サステイナビリティ時代に求められる企業の経営戦略

第9回 国際人権法の成り立ちと実務への適用 - 水に対する権利を題材に

国際取引・海外進出
渡邉 純子弁護士 西村あさひ法律事務所

目次

  1. 水を取り巻く世界の現状
  2. 「水に対する権利」を巡る議論
  3. 企業との関わりと人権デューデリジェンスへの適用
    1. ステップ1:スコーピング(調査対象の範囲の確定)
    2. ステップ2:データ収集
    3. ステップ3:リスク分析
    4. ステップ4:リスクの防止・軽減・是正/モニタリング
    5. ステップ5:報告
※本記事は、西村あさひ法律事務所が発行するニューズレターの「サステイナビリティと日本企業の海外進出 - ビジネスと人権⑥ 国際人権法の成り立ちと実務への適用・水に対する権利を題材に - 」の内容を元に編集したものです。

 前回までの連載で、ビジネスと人権の世界で参照されるべき規範、すなわち企業が人権デューデリジェンスを行う際に参照すべき規範は「国際的に認められた人権」であること、よって、国際人権法において認められている各人権の内容を理解しておくことが重要であることを説明しました 1

 「国際的に認められた人権」とは、具体的には、最低限、国際人権章典(世界人権宣言、およびこれを条約化した主要文書である自由権規約ならびに社会権規約)で表明されたものや、労働における基本的原則、権利に関する国際労働機関宣言であげられた基本的権利に関する原則を指すとされています(指導原則 2 12)。もっとも、国際人権法は直接的には国家を名宛人とするもの(各条約締約国に人権保護等の義務を課すもの)であるという性質上、上記にあげた条約文書等自体の文言は、基本的に抽象的なものに留まります。さらに、これらの成立からすでに何十年も経過した現代において、新たな事象や社会課題が生じる中、そういった新たな状況に対応する権利も、個別の文言上では明記されていません。

 日本企業が「国際人権」に向き合ううえでの難点はいくつかありますが、今回は、その中でも、上記のような理由から特に理解しにくいと思われる、国際人権法の成り立ちおよび実務への適用を、「水に対する権利」を例にとりつつ紹介します。ビジネスと人権について、多くの日本企業の間ではサプライチェーン上の強制労働等の印象が強いと思われますが、企業が視野に入れるべき国際人権の内容はこれに限られないということを強調する意味でも、水に対する権利を題材として説明します。

水を取り巻く世界の現状

 現在、世界の全人口の40%以上が水不足の影響を受けています。世界の約3人に1人が安全な飲料水を確保できておらず、また、約5人に2人が水と石鹸を伴う基本的な手洗い設備を使用できる状態にありません。水不足のため6億7,300万人以上が屋外排泄を行っており、このような不衛生な状態が原因で毎年43万2,000人が死亡しています。そのうち子供の死亡者は1日あたり1,000人にものぼります 3。このような状況下ですでに脆弱な立場にあった集団・個人が、昨年以来続くコロナ危機の中で十分な手洗いもできずさらなる打撃を与えられていることは論をまちません。清潔な水へのアクセスは、2015年に策定されたSDGsのゴール6にも独立の目標として掲げられているものですが、コロナ危機によってその重要性は一層認識されています。

「水に対する権利」を巡る議論

 国際人権とは、人間個々人の尊厳の確保をその価値の中枢に置くものですが、水に対する権利は、様々な点で個人の尊厳そのものに関わるものといえます。たとえば、水は、毎日人間が生きていくために必須な飲み物としての機能、衛生的な状態を保つため・病気を防止するための機能を有するのみでなく、食糧を生産するためにも必要であり、世界の多くの貧困層で占められる農業従事者の生計自体に関わるものでもあります。また、特定の地域に根ざした文化的・宗教的習慣を継続するための機能も有します(たとえばイスラム教徒は礼拝を行う前に身体の一部を清潔な水で洗う必要があります)。よって、水に対する権利は、他の様々な国際人権(生命に対する権利、健康に対する権利、信教の自由等)が充足される前提ともなるものです。水に対する権利を完全に充足するために、人間が1日あたり必要とする水の量は、50リットルから100リットルとされています 4

 もっとも、冒頭に述べた「国際的に認められた人権」を構成する条約等の中には、水に対する権利を明記した規定はありません 5。2000年頃から世界各地で水道事業の民営化と水道料金の値上げに対する市民運動が起き、国際人権法の実務家および研究者の間で水に対する権利を巡る議論が活発になりました。このような背景を受け、水に対する権利は、社会権規約に基づきすでに存在している認められた権利であるという解釈(よって、各締約国は当該権利を尊重・保護・充足する義務を負うという解釈)を、初めて明確かつ広範な観点から述べたのが、2003年に人権条約機関である社会権規約委員会から発行された一般的意見(General Comment)No.15です 6

 一般的意見No.15が水に対する権利を独立の国際人権として認めるための根拠としたのは、社会権規約の11条1項 7 で、「最低限の生活水準を保持する権利」に含まれる権利が限定列挙ではなく例示列挙とされていること(和訳は脚注9参照)、そして、水は上記に述べたように実質的にも人間の生存そのものに不可欠な条件の1つを構成するものであり、「最低限の生活水準を保持する」ために不可欠な要素と言えること、本規定で列挙されている他の権利(食糧・住居)とも密接に関連するという理由でした。

 さらに、当該一般的意見は、水に対する権利の性質や、当該権利の充足のために具体的に要求される要素について、以下のように非常に広範な観点から解釈を示した革新的な内容を含むものでした。具体的には、水に対する権利は、人間の尊厳そのものに関わる権利であるため、当該観点から充分な水準を満たさなければ充足されないこと、すなわち、当該権利の範囲を狭く、また単なる経済財として解釈するべきではなく(定量的なニーズを満たすだけでは足りず)、社会・文化財として理解することが必要であるとしています。また、権利の実現方法は持続可能な方法でなければならず、将来の世代に対しても実現されるべきであることを述べました。そして、当該観点から、具体的にどの程度であれば「充分」な水があると言えるかは状況により異なるとしつつも、すべての状況において適用されるべき要素として、以下を示しました。

  1. 利用可能性(Availability/個人用および家庭用に、WHOのガイドラインに沿った量の充分かつ継続的な供給がなされなければならないこと)
  2. 質(Quality/個人の健康に害を及ぼすことのない安全な質や色・匂いの水が必要とされること)
  3. 入手可能性(Accessibility/すべての者に対して差別なく提供されなければならず、物理的なアクセス・経済的なアクセス(すべての者にとっての入手可能性)・(水に関連した問題についての)情報へのアクセスを、公平に提供しなければならないこと)

 また、社会権規約に基づき認められる社会権一般に共通する性質としての、具体的場面に応じた締約国の国家の義務内容についても、水に対する権利に当てはめた場合の内容を解釈によって示す等 8、社会権一般に適用される原則をも踏まえた解釈を広範に展開するものでした。

 もっとも、条約機関を含む国連の国際人権システムは、締約国による条約履行を強制させる仕組みを設けずに、対話によって改善させるというアプローチを一般的に採用していることから、条約機関の一般的意見にも締約国に対する法的拘束力は認められません。よって、当該意見の発行のみによりただちに国際人権の存在・内容等が疑義なく確立するものではなく、むしろ、これを取り巻く議論の状況(国連機関での決議や、条約機関の一般的意見を踏まえた各国の意見表明の内容、各国裁判所や地域裁判所・国際司法裁判所での解釈・運用状況等、様々なレベルでの議論が含まれます)に従い、かつ、これらの議論が相まって国際人権の内容が形作られていくことになります(ただし、条約機関による一般的意見の内容は、国家報告制度等国連の人権システムを通じた各国政府の反応や、各国・地域または国際レベルでの裁判所での解釈運用にも反映されることがあり、国際人権法の形成にあたって強い影響力および法的意義を有するものでもあります 9)。

 例にあげている水に対する権利に関していえば、一般的意見No.15の発行を契機として、社会権の「人権カタログ」(条約上認められた人権)に水に対する権利が果たして含まれているのか、多くの議論が巻き起こることになりました。そして以下のような経過を辿ることになります。

  • 権利としては認められていないという立場の意見として、たとえば、上記のように例示列挙を根拠とする文言解釈を行うと、マイナーな権利まで際限なく国際人権として認容されてしまうことから制限的に解釈すべきであるというものもあります。また、国家として新たな義務を負うことについて消極的な国も存在していました。
    他方で、当該意見に対しては、上記で述べたとおり水に対する権利は人間の尊厳に関わる基本的権利であるため、かかる反論は当たらないという再反論がありました。また、手続として非常にハードルの高い条約自体の修正をしなければ新たな権利が認められなくなるという方向での解釈では、時代の変化により生じる新たな社会課題を適切に捉えられないこと、条約全体の目的に照らした解釈をすべきという国際法上一般的に認められる解釈方法にも反するものである等の再反論も見られたところです。

  • このような議論の応酬を経つつも、水に対する権利が国際的に肯定される大きな契機となったのが、2010年7月の国連総会で採択された決議 10 でした。これは、安全で衛生的な水および衛生に対する人権を、生命およびその他すべての人権の享受のために必須な人権として認めること等を内容とした決議です。「(当該権利を)認知する」という文言は、上記の一般的意見No.15と同様に、水に対する権利を(新たな権利ではなく)すでに存在する権利として認めたことを表しているという積極的な評価もされています。また、122カ国が賛成票を投じ、41カ国が棄権、29カ国が欠席という結果で採択され、明示的に反対票が投じられなかったという事実が、国際社会における同権利の認知を裏付けるものという見方もされています。

    さらにその後、同権利を認める内容の2010年9月の国連人権理事会による全会一致の決議 11 を含む国連の諸決議が続き、今日では、その契機となった2010年の国連総会決議が、水に対する権利の議論を巡る大きなマイルストーンになったと評価されています。

  • また、国際機関の決議だけではなく、各国国内の裁判例も、国際人権に関する国際的議論の形成を担っています。たとえば、地域的裁判所である米州人権裁判所では、囚人が充分に水を提供されていなかったケースにおいて、米州人権条約上の個人の完全性(personal integrity)に対する権利の解釈を通じて充分な水を提供される権利を読み込み、また、アフリカ人権委員会では、国家の安全な飲料水を提供する義務を健康に対する権利の中に読み込む等、地域的人権保障の中でも水に対する権利が実質的に認められていきました。

  • さらに、安全な水はSDGsでも独立の目標として含まれているところ、SDGsは国連の過去の歴史の中では最も充実した協議・包摂的プロセスに基づき採択された総会決議に基づくものともされていることから 12、これがさらに水に対する権利の国際社会でのコンセンサスを裏付けるものとの評価もあります。

 上記をまとめると、国際人権法の法源には、条約という形で文書化された各国際人権条約の文言以外にも、国際慣習法、ソフトローを構成する人権に関する国際機関の決議等や、各国における条約解釈・運用状況、裁判所の判断等、広範な要素が含まれ得ます。そのため、すべての場合に、正確にいつの時点でどのような内容の国際人権が争いなく成立し「国際的に認められた人権」となるのかが一義的・客観的に定まるものではなく、特に日本のように制定法主義(シビルロー)を採用する国の国内法の成立の仕方と比較した場合には捉えづらいと思われやすい性質があります。
 もっとも、ビジネスと人権の観点では、上記のように、国際人権法は時間をかけた議論を経て国際社会でのコンセンサスを得ながら変容していく性質を持つというイメージを持ちつつ(このような特徴を捉えて、国際人権条約は「生きた文書(living instrument)」と呼ばれます)、専門家の関与も得て国際的な議論の動向を意識しながら、自社の事業活動との関連性の中で対処すべき範囲および内容を定期的に確認しておくことが必要と理解しておけば良いと考えられます。たとえば、他に、現代の事象に対応して今後ますます人権との関係でも議論が発展していくであろうイシューとして、気候変動・環境との関係やAI・テクノロジーとの関係で問題になる人権等があげられます

 水に対する権利については、上記で紹介したような国際レベルでの議論の形成状況に鑑み、ビジネスと人権の領域に対処する上では、すでに「国際的に認められた人権」であるという前提で独立して押さえておくべきイシューとなっているといえます。企業に対するリスクが発現した事例として、たとえば、グアテマラの先住民族のグループが、十分な事前協議を経ずに企業により進められようとした発電用ダムの建設が水に対する権利を侵害するものとして、国にダム建設のための許認可の効果を停止することを求めて裁判所に提訴した例 13 等があげられます。このように、オペレーションライセンスの取消しや紛争リスクも生じさせ得ることに留意が必要です。

 様々な社会問題を、「人権」という枠組みにあてはめて、独立した国際人権として認めることの1つの重要な意味は、(当該問題の解決方法を全体論的に検討するのみでなく、)利益を侵害される個々人に焦点をあてつつ裁判等による救済ルートを確保しやすくさせ、法的義務に昇華させることにあります。実際に、2021年5月26日に、オランダの裁判所がロイヤル・ダッチ・シェルに対して下した、二酸化炭素排出量を2030年までに2019年比で45%削減する義務を認める旨の前例のない判決でも、条約機関である自由権規約委員会が発行している見解等が引用されつつ、気候変動からの保護が「人権」として捉えられることは「国際的なコンセンサス」となりつつあることが、上記義務が認められる根拠の1つとされています。よって、企業としても、新たな国際人権の発展に関する国際的議論の状況を意識しておく必要があります。

 なお、特定の国では、国内法の中に水に対する権利や先住民の同権利を侵害した場合の企業の賠償責任が明記されている場合もあるため、そのような国で事業を行う場合には、国内法(制定法)の規定に直接基づく法的リスク・紛争リスクも高まります。

国際人権の成立・内容に関するポイント
  • 個々の国際人権の内容・成立の有無に関する判断は時代とともに変容するものであり、議論の蓄積により新たな問題に対応した人権が認められていく
  • 国際人権法の法源には、文書化されている人権条約以外にも、国連決議や裁判所の解釈・各国政府による運用状況等様々なものが含まれる
  • 条約機関の一般的意見には法的拘束力はないが、具体的な人権の内容等に関する解釈の指針になることも多い
  • 新たな人権の出現に対応して紛争リスク等も高まるため、企業としても、人権デューデリジェンスに対処するうえで、専門家のインプットを得つつ国際的な議論の動向を意識しておくことが必要

企業との関わりと人権デューデリジェンスへの適用

 すべての産業が一定の範囲で水との関連性を有しますが、以下のような業種は特にビジネスと人権の観点で問題になりやすいので注意が必要です。

水に関する権利に関して特に留意が必要な事業

  1. 鉱業、農業、食品・飲料水の製造業、バイオ燃料製造業等、性質上大量の水の使用が必要である業種
  2. 自社自身が①に該当しなくても、自社のサプライチェーンの上流に①の業種が存在する事業
    たとえば、衣料品メーカーが原材料として綿を使用する場合、サプライヤーである綿農家での綿の生産が一般に大量の水を使用することに留意が必要です。実際には、自社のオペレーション上で大量の水を使用する①のケースよりも、②のようにサプライチェーン上で問題になるケースが多いと思われます。サプライヤーが原材料を製造する過程で周囲のコミュニティに属する個人の水に対する権利を侵害していた場合は、サプライチェーン上の関係を通じて、当該人権侵害と直接リンクしてしまうことになります。
  3. 水道事業や水道設備の製造事業等、水の提供に直接関わる業種

 「第8回 人権デューデリジェンスの実践(その1) - 人権デューデリジェンス全般に関する留意点と5つのステップ」にて、人権デューデリジェンスは以下の5つのステップに沿って理解すると分かりやすいと解説しました。各ステップの詳細は今後の連載で説明しますが、これを「水に対する権利」に関するイシューに当てはめて概要を解説すると以下のようになります。

ステップ1:スコーピング(調査対象の範囲の確定)

 自社の業種や事業内容に従って(上記枠囲み参照)、水に対する権利を自社として優先すべき事項であると特定した場合、さらに、優先すべき国・地域を特定することになります。特に、多くのオペレーションサイトを有している企業の場合には(または複数の国・地域にまたがるサプライヤーから原材料から仕入れを行っている場合には)、いずれの地域での水に関するインパクトが大きいか、すなわち、当該国・地域におけるライツホルダー(人権保持者)に対して各事業が及ぼす影響が大きい可能性が高いかを考えることになります。

 当該優先順位付けにあたっては、ステークホルダー(実際に影響を受け得るライツホルダー、現地の事情に詳しいNGOや各種機関、ビジネスと人権に関する専門家、環境に関する専門家等)の関与を得つつこれを行うことが重要です。どのような形で自社が当該人権侵害に関与してしまっているか、または関与し得るかも意識しつつ分析します。

ステップ2:データ収集

 ステークホルダー(特にライツホルダー)との適切な方法によるエンゲージメント等を通じて、リスク分析のために必要な情報を定量的・定性的両方の観点から収集します。

 定性的データについて、たとえば、上記2で述べた一般的意見No.15でも指摘されている点として、一般的に水に対する権利に関しては脆弱な立場にある農民等、構造的格差の下部に位置する個人・集団の権利に特に注意を払う必要があり、農業に関しては特にその中でも女性の方がより脆弱な立場に置かれやすい傾向があるとされます。よって、この場合では女性のみなど、特定のグループを対象にしてヒアリングを行う等の工夫も必要です。一般的意見No.15で明記されているとおり、水に対する権利の構成要素としては公平性の観点も非常に重要となり、これは条約機関の一般的意見がビジネスと人権の実務においても参考になることの一例です。

ステップ3:リスク分析

 どのようにライツホルダーに対するインパクトを与えているか、または与え得るかを分析します。この段階では、国際人権の内容を形成する法源の内容も踏まえて分析することが重要です。本稿では、一例として、一般的意見No.15等により「水に対する権利」の内容として読み込まれている要素を上記2で紹介しました。

 リスクの発現方法には様々な場面での問題が考えられます。例としては以下のとおりです。

    • 自社の工場の安全衛生が確保されておらず当該工場で勤務する従業員の権利に影響を与える場合(または、工場の寮に住んでいる等、特に移民労働者の権利に影響を与える場合)
    • 自社またはサプライヤーの事業のオペレーションにおいて大量の水を使用するために現地コミュニティに行き渡るべき水が不足する場合
    • 自社またはサプライヤーの事業により(もしくは現地の他複数企業との事業の累積効果により)現地の水が汚染されて人々の健康被害や生活上の不便が生じている場合
    • 水道事業を行っているが現地のコミュニティが充分な価格で十分な品質・量の水に対してアクセスできていない場合等

 こうしたリスクのインパクトの大きさの大小の検討も踏まえて、ステップ4の対処段階における優先順位を付けることも必要です。水に対する権利の場合は、その中でも、生命や健康に対する害を及ぼすようなリスクに高い優先順位が付されるべきでしょう(この点も一般的意見No.15で触れられています)。

ステップ4:リスクの防止・軽減・是正/モニタリング

 ステップ4では、特定された人権侵害に対する自社の関わり方に応じて、採るべき手段を検討します。

 サプライヤーのオペレーション上、リスクが生じる場合には、当該サプライヤーとの間の契約内容により(たとえば当該サプライヤーの側で効率的な水の使用方法を実施させるための条項を規定する等の)適切な手当てを行ったり、研修の実施等を通じてサプライヤーのキャパシティビルディングに協力することも手段となります。
 また、水に対する権利は、そもそも水が不足している国・地域で問題になることが多いという性質に鑑み、現地政府への提言を他企業やNGO等の第三者と協力して行うことが必要となる場面も多いといえます(一般的意見No.15でも述べられているとおり、管轄内の個人が有する水に対する権利の実現に向けて直接的な義務を負っているのは国という位置付けになります)。
 水が逼迫する地域からのサプライヤーを通じた責任ある調達が不可能な場合には、水ストレスの少ない地域にサプライチェーンを移すことを検討する必要があります。

 またステップ4では、定量的・定性的なインディケーター(指標)を定めてモニタリングを行うことも重要です。

リスクの防止・軽減・是正に関する企業によるグッドプラクティスの例
  • ペプシコは、水の再使用を実現する技術を導入して、2015年以降、南米地域での水の利用効率を40%増加させたと公表しています 14
  • ユニリーバは、水の使用に関する取扱いも含めた「Sustainable Agriculture Code」を策定し、サプライヤーに対してこれを遵守することを求めています 15
  • ネスレは、農業が水の使用量の90%を占めるスペインのエストレマデゥーラ地方(降水量が季節的で乏しい地域であり水の管理が特に重要となる地域)において、トマトのサプライヤー上のステークホルダーとの協働により地下灌漑や湿度感知器・流量計等の新しい技術の導入を行い、サプライヤーによる水の使用量を大幅に減少させたことを公表しています 16

ステップ5:報告

 一連のステップについて報告し公表します。

 今回は、特に理解し難いと思われる国際人権の成り立ちについて、国際人権法の法源や発展の過程にも触れながら、水に対する権利を題材として紹介しました。国際人権法は、権利の存在自体、また各権利の内容を構成する要素として押さえておくべき視点が、人権条約の文言自体以外にも様々なものに含まれるため、普段、制定法に慣れ親しんでいることの多い日本企業のビジネスパーソンからすると抽象的で解りにくいと感じられやすいかもしれません。

 本稿を通じ、国際人権の内容は、国際的議論および各国レベルでの議論によって必ずしも条約変更という形式を取らずに時とともに変容し、ビジネスと人権の実務にも反映されていくものであることのイメージを持って頂ければ幸いです。


  1. 拙稿「第2回 「ビジネスと人権」の概要と国際的潮流」、「第7回 世界の人権デューデリジェンス関連法制総まとめ」をご参照ください。 ↩︎

  2. 「ビジネスと人権に関する指導原則」を指します。 ↩︎

  3. Léo Heller(Special Rapporteur on the human rights to safe drinking water and sanitation)「10th anniversary of the recognition of water and sanitation as a human right by the General Assembly」(2020年6月28日)
    United Nation website「Sustainable Development Goals Goal 6」 ↩︎

  4. OHCHR website「Special Rapporteur on the Human Right to Safe Drinking Water and Sanitation Frequently Asked Questions」 ↩︎

  5. 女性差別撤廃条約等いくつかの人権条約では水に対する権利は明記されていますが、これらは冒頭に述べた「国際的に認められた人権」に最低限含まれるとされている条約ではありません。 ↩︎

  6. 「人権条約機関(treaty body)」とは、国連で作成された中核的な各国際人権条約について、締約国による国内での条約の履行の状況を国際的に監視するために設けられた機関です。個人資格の委員で構成される委員会の設置を通じて、一般的意見等の発行により各人権条約の解釈等を日常的に行うほか、国家報告制度を通じて各締約国の状況を審査し総括所見を発行する等の活動を行っています。
    また、「一般的意見(general comment)」とは、各条約機関が、多数の締約国の報告審査により得られた知見や条約の特定の規定の解釈につき、全締約国に宛てて公表するものです。 ↩︎

  7. 「本条約の締約国は、自己及びその家族のために、十分な食糧・衣類および住居を含む最低限の生活水準を保持することについての、また、生活条件の継続した改善についてのすべての者の権利を認める。・・・」 ↩︎

  8. たとえば、社会権一般の国家の充足義務について、各権利の最低限のレベルに関わる点については各国家はただちに当該権利を充足しなければならないという義務を負うのに対し、それ以外の部分については一般に、完全な実現に向けて段階を踏めば良いという枠組みになっていますが、水に対する権利に当てはめた場合の前者にいう「最低限の」中核となる要素は、差別のない水への公平なアクセスや、病気等を防止するための物理的アクセスであることを述べています。 ↩︎

  9. 締約国が条約機関の解釈と異なる解釈をとることも起こり得るものの、締約国の条約解釈が客観的妥当性と説得力を欠けば、定期的な政府報告審査制度において、条約機関から、条約解釈の見直しを繰り返し要請されるという実質的効果も無視できません(申惠丰『国際人権法(第二版)』(信山社、2016)568頁参照)。また、日本の裁判例の中にも、人権条約の規定の解釈に際して人権条約委員会の意見を参考にした例が相当数存在します。 ↩︎

  10. UNGA res 64/292(2010年7月28日) ↩︎

  11. 当該決議の内容を肯定し、また、当該権利は十分な生活水準を保持する権利に由来するものであること、肉体的・精神的健康に対する権利・生命に対する権利、また人間の尊厳そのものに密接に関連する権利であることを認める旨の決議(HRC res 15/9)。 ↩︎

  12. OHCHR website「Human Rights and the 2030 Agenda for Sustainable Development」 ↩︎

  13. A Jeff「Guatemala’s indigenous water protectors organize to challenge hydroelectric projects」(Waging Nonviolence) ↩︎

  14. Pepsico website「2019 Sustainable Report Focus Areas」(2021年8月13日最終確認) ↩︎

  15. Unilever website「The water-saving secret to sweeter tomatoes」(2021年8月13日最終確認) ↩︎

  16. Nestle website「Engaging with our suppliers」(2021年8月13日最終確認) ↩︎

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