サステイナビリティ時代に求められる企業の経営戦略
第12回 人権デューデリジェンスの実践(その4) - 類型にもとづくリスク分析と企業に求められる対応
国際取引・海外進出
シリーズ一覧全18件
- 第1回 サステイナビリティと日本企業の海外進出 〜求められる3つのマインドセット〜
- 第2回 「ビジネスと人権」の概要と国際的潮流
- 第3回 「ビジネスと人権」に関する日本政府の対応状況と日本企業の取り組み動向
- 第4回 ビジネスと人権 - コーポレート・デューデリジェンスおよびコーポレート・アカウンタビリティに関するEUの新指令
- 第5回 サステイナビリティと気候変動 – 英国のTCFD情報開示の義務化に関する公表
- 第6回 英国現代奴隷法の強化と「現代奴隷」
- 第7回 世界の人権デューデリジェンス関連法制総まとめ
- 第8回 人権デューデリジェンスの実践(その1) - 人権デューデリジェンス全般に関する留意点と5つのステップ
- 第9回 国際人権法の成り立ちと実務への適用 - 水に対する権利を題材に
- 第10回 人権デューデリジェンスの実践(その2) - スコーピング(調査範囲確定)の必要性と留意点
- 第11回 人権デューデリジェンスの実践(その3) - データ収集時におさえておくべき6つの視点と具体的方法、KPI設定のポイント
- 第12回 人権デューデリジェンスの実践(その4) - 類型にもとづくリスク分析と企業に求められる対応
- 第13回 人権デューデリジェンスの実践(その5)- 国際人権基準や各国国内法の内容理解に基づく人権への負の影響の分析
- 第14回 EUの「コーポレート・サステイナビリティ・デューデリジェンスに関する指令案」の概要と今後の見通し
- 第15回 国連作業部会による、次の10年に向けたロードマップの公表
- 第16回 人権デューデリジェンスの実践(その6)- 人権に対する負の影響への対処方法
- 第17回 「繊維産業における責任ある企業行動ガイドライン」の概要と活用法 – 他業種にも有用
- 第18回 武力紛争時の人権デューデリジェンス対応 - ロシアによるウクライナ侵攻
前回の第11回「人権デューデリジェンスの実践(その2) - データ収集時におさえておくべき6つの視点と具体的方法、KPI設定のポイント」で解説した情報収集(ステップ2)の後は、収集した情報を踏まえ、企業が関連し得る人権への負の影響を分析することになります(ステップ3)1。このステップは、大きく分けて、①人権への負の影響に対する自社の関与方法の類型の理解と、②当該負の影響の対象となる「国際的に認められた人権」の具体的内容や各国国内法の理解に基づき行う必要があります。ステップ3は2回に分けることとし、このうち、本稿では、①企業の関与方法の類型について解説します。
なお、人権デューデリジェンスの全体の工程の概要については、第10回「人権デューデリジェンスの実践(その2) - スコーピング(調査範囲確定)の必要性と留意点」をご参照ください。
人権への負の影響と自社との関わり方の類型
指導原則は、企業が人権尊重責任を負う場面として、人権への負の影響と当該企業との関わり方に応じ、以下の3つの類型を想定しています(指導原則13)。グローバル化が進み、また、あらゆる形態の社会問題が複雑化している現代社会において、企業は、自社の事業活動を通じて膨大な人権リスクと繋がり得るということを、本連載では繰り返し強調して来ました。もっとも、それらの膨大な種類の人権リスクを漠然と捉えるのではなく、以下のうち、いずれの形態によって自社が人権への負の影響と関わっているのかを特定する必要があります。これは、特定された人権への負の影響に対してどのように対処していくか(ステップ4)を検討する際に、下記の類型に応じて求められる対処方法も異なってくるためです(具体的には以下2を参照)。
各類型の解説と具体例は以下のとおりです。
類型 | 解説 | 具体例 |
---|---|---|
①(企業が人権への負の影響の)原因となる場合 | 企業活動が(第三者を介さずに)人権への負の影響を生じさせている場合を指します。 |
|
②(企業が人権への負の影響を)助長する場合 | 企業活動が、(a) 第三者の企業活動と相まって影響を引き起こす場合、または、(b) 第三者が負の影響の原因となることを実質的に生じさせ、促進しまたは動機づける場合を指します。 以下を考慮して、自社が実質的に人権への負の影響を増大させている場合に、②の類型に該当します。
|
【 (a) の場合】
|
③(上記①②に該当しないが、人権への負の影響が)第三者との事業上の関係を通じて、企業の事業・製品またはサービスと直接結び付く場合 | 事業上の関係を有する「第三者」とは、直接の契約先に限定されず、広く、自社のバリューチェーン上の事業パートナー、および自社の事業・製品・サービスと直接関連する政府組織または民間企業を指します。 自社の下流に位置する事業パートナーも含み、また、上流に関してもTier 1サプライヤーに限定されません。自社が合弁事業の少数株主である場合の合弁会社等も含みます。 ①および②の場合と異なり、自社の企業活動と人権への負の影響との間の因果関係は不要です。 |
※上記の例は、企業が人権への負の影響の原因(類型①)とはなっておらず、また、助長(類型②)もしていないことを前提に、人権への負の影響と自社の事業・製品またはサービス等が第三者(各例において、コバルト採掘企業、Tierサプライヤー、融資先、医療機関)との事業上の関係を通じて直接結び付いている典型的な例となります。 |
一般的に、類型①(原因となる場合)は、自社の企業活動に関連する活動に際して問題となり、逆に、類型③(企業の事業・製品またはサービスと直接結び付く場合)は、事業上の関係を有する第三者の活動が人権への負の影響の原因となります。
これに対して、類型②については、人権への負の影響の直接的な原因が、自社の企業活動である場合と、事業上の関係を有する第三者である場合の、いずれの場合もあり得ます(たとえば、上記②の具体例としてあげた、「非常に短期のリードタイムでサプライヤーに納期を設定した場合」は、自社は購買条件の設定を通じて人権への負の影響を助長はしているものの、Tier 1サプライヤーという第三者の行為が負の影響の直接的な原因となっています。これに対して、「同一の地域で操業する他社の排出量と合計した結果、地域住民の清潔な生活用水に対するアクセスを阻害した場合」は、第三者の活動も寄与するものの、自社の企業活動自身も直接的に負の影響を作出しています)。
そして、第三者が負の影響の直接的な原因を作出する場面での類型②と、類型③の区別は相対的であり、いずれに該当するかは、自社の関わり方次第で、実質的に自社が人権への負の影響を増大させているか(類型②)、または、助長まではしていないと評価されるものの、第三者を通じて人権への負の影響と自社の事業等が直接結び付いているか(類型③)という観点で判断されます。よって、同一の事案においても、時の経過に従って、自社の関わり方が変化することで(「助長」といえるほどの事実関係の有無の変化)、該当する類型が変化することもあり得ます 2。
以上の各類型を図示すると以下のとおりです 3。
類型別の効果(企業に求められる対応)
上記1で解説した類型に応じて、企業に求められる対応は以下のとおり異なります 4。特定された人権への負の影響への対処方法は、本連載ではステップ4と位置付けていますが、上記1で解説した自社の関わり方の各類型の効果に関する部分のみ、本稿で解説します(以下で述べる具体的な「影響力の行使」の方法等、より具体的な対処方法は、ステップ4の解説で説明します)。
- 企業が人権への負の影響の原因となるまたは原因となり得る場合は、当該負の影響を停止または防止する。
- 企業が人権への負の影響を助長するまたは助長し得る場合は、助長行為を停止または防止し、かつ、残存する負の影響を軽減するために自社の有する影響力を最大限行使する。
- 上記①②に該当しないものの、人権への負の影響が第三者との事業上の関係を通じて、企業の事業・製品またはサービスと直接結び付く場合において、
( i )負の影響を防止または軽減するための当該第三者に対する影響力を自社が有しているときは、これを行使する(すでに有している影響力の有無のみではなく、どのようにして影響力を強化させられるかも検討することが求められる)。
これに対し、
( ii )当該影響力を欠き、これを強化することもできないときは、当該第三者との事業上の関係の終了を検討することが求められる。その際、当該関係の終了によってさらに人権への負の影響が発生する可能性について、信頼できる評価を考慮する必要がある。
この点、よくある誤解として「取引先に人権侵害が発見された場合には、当該取引先との関係をただちに断つことがすべての場合において適切な対応策である」というものがあります。しかし、上記のとおり、そもそも自社が、たとえば著しく自社に都合のよい取引条件等の購買構造を通じて当該人権侵害を「助長」しているのであれば(類型②)、当該助長行為をまずは停止すべきという帰結になります。
また、そうでない場合(類型③)でも、自社が当該人権侵害を軽減させるための影響力を行使できるかを検討することがまずは求められます(上記③ ( i ) )。後者の場合(類型③)でも影響力の行使の検討が求められるのは、取引関係の単なる解消によっては一層人権侵害が深刻化し、かえって状況が悪化することが珍しくないためです。
そして、③の類型の場合には、企業は、たとえば以下の諸要素を考慮したうえで対応を決定する必要があります。
(b)自社にとっての当該第三者との取引関係の重要性
(c)人権侵害の程度の深刻性
(d)当該第三者との取引関係を終了させること自体が人権への負の影響をもたらすか否か
注意すべき点は、指導原則上、自社に人権への負の影響を防止・軽減するための影響力がなく、かつこれを強化することもできないと判断した場合(上記③ ( ii ) )でも、ただちに取引関係を終了させる責任まで求められているわけではないことです。たとえば、中国の新疆ウイグル自治区について国際的に非難されている人権侵害事案に関しては、人権侵害の程度が深刻である可能性が高く(上記 (c) )、迅速に対処方法を検討する必要がありますが、他国政府が関与する構造的な人権侵害のメカニズムに関して企業が有する影響力の程度には限界があると言わざるを得ません(上記 (a) )。この場合、仮に既存の中国のサプライヤーとの取引を終了してサプライチェーンをすべて他国に切り替える旨の事業上の決定が、ビジネス上の観点から難しい場合(上記 (b) )には、ただちに取引終了をすることが指導原則によって求められるわけではありません 5。
もっとも、取引を終了しない場合でも、指導原則上、企業は、負の影響を軽減するために継続的な努力を行っていることを説明できるようにする必要があり、かつ、取引継続によるレピュテーションリスクや法的責任に関してはその可能性を受け入れる覚悟をすべきであるとされています(ここにいう「法的責任」とは、指導原則自体の仕組みではなく、各国の実体法や国際人権条約等の規定を根拠にライツホルダーや市民団体等により提起される企業に対する訴訟を含みます。上記の新疆自治区の事案に関しては、実際にメディアの注目も集める形で企業が海外の市民団体から訴訟を提起される事例も生じています。
よって、③の類型に該当する事案について、企業としては、事業上の必要性と、人権への負の影響に関与し続けることによる法的責任やレピュテーションリスクとの兼ね合いを今後ますますシビアに判断する必要があります。また、取引を継続する場合は、その合理的な理由や、影響力の行使に係る努力、人権侵害の継続モニタリングの計画等について説明できるようにしておく必要があります 6)。
このように、類型③の場合の対応方法に関しては特に複雑な状況が想定され得るため、そのような場合には独立した専門家の助言を得ることが、指導原則上求められています。
以上に加えて、類型①や②の場合には、実際に人権への影響が生じてしまっている場合、これを是正する、すなわち当該負の影響が生じていなかった場合の状況に(これが可能な場合)回復できるような措置等を実施することが求められます 7。具体的な方法は、ステップ4の解説記事で説明します。
以上、人権への負の影響の分析(ステップ3)において必要となる、当該負の影響と自社との関わり方の各類型、およびその効果について説明しました。次回以降、同じくステップ3に関し、「国際的に認められた人権」の具体的内容と各国国内法との関連性について解説します。
- 個別の人権課題や事案ごとに、人権への負の影響と、自社との関わり方を整理する(3つの類型のいずれに該当するか)。
- 類型ごとに求められる対処方法の違いを理解する。
- 特に、サプライチェーン上の人権侵害について、自社が助長(類型②)している場合には、まず助長行為の停止が求められることに注意する。
- 助長しているとまではいえない事案でも(類型③)ただちに取引停止を行うのではなく、影響力を行使することの可否の検討がまず求められることに注意する。
-
人権デューデリジェンスの各ステップについては第8回「人権デューデリジェンスの実践(その1) - 人権デューデリジェンス全般に関する留意点と5つのステップ」を参照ください。 ↩︎
-
John G. RuggieがOECD Chair, Working Party on RBCに宛てた2017年3月6日付レター参照。 ↩︎
-
United Nations Office of The High Commissioner For Human Rights「THE CORPORATE RESPONSIBILITY TO RESPECT HUMAN RIGHTS An Interpretive Guide」(2012)P16を元に作成。 ↩︎
-
指導原則19のコメント部分。 ↩︎
-
他の例として、そもそも契約の規定上、当該第三者との取引を終了できない場合等もあり得ます。 ↩︎
-
この点は、2021年7月12日付の欧州委員会および欧州対外行動庁による「事業およびサプライチェーン上の強制労働のリスクにEU事業が対処するためのデューデリジェンスに係るガイダンス」P8でも触れられています。
↩︎ -
指導原則22 ↩︎
シリーズ一覧全18件
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西村あさひ法律事務所