近時の不祥事ケースと危機管理・リスク予防
第10回 建築基準法違反の設計・施工事案から考える、不正の早期発見と調査等のポイント
危機管理・内部統制
シリーズ一覧全16件
- 第1回 産業廃棄物の不法投棄事案から考える、不正の早期発見と調査のポイント
- 第2回 産業廃棄物の不法投棄事案から考える、不正発覚後の対応・再発防止策策定のポイント
- 第3回 土壌汚染に関連する不祥事事案から考える、不正の早期発見と調査のポイント
- 第4回 土壌汚染に関連する不祥事事案から考える、不正発覚後の対応・再発防止策策定のポイント
- 第5回 免震・制震製品のデータ偽装事案から考える、不正の早期発見と調査等のポイント
- 第6回 免震・制震製品のデータ偽装事案から考える、不正発覚後の対応・再発防止策策定のポイント
- 第7回 SNSによる不祥事事案から考える、不正発覚後の対応(初動対応・広報対応)のポイント
- 第8回 事例から考える、SNSによる不祥事を起こした従業員・役員への対応と予防のポイント
- 第9回 スポーツ界の不祥事事案から考える、スポーツ団体ガバナンスコードへの実務対応
- 第10回 建築基準法違反の設計・施工事案から考える、不正の早期発見と調査等のポイント
- 第11回 建築基準法違反の設計・施工事案から考える、不正発覚後の対応・再発防止策策定のポイント
- 第12回 海外子会社で発生した不祥事事案における不正発覚後の対応・再発防止策策定のポイント
- 第13回 不祥事予防に向けた取組事例集及びグループ・ガバナンス・システムに関する実務指針を踏まえた子会社買収後に留意すべきポイント
- 第14回 偽装請負の不正類型パターンと関連規制・罰則等のポイント(建設業、システムエンジニアリング等)
- 第15回 偽装請負の不正事案(建設業、システムエンジニアリング等)から考える、問題点と不正防止のポイント
- 第16回 スポーツ団体の不祥事事案から考える、行き過ぎた指導とパワハラの実務対応のポイント
目次
はじめに
これまでの連載に引き続き、近時見られる不正・不祥事の一類型について、生じうる問題、事後対応、再発防止のための方策等を解説していきます。
本稿では、建築基準法違反の設計・施工がなされた不祥事事案に関する実務対応のポイントを2回にわけて解説します。
なお、本稿は特定の具体的な事案を紹介するものではなく、近時見られる複数の事案をもとに抽象化してその問題点等を紹介するものであること、またすべての問題を網羅的に取り上げるものではないことにご留意ください。
また、危機管理・リスク予防のための内部通報制度の実務対応については、以下も参照してください。
また、不正・不祥事発生後における株主対応、役職員に対する責任追及と処分のポイントについては、以下も参照してください。
具体的な不正類型の検討(建築基準法違反)
実務上見られる不正の対応(想定事例の概要)
ここでは、主に、大規模建築物(商業ビルや共同住宅)の基礎杭が支持地盤にまで到達しておらず建物が傾斜したケース、共同住宅の天井裏に界壁(※)を施工しておらず耐火性能が十分でなかったケース、賃貸共同住宅の主要構造部が耐火性能を有していなかったケース等を想定しています。
※界壁とは、共同住宅の各住戸間の遮音性能を有する壁をいいます。
問題となる主な法令・法的な問題点
(1)大規模建築物の基礎に関する建築基準法上の義務
建築物の基礎は、建築物に作用する荷重または外力(※強い風や地震の際の揺れなど)を安全に地盤に伝え、かつ、地盤の沈下または変形に対して構造耐力上安全なものとしなければならないとされています(建築基準法施行令38条1項)。
また、一定の規模の建築物の場合には、基礎の底部(基礎杭を使用する場合にあっては当該基礎杭の先端)を良好な地盤に達することとしなければならないとされています(建築基準法施行令38条3項)。
※建築物が軟らかい地盤の上にある場合、建築物の自重等で地盤が沈んだり建物が傾いてしまうことがあるため、建物の基礎杭を固い地盤まで到達させることにより建築物の自重を支える役割があります。
(2)界壁に関する建築基準法上の義務
共同住宅の各戸の界壁は、準耐火構造とし、天井裏に達するように設置することが求められます(建築基準法30条、建築基準法施行令114条1項)。
(3)主要構造部の耐火性能に関する建築基準法上の義務
建築物の主要構造部(柱や梁など)は、耐火性能・準耐火性能を有することが求められます(建築基準法27条、62条)。
建築基準法27条に違反した場合、建築物の設計者等は、3年以下の懲役または300万円以下の罰金に処されます(建築基準法98条1項2号)。
不正の早期発見のポイント(発覚の端緒)
不正が発覚する端緒としては、大きく分けると下記の点などがあります。
- 不正行為者自身の申告によるケース
- 社内の内部通報によるケース(内部通報制度の利用による場合も含む)
- 企業外部から発覚するケース(取引先や消費者等からの指摘・クレーム、捜査機関や監督官庁からの照会・調査、マスコミ報道等)
上記③のように、不祥事が外部から発覚した場合、必要な調査、マスコミ対応、再発防止策の策定等すべてについて後手に回らざるを得ないこととなってしまいます。
これらの点については、下記も参照してください。
建築基準法違反の設計・施工がなされた不祥事事案では、物件の住人や管理組合からの通報により問題が発覚することが多いと思われます。
もっとも、インターネット掲示板における匿名の書き込みから問題が発覚した例や、内部通報によって発覚した例もあります。
内部通報制度をより実効的にするための方策については、以下も参照してください。
不正発覚後の調査のポイント
不正調査においては、以下の事項をできる限り網羅的に把握するための調査が実施されることがポイントとなります。
- 不正に関する事実関係
- いつから行われていたのか(時期的広がり)
- 誰が関与しているか(組織的な広がり、上層部の関与)
- 不正の原因
- 不正の動機・背景
- 不正が可能となった原因
- その他の内部統制上の問題点、企業風土等
- 法令上の責任・問題点
- 刑事責任の有無
- 民事責任の有無
- 行政上の責任(許認可を含む)の有無
- 発覚した件以外に他に同様の被害はないか(不正行為の広がり)
不正発覚後の調査のポイント(不正調査の実施体制、不正調査の調査手法、調査内容のポイント等)については、以下を参照してください。
たとえば、建築基準法違反の設計・施工がなされた不祥事事案において、以下のような調査委員会を設置した例があります。
- 副社長・法務コンプライアンス担当による社内調査と、会社と利害関係がない弁護士を委員とする社外調査を実施した例
- 会社と利害関係がない弁護士3名を委員とする社外調査委員会を組織した例
- 社外監査役・弁護士2名を委員とする外部調査委員会を組織した例
建築基準法違反の設計・施工がなされた不祥事事案では、発覚した件以外に他に同様の被害はないかの調査(全件調査:上記④)が重要となります。建築基準法違反の設計・施工は、建物居住者等の生命、身体の安全に関わる可能性もあるため、他の物件についても調査を行い、他の物件には建築基準法違反はなく安全であるということを説明する必要があるのです。
たとえば、建築基準法違反の設計・施工がなされた不祥事事案で、建築基準法違反であることを指摘するクレーム等が複数なされていたにもかかわらず、個別の物件の施工不良にすぎないとの理解で場当たり的な対応に終始してしまった結果、後に大規模な建築基準法違反が発覚したという例があります。
対応方針の決定
被害防止のための措置
不正を把握したときは、被害拡大を防ぐための措置をただちに講じることが重要となります。
建築基準法違反の設計・施工を認識した場合、建物居住者等の生命身体の安全に関わる可能性もあるため、ただちに補修工事を実施し、入居者の募集停止等の措置をとる必要があります。
不正を認識しながら対応が遅れたことにより居住者等に実際に危険が生じてしまったような場合、さらなる被害の拡大やそれに伴う重大な信用の毀損を招くことになります。
不正により被害を受けた者(建物居住者)への補償
建築基準法違反の設計・施工がなされた不祥事事案では、問題の物件が大規模な建築物である場合や、補修対象となる物件が多数に及ぶ場合には、補修工事にきわめて多額の費用がかかる場合があります。特に、問題となる箇所の補修にとどまらず、建て替えを実施する場合など、その費用が数百億円に及ぶ例もあります。
また、上記補修対策費用等のほかに、補修工事期間中の仮住まい費用や慰謝料を支払うケースも多くみられます。
たとえば、建物の建替え費用約300億円に加え、慰謝料として全戸一律300万円等の多額の費用が生じた例があります。
監督官庁に対する対応のポイント
監督官庁が不正を把握した場合には、所管官庁の大臣、都道府県知事、市町村長から、様々な行政処分・行政指導等がなされる可能性があります。また、監督官庁への報告が義務づけられる場合があることにも留意する必要があります。
法令が定める行政処分等
建築基準法における行政処分等、建設業法における行政処分等は下記のとおりです。
(1)建築基準法における行政処分等
行政処分の種類 | 概要 | 根拠条文 |
---|---|---|
是正命令等 | 建築基準法令の規定等に違反した建築物等について、工事の施工の停止を命じ、または、相当の猶予期限を設けて、当該建築物の除却、移転、改築、増築、修繕、模様替、使用禁止、使用制限その他これらの規定または条件に対する違反を是正するために必要な措置をとることを命令 | 建築基準法9条 |
報告徴求・検査等 | 建築物の敷地、構造等に関する報告もしくは帳簿、書類その他の物件の提出を求め、または職員において、建築物等に立ち入り、建築物等の検査等を実施 | 建築基準法15条の2 |
(2)建設業法における行政処分等
行政処分の種類 | 概要 | 根拠条文 |
---|---|---|
指示処分 | 建設業者が建設工事を適切に施工しなかったために公衆に危害を及ぼしたとき、建設業者が請負契約に関し不誠実な行為をしたとき等に、必要な指示 | 建設業法28条1項 |
営業停止命令 | 建設業者が建設工事を適切に施工しなかったために公衆に危害を及ぼしたとき、建設業者が請負契約に関し不誠実な行為をしたとき等に、営業の全部または一部の停止を命令 | 建設業法28条3項 |
たとえば、建築基準法違反の設計・施工がなされた不祥事事案で、国土交通省が、建築請負業者に対し、違反・処分内容の役職員への周知徹底を実施し、その実施内容を文書で報告することを命じた(指示処分)例があります。
また、同事案においては、建築請負業者が15日間の営業停止命令を受けています。
その他の措置
(1)入札の指名停止
地方公共団体によっては、建築基準法や建設業法違反により、入札の指名停止がなされる場合もあります。
たとえば、建築基準法違反の設計・施工がなされた不祥事事案で、建築請負業者が1か月間の指名停止処分を受けた例があります。
(2)行政指導等
その他、是正勧告などの行政指導がなされる場合もあります。
シリーズ一覧全16件
- 第1回 産業廃棄物の不法投棄事案から考える、不正の早期発見と調査のポイント
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