サステイナビリティ時代に求められる企業の経営戦略

第3回 「ビジネスと人権」に関する日本政府の対応状況と日本企業の取り組み動向

国際取引・海外進出
渡邉 純子弁護士 西村あさひ法律事務所

目次

  1. 日本の「『ビジネスと人権』に関する行動計画」
  2. 日本企業による人権に関する取り組みの最新動向
※本記事は、西村あさひ法律事務所が発行するニューズレターの「アジアニューズレター2020年10月30日号」に掲載されている「サステイナビリティと日本企業の海外進出 – ビジネスと人権① 総論 –」の内容を元に編集したものです。

 「ビジネスと人権」は国内事業および海外事業の双方において、かつ業種を問わず問題となりますが、途上国・新興国では特に法整備の欠如や経済的脆弱性、複雑な人種問題等が絡まりあってより深刻な問題が生じているのが現状であり、海外進出企業は特に留意が必要です。

 本稿では、「ビジネスと人権」に関する国際的潮流を背景とした、日本政府の対応(国別行動計画の策定)および日本企業の取り組みの最新動向を紹介します。

日本の「『ビジネスと人権』に関する行動計画」

 ビジネスと人権に関する国別行動計画とは、当該国の企業をして、ビジネスにおける人権インパクトに対する適切な対処をさせるために、当該国が今後コミットする内容およびすでに実施した措置を優先分野とともにまとめた政策文書です。第2回の1で述べた「ビジネスと人権に関する指導原則」(以下「指導原則」といいます)1 の普及および実施を図るために、国連のビジネスと人権作業部会によってすべての国による作成が奨励されており、これを受けて2013年以降、英国を筆頭に、イタリア、オランダ、ノルウェー、米国、ドイツ、フランス、アジアの中ではタイを含む24か国がすでに行動計画を策定・公表しています。また、国別行動計画を今後策定することを約束した国または現在策定プロセス中である国は、インド・インドネシア・マレーシア・ミャンマー・パキスタン・モンゴルのアジア諸国を含め、20か国以上に上ります 2

 日本政府も、2016年に行動計画の策定を表明して以来、4年近くにわたる作業部会によるステークホルダーを交えた議論やパブリックコメントの収集等を経て、2020年10月16日、「「ビジネスと人権」に関する行動計画(2020-2025)」を発表しました 3。目的は、①国際社会を含む社会全体の人権の保護・促進、②関連する政策に係る一貫性の確保、③日本企業の国際的な競争力および持続可能性の確保・向上、④SDGsの達成への貢献とされており、特に③においては、「企業リスク要因の回避・管理、グローバルな投資家等の高評価を得る」目的にも言及されています。

 また、特に重要と考える5つの優先分野は以下のとおりとされており、特に、実体的なイシューとして唯一個別にあげられている「④サプライチェーンにおける人権尊重」は、企業のグローバル化に伴い途上国・新興国においてとりわけ問題になるイシューといえます。

  1. 政府、政府関連機関および地方公共団体等の「ビジネスと人権」に関する理解の促進と意識向上
  2. 企業の「ビジネスと人権」に関する理解の促進と意識向上
  3. 社会全体の人権に関する理解促進と意識向上
  4. サプライチェーンにおける人権尊重を促進する仕組みの整備
  5. 救済メカニズム(司法的・非司法的救済)の整備および改善

 以下に示す行動計画の分野別の内容によっても、企業の責任に関わるものとしては国内外のサプライチェーンにおける取り組みが最重要課題とされており、企業の責任を促すための政府による今後の取り組みとしても、海外進出日本企業に対する行動計画の周知や人権デュー・デリジェンスに関する啓発が掲げられています。

出典:ビジネスと人権に関する行動計画に係る関係府省庁連絡会議「『ビジネスと人権』に関する行動計画(概要)」(2020年10月)

出典:ビジネスと人権に関する行動計画に係る関係府省庁連絡会議
『ビジネスと人権』に関する行動計画(概要)」(2020年10月)

 国別行動計画の内容としてどこまで踏み込んだコミットをするかは国ごとにレベル感が異なるのが現状です。たとえばドイツの行動計画 4 と比較すると、今回の日本の行動計画には将来の(ビジネスと人権に焦点を当てた)法制化やその検討についての明記がない、現在の日本の政策と国際的に求められる水準とのギャップに係る分析が十分に行われていない等の議論もあるところです 5

 もっとも、今後の日本企業による取り組みの促進を目指す明確なメッセージを含め、国際社会に対してもコミットされた初めての公式文書という意味では大きな前進であり、ビジネスと人権は今後日本企業としてもますます無視のできない重要課題となります。また、今回の行動計画の期間は5年間とされており、3年後には日本企業の取組状況について中間的なレビューを行ったうえで5年後に改定を行うこととされています。

日本企業による人権に関する取り組みの最新動向

 日本経済団体連合会が2020年10月13日に発表した「第2回企業行動憲章に関するアンケート調査結果」6 によれば、「指導原則に即して『ビジネスと人権』への取り組みを進めている」と回答したのは、(調査対象の質問に回答した企業数の)3割強に留まっており、「『指導原則』を理解しているが、活動に落とし込めていない」企業も含め、取り組みを行っていない企業は約6割と公表されています。また、機関投資家と人権NGOが設立したビジネスと人権に関する国際的なイニチアチブとして世界の主要企業の格付けを行っているCHRB(Corporate Human Rights Benchmark:企業人権ベンチマーク)の昨年度の評価結果によれば、評価対象となった日本企業18社のうち15社の獲得スコアは、合計200社の全体平均スコアを下回る結果となっています 7

 もっとも、日本でも取り組みを進めている企業における対応内容は、2018年度の同調査結果 8 と比較すると進展がみられます。たとえば、サプライチェーンの持続性確保のための取組内容として第2次サプライヤー以降の取引先における人権リスク(強制労働や児童労働等)の把握と対処を行っている企業数の増加等の傾向もみられます 9。また、取り組みを行っている企業の推進理由としては、「国際的なビジネスの場で主流化しつつあるから」(79%)、「海外での法制化やガイドライン策定の流れ」(65%)、「投資家や評価機関への対応」(63%)が回答の上位を占めており 10日本でハードローが存在しない状況でも海外での法制化および投資家からの評価を踏まえて取り組みを開始している企業から順に実質的な取り組みを深化させ国際的な評価を高めている状況といえます 11

 上記のアンケート調査結果によれば、人権の尊重に関する企業方針の策定をすでに行っている企業および策定予定の企業の割合は7割であることからすると、日本企業による人権意識の高まり自体は確かに存在しているといえますが、人権デューデリジェンスにより自社の事業が人権に与えうる影響の特定・対処・評価・改善のプロセスを経なければ実質的な取り組みとしては不十分であるということを念頭に、対策を練ることが必要です。


  1. UN Special Representative (Ruggie)「Guiding Principles on Business and Human Rights: Implementing the United Nations Protect, Respect and Remedy Framework」(2011年) ↩︎

  2. United Nations Human Rights Office of the High Commissioner website「State national plans on Business and Human Rights」 ↩︎

  3. ビジネスと人権に関する行動計画に係る関係府省庁連絡会議「『ビジネスと人権』に関する行動計画(2020 - 2025)」 ↩︎

  4. 従業員数が500人以上の企業の50%未満のみしか2020年までに人権デューデリジェンスを実施しなかった場合は、法律による義務化を含めたさらなる規制強化を検討することが規定されています(「The German National Action Plan – Implementation of the UN Guiding Principles on Business and Human Rights 2016-2020」)。なお、その後2020年7月、ドイツ政府は2021年末までにデューデリジェンス法を制定する旨公表しています。 ↩︎

  5. なお、たとえばアジア諸国の中でも、タイの行動計画では、達成目標ごとにクリアな期限と達成度を測る指標が明記されており、労働者保護に関する現在の法制が十分か、実情と国際的に求められる基準とのギャップを分析して該当法令の改正を検討すること等もマイルストーンとともに規定されています(「1st National Action Plan on Business and Human Rights(2019-2022) 」)。 ↩︎

  6. 日本経済団体連合会(経団連)「第2回企業行動憲章に関するアンケート調査結果」 ↩︎

  7. CHRB website「2019 Results」 ↩︎

  8. 経団連 「企業行動憲章に関するアンケート調査結果」(2018年7月17日) ↩︎

  9. 前掲注)28・22頁 ↩︎

  10. 前掲注)28・32頁 ↩︎

  11. たとえばファーストリテイリングは、新規の事業パートナーとの取引決定前に人権デューデリジェンスを行う運用の導入等により、CHRBの獲得スコアを2017年度の15点から2019年度には世界主要企業の合計を大幅に上回る47点まで伸ばしています(合計スコア100点中。前掲注29) ↩︎

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