企業法務の地平線
第10回 人と組織の成長を創造するプロアクティブな法務 - パーソルホールディングス
法務部
シリーズ一覧全40件
- 第1回 花王株式会社 グローバル法務の根幹にある個人商店マインド
- 第2回 「インハウス・ロイヤー」という選択肢 - 日本にとってCLOは必要なのか?
- 第3回 世界を股にかけた法務パーソン、国際ビジネスの現場で見えたもの
- 第4回 変わるワークスタイルと変わらぬ信念
- 第5回 会社の「誠実」を担う法務の姿 – 双日
- 第6回 300人体制を築くメガ法務の役目 - パナソニック
- 第7回 米国発のルールを日本に浸透させていく、アドビ法務・政府渉外本部の役割
- 第8回 マイクロソフトが実践するダイバーシティ戦略
- 第9回 法務畑を歩み続けたユニリーバ北島氏が考える、法務の役割と今後の課題
- 第10回 人と組織の成長を創造するプロアクティブな法務 - パーソルホールディングス
- 第11回 少数精鋭でチャレンジングな法務 - アサヒグループ
- 第12回 法律が追いつかないゲーム業界に求められるスピーディな体制構築術 - グリー
- 第13回 「1つの特許で生きるか死ぬか」、経営に直結する法務が見据えるグローバル化 - 田辺三菱製薬
- 第14回 たばこの概念を覆した「IQOS」で煙のない社会を目指す - フィリップ モリス
- 第15回 舞台はグローバル、事業に深くコミットする商社法務 - 三菱商事
- 第16回 懐深く、信頼して任せる風土 - 丸紅
- 第17回 経営の視点と専門性を持った法務人材を輩出する - キヤノン
- 第18回 「多様性」のある組織こそ、強みを生む - ソニー
- 第19回 一人ひとりが知財責任者としてのマインドを持つ - メルカリリーガルグループが実践する事業への関わり方
- 第20回 「使って初めて価値が出る」、ミッション・バリューを自らの言葉に「翻訳」して実践 - ユーザベース
- 第21回 「ポケモン」を支えるプロデューサーとしての法務 - 株式会社ポケモン
- 第22回 事業への情熱をもとに担当者をアサイン - DeNA
- 第23回 グローバルへと進化するために、働き方改革を推し進める法務組織 - 電通
- 第24回 プロジェクトチームの一員として、グローバルで多様なビジネスに並走する - アクセンチュア
- 第25回 事業部と一体となり、新規事業領域へチャレンジ – キリンホールディングス
- 第26回 合併を経て進化を続けるビジネスパートナーとしての法務 ―コカ・コーラ ボトラーズジャパン
- 第27回 活発なM&Aを支える法務組織とその柔軟な働き方 - 富士フイルム
- 第28回 契約書を作るだけではない、グローバルな成長に貢献するビジネスコンサルタントとしての法務 – 味の素
- 第29回 ウィズコロナ時代に問われる法務部門の組織運営 鍵はリーガルテックの積極活用 – 太陽誘電
- 第30回 テレワーク下の法務業務は「依頼者ファースト」のITツール活用で対応 - サイボウズ
- 第31回 アフターコロナになっても変わらない、法務のあるべき姿 - パーソルグループ
- 第32回 グローバル企業における法務業務とリーガルテック導入事例 勝機はスモールスタートにあり - 日揮グループ
- 第33回 急成長するベンチャーを支える「企業法務」の役割とは - GAテクノロジーズ
- 第34回 全ては事業の成長のために。ありのまま採用と価値観の共有化を通じて作り上げる熱い組織 - Visional
- 第35回 新規事業をサポートするインハウスロイヤーたち - あおぞら銀行のスタートアップサポートチームが生み出す価値とは
- 第36回 アクセンチュア法務が高い付加価値を生み出せる理由 オフショア化で契約業務を6割削減
- 第37回 大手法律事務所で専門性を極め「自分をアップデート」する環境を求めて – メドレー
- 第38回 「世界一幸せな法務」というビジョンを掲げ、事業を通じた社会課題の解決を目指す - LIFULL
- 第39回 強固な組織体制のもとで専門性の高いメンバーがイノベーションに貢献 - 日本アイ・ビー・エム
- 第40回 丸紅法務部の挑戦と変革 − 精鋭のメンバーがさらなる価値創出にコミットするために
目次
企業活動がグローバル化、複雑化する中で法務部門に求められる役割にも変化が見られます。これからの時代に求められる法務部門のあるべき姿とは、どのようなものなのでしょうか。各社の法務部へお話を伺い、その姿を探ります。
今回は、パーソルホールディングス株式会社に取材しました。パーソルグループは、人材派遣のパーソルテンプスタッフ、人材紹介・求人広告のパーソルキャリアをはじめ、ITアウトソーシング、設計開発に至るまで様々なサービスを提供する国内外90社を超える企業群で構成されています。
同社は本年7月1日、テンプホールディングス株式会社から商号変更しました。
今回は、パーソルホールディングス株式会社 執行役員 CLO(最高法務責任者、Chief Legal Officer)の林 大介氏と、グループコンプライアンス本部 グループ法務部 部長で弁護士の菅 奈穂氏にご登場いただき、パーソルグループの目指す方向性を伺いました。
(写真:パーソルホールディングス株式会社 グループコンプライアンス本部 グループ法務部メンバーの皆さま)
新ブランド「PERSOL」が始動
「パーソル(PERSOL)」に込めた意味を教えてください。
林氏:
当社は一昨年「人と組織の成長創造インフラへ」というグループビジョンを策定し、昨年新グループブランド「PERSOL」を発表しました。「PERSOL」は、PERSONとSOLUTIONの造語です。由来は、「人は仕事を通じて成長し(PERSON)、社会の課題を解決していく(SOLUTION)」で、働く人の成長を支援し、輝く未来を目指したいという想いが込められています。ブランドスローガンは、「はたらいて、笑おう。」です。働くことそのものを輝かせ、人生を楽しむことにつなげてゆくために、すべての働く人を支援したいというパーソルグループのメッセージ、エールが込められています。
グループ会社が国内外で90社超になりますが、どのような法務組織になっていますか。
林氏:
グループコンプライアンス本部は、グループ全体の持株会社であるパーソルホールディングスの管理部門の1つで、他にグループ営業、経営戦略、財務、IT、人事総務、監査があります。また、5つの事業セグメント(派遣・BPO、リクルーティング、海外、ITO、エンジニアリング)がありますが、エンジニアリングセグメントを除く各セグメントに法務組織を置いています。また、昨年シンガポールの地域統括会社に法務責任者として弁護士1名を採用しました。
【パーソルグループコンプライアンス本部の位置づけ】
グループコンプライアンス本部の役割は何ですか。
林氏:
コンプライアンス本部の役割は、グループ全体の法務、コンプライアンス、リスクマネジメント業務の統括です。私はCLOとして本部全体を統括しており、菅はグループコンプライアンス本部の法務部長で、他にコンプライアンス部長1名がいます。グループコンプライアンス本部は約20名の組織で、法務部とコンプライアンス部で人員は半々になっています。
最近では、たとえば個人情報保護法や職業安定法などの法改正対応に深く関わっています。他に、労働時間マネジメント、ハラスメントの防止などの労務コンプライアンスを人事部と連携して取り組み、また、個人情報の適正管理、ERM(全社的リスク管理、Enterprise Risk Management)やBCP(事業継続計画、Business Continuity Plan)といったことを推進しています。
一般的な法務に加えて、コンプライアンスやリスクマネジメントも取り込んで一体的に運営しています。コンプライアンスについては、法的な考え方や関係法令の理解が不可欠なので、コンプライアンス担当者と法務担当者が連携して取り組んでいます。
グループコンプライアンス本部と各事業セグメントの法務は、どのような関わりがありますか。
菅氏:
我々グループコンプライアンス本部はグループ全体に関わる案件や、高い専門知識が求められるものを中心に担当しています。一方、各事業セグメントの法務部は、事業に密着した形でサービスを提供しています。
主な役割は違いますが、各事業セグメントの法務機能がバラバラに活動することがないよう、一緒に勉強会を開いたり、場合によっては1つの案件を役割分担したりしながら進めたり、事業セグメント間で連携できる施策を考えたりしています。海外法務責任者とも定期的にミーティングをして情報を共有したり、個別案件で連携することもあります。
さらなる成長と活躍の場を求めて
お2人のバックグラウンドをお聞かせください。
林氏:
私は総合商社で約10年法務の仕事をして、その後外資系IT企業、映画会社に移り、計10年程経験した後、2012年にインテリジェンス(現パーソルキャリア)に入社し、2015年からグループ全体の法務・コンプライアンス・リスクマネジメント業務を統括しています。
異業種を選択してきた理由はありますか。
林氏:
私自身は業種へのこだわりはなく、「自分のスキルや経験を最大限に活かして活躍できる場はどこか?」という発想で仕事を選んできました。
もともと総合商社で法務に従事し、その後アメリカで弁護士の資格を取得し、インハウス・ロイヤーの道を歩み始めました。インハウス・ロイヤーは米国では確立された職種で、ある程度経験を積み、たとえばシニア・コーポレート・カウンセルやリーガル・マネージャーになり、ゼネラル・カウンセルになるといったキャリアパスが非常にハッキリしています。
そういう中でキャリアパスを考え、「このタイミングで、どういう会社、どういうポジションが良いか?」という発想で仕事を選んできました。特段この業種が好き・嫌いというよりは、いわゆるインハウス・ロイヤーとして、次はどういうチャレンジをすべきかを考えて歩んできたように思います。
今はCLOという立場ですが、目指す姿として意識されていたのですか。
林氏:
初めからCLOを目指して転職を重ねてきたわけではなく、インハウス・ロイヤーの経験とマネジメントの経験を活かして、次はどういう仕事ができるかと考えた時に、結果として今のポジションを任せてもらっているという感覚です。転職してキャリアアップとよく言われますが、私はどちらかと言うと、活躍の場をどうやって広げていけるか、という発想によるところが大きいですね。
今後のキャリアをどう描いていこうかと考えている法務の方にとって、1つのモデルになるお話だと思います。
林氏:
私は、自分が成長・活躍できる場を貪欲に求めているのかもしれません。これまで成長機会を求めて、企業法務のプロフェッショナルとして、業種を問わず働く場を変えてきました。
菅氏:
私は弁護士登録して入所した事務所では、ファイナンスを中心に担当しましたが、もっと色々な仕事をしてみたいという思いがあって、割と早くに退所しました。
その後、労働法関係の案件や、訴訟を中心に、企業法務全般を担当していましたが、2012年に、外資系IT企業に出向する機会に恵まれました。そこが非常に面白くて、出向が終わるタイミングで事業会社に転職してみようと思い、2014年3月にパーソルグループに加わりました。
具体的にどの辺りが面白かったですか。
菅氏:
それまではアウトサイド・カウンセルだったので、お客さまは法務部門の方が大半で、事業と直に接してビジネスの全体像を見ることはありませんでした。
出向とは言え、担当部署を持たせてもらって、一定の部署の法律相談は全て私のところに来る体制でした。事業部に直接ヒアリングしながら、一緒に解を考えていくという仕事の仕方ができ、1歩も2歩も踏み込んだアドバイスというか、事業部と一緒にビジネスをつくっていく一機能として、法務が機能していることを実感しました。外から専門的なアドバイスをすることも面白かったのですが、もっと事業に近い形で一緒に仕事をしたいと、強く思いました。
内部に入って一緒に解を考えていくところが魅力ですね。
菅氏:
そうですね。たとえば、新サービスが生まれ、発展していく過程を全て事業部と一緒に見ることができます。サービスが立ち上がって現場が喜んでいる空気を、共に感じることができる点が非常に大きな面白味だと思いましたし、当社に入ってからも同じ思いを強く持ち続けています。
法務も事業と一緒に解を考える
法務は、事業とどのような関わり方をしていますか。
林氏:
契約書より前の、スキームやストラクチャーを考える段階から相談を受けることが多いです。
菅氏:
私は入社した経緯からしても、事業部と一緒に関わっていく仕事の仕方・サポートの仕方をしたいと思っていて、メンバーにもできるだけそうするように伝えています。「まとまったら持ってきて」でなく、「一緒に考えよう」という姿勢で皆が臨んでいるので、今そういう仕事の仕方ができているのだと思います。
林氏:
定型的な案件は別として、M&Aや戦略提携などのいわゆるプロジェクトもので契約締結の直前になって相談がくるケースはほぼありません。菅の方でも、一緒に事業をつくっていく感覚で、法務面からきちんと支援していくスタンスで仕事するようメンバーに働きかけています。事業側からしても、法務はゲートキーパーというより、一緒にビジネスを推進するパートナーであるという認識があるのだと思います。
そのようなカルチャーは、徐々につくりあげていったのですか。
林氏:
まだ現在進行形で、つくりあげているところです(笑)。良好な関係を築けている事業もあれば、なかなか苦労しているところもあります。M&Aでグループ入りする会社も多いので、そうした中で法務部の位置付けや法務部に求めるものが違うこともあります。
そのような会社とは、まず信頼関係の構築から入っていきます。1つ1つの案件にきちんと取り組み、支援し、「法務からアドバイスを受けて進めたら、うまく解決できた」という積み重ねがあると、「まずは法務に相談しよう」という文化醸成ができてきます。
社名変更の過程で、法務はどのように関わりましたか。
菅氏:
経営陣の中で、新しいブランドをどうするかという議論が進み、ある程度候補が決まった段階で、法務に相談がありました。14か国で事業展開しているので、その全ての国で、商標の使用登録可否を調査しました。
商標は、登録する商標に加えて、それを何に使うかという指定役務をセットで出願します。今まで各々の商標は取っていましたが、抜け漏れがあってはいけないので、指定役務も全て見直しました。見直しの過程で、各事業セグメントの協力を得て、主な事業やサービスを洗い出しましたので、それまであまり密接に仕事をしたことのなかったセグメントについても、「こういうこともしているのか」と理解できたのが面白かったです。
特に大変だったことは何ですか。
菅氏:
国によって、先行商標の有無の状況も、審査基準も異なる中で、このブランドで進めるかどうかのジャッジをしていかなければいけないところが大変でした。非常に慎重にいきたいのですが、逆に「リスクがあるから使えない」と言うと、選べるブランドがなくなってしまいます。そこは法的判断を必要とされるので難しく、ジャッジをするのは勇気がいることだと思いました。
また、会社数が膨大で、個々に何をしているのかを確認するだけでも工数がかかります。機密性を保ちながら、各事業セグメントと連携していくために、どのようにコミュニケーションをとっていこうかなど、メンバーと一緒に取り組みました。「PERSOL」の出願完了まで約5か月。一大プロジェクトでした。
CLOの一番大事な仕事は「課題設定」
CLOを設けている企業は国内ではまだ少ないですが、どのような役割でしょうか。
林氏:
当社は、監査等委員会設置会社であり、経営上の重要な意思決定は取締役会および経営会議で行われています。CLOは、業務執行取締役と執行役員の合計15名からなる経営会議のメンバーとして、重要な意思決定に際して、主に法務・コンプライアンス面から意見を述べています。取締役会についても、オブザーバーとして毎回参加し、必要に応じて取締役会に対して助言を行っています。レポートラインとしては、CFO(最高財務責任者、Chief Financial Officer)・CIO(最高情報責任者、Chief Information Officer)・COO(最高執行責任者、Chief Operating Officer)と同じく、CEOに直接レポートしています。
CLOの主な責任範囲は、ホールディングスと各事業セグメントの法務の統括、コンプライアンス体制の構築・運用、リスクマネジメント体制の構築・運用と制度運用です。ERM(全社的リスクマネジメント、Enterprise Risk Management)、災害時のBCP(事業継続計画、Business Continuity Plan)も含めて、リスクマネジメント全般を担当しています。内部通報制度の運用や、コンプライアンスの中でも特に労務コンプライアンスが今非常にホットなので、人事・法務部門と連携して、私が音頭取りをしています。
どのような視点で、自社の対応方針を考えるのですか。
林氏:
世の中の環境の変化と、色々と起きている企業不祥事を参考に、コンプライアンスやリスクマネジメントの観点から、自分たちのグループは似たような事故や不祥事が起きないだろうか、十全な備えができているかを見ます。できていないのであれば、きちんと仕組みを導入するよう取り組んでいます。
実際、全社的リスクマネジメントも労務コンプライアンスも、グループコンプライアンス本部で完結するものではなく、各事業セグメント側の内部統制責任者や人事セクションと連携して進めます。グループコンプライアンス本部がハブになって、企画したりプロジェクトを進めるためのマネジメントはしますが、グループ全体で適切に課題を設定し、それを推進する役割を担っています。
全体を見て、適切な課題設定をしているということですね。
林氏:
CLOとして一番大事なのは、グループの課題をどう設定し、どこにリソースを割くのか、何に取り組むのかを判断することだと思います。
一般的な法務セクションに比べて、当社はプロアクティブに働きかけていく仕事が多いのが特色ですが、それでもそのような仕事に割ける時間は4割程度です。その4割の時間を何に使うのかが、非常に大きな問題です。そこのポイントを外すと、重要でないリスクを過大視して取り組んでしまったり、逆に重要な法務リスクに全くリソースを割かなかったために、大きな問題になって不祥事が起きてしまうことがありえます。
もちろん企業不祥事をゼロにすることはできませんが、できるだけ不祥事が起こる可能性を下げていき、万一、起こった時には迅速に適切な対応をとることに尽きます。適切に課題設定することが、CLOの一番大事な仕事ですね。
法務に限らず、仕事全般に言えることですね。
林氏:
そうですね。課題設定のところを間違えると、全体の方向付け自体が違ってきてしまうので、色々な人から話を聞いたり、他社の法務責任者と議論しながら、何に注力しているのか、情報収集するようにしています。
法務としてどこまで経営判断や事業サイドの判断に関わるのが良いと考えますか。
林氏:
私はよく、リスクは2つに分けて考えるべきだと言っています。
1つ目はビジネスリスク。基本的に、事業を行っている以上はある程度のリスクをとらないと、リターンもありません。何らかのリスクをとっているから、リターンがある。ビジネスとはそういうものなので、いかに賢くリスクをとるかが重要です。
たとえば、ハイリスクであればハイリターンを求めるし、ローリスクであればローリターンでないと合わない。だから「ハイリスクなのにローリターンではおかしいのではないか」とアドバイスはします。ただ、どこまでリスクをとるかという判断が、経営と法務のトップの間で分かれる場合があります。経営トップはより積極的にリスクテイクをする、法務のトップはリスク低減策を講じるべき、という意見の乖離があるとしたら、そこはビジネスリスクの領域である限り、最終的には経営トップの判断に従うべきだと思います。
2つ目はインテグリティリスク。端的に言うと、法令違反は「する・しない」という選択肢のあるものではなく、企業として法令遵守以外に選択肢はありません。たとえ、経済的な利益をもたらす見込みがあっても、インテグリティを損なうようなことは当社としては選択しないという方針です。
菅氏:
私も、事業で決めるべき事項については、その判断を止めたことはないです。ただ、どうしても違法になることは、エスカレーションするなり何なりしてでも、やはり進めてはいけないという対応をしています。
最近の企業不祥事は、ビジネスリスクかインテグリティリスクか、曖昧な状態で進んでしまった事で発生したのではないかと思うケースが散見されます。求められるジャッジの線引きのレベルが上がっている印象がありますがどうでしょうか。
林氏:
当社の主要ビジネスである人材サービスは規制業種なので、業法を遵守して事業を行う必要があります。業法違反になった時点で、基本的に事業は継続できません。事業許可自体が取り消されたら元も子もないので、法令違反のリスクをとらない、とれないですよね。
当社の経営陣は法令遵守の意識が高く、「適法かつ事業を推進できる方法を教えてほしい」と言われますが、法務の仕事はまさにSOLUTIONを提供することです。社内で仕事をする上では、できる・できない、法律上の問題がある・ないだけでなく、創造的・柔軟に物事を考え、適法かつ事業の目的を達成する方法を提案していくことが求められます。
求めるのは、成長・チャレンジ意欲のある人材
現在、法務部門を拡充しているようですが、採用方針、教育、キャリアパスへの考え方をお聞かせください。
林氏:
日本国内では人手不足が顕在化しているという社会情勢から、人材サービスに対するニーズは近年大変旺盛で、事業自体も成長軌道に乗っている状況です。M&Aによる成長、新規事業の展開、戦略提携も含めて、積極的に投資したり、新しい事業領域にチャレンジしたりしています。法務だけでなく、管理部門全般に対して、より質の高いサービスを提供してほしい、事業成長に貢献してほしい、というグループ全体からのニーズがますます高まっています。それに応じて、法務部門も増員している状況です。
法務は女性が働きやすいイメージがあります。貴社も女性比率は高いのでしょうか。
林氏:
女性比率は約5割です。女性が部長職に就いていることもあり、女性の専門家にとってもロールモデルというか、惹かれて入ってくる方が多いので、中途採用の女性比率は高いです。特に菅の場合、子育てと仕事を両立しているので、まさにロールモデルになっていると思います。
有資格者の女性からの応募も多いのでしょうか。
菅氏:
資格のある・なし、女性・男性に関わらず、幅広くご応募いただいています。有資格者を中心に採用したいとか、女性・男性どちらかを優先的に採用したい、ということを意識したことはありません。色々な方からご応募いただいて、当社の体制に合う方を採用しています。
どのような人材に来てほしいですか。
菅氏:
特にホールディングスの法務は、各事業セグメントの法務機能からエスカレーションで上がってくる案件や戦略法務と呼ばれる分野の仕事が非常に多いです。そのため、きちんと法務教育を受けて、一定の法律の知識があることは必須だと考えます。
同時に、当社のカルチャーやビジョンに合わないと、ミスマッチが起きると思います。当社は、社員に対して成長を強く求める会社です。できることをルーティンにこなしているだけでは、あまり評価されません。どんどんチャレンジして、成長していこうというカルチャーが非常に強いものですから、新たなチャレンジを面白いと思って取り組める成長意欲のある人でないと、おそらく辛くなってしまいます。
また、経営サイドや事業サイドと1つのチームとしてビジネスを推進するためには、関係各者としっかりとコミュニケーションをとりながらやっていくことが必要になりますので、コミュニケーション能力も必須です。そして、自分で課題設定をして、課題を解決していく姿勢、問題解決能力が求められます。そういう方に来ていただけると、非常に強いチームになると思っています。
林氏:
法務は受け身のイメージが強いですが、当社は、自分たちで課題を見つけて取り組んで、周囲を巻き込んでいく業務が3、4割あります。そのような働き方を求めていますし、期待もしています。伝統的な日本企業にあるように、依頼されるのを待って、それに応じることも必要ではありますが、よりプロアクティブに、自分でこの事業を成長させるためにどう貢献できるかを常に問うています。その意味で、成長意欲があって、能動的に働きかけることができる、コミュニケーション能力や問題解決能力を持った人材を探していますし、歓迎します。
ホールディングスと各事業セグメント間で、ジョブローテーションはありますか。
林氏:
キャリアパスについては、それぞれの専門性を磨いて活躍してもらうことを期待しています。ゼネラリストとして他部署とのローテーションで色々な仕事をしていくというより、プロフェッショナルとして法務でキャリアを磨いていってもらいます。ただ、ホールディングスと各事業セグメントの法務部署をローテーションしながら法務としてのキャリアを築いていくのが良いと思っています。
制度としては、マネジメント職とエキスパート職があります。マネジメントとして部下を率いてチームで成果を出すというキャリアパスと、エキスパートとして専門性を活かして会社に貢献するキャリアパスを用意しています。入社して間もない頃は、プロフェッショナルとして能力を磨いていくという意味で2つの職は同じですが、ある時点でマネジメントコースとエキスパートコース、どちらかを選んでもらいます。マネジメントはチームで成果を出すためのマネジメント能力、エキスパートはある領域での高い専門性を求めます。どちらを選ぶかは、本人の希望で決めています。
生産性向上を目指し、働き方を柔軟に
貴社が進めている働き方改革の取り組みを教えてください。
菅氏:
当社は昨年、個々のライフステージに合わせて働く環境を柔軟に整えられるシステムを導入し、個々の希望に合わせて活用できるようになりました。
これまでは、たとえば育児や介護であれば一定期間休業できましたが、それ以外の理由ではあまり認められませんでした。そこで、色々なライフステージやキャリアプランに合わせて働ける環境を整えようということで、勉強・留学・趣味・ボランティアなどでも、週4日勤務や、時短勤務、一定期間の休職等を認める「FLASH」という制度を導入しました。当社の法務部でも、実際に、司法試験を受けるため、半年間週4日勤務で試験に備えたメンバーがいます。
林氏:
世の中の動きと同じく、人材サービス自体も生産性を上げていかなければなりません。まずはパーソルグループとして、生産性高く働くあり方を実現しないと、お客さまへの説得力がありません。働き方改革として、生産性向上の取り組みを始めている真っ只中です。時間あたりの生産性が高い人を評価する、という方向に舵を切っています。
菅氏:
私も、特に子どもが小さい頃は時間に制約がある中で働いてきた経験があります。今後は育児だけでなく、様々な事情や個々人の価値観によって、色々なケースが出てくると思います。試行錯誤しながらですが、そのような事情を尊重しつつ、成果を出し、評価をする取り組みを進めています。
林氏:
グループ全体が、生産性を上げることにこだわってきていて、フレキシビリティを高める方向に行こうと努力しているところです。仕組みがあっても活用はまだこれからです。制約条件がある人も、成果を出して働ける仕組みやカルチャーを醸成していかなければなりません。
おそらくこれからの時代は、制約条件があることが当たり前になってきます。優秀な人、会社の経営理念に共感してくれる人を、いかに惹きつけられるか。一緒に働く人に楽しんで働いてもらう、それこそが「はたらいて、笑おう」です。長い期間、幸せに良い仕事をしてもらえることが、一番大事だと思っています。まだ改革の途上にあって、改善の余地は大いにあります。
生産性向上を目指す中で、仕事の仕方に変化は見られますか。
林氏:
菅が入ってから3年かけて仕事の仕方を変え、目標を明確に設定し、自分たちがどう貢献していくかを繰り返し議論する中で、時間の使い方が大きく変わり、仕事の中身も戦略的・企画的になってきました。経営陣にとって、法務は信頼できるアドバイザー的な立ち位置に変わってきたと思います。
「もっとプロアクティブに働きたい」と思っている人にとって、魅力的な仕事の仕方ですね。
林氏:
すごく良いと思いますね。法曹有資格者かどうかは別として、法務の仕事をする中で、法律知識・ロジカルシンキング・交渉能力など、優れた能力を持っている人はたくさんいます。ただ、その能力を存分に発揮できているかというと、宝の持ち腐れになっているケースもあります。当社に来ると、何をやらないといけないということも、極端に言うとありません(笑)。自ら課題を発見し、持っているスキルを存分に活かして会社に貢献してほしいです。
菅氏:
当社はホールディングスとして立ち上げ期ということもあって、「法務はこの範囲でやっていればいい」ということがありません。自分たちで課題設定をして、解決する、会社に貢献する、という思いがあれば、本当に柔軟に「やってみればいいじゃない」と言ってもらい、そして評価してもらえる環境があります。それを楽しいと感じる人にとっては、本当に楽しいと思います(笑)。
林氏:
ルーティンの仕事を繰り返して徐々に成長していくことを否定はしませんが、当社では求められるものがそこには収まりません。一定の経験を積んだ人に対しては特にそうです。海外進出、新規事業、戦略提携など、新たにチャレンジしてほしいことがたくさんあります。それを面白いと思える人にとっては、良い会社だと思います。
成長意欲を重視していて、自分のなりたい姿に向かって、1年ごとにどういうスキルを伸ばしていくか、どういう仕事にチャレンジしていくかについて、定期的に面談で話し合う機会をつくっています。柔軟な働き方、研修、仕事のアサインメントは、できるだけ本人の意向を尊重するようにしています。
「こういう仕事がしたい」「こうなりたい」という考えを持っている人にとって、恵まれた環境ですね。
林氏:
成長したいと思っている人に対して、そのための仕事や周りのバックアップはあります。明確に担当を決めて仕事を割り振るのでなく、今後パーソルグループでどういうことを実現したいのかをマネージャーとメンバーとの間で対話して、仕事をアサインしています。
菅氏:
法務部では、各事業セグメントごとに担当者を決めていますが、担当が多少ズレても、希望するメンバーを優先的にアサインします。たとえば、知財系に興味があるメンバーがいたら、年次が浅くてもPERSOLの商標の案件で尽力してもらったり。そういうアサインの仕方の方が、本人のモチベーションになります。何の仕事がしたいかは、メンバーごとに色々なので、できるだけ個々の希望を実現できる範囲でアサインしたいと思っています。
林氏:
段階を踏まないと難しい案件もありますが、できるだけ本人が希望する仕事を任せることが、一番やりがいを感じられて、本人のモチベーションも高く維持できるので、そのような方針でやっています。
この記事の読者で、当社のビジョンに共感された方に興味をもっていただけると良いなと思います。
(取材、構成:BUSINESS LAWYERS編集部)
パーソルホールディングス株式会社
本社所在地:東京都渋谷区代々木2-1-1
設立:2008年10月1日
資本金:17,465百万円
代表者:代表取締役社長 CEO 水田正道
従業員数(連結):32,654名
※2017年3月31日現在
プロフィール
林 大介(はやし・だいすけ)
パーソルホールディングス株式会社
執行役員 CLO(チーフ・リーガル・オフィサー)
2001年米国ニューヨーク州弁護士登録。伊藤忠商事株式会社、シスコシステムズ合同会社、株式会社ソニー・ピクチャーズエンタテインメントなどを経て、2015年4月より現職。
菅 奈穂(かん・なほ)
パーソルホールディングス株式会社
グループコンプライアンス本部 グループ法務部 部長
弁護士(52期)。牛島法律事務所(現:牛島総合法律事務所)、渥美臼井法律事務所(現:臼井法律事務所)、ブレークモア法律事務所勤務、および外資系IT企業への出向を経て、2014年3月入社。2016年4月より現職。
シリーズ一覧全40件
- 第1回 花王株式会社 グローバル法務の根幹にある個人商店マインド
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- 第28回 契約書を作るだけではない、グローバルな成長に貢献するビジネスコンサルタントとしての法務 – 味の素
- 第29回 ウィズコロナ時代に問われる法務部門の組織運営 鍵はリーガルテックの積極活用 – 太陽誘電
- 第30回 テレワーク下の法務業務は「依頼者ファースト」のITツール活用で対応 - サイボウズ
- 第31回 アフターコロナになっても変わらない、法務のあるべき姿 - パーソルグループ
- 第32回 グローバル企業における法務業務とリーガルテック導入事例 勝機はスモールスタートにあり - 日揮グループ
- 第33回 急成長するベンチャーを支える「企業法務」の役割とは - GAテクノロジーズ
- 第34回 全ては事業の成長のために。ありのまま採用と価値観の共有化を通じて作り上げる熱い組織 - Visional
- 第35回 新規事業をサポートするインハウスロイヤーたち - あおぞら銀行のスタートアップサポートチームが生み出す価値とは
- 第36回 アクセンチュア法務が高い付加価値を生み出せる理由 オフショア化で契約業務を6割削減
- 第37回 大手法律事務所で専門性を極め「自分をアップデート」する環境を求めて – メドレー
- 第38回 「世界一幸せな法務」というビジョンを掲げ、事業を通じた社会課題の解決を目指す - LIFULL
- 第39回 強固な組織体制のもとで専門性の高いメンバーがイノベーションに貢献 - 日本アイ・ビー・エム
- 第40回 丸紅法務部の挑戦と変革 − 精鋭のメンバーがさらなる価値創出にコミットするために