シンガポール雇用法制の最新動向を踏まえたポイント 採用・雇用、退職・解雇の場面別に解説

国際取引・海外進出
吉本 智郎弁護士 西村あさひ法律事務所・外国法共同事業

目次

  1. シンガポールにおける労働者採用・雇用に関する法規制
    1. 就労ビザの主な種類と要件関連規制
    2. 就労ビザに関する規制(COMPASS、FCF、外国人雇用税、Quota)
    3. 差別的募集の否定
    4. 雇用法によって保護される労働者の範囲
    5. 雇用契約書類の作成
  2. シンガポールにおける退職・解雇に関する法規制
    1. 通常解雇
    2. 整理解雇
    3. 定年・再雇用年齢の引上げ等

 シンガポールは、東南アジア諸国の中でも雇用者寄りの労働法制を採用し、外国人労働力を積極的かつ効果的に活用することを人材資源政策としています。もっとも、近時は、シンガポール国民の雇用保護を重視する政策の導入も見られるところです。

 本稿では、近年の動向も踏まえつつ、シンガポールの雇用法制における特徴的なポイントにつき、①外国人採用・雇用、②退職・解雇の局面に沿って概説します。

シンガポールにおける労働者採用・雇用に関する法規制

就労ビザの主な種類と要件関連規制

 シンガポールは外国人労働力の活用に関して積極的な政策をとっていますが、それによりシンガポール人の雇用が過度に制約されないようにも配慮しています。特に近時は、就労ビザの要件が年々厳格化するきらいもあり、日本人駐在員を含む外国人の採用に際しては、以下のような就労ビザ関連規制に留意する必要があります。

 シンガポールにおける外国人の就労ビザには、主要なものとして、Employment Pass(以下「EP」といいます)、②S Pass、③Work Permitの3種があります。このうち、日本企業が日本人駐在員をシンガポールに派遣する場合には、①EPが用いられるのが一般的です。
 この主要3種の就労ビザは、以下のとおり、それぞれ要件や規制が異なります 1

就労ビザの種類 発給の対象、典型例 取得要件など※1 主な規制
COMPASS FCF 外国人
雇用税
Quota

① EP: Employment Pass

高熟練な外国人

例:日本など外国からの企業派遣(駐在員)

  • 当該外国人につき最低月額SGD5,600※2 以上の給与を支給することが必要※3
  • 月額給与SGD6,000以上であれば家族帯同可
② S Pass 中程度の熟練の外国人

例:シンガポール近隣諸国からの技術者、駐在員の外国人配偶者、企業派遣ではないがシンガポール現地での就業を望む外国人

  • 当該外国人につき最低月額SGD3,150※4 以上の給与を支給することが求められる※5
  • 月額給与SGD6,000以上であれば家族帯同可
③ Work Permit 非熟練の外国人
※近時は、①EPや②S Pass保有者に帯同して扶養者ビザ(Dependent Pass)にて滞在する外国人配偶者がシンガポールで就労するためのビザとしても認められる

例:建築業、製造業などにおける外国人肉体労働者

  • 家族帯同不可

※1 SGD:シンガポールドル。
※2 2025年1月1日以降、従前の新規申請時SGD5,000から増額された。2026年1月1日は、更新時もSGD5,600が求められる予定。
※3 年々増額傾向にあり、業種、職種や年齢によってさらに高い給与が必要となる。
※4 2025年9月1日の新規申請および2026年9月1日の更新申請から、SGD3,300に増額される予定。
※5 年々増額傾向にあり、業種、職種や年齢によってさらに高い給与が必要となる。



 なお、シンガポールにおいて就労ビザ発給を管轄している省庁は、人材省(Ministry of Manpower:MOM)です。人材省のウェブサイト(Work passes)では、就労ビザの種類やそれぞれの取得要件、申請プロセスなどの詳細情報が公表されています。

就労ビザに関する規制(COMPASS、FCF、外国人雇用税、Quota)

(1)COMPASS

 COMPASSとは、Complementarity Assessment Frameworkの略称で、2023年9月1日よりEP申請に対する審査に際して導入された枠組みです。
 COMPASSの下では、一定の例外を除き 2、各EP申請にあたって以下の各要素が審査され、累積で最低40ポイントを獲得することが必要とされます。COMPASS導入後、意図していた候補者による駐在では40ポイントを確保できず、駐在候補者を変更したり、駐在自体を断念するような例も見聞されます。

基礎的要素 候補者の属性
(0/10/20ポイント)
1. 給与:セクターごとの一般的な管理職・専門職の給与との比較
2. 資格:学歴・資格等
会社の属性
(0/10/20ポイント)

3. ダイバーシティ:候補者の参加が会社における国籍の多様性に寄与するか

4. ローカル人材雇用への寄与:同業他社におけるローカル管理職・専門職比率との比較

ボーナス要素 候補者の属性
(0/20ポイント)
5. スキルボーナス:供給不足職種リストに記載の業務
会社の属性
(0/10ポイント)

6. 経済戦略優先事項ボーナス:投資、イノベーション、国際化、企業および人材面の改革に関する特定の審査基準を満たす場合

(2)Fair Consideration Framework(FCF)

 シンガポール人にも公平に雇用の機会を提供する目的から、人材省によって、Fair Consideration Framework(FCF)というルールが設けられており、2014年から施行されています。
 具体的には、企業が外国人労働者雇用のためのEPまたはS Passを申請する前に、一定の例外の場合 3 を除き、最低14日間、シンガポール政府が運営するウェブサイト(MyCareersFuture)において求人広告を行わなければなりません。広告義務を怠ったり形骸的な広告を行った場合などには、就労ビザの発給が差し止められる可能性もあります。

(3)外国人雇用税(Foreign worker levy)

 外国人雇用税(Foreign worker levy:FWL)は、S PassまたはWork Permitを保有する外国人労働者を雇用する使用者に課される税金であり、労働力を過度に外国人に依存することがないように牽制することが意図されています 4

(4)Quota

 会社が雇用できるS PassまたはWork Permitを保有する外国人労働者の数は、シンガポール人の労働者を含めた全体の中で一定の比率に限定されており、この外国人労働者採用可能枠をQuotaといいます。
 Quotaは産業別に規定されており、建設業などは83.3%という比較的高いQuotaが認められる一方、製造業は60%、サービス業は35%といったように、差異が設けられています 5

 事業者としては、一般にシンガポール人より賃金水準が低い外国人労働者をS PassまたはWork Permitで雇用することが経済合理性には適うところ、その結果、外国人労働者を雇用し過ぎ、Quota規制に違反してしまっているような例(あるいは、Quota水増しのため、シンガポール人雇用を虚偽申告する悪質な例)も見聞します。

差別的募集の否定

 シンガポールには、人材省を含む政労使三者で構成された政労使連合があります。政労使連合は、さまざまなガイドライン等を公表しており、その中でも重要なものの1つが「公平な雇用実務のための三者機関ガイドライン(Tripartite Guidelines on Fair Employment Practices)」です。
 現時点ではガイドラインにとどまるものですが、より公正で純粋な能力主義に基づく労働慣行を希求する動きから近年中に強制力を伴う法律に格上げされる見込みであり、既に、法案(Workplace Fairness Act 2025)は2025年1月に可決され、2026年または2027年中の施行が予定されています。

 同ガイドラインは、以下のような事情に基づく差別的な募集を否定しています。

  • 年齢
「◯歳以下希望」、「若い」、「若々しい職場環境」といった表現を募集広告等に載せることは避けるべき
  • 民族
「中華系希望」、「マレー系希望」といった民族を区別する表示をすることは認められない
  • 言語能力
どうしても必要な場合、なぜ当該言語の能力が必要とされるかを具体的に明記すべき

例:「マレー語の雑誌の翻訳業であるため、マレー語の能力が必須」、「日本人旅行者のツアーガイド業であるため、日本語の知識は必須」等

  • 性別
なぜ当該性別が要求されるのか、具体的に明記すべき
例:「女性客に対するマッサージを行うための女性マッサージ師募集」等
  • 婚姻、家族の有無
結婚や扶養家族の有無等を募集の要件とすべきではない
  • 宗教
業務の一環として宗教的な役割を担う必要がある職種を除き、特定の宗教の信仰の有無を募集の要件とすることも認められない

雇用法によって保護される労働者の範囲

 シンガポール雇用法(Employment Act)の各規制は、すべての労働者に適用されるものではなく、その対象が、労働者の職種および基本給に応じて限定されるのが特徴的です。

 従前は、一定の管理職または上級職については一切雇用法の適用がありませんでしたが、2019年の雇用法改正により、彼らにも一部雇用法が適用されることになり、これも近時の労働者保護の雇用政策の一端を示すものといえます。
 現在の雇用法の適用関係は、下表のとおりです。

シンガポール雇用法(Employment Act)の適用関係

月額基本給与 管理職または上級職 左記以外の一般従業員(オフィスワーカー等) ワークマン※2 船員・メイドなど
SGD4,500超 4章※1 除き適用あり 4章※1 除き適用あり 4章※1 除き適用あり 一切適用なし
SGD4,500

SGD2,600
すべて適用あり
SGD2,600以下 すべて適用あり

※1 時間外労働含む労働時間規制や時間外労働手当の支給義務等に関して規定する雇用法の章を指す。

※2 ワークマン(Workman)とは、雇用法2条 (1) において定義され、肉体労働者、建築作業員、清掃員、組立工、機械工やバス・電車の運転手などを指す。



 表中の「4章」とは、時間外労働含む労働時間規制や時間外労働手当の支給義務等に関して規定する雇用法の章のことです。そのため、日本で問題になりやすい時間外労働やその手当については、シンガポールでは、多くの労働者との関係では法律上の義務ではないということになります。
 他方、解雇規制、給与支払い、有給休暇、出産育児・疾病休暇、祝日等は、4章以外の雇用法で規定されています。そのため、船員・メイドなどを除く多くの労働者との関係で適用されることになります。

 雇用契約において、労働者にとって雇用法よりも不利な内容を定めた場合、当該条項は、不利益な範囲において違法・無効とされます(雇用法8条)。

雇用契約書類の作成

 上述のとおり労働者に対する雇用法の適用が限定的であることを踏まえ、採用にあたっては、雇用契約において不備なく雇用条件を規定した雇用契約を作成し、締結することが極めて重要です。

 シンガポールにおいては、法律上、雇用契約書の作成は義務付けられていません。
 もっとも、採用にあたり、原則、主要な雇用条件(Key Employment Terms)6 を書面で交付すべきことが義務付けられており、同義務を履行する目的においても雇用契約が作成されることが一般的です。結果、採用にあたり、雇用契約を交わさないという例はまれです。

 なお、シンガポールにおいては、法律上、就業規則の作成も義務付けられません。
 もっとも、多数の従業員を抱える会社においては、従業員に一律に適用する労働条件を定める目的で就業規則(Employment Handbook)を作成することが一般的です。その場合、雇用契約において就業規則の遵守を謳う条項が盛り込まれるなどの方法により、就業規則も雇用条件の一部を構成することになります。

 また、労働組合が存在する会社の場合、雇用者と労働組合の間で労働協約(collective agreement)が締結され、雇用条件を画するものとなることもあります。

シンガポールにおける退職・解雇に関する法規制

通常解雇

 シンガポールにおいては、解雇は日常茶飯事として行われています。シンガポールには、日本のような厳格な解雇規制は存在せず、基本的には、通常、雇用契約において定められている一定の予告期間をおいて通知し、または通知期間中の給与分に相当する額を相手方に支払うことにより、雇用関係を終了させることが可能です。

 もっとも、このことは、解雇に一切の規制がないということを意味するわけではありません。特に、2019年4月には「不当解雇に関する三者機関ガイドライン(Tripartite Guidelines on Wrongful Dismissal)」が公表され、何が「不当解雇」に当たるかが当局によって明確に示されたため、以後、解雇を慎重に行うべき必要性が高まっています。

 同ガイドラインは、「不当な解雇理由」の基準として、以下のように示しています。

  • 不正行為があった場合、本人に弁明の機会(due inquiry)を与えた上で、予告期間なく解雇することが認められる
  • パフォーマンス不足を原因とする解雇の場合、立証責任は雇用者側にある。パフォーマンス不足に関する記録を適切に残すべきである
  • 契約上に従った理由を示さない予告解雇も、労働者側で不当な解雇を示す事由を指摘できない限り、有効
  • Redundancy(事業上の理由による余剰人員の解雇)は予告解雇の正当な理由となり得る
  • 不当解雇の事由として以下がある。立証責任は労働者側にある
    - 差別(年齢、人種、性別、宗教、家族関係、障害等)
    - 正当な利益を奪うための解雇(妊娠を告げられた直後の解雇等)

    - 従業員による正当な権利行使に対する罰としての解雇(給与不払いに対する救済申立てを理由とする解雇、残業拒絶を理由とする解雇等)

    - 解雇の理由とされた事情が不実であった場合

整理解雇

 整理解雇の要件については上述の普通解雇と同様で、基本的に、対象となる労働者との間の雇用契約の定めに従い、解雇を実施することが可能です。日本における整理解雇4要件のような法的規範も存在しません。

 もっとも、整理解雇に関する政労使の三者機関による「余剰人員管理に関する三者機関ガイドライン(Tripartite Guidelines Managing Excess Manpower 7)」が発行されており、整理解雇にあたっては以下の対応が推奨されています。同ガイドラインは法律上の強制力のないソフト・ローですが、人材省は、就労ビザの取扱い等においてソフト・ローの遵守状況をも考慮に入れるといわれていることもあり、多くの企業がこれに従っています。

  • 整理解雇手当
2年以上継続勤務する従業員に対し、整理解雇手当を支給すべきとされる。金額は、会社の財務状況によるが、「勤続年数×2週間~1か月分の給与」が一般的に推奨される。
  • 整理解雇実施時の配慮
コストカットのための代替案の検討、解雇対象者選定を公平な基準で行うべきこと、できるだけ早く整理解雇方針を本人に伝えて十分な対応期間を与えること、人材会社の斡旋・紹介状の提供などの方策を検討すべきとされる。

 なお、2017年以降、整理解雇実施に関する人材省への通知義務が導入され、現在は、10名以上の労働者を雇用する使用者が労働者を整理解雇する場合、所定のフォームに基づき、その旨を人材省に通知することが義務付けられています。

定年・再雇用年齢の引上げ等

 シンガポールも少子高齢化の社会問題を抱えており、日本の高年齢者雇用安定法 8 に倣ったとされる、定年後再雇用に関する法律(Retirement and Re-employment Act)があります。
 同法の下、雇用主は、健康状態などの一定の要件を満たす定年退職者に対し、その後一定年数は再雇用のオファーをしなければならないものとされていますが、同法に基づく従業員の最低定年年齢と再雇用上限年齢は、年々引き上げられる傾向にあります。2022年7月以降、最低定年年齢が63歳、再雇用上限年齢は68歳とされており、さらに、2030年までにはそれぞれ65歳と70歳に引き上げられる予定です 9


  1. その他の就労ビザとして、起業家向けのアントレ・パス(Entre Pass)、EP保有者のうち特に高技能かつ高収入の外国人向けのPersonalised Employment Pass、外国人家庭内労働者向け労働許可証(Work Permit for foreign domestic worker)等が存在します。 ↩︎

  2. EP申請者の固定月額給与がSGD22,500以上の場合、一定の企業内異動(intra-corporate transferee)の要件を満たす場合、1か月以下の過渡的な人員補填の場合は、COMPASSの適用はありません。 ↩︎

  3. 従業員数が10名以下の会社である場合、候補者の固定月額給与がSGD22,500以上の場合、1か月以下の過渡的な人員補填の場合、既存従業員のシンガポール内での異動による人員補填の場合、または一定の企業内異動(intra-corporate transferee)の要件を満たす場合、FCFによる広告義務の適用はありません。 ↩︎

  4. 外国人雇用税の詳細については、人材省のウェブサイト(Foreign worker quota and levy)をご参照ください。 ↩︎

  5. Quotaについても、人材省ウェブサイト(Foreign worker quota and levy)に詳細が載っています。 ↩︎

  6. 具体的には、雇用者の名前、労働者の名前、職位および主要な職責、雇用開始日、雇用期間(有期雇用の場合のみ)、就業時間、一週間における就業日数および休日、給与期間、給与期間ごとの基本給、給与期間ごとの固定手当、給与期間ごとの固定控除、時間外手当支払期間(給与期間と異なる場合のみ)、時間外手当の額、その他の給与に関連する要素(たとえば、ボーナスやインセンティブなど)、休暇(たとえば、年次有給休暇、通院傷病休暇、入院休暇、出産休暇、育児休暇など)、その他の医療面での便益(たとえば、保険、医療手当、歯科手当など)、試用期間、一方当事者からの雇用契約終了のための通知期間の記載が求められます。 ↩︎

  7. 正式名称は、「Tripartite Advisory on Managing Excess Manpower and Responsible Retrenchment」。 ↩︎

  8. 正式名称は、「高年齢者等の雇用の安定等に関する法律」。 ↩︎

  9. 定年・再雇用制度の詳細については、人材省のウェブサイト(Responsible re-employment)をご参照ください。 ↩︎

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