サステイナビリティ時代に求められる企業の経営戦略

第1回 サステイナビリティと日本企業の海外進出 〜求められる3つのマインドセット〜

国際取引・海外進出
渡邉 純子弁護士 西村あさひ法律事務所

目次

  1. 途上国・新興国ビジネスのビジネスモデル策定時・事業遂行時におけるサステイナビリティの視点の導入の必要性
  2. 各国現地法を超えた、国際法や異なる法領域の横断的な理解の必要性
  3. 法務部を含む他部署との連携の必要性
※本記事は、西村あさひ法律事務所が発行するニューズレターの「アジアニューズレター2020年10月30日号」に掲載されている「サステイナビリティと日本企業の海外進出 −求められる3つのマインドセット−」の内容を元に編集したものです。

 サステイナビリティやESG投資、気候変動対策やビジネスと人権という言葉が日本企業の間でも常識となりつつある今、日本企業の途上国・新興国への海外進出は、これらのイシューとの関係でも大きな鍵を握ります。他方で、非常に多くの要素を包含し、それゆえ時としてわかりにくいサステイナビリティという言葉や、統一的な評価基準が未だ存在せず外延の掴みにくいESG投資 1 という言葉を耳にして、海外進出事業に携わる日本企業の皆様にとっては、どのような切り口でこれらを捉えていけば良いのか、また、捉えていくべきなのか、各々の立場で整理し切れない部分も多いのではないでしょうか。

 そこで本連載では、海外進出事業においてサステイナビリティの観点から理解しておくべきイシューについて、法務部の方のみならず、経営層や事業部・CSR部の方をも対象に様々なトピックとともに解説していきます。

 個別のイシューについては次回以降の解説にて行いますが、本稿では、まず、途上国・新興国ビジネスがグローバルなサステイナビリティ実現にとっての重要な鍵を握り、かつ大きな市場機会も包含していることを確認します。あわせて、急速に変容しつつある外部環境のなかで日本企業が従前の視点に新たなマインドセットを付加していかなければならないと考えられる以下3点について提言します。

  1. 途上国・新興国ビジネスのビジネスモデル策定時・事業遂行時におけるサステイナビリティの視点の導入の必要性
  2. 各国現地法を超えた、国際法や異なる法領域の横断的な理解の必要性
  3. 法務部を含む他部署との連携の必要性

途上国・新興国ビジネスのビジネスモデル策定時・事業遂行時におけるサステイナビリティの視点の導入の必要性

 世界の大企業の売上高が多くの国のGDPを上回り、多国籍企業のサプライチェーンが世界中に拡大するなかで、民間企業がグローバルなサステナビリティ目標の実現のために果たす役割はますます重要になっています。

 国連総会が2015年に採択したSDGs(持続可能な開発目標)2 のなかでも、その前身であるMDGs(ミレニアム開発目標)と比較して、民間企業の活躍が明確に期待されています 3。また、途上国の経済・社会課題の解決に関して従来国家間で行われてきたODA(Official development assistance、政府開発援助)だけでは不十分という認識が世界的に広まるなかで、日本政府も、ビジネスを通じた現地の課題解決を推進しています 4。さらに、ESG投資が世界的に注目を集めるなかで、持続的な企業価値の向上にむけて日本でも民間企業がSDGsに関連する要素を経営戦略に組み込む流れが加速しています。

 このような流れのなかで、日本企業が海外進出を行う際に検討しなければならない事項も大きく変わりつつあります。多くの日本企業による途上国・新興国への事業進出自体は過去数十年の間継続して見られる傾向ですが、従前は、進出先の決定要因のうち大きな割合を占めるのは、進出先現地の市場規模の拡大傾向・経済成長率とされてきました。外国投資を誘致することにより自国の経済成長率を維持・向上させたい途上国・新興国側政府も毎年自国のGDP成長率を対外的にアピールし、日本企業は、外国投資家として、これを判断の基礎として投資の決定を行うことが極めて当然とされてきたといえます。

 もっとも、サステイナビリティの観点を事業に組み込むという視点を持った際には、GDPやその成長率といった経済指標は、現地の人々の生活の質を測る数ある指標のうちの1つに過ぎず、必ずしも当該人々のニーズの大きさを適切な角度から反映しているわけではないことに気付く必要があります。それは、GDPで示される国全体としての経済的な体力と相関する形で所得の再分配が機能しているとは限らず、むしろ途上国・新興国では、以下の理由などから、実際のところは多くの社会課題は解決しておらず、魅力的なGDPの数値から想像されるところとは程遠く、その結果先進国の大半と途上国・新興国内の一部を除く大部分の貧困層とのギャップがますます拡大しているとも言えるためです 5。世界の貧困率は過去数十年の政府間協力にもかかわらずむしろ悪化しているという指摘もあります 6

  • 政府の汚職
  • 目先のGDP成長率に対する執着
  • 社会課題解決のための有力なドライバーであると信じられてきた経済発展を促進するはずの、自由貿易・外国投資誘致が生む熾烈な競争により、かえって悪化する進出先国の貧困問題や環境問題

 SDGsやESG投資のS(社会)は、先進国の社会課題をも含む非常に広い概念ですが、SDGsやESG投資のレンズを通して見た際には、途上国・新興国におけるこれらの社会課題が大きな優先課題となっていることは明らかです。課題があるということは、それだけニーズがあるということを意味します。UNDP(国連開発計画)は、2030年までにSDGsが創出する市場機会は全世界で年間1200兆円に達するという予測を公表していますが 7、そのうち50%以上のビジネスチャンスが先進国ではなく途上国に存在するとされています 8

 このニーズを埋める事業の出現を後押しする1つの要因がコロナ危機が加速させるデジタル革命です。従前はコストと利益の見合いから敬遠されてきたようなビジネスモデルであっても、利益を生む事業として実現可能とされる領域も今後ますます増加することが予想されます。そのようななかで、日本企業にも、わかりやすい経済成長率やすでに外縁が形成されている市場以外も視野に入れて本当の意味でのニーズ解決を目指した新たなビジネスモデルの開拓を模索するためのマインドセットが求められています。

 また、プラスのビジネスチャンスを生み出す視点だけではなく、自社の事業から生じ得るネガティブなインパクトを抑えるという視点でも、サステイナビリティやESG投資は重要な概念であり、むしろ後者については、すべての企業が今すぐ対応すべき喫緊の課題を包含しています。途上国・新興国に日本企業が進出する際、進出先国での事業を通じた新たな雇用の創出やノウハウの提供を通じた貢献という側面がある一方で、たとえば、グローバルファッションブランドの縫製工場として劣悪な環境下の労働が強制されていたバングラデシュの工場崩壊により1000人を超える死者が発生した2013年のラナプラザ事件等に見られるように、多国籍企業の海外事業や外国資本の流入が必ずしも進出先国に良い影響だけを及ぼしているわけではないということにも気付く必要があります。

 今世紀すべての企業に求められる「サステイナビリティ経営」の根幹となる発想を海外進出事業に当てはめると、進出先国で事業を行うことにより恩恵を受ける企業は、その恩恵を受けていない人々の支援を行う責任が伴うという発想を意味します。ESGのS(社会)の一課題として、昨今日本企業の間でも認識が広まりつつある「ビジネスと人権」(自社のサプライチェーン上の労働者の人権や事業を行う地域社会の先住民の権利保護・環境保護等)も、自社のビジネスを介してまたはこれに関連して生じ得るネガティブなインパクトをいかに回避・緩和するかという発想であり、これらの課題に適切に対処しないことは様々なリスクを顕在化させます。従来は、わかりやすいリスクとして、機関投資家からの投資引き上げリスク、人権の被侵害者や市民団体からのクレームに対応するオペレーションコスト、消費者の不買運動リスク等の法的リスク以外があげられて来ましたが、欧米諸国を先駆けとして「ビジネスと人権」に関するハードロー化等 9 が進むなか、法的リスクもますます顕著になりつつあります(「ビジネスと人権」に関しては次回以降解説します)。

各国現地法を超えた、国際法や異なる法領域の横断的な理解の必要性

 従前の途上国・新興国事業に関わる法務では、各進出先国の法令を中心に検討を行いリスクを分析し、企業戦略に組み込んでいくことが中心的な対応とされてきました。もっとも、特に2010年代の後半から、途上国・新興国の社会課題に直接的に関わる様々な国際法の領域がダイナミックに変わりつつあり、そのなかには企業が事業を行ううえでの外部環境として無視できない法分野も含まれます。事業そのものに影響のある枠組みとしては、「ビジネスと人権」や、外国投資協定改定の新たな動きはその例の一部です。また、事業での実際の取り組みに関して金融市場で適切な評価を得る際に必要なESG投資の評価基準に関する国際的な基準策定等も、今後進んでいくことが予想されます。国際法、すなわち国と国との取り決めが変更されてから各国国内法に落とされていくことが多いことから、国際的な議論を常に先行して抑えていくことが、将来のハードロー化の動きを見越して事業戦略を考えていくうえでも、途上国・新興国ビジネスとの関係で今後ますます必要となります。

 また、たとえば、欧州諸国が先行してハードロー化を推進している「ビジネスと人権」に関する分野のように、そもそも途上国・新興国以外の国の法制でも、直接的に途上国・新興国ビジネスと関連し、影響を生じさせる法分野も出現しています。この分野でも、途上国・新興国における各現地法を遵守しているのみではそもそも不十分であり、国際的な基準に沿った形で事業を行うことが必要とされています。よって、日本企業としても、進出先国ごとに現地の法務マターを押さえていくまたは各現地子会社の法務部に委ねていれば足りる領域以外に、横断的に抑えておくべきイシューが増加していくことにも対応する必要があります。サステイナビリティやESG投資というキーワードが国際的に重要視されることで、世界共通の枠組みを作ろうとする動きが様々な分野でダイナミックに生じはじめており、今後は、個別案件ごとの各国現地の弁護士との連携のみでは解決しない問題も増加することが予想されます。

法務部を含む他部署との連携の必要性

 サステイナビリティに関する対応は従前はCSR活動の一環として捉えられることが多く、担当部署もCSR部が中心となってフォローしていることが多いと思われます。もっとも、上記のとおり、サステイナビリティやESG投資に関連する諸々の領域で国際的なフレームワーク作りが急速に進むなか、リーガルイシューにダイレクトに関わる領域も増加しています。言い換えれば、気候変動問題や「ビジネスと人権」を一例として、法的リスク(規制リスクや紛争リスク)を包含するイシューが増加しているため、従前はCSR部の管轄事項とされていたものであっても、法務部が積極的に連携して関与していく必要があります。

 また、1 に述べたようなそもそもの新たなビジネス戦略の策定・ビジネスモデルの開拓に関しては企画部や海外事業部とのさらなる連携も必要であり、自社の事業を通じて取り組むべき社会課題へのアプローチを全社連携して行っていくことが、今後求められるサステイナビリティ経営の在り方ともいえます。

 以上のように、サステイナビリティやESG投資の観点は、途上国・新興国関連事業との関係で非常に重要であり、今後、民間企業が主導で社会課題への解決に取り組んでいくべきことがますます求められるなかで、必要とされるマインドセットを理解し、対応していくことが肝要といえます。個別のイシューの紹介と対応方針については次回以降に解説します。

(参考)2030年までにSDGsが創出する年間1200兆円の市場機会の内訳一覧

2030年までにSDGsが創出する年間1200兆円の市場機会の内訳一覧

(出典:Business and Sustainable Development Commission「Better Business Better World」(January 2017))

  1. 従来の財務情報だけでなく、環境(Environment)・社会(Social)・ガバナンス(Governance)要素も考慮した投資を指します。 ↩︎

  2. 国連加盟国193ヶ国が2016年から2030年までの15年間に達成することを掲げた国際目標を指します。
    TRANSFORMING OUR WORLD: THE 2030 AGENDA FOR SUSTAINABLE DEVELOPMENT」(2015年9月25日) ↩︎

  3. 持続可能な開発目標(脚注2)39段落目、41段落目、52段落目、60段落目、67段落目等 ↩︎

  4. 外務省「開発協力大綱」(2015年2月10日閣議決定)参照 ↩︎

  5. Thomas Pogge「Recognized and Violated by International Law: The Human Rights of the Global Poor」 18 Leiden Journal of International Law(2005)717; John Linarelli, Margot E Salomon and M Sornarajah, The Misery of International Law: Confrontations with Injustice in the Global Economy(OUP 2018)chapter 7 ↩︎

  6. Jason Hickel, 「The true extent of global poverty and hunger: questioning the good news narrative of the Millennium Development Goals」 Third World Quarterly(2016)37:5, 749-767 ↩︎

  7. UNDP website「More than philanthropy: SDGs are a $12 trillion opportunity for the private sector」(2017年8月25日) ↩︎

  8. ①食糧・農業、②都市、③エネルギーおよび資源、④健康および福祉の4つの産業分野における上位60種類の市場機会の収益合計とされています(Business and Sustainable Development Commission「Better Business Better World」(2017))。当該60の市場機会については、本稿末尾に紹介します。 ↩︎

  9. 法令すなわち法的拘束力のある社会的規範を指します。 ↩︎

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