業会社に、より経営に近い立場で出向する。そうした良いサイクルを作っていきたいと思っています。
最後に、貴社の法務部ならではの魅力を教えてください。
加藤氏:
大きな会社なので、もしかすると「縦割りが非常に厳しく、法務部と営業部の垣根が高い」というイメージを持つ方もいるかもしれません。私自身、入社する前にそういうイメージを持っていなかったわけではありませんが、実際に入ってみると、法務部と営業部の距離は思った以上に近いです。また、特に新しい取組みを行う場合など、正解がない問題に直面することも多いのですが、そのようなときには、若手でも合理的な意見をきちんと説明できれば、それが通る風土です。
会社のビジネスの幅が非常に広い上にスケールも大きく、「こんなビジネスを考え出す人がいるのか」と驚くことも多いです。知的好奇心が旺盛な人にとって、本当に飽きることがない職場だと思います。
当社の法務部は、何よりも「プロジェクトチームの一員としてビジネスを作っていくこと」を大事にしています。主体的に仕事をすればするほど、総合商社ならではの多彩なビジネスを作り上げる一員としての感覚を手に取るように実感できる、そんな環境に身を置ける職場だと思います。
(取材、構成:BUSINESS LAWYERS編集部)
三菱商事株式会社
所在地:東京都千代田区丸の内二丁目3番1号
設立:1950年4月(創立:1954年7月)
資本金:204,446,667,326円
代表者:代表取締役社長 垣内 威彦
従業員数:5,217名(単体)
※2017年6月現在
プロフィール
野島 嘉之(のじま・よしゆき)
法務部長、ニューヨーク州弁護士
1988年4月入社。法務部に配属され、各種取引、合弁事業、M&A、企業再編等の様々な案件を経験。米国駐在の他、総務部・環境CSR推進部を経て、2016年4月より現職。1994年にニューヨーク大学ロースクールLL.Mを取得。
加藤 裕子(かとう・ゆうこ)
法務部 コンプライアンス総括室 部長代理、弁護士、ニューヨーク州弁護士
国内大手法律事務所勤務、ニューヨーク大学ロースクールLL.M取得を経て、2009年入社。
今井 裕貴(いまい・ゆうき)
法務部 地球環境・インフラ事業チーム(兼)機械チーム 課長、弁護士、ニューヨーク州弁護士
国内大手法律事務所勤務、2013年米国カリフォルニア大学バークレー校ロースクールLL.M取得を経て、2016年1月入社。
河田 奈津子(かわた・なつこ)
法務部 金属チーム兼エネルギー事業チーム 課長、弁護士
2010年1月入社、法務部配属。2016年コロンビア大学ロースクールLL.Mを取得。
近藤 雄介(こんどう・ゆうすけ)
法務部 知的財産室 主任、ニューヨーク州弁護士
2009年4月入社、法務部配属。2015年デューク大学ロースクールLL.Mを取得。
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- 第33回 急成長するベンチャーを支える「企業法務」の役割とは - GAテクノロジーズ
- 第34回 全ては事業の成長のために。ありのまま採用と価値観の共有化を通じて作り上げる熱い組織 - Visional
- 第35回 新規事業をサポートするインハウスロイヤーたち - あおぞら銀行のスタートアップサポートチームが生み出す価値とは
- 第36回 アクセンチュア法務が高い付加価値を生み出せる理由 オフショア化で契約業務を6割削減
- 第37回 大手法律事務所で専門性を極め「自分をアップデート」する環境を求めて – メドレー
- 第38回 「世界一幸せな法務」というビジョンを掲げ、事業を通じた社会課題の解決を目指す - LIFULL
- 第39回 強固な組織体制のもとで専門性の高いメンバーがイノベーションに貢献 - 日本アイ・ビー・エム
- 第40回 丸紅法務部の挑戦と変革 − 精鋭のメンバーがさらなる価値創出にコミットするために