近時の不祥事ケースと危機管理・リスク予防
第15回 偽装請負の不正事案(建設業、システムエンジニアリング等)から考える、問題点と不正防止のポイント
危機管理・内部統制
シリーズ一覧全16件
- 第1回 産業廃棄物の不法投棄事案から考える、不正の早期発見と調査のポイント
- 第2回 産業廃棄物の不法投棄事案から考える、不正発覚後の対応・再発防止策策定のポイント
- 第3回 土壌汚染に関連する不祥事事案から考える、不正の早期発見と調査のポイント
- 第4回 土壌汚染に関連する不祥事事案から考える、不正発覚後の対応・再発防止策策定のポイント
- 第5回 免震・制震製品のデータ偽装事案から考える、不正の早期発見と調査等のポイント
- 第6回 免震・制震製品のデータ偽装事案から考える、不正発覚後の対応・再発防止策策定のポイント
- 第7回 SNSによる不祥事事案から考える、不正発覚後の対応(初動対応・広報対応)のポイント
- 第8回 事例から考える、SNSによる不祥事を起こした従業員・役員への対応と予防のポイント
- 第9回 スポーツ界の不祥事事案から考える、スポーツ団体ガバナンスコードへの実務対応
- 第10回 建築基準法違反の設計・施工事案から考える、不正の早期発見と調査等のポイント
- 第11回 建築基準法違反の設計・施工事案から考える、不正発覚後の対応・再発防止策策定のポイント
- 第12回 海外子会社で発生した不祥事事案における不正発覚後の対応・再発防止策策定のポイント
- 第13回 不祥事予防に向けた取組事例集及びグループ・ガバナンス・システムに関する実務指針を踏まえた子会社買収後に留意すべきポイント
- 第14回 偽装請負の不正類型パターンと関連規制・罰則等のポイント(建設業、システムエンジニアリング等)
- 第15回 偽装請負の不正事案(建設業、システムエンジニアリング等)から考える、問題点と不正防止のポイント
- 第16回 スポーツ団体の不祥事事案から考える、行き過ぎた指導とパワハラの実務対応のポイント
目次
はじめに
『第14回 偽装請負の不正類型パターンと関連規制・罰則等のポイント(建設業、システムエンジニアリング等)』では、建築工事やシステムエンジニアリングサービス(SES)の現場でいわゆる偽装請負がなされた不祥事事案に関する実務対応のポイントとして、偽装請負の類型や実務的な問題点、関係する規制等について説明しました。
本稿においては、偽装請負に関する法的な問題点(偽装請負かどうかの判断基準)と法令順守・コンプライアンス順守のための方策について説明します。
偽装請負に関する法的な問題点 − 偽装請負かどうかの判断基準(告示37号)
請負か労働者派遣かの区分の実際の判断(偽装請負かどうかの判断)は、必ずしも容易ではありません。
この判断基準を明確にすべく、「労働者派遣事業と請負により行われる事業との区分に関する基準」(昭和61年労働省告示第37号)が定められています。
ここでのポイントは、契約書に書かれた契約のタイトルや名称ではなく、実態に応じて判断されるということです。そのため、契約書のタイトルに業務委託契約や請負契約と記載した場合であっても、実態が労働者供給や労働者派遣であれば、労働者派遣法の適用を受けることになります。
偽装請負かどうかは、建築工事やシステムエンジニアリングサービスの受託事業者が、自己の雇用する労働者等に対して直接指揮命令を行うことにより自己の雇用する労働者等の労働力を自ら利用しているかどうかということがポイントになります。
- 自己の雇用する労働者の労働力を自ら直接利用するものであること
(1) 業務の遂行に関する指示その他の管理を自ら行うものであること
① 労働者に対する業務の遂行方法に関する指示その他の管理を自ら行うこと
② 労働者の業務の遂行に関する評価等に係る指示その他の管理を自ら行うこと
(2) 労働時間等に関する指示その他の管理を自ら行うものであること
① 労働者の始業及び終業の時刻、休憩時間、休日、休暇等に関する指示その他の管理を自ら行うこと ② 労働者の労働時間を延長する場合または労働者を休日に労働させる場合における指示その他の管理を自ら行うこと
(3) 企業における秩序の維持、確保等のための指示その他の管理を自ら行うものであること
① 労働者の服務上の規律に関する事項についての指示その他の管理を自ら行うこと
② 労働者の配置等の決定および変更を自ら行うこと - 請負契約により請け負った業務を自己の業務として当該契約の相手方から独立して処理するものであること
(1) 業務の処理に要する資金につき、すべて自らの責任の下に調達し、かつ、支弁すること
(2) 業務の処理について、民法、商法その他の法律に規定された事業主としてのすべての責任を負うこと
(3) 次の①または②のいずれかに該当するものであって、単に肉体的な労働力を提供するものでないこと
① 自己の責任と負担で準備し、調達する機械、設備もしくは器材または材料もしくは資材により、業務を処理すること
② 自ら行う企画または自己の有する専門的な技術おしくは経験に基づいて、業務を処理すること
以下では、厚生労働省・都道府県労働局「労働者派遣・請負を適正に行うためのガイド」の内容をもとに、各項目における判断のポイントを説明します。請負であるといえるポイント(偽装請負ではないといえるポイント)の大きな要素としては、以下の2つがありますが、特に①が重要であると考えられます。
- 受託事業主が雇用する労働者の労働力を自ら直接利用するものであること(下記2−1)
- 受託業務を自己の業務として委託者から独立して処理するものであること(下記2−2)
また、重要と思われる点については、実務上どのような点に留意すべきかの対応のポイントについても説明します。
自己の雇用する労働者の労働力を自ら直接利用するものであること
(1)業務の遂行に関する指示その他の管理を自ら行うものであること
【判断のポイント】
- 発注者ではなく請負事業主が、請負業務の作業工程に関して、請負労働者に直接仕事の順序・方法等の指示を行ったり、請負労働者の配置、請負労働者一人一人への仕事の割り付け等を決定しているか
【留意すべき対応ポイント】
労働者に対する仕事の割り付け、順序、緩急の調整等の指揮監督につき、請負事業主が自ら行うことが重要となります。形式的に指揮監督関係にあるというだけでは不十分であると判断される可能性があります。
請負事業主の労働者が、発注者の作業場(建築現場も含む)に常駐する場合には、以下の点に留意すべきです。
- 発注者は、請負事業者主の管理責任者に対して作業指示等を行うこと
- 請負事業主の管理責任者は、作業場所に常駐しているか、少なくとも定期的に作業場所を訪れていること、容易に連絡がとれる状態にしていること(つまり、管理責任者に対して作業指示等がなされる体制を整えておくこと)
(2)労働者の業務の遂行に関する評価等に係る指示その他の管理を自ら行うこと
【判断のポイント】
- 労働者の業務の遂行に関する技術的な指導、勤惰点検、出来高査定等につき、請負事業主が自ら行っているか
(3)労働時間等に関する指示その他の管理を自ら行うものであること
i 労働者の始業及び終業の時刻、休憩時間、休日、休暇等に関する指示その他の管理を自ら行うこと
【判断のポイント】
- 請負事業主自らが、労働者の業務時間の実績把握を行っているか否か
ii 労働者の労働時間を延長する場合または労働者を休日に労働させる場合における指示その他の管理を自ら行うこと
【判断のポイント】
- 請負事業主が、労働者の時間外・休日労働について業務の進捗状況等をみて自ら決定しているか、業務量の増減がある場合には事前に発注者から請負事業主が連絡を受ける体制としているか
【対応ポイント】
発注者ではなく、請負事業主の管理責任者が、業務の進捗状況等をみて自ら決定し、指示を行うことが重要となります。
(4)企業における秩序の維持、確保等のための指示その他の管理を自ら行うものであること
i 労働者の服務上の規律に関する事項についての指示その他の管理を自ら行うこと
【判断のポイント】
- 事業所・作業現場への入退場に関する規律、服装、職場秩序の保持、風紀維持のための規律等の決定、管理につき、請負事業主が自ら行っているか
ii 労働者の配置等の決定及び変更を自ら行うこと
【判断のポイント】
- 労働者の勤務場所、直接指揮命令する者等の決定及び変更について、請負事業主が自ら行っているか
請負契約により請け負った業務を自己の業務として当該契約の相手方から独立して処理するものであること
(1)業務の処理に要する資金につき、すべて自らの責任の下に調達し、かつ、支弁すること
【判断のポイント】
- (業務に要する資金についての調達、支弁の方法は特に問わないが、)事業運転資金等はすべて自らの責任で調達し、かつ、支弁しているか
(2)業務の処理について、民法、商法その他の法律に規定された事業主としてのすべての責任を負うこと
【判断のポイント】
- 請負事業主の労働者のミスが原因で第三者に損害が生じた場合に、請負事業主が法令に基づく賠償責任を負うものとされているか
(3)次のいずれかに該当するものであって、単に肉体的な労働力を提供するものでないこと
i 自己の責任と負担で準備し、調達する機械、設備もしくは器材または材料もしくは資材により、業務を処理すること
【判断のポイント】
- 作業に使用する機械、設備もしくは器材または材料もしくは資材を請負事業者の責任と負担で準備しているか
【留意すべき対応ポイント】
作業に使用する機械、資材等を発注者から借り入れまたは購入した場合には、業務委託契約とは別個の貸借契約・売買契約による正当な対価の支払いがなされているかどうか、という点も重要になります。
ii 自ら行う企画または自己の有する専門的な技術もしくは経験に基づいて、業務を処理すること
【判断のポイント】
- 請負事業主(労働者)が自らの専門性かつ経験に従って業務を行っているか(単なる労働作業の提供にとどまらないといえるか)
法令遵守・コンプライアンス遵守のための方策
偽装請負が行われている実態において重要なのは、当該不正に関する表面的・直接的な事実関係だけではなく、不正の行われた原因・背景の分析まで行う必要があるということです。特に、不正が大規模で組織的な場合や、経営陣や管理職の関与が大きい場合には、不正が行われるに至った背景として、当該企業のガバナンス、コンプライアンス、内部統制上の問題、企業風土等についても調査分析する必要があります。
また、再発防止策の策定にあたっても、上記分析を踏まえて、実効的な対策を策定することが必要となります。
再発防止策の検討に際しては、他社が公表している同種不祥事における調査報告書や再発防止策の内容も参考にすることが考えられます。
不正の原因が遵法意識が欠如していることにあるという指摘
不祥事事案が発覚した場合において、その原因が遵法意識の欠如による場合があることついては、以下の各ケースで指摘されているとおりです。
詳細については、『第2回 産業廃棄物の不法投棄事案から考える、不正発覚後の対応・再発防止策策定のポイント』、『第11回 建築基準法違反の設計・施工事案から考える、不正発覚後の対応・再発防止策策定のポイント』を参照してください。
(1)法令に対する遵法意識が欠如していた
- 十分な根拠もなく都合よく法令を解釈して設計・施工を行っており、その解釈の正当性を確認する作業を怠っていた
- 担当部署における法令遵守の意識が希薄であった
(2)コンプライアンスよりも利益優先の姿勢が見られる
- 自社工場から排出される廃棄物を法令に則り適正に処理するよりも、リサイクル製品として不正に処理することを優先した。
- 企業トップによる売上げ至上主義・利益至上主義が強調される結果、コンプライアンスよりも売上げ・利益(収益・納期・生産効率等)が重視されてしまうというケースも見られます。
法令遵守のための方策
これらに対しては、通常、以下のような再発防止策が検討されます。
- 法令遵守意識の抜本的改革(コンプライアンスファーストを徹底する旨のメッセージの発信、コンプライアンスへの取組姿勢等に関する人事評価の導入)
- 関連法令に関する企業トップ・役員・幹部社員の教育・研修を実施する
- 法令違反等の報告体制の整備(報告ルールの周知徹底、内部通報制度の周知徹底)
- コンプライアンス・リスク管理体制の再構築
監査・監督を行う部門(検査・品質監理部門)、法務・コンプライアンス担当部署、監査部門等の権限を強化し、独立性を確保したうえで機能させる
遵法意識が欠如しているような場合には、法令の内容やコンプライアンスに関する教育・研修を定期的に実施し、その効果を継続させることが必要となります。
このような教育・研修が行われていたにもかかわらず不正が行われた場合には、教育・研修内容の見直しが必要となるとともに、これらが有効に機能しているかどうかの検証を行うことも必要となります。
近時、建築法規・環境法規をはじめとして関係法令やガイドライン、業界指針がめまぐるしく改定されておりますが、適切なアップデートがなされないと、少し前までは問題がなかった(=適法であった)にもかかわらず法令違反とされてしまうことがありますので、社内規程・マニュアル等の改訂等に併せて、教育・研修内容も適時に修正・改訂していくことが必要不可欠です。
おわりに
本稿においては、偽装請負に関する法的な問題点(偽装請負かどうかの判断基準)と法令順守・コンプライアンス順守のための方策について説明しました。
なお、2020年に入って大きな問題となっている新型コロナウイルス(COVID-19)の感染拡大によって、リモートワークの実施が難しい建築工事においては、作業人員の確保・安全性の確保その他の理由によって作業を中断せざるを得ない事例も見られ、当初の工期までに建物建築工事を完成できないといったケースも増えてきています。そのような場合であっても、偽装請負とならないように留意することは必要となります。
当初の期限までに契約を履行できない場合の責任については、『新型ウイルス等の感染症・疫病による契約の不履行・履行遅延の責任』も参照してください。
シリーズ一覧全16件
- 第1回 産業廃棄物の不法投棄事案から考える、不正の早期発見と調査のポイント
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