近時の不祥事ケースと危機管理・リスク予防
第8回 事例から考える、SNSによる不祥事を起こした従業員・役員への対応と予防のポイント
危機管理・内部統制
シリーズ一覧全16件
- 第1回 産業廃棄物の不法投棄事案から考える、不正の早期発見と調査のポイント
- 第2回 産業廃棄物の不法投棄事案から考える、不正発覚後の対応・再発防止策策定のポイント
- 第3回 土壌汚染に関連する不祥事事案から考える、不正の早期発見と調査のポイント
- 第4回 土壌汚染に関連する不祥事事案から考える、不正発覚後の対応・再発防止策策定のポイント
- 第5回 免震・制震製品のデータ偽装事案から考える、不正の早期発見と調査等のポイント
- 第6回 免震・制震製品のデータ偽装事案から考える、不正発覚後の対応・再発防止策策定のポイント
- 第7回 SNSによる不祥事事案から考える、不正発覚後の対応(初動対応・広報対応)のポイント
- 第8回 事例から考える、SNSによる不祥事を起こした従業員・役員への対応と予防のポイント
- 第9回 スポーツ界の不祥事事案から考える、スポーツ団体ガバナンスコードへの実務対応
- 第10回 建築基準法違反の設計・施工事案から考える、不正の早期発見と調査等のポイント
- 第11回 建築基準法違反の設計・施工事案から考える、不正発覚後の対応・再発防止策策定のポイント
- 第12回 海外子会社で発生した不祥事事案における不正発覚後の対応・再発防止策策定のポイント
- 第13回 不祥事予防に向けた取組事例集及びグループ・ガバナンス・システムに関する実務指針を踏まえた子会社買収後に留意すべきポイント
- 第14回 偽装請負の不正類型パターンと関連規制・罰則等のポイント(建設業、システムエンジニアリング等)
- 第15回 偽装請負の不正事案(建設業、システムエンジニアリング等)から考える、問題点と不正防止のポイント
- 第16回 スポーツ団体の不祥事事案から考える、行き過ぎた指導とパワハラの実務対応のポイント
目次
はじめに
前回は、SNSを含むソーシャルメディアの投稿による不祥事事案(不動産仲介会社の従業員が、来店した芸能人夫婦の実名および紹介した物件の賃料をTwitterに投稿して炎上した例など)を題材にして、初動対応(投稿の削除など)、不祥事の開示公表・広報対応のポイントを解説しました。
今回は、前回同様にこれらの事案を題材にして、不祥事を起こした従業員・責任役員に対する対応、および今後の不祥事を予防するためのポイントについて解説します。
不祥事を起こした従業員・責任のある役員に対する対応のポイント
不祥事を起こした従業員に対する対応
(1)人事処分(懲戒処分)の検討
① 懲戒処分を行うために必要な条件(就業規則の規程)
従業員個人のSNS等のアカウントを用いて行う投稿については、基本的には私生活上の行為であるため、原則として懲戒処分を科すことはできませんが、当該企業の事業に関連する投稿や企業の社会的評価を低下させる投稿に対しては懲戒処分を科すことが可能な場合もあります。
労働契約法では、「使用者が労働者を懲戒することができる場合において、当該懲戒が、当該懲戒に係る労働者の行為の性質及び態様その他の事情に照らして、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められない場合は、その権利を濫用したものとして、当該懲戒は、無効とする」(労働契約法15条)とされています。
そのため、懲戒処分を行うには、「使用者が労働者を懲戒することができる場合」(懲戒事由が存在する場合)でなければならず、就業規則に懲戒事由等が規定されており、その内容が従業員に周知されていることが必要です。
就業規則での規定が求められる内容については、後記3-2で説明します。
また、就業規則に規定がある場合であっても、「当該懲戒が、当該懲戒に係る労働者の行為の性質及び態様その他の事情に照らして、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当である」といえない場合には、懲戒処分は無効となります。
一般的に、懲戒処分の内容を決定する際には、動機・態様・程度、会社に与えた損害の程度(信用の毀損、実損害、業務への支障)、被害弁償の有無、他の従業員や社会に与える影響、反省や謝罪の程度、社内での地位・立場、過去の処分歴、過去の同種事案での処分とのバランスなどが考慮されます。これに加えて、SNS等の利用に関する社内規定が整備されているか、研修等の教育が行われていたかといった点も考慮されると指摘されています。
また、懲戒処分が有効とされるためには、処分者に対して弁明の機会を与えたか否か(適正手続)などについても考慮されます。
なお、再発防止・従業員の規範意識の向上・企業の秩序維持を目的として、懲戒処分の対象となった行為の内容および処分内容を社内に公表することは許されると思われます。
②SNS等での不適切な投稿を理由とする懲戒処分
判例においては、「不名誉な行為をして会社の体面を著しく汚した」として私生活上の行為を理由とした懲戒処分が有効であるためには、「行為の性質、情状のほか、会社の事業の種類・態様・規模、会社の経済界に占める地位、経営方針及びその従業員の会社における地位・職種等諸般の事情から総合的に判断して、右行為により会社の社会的評価に及ぼす悪影響が相当重大であると客観的に評価される場合でなければならない」とされています(最高裁昭和49年3月15日判決・民集28巻2号265頁)。
私生活上の行為(SNSやブログ等への投稿)であっても、投稿内容が会社の業務内容に関し、投稿内容が悪質であり、会社の信用・社会的評価を大きく低下させてしまうような場合には、懲戒処分が有効になることが多いと考えられます(なお、東京高裁平成14年9月24日判決・労働判例844号87頁も参照)。
(2)民事責任追及(損害賠償請求)の検討
会社としては、不祥事を起こした従業員に対して、会社が被った損害の賠償を請求することが考えられます。
請求する賠償費目としては、具体的には、会社が支出を余儀なくされた実費用のほか、休業期間中の営業損害、営業再開後の売上減少による逸失利益などについても損害賠償を請求することも考えられます。もっとも、その他企業が被ったすべての損害を当該従業員に請求できるとは限らず、一定の限度でのみ認められる場合があることにも注意が必要です。
なお、従業員に対する損害賠償請求は、役員に対する損害賠償請求に比して、その資力に照らしても現実的ではない場合も多く、損害賠償請求をするか否か、どの範囲でするかについて、会社に裁量が認められると考えられています。
(3)刑事責任追及(刑事告訴・告発)の検討
不祥事を起こした従業員に刑事責任があると認められる場合には、会社としては、刑事告訴・告発も検討することになります。刑事告訴・告発すべきか否かは、弁護士とも相談のうえで慎重な検討が必要です。
従業員が不適切なSNS等への投稿を行ったようなケースでは、これにより会社の社会的信用が低下し、また会社の業務もままならなくなることなどから、信用棄損罪(刑法233条)や業務妨害罪(同234条)等を前提に刑事告訴を行うことが考えられます。
フランチャイズのコンビニエンスストアの冷凍庫内で寝転ぶ様子を撮影し、Twitterに投稿したケースでは、当該撮影を行った男子高校生3人が、威力業務妨害罪の疑いで書類送検されたことが報道されています。
責任のある役員に対する対応のポイント
従業員がSNS等で不適切な投稿をしたようなケースで、これによって当該企業または第三者に損害が生じた場合、当該従業員や企業のみならず、役員も、従業員を適切に監視・監督(また適切な管理体制の整備・運用)を行わなかったことが善管注意義務違反(任務懈怠)にあたるとして、株主から株主代表訴訟を提起されることもあり得ます(会社法423条)。
役員としては、自らがその責任を問われるリスクを避けるという意味でも、後記3で説明するような不祥事を予防するための体制を構築し、適切に機能させることが重要です。
責任のある役員に対する対応のポイントについては、以下も参照してください。
今後の不祥事を予防するためのポイント
従業員のSNS等への投稿による不祥事を防止するため、企業としては、以下のような対応の検討が必要不可欠となります。
従業員個人のSNS等のアカウントを用いて行う投稿については、基本的には私生活上の行為ですが、企業運営・企業秩序に悪影響を与えるような行為について、一定の制限・規制をすることは否定されません。
また、不祥事が起こってしまった場合の再発防止策の策定にあたっても、同様に、実効的な対策を策定するべきです。なお、再発防止策の検討に際しては、他社が公表している同種不祥事における調査報告書や再発防止策の内容も参考にすることが考えられます。
従業員によるSNS等への投稿による不祥事に対しては、通常、以下のような方策が検討されます。
誓約書の取得
従業員の入社時に、SNS等の利用に関する誓約書を取得することが考えられます。この場合、新たな誓約書を用意するか、従前利用している誓約書に追記します。
誓約書としての目的を達成するために必要かつ十分な内容でなければ意味がない一方で、従業員のSNS等の利用について過度の制約をすることにも注意しなければなりません。そのため、誓約書の内容や表現については、弁護士等に確認するなどして作成をするべきといえます。
誓約書に記載する内容としては、一般に、以下の項目が見受けられます。
- 業務時間中・貸与パソコンや携帯電話を使用したSNS等の利用の制限
- SNS等での投稿内容に関する事項
- 社内情報・顧客情報の取扱い
- トラブル発生時の報告義務・調査協力
- 不適切な投稿をした場合の投稿削除、懲戒処分、損害賠償
- 社内規定(ガイドライン等)の遵守
なお、会社に所属していない派遣社員については、派遣元企業に同様の対応をとってもらうなどの調整が必要となることに注意するべきです。
就業規則の改定
上記 2−1で説明したとおり、懲戒処分を行うには、就業規則に懲戒事由等が規定されており、その内容が従業員に周知されていることが必要となります。
一般的な就業規則には、「会社の信用や名誉を失墜させるような言動をしてはならない」といった趣旨の規定が多いため、従業員がSNS等を利用して不適切な投稿を行った場合には、かかる規定により懲戒処分をすることも考えられます。
もっとも、規程の内容によっては、抽象的に過ぎ、就業規則において規定するべき「懲戒事由や、懲戒の種類・程度」として不十分であると判断される可能性も否定できません。
そのため、最近では、就業規則に、SNS等を利用して不適切な投稿を行った場合を想定した規定(たとえば、「従業員は、SNS等を利用して●●の情報を発信してはならず、これに該当する事実が認められた場合は、◯条に基づき懲戒処分を行う」など)を設ける例がみられます。
ガイドライン・ポリシーの整備
就業規則に加えて、近時は、多くの企業でいわゆる「SNS(ソーシャルメディア)ガイドライン」が策定されています。
もっとも、就業規則と異なり、従業員が守るべきルール・目標または当該企業の理念・心構えとして作成されるものであるため強制力があるわけではなく、あくまで指針にとどまります。
このようなガイドラインの存在は、社内に対する一定の教育・啓蒙の効果があるほか、懲戒処分の有効性や損害賠償として認められる損害費目にも関わりうるため、その意味でも重要となります。
ガイドラインの内容としては、上記 3-1で記載した誓約書の内容のほか、ガイドラインの目的、会社としての基本姿勢、適用対象が全従業員・関係者であること、SNS等の特性・留意点、違反した場合の処分・賠償責任等、相談窓口の設置等を規定する例が見られます。
実効性のある社内研修の実施
上記3-2、3-3の各やガイドライン等を充実させることが重要ではあるものの、SNS等の利用を全面的に禁止することはできない以上、それだけでは不祥事を完全になくすことはできません。
これらと合わせて重要なのは、実効的な社内教育を行うことです。
実効性のある研修内容としては、社内規定(就業規則やガイドライン等)の内容の解説を行うとともに、以下のポイントを強調することが重要です。
- 具体的な事例とそれによって会社および当該従業員が受けた具体的な不利益
- 個人的な意見の投稿であっても、会社の信用にも悪影響を与える可能性があること
- 投稿は短時間のうちに世界中に拡散され、すべて削除することが困難であること
- 匿名の投稿であっても、個人情報(本名や住居)が特定され晒されることがあること
- 民事上の損害賠償責任を負う場合があること(想定される損害)、刑事責任を負う場合があること、就業規則に規定される懲戒事由にあたる場合があること
SNS等の炎上によって投稿者がいかに厳しい立場に追い込まれたかということを、具体的事例をもって教育することがきわめて重要です。
また、社内教育は、一方的な研修講義だけではなく、勉強会やケーススタディなどの実践的な内容とすることが重要です。研修も、一度実施すればよいというものではないことはもちろん、定期的な社内研修や、理解度を測るためのアンケート等を行うなどのフォローアップも必要となってきます。
さらに、正社員と比してアルバイト・パート従業員や派遣社員については、会社への帰属意識が低い場合があり、しっかりとした研修を行うべきであるとされています。
その他の社内体制の整備
その他、従業員によるSNS等の投稿による不祥事を防止するための社内体制、不祥事が発生した場合の社内体制としてあげられるのは、以下のようなものです。
- 危機管理対応フローの策定、相談・通報窓口(ホットライン)の設置
- 危機管理対応フロー・マニュアルの策定(最も重要な初動対応を具体的に規定)
- 対応を依頼する外部専門家(弁護士も含む)の選定
- 監視ツール(アラート)導入、業務用パソコンのモニタリングの検討
①に関し、内部通報制度の実践的な見直しのポイントについては、以下も参照してください。
④に関し、監視の目的、手段・態様と従業員の不利益を比較考慮して、社会通念上相当な範囲を逸脱したような監視についてはプライバシー権の侵害等になる可能性があることには留意すべきです。
おわりに
以上、本稿においては、SNS等の投稿による不祥事について、どのような問題が生じうるのか、不祥事発覚後どのような対応をする必要があるのか、不祥事の予防としてどのような方策があり得るのか等を解説しました。
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