サステイナビリティ時代に求められる企業の経営戦略

第4回 ビジネスと人権 - コーポレート・デューデリジェンスおよびコーポレート・アカウンタビリティに関するEUの新指令

国際取引・海外進出 公開 更新
渡邉 純子弁護士 西村あさひ法律事務所

目次

  1. 「コーポレート・デューデリジェンス及びコーポレート・アカウンタビリティに関する指令」の原案のポイント
    1. 目的及び対象事項
    2. 対象となる事業体
    3. デューデリジェンスの義務
    4. 利害関係者との協議および通知
    5. 苦情処理メカニズムおよび救済
    6. 当局による調査および制裁
  2. 事業者等の反応および今後の見通し
  3. 英国との関係
  4. 求められる企業の対応
※本記事は、西村あさひ法律事務所が発行するニューズレターの「アジアニューズレター2020年11月20日号」に掲載されている「サステイナビリティと日本企業の海外進出 – ビジネスと人権② コーポレート・デューデリジェンス及びコーポレート・アカウンタビリティに関するEUの新指令 – 」の内容を元に編集したものです。

 国際労働機関(ILO)の統計によれば、現在全世界で毎年約2,500万人が強制労働の被害者であるとされており 1、そのうちアジア太平洋地域に占める人数の割合は半数以上にのぼります 2。コロナ危機により深刻化するグローバルサプライチェーン上の労働問題を一例として、先進国と途上国の既存の経済的格差がさらに拡大し、特に途上国の多くの人々が人間としての基本的なニーズすら確保できていない状況を強調して、EUの欧州委員会のレンデルス司法委員は、2020年4月、人権デューデリジェンスを義務化する指令(以下「本指令」といいます)案を2021年上半期に提出することを発表しました 3。その後、2020年9月、欧州議会法務委員会は、本指令の原案 4(以下「本原案」といいます)を公表し、本原案を考慮したうえで迅速に法案の提出を行うよう欧州委員会に要請しています。

 本指令には、ビジネスと人権に関するハードロー 5 化が欧州諸国を中心に急速に進むなかで、各国ごとに類似の法律の要件・効果が異なっている現状に対処し、EUレベルでの共通の法的枠組を策定する機能が期待されています。本原案によれば、EU加盟国内に拠点を有しない日本企業もEU域内で事業を行っている場合は規制の対象となるため注視が必要です。

 手続としては、法案の正式な提出権限を持つ欧州委員会が2021年に法案を提出した後に、欧州議会および理事会の審議を経てEU法が指令の形式で制定され、当該指令の発効後に、各EU加盟国が当該指令の内容に沿って各国国内法を制定することになります(本原案によれば指令の発効後2年以内が期限とされています)。もっとも、今回欧州議会により公表された本原案の内容から主要なポイントについての理解を促進できること、当該指令に関する議論を受けて各EU加盟国での法制化の動きが指令の発効を待たずに加速していること 6、今回の指令では相当程度広範かつ実質的な取組みの要求が想定されているため先行して準備を開始することが肝要であることを踏まえ、本稿では本原案のポイントを解説します 7

「コーポレート・デューデリジェンス及びコーポレート・アカウンタビリティに関する指令」の原案のポイント

目的及び対象事項

 本指令は、EU域内で事業を行う事業体が、人権・環境およびグッド・ガバナンス(良い統治)を尊重し、事業および事業上の関係を通じてこれらに対するリスクを作出または助長しないようにすることを目的としています 8。ここにいうガバナンスとは、国際協力の世界で一般的に使用される意味での国の統治機構や行政能力等を指し、本指令におけるグッド・ガバナンスに対するリスクとは、法律に違反して特権を得るために事業体が当該国・地域の公務員に対して過度な影響を及ぼすこと等を指し、例としてOECD多国籍企業指針(7章・贈賄の防止)等への違反を含むとされています 9。本指令では、環境およびグッド・ガバナンスは人権問題の1つとして捉えられています。

対象となる事業体

 対象は広範であり、EU加盟国の法律に準拠しているまたはEU域内にて設立された事業体、およびEU域内市場で物品の販売およびサービスの提供を行っている事業体が対象とされています 10産業分野の限定はなく、事業体の規模に応じた例外や数値基準も設けられていません。もっとも、各EU加盟国はその裁量により、零細企業(従業員10名以下、総資産が35万ユーロ以下、純売上高が70万ユーロ以下という3つの要件のうち2つ以上を満たす事業体を指します 11)を規制の対象外とすることができるとされています。

デューデリジェンスの義務

 対象となる事業体は、その事業および事業上の関係が、人権・環境・ガバナンスに関するリスクを作出または助長していないか、適切な方法で継続的に特定し評価しなければならないとされています。その結果、当該リスクを作出または助長していないと結論付けた場合にはその旨を公表しなければならず、反対に、リスクを特定した場合には、デューデリジェンスの戦略を確立し、ウェブサイト上で公表しなければなりません 12

 かかる戦略は、以下を満たすものでなければなりません 13

  1. 特定されたリスクとその深刻性および緊急性のレベルを明確にする
  2. 事業体のバリューチェーンについて、子会社、サプライヤーおよびバリューチェーン(価値の連鎖)上のその他の取引先の名前・所在地を含む詳細かつ意味のある情報を公開する
  3. 特定されたリスクの阻止・防止・緩和の観点から事業体が採用する方針と対策を示す
  4. すべてのリスクに同時に対処できる立場にない場合は優先順位付けの方針を定める
  5. 協議を行う利害関係者を含め、戦略の策定に使用した方法を示す

 また、大企業は、デューデリジェンスの戦略に関して事業体の統治機関にアドバイスを行う諮問委員会を設置しなければならず、かかる委員会には、利害関係者(定義は以下1−4参照)および専門家を含めなければならないとされています 14

 事業体の子会社または事業体が支配権を有する企業は、当該事業体がそれらをデューデリジェンスの戦略に含めている場合には当該戦略策定の義務に従っているものとみなされます。また、事業体は、自社の業界・規模・リソース・サプライチェーンの長短および規模等を含む各社の状況に相応する形でバリューチェーンのデューデリジェンスを実施しなければなりません。この点、バリューチェーン(価値の連鎖)の定義はサプライチェーン(供給の連鎖)の範囲を超えて非常に広範であり、EU内外の事業体のすべての活動、事業、取引関係および投資関係を意味し、バリューチェーンには、事業体が直接または間接的に上流または下流の事業上の関係を有する事業者であって(a)当該事業体自身の製品やサービスに貢献する製品・サービスを供給する事業者や、(b)事業体から製品やサービスを受領する事業者が含まれるとされています 15

 さらに、事業体は、取引先が、自社のデューデリジェンスの戦略と合致する人権・環境・ガバナンスの方針を策定・実行していることを、契約条項の規定や行動規範の採用によって確保しなければならず、特に、下請業者およびサプライヤーについては定期的にこれを検証しなければなりません 16

 また、事業体は、デューデリジェンスの戦略の実効性と適切性について少なくとも1年に1度見直しをしなければならないとされています 17

利害関係者との協議および通知

 事業体は、デューデリジェンスの戦略を策定・実施・見直しする際に、特に労働組合を含む利害関係者と協議しなければならないとされています 18。この点、利害関係者の定義も広範であり、事業体またはその事業上の関係により生じる人権・環境・ガバナンスに係るリスクに影響され得る個人または個人の集団および人権擁護を目的とする組織を指し、地元のコミュニティ・先住民・市民団体・労働組合および事業体の株主を含むがこれらに限らないとされています 19

 また、策定したデューデリジェンスの戦略は、事業体の労働者・事業上の関係者および各加盟国の管轄当局に対して通知されなければなりません 20

苦情処理メカニズムおよび救済

 事業体は、利害関係者が、人権・環境・ガバナンスに係るリスクの存在に関する懸念を表明することができるように、苦情処理メカニズムを確立することが求められています。この苦情処理メカニズムは、合法性、アクセス可能性、予測可能性、安全性、公平性、透明性を確保したものでなければならず、本原案は、ビジネスと人権に関する指導原則 21 の原則31に定められている基準を明示的に参照しています。かかる苦情処理メカニズムは、他の事業体や組織との協力を通じて設立することができ、また、労働者の代表を含む利害関係者との協力に基づいて開発・管理されるべきとされています 22

 事業体は、特に苦情処理メカニズムを通じて、危害の作出または助長をしていたことを特定した場合、救済措置を提供するかこれに協力しなければならず、これには金銭的および非金銭的な救済措置(謝罪等)が含まれます。救済措置の内容も、影響を受ける利害関係者との協議によって決定されなければなりません。

当局による調査および制裁

 各加盟国の当局は、事業体が本指令に定める義務を遵守していることを調査(影響を受ける利害関係者へのインタビューも含みます)する権限を有し、調査の結果、当該義務の不遵守を特定した場合には、事業体が是正措置を講じるための適切な期限を付与しなければなりません。もし事業体が期限内に是正措置を講じない場合には制裁が課されることとされており(具体的内容については各加盟国による裁量が想定されます)、また、故意または重過失に基づく反復した違反は刑事処罰の対象となることとされています。

 さらに、回復不能な損害を生じさせる恐れがある場合には、当局は、暫定的措置または事業活動の一時停止を命じることができることとされています。

事業者等の反応および今後の見通し

 欧州委員会は2020年1月、サプライチェーンにおけるデューデリジェンスの必要性に関する調査報告書を発行しました 23。当該報告書の発行に先立ち600以上の事業者およびステークホルダーから意見が寄せられましたが、70%が、EUレベルでの人権デューデリジェンスに関する新たな法律策定は、法的確実性を担保し、またEUでの統一的な基準の導入と紛争時の防御の観点から事業者にとっても利益となる旨回答しています。これを受けて冒頭記載の通り欧州委員会が本指令の提案を公表したという経緯になります。

 また、本原案が公表された翌月、欧州委員会は、人権も含めたサステイナビリティ課題に関する企業の取組みをコーポレート・ガバナンスの観点から促進させるための「サステイナブル・コーポレート・ガバナンス」イニシアチブについての意見聴取を開始しました 24。そのなかでは、利害関係者の人権に関するデューデリジェンスについての法的枠組をEUレベルで発展させることの是非、企業が考慮すべき利害関係者の利益、対象とすべき業界やテーマ(強制労働や児童労働等に限定するか)、小規模事業者は対象から免除すべきか、企業の責任に関する執行方法等についての意見も改めて聴取されています。当該意見聴取手続の期間は2021年2月8日までとされており、その結果も踏まえて、欧州委員会から本指令案の正式な提出がなされることが予定されていることから、今後細かな規定について確定されていく部分も多いと言えます。

 もっとも、今回のように、欧州委員会による正式な法案提出前に欧州議会が独自に原案を提出して欧州委員会に対して送付することは、日常的に行われているプロセスとまでは言えないため、本原案提出の事実から、EUレベルでの人権デューデリジェンスに関する法律を早期に制定する必要性についてのコンセンサスは高い確度で得られているものと評価できます。

英国との関係

 本指令の制定・発効は英国のEU離脱後であるため、英国は本指令に基づき対応する国内法を制定する義務は負いません。よって、本指令の内容と同様の法整備を今後進めるか否かは英国自身の決断に委ねられます。

 英国は、本原案が欧州議会により公表された9月に、ほぼタイミングを同じくして、2015年に制定された現代奴隷法の改正について具体的なポイントとともに公表し、より厳格化させる方針を示していますが(当該改正情報は別の記事で解説します)、今回のEUの新指令と比較すると、本原案の方が、広範なバリューチェーンのデューデリジェンスや多様な利害関係者との協議を義務付け、テーマも現代奴隷に限らず広く人権・環境・ガバナンスに係るリスクをも対象にしている点等で、英国奴隷法よりも広範な規制となることが想定されています。英国がブレグジットを実行した意義を示すためにも、独自の政策を打ち出す必要性からEUの新指令の内容に依拠した規制は導入しないという見方が示される一方、ブレグジット直後であるからこそEUの基準を下回る政策展開を継続することは許されないというプレッシャーも背景にあるなかで、今後の英国の動きにも注視が必要です。

求められる企業の対応

 サステイナビリティに関する法的枠組をあらゆる角度から急速に発展させている昨今のEUの状況を踏まえると、本指令を含む人権保護を担保するためのEUの新制度導入の動向をフォローしておくことが重要です。EUにて事業を行う多国籍企業はEU内に法人を設立していなくても本指令の対象になることが想定されていますが、実務対応として必要となるのはEU域内に限られないグローバルなバリューチェーン上の課題認識と戦略策定です。

 冒頭で紹介した欧州委員会のレンデルス司法委員の発言から、地球のほぼ裏側の国々で起こっている事象に対してEUも強い危機感と関心を持っていることがうかがえるなかで、言うまでもなくアジア諸国との歴史的・地理的・経済的結び付きが強い日本は、アジア諸国の人権課題に対してもより真摯に取り組むべき立場にあると言えます。アジアの途上国・新興国にて、欧州と同時に事業を展開する日本企業も多いなか、人権課題については欧州よりもむしろこれらの国々におけるリスクの方が大きいのが現状です。

 実務でリスクへの対処を検討する際には自社の途上国・新興国でのビジネス環境の精査から始める必要があり、これは一朝一夕では到底対応しきれない問題です。まずはサプライヤーおよびその他の事業取引先の特定、次に地理的リスクおよび業界別のリスク要因の分析、そして個別ケースに照らした具体的なリスクの調査・特定という流れで早期に対応を始めることが鍵となります


  1. International Labour Organization(ILO)「Global Estimates of Modern Slavery: Forced Labour and Forced Marriage」(ILO Website、2017年9月19日) ↩︎

  2. Raquel Carvalho「Legal expert launches Remedy Project to tackle forced labour in Asia’s supply chains」(This Week in Asia、2020年11月1日) ↩︎

  3. Responsible Business Conduct Working Group of the European Unionによるウェビナー中のEuropean Commissioner for Justice, Didier Reyndersによる発言 ( https://vimeo.com/413525229 ) ↩︎

  4. European Parliament Committee on Legal Affairs「Draft Report with recommendations to the Commission on corporate due diligence and corporate accountability」(2020年9月11日) ↩︎

  5. 法令すなわち法的拘束力のある社会的規範を指します。 ↩︎

  6. たとえばドイツは、2020年7月、2021年末までにデューデリジェンス法を制定する旨公表しています。 ↩︎

  7. 「ビジネスと人権」の概要については下記の記事もご参照ください
    BUSINESS LAWYERS「「ビジネスと人権」の概要と国際的潮流」(2020年12月21日)
    BUSINESS LAWYERS「「ビジネスと人権」に関する日本政府の対応状況と日本企業の取り組み動向」(2021年1月7日) ↩︎

  8. 本原案1条 ↩︎

  9. 本原案3条 ↩︎

  10. 本原案2条 ↩︎

  11. Directive 2013/34/EU 3条 ↩︎

  12. 本原案4条・6条1項 ↩︎

  13. 本原案44条 ↩︎

  14. 本原案12条2項 ↩︎

  15. 本原案3条 ↩︎

  16. 本原案4条9項・10項 ↩︎

  17. 本原案8条 ↩︎

  18. 本原案5条 ↩︎

  19. 本原案3条 ↩︎

  20. 本原案6条2項 ↩︎

  21. UN Special Representative(Ruggie)「Guiding Principles on Business and Human Rights: Implementing the United Nations Protect, Respect and Remedy Framework」(2011年) ↩︎

  22. 本原案9条 ↩︎

  23. European Commission「Study on due diligence requirement through the supply chain」(2020年1月) ↩︎

  24. European Commission「Consultation Document Proposal for an Initiative on Sustainable Corporate Governance」(2020年10月) ↩︎

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