企業不祥事から学ぶ企業変革・組織開発への施策

第9回 従業員不正と経営管理(第7篇)- 不正会計、その他コンプライアンス違反、企業価値向上に繋げる施策 (その3)

危機管理・内部統制
渡辺 樹一 一般社団法人GBL研究所

目次

  1. 健全な企業文化の醸成
    1. 企業文化とは何か、企業文化形成の過程と企業が置かれた状況
    2. 企業経営における企業文化調査の重要性
    3. 企業文化のベンチマーク
    4. 従業員の働きがい(エンゲージメント)と企業文化の関係
    5. 健全な企業文化の醸成

 第7回から「不正が起きない組織であることにとどまらず、イノベーティブな組織を醸成するための企業の施策」についてお伝えしています。第7回は「組織の閉鎖性の弊害」、第8回は「数値⽬標達成へのプレッシャー」について、それぞれ問題の本質と克服への企業の施策を述べました。第9回は「企業文化」に焦点を当ててお話しします。「従業員不正と経営管理」についての最後の論稿となります。

 本稿の末尾に企業の施策として掲げた「企業文化調査」については、その具体的手法等を解説した「企業文化は戦略に勝る~変革の時代における「企業文化調査」のすすめ~」をお読みください。

健全な企業文化の醸成

従業員による「不正会計」、「その他コンプライアンス違反」の背景的な原因」

 これは第7回で紹介したものです。まず、図の左側の「健全な企業文化を醸成する」について論じます 1

企業文化とは何か、企業文化形成の過程と企業が置かれた状況

(1)「組織文化」と「企業文化」

 はじめに「組織文化」と「企業文化」について理解しましょう。

企業文化とは何か、その形成の過程と企業の現状

 「組織文化」は「組織においてその構成員が共有する価値観・行動様式」をいい、それは個々の組織構成員の具体的な行動と組織環境・風土にあらわれます。
 組織構成員の具体的な行動は組織環境・風土の影響を受ける一方で、組織環境・風土は組織構成員の具体的行動の総体である側面も有しており、両者は相互に影響し合う関係にあるものとして把握されます。
 一方「企業文化」は「企業内の組織ごとに存在する組織文化の集合体」を意味します。その基礎となっているのは、創業時からの歴史や伝統、最上流で影響を与えている経営者の思考です。しかし、それは変化しうるものであり、歴代を含む経営トップの思考によって経営陣の姿勢や気風が形成され、組織全体に浸透していきます。また、経営戦略や組織構造、報酬体系、業界慣習やそれらについての企業の方針、人事慣行などの要因によっても影響を受けます。それらの要因は、複雑な関係の中、相互に影響を及ぼし合って引き継がれていくこととなります。
 これらによって形成されている企業文化は、企業の成長とともに、時として外なる文化を創出したり(海外進出や子会社の設立など)、外なる文化を吸収したり(合併やM&Aなど)しながら変容していきます。

(2)企業文化調査

 ここで、企業が置かれた状況について考えてみます。企業が企業文化に取り組む場合、障壁となっているのは、企業文化そのものを担当する部門がないことです。

企業は企業文化にどのように対応できているのか

 従業員の業務遂行のビヘイビアは、企業文化から生まれるものですが、企業文化から染み出てくるものは「従業員のコンプライアンス意識」であり、それは法務部等のコンプライアンス部門の領域です。また、企業文化から生み出される「従業員のエンゲージメント」は人事部門の管轄です。また、同じく企業文化から創り出される従業員の業務遂行上のビヘイビアは、内部監査部門が業務監査としてチェックしています。
 しかし、これら3つのアプローチは、いずれも企業文化そのものまでに踏み込むものではありません。そのため、「企業文化」は、総じて従業員の人事考課を司っている人事部門が、その業務分掌の範囲内で孤軍奮闘しているというのが企業の現状ではないでしょうか 2
 この障壁と課題を解決するのが、企業文化への直接的アプローチである「企業文化調査」です。ここで、企業文化の重要性が企業経営において急激に高まっている現状について、企業価値の向上と毀損防止の2つの観点から整理したいと思います。

企業経営における企業文化調査の重要性

(1)企業価値の向上に向けた企業文化の重要性

 コーポレートガバナンスコード(以下「CGC」)は、ご承知の通り、上場企業の持続的な成長、中長期的な企業価値向上とそれによる日本経済の発展を目指したものですが、CGCの基本原則2の後段には「取締役会・経営陣は、これらのステークホルダーの権利・立場や健全な事業活動倫理を尊重する企業文化・風土の醸成に向けてリーダーシップを発揮すべきである」という記述があります。
 CGCの施行後、6年が経過し、健全な企業文化の醸成は取締役会・経営陣が取り組むべき重要課題であり続けてきたわけですが、近時においては、次の3つの事象に代表される経営環境の変化や、それに伴う経営者の考え方の深化が進みつつあります。  

① コロナ禍での組織開発の必要性

 新型コロナウイルス感染症の猛威が世界を覆う中、これまで経営の前提となっていた多くの物事が変化し、外部環境の変化を踏まえたビジネスモデルの見直しや経営資源の再配分を行う企業も増えています。経営者の関心も、リモートワークなどの緊急対応や働き方改革から、会社を再成長させるための組織開発 3 へと移りつつあります。

② ESG経営や第4次産業革命(DX)が叫ばれる中での、目指すべきビジネスモデル、経営戦略と保有人材、人材戦略の乖離の拡大

 ESG経営志向の高まりやデジタル化の動きに代表されるような企業を取り巻く変革のスピードが増す中で、目指すべきビジネスモデルや経営戦略と足下の人材および人材戦略との乖離が大きくなってきています。この乖離を、地球規模において、どのようなスパンで、どのように適合させていくかは、経営者にとって大きな経営課題となっています。企業においては、自社の経営戦略に沿った人材戦略を立てると同時に、自社にとって適切な企業文化とは何かについてあらためて向き合う必要性が高まっているといえます。

③ CGC改訂に伴う多様性のある人材確保の重要性の増大

 2021年6月の改訂版では、上場会社に対し次の2つの開示を求めています 4

  • 女性・外国人・中途採用者の管理職への登用等、中核人材の登用等における多様性の確保についての考え方と自主的かつ測定可能な目標とその状況
  • 多様性の確保に向けた人材育成方針と社内環境整備方針及びそれらの実施状況

 これらの開示によって、経営者は「自社の人材や人材戦略自体が経営戦略自体の可能性を広げる」ことをあらためて認識しながら、「自社の人材戦略と経営戦略を同期させるプロセスを通して、中長期的な企業価値の向上に努めよう」という経営志向に誘われることとなります。
 これら3つの経営者ニーズを実現させるのが「グローバルな成長を牽引できる経営人材の育成や確保、イノベーションの創出をリードする多様な人材の育成、発掘や確保」、そして「既存のオペレーション人材の機能・能力強化等の人材戦略」です。しかし、そのような人材を自社に受け入れ、育て、活性化させることができる健全な企業文化がなければ、組織体に生まれる成果は限定的なものとなってしまいます。
 以上、企業価値の向上という側面から見た企業文化の重要性についてお伝えしましたが、企業文化が企業価値の毀損防止という側面からも重要であることはいうまでもありません。

(2)企業価値の毀損防止に向けた企業文化の重要性

 直近8年間(2013年1月~2020年12月)に公開された上場会社の従業員不正全125件の調査報告書を分析したところ、3分の2の事例で不適切な企業文化が指摘されていました。それらの不正の継続期間と問題のある企業風土、すなわち企業文化の劣化の内容を示します。

従業員不正についての不正の継続期間と問題のある企業風土(組織風土)

 過半を占めるのが「風通しの悪い組織風土」です。各調査報告書の記述は「問題を共有できない企業風土」「上命下達で、自由闊達に議論できない企業風土」「現場の意見が上層部に伝わりにくい組織風土」「トップに正論が言えず、隠す・先送りする・言い訳をする企業風土」などと辛らつなものばかりであり、総じて「モノが言えない」「自由に議論ができない」「問題点が経営陣に迅速に伝わらない」といったものです。このような企業風土は、不正の温床となると同時に、赤字で示した組織の生産性の低下や、経営者がリスクを把握できないという状況を作ります。
 強調したいのは、これらの状況が平均で7年間も続いていたということです。問題のある企業風土が7年もの間、経営者に発見されない状況を作り出し、かつ組織の生産性の低下をもたらしていたことは、大変な驚きです。
 以上、企業価値の向上と毀損防止という2つの側面から、企業文化がいかに重要であるかについて、お話ししました。

企業文化のベンチマーク

 健全な企業文化は、組織内での不正を防止するとともに、組織の生産性を高め、イノベーションを促進し、企業価値の向上をもたらします。これまで、企業文化とは何かについて述べてきましたが、重要なことは、自社の企業文化の現状と課題の把握を行い、課題への取り組みと解決を図ることです。そのためには、健全な企業文化のベンチマーキングを行い、自社にとって適切な企業文化とはどのようなものかを「組織の在り方」として明確化することが出発点となります。

健全な企業文化(企業風土)のベンチマーク

 これは、直近8年間に公開された不祥事事例で見られた企業文化の分析結果を基に、赤字で「企業価値が毀損する組織」を具体化し、青字で「企業価値が向上する組織」を対比させ、企業が目指すべきであろう企業文化、組織の在り方をまとめたものです。ベンチマークの一例として次のようなものがあげられます。

  • 従業員は、自らの意思で現実を見つめ、課題に当事者として取り組み、課題の解決や組織の目標の達成に向けて、主体的に行動しようとする高い意識を持っている
  • 従業員のそのような高い責任意識が組織内で自ずと育まれる
  • 部署内、部署間で相談しやすく、自由闊達な議論ができる
  • ビジネスの機会やビジネスリスクが上層部に迅速に伝わる
  • 従業員の多様性を束ねて機能的に統合し、合理的な共通の目標を実現させようとするマネジメントができる
  • 例外は事前に報告され、対応される
  • 社内ルールを状況の変化に合わせて柔軟に変更することができる
  • 自部署に必要な情報が他部署から流れてくる
  • 技術、製造、営業、管理その他部署間で協力しあうことができる
  • 自部署の方針を尊重しつつも、全体最適からも物事を考え、提言することができる
  • 部署間でのオペレーショナルな問題に対して、問題の所在を結論付けて、部署間で、解決に向けた役割分担を決めることができる

 共有する価値観は、企業理念の共有と実践に基づく「自発性と自律性」のパラダイムであり、まさにイノベーティブで機動性、生産性の高い組織といえるのではないでしょうか。

従業員の働きがい(エンゲージメント)と企業文化の関係

 企業文化への対応(健全な組織風土の醸成)に入る前に、次の2つのことを押さえておきたいと思います。

  • 従業員の働きがい(エンゲージメント)があることと企業文化が良いことがまったく同義であるわけではない、すなわちエンゲージメントサーベイによって企業文化のすべてがわかるわけではない
  • 従業員のエンゲージメントが高いことはもちろん良いことであるが、それさえあれば必ず企業価値が向上するというわけではない

 理由は、従業員の会社へのエンゲージメントを超えた「アカウンタビリティ」や「ジョイントアカウンタビリティ」というより高い責任意識が存在し、それらが企業価値を向上させるよりハイレベルな組織の形成につながるからです。

(参考)アカウンタビリティとジョイントアカウンタビリティ

 「アカウンタビリティ」は「自分の意思で現実を見つめ、問題に当事者として取り組み、解決策を見出し、求める成果を達成するまで、自分の意思で主体的に行動しようとする意識」と定義できると思います。これは、よくいわれる、従業員のエンゲージメント(すなわち組織や仕事に対して自発的な貢献意欲を持ち、主体的に取り組んでいる心理状態)をさらに一歩進めた「責任意識」のことです。これが育まれる組織は企業価値向上への自律性がある組織だといえましょう。
 アカウンタビリティは、他人と共有されることで最大限の効力を発揮します。「ジョイントアカウンタビリティ」にまで発展させることができれば、企業価値の原動力が組織的に生まれることとなります。そのための触媒として機能するのが、健全な企業文化なのです 5

健全な企業文化の醸成

 健全な組織風土は、どのようにすれば醸成できるのでしょうか。CGCの基本原則2の後段で、企業文化は取締役会が取り扱う事項である旨が記載されていることを先述しましたが、CGCに沿えば次のような結論になるでしょう。

健全な価値観の共有を図る。そのため、

(1)自社が目指す企業文化(風土・組織の在り方)の目標設定(ベンチマーク)」を行う

(2)「企業文化調査」により、自社の現在の「企業文化(風土・組織の在り方)の測定」(見える化)を行う

(3)上記の目標と現状の乖離を把握した上で、「自社が目指す企業文化(風土)の醸成」を図る

(4)上記の状況を取締役会への報告事項とし、必要に応じて今後の取組方針を審議、実行して、PDCAを回す

 なお、CGCの基本原則2の後段と、CGC補充原則2-2①の「取締役会は、行動準則が広く実践されているか否かについて、適宜または定期的にレビューを行うべきである。その際には、実質的に行動準則の趣旨・精神を尊重する企業文化・風土が存在するか否かに重点を置くべきであり、形式的な遵守確認に終始すべきではない」という記載は、上記(4)の正当性を示すものであり、上記の施策に異論を唱える人はいないでしょう。

 「従業員不正と経営管理」についての論稿はこれで終了となります。企業文化調査の具体的な手法や調査結果の見える化、組織開発の手法にまでは触れませんでしたが、ぜひ、冒頭でご紹介した特別記事をお読みください。
 次回から、企業不祥事について、コーポレートガバナンスの問題(取締役会、監査役の機能不全)が問われた事例に焦点を当てて、問題の本質や企業の施策等を論じたいと思います。

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  1. 第7回では「企業風土」という言葉を使用しているが、今回より「企業文化」という言葉を用いている。 ↩︎

  2. これら3つのアプローチは、毎年行われ、経営者にアピールされているものの、企業によっては、従業員に「調査・サーベイ疲れ」や「内部監査疲れ」が起きており、経年評価もややマンネリ化しているのが一般的な状況であると思われる。 ↩︎

  3. ここでは「組織開発」を「組織の効果性と健全性を高めることを目指した変革の実践」と定義している。 ↩︎

  4. 関連するコードは次のとおりである。
    CGC補充充原則2-4①「上場会社は、女性・外国人・中途採用者の管理職への登用等、中核人材の登用等における多様性の確保についての考え方と自主的かつ測定可能な目標を示すとともに、その状況を開示すべきである。また、中長期的な企業価値の向上に向けた人材戦略の重要性に鑑み、多様性の確保に向けた人材育成方針と社内環境整備方針をその実施状況と併せて開示すべきである」 ↩︎

  5. もっとも、従業員の満足度(エンゲージメント)の高さが企業文化の適切性のすべてを物語るものではないものの、例たとえば次のような質問への回答は、組織文化の実態の一部を示唆するものとなる。
    ・業務上の悩みや課題を相談しやすい職場か
    ・上司からの指示に疑問を感じたときに質問したり意見を言ったりすることができるか
    ・新しいことに挑戦できる(失敗を許容する)職場風土があるか

    また、同様に、コンプライアンス意識調査においては、コンプライアンス意識の度合いが組織文化の適切性のすべてを示すものではないが、例たとえば次の質問への回答結果は、組織文化の実態の一部を示唆するものとなる。

    ・職場の風土に関して、企業倫理・法令遵守の観点から問題があると思うか
    ・企業倫理・法令遵守の観点から問題となる事象を発見した場合、どのように行動するか ↩︎

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