近時の不祥事ケースと危機管理・リスク予防
第4回 土壌汚染に関連する不祥事事案から考える、不正発覚後の対応・再発防止策策定のポイント
危機管理・内部統制
シリーズ一覧全16件
- 第1回 産業廃棄物の不法投棄事案から考える、不正の早期発見と調査のポイント
- 第2回 産業廃棄物の不法投棄事案から考える、不正発覚後の対応・再発防止策策定のポイント
- 第3回 土壌汚染に関連する不祥事事案から考える、不正の早期発見と調査のポイント
- 第4回 土壌汚染に関連する不祥事事案から考える、不正発覚後の対応・再発防止策策定のポイント
- 第5回 免震・制震製品のデータ偽装事案から考える、不正の早期発見と調査等のポイント
- 第6回 免震・制震製品のデータ偽装事案から考える、不正発覚後の対応・再発防止策策定のポイント
- 第7回 SNSによる不祥事事案から考える、不正発覚後の対応(初動対応・広報対応)のポイント
- 第8回 事例から考える、SNSによる不祥事を起こした従業員・役員への対応と予防のポイント
- 第9回 スポーツ界の不祥事事案から考える、スポーツ団体ガバナンスコードへの実務対応
- 第10回 建築基準法違反の設計・施工事案から考える、不正の早期発見と調査等のポイント
- 第11回 建築基準法違反の設計・施工事案から考える、不正発覚後の対応・再発防止策策定のポイント
- 第12回 海外子会社で発生した不祥事事案における不正発覚後の対応・再発防止策策定のポイント
- 第13回 不祥事予防に向けた取組事例集及びグループ・ガバナンス・システムに関する実務指針を踏まえた子会社買収後に留意すべきポイント
- 第14回 偽装請負の不正類型パターンと関連規制・罰則等のポイント(建設業、システムエンジニアリング等)
- 第15回 偽装請負の不正事案(建設業、システムエンジニアリング等)から考える、問題点と不正防止のポイント
- 第16回 スポーツ団体の不祥事事案から考える、行き過ぎた指導とパワハラの実務対応のポイント
目次
前回は、不動産・建設業界における具体的な不正・不祥事のうち、土壌汚染の不適切処理・届出義務違反・告知義務違反事案を題材にして、法的な問題の所在、不正の早期発見のポイント、不正発覚後の調査のポイントを解説しました。
今回は、前回同様にこれらの事案を題材にして、不正発覚後に対応方針をどのように決定するべきか、監督官庁・捜査機関への対応、不正の開示公表、不正行為者・責任役員に対する対応、および再発防止策検討のポイントについて解説します。
対応方針の決定
被害防止のための措置
不正を把握した場合、被害拡大を防ぐための措置をただちに講じることが重要となります。
特に、土壌汚染などの環境汚染が懸念される場合の対策措置には極めて多額の費用がかかる場合があります。
たとえば、近時、物流ターミナル用地の売買取引に際して土壌中からアスベストが発見されて問題となったケースで、裁判所において、土壌の処分費用等による損害賠償として約59億円が認められた例があります(東京高裁平成30年6月28日判決)。また、新生鮮市場用地の売買取引に際して、環境基準の4万倍を超えるベンゼンやヒ素などの有害物質が発見されたケースで、売主が土壌汚染対策費(最終的に762億円)のうち78億円を負担することで和解が成立したことが報道されています。
なお、不動産売買取引においてこのような責任を免れるための責任制限特約の有効性については、『土壌汚染等に関する瑕疵担保責任を制限する特約の効力が否定される場合があるか』も参照してください。
不正により被害を受けた者(取引先、建物居住者、周辺住民)への補償
産業廃棄物の不法投棄事案と同様、不正により被害を受けた者がいる場合には、上記対策措置費用のほかその被害に対して補償や損害賠償を行う必要が生じます。経済的な被害の回復費用にとどまらず、いわゆる慰謝料や見舞金を支払うケースも多く、極めて多額に及ぶことも少なくありません。
たとえば、土壌汚染が検出された事実を告知せずに地上マンションを分譲したケースで、当該分譲マンションの継続居住希望者には購入価格の25%、売却希望者には買取価格に加えてその10%を支払うことにより補償金合計額が75億円程度にも及んだ例があります。
その他の対応方針の決定
その他、以下の対応について検討することが必要となります。
- 監督官庁への対応
- 捜査機関への対応
- 株主への対応
- 取引先への対応
- 不正の開示公表・広報対応(マスコミへの対応)
- 不正行為者・責任者・責任役員への対応
以下において、いくつかのポイントについて説明します。
監督官庁による行政処分等
監督官庁において不正を把握した場合、所管官庁の大臣、都道府県知事、市町村長から、様々な行政処分・行政指導等がなされる可能性があります。また、監督官庁への報告が義務づけられる場合があることにも留意する必要があります。
なお、廃棄物処理法における行政処分の内容については、本連載の第2回『産業廃棄物の不法投棄事案から考える、不正発覚後の対応・再発防止策策定のポイント』を参照してください。
土壌汚染対策法における行政処分等、宅地建物取引業法における行政処分等は下記のとおりです。
土壌汚染対策法における行政処分等
行政処分等 | 根拠条文 |
---|---|
報告命令 | 土壌汚染対策法54条1項 |
立入検査 | 土壌汚染対策法54条1項 |
宅地建物取引業法における行政処分等
行政処分等 | 根拠条文 |
---|---|
指示 | 宅地建物取引業法65条1項 |
業務停止命令 | 宅地建物取引業法65条2項 |
免許の取り消し | 宅地建物取引業法66条 |
認可の取消し | 宅地建物取引業法67条の2 |
指導、助言および勧告 | 宅地建物取引業法71条 |
報告命令 | 宅地建物取引業法72条 |
立入検査 | 宅地建物取引業法72条 |
たとえば、土壌汚染が検出された事実を告知せずに地上マンションを分譲したケースで、国土交通省と東京都が違反事業者に対して最大2週間の業務停止処分を命じた例があります。
そのため、企業としては、監督官庁に対して適宜報告を行ない、自主的に対策措置や補償を行なうことを検討することが必要になります。
また、同様に自治体や第三者から刑事告発がなされるケースも多いことから、捜査機関に対する対応も必要となります。
不正の開示公表・広報対応のポイント
不正の公表の有無の検討
上場企業の場合、金融商品取引法に基づく開示や、証券取引所の規則に基づく適時開示が求められる場合があります。
また、本連載の第3回『事業会社による土壌汚染の不適切処理事案から考える、不正の早期発見と調査のポイント』のとおり、土壌汚染対策法に基づく調査の結果、汚染(基準不適合)が判明し「要措置区域」「形質変更時要届出区域」の区域指定、公示がなされることがあります。
それ以外の場合で任意での開示・公表を実施するか否かは、当該不正により第三者への被害が発生・拡大するおそれの有無や、当該不祥事に関する事実が企業への評価に与える影響の有無等を考慮して開示・公表の要否を検討します。
下記の場合には開示・公表する必要が出てきます。特に、土壌汚染が発覚した場合には、自治体に報告のうえで、その影響に応じて周辺住民等にも開示するのが望ましいという考え方が一般的であるとされています。
- 第三者の生命・身体への影響が懸念される場合(建物の安全性や環境の安全性に関係する不正、またこれらに関するデータ偽装のケースなど)
- 被害の拡大が懸念される場合(不正に関する製品・物件、データ偽装された製品が広く流通しており、被害が拡大する可能性がある場合など)
- 世間の関心を集め、社会的注目度が高いような場合
この点については、本連載の第2回『産業廃棄物の不法投棄事案から考える、不正発覚後の対応・再発防止策策定のポイント』も参考としてください。
住民説明会の実施
土壌汚染が発覚した場合、周辺の住民に対する住民説明会を実施し、土壌汚染による健康リスクの程度や調査結果の概要、今後の対策等について説明する例が見られます。
その際、事前に自治体や外部の専門家(弁護士、土壌汚染・環境リスクの専門家、コンサルタント等)と協議を行いながら、説明会の準備を進めることが望ましいと思われます。自治体の担当者には、中立的な立場として住民説明会に出席してもらうことも考えられます。
具体的な進め方については、以下のような各ガイドラインも参考になります。
住民説明会での対応がまずかったことにより問題がより深刻化する場合もありますので注意が必要です。
- 公益財団法人 日本環境協会『事業者が行う 土壌汚染リスクコミュニケーション のためのガイドライン』
- 環境省資料『リスクコミュニケーションの事例について~リスクコミュニケーションに関するガイドラインの概要~』
開示公表する内容のポイント
土壌汚染の有害物質が拡散するおそれがある場合などには早期に開示公表することが求められる場合があります。
廃棄物の不法投棄の事案と同様、不正を把握して間もない段階など、判明している事実が限られている中、緊急性の高い開示・公表を行う場合、最低限の情報を開示・公表することで対応せざるをえないこともありえます。
たとえば、土壌汚染が検出された事実を告知せずに地上マンションを売却したケースでは、対応に迅速性を欠き、後手に回ったことで企業の信用をさらに傷つけた旨が指摘されています。
また、同社は当初、宅地建物取引業法違反にあたらないと考えている趣旨の見解を公表していましたが、後にこれを撤回したことからさらに企業の信用を傷つけてしまったと指摘されています。
このように、どのタイミングでどのような内容を開示公表するかについては慎重に検討することが必要です。そのため、公表内容について事前に弁護士等のチェックを受ける例も多くみられます。
不正行為者・責任者・責任役員に対する対応のポイント
不正を行った者等に対する刑事告訴・告発、責任役員に対する民事責任の追及(賠償請求)、懲戒処分等については、本連載の第2回『産業廃棄物の不法投棄事案から考える、不正発覚後の対応・再発防止策策定のポイント』を参照してください。
刑事告訴・告発に関しては、たとえば、土壌汚染に関して必要な届け出を怠って土地の開発を行ったケースで、市民から土壌汚染対策法違反で刑事告発がなされた例があります(後に不起訴処分)。
土壌汚染が検出された事実を告知せずに地上マンションを分譲したケースでは、宅地建物取引法違反で、同社代表者らや企業について検察官送致がなされた例もあります(後に起訴猶予処分)。
また、責任が認められた役員の人事に関しては、たとえば、土壌汚染が検出された事実を告知せずに地上マンションを売却したケースで、代表役員が辞任したうえ、全取締役の減俸(10%の減俸・6か月分)、全監査役の報酬辞退(10%を辞退・6か月間分)がなされた例があります。
再発防止策検討のポイント
再発防止策検討のポイント(総論)
再発防止策を策定するうえで重要なのは、廃棄物の不法投棄の事案と同様、発覚した不正に関する表面的・直接的な事実関係だけではなく、不正の行われた原因・背景の分析まで行う必要があるということです。特に、不正が大規模で組織的な場合や、経営陣や管理職の関与が大きい場合には、不正が行われるに至った背景として、当該企業のガバナンス、コンプライアンス、内部統制上の問題、企業風土等についても調査分析する必要があります。
また、再発防止策の策定にあたっても、上記分析を踏まえて、実効的な対策を策定することが必要となります。
再発防止策の検討に際しては、他社が公表している同種不祥事における調査報告書や再発防止策の内容も参考にすることが考えられます。
土壌汚染の不適切処理事案における不正発生の原因分析・再発防止策の策定のポイント
土壌汚染の不適切処理が行われた実際のケースでは、不正発生の原因分析・再発防止策について、同社が設置した特別委員会において、以下のような指摘がなされています。
なお、以下は重要なポイントと思われる点のうちの何点かのみを取り上げるものであり、不正発生の原因分析・再発防止策を網羅的に紹介したものではないことにご留意ください。
(1)行動憲章の精神に沿った行動がなされていなかった(原因分析①)
- 経営理念・行動憲章等が抽象的であるために、日常の業務との関係やその重要性が理解されず、根付いていない。
- 経営理念、企業行動憲章、行動規範等が、時間の経過とともに形骸化してしまう。
これに対しては、通常、以下のような再発防止策が検討されます。
- 明確で具体的な行動規範を策定する
- コンプライアンス重視のメッセージを継続的に発信・周知徹底する
- 行動憲章等の理解度を測るためのアンケートやテストを実施する
(2)ガイドラインが明確となっていなかった(原因分析②)
- 社内規程・マニュアル等の不備により、これらが十分に機能しなかった。
社内規程・マニュアル等の不備の例として、以下のような点があげられています。
- 重要なポイントが欠落
- 不明確・具体性がない
- 内容が重複、相互矛盾
- 過度に詳細・複雑
- ルールが過度に硬直・非柔軟
- 現場の実態からの乖離、最新の規制・法令等からの乖離
土壌汚染が検出された事実を告知せずに地上マンションを売却したケースでは、社内のマニュアル等において、重要事項として物件の特殊事情をどこまで説明すべきかが明確となっていなかったことが指摘されています。
これに対しては、通常、以下のような再発防止策が検討されます。
- 社内規定・マニュアル等の見直し・整備・実効性の確保
近時、環境法令をはじめとして関係法令やガイドライン、業界指針がめまぐるしく改定されておりますが、適切なアップデートがなされないと、少し前までは問題がなかった(=適法出会った)にもかかわらず、法令違反とされてしまうことがありますので、社内規程・マニュアル等の改訂を適時に行うとともに、併せて、教育・研修内容も修正・改訂していくことが必要不可欠です。特に、環境管理の分野においては、要求される水準が刻々と向上しているため、適宜の見直しが重要となります(日本取引所自主規制法人の『上場会社における不祥事予防のプリンシプル』(2018年3月30日)原則1 解説1-2参照)。
ここで、重要なのは、現場の意見を募集するなどして、社内規定・マニュアル等に適切に反映させることです。
また、社内研修等の機会に、アンケートやテストを実施することによって、社内規程・マニュアル等の理解度を測ることも考えられます。
(3)リスクマネジメント体制・不正対応体制が十分ではなかった(原因分析③)
- リスクマネジメント体制・不正に対応する体制が不十分で、問題発覚後に迅速、適切な対応をとることができず問題が拡大してしまった。
これに対しては、通常、以下のような再発防止策が検討されます。
- 不正発生時に実効的に機能する常設の調査担当部門の設置
- 危機発生時の実効的な対応方針マニュアルの策定
対応方針マニュアルについては、実際の場面で機能するように、具体的に想定される事態を意識した実践的なものとする必要があります。
(4)関係部門間で必要な情報共有が行われなかった(原因分析④)
- 各部門間の閉鎖的な関係・人事の固定化が長期間継続しているため、関係部門間で必要な情報共有が行われなかった。
特に、不動産再開発などのプロジェクトは、長期間かつ広い範囲で行われるため、関係者の人数も多く、またプロジェクトの期間中に人事異動等により担当者が交替するケースも多いことから、必要な情報共有が不十分となるリスクは高くなります。
これに対しては、通常、以下のような再発防止策が検討されます。
- 重要情報の管理・取扱いの責任者を明確にする
- 部門間における重要情報の共有体制・フローを明確にする
- 複数の者が関与・チェックできる体制を構築する
その他の不正発生の原因分析・再発防止策の策定のポイントについては、本連載の第2回『産業廃棄物の不法投棄事案から考える、不正発覚後の対応・再発防止策策定のポイント』を参照してください。
おわりに
以上、本稿においては、2回にわたり、事業会社による土壌汚染の不適切処理について、どのような問題が生じうるのか、不正発覚後どのような対応をする必要があるのか、不正の予防としてどのような方策があり得るのか等を解説しました。
シリーズ一覧全16件
- 第1回 産業廃棄物の不法投棄事案から考える、不正の早期発見と調査のポイント
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- 第3回 土壌汚染に関連する不祥事事案から考える、不正の早期発見と調査のポイント
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- 第6回 免震・制震製品のデータ偽装事案から考える、不正発覚後の対応・再発防止策策定のポイント
- 第7回 SNSによる不祥事事案から考える、不正発覚後の対応(初動対応・広報対応)のポイント
- 第8回 事例から考える、SNSによる不祥事を起こした従業員・役員への対応と予防のポイント
- 第9回 スポーツ界の不祥事事案から考える、スポーツ団体ガバナンスコードへの実務対応
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