サステイナビリティ時代に求められる企業の経営戦略

第15回 国連作業部会による、次の10年に向けたロードマップの公表

国際取引・海外進出
渡邉 純子弁護士 西村あさひ法律事務所

シリーズ一覧全16件

  1. 第1回 サステイナビリティと日本企業の海外進出 〜求められる3つのマインドセット〜
  2. 第2回 「ビジネスと人権」の概要と国際的潮流
  3. 第3回 「ビジネスと人権」に関する日本政府の対応状況と日本企業の取り組み動向
  4. 第4回 ビジネスと人権 - コーポレート・デューデリジェンスおよびコーポレート・アカウンタビリティに関するEUの新指令
  5. 第5回 サステイナビリティと気候変動 – 英国のTCFD情報開示の義務化に関する公表
  6. 第6回 英国現代奴隷法の強化と「現代奴隷」
  7. 第7回 世界の人権デューデリジェンス関連法制総まとめ
  8. 第8回 人権デューデリジェンスの実践(その1) - 人権デューデリジェンス全般に関する留意点と5つのステップ
  9. 第9回 国際人権法の成り立ちと実務への適用 - 水に対する権利を題材に
  10. 第10回 人権デューデリジェンスの実践(その2) - スコーピング(調査範囲確定)の必要性と留意点
  11. 第11回 人権デューデリジェンスの実践(その3) - データ収集時におさえておくべき6つの視点と具体的方法、KPI設定のポイント
  12. 第12回 人権デューデリジェンスの実践(その4) - 類型にもとづくリスク分析と企業に求められる対応
  13. 第13回 人権デューデリジェンスの実践(その5)- 国際人権基準や各国国内法の内容理解に基づく人権への負の影響の分析
  14. 第14回 EUの「コーポレート・サステイナビリティ・デューデリジェンスに関する指令案」の概要と今後の見通し
  15. 第15回 国連作業部会による、次の10年に向けたロードマップの公表
  16. 第16回 人権デューデリジェンスの実践(その6)- 人権に対する負の影響への対処方法
もっと見る 閉じる

目次

  1. 本ロードマップが掲げる目標一覧
  2. 各行動領域の解説
    1. 行動領域1:グローバルな課題に対応するための羅針盤としての「ビジネスと人権に関する指導原則」
    2. 行動領域2:国家の保護義務
    3. 行動領域3:企業の尊重責任
    4. 行動領域4:救済へのアクセス
    5. 行動領域5:ステークホルダー・エンゲージメントの拡大と充実
    6. 行動領域6:変化を加速するための影響力の拡大と充実
    7. 行動領域7:進捗のモニタリングの拡大と充実
    8. 行動領域8:国際協力と実施支援の拡大と充実
  3. まとめ
※本記事は、西村あさひ法律事務所が発行するニューズレターの「サステイナビリティと日本企業の海外進出 - ビジネスと人権(12)次の10年に向けた国連作業部会によるロードマップの公表 -」の内容を元に編集したものです。

 2021年11月29日から12月1日にかけて行われた国連ビジネスと人権フォーラムで、次の10年で実現すべき目標を記載した「UNGPs10+ ロードマップ」が公表されました(以下「本ロードマップ」といいます)1

 2021年は、国連人権理事会がビジネスと人権に関する指導原則を策定してから10周年を飾る年でした。この節目に、本ロードマップは、過去10年のグローバルでの取組結果の振り返りを踏まえ、国連ビジネスと人権作業部会が、国連高等弁務官事務所や国連開発計画等とのパートナーシップによって次の10年で達成すべき目標を文書化したものになります。これは、企業の果たすべき責任(行動領域3)のみでなく、多様なアクターがそれぞれの立場で果たすべき責任の内容にも触れるものですが、企業がサステイナブル経営を進めるうえで、全体戦略の方向性と、過去10年の国際的な動向の変化を包括的に理解し、今後のグローバルな展開を予測し、さらには指導原則が求める内容の本質に立ち返るためにも参考になります。

 今回は、本ロードマップの概要を紹介しながら、日本企業およびその他の日本のステークホルダーにおいてまだ広く認識されていないと筆者が特に感じる重要な点を中心に解説します。

本ロードマップが掲げる目標一覧

 本ロードマップでは、今後グローバルレベルでより一貫した実践を行っていくための「緊急の必要性」を踏まえ、より早く、より野心的な動きを加速するための「8つの行動領域」を定め、各行動領域について目標を定めています(以下参照)2

戦略の方向性

行動領域1:グローバルな課題に対応するための羅針盤としての「ビジネスと人権に関する指導原則 3

  • 目標1.1:ビジネスにおける人権尊重を「公正な移行」と持続可能な開発戦略の中核とする
  • 目標1.2:組織的な課題に取り組むための協働を促す
  • 目標1.3:人権の尊重を通じたデジタルトランスフォーメーションの最適化
  • 目標1.4: 基準策定における一貫性と整合性の確保
保護・尊重・救済

行動領域2:国家の保護義務

  • 目標2.1:政府によるより効果的な行動を強化するために政策の一貫性を向上させる
  • 目標2.2:スマートミックスを実現する

行動領域3:企業の尊重責任

  • 目標3.1:ビジネスによる取組みを拡大し、人権尊重に対するコミットメントを実践に移す
  • 目標3.2:コーポレート・ガバナンスとビジネスモデルに人権デューデリジェンスを組み入れる
  • 目標3.3:人権尊重と矛盾する企業行動への対処

行動領域4:救済へのアクセス

目標4:救済へのアクセスを阻む障壁への取組みを実践に移す

横断的な課題

行動領域5:ステークホルダー・エンゲージメントの拡大と充実

  • 目標5:保護、尊重、救済を強化するための有意義なステークホルダー・エンゲージメントを確実にする

行動領域6:変化を加速するための影響力の拡大と充実

  • 目標6.1:金融セクターにおけるESGに関する潮流を利用し、ESGの「S」を指導原則と整合させる
  • 目標6.2:ビジネス界を形成していく者達(shapers)を活用し、規制と金融の先を行かせる

行動領域7:進捗のモニタリングの拡大と充実

  • 目標7.1:より体系的な学習とモニタリングを通じて、国による行動と説明責任に拍車をかける
  • 目標7.2:ビジネスによる影響と実績のモニタリングを改善する

行動領域8:国際協力と実施支援の拡大と充実

  • 目標8.1:国連システムにおける指導原則の統合のギャップを埋める
  • 目標8.2:指導原則に関するより迅速かつ幅広い取組みと実施を支援するためのキャパシティビルディングと協調を強化する
  • 目標8.3:地域レベルでの頂点への競争を活性化させる

 国連ビジネスと人権作業部会により繰り返し指摘されている点として、指導原則は、すべてのステークホルダーに対し、ビジネスに関連する人権リスクと負の影響に対処するための共通枠組みとして大きな進展をもたらしたものの、一貫した実践的取組みという意味では、依然として多くの課題が残されているということがあります。上記の各行動領域は、国・企業その他のステークホルダーがそれぞれの立場で果たすべき役割を記載したものですが、企業に対しても、「影響を受けるライツホルダーと地域コミュニティにとっての目に見える結果を実現し、これをもって社会的に持続可能なグローバリゼーションに貢献すべき」という期待が明示されています。

各行動領域の解説

行動領域1:グローバルな課題に対応するための羅針盤としての「ビジネスと人権に関する指導原則」

目標1.1:ビジネスにおける人権尊重を「公正な移行」と持続可能な開発戦略の中核とする

 気候変動と人権には密接な関連性があり、気候変動による悪影響自体が人権リスクの一種であること、また、脱炭素を目指す過程でも人権リスクが生じること、よって企業が取組みを進める際には気候変動と人権をセットとして検討を進めるべきことが、グローバルレベルで認識されつつありますが(昨年10月には国連人権理事会で、クリーンで健全・持続可能な環境で暮らす権利の重要性を認識する決議が行われ、COP26では複数の国により「Just Transition(公正な移行)」の概念が賛同されました)、多くの企業ではその点がまだ認識されておらず、環境と人権に対するリスクは、企業によるESG対応の中でも切り離されて対処されています 4。たとえば、気候変動リスクへの軽減措置として注目されるEVの増産のために紛争鉱物の調達量が増加したり、脱炭素に向けたビジネスモデルの改革により、安定した雇用が担保されないことも顕著な人権リスクとしてあげられます。

 本ロードマップでは、コロナ危機からの「より良い復興」や気候変動等グローバルな課題に対して企業が行うべきアクションとして、人権がESGの「S」の中の中核的要素でもあることを再認識し、企業のSDGs推進に人権デューデリジェンスを組み込むこと等が掲げられています。国に対しては、パリ条約とSDGsの目標達成のための企業の役割に関して、指導原則を、グローバルな枠組みと各国の政策方針に反映させることが求められています。

目標1.2:組織的な課題に取り組むための協働を促す

 国・企業・労働組合・市民社会団体・国際機関等の協働体制を構築し、より解決が困難な課題の解決を目指すことの必要性が改めて強調されています。具体的には、以下のような緊急課題に、企業も優先的な人権課題として取り組む必要性が掲げられています。

  • 職場等におけるジェンダー問題(あらゆる人権侵害に関する横断的な課題とされます)や人種差別問題
  • 人権擁護者(先住民や労働組合代表者を含みます)が直面する脅威
  • インフォーマル経済 5(世界の労働者の10人中6人を占めます)におけるギャップ(コロナ危機で悪化する、強制労働や児童労働のハイリスクを含みます)
  • 紛争地域その他の重大な人権リスクの発生場面での人権侵害(指導原則により、特に高いレベルでの人権デューデリジェンスの対象とされます)
  • 贈賄
  • 新たなテクノロジーにより発生する人権侵害(目標1.3参照)
目標1.3:人権の尊重を通じたデジタルトランスフォーメーションの最適化

 デジタルテクノロジーがSDGsの実現に資する一方で、特定の製品やサービスの誤った使用が、オンラインでのヘイトスピーチ・フェイクニュースの拡散や集団監視システム、民主的手続の侵食、AIによる差別等のあらゆる場面で人権侵害に用いられることが指摘されています。企業には、自らの提供する製品やサービスの企画段階から人権デューデリジェンスを行うこと、場面によりユーザーとの対話も通じて人権リスクへの対処をすること等が求められています。

目標1.4:基準策定における一貫性と整合性の確保

 IFRS財団が設立した国際サステナビリティ基準審議会(ISSB)による基準を含め、ESGやサステナビリティに関する報告基準、また責任ある企業行動に関する既存または新規の国際基準のすべてを、指導原則に沿ったものとすることの必要性が指摘されており、企業としても、ESG対応やサステナビリティに係る方針・手続・実践を指導原則に合致させることが求められています。

行動領域2:国家の保護義務

目標2.1:政府によるより効果的な行動を強化するために政策の一貫性を向上させる

 依然として多くの国が、国際人権基準・国際労働基準に即した国内法を制定せず、国家の人権保護義務を履行していないことが指摘されています(たとえば、100以上の国において女性を特定の職業から排除する法律が存在したり、労働法によりLGBTIが保護されていない国が世界の国の半数を占めること、40以上の国がILOの中核条約を批准していないこと等)。

 また、同様に、コーポレート・ガバナンスに関する規制、国際貿易・国際投資に関する条約等の国際的な枠組みも指導原則に沿っていないこと(たとえば、主に途上国が外国資本を誘致する目的によって急増した、現在3,000以上存在する国際投資協定の多くでは、外国投資家のみが保護され、個人や地域コミュニティの権利が排除されていることが大きく問題視されています)、G7やG20によるグローバルサプライチェーンにおける人権保護へのコミットも、より具体的な方法・評価方法によりフォローアップされるべきであること、すべての国がビジネスと人権に関する国別行動計画等を策定すること等の重要性が指摘されています。

 このような問題を踏まえ、すべての国が国際人権条約・国際労働条約を批准することも目標として求められており、今後、各国国内法の変化のスピードが加速していくこと、また、多くの法分野にまたがる国際的枠組みにも、国際人権保護の観点が今後統合・反映されていくことが期待されます。企業としては、国際基準と国内法の間のギャップに目を配る必要があるほか、自社が事業を行う各国における今後の規制の変化も注視する必要性が高まります(「第13回 人権デューデリジェンスの実践(その5)- 国際人権基準や各国国内法の内容理解に基づく人権への負の影響の分析」参照)。

目標2.2:スマートミックスを実現する

 スマートミックスとは、各国レベル・国際レベル・強制・任意の4つすべてを組み合わせて、国家が人権保護義務を履行するための規制を導入することを指します。過去10年で、指導原則に沿った強制的な法規制の導入の必要性についての理解が大きく進みましたが、国連作業部会は、今後、すべての地域において、企業の人権尊重責任を促進するための法的規制の導入の必要性を説いており、これには強制的な人権・環境デューデリジェンス法も含まれることとされています。

 同時に、実社会での指導原則の実践においていまだ不足がある点、具体的には、一次サプライヤーよりも遥か先まで企業の人権尊重責任が及ぶこと、人権リスクが発見された場合に単純に取引停止に飛びつかないこと、ステークホルダー(特に影響を受ける労働者や地域コミュニティ・労働組合等)との意味のあるエンゲージメントを行うこと等も、当該規制において手当てされるべきことが指摘されています。実際に企業の義務履行が担保されるような企業の民事責任の執行/監督体制の強化も掲げられています。そして、ガイドラインの策定や、中小企業による実施支援等の施策も、これらを補完する意味で、重要な「スマートミックス」の手段となります。企業としても、この「スマートミックス」が、強制力のある法規制を含むことを理解することが求められており、今後は、欧州等の一部地域のみではなく世界全体に強制化の動きを波及させることが目指されていることを念頭に置く必要があります。

行動領域3:企業の尊重責任

目標3.1:ビジネスによる取組みを拡大し、人権尊重に対するコミットメントを実践に移す

 次の10年の課題として、企業による人権尊重を、先進的な企業のみによる取組みではなくビジネス界の主流とすることが目指されています。国際的な人権ベンチマーク等からは、指導原則へのコミットを示す企業数の増加は見て取れますが、効果的なデューデリジェンスを実践できている企業数はいまだ非常に少ないことが指摘されています。国際基準と国内法の要請が矛盾する場合の対応等いまだ多くの課題が残されていますが、特に大企業は、中小規模のサプライヤー等の事業パートナーのキャパシティ・ビルディングの支援(指導原則への理解の啓蒙等)も含め、(特にハイリスクの産業において)バリューチェーン全体での人権尊重に向けた取組みを行えるようにすることが求められています。

目標3.2:コーポレート・ガバナンスとビジネスモデルに人権デューデリジェンスを組み入れる

 人権デューデリジェンスを、企業のガバナンスと組織文化全体により包括的に組み込む必要性から、内部規則への人権尊重の反映や人権専門家の役員への登用も含め、取締役会と上位の会議体でのコミットを通じて、企業価値の向上を図ることが目標とされています。これには、新たなビジネスモデルの構築時に人権リスクを踏まえて検討することも含みます。国には、コーポレート・ガバナンスに関する規制に指導原則を反映させること(取締役の義務や、ステークホルダーへの長期的影響を踏まえたガバナンスに関する規制を含みます)が求められています。

目標3.3:人権尊重と矛盾する企業行動への対処

 労働組合の中核的権利の尊重と社会対話の軽視、投資家対国家紛争(ISDS)を通じた人権・環境に対する負の影響への関与、脱炭素の過程での当該影響の度外視(目標1.1参照)、人権・環境擁護者に対する攻撃への関与等、多くの点で、企業の人権尊重責任と矛盾する企業行動の存在が指摘されています。企業としては、目標3.2の適切なコーポレート・ガバナンスの構築を通じて、ロビーイング活動や税務、法的紛争等の企業行動にも、幅広く横断的に人権尊重の視点を組み込んでいくべきことが求められています。

行動領域4:救済へのアクセス

目標4:救済へのアクセスを阻む障壁への取組みを実践に移す

 救済へのアクセスは指導原則の3つ目の柱でありながら、司法的および非司法的救済システムのいずれについても、アクセス自体へのハードルが依然として存在しており、改善が急務とされています。司法的救済システムへのアクセスの難しさは、途上国・新興国における贈賄や法の支配の不備自体、また、ビジネスが関与する人権侵害に係る適切な法規制の不存在等様々な要因に由来するものですが、企業に構築が求められる非司法的救済システム(苦情処理メカニズム)に関しても、指導原則の掲げる要件 6 を満たしていない実態、特にライツホルダーからの信頼や透明性の欠如等多くの課題が指摘されています。苦情処理メカニズムの構築・モニタリング自体にライツホルダーを関与させること、サプライヤー等の事業パートナーの関与もさせること等が求められています。

行動領域5:ステークホルダー・エンゲージメントの拡大と充実

目標5:保護、尊重、救済を強化するための有意義なステークホルダー・エンゲージメントを確実にする

 人権リスクの未然防止と、より実効的な救済のために、ステークホルダーエンゲージメントは人権デューデリジェンスの核となるものですが、いまだ多くの国および企業において、ステークホルダーは対話先とすべきパートナーという認識が欠けていることが指摘されています。ここにいうステークホルダーとは、国と企業の実務をモニタリングする立場にある、影響を受けるライツホルダー個人や地域コミュニティ、労働組合や人権擁護者、市民社会団体等、そして特に脆弱な立場にあるライツホルダー(女性、LGBTI、子供、障害者、先住民、移民や難民等)を指します。

 昨年、日本の上場企業を対象に行われた経済産業省の調査結果でも、回答企業のうち外部ステークホルダーを関与させている企業はわずか3割、かつそのステークホルダーの内訳としては専門家・投資家がほとんどという結果が露わになりました 7。筆者も、ライツホルダーに近い立場にあるステークホルダーとの連携の必要性について日本企業の間で十分な認識が広まっていないことを感じていますが、本ロードマップで指摘されているとおり、これは言い換えれば、人権や環境に対するリスクを十分に捕捉できていない(そしてそれが結果的に企業に対する様々なリスクとしても顕在化し得る)ことを意味します。

 本ロードマップでは、強制人権デューデリジェンス法も、上記にあげたようなライツホルダーとの有意義なエンゲージメントを明確に求めるものとすべきとの指摘もあり、今後直接的な法的義務との関係でもますます無視できないものとなることが予想されます。具体的には、企業の対応として、目標1.1に掲げた「公正な移行」を実現するうえでもステークホルダーエンゲージメントを行うこと、どのように人権デューデリジェンスと救済措置の実行過程でステークホルダーを関与させたか(特に、ジェンダーやその他の脆弱性の高いステークホルダーの課題にどのように注意を払ったか)を開示すること、苦情処理メカニズムの設計・見直し・個別の課題解決の過程にもステークホルダーを関与させること等が求められています。

行動領域6:変化を加速するための影響力の拡大と充実

目標6.1:金融セクターにおけるESGに関する潮流を利用し、ESGの「S」を指導原則と整合させる

 企業による人権尊重をスケールアップするため投資家自身が人権尊重責任を果たすことが重要であり、自らの投資行為がどのように人権リスクに繋がっているのかを理解し、どのような行動を起こしているかを示すことが求められています。もっとも、ESG投資の「S」に関する定量的・定性的な測定指標の策定がいまだ十分に行われていないこと、そして正しいデータの収集を行うキャパシティがデータ提供者にないことから、適切な測定指標の発展が重要な優先課題とされています(なお、指導原則は、環境に関する「E」や汚職に関する「G」に関するリスク・影響に対処するうえでも関連するため、「S」のみに限定されるものであってはならないことも指摘されています)。

 機関投資家に対しては、金融商品とアセットクラス全体に関して投資決定・スチュワードシップ活動時に人権デューデリジェンスを組み込むこと(投資家自身のガバナンスの枠組みに指導原則を組み込むこと)、および投資先企業との建設的な対話を通じて、①人権方針とガバナンスの策定、人権デューデリジェンスの実施、効果的な苦情処理メカニズム、②投資先企業が人権侵害を作出または助長する場合の救済措置の提供を、投資先企業に促すことが掲げられています。

 国に対しては、ESG投資を取り巻く規制(タクソノミーや開示規制を含みます)が指導原則に合致するようにすること、人権尊重が受託者責任の一部を成すことを明確にすること、上場規則に指導原則の遵守を要求すること、人権デューデリジェンスを行わないESGウォッシュを規制することが求められています。

目標6.2:ビジネス界を形成していく者達(shapers)を活用し、規制と金融の先を行かせる

 目標6.1と同様の観点で、企業法務弁護士・企業のコンサルタント(監査法人や社会監査人・保証提供者等を含みます)自身に人権尊重責任を負わせることの必要性が指摘されています(指導原則はすべての事業者に適用されますが、企業法務弁護士は、伝統的に狭義の法的リスクのみに着目することで適切な人権デューデリジェンスの普及を妨げてきたことも指摘されています)。これらの者に対して、自身が人権尊重へのコミットを行い、助言業務の全体・顧客の選定や関係性の管理を通じてそのコミットを示すことが求められています。

行動領域7:進捗のモニタリングの拡大と充実

目標7.1:より体系的な学習とモニタリングを通じて、国による行動と説明責任に拍車をかける
目標7.2:ビジネスによる影響と実績のモニタリングを改善する

 国レベル・企業レベルのいずれにおいても、実際の人権デューデリジェンスの進捗度をより正確に測ることの必要性が指摘されています。国レベルの取組みに関しては、国連人権システムの1つである普遍的定期審査等を国家間での学び合いの場としても利用し、指導原則に沿った各国における実践状況のモニタリングをすることが目指されています。企業レベルの取組みに関しては、現在の「何をしたか」というインプットとアウトプット・実際の行為に焦点を置いた開示にとどまらず、より実際の結果(人権デューデリジェンスによって、影響を受けるライツホルダーに実際にもたらせた結果)に関する開示を促進していくことにより、進捗度の測定を可能とすることが求められています。測定ツールとしての開示基準の策定に関するグローバルな取組みに参加することも、国に対して求められています。

行動領域8:国際協力と実施支援の拡大と充実

目標8.1:国連システムにおける指導原則の統合のギャップを埋める

目標8.2:指導原則に関するより迅速かつ幅広い取組みと実施を支援するためのキャパシティビルディングと協調を強化する
目標8.3:地域レベルでの頂点への競争を活性化させる

 組織化されたデータの共有・広範囲でのキャパシティビルディング・企業や国、市民社会を対象としたグローバルなヘルプデスクの設置等、国連システム全体の中でも、指導原則を統合し促進するための協働体制に関しては、まだ多くの課題が残ることが指摘されています。国連システム全体を通じた政策枠組み(人権だけでなく開発や平和構築、環境に関する取組みに関するものすべてを含みます)に指導原則を組み込むことや、2030年実現目標のSDGsの後継となるグローバルアジェンダでも人権を中核とすることが目指されています。

 国が人権保護義務を履行し救済措置を提供できるようにするため、また、企業が人権尊重責任を負えるようにするために必要なキャパシティビルディングへのさらなる投資も目指されているほか、グローバルな協働アプローチを補完する役割としての各地域レベルでの取組みのさらなる発展も目標とされています(過去10年の間に、国連ビジネスと人権作業部会、国連高等弁務官事務所や国連開発計画の地域別プラットフォームが複数組織されましたが、現在の活動成果は欧州に主に偏りがあるところ、世界の各地域に偏りがないよう今後地域別取組みを推進していくことの必要性が強調されています)。

まとめ

 以上で見てきたように、あらゆる観点で今後10年の間に規制枠組みや実務レベルでの取組みの進展が目標とされており、企業としても、グローバルと各国レベルの双方、また、従前サステイナビリティとは関係なく個別に対応されてきたあらゆる企業行動の領域において、指導原則を基礎に置いた事業環境のさらなる変化に直面することが予測されます。

 また本ロードマップは、その前提として過去10年間の実務の形成の不足点を洗い出しているものでもあるため、すでに取組みを開始している企業も、今一度自社の取組みの方向性や内容に不足点がないか、指導原則の求める内容に正しく沿った将来計画が描けているかを確認する契機としていただければと思います。人権デューデリジェンスの具体的な進め方については、本連載の他の回をご参照ください。


  1. OHCHR website「The next decade of business and human rights」 ↩︎

  2. なお、上記の行動領域は限定的なものではなく、さらなるガイダンスや各国・企業による明確なコミットと実践計画によって補完されていくべき戦略的ガイダンスという位置付けとされています。 ↩︎

  3. 概要は、「第1回 サステイナビリティと日本企業の海外進出 〜求められる3つのマインドセット〜」参照 ↩︎

  4. グローバル企業の人権に関する取組状況を調査するベンチマークWBA(World Benchmark Alliance)の2021年の調査結果によれば、温室効果ガス排出量の高い企業の大多数が「公正な移行」に関する努力を示せなかったことが指摘されています。 ↩︎

  5. 法または実務上、公式の取り決めの対象となっていないか、公式の取り決めが十分に適用されていない労働者および経済単位の行うあらゆる経済活動(不正な活動は含まない)を指します。 ↩︎

  6. 詳細は「サステイナビリティと日本企業の海外進出 - ビジネスと人権(11)人権デューデリジェンスの実践 [その6] -(2021年11月25日号)」参照 ↩︎

  7. 経済産業省「『日本企業のサプライチェーンにおける人権に関する取組状況のアンケート調査』集計結果」(2021年11月)3頁・9頁参照 ↩︎

シリーズ一覧全16件

  1. 第1回 サステイナビリティと日本企業の海外進出 〜求められる3つのマインドセット〜
  2. 第2回 「ビジネスと人権」の概要と国際的潮流
  3. 第3回 「ビジネスと人権」に関する日本政府の対応状況と日本企業の取り組み動向
  4. 第4回 ビジネスと人権 - コーポレート・デューデリジェンスおよびコーポレート・アカウンタビリティに関するEUの新指令
  5. 第5回 サステイナビリティと気候変動 – 英国のTCFD情報開示の義務化に関する公表
  6. 第6回 英国現代奴隷法の強化と「現代奴隷」
  7. 第7回 世界の人権デューデリジェンス関連法制総まとめ
  8. 第8回 人権デューデリジェンスの実践(その1) - 人権デューデリジェンス全般に関する留意点と5つのステップ
  9. 第9回 国際人権法の成り立ちと実務への適用 - 水に対する権利を題材に
  10. 第10回 人権デューデリジェンスの実践(その2) - スコーピング(調査範囲確定)の必要性と留意点
  11. 第11回 人権デューデリジェンスの実践(その3) - データ収集時におさえておくべき6つの視点と具体的方法、KPI設定のポイント
  12. 第12回 人権デューデリジェンスの実践(その4) - 類型にもとづくリスク分析と企業に求められる対応
  13. 第13回 人権デューデリジェンスの実践(その5)- 国際人権基準や各国国内法の内容理解に基づく人権への負の影響の分析
  14. 第14回 EUの「コーポレート・サステイナビリティ・デューデリジェンスに関する指令案」の概要と今後の見通し
  15. 第15回 国連作業部会による、次の10年に向けたロードマップの公表
  16. 第16回 人権デューデリジェンスの実践(その6)- 人権に対する負の影響への対処方法
もっと見る 閉じる

この特集を見ている人はこちらも見ています

無料会員登録で
リサーチ業務を効率化

1分で登録完了

無料で会員登録する