サステイナビリティ時代に求められる企業の経営戦略

第16回 人権デューデリジェンスの実践(その6)- 人権に対する負の影響への対処方法

国際取引・海外進出
渡邉 純子弁護士 西村あさひ法律事務所

シリーズ一覧全16件

  1. 第1回 サステイナビリティと日本企業の海外進出 〜求められる3つのマインドセット〜
  2. 第2回 「ビジネスと人権」の概要と国際的潮流
  3. 第3回 「ビジネスと人権」に関する日本政府の対応状況と日本企業の取り組み動向
  4. 第4回 ビジネスと人権 - コーポレート・デューデリジェンスおよびコーポレート・アカウンタビリティに関するEUの新指令
  5. 第5回 サステイナビリティと気候変動 – 英国のTCFD情報開示の義務化に関する公表
  6. 第6回 英国現代奴隷法の強化と「現代奴隷」
  7. 第7回 世界の人権デューデリジェンス関連法制総まとめ
  8. 第8回 人権デューデリジェンスの実践(その1) - 人権デューデリジェンス全般に関する留意点と5つのステップ
  9. 第9回 国際人権法の成り立ちと実務への適用 - 水に対する権利を題材に
  10. 第10回 人権デューデリジェンスの実践(その2) - スコーピング(調査範囲確定)の必要性と留意点
  11. 第11回 人権デューデリジェンスの実践(その3) - データ収集時におさえておくべき6つの視点と具体的方法、KPI設定のポイント
  12. 第12回 人権デューデリジェンスの実践(その4) - 類型にもとづくリスク分析と企業に求められる対応
  13. 第13回 人権デューデリジェンスの実践(その5)- 国際人権基準や各国国内法の内容理解に基づく人権への負の影響の分析
  14. 第14回 EUの「コーポレート・サステイナビリティ・デューデリジェンスに関する指令案」の概要と今後の見通し
  15. 第15回 国連作業部会による、次の10年に向けたロードマップの公表
  16. 第16回 人権デューデリジェンスの実践(その6)- 人権に対する負の影響への対処方法
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目次

  1. 人権への負の影響の停止・防止・影響力の行使
    1. 企業との関与類型に応じて求められる対応
  2. 実施状況のモニタリング
  3. 人権への負の影響の是正(救済措置の実施)
    1. 是正の意義と性質
    2. グリーバンスメカニズムの設置

 今回は、人権デューデリジェンスのステップ4として、連載第13回までのステップにより特定された人権に対する負の影響への対処方法について解説します。具体的には、企業の関与類型に応じて求められる対応方法の違いの復習と、そのうち「影響力の行使」の具体的方法、対応策の実施後のモニタリング、そして最後に人権への負の影響の是正(救済措置の実施)について順に説明していきます。

人権への負の影響の停止・防止・影響力の行使

企業との関与類型に応じて求められる対応

 第12回「人権デューデリジェンスの実践(その4)- 類型にもとづくリスク分析と企業に求められる対応」で解説したとおり、指導原則 1 上、人権への負の影響と企業との関わり方の類型に応じて、企業に求められる対応が異なります。同記事で解説した3つの類型ごとに、人権への負の影響がすでに生じている場合と潜在的に生じ得る場合にわけて表にまとめると、以下のようになります(指導原則19コメント部分参照)。

人権に対する負の影響への企業の関わり方の類型 求められる対応
実際に人権への負の影響が生じている場合 潜在的に負の影響が
発生し得る場合
自社の企業活動について 是正の要否
①(企業が人権への負の影響の)原因となる場合 負の影響を「停止」させる。 是正が求められる。 負の影響の発生を「防止」する。
②(企業が人権への負の影響を)助長する場合 助長行為を「停止」する。

残された負の影響を最大限軽減するために「影響力を行使」する。
是正が求められる。 助長行為を「防止」する。

残された負の影響を最大限軽減するために「影響力を行使」する。
③(上記①②に該当しないが、人権への負の影響が)ビジネス上の関係先(第三者)を通じて、企業の事業・製品またはサービスと直接結び付く場合 (i) 負の影響の原因となる第三者に対し、当該影響を軽減するよう「影響力を行使」する。
(ii) 影響力がないまたは強化できない場合には、当該第三者との取引関係の重要性、人権侵害の程度の深刻性、取引関係を終了させること自体が人権への負の影響をもたらすか否かを考慮したうえで、当該第三者との取引関係の終了を検討する。
是正は求められないが、自発的に行うことも考えられる。 (i) 負の影響の原因となる第三者に対し、当該影響を防止するよう「影響力を行使」する。
(ii) 影響力がないまたは強化できない場合には、当該第三者との取引関係の重要性、人権侵害の程度の深刻性、取引関係を終了させること自体が人権への負の影響をもたらすか否かを考慮したうえで、当該第三者との取引関係の終了を検討する。

「影響力の行使」の方法

 上記の表中の②および③の類型では、「影響力の行使」が求められますが、ここにいう「影響力」とは、人権への負の影響の原因を作出している、または作出し得る第三者による行為を変容させることのできる能力を意味します 2

 連載第12回でも解説したとおり、③の類型の場合も、企業は、人権への負の影響との関与が特定された際、あらゆる場合に一律に第三者との取引関係をただちに終了させて、自社の事業環境をクリーンな状態にすることを目指すのではなく、当該人権侵害を軽減(または防止)するためにまずは影響力を行使する、またはその時点で影響力がない場合にはこれの強化を検討することが指導原則上求められます。たとえば、サプライチェーン上で児童労働が発見された場合にサプライヤーとの取引を終了させるのは簡単ですが、それによって職を失った児童およびその家族が、さらなる貧困状況に追いやられ、これがさらに最悪な結果を生むことがしばしばあります(当該児童が犯罪に加担せざるを得ない状況を生み出す等。前提として多くの児童労働の背後には貧困問題が絡んでいます)。これでは、ビジネスと人権の枠組みによって世界における人権侵害の減少を目指すという本来的な目的が達成されないため、企業には、自社が人権侵害の原因となっていない場合でも、(可能な場合)第三者に対する影響力を行使することが第一次的対応として求められているというわけです。

 加えて、強調しておきたい点は、①影響力の行使またはその強化の方法には、自社単体で行う方法のみではなく、他企業や業界団体、人権侵害発生国の政府機関や国際機関等のあらゆるステークホルダーと協働して行う方法も含むということと、②人権デューデリジェンスのプロセスを通じて、実際の人権への負の影響(潜在的リスクを含みます)が特定される前から、そのような「影響力」を確保できるように、第三者との間の契約等の取引書類でも、あらかじめ手当てを行っておくことの有用性です。
 影響力の行使の具体的方法としては、以下のように様々な方法があり得ます。

A 日常的な商業取引関係の中で行使し得る影響力
    (例)
  • 人権行動指針を策定したうえで、ビジネス上の関係先(第三者)との間の契約書等により、当該指針の遵守義務およびこれに関連する規定を合意しておく(遵守義務に対する違反の有無を自社が定期的に確認することを可能とする調査権・監査権・第三者による報告義務、また、最終的に人権侵害が解消されない場合の解除権の規定等を含みます)。
    【注:この場合、抽象的に「人権侵害があった場合」等と定めても、遵守義務の履行に向けた行動を促すという目的に照らすと、取引先の意識不足等により実質的な効果を有さないことが多く想定されます 3。そのため、前回までに解説してきた国際法上の国際人権基準や国内法の人権関連規定の内容を踏まえて、各業種やビジネスモデルに応じて特に発生しやすい個別の人権課題を意識しつつ、個別ケースに応じて、具体的かつ明確な例示規定を作成することも重要です。】
  • 国際人権基準を反映した行動規範をもとにサプライヤーを選定するプロセスに切り替える。
  • 既存の契約関係にあるサプライヤーのうち、国際人権基準を満たすサプライヤーに対してよりインセンティブを与える(発注量を増加する)等。

B 商業取引の内容自体を超えて、取引先との事業上の関係に基づき行使し得る影響力
    (例)
  • サプライヤーの人権基準遵守能力を高めるためのキャパシティビルディング(研修や各種支援等)を実施する。
    【注:特にサプライチェーン上の労働に関する問題に関しては、性質上、上記Aであげた契約書等における規定を出発点としつつ、人権侵害の根本原因により効果的にアプローチするために、サプライヤーのキャパシティビルディングに向けて支援を行うことも重要な対応策の1つとして認識することが重要です(特に長く複雑なサプライチェーンにおいては、自社が決定権を有する購買構造自体がサプライヤーの労働環境を悪化させていることも多くあり、サプライヤー自ら人権への負の影響を生じさせやすい環境から抜け出しにくい場合もあります。また、サプライヤー側での人権に関する意識の浸透が自社以上に困難である場合も多く存在します)。】

C 他社と協働して行使し得る影響力
    (例)
  • 他社や業界団体と協働して、当該業界や地域で発生しやすい人権への負の影響に関して情報共有をし合える体制を整えたうえで、共通のサプライヤーに対して求める行動指針を策定する。
  • 契約条項の変更が難しい既存の契約関係の中で、人権への負の影響が生じた場合、(プロジェクトファイナンスや合弁事業等の場面で)同一事業に関与しており、かつ当該契約の規定上、自社よりもより大きな影響力を有する他社に対して呼びかけを行い、当該負の影響の軽減に向けて協働する。

D その他のステークホルダー(労働組合、国際機関、政府機関、NGO等)と協働して行使し得る影響力
    (例)
  • 開発途上国の人権侵害状況の改善を目的とする国際機関の各種プロジェクトに加入する(繊維産業の労働に関する権利に関しては、途上国の工場における労働環境改善に向けた監査の実施・アドバイスや研修等の機会を提供しているILOのベターワーク 4 への加入、カカオセクターの児童労働に関しては、撲滅に向けてガーナを拠点に活動するACE(NGO)5 との協働等、業界や人権課題の内容および国・地域ごとに異なる選択肢を検討する)。
  • 人身売買に関与し労働者をdebt bondage(負債による束縛)に陥れているブローカーが特定された場合、規制当局に対して告発し、現地の当該政府機関と協働する。
  • ある地域で強制労働が蔓延していることが判明した場合、国際開発機関や大使館等とも連携し、当該国の政策立案者に対して地域全体における監査の強化を働きかける。

取引先に人権リスクがある場合に、契約書上の表明保証条項で対応できるか?

上記Aのとおり、契約上、法的拘束力を有する形で、指導原則に沿った対応が可能となるような仕組みを規定しておくことが、取引先等に対する「影響力の行使」の一手段としても重要です。この点、従来のコンプライアンス法務では、取引先に何らかのリスクが想定される場合の対応策として、リスクが存在しないことの取引先による表明保証条項を規定し、当該表明保証の違反があった場合には契約解除や損害賠償が可能となるような建付けとすることが一般的でした。もっとも、人権デューデリジェンスを行ううえでは、このような伝統的な表明保証条項にはほぼ実質的効果が伴わないことが近年指摘されている点に注意が必要です。

米国法曹協会が今年発表したモデル契約条項の改訂版 6 でもこの観点が反映されており、売主側に人権リスクが存在しないことの表明保証を行わせる代わりに、買主と売主の双方が、各自の責任として人権デューデリジェンスを行うことの義務を負い(1.1条(a))、売主がサプライヤー行動規範等を遵守できない場合には買主がこれを支援する義務を負い(1.3条)、買主が人権侵害の原因を作出しまたは助長している場合には、買主が当該人権侵害の是正計画の作成と実施に参加する義務を負います(2.3条(e))。

なお、当該是正計画には、上記Bで述べたキャパシティビルディングも含むとされています。また、最終的に、売主の人権侵害が治癒できずに契約を解除する場合にも、買主は契約を解除することによる人権への悪影響を考慮し、これを防止または軽減する商業上合理的な努力義務を負う(1.3条(f))こと等が規定されています。これは、本連載で説明して来た指導原則およびOECDガイドラインの内容および理念に沿った人権デューデリジェンスのプロセスそのものを、契約上の規定として仕組化させるものです。

「人権リスクの不存在」に関する単なる表明保証条項が実効的ではない理由としては、ステップ1 7 でも解説したとおり、ビジネスと人権の枠組みでは、そもそも問題になり得る人権侵害がその性質上膨大となり得ることから、あらゆる人権侵害が存在しないことを表明保証させることは両当事者の主観にも客観的事実にもそぐわない場合を前提とすべきこと、また、上記Bでも述べたとおり、むしろ売主側の人権侵害は、無理のある発注条件等、買主が支配する購買構造自体が根本原因となっていることが多いことがあげられています。

言い換えれば、指導原則の建付け、そして法的拘束力を伴って同原則を具現化する近時の各国におけるハードローも、上記の規定例のように、また、本連載で解説してきたとおり、買主自身による主体的な人権デューデリジェンスの実施を求めていること(すなわち、人権リスクが発見された場合に一方的に取引先等に責任を負わせるものではないこと)が理由となります。さらにいえば、企業の人権に関する取組みを評価する主要なイニシアチブ「Know The Chain」等のベンチマークでも、同様の点が評価の前提となっています。このように、ビジネスと人権に関する取組みは、関連国際規範や国内法の理解を前提としつつも、純粋な企業に対するリスクのみに着眼する従来のコンプライアンス法務とは異なる側面を持つことを理解する必要があります。

実施状況のモニタリング

 本連載でも繰り返し強調してきましたが、人権侵害の状況は、時間の経過とともに変容することが想定されます。よって、ここまで解説してきた手順に沿って、人権への負の影響を特定したうえで、当該影響を停止・防止し、または軽減に向けた影響力の行使を行ったとしても、その効果が有効に生じており維持されているか否かを、継続してモニタリングすることが必要とされます 8。その際、第11回「人権デューデリジェンスの実践(その3)- データ収集時におさえておくべき6つの視点と具体的方法、KPI設定のポイント」で述べたとおり、個別の人権イシューに応じたインディケーターを策定して、モニタリングの際に活用することが1つの方法です。

 また、モニタリング調査の質を有効なものとするため、ライツホルダーを含むステークホルダーと協働することはここでも重要です(第11回で解説した「人権アプローチ」と同じ発想に基づきます)。これにより、実際の人権への負の影響の対象となっているライツホルダー側との間の信頼関係を構築することも可能となります。

 具体的な方法としては様々なものがあり得ますが、たとえばハラスメントであれば従業員や取引先を対象とするアンケート調査等を実施すること、強制労働事案であれば、労働者や労働者代表・労働組合からヒアリングを行い意見を聴取することがあげられます。また、サプライチェーン上の問題に関しては、(サプライヤーとの契約中に適切な規定を入れ込む等して)サプライヤーに定期的な監査の結果を報告させ、サプライヤーにおける改善状況を追跡調査するといったことも考えられます。さらに、以下3−2で述べるグリーバンスメカニズムへの通報内容の定期確認も、モニタリングの1つの手法となります。

 また、モニタリング調査を行う頻度についても、第10回「人権デューデリジェンスの実践(その2)- スコーピング(調査範囲確定)の必要性と留意点」で説明した優先順位付けを考慮して決定することになります(前提として、ステップ3のリスク分析の結果、ステップ4の負の影響に対する防止・軽減への取組みに関して優先順位付けを行うことが必要とされます。そして、モニタリングの優先順位も、当該順序と整合するものとすることが必要です。すなわち、人権への負の影響の深刻性が高いものについてはより頻繁にモニタリングを行うことが必要です)。

人権への負の影響の是正(救済措置の実施)

是正の意義と性質

 上記1で図示したとおり、人権への負の影響に対する企業の関わり方のうち、類型①および類型②の場合で、実際に当該負の影響が生じてしまっているときは、これを是正する、すなわち当該負の影響が生じていなかった場合の状況に(これが可能な場合)回復できるような措置等を実施することが求められます。これは人権侵害に対する救済措置の提供を意味します 9

 具体的な是正の方法は、個別事案における人権イシューの性質やライツホルダー(権利保持者)の意向、発生した負の影響の規模や深刻性の程度等に照らして判断されるべきとされますが、たとえば、被害回復、地位回復、金銭的または非金銭的補償、処罰(不正行為に対して責任を負うスタッフの解雇等)、謝罪文の公表等が含まれます。ここでも、ライツホルダーおよびこれを代表するステークホルダー(労働組合等)とのエンゲージメントを十分に重ねたうえで、何がより良い対処方法かを決定することが肝要です。また、仮に人権侵害がなかった場合の状況にライツホルダーを置くための原状回復的手段が基本とされるべきであり、補償は、一次的に検討されるべき手段ではないことに留意する必要があります。

 なお、強制労働は犯罪に該当するため、強制労働を発見した場合には、現地の管轄当局に対して通報することも重要です 10。また、各国国内法により、実行すべき救済方法が規定されている場合もあります

グリーバンスメカニズムの設置

 また、救済措置との関係で、企業にはグリーバンスメカニズム(苦情処理制度)を設置することも求められます 11。グリーバンスメカニズムの構築は、救済措置が必要な人権に対する負の影響にかかる情報を吸い上げられるデータ収集の1つの手段 12、また、上記2で解説したモニタリングの段階での重要なデータ収集の手段となり、その結果、迅速かつ直接的な救済措置の実施を可能とすることができます。また、当該時点では人権侵害(国際法上の国際人権基準違反)を構成する事案ではなくても、その潜在的可能性を早期に把握する意味でも役立ちます(かかる潜在的影響に関しても、企業は人権侵害の未然の防止のための対応を求められます)。

 具体的な導入方法としては、対象人数の規模や企業のリソース、業界や文化等の、個別事情により様々な形態があり得ますが、たとえば、従業員相談窓口やサプライヤーホットライン、顧客相談窓口の設置等があげられます(この点、従業員や消費者を対象とした相談窓口は、すでに多くの企業において設置されていると思われますが、対象事案が、人権行動指針や調達基準、国際人権基準の違反となり得るものを広く拾うべきである点と、対象者をサプライヤー等のステークホルダーに拡大する必要がある点に留意する必要があります。また、自社グループ内の労働に関する人権課題に関しても、今一度、真に利用者が利用しやすい制度となっているか、たとえばハラスメント事案に関して通報者が安心して信頼されたチームに告発することが可能か等、以下の要件に照らして再度見直すことも求められます)。

 また、グリーバンスメカニズムは、自社単体で設置することも、他社や業界団体を含むステークホルダーと協働して設置することもあり得、さらに外部専門家を関与させる形で制度設計することも考えられます(高度に複雑な事案については、人権・法律・労働・環境・開発・紛争解決・サプライチェーン管理等に関する専門知識を有する者かつ独立した第三者を関与させることが望ましいとされます 13
 グリーバンスメカニズムは、これを使用する者がその存在を認識しており、信頼し、かつ実際に使用することができる場合に初めて実効的なものとなることから、指導原則上、以下にあげる要素を満たす必要があります 14

  1. 正当性がある
    利用者であるステークホルダーから信頼され、苦情手続の公正な遂行に対して責任を負うものであること。
  2. アクセス可能である
    利用者であるステークホルダー全員に認知されており、アクセスに関して特別の困難を有する人々に対して適切な支援を提供するものであること。
    【注:アクセスの困難性には、言語・識字能力・費用・物理的場所・報復への恐怖等が含まれます】
  3. 予測可能である
    各段階につき目安となる所要期間を含む、明確かつ周知された手続が設けられており、手続および結果の類型および履行をモニタリングする手段が明確化されていること。
  4. 公平である
    被害を受けた当事者が、公平で情報に通じ、かつ敬意を保持できる条件のもとで苦情処理手続に参加するために必要な情報源、助言および専門知識への正当なアクセスができること。
  5. 透明性がある
    苦情を申し立てた当事者に進捗情報を継続的に知らせ、またメカニズムの実効性について信頼を築き公共の利益をまもるために、メカニズムの履行状況について十分な情報を提供していること。
  6. 権利に適合する
    結果および救済措置が、「国際的に認められた人権」に適合していること。
  7. 継続的学習のリソースとなる
    メカニズムを改善し、将来の苦情や人権侵害を防止するための反省を明確にするための関連する手段を活用していること。
  8. エンゲージメント・対話に基づく
    利用者となるステークホルダーとメカニズムの設計や履行方法について協議されており、苦情に対処しこれを解決する手段として対話に焦点があてられていること。

 以上、特定された人権への負の影響に対する対処方法(ステップ4)として、企業の関与類型に応じて求められる対応方法、「影響力の行使」の具体的方法、その後のモニタリングおよび是正(救済措置の実施)について解説しました。

ステップ4 (人権に対する負の影響への対処)のポイント
  • 自社の事業活動が第三者を通じて人権への負の影響に直接関連する場合(1の類型③)、当該第三者との取引関係をただちに終了させる前に、影響力の行使または影響力の強化を検討し、人権侵害の軽減・防止に向けて働きかけることが求められる。
  • 影響力の行使の具体的な方法には様々なものがあり得ることを念頭に、場合によって適切な手段を複数検討する。
  • 適切な契約条項の規定は、影響力の行使のための有効な手段である。もっとも、契約上の規定は、指導原則に則った仕組みとすべきであり、従来のコンプライアンス法務と異なる観点が必要であることにも留意する。
  • 影響力の行使の方法として、バリューチェーン全体でのサステイナビリティの向上を目指すことや、サプライヤーのキャパシティビルディングの支援にも留意する。
  • 対応策実施後のモニタリングを適切に行う。
  • 自ら人権侵害の原因を作出または助長している場合(1の類型①②)には、是正措置の具体的検討を行う。
  • グリーバンスメカニズムの設置にあたり、既存の体制の不足点も分析したうえで、範囲(対象事項・対象人員)を拡大する。

  1. UN Special Representative (Ruggie)「Guiding Principles on Business and Human Rights: Implementing the United Nations Protect, Respect and Remedy Framework」(2011年) ↩︎

  2. 指導原則19コメント部分 ↩︎

  3. 「国際人権」に含まれる権利が非常に幅広く、多くの日本企業にとって外延が理解しづらいのと同様の困難を、国内外の取引先も感じることが実態といえます。そのため、実質的に人権デューデリジェンスを進めていくうえでは、取引先やその事業の性質に応じて個別具体的に問題になり得る人権侵害を可能な限り特定し、契約上の規定にも反映することによって、自分事として理解を得ることが実務上重要となります。 ↩︎

  4. ILO駐日事務所「ベターワークについて」 ↩︎

  5. 特定非営利活動法人ACE ↩︎

  6. American Bar Association Website「Contractual Clause Project」 ↩︎

  7. 詳細は「第10回 人権デューデリジェンスの実践(その2)- スコーピング(調査範囲確定)の必要性と留意点」参照 ↩︎

  8. 指導原則20 ↩︎

  9. なお、指導原則上、厳密には、是正措置の実施は「人権デューデリジェンス」の内容自体とは区別して規定されており、人権デューデリジェンスを行なった結果として(人権への負の影響の特定を通じて)可能となる作業という位置付けですが、人権デューデリジェンスの一連のプロセスと密接に関連し、また、人権デューデリジェンスを実施する最も重要な目的ともいえるため、本稿ではあわせて解説します。 ↩︎

  10. European Commission and European External Action Service「GUIDANCE ON DUE DILIGENCE FOR EU BUSINESSES TO ADDRESS THE RISK OF FORCED LABOUR IN THEIR OPERATIONS AND SUPPLY CHAINS」(2021年7月12日) ↩︎

  11. 指導原則29 ↩︎

  12. 第11回「人権デューデリジェンスの実践(その3)- データ収集時におさえておくべき6つの視点と具体的方法、KPI設定のポイント」でも解説したデータ収集方法の1つとなります。 ↩︎

  13. 責任ある企業行動及びサプライ・チェーン研究会「対話救済ガイドライン(第1版)」(2019年12月)にて制度設計のモデルが解説されています。 ↩︎

  14. 指導原則31 ↩︎

シリーズ一覧全16件

  1. 第1回 サステイナビリティと日本企業の海外進出 〜求められる3つのマインドセット〜
  2. 第2回 「ビジネスと人権」の概要と国際的潮流
  3. 第3回 「ビジネスと人権」に関する日本政府の対応状況と日本企業の取り組み動向
  4. 第4回 ビジネスと人権 - コーポレート・デューデリジェンスおよびコーポレート・アカウンタビリティに関するEUの新指令
  5. 第5回 サステイナビリティと気候変動 – 英国のTCFD情報開示の義務化に関する公表
  6. 第6回 英国現代奴隷法の強化と「現代奴隷」
  7. 第7回 世界の人権デューデリジェンス関連法制総まとめ
  8. 第8回 人権デューデリジェンスの実践(その1) - 人権デューデリジェンス全般に関する留意点と5つのステップ
  9. 第9回 国際人権法の成り立ちと実務への適用 - 水に対する権利を題材に
  10. 第10回 人権デューデリジェンスの実践(その2) - スコーピング(調査範囲確定)の必要性と留意点
  11. 第11回 人権デューデリジェンスの実践(その3) - データ収集時におさえておくべき6つの視点と具体的方法、KPI設定のポイント
  12. 第12回 人権デューデリジェンスの実践(その4) - 類型にもとづくリスク分析と企業に求められる対応
  13. 第13回 人権デューデリジェンスの実践(その5)- 国際人権基準や各国国内法の内容理解に基づく人権への負の影響の分析
  14. 第14回 EUの「コーポレート・サステイナビリティ・デューデリジェンスに関する指令案」の概要と今後の見通し
  15. 第15回 国連作業部会による、次の10年に向けたロードマップの公表
  16. 第16回 人権デューデリジェンスの実践(その6)- 人権に対する負の影響への対処方法
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