近時の不祥事ケースと危機管理・リスク予防
第14回 偽装請負の不正類型パターンと関連規制・罰則等のポイント(建設業、システムエンジニアリング等)
危機管理・内部統制
シリーズ一覧全16件
- 第1回 産業廃棄物の不法投棄事案から考える、不正の早期発見と調査のポイント
- 第2回 産業廃棄物の不法投棄事案から考える、不正発覚後の対応・再発防止策策定のポイント
- 第3回 土壌汚染に関連する不祥事事案から考える、不正の早期発見と調査のポイント
- 第4回 土壌汚染に関連する不祥事事案から考える、不正発覚後の対応・再発防止策策定のポイント
- 第5回 免震・制震製品のデータ偽装事案から考える、不正の早期発見と調査等のポイント
- 第6回 免震・制震製品のデータ偽装事案から考える、不正発覚後の対応・再発防止策策定のポイント
- 第7回 SNSによる不祥事事案から考える、不正発覚後の対応(初動対応・広報対応)のポイント
- 第8回 事例から考える、SNSによる不祥事を起こした従業員・役員への対応と予防のポイント
- 第9回 スポーツ界の不祥事事案から考える、スポーツ団体ガバナンスコードへの実務対応
- 第10回 建築基準法違反の設計・施工事案から考える、不正の早期発見と調査等のポイント
- 第11回 建築基準法違反の設計・施工事案から考える、不正発覚後の対応・再発防止策策定のポイント
- 第12回 海外子会社で発生した不祥事事案における不正発覚後の対応・再発防止策策定のポイント
- 第13回 不祥事予防に向けた取組事例集及びグループ・ガバナンス・システムに関する実務指針を踏まえた子会社買収後に留意すべきポイント
- 第14回 偽装請負の不正類型パターンと関連規制・罰則等のポイント(建設業、システムエンジニアリング等)
- 第15回 偽装請負の不正事案(建設業、システムエンジニアリング等)から考える、問題点と不正防止のポイント
- 第16回 スポーツ団体の不祥事事案から考える、行き過ぎた指導とパワハラの実務対応のポイント
目次
はじめに
これまでの連載に引き続き、近時見られる不正・不祥事の一類型について、生じうる問題、事後対応、再発防止のための方策等を解説していきます。
本稿では、建築工事やシステムエンジニアリングサービス(SES)の現場でいわゆる偽装請負がなされた不祥事事案に関する実務対応のポイントを2回にわけて解説します。
なお、本稿は特定の具体的な事案を紹介するものではなく、近時見られる複数の事案をもとに抽象化してその問題点等を紹介するものであること、またすべての問題を網羅的に取り上げるものではないことにご留意ください。
また、危機管理・リスク予防のための内部通報制度の実務対応については、以下も参照してください。
不正・不祥事発生後における株主対応、役職員に対する責任追及と処分のポイントについては、以下も参照してください。
具体的な不正類型の検討(偽装請負)
偽装請負とは、実態は労働者派遣(または労働者供給)であるにもかかわらず、労働者派遣事業の適正な運営の確保及び派遣労働者の保護等に関する法律(以下「労働者派遣法」)等の規制を免れるために請負契約・準委任契約その他労働者派遣以外の名目で契約を締結することをいいます。
ここでは、主に、建築工事の現場で請負事業者が委託した下請業者等の作業員を作業に従事させるケース、システムエンジニアリングサービス(SES)を提供する事業者が客先に自らの従業員を常駐させるケース等を想定しています。
請負とは
請負とは、注文者が請負業者に対して、仕事の完成を目的として作業を委託し、仕事の完成という結果に対して報酬を支払うことを約束する契約です(民法632条)。
請負事業者(建設会社)の労働者は、請負事業者の指示命令に従って作業するものであり、工事の注文主が当該労働者に対して直接指示をすることは予定されていません。
労働者派遣とは
これに対し、労働者派遣とは、派遣元の事業主が自己の雇用する労働者を、派遣先事業者に派遣し、当該派遣先事業者の指揮命令を受けて派遣先事業者のために労働に従事させることを内容とします。
ここでは、派遣された労働者は、派遣先の事業者の指示に従って作業することになります。
実務上見られる不正の態様(偽装請負)
偽装請負とは
前述のとおり、偽装請負とは、実態は労働者派遣(または労働者供給)であるにもかかわらず、労働者派遣法や職業安定法等の規制を免れるために請負契約・準委任契約その他労働者派遣以外の名目で契約を締結する場合をいいます。
たとえば、建設業務については、後述する労働者派遣法において労働者派遣事業が禁止されています。
自らの雇用主以外(発注者・注文主)との間に指揮命令関係がある場合には、請負契約という名目の契約であっても、労働者派遣法の適用を受ける場合があります。
偽装請負の代表的なパターン
代表型(典型的パターン) | 請負と言いながら、発注者が業務の細かい指示を労働者に出したり、出退勤・勤務時間の管理を行うパターン |
---|---|
形式だけ責任者型 (単純業務型パターン) |
現場には形式的に責任者を置いていますが、その責任者は、発注者の指示を個々の労働者に伝えるだけで、発注者が指示をしているのと実態は同じパターン |
使用者不明型 | 業者Aが業者Bに仕事を発注し、Bは別の業者Cに請けた仕事をそのまま出すもので、Cに雇用されている労働者がAの現場に行って、AやBの指示によって仕事をするパターン |
一人請負型 | 実態として、業者Aから業者Bに対して労働者を斡旋するものの、Bはその労働者と労働契約は結ばず、個人事業主として請負契約を結び業務の指示、命令をして働かせるというパターン |
東京労働局ウェブサイトを元に作成
偽装請負が行われる背景(業界構造)と問題点
(1)偽装請負が行われる理由
偽装請負は、以下のようなメリットを不当に享受しようと考える事業者によって行われているとの指摘があります。
- 労働基準法等が適用されず、最低賃金規制、割増賃金の支払、有給休暇の付与等の義務を免れる
- 健康保険や年金、雇用保険等の保険料の負担義務を免れる
(2)受注多層構造と偽装請負の問題点
また、偽装請負は、受注多層構造という特定の業界の構造的問題との関係でも指摘されています。
たとえば、巨大なプロジェクトにおいては、発注された案件を、元請、下請、孫請と次々に発注していくということが行われます。大規模な建築現場や専門的な建築物の建設現場においては、受注した一社で請け負うのではなく、業務を細分化して行うことがよく見られます(専門化、分業化)。
下請階層が増えるにつれ、手数料(マージン等)や経費がより多く発生し、より下層の事業者への労務費のしわ寄せを生むほか、労働者派遣法等に定められた責任関係が曖昧になり、また、下層にいる労働者を適切に把握、管理できず、安全衛生面の確保ができない、労働災害や工事の品質低下を引き起こすおそれがあることが指摘されています。
この点については、大規模建築物(商業ビルや共同住宅)の基礎杭が支持地盤にまで到達しておらず建物が傾斜したケース等において、以下のとおり、建設業界の構造的な問題が指摘されているとおりです。
詳細については、『第11回 建築基準法違反の設計・施工事案から考える、不正発覚後の対応・再発防止策策定のポイント』を参照してください。
- 施工の多くを複数の下請が行う重層的な施工体制において、施工を統括する元請の企業としての管理責任や元請・下請の各々の技術者の役割が明確となっていない
- 下請けへ段階的に仕事を発注し、業務が細分化された業界特有の多層構造が、チェック体制を甘くした可能性がある
問題となる法令
労働者派遣法
(1)労働者を派遣する側
労働者派遣法においては、建設業務(土木、建築その他工作物の建設、改造、保存、修理、変更、破壊もしくは解体の作業またはこれらの作業の準備の作業に係る業務)等の一定の業務について、労働者派遣を行うことを禁じています(労働者派遣法4条1項)。
また、労働者派遣事業を行おうとする者は、厚生労働大臣の許可を受けなければならないとされています(労働者派遣法5条)。
その他、許可を得て労働者派遣業を行う場合にも、派遣元責任者の選任(労働者派遣法36条)、派遣元管理台帳の作成・保管(労働者派遣法37条)等の様々な義務を負います。
これらの違反については、以下のような罰則がなされる可能性があります。
派遣禁止業務への労働者派遣 (労働者派遣法4条1項違反) |
1年以下の懲役または100万円以下の罰金(労働者派遣法59条1号) |
無許可派遣(労働者派遣法5条違反) | 1年以下の懲役または100万円以下の罰金(労働者派遣法59条2号) |
派遣元責任者の選任(労働者派遣法36条)、派遣元管理台帳の作成・保管(労働者派遣法37条)等の違反 | 30万円以下の罰金(労働者派遣法61条3号) |
指導、勧告、改善命令、事業停止命令、許可の取消しの対象にもなりえます(労働者派遣法48条1項、2項、49条1項、2項、14条2項)。
(2)労働者を派遣される側
労働者派遣法においては、建設業務(土木、建築その他工作物の建設、改造、保存、修理、変更、破壊もしくは解体の作業またはこれらの作業の準備の作業に係る業務)等の一定の業務について、労働者派遣事業を行う事業主から労働者派遣の役務の提供を受ける者は、その指揮命令の下に当該労働者派遣に係る派遣労働者を業務に従事させることを禁じています(労働者派遣法4条3項)。
労働者派遣の役務の提供を受ける者は、許可を得て労働者派遣業を行う派遣元事業主以外から、労働者派遣の役務の提供を受けてはならないとされています(労働者派遣法24条の2)。
その他、労働者派遣の役務の提供を受ける者は、派遣先責任者の選任(労働者派遣法41条)、派遣先管理台帳の作成・保管(労働者派遣法42条)等の義務を負います。
これらの違反については、以下のような罰則がなされる可能性があります。
派遣先責任者の選任(労働者派遣法41条)、派遣先管理台帳の作成・保管(労働者派遣法42条)等の違反 | 30万円以下の罰金(労働者派遣法61条3号) |
職業安定法
労働者派遣以外にも、職業安定法では、厚生労働大臣の許可を得ずに労働者供給事業を行い、またはその労働者供給事業を行う者から供給される労働者を自らの指揮命令の下に労働させることを禁じています(職業安定法44条、45条)。
おわりに
以上では、建築工事やシステムエンジニアリングサービス(SES)の現場でいわゆる偽装請負がなされた不祥事事案に関する実務対応のポイントについて、偽装請負の類型や実務的な問題点、関係する規制等について説明しました。
次回は、偽装請負に関する法的な問題点(偽装請負かどうかの判断基準)と法令順守・コンプライアンス順守のための方策について説明します。
なお、2020年に入って大きな問題となっている新型コロナウイルス(COVID-19)の感染拡大によって、リモートワークの実施が難しい建築工事においては、作業人員の確保・安全性の確保その他の理由によって作業を中断せざるを得ない事例も見られ、当初の工期までに建物建築工事を完成できないといったケースも増えてきています。そのような場合であっても、偽装請負とならないように留意することは必要となります。
当初の期限までに契約を履行できない場合の責任については、『新型ウイルス等の感染症・疫病による契約の不履行・履行遅延の責任』も参照してください。
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