ガイドラインを踏まえた内部通報制度の実践的な見直しのポイント
危機管理・内部統制近時、企業内で不正・不祥事が発生したケースで、内部通報制度が存在していたにもかかわらず、早期に不正を把握できず、対応が遅れた企業がメディアの批判にさらされる例をよく見かけます。不正を早期発見するための方策である内部通報制度を実効的なものとするためのポイントについて教えてください。
実効的な内部通報制度の整備・運用のために参考となるのは、消費者庁が2016年12月に公表した「公益通報者保護法を踏まえた内部通報制度の整備・運用に関する民間事業者向けガイドライン」(以下「ガイドライン」)です。
ガイドラインでは、外部通報窓口の設置や通報にかかる匿名性の確保、通報者に対する不利益取扱いの禁止、内部通報制度の評価改善等のフォローアップなどの方策が列挙されています。各事業者は、ガイドラインの内容を参考としながら、適切な制度設計(内部通報体制の整備)をすることが求められます。
解説
目次
内部通報制度を実効的なものとすることの必要性
『不正の早期発見の具体的な方策と実務上のポイント』で説明したとおり、不祥事発見の端緒が企業外部にある場合には、企業は不祥事の発生を外部から知らされることになるため、事実調査やマスコミ対応などの不祥事対応で後手に回ってしまう可能性が高くなります。また、自浄作用が働いていない企業であるという評判が広まれば、企業価値に重大な悪影響が生じます。
しかしながら、内部通報制度が利用されずに他のルートから不祥事から発覚してしまうなど、制度を設けたとしても十分に機能しない例は数多く見られます。
内部通報制度の整備・運用に関するガイドラインの概要
消費者庁は2016年12月に「公益通報者保護法を踏まえた内部通報制度の整備・運用に関する民間事業者向けガイドライン」(以下「ガイドライン」)を公表しています。
「公益通報者保護法を踏まえた内部通報制度の整備・運用に関する民間事業者向けガイドライン」の全体像
I. 内部通報制度の意義等 |
|
II. 内部通報制度の整備・運用 |
|
III. 通報者等の保護 |
|
IV. 評価・改善等 |
|
ガイドラインでは、経営トップに対して、形式的に仕組みを整備しただけではなく、内部通報制度を実効化させるためのメッセージを明確かつ継続して従業員に発信していくことが必要であるとしています。
内部通報制度の整備・運用
内部通報制度の整備において最も重要であるのは、通報の機会の拡充、通報者が安心して通報を行うことができるための仕組み作りです。
ガイドラインでは、下記4つの観点から、実効的な内部通報制度の整備に資する項目があげられています。
- 通報対応の仕組みの整備(通報窓口・利用者等の範囲の拡充)
- 経営幹部から独立性を有する通報ルート
- 利益相反関係の排除
- 安心して通報ができる環境の整備
以下、いくつかの重要な点について説明します。
通報窓口・利用者等の範囲の拡充
(1)通報窓口の拡充
企業が不正を早期発見する可能性を高めるという観点から特に有益と考えられるのは、「通報窓口の拡充」です。外部の窓口の設置を含め複数のルートを設けることが重要であり、法律事務所や民間の専門機関等に委託する等、事業者の外部に設置することなどが考えられます。
ガイドラインにおいては、社外取締役や監査役等への通報ルート等、経営幹部からも独立性を有する通報受付・調査是正の仕組みを整備することが適当であるとされています(コーポレートガバナンス・コード(2-5①)においても「上場会社は、内部通報に係る体制整備の一環として、経営陣から独立した窓口の設置(例えば、社外取締役と監査役による合議体を窓口とする等)を行うべき」であるとされています)。
(2)通報窓口の利用者の範囲の拡充
通報窓口の利用者の範囲については、公益通報者保護法2条1項で定めるように、保護の対象が「労働者」に限定されている関係から、役員や子会社・取引先の従業員、退職者等が含まれていないケースが多いと思われますが、その範囲を拡充することが考えられます。
(3)通報対象の周知
また、近時よく見られるケースとして、通報しようとした者が“不正とまでは断定できないので通報してはいけないのではないか” “不正にあたるかどうかの相談をすることは許されないのではないか”と考えて、通報を躊躇する結果、利用の促進が妨げられてしまう例が数多く見られます。
そのため、通報対象となる事実の範囲を明確化したうえで研修等によって周知することが重要となります。
利益相反関係の排除
なお、「利益相反関係の排除」との関係で、通報窓口での受付業務や調査業務を顧問弁護士に委託する場合には注意が必要となります。
通報窓口での受付業務や調査業務を顧問弁護士が兼務する場合には、 通報者およびその内容が会社に筒抜けになってしまうのではないかと懸念することにより、通報を躊躇してしまうおそれも指摘されます。
そのため、顧問弁護士に受付・調査業務を委託する場合であっても、 通報者の匿名性が確保されることのほか、外部窓口を担当する弁護士はあくまで通報内容を会社に伝えるだけであり中立性・公正性等が十分に確保されていることなどをしっかりと周知するなどして、通報窓口を通報者にとって安心して通報できる仕組みとすることが必要です。
また、通報窓口の受付業務または調査業務のいずれかを顧問弁護士以外の弁護士に委託することも検討する必要があると指摘されています。
通報者等の保護
通報に係る秘密保持の徹底
消費者庁の調査によれば、内部通報を行った従業員のうち約67.5%が匿名での通報を行っています(消費者庁「平成28年度 労働者における公益通報者保護制度に関する意識等のインターネット調査 報告書」16頁)。
通報者の所属・氏名等が職場に漏れてしまった場合、それ自体が通報者に対する重大な不利益になるとともに、従業員の内部通報制度に対する信頼性は損なわれ、企業が経営上のリスク情報を把握することが困難になるという事態に陥ります。そのため、通報者の秘密は厳重に守られる必要があります。
(1)顧問弁護士が外部窓口となる場合の対応
前記3−2のとおり、通報窓口での受付業務や調査業務を顧問弁護士が兼務する場合には、通報者およびその内容が会社に筒抜けになってしまう のではないかと懸念することにより、通報を躊躇してしまうおそれも指摘されます。
そのため、顧問弁護士に受付・調査業務を委託する場合であっても、 通報者の匿名性が確保されることのほか、外部窓口を担当する弁護士は あくまで通報内容を会社に伝えるだけであり中立性・公正性等が十分に確保されていることなどをしっかりと周知するなどして、通報窓口を通報者にとって安心して通報できる仕組みとすることが必要です。
また、通報窓口の受付業務または調査業務のいずれかを顧問弁護士以外の弁護士に委託することも検討する必要があると指摘されています。
(2)通報受付後の調査の注意点
通報受付後の調査にあたっては、通報者が特定されないように、ガイドラインではたとえば以下のような工夫が提案されています。
- 定期的な内部監査と合わせて調査を行う(通常の内部監査を装う)
- 対象部署・対象者以外にも調査を行う(ダミーの調査も行う)
- いきなり核心部分から調査を行うのではなく周辺部分から調査を開始する
- 組織全体を対象としたコンプライアンスの状況に関するアンケートを全ての従業員を対象に定期的に行う
解雇その他不利益な取扱いの禁止
(1)不利益な取扱いをした者に対するペナルティ
仮に通報者等の所属・氏名等が不本意に漏れてしまったような場合でも、通報者等に不利益な取り扱いがなされることは避けなければなりません。ガイドラインでは、内部通報を理由とした不利益な取扱いが許されないことを明記するとともに、仮に不利益な取扱いがなされてしまった場合には、不利益な取扱いをした者に対して懲戒処分等をもって望む必要があるとしています。このようなペナルティをもって臨むことで、内部通報制度に対する従業員の信頼を得ることが期待されています。
(2)自主的に通報を行った者に対する処分等の減免
また、ガイドラインは、より内部通報が行われやすくするための方策として、『不正の早期発見の具体的な方策と実務上のポイント』3-2で紹介した社内リニエンシー制度の導入を提案しています。
社内リニエンシー制度は、不正の発見段階だけではなく、不正を行った従業員から不正内容を聴取したり、不正に関わる証拠を提出させたりすることにつながるなど、不正の調査段階においても有用です。
評価・改善等
ガイドラインでは、内部通報制度を整備した後の運用面についても、通報等を理由とした不利益な取扱いが行われていないか等を確認したり、内部通報制度の整備・運用状況について中立・公正な第三者等を交えて評価・点検を定期的に実施したりする等、適切なフォローアップや評価・改善措置を講じる必要があるとしています。
第三者性の観点から、外部の弁護士にデューディリジェンス・リスク評価等のフォローアップや、評価・改善措置の検討を委託することもよく行われています。
内部通報制度に関する研修の実施
内部通報制度の整備にあたっては、以下のような書式を整えることが考えられます。
- 内部通報規程 ・内部通報対応マニュアル(窓口対応、受付後の体制、フォローアップ等)
- 内部通報手続フローチャート
- 内部通報対応Q&A
- 周知文書(通報の手続き、通報・相談対象、通報者の保護)
- 通報受付票
また、内部通報制度を設けるだけでは十分ではなく、制度を機能させるためには担当者に対する研修等を通じて実践的に機能させることも必要です。
内部通報対応マニュアルやフローチャートをもとに、具体的ケースを用いたシミュレーションをするほか、これをもとに内部通報規程の各条項の意味・趣旨を具体的にイメージすることにより十分な理解をしてもらうことが重要となります。
最後に
以上のとおり、ガイドラインには、内部通報制度を実効化させるために有益となる多くの具体的方策が盛り込まれています。
しかしながら、各企業においてガイドラインが示唆する方策のすべてを導入することは、必ずしも現実的ではない場合もあります。各企業としては、弁護士その他の第三者とも協議のうえで、自社の規模や業態、現在の内部通報制度の整備・運用状況等を踏まえて、自社にとって実現可能な範囲で適切な内部通報制度を整備・運用していくことになります。

牛島総合法律事務所
- コーポレート・M&A
- IT・情報セキュリティ
- 知的財産権・エンタメ
- 危機管理・内部統制
- 訴訟・争訟
- 不動産

牛島総合法律事務所