サステイナビリティ時代に求められる企業の経営戦略

第8回 人権デューデリジェンスの実践(その1) - 人権デューデリジェンス全般に関する留意点と5つのステップ

国際取引・海外進出
渡邉 純子弁護士 西村あさひ法律事務所

目次

  1. 人権デューデリジェンスを行うにあたっての全般的な留意点
    1. 見るべきリスクは「人」に対する人権リスクであり、企業に対するリスクではない
    2. 最も深刻、または対応の遅れが是正を不可能とするような人権リスクから優先的に取り組む
    3. 事務的・機械的な対応ではなく「人間的」な対応が必要
    4. 一回性の高い取組みではなく、継続的かつ長期の取組みが必要
    5. 国・地域固有の事情を踏まえ、様々なステークホルダーと協働する
    6. 全社横断的に行うべき取組みである
  2. 人権デューデリジェンスの全体像
    1. ステップ1:スコーピング(調査対象の範囲の確定)
    2. ステップ2:データ収集
    3. ステップ3:リスク分析
    4. ステップ4:リスクの停止・防止・軽減・是正、施策モニタリング
    5. ステップ5:報告
※本記事は、西村あさひ法律事務所が発行するニューズレターの「サステイナビリティと日本企業の海外進出 −ビジネスと人権➄ 人権デューデリジェンスの実践[その1]−」の内容を元に編集したものです。

 本稿より数回にわたって、人権デューデリジェンスの具体的な実践方法について、いくつかのステップに分け、それぞれのステップにおいて求められる視点や留意すべき点を解説していきます。本稿ではまず、人権デューデリジェンスに取り組むにあたっての全般的な留意点を解説したうえで、各ステップの構成(全体像)を説明します。

人権デューデリジェンスを行うにあたっての全般的な留意点

 人権デューデリジェンスに取り組む際、念頭に置くべき点として、企業買収の過程において一般的に行われる「デューデリジェンス」と人権デューデリジェンスとは、手続としての継続性も、見るべきリスクの性質・視点も、具体的な対処方法もまったく異なるということがあげられます。法務監査を含む企業買収の際のデューデリジェンスに慣れ親しんでいる場合は、この点の発想の転換が十分に行われていないがゆえに、本来必要とされる対応ができず表面的な対応に終始してしまうといったことが起こりがちです。

 よって、基本的には両者はまったく別の性質の取組みであり、人権に関する専門知識(さらにいえばリスクの種類別・国/地域別・製品別等の専門知識)が必要であるとマインドセットをするところから始めることがよいと考えます 1

 本来、「デューデリジェンス」という言葉は、「(負の影響を回避・軽減するために)相当な注意を払う行為または努力」といった意味を持ちます。また、国際人権法の世界では、国家による「デューデリジェンス」という文脈でも使用されます。これは、国際人権条約の締約国である国家が、個人の人権を第三者(私人や私企業)から保護するという国家自身の義務を履行するために、相当の注意をもって、人権侵害の防止のための合理的な措置をとることを指します 2

 この主体を、グローバル化する現代社会の企業に置き換え、企業活動が関与する人権への負の影響を特定・分析し、これを回避・軽減し、責任を果たすために実施するということが、企業に求められる人権デューデリジェンスです。以上を踏まえ、筆者として特に注意を呼びかけたい人権デューデリジェンス全般に関する留意点は以下のとおりです。

見るべきリスクは「人」に対する人権リスクであり、企業に対するリスクではない

企業が適切に人権リスクに対処しない場合、ストライキなどによるオペレーショナルリスク・投資の引き揚げリスク・訴訟リスク・レピュテーションリスクなど、企業自身に対して様々な形でリスクが波及するのは事実です。しかし、人権デューデリジェンスで確認すべきリスクは企業自身に対するリスクではなく、企業の事業活動から影響を受け得る幅広いステークホルダー(自社グループの従業員のみではなく、当該企業の事業活動が関係する(または関係し得る)地球上のすべての人間を含みます)の人権に対するリスクであることを忘れないようにする必要があります。この点は、ごく当たり前のようですが、以下の各留意点にも関連する、適切な対応とは何かということを考える際の出発点ともなる重要な点です。

最も深刻、または対応の遅れが是正を不可能とするような人権リスクから優先的に取り組む

 上記1-1の視点から、企業の事業活動が関係する人権リスクは無数にあり得ることを認識する必要があります(サプライチェーン上の問題に限っても、現代奴隷が現在世界の約200人に1人存在すること 3 から、いかなる関係性をも排除することはむしろほぼ不可能であることを前提とする必要があります)。

 よって、企業の規模が大きいほど、適切な優先順位付けをして取組みを行っていく必要がありますが、その際に重要なのは、「最も深刻、または対応の遅れが是正を不可能とするような人権リスク」への影響の防止・軽減が最優先となるということです 4。そして、一般的に当該リスクは、サプライチェーン上の問題に関していえば、企業と直接契約関係にある一次サプライヤーではない間接サプライヤー、自社とは離れたバリューチェーンの上流で多く生じていることに注意する必要があります。

事務的・機械的な対応ではなく「人間的」な対応が必要

 上記1-2の点を認識すると、実際の人権侵害の状況に関する生の情報を収集するための具体的な手段から、リスクの防止・軽減方法に至るまで、決まり切った簡単な方法はなく、むしろ雛形に沿ったような対応では本来見るべき人権リスクに適切に対処できないことに気付くでしょう。無数にあり得る人権リスクの中で、産業分野ごとに最も問題となる人権リスクの種類も、実際の人権侵害を生み出す国・地域ごとの要因も、(サプライチェーン上の問題に関していえば)サプライヤーとの関係や購買構造の在り方も、個別ケースごとに様々な点が異なるためです。

 そのため、リスク監査のための情報収集の段階でも、複数の方法を組み合わせる必要があり、個別ケースに即して知恵を絞る必要があります。また、調査の結果発見されたリスクに関して、国際人権法の要求する基準と国内法の基準が異なる場合に企業が陥るジレンマ等についても、すべてのケースに画一的に当てはまる対処方法があるものではなく、個々の事情に応じた柔軟な発想が求められます。

 別の言い方をすれば、上記1-1のとおり、人権デューデリジェンスの取組みは、地球上のあらゆる地域に生きている生身の人間個人の尊厳に関わる「人権」を対象にするものであることから、人間社会の構造や人間心理も踏まえた非常に「人間的な」対応が必要となる分野ともいえます。この点は単純なようでいて、実践する場合に難しいポイントの1つです。こうした複雑さに目を瞑った、一般的に用意された詳細な確認リストを用いてチェックボックスにチェックを付けていくような確認方法では、課題を発見する段階からつまずいてしまうことも多いです。よって、このような事務的・機械的な確認方法を回避する必要性については、人権デューデリジェンスに関するハードロー化が先行 5 する欧州において、実務や立法過程の議論の中で大きな議題の1つとなっており、また、過去のプラクティスの反省からも実証されているところです 6

 まずは取組みを開始するということも大事ですが、安易で表面的な対応を継続した場合、一定の調査費用をかけて適切に対応していたつもりが、ある日突然認識していなかったような人権リスクが発生し、結果として、予期せぬ株価下落やレピュテーション毀損などの、企業にとっての様々なリスクに繋がり得るため、注意が必要です。本稿では、現時点までのベストプラクティス等を踏まえたステップごとの解説をしますが、個別ケースにより実際の対応方法は異なることには留意してください。

一回性の高い取組みではなく、継続的かつ長期の取組みが必要

 人権デューデリジェンスは、以下のような多くの理由から、継続して定期的に行っていくべき取組みとされます。その意味で、長期にわたる粘り強い対応が必要とされます。

  • 1-1から1-3のとおり、ビジネスと人権に関して求められる取組みは非常に広範かつ複雑であり、国・地域ごとに存在する根深い問題にも関わるため、一朝一夕に解決できない性質の課題が多いこと
  • 人権を取り巻く状況はあらゆる国・地域で刻一刻と変化すること
  • 企業側の事業活動の範囲やストラクチャーの変更に伴い、企業と人権リスクとの関わり方も常に変化すること
  • 時代に合わせて新たな国際人権の概念が生まれていくこと
    など

 また、状況の急変を考慮に入れる必要性から、紛争の勃発などの、有事における人権デューデリジェンスの必要性がいっそう認識 7 されています。

 加えて、人権リスクは新規取引の決定時において増大・軽減され得るものであること、また、企業買収を通じて人権リスクが承継される可能性もあることから、新規の事業や取引関係を展開したり既存の取引関係を変更したりする際にも、人権デューデリジェンスを実行することが推奨されます 8

国・地域固有の事情を踏まえ、様々なステークホルダーと協働する

 上記までで触れたとおり、人権リスクには、各国家における法律の執行体制のみでなく、背景にある貧困問題、差別、現地特有の文化、ライツホルダー(権利保持者)を取り囲む人々の人権意識、その時々の政治的安定性、内戦や紛争など、国・地域・コミュニティごとの固有の事情が複雑に絡み合うことが多いです。そのため、課題発見までのステップにおいても、発見された課題に対する解決策検討・実行のステップにおいても、個社ごとの努力で解決できる事項については限界があることが多いという点も認識する必要があります。

 よって、実際に影響を受け得るステークホルダー、人権に関する専門知識を有する人材、上記のような課題の解決を目的とする各種機関・団体(国際機関やNGO)、他企業など、様々な立場の人・機関・企業等と協働することが求められます 9。また、上記にあげたような根本原因を念頭に置き、特にサプライチェーンの問題に関していえば、サプライヤーに対して一方的に人権保護に関する高い要求水準を突きつけるだけでは根本的な解決にならないことも多く、自社の購買構造の見直し自体が必要な場合もあることを意識する必要があります。

全社横断的に行うべき取組みである

 上記の各留意点を踏まえれば、ビジネスと人権の取組みは、重要な新規事業決定時・取引先決定時、リスク監査、法務対応など、あらゆる場面で問題になることがわかります。また、一連のプロセスを社内のガバナンスに組み込んで浸透させる必要があり、従来多くの企業でビジネスと人権に関して主導的役割を果たしてきたCSR担当部門のみで完結させるのではなく、全社で横断的に連携して取り組むための仕組みを構築する必要があります。「第1回 サステイナビリティと日本企業の海外進出 〜求められる3つのマインドセット〜」でも触れましたが、ビジネスと人権の分野に関しては特にその点が強調されるといえるでしょう 10。2021年6月11日に策定された改訂コーポレートガバナンス・コードにも「人権の尊重」が明示的に盛り込まれた 11 ことは、注目に値します。

人権デューデリジェンスの全体像

 以上の留意点を念頭に置いたうえで、人権デューデリジェンスの各ステップの全体像を以下のとおり解説します。なお、各ステップの分け方については、(ソフトローである指導原則や先行して導入が進む海外の法律でも)画一的に明記されているわけではありません。また、実際に人権デューデリジェンスを行う際には複数のステップが並行して実施されることもありますが、便宜上、各種ガイドラインも踏まえて、筆者自身が分かりやすいと考える区分に従っています 12

 また、上記の1-4で触れた、企業買収時における人権デューデリジェンスでは、情報へのアクセスの難しさを踏まえた対応やM&A契約における手当ての仕方など、自社事業に関して一般的に行う人権デューデリジェンスとは異なる観点からの工夫が必要となるため、本連載では今後、別途解説します。

人権デューデリジェンスの全体像

ステップ1:スコーピング(調査対象の範囲の確定)

 上記の留意点でも述べたとおり、企業活動が関わるまたは関わり得る人権リスクは無数にあるため、毎回の人権デューデリジェンスにおいて、適切な優先順位付けが必要となります。企業内部・外部の専門知識を有する人材と協働しながら、様々な要素を考慮し、調査すべき人権イシューの種類、国・地域、商品等の範囲を確定します。

ステップ2:データ収集

 ステップ1で確定したスコープ(人権デューデリジェンス)に基づき、情報収集を行います。次のステップのリスク分析を行う前提となる重要なステップとして、適切な方法を用いて適切なソースから有用な情報を収集する必要があります。

ステップ3:リスク分析

 ステップ2で収集した情報に基づいて、国際人権基準に違反するまたは潜在的に違反する可能性のある事実(人権リスク)の有無・その大小(深刻性等)を分析・検証します。この際、国際人権法に基づく具体的な国際人権の内容を理解しておくことが必要です。

ステップ4:リスクの停止・防止・軽減・是正、施策モニタリング

 ステップ3で分析・特定したリスクの内容を踏まえ、「最も深刻、または対応の遅れが是正を不可能とするような人権リスク」から優先順位を付けて対応方法を検討します。具体的には、企業活動と、当該人権リスクとの関わり方の態様に応じて、当該人権リスクの停止・防止・軽減、またはそれらを目指した企業としての影響力(レバレッジ)の行使の具体的な方法を模索し、実行します。また、適切にこれらの施策が実行されているかを追跡するために、モニタリングの仕組みを策定し、追跡を実行していきます。

ステップ5:報告

 企業の人権責任を果たすためには、自社が関与する人権リスクにどのようにして取り組んでいるかについて、透明性を確保したうえで説明責任を果たすことが大切です。そのため、上記の一連の過程を公に報告することが重要となります。この際、人権専門家等の第三者が検証することにより、報告内容の信頼性が担保されます 13

 以上が各ステップの概要です。上記で述べたとおり、人権デューデリジェンスは継続的に行うべきものであるため、ステップ5までを一度実行したら終わりというものではなく、その後は、変化する日々の状況も踏まえてステップ1からまた繰り返すことになります。また、このすべてのステップを通じて、上記1で述べた留意点を念頭に置き、基本的にはすべてのステップにおいて様々なステークホルダーと協働することが望ましいとされます。本連載では今後、ステップごとのより詳細な解説を行っていきます。


  1. なお、類似点として、企業買収における法務デューデリジェンスとの比較でいえば、調査対象の範囲を確定し、関係者へのヒアリングも含む形で情報を収集し、基準となる法の内容と事実とのギャップ等を確認・分析し、対策を検討するという大まかなプロセスは同じです。しかし、人権デューデリジェンスの基準となる法は、究極的には個々の国内法ではなく国際人権法であり、また、関係者に対する事実確認の際には当該関係者に法律知識があることを前提とした質問をしても意味をなさないことが原則であるなど、多くの違いがあります。国際人権法については「第2回 「ビジネスと人権」の概要と国際的潮流」も参照ください。 ↩︎

  2. このような国家による「デューデリジェンス」の概念は、1980年代にラテンアメリカにおいて多発した強制失踪事件を契機に発展しました。 ↩︎

  3. 拙稿「第6回 英国現代奴隷法の強化と「現代奴隷」」をご参照ください。 ↩︎

  4. ビジネスと人権に関する指導原則(以下「指導原則」といいます)24。指導原則の詳細は、拙稿「第2回 「ビジネスと人権」の概要と国際的潮流」をご参照ください。 ↩︎

  5. 拙稿「第7回 世界の人権デューデリジェンス関連法制総まとめ」をご参照ください。 ↩︎

  6. 指導原則17でも、人権デューデリジェンスは、事業の性質や状況等の個別の事情に応じたものであるべきことが示されています。 ↩︎

  7. 指導原則7では、国家の義務として、紛争の影響を受ける地域で事業を行う企業が人権侵害に加担しないよう支援を行う義務等が規定されていますが、前提として、企業には当該加担を回避するための人権デューデリジェンスが求められます。 ↩︎

  8. 指導原則17・18の各コメント部分 ↩︎

  9. 専門知識を有する人材の活用や、影響を受け得るステークホルダーとの協議・エンゲージメントの必要性は、指導原則18や20でも触れられている点です。 ↩︎

  10. 指導原則19でもその点が明示的に触れられています。 ↩︎

  11. コーポレートガバナンス・コード(2021年6月版)の補充原則2-3① ↩︎

  12. ここでは、デンマーク人権研究所(DIHR)の「Human rights impact assessment guidance and toolbox」を主に参考にしています。 ↩︎

  13. 指導原則21 ↩︎

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