サステイナビリティ時代に求められる企業の経営戦略

第7回 世界の人権デューデリジェンス関連法制総まとめ

国際取引・海外進出
渡邉 純子弁護士 西村あさひ法律事務所

目次

  1. はじめに
  2. 英国:現代奴隷法
  3. EU:コーポレート・デューデリジェンスおよびコーポレート・アカウンタビリティに関する指令
  4. フランス:企業注意義務法
  5. オランダ:児童労働デューデリジェンス法
  6. ドイツ:サプライチェーン注意義務法
  7. ノルウェー:事業の透明性及び基本的人権等に関する法律
  8. スイス:責任ある企業のイニシアチブの対案
  9. オーストラリア:現代奴隷法
  10. カナダ:現代奴隷法
  11. 米国:カリフォルニア州のサプライチェーン透明法
  12. 世界の国別行動計画(NAP)の状況
  13. 日系企業に対する影響

はじめに

 前回まで紹介してきたとおり、世界各国で、企業を対象として人権デューデリジェンスの実施を義務付け、またはこれに関する取組みの有無等の報告を義務付けるハードローの導入が加速しています。
 日本企業が「ビジネスと人権」に取り組むべき理由は、純粋にビジネス上の観点から考察した場合でも、ESG投資の増大や市民社会の意識の変化等様々なものがあります。その中でも他国での人権法制の導入の加速は大きな理由となるため、本稿では各国国内法に関する最新状況を紹介します(2021年6月11日時点)。ただし、以下の3つの点には特に注意が必要です。

  1. 各国国内法の文言や解釈・運用状況を理解しているだけでは、「ビジネスと人権」の分野を真に理解して実質的に意味のある人権デューデリジェンスを行うことはできないこと
  2. EUの新指令その他の国内法で依拠されている「ビジネスと人権に関する指導原則」は、国際法である国際人権法において認められている各人権の外延を理解していることを前提として、企業に当該人権の尊重責任を負わせるものであること
  3. 同時に、人権侵害の現場で生じている実際の問題の構造(多くは途上国・新興国の問題が複雑に絡みます)を深く理解し、根本的な解決を見据えた行動を検討しなければ目的に沿わない無意味な取組みとなってしまうこと

 ②や③の観点を①の国内法の文言や解釈にすべて集約することはできないのが本分野の難しさでもあるため、本稿では②と③の視点も織り交ぜて解説していきます。①〜③のどれか1つの視点が欠けても、実効的な人権デューデリジェンスは行えずブルーウォッシュ(人権ウォッシュ)1 となってしまいます。そのことを念頭に置いたうえで、前回までに続き、取組みを始めるきっかけとしての意味を持つ①の各国国内法の制定状況をまとめて紹介します。
 なお、本稿では、企業に対して広く一般にサプライチェーン等の人権デューデリジェンス等に関する報告義務や実施義務を課す規制を紹介します。特定の国または特定の物品の輸入者に対してのみ適用される規制等、対象を絞った規制(2021年1月施行のEUの紛争鉱物規制等)や、非財務情報の開示のみを求める規制は本稿の対象外とします。

人権デューデリジェンス関連法制が存在するまたは直近法案が提出されている、本稿で紹介する国・地域

人権デューデリジェンス関連法制が存在するまたは直近法案が提出されている、本稿で紹介する国・地域

英国:現代奴隷法

 英国で2015年に制定された世界で初めての現代奴隷法は、2020年秋に改正方針が公表されています。実際の改正時期は未定ですが、報告義務の内容を拡充する方向での改正が予定されています。詳細は拙稿「英国現代奴隷法の強化と「現代奴隷」」をご参照ください。
 その後、2021年3月11日に、改正方針の1つでもある「国家ポータル」が実際に導入されており、任意による当該ポータル上への報告書の提出が推奨されています(改正後は義務化されます)。

注目すべきポイント
  • 英国の現代奴隷法に基づき確認が求められる人権イシューは、サプライチェーン上の強制労働等に狭く限定されており、また、あくまで報告義務のみが課されます。よって、後記 3.のEUの新指令のように、広範なスコープを対象とする、かつ人権デューデリジェンスを義務化する法制を導入すべきという市民社会の声もあるところです。もっとも、過去6年の間、本来現代奴隷法に基づき報告書を提出すべき企業の40%がこれを提出していないという実態 2 があり、当該進捗状況を踏まえると、まずは改正方針のように現行のサプライチェーン上の問題に絞って執行体制を強化すべきという意見もあります。

  • ただし、いずれにせよ、多くの英国企業はEU企業との取引関係にあるため、サプライヤーとしての立場でEUの新指令に合わせた対応が実質的に必要となることが見込まれています。

EU:コーポレート・デューデリジェンスおよびコーポレート・アカウンタビリティに関する指令

 現在EUで盛んに議論されているのが、EU域内で事業を行う事業体に人権・環境およびグッド・ガバナンスを尊重させ、広くバリューチェーン上のデューデリジェンスを義務付けることを目的とする新指令の内容です。2021年3月10日の欧州議会で、法案を(原案どおりに)遅滞なく提出することを欧州委員会に求める内容の決議が、賛成多数で可決されました 3
 次のステップとしては、欧州委員会から、2021年の上半期中に法案が提出されることが想定されていましたが、直近、法案の提出は2021年の夏以降に延期される旨が公表されました(その後、理事会および欧州議会にて法案を審議。法案の提出が延期された理由については、利害関係者の間の異なる意見のバランスを考慮し、十分な準備をした上で法案提出を行うためということがコメントされています 4)。また、正式な法案の内容が欧州議会の原案に沿った内容とされるかは欧州委員会の裁量に任されています。
 欧州議会の原案の内容は、欧州議会法務委員会から2020年秋に公表された草案(「ビジネスと人権 - コーポレート・デューデリジェンスおよびコーポレート・アカウンタビリティに関するEUの新指令」参照)にいくつかの修正が加わったものであり、草案からは、適用対象となる事業体の定義 5 等が変更されています。
 なお、本指令にいう「グッド・ガバナンス」とは、ESG投資の「G」の内容として求められる、企業におけるコーポレートガバナンス一般の話ではありません。事業体が事業を行うバリューチェーン上の特定の国・地域または地方のガバナンス(統治機構や行政能力)を指しています。たとえば事業体が違法に特権を得るために、当該国等の公務員に対して過度な影響を及ぼす行為等のリスクが念頭に置かれているので、勘違いしないよう注意が必要です(途上国・新興国ビジネスでよく問題となる汚職防止等の話であり、例としてOECD多国籍企業指針(7章・贈賄の防止)等への違反等を含みます)。

注目すべきポイント
  • EUの新指令の原案の内容は、「ビジネスと人権に関する指導原則(以下、「指導原則」)」6 の考え方に大きく依拠しており、適用対象も、サプライチェーンより広いバリューチェーン全体のリスク(すなわち顧客等自社の下流で発生するリスクも含む)としています。

  • EU加盟国各国で異なる内容の規制が導入されてしまうことの回避を目的の1つとしていますが、欧州委員会や欧州議会の議論の過程では、EU域内のみでなく、多くの人権侵害の震源地である途上国・新興国のステークホルダー(NGO等)との対話をオープンに行い、どのようにすれば実質的な救済を実現できるより良い法案が作れるか問いかけている姿勢が非常に印象的です。EUの制定する基準を途上国・新興国のサプライヤーに対して一方的に遵守させることの弊害や、途上国・新興国のキャパシティビルディングの必要性(法律の執行体制の改善等)も意識されているように見受けられ、これらは、日本企業が今後人権デューデリジェンスを実質的に進めるうえでも意識することが必要となります。

フランス:企業注意義務法

 フランスでは、サプライチェーン一般のデューデリジェンスを企業に対し義務付ける人権法制が、2017年に制定されています。現時点で発効している人権デューデリジェンス関連法制の中では最も広範なものとされており、多国籍企業である親会社がその海外子会社およびサプライチェーンを通じて及ぼす人権・環境に対する負の影響に注目し、その回避を目的とするものです。
 対象企業は、フランス国内の従業員数が5,000人、または全世界の全グループ従業員数が10,000人以上の企業です(いずれも子会社等の従業員数を含みます)。自社とその子会社等、また確立された事業上の関係を有するサプライヤー等の行為を対象とし、企業は、人権・環境リスクを特定するための措置(リスクマッピング等)、人権侵害を軽減するための措置、その継続的な実施を監視するための措置等を記載した計画を公表し、実施する義務があります。企業による当該義務の違反が第三者に損害を生じさせた場合の、当該第三者に対する民事責任も規定されています。

注目すべきポイント
  • 先例のない画期的な法制として期待されていましたが、実態としては、過去3年間に企業から公表された計画のほとんどが一般的・抽象的な記載に留まる簡素なものであったこと、これに対して政府側に、企業が義務を十分に履行しているかについての監視機能もないことが問題視されています。他方で、2020年には、石油メジャーであるTotalが同法に基づいて気候変動訴訟を提起される等、同法をテコとした市民社会からのプレッシャーは高まっています。

オランダ:児童労働デューデリジェンス法

 オランダでは、2019年に、上院議会において、サプライチェーン上の児童労働に係るデューデリジェンスを義務付ける法律(児童労働デューデリジェンス法)が制定されており、2022年以降に施行されることが想定されています。対象企業は、オランダ内のエンドユーザーに対して商品の売買またはサービスの提供を行う企業です(外国企業を含みます)。
 サプライチェーン上における児童労働の発生の有無を調査し、疑いが存在する場合にはアクションプランを策定し、デューデリジェンスを適切に実施したことを報告する義務が課されます。義務違反に対しては罰金が課せられる他、繰り返しの義務違反については企業の取締役に対する禁錮刑も規定されるなど、刑事罰が規定されている点も特徴です。
 もっとも、2021年3月11日、上記より広範な、バリューチェーン上かつ環境リスクをも含んだデューデリジェンスを義務付ける法案(責任ある持続可能な事業活動に関する法案)が4つの政党から議会に提出されました。この法案は、市民社会のみならず企業団体からも強い支持を得ており、仮にこれが採択された場合は、上述の児童労働デューデリジェンス法を置き換えるものになることも想定されています。当該法案では、従業員数が250名以上または総資産や売上高が一定規模以上のオランダ設立企業、およびオランダ市場に商品・サービスを販売・提供する企業が対象とされ、繰り返しの義務違反は刑事罰の対象にもなるとされています。

注目すべきポイント
  • 上記の「責任ある持続可能な事業活動に関する法案」は、前記3のEUの新指令の方向性にも沿うものであり(バリューチェーン上のリスク・環境リスクも問題にしている点)、仮にオランダで本法案が採択されれば、EUレベルで当該指令を成立させる方向でのサポートにもなるとの見方も示されているところです。

ドイツ:サプライチェーン注意義務法

 ドイツでは、2021年6月11日、連邦議会にて、サプライチェーン注意義務法が承認可決されました。2021年2月12日、関連省庁間の議論を経て合意に至った原案、3月3日に連邦政府にて承認された修正案の確定後、連邦参議院の審議を経て夏季休暇までには可決されることが見込まれていましたが、今回の可決を受けて、2023年1月から施行されることになります。
 確定した法律の内容によれば、対象は本店、主要な事業所、または登録事務所がドイツ内にある企業で、当初は3,000人以上の従業員を有する企業となります(2024年1月に1,000人に引き下げ予定。当該従業員数には同一グループに属する海外関連会社の従業員も含まれます)。対象企業には、強制労働等の人権リスクおよび、人権リスクに波及する環境リスクに関するデューデリジェンスの実施義務(リスクの査定や当該リスクの予防・軽減措置の実施)等が課されます。
 もっとも、当該リスクは、当該企業自身および一次サプライヤーにおいて発生するものが基本とされ、間接サプライヤーについては、潜在的な人権リスクについて実質的に認識していた場合等に限ってリスク監査の対象とされるべきとされています。前記4のフランスの法制のように注意義務に違反した場合の民事責任は明記されておらず、代わりにデューデリジェンスの義務に反した場合の行政罰が規定されています(最大80万ユーロ。ただし、平均年間売上高が4億ユーロ超の法人等の場合は、最大で平均年間売上高の2%。また、一定の場合には3年を上限として公共調達への参加が制限されます)。

注目すべきポイント
  • ドイツでは、2016年に公表された国別行動計画にて、「従業員数が500人以上の企業の50%未満のみしか2020年までに人権デューデリジェンスを実施しなかった場合は法律による義務化を含めたさらなる規制強化を検討すること」が明確に規定されており、その点が評価されていました。今回の法律の成立は、ようやく強制力を持つ形で企業にデューデリジェンスの義務を課せられるようになったという意味で注目を集めています。もっとも、長い時間を経て成立した法律の内容が、基本的に一次サプライヤーのリスクまでに限定されるものであったことなどに対して、NGOなど市民社会側からは政治的妥協の結果として不足が指摘されているところです。サプライチェーン上の人権問題は、その性質上、一次サプライヤーではなく上流に行くほどリスクが高まるため、指導原則でも、(企業との直接の契約関係を問わず)最も深刻な人権課題から優先的に対処することが基本とされます。この点を捉え、指導原則の草案起草者であるジョン・ラギー教授からも、ドイツ政府宛に、法案の重大な不足点を指摘するレターが出されていました7。前記3のEUの新指令の動向とも合わせて、将来的な法律の内容の拡充が期待されています。

ノルウェー:事業の透明性及び基本的人権等に関する法律

 ノルウェーでは、2021年6月10日に、一定の事業規模のノルウェー企業およびノルウェー国内に物品またはサービスを提供する外国企業に対し、バリューチェーン上での人権尊重に関してとっている措置・デューデリジェンスを通じて特定された実際の負の影響などの公表を要求する内容の法律が議会で可決されました。2021年4月9日にノルウェー政府が、事業団体および市民社会の双方の要請を踏まえて提出していた法案の内容がほぼ修正を経ず承認されたものです。指導原則やOECD多国籍企業指針の内容を踏まえており、上記3のEUの新指令と同様、サプライチェーンのみではなく、広くバリューチェーン上の問題を対象にしている点が特徴的です。

また、個人からの情報公開請求があった場合に、企業が、自社の事業と関係する潜在的な人権リスク等に関する情報を開示することも義務付けている点が画期的であるとされており、企業の責任を問いやすくなることが想定されます。ただし、人権侵害が発生した場合の企業の民事責任は規定されておらず、また、同時期に成立したドイツの法律と異なり(上記6参照)、環境リスクはデューデリジェンスの対象とはされていません。これらの点は、EUの新指令として想定される内容とは異なる点です。

スイス:責任ある企業のイニシアチブの対案

 2020年11月29日に、「責任ある企業のイニシアチブ」について国民投票が実施され、必要な票数(州票の過半数)が得られずに否決されたものの、投票者全体の50.7%が賛成票を投じました 8。もっとも、これが否決されたことにより、いまだ発効時期は確定していないものの、2020年に議会で承認されていた人権・環境等のリスクに関する報告義務等を企業に負わせる内容の間接的対案を元にした法案のドラフトについて、現在コンサルテーションが進められており、7月なかばまでこれが続く予定です。ただし、上記イニシアチブの内容からは人権デューデリジェンスの対象が著しく狭められており、鉱物等を取引・加工する事業者等について、紛争地域など人権リスクの高い地域から原材料を調達している場合と児童労働がサプライチェーン上で発生している可能性がある場合についてのみ、人権デューデリジェンスを求める内容とされています。

オーストラリア:現代奴隷法

 オーストラリアでは、連邦レベルで2019年1月1日から現代奴隷法が施行されており、連結収益高が1億オーストラリアドル以上のオーストラリア企業またはオーストラリアで事業を行う企業に、サプライチェーンにおける現代奴隷に関するリスクなどの報告義務が課せられています。英国の現代奴隷法と同様、サプライチェーン上の強制労働等のみを対象としますが、英国奴隷法と異なり、法定の報告事項の記載が義務付けられています(ただし、前記2のとおり、英国においても記載事項が強制される方向での改正方針が示されています)。記載事項は、英国の現代奴隷法と同一ではなく、オーストラリアの現代奴隷法の方が、救済措置の内容やコントロールする企業との協議プロセス等を含み、より広いものとなっています。報告義務に違反した場合の罰則は定められていません。ただし、政府は、中国におけるウイグル人の強制労働問題に関する昨今の国際的な関心の高まりを受け、罰金を含むより厳しい規制を導入する可能性を検討していると報道されています。

 また、シドニーを州都とするニューサウスウェールズ州でも、同様の報告義務を課す法律が2018年に成立していますが、未施行であり、法律の内容の修正が想定されています(対象となる企業の収益額が連邦法と異なる点(州法では5,000万オーストラリアドル)等に関して議論が続いていましたが、連邦法と平仄をあわせるかたちでの修正を検討することがニューサウスウェールズ州政府から2020年秋に公表されています)。現時点での法律の内容によればニューサウスウェールズ州にて従業員を雇用している場合のみが対象となります。

カナダ:現代奴隷法

 カナダでは、2020年10月29日、現代奴隷法の制定が上院議会での審議に移行しています。もし可決されれば、カナダの上場企業や、カナダに拠点を有するまたはカナダで事業を行っているもしくは資産を有する企業や、国外からカナダに商品を輸入する企業で、従業員数が250人以上や一定規模の売上高等の要件を満たした企業等は、サプライチェーンにおける強制労働または児童労働に関する報告義務を負うことになります。英国およびオーストラリアの現代奴隷法と同じく、報告義務を課すのみの法律であり、デューデリジェンスの実施自体を義務付けるものではありません。

米国:カリフォルニア州のサプライチェーン透明法

 2012年に施行された米国カリフォルニア州のサプライチェーン透明法は、英国やオーストラリアの奴隷法と同様に、報告義務のみを課す法律です。カリフォルニア州で事業を行い、全世界における売上高が1億ドルを超える小売業者または製造業者を対象としています。サプライチェーンにおける奴隷労働・人身取引に関するリスク評価のための監査等の実施、製品の原材料が奴隷労働および人身取引に関する法令を遵守したものであることの一次サプライヤーからの証明の取得等の取組みの有無・内容について、ウェブサイト等で開示すること等を義務付けるものです。

世界の国別行動計画(NAP)の状況

 以上、企業に対して広く人権デューデリジェンスに関する報告義務や実施義務を課している世界の規制の概要を紹介しましたが、いまだハードローが策定されていない国の中でも、多くの国で、国別行動計画(NAP)9 が策定されています。
 以下は、すでにNAPが策定されている国と、NAPの策定過程にある国または策定をコミットしている国の各一覧です。この一覧と前記2〜11を比較するとわかるとおり、すでに国別行動計画が策定されていてもハードローがいまだ導入されていない国もあります。

 もっとも、強調したいのは、すでにこれだけ多くの国がビジネスと人権を重要な政策として捉えていること、(国際人権に関する典型的な批判の1つとして、欧州による強要であるというものがありますが)かかるトレンドは決して欧米諸国による強要という見方だけでは片付けられないこと、すなわち、日系企業が多く進出するアジア諸国を含む新興国・途上国でもNAPの策定が進んでいること、これらの国々が今後続々とビジネスと人権に関するハードローを導入する可能性が大いにあるということです。また、「「ビジネスと人権」の概要と国際的潮流」でも紹介したとおり、途上国・新興国のライツホルダー(権利の保有者)から先進国の企業に対して提起されるビジネスと人権関連訴訟も増加しています。
 「ビジネスと人権」の分野を考える場合は、現在存在する欧米諸国の法律のみに目を向けるのではなく、これらの世界の動きを全体として捉えることが必要です。

※ 各項目の左側が、国連の公表する先進国のカテゴリー 10 に入る国、右側がそれ以外の国(新興国・途上国)です。
※ なお、ジョージア・韓国・メキシコは、人権に関する国別行動計画の中で、ビジネスと人権に関する章を設けています。

日系企業に対する影響

 本稿で紹介したとおり、人権デューデリジェンス関連法制と一口に言っても、細かく見ていくと、以下のとおり様々なバリエーションがあります。

  1. そもそも取組みの有無・内容に関する報告義務のみか、または人権デューデリジェンスの実施を実質的に義務付けるものか
  2. 対象企業の範囲(対象国内の設立企業以外にも、物品やサービスの販売・提供を行っている他国企業を含めるか)
  3. 対象とするリスク・課題(サプライチェーン上の強制労働等の特定の種類の人権課題に限定するか、広くバリューチェーンをも対象とするか、また環境や汚職等に関するリスクも含めるか)
  4. 法令違反の効果や、実際に人権侵害と企業活動がリンクしてしまった場合の効果の明記(民事責任まで認めるか、義務違反について行政罰や刑罰を規定するに留めるか)
  5. 権利を侵害されたライツホルダーからの救済申立手段も明記しているか 等

 このように複数の種類の国内法が乱立する中で、特定の国の法律の適用を受ける日系企業は、まず各法律によって求められる内容を遵守すべきことが大前提となります。また、各国法の直接適用を受けなくても、これが適用される各国の取引先企業から、サプライヤーという立場で、実質的に同様の行為を求められる場合もあるでしょう。

 もっとも、EUの新指令を含む、人権デューデリジェンスの実施を義務付ける近年の国内法に関するトレンドに見られるように、広範な規制が導入・議論され始めていること、それらが依拠する指導原則が、そもそも、企業が見るべきリスクを特定の人権侵害の種類やサプライチェーン上の問題に狭く限定していないこと、さらに、ESG投資の文脈の中で投資家に求められる視点もこの指導原則の考え方を基本としていることを視野に入れる必要があります。
 よって、日本企業にも、今後は、広範な人権課題を視野に入れたうえで、何が自社として優先順位をつけるべき人権課題なのかを個別具体的に考え、取り組んでいく姿勢が求められます
 本連載でも、今後、具体的な人権デューデリジェンスの実践方法について解説します。


  1. 人権等を含む社会的責任にコミットしている姿勢を示しつつ、実態が伴っていない状態をいいます。 ↩︎

  2. Business & Human Rights Resource Centre「Modern Slavery Act: Five years of reporting」(2021年2月) ↩︎

  3. European Parliament Press Release「MEPs: Companies must no longer cause harm to people and planet with impunity」(2021年3月10日) ↩︎

  4. A Sarah, B Moens, G Leali and H Burchard 「Europe Inc. wins as EU delays new business rules」(2021年5月) ↩︎

  5. 最終的な原案では、①EU加盟国の法律に準拠しまたはEU域内にて設立されている大規模な事業体、上場しているまたはリスクの高い中小規模の事業体、および②非EU加盟国の法律に準拠し非EU加盟国において設立されている事業体のうち、EU域内市場で物品の販売およびサービスの提供を行っている、大規模な事業体・上場している中小規模の事業体・リスクの高い業種の中小規模の事業体が対象とされました。 ↩︎

  6. 詳しくは「「ビジネスと人権」の概要と国際的潮流」を参照。 ↩︎

  7. https://shiftproject.org/wp-content/uploads/2021/03/Shift_John-Ruggie_Letter_German-DD.pdf(2021年3月9日) ↩︎

  8. スイスでは、10万人の署名を集めた公的なイニシアチブについては国民投票にかけることができます。当該イニシアチブは、スイスに拠点を置く多国籍企業に対し、人権・環境リスクのデューデリジェンスの実施と報告を求め、自社がコントロールする企業が惹起した損害にも法的責任を負わせること、また、被害者がスイスの裁判所に提訴できる旨の法律の制定を求めるものでした。 ↩︎

  9. 国別行動計画とは、当該国の企業をして、ビジネスにおける人権インパクトに対する適切な対処をさせるために、当該国が今後コミットする内容およびすでに実施した措置を優先分野とともにまとめた政策文書です。2020年10月に公表された日本の行動計画の詳細等は「「ビジネスと人権」の概要と国際的潮流」を参照 ↩︎

  10. United Nations「World Economic Situation and Prospects」(2020) ↩︎

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