勝因を分析する独禁法の道標6
第12回 ウイルス除去商品の事案に見る不実証広告規制の実務対応
競争法・独占禁止法
シリーズ一覧全12件
- 第1回 クアルコム事件ではライセンス契約の独禁法違反がどう争われたか
- 第2回 意思の連絡における従業員の行為と事業者の責任との関係をどう考えるべきか
- 第3回 原産国をめぐる景品表示法と人権のコンプライアンスリスク管理
- 第4回 競争関係の程度は意思の連絡の成否に影響を与えるか
- 第5回 受注調整行為への参加の認定判断 - いわゆる相互拘束性要件を中心に
- 第6回 優良誤認表示の該当性と「相当の注意を怠った者」の判断
- 第7回 標準価格等の抽象的な価格についての合意は競争の実質的制限をもたらすか
- 第8回 談合組織への途中入会者について意思の連絡があったといえるか
- 第9回 優越的地位の濫用とならないためには?返品・減額の注意点
- 第10回 多摩談合事件における「競争の実質的制限」の判断
- 第11回 損保カルテルのリスク対応について日本機械保険連盟事件を踏まえ解説
- 第12回 ウイルス除去商品の事案に見る不実証広告規制の実務対応
目次
監修:東京大学教授 白石忠志
編者:籔内俊輔 弁護士/池田毅 弁護士/秋葉健志 弁護士
本稿は、実務競争法研究会における執筆者の報告内容を基にしています。記事の最後に白石忠志教授のコメントを掲載しています。
同研究会の概要、参加申込についてはホームページをご覧ください。
消費者庁は、ウイルス除去商品を販売する事業者が行っていた表示が優良誤認表示(不実証広告)に該当するとして、措置命令と課徴金納付命令を下そうとした。これに対して、当該事業者は、措置命令に対して仮の差止めを申し立てた。一審の東京地裁はその一部を認容したが、即時抗告がされた東京高裁では判断が覆り、最終的に措置命令と、当時で最高額とされる約6億円の課徴金納付命令が下されるに至った。
裁判所の各判断からは、「一般消費者」の捉え方や、表示の裏付けとなる合理的な根拠を示すものであると認められるための要素など、不実証広告規制を踏まえた表示実務において参考になる点が読み取れる。本稿では、この仮の差止めをめぐる東京地裁と東京高裁の判断の分かれ目を分析し、事業者において留意すべき点を解説する。
不実証広告規制の概要
優良誤認表示の禁止と不実証広告
事業者は、自己の供給する商品または役務の取引の品質等の内容について、一般消費者に対し、実際のものよりも著しく優良であると示し、または事実に相違して他の競争事業者に係るものよりも著しく優良であると示す表示であって、不当に顧客を誘引し、一般消費者による自主的かつ合理的な選択を阻害するおそれがあると認められるものを行うことを禁止されている(優良誤認表示の禁止、景品表示法5条1号)。
そして、内閣総理大臣から委任を受けた消費者庁は、景品表示法5条に違反する行為(優良誤認表示)があるときは、当該事業者に対し、その行為の差止め等を内容とする排除措置命令を発することができる(同法7条1項)。その際、消費者庁は、当該排除措置命令に関して、事業者がした表示が優良誤認表示に該当するか否かを判断するために必要があると認めるときは、当該事業者に対して、期間を定めて、当該表示の裏付けとなる合理的な根拠を示す資料の提出を求めることができる。
これに対して、当該事業者が、期限までに当該資料を提出しないときは、当該表示は優良誤認表示とみなされることになる(景品表示法7条2項)。
また、消費者庁は、優良誤認表示に対して課徴金納付命令を発さなければならず、上記資料が当該事業者から期限までに提出されない場合には、当該表示は課徴金納付命令との関係では優良誤認表示と推定されることになる(同法8条1項・3項)。
このような表示の裏付けとなる合理的な根拠を欠いた表示は、不実証広告と呼ばれている。
合理的な根拠を示すための要件
事業者が消費者庁に対して提出した資料が、当該表示の裏付けとなる合理的な根拠を示すものであると認められるためには、次の2つの要件をいずれも満たす必要がある。
- 提出資料が客観的に実証された内容のものであること および
- 表示された効果、性能と提出資料によって実証された内容が適切に対応していること
さらに、提出資料が客観的に実証された内容のものであるといえる場合は、次のいずれかに該当する場合を指す。
- 試験・調査によって得られた結果 または
- 専門家、専門家団体もしくは専門機関の見解または学術文献
そして、学術界または産業界において一般的に認められた方法または関連分野の専門家多数が認める方法が存在しない場合には、当該試験・調査は、社会通念上および経験則上妥当と認められる方法で実施する必要がある。
ウイルス除去商品に関する不実証広告事案の概要
本件は、消費者庁が、ウイルス除去商品の表示が優良誤認表示(不実証広告)に該当するとして、措置命令と課徴金納付命令を下そうとしたところ、当該事業者が、措置命令に対して仮の差止めを申し立てたものである。
差止め制度
本件の検討にあたり、まず、行政処分に関する差止め制度について解説する。 行政処分の被処分者は、以下の場合には、差止めの訴えを提起することができる(行政事件訴訟法37条の4)。
- 一定の処分がされることにより重大な損害を生ずるおそれがあること
- その損害を避けるため他に適当な方法があるときではないこと
さらに、差止めの訴えの提起がされることを前提に、以下の場合には、仮の差止めの申立てができる(行政事件訴訟法37条の5第2項・3項)。
- その差止めの訴えに係る処分がされることにより、償うことのできない損害が生じること
- 前記①の損害を避けるために緊急の必要があること
- 本案について理由があるとみえるときであること
- 公共の福祉に重大な影響を及ぼすおそれがあるときではないこと
事案の経過
本件では、置き型のほか、スティックペンタイプ、スティックフックタイプ、スプレー、およびミニスプレーのウイルス除去商品を供給していた事業者は、それらの商品によって室内空間にあるウイルスや菌の99.9%を瞬時に除去できる等の表示を行っていた。
これに対して、消費者庁は、当該表示が優良誤認表示に該当するか否かを判断するために必要な措置として、当該事業者に対して、合理的根拠の提出を求めた。当該事業者は、かかる求めに応じて一定の資料を提出したものの、消費者庁は、優良誤認表示に対する措置命令を発出するための手続を取り進めた。
そこで、当該事業者は、差止めの訴えの提起と仮の差止めの申立てを行った。
一連の経緯の詳細は以下のとおりである。
東京地裁決定と東京高裁決定における主な争点
本件の主な争点は以下のとおりであった。以下では争点1と争点2を中心に取り扱う。
争点1 | 償うことのできない損害を避けるため緊急の必要があるか否か |
---|---|
争点2 | 本案について理由があるとみえるときに該当するか否か
|
争点3 | 公共の福祉に重大な影響を及ぼすおそれがあるか否か |
争点4 | 適法な差止めの訴えが提起されたか否か |
争点1:償うことのできない損害を避けるため緊急の必要があるか否か
仮の差止めの申立ての要件①・②「償うことのできない損害を避けるため緊急の必要がある」という点について、東京地裁と東京高裁の判断の違いを解説する。
東京地裁決定
東京地裁は、処分がされることにより発生する「償うことのできない損害を避けるため緊急の必要」があると認められるか否かの判断基準として、当該処分により生ずる損害の回復の困難の程度を考慮し、当該損害の性質および程度ならびに当該処分の内容および性質をも勘案して(行政事件訴訟法37条の4第2項参照)、処分後の執行停止、損害賠償等の事後の救済手段によるのでは救済が著しく困難または不相当であることが一応認められる必要がある旨を指摘した。
そのうえで、本件では、以下の事情からこれらの要件を満たすと判断した。
- 本件命令が発令された場合には、本件各商品が消費者に対して訴求している中核的内容が喪失することになり、その顧客誘引力が著しく低下することになる
- 本件命令がされた場合には、⋯⋯販売対象である消費者の間で、本件各商品を含むウイルス除去商品の主要な効果に対する評価が著しく低下することによって、申立人のウイルス除去商品の売上高が大幅に減少することが推認され、ウイルス除去商品のブランドに対する信用が失墜することからすれば、ウイルス除去商品の販売を継続した場合に売上高を回復することは事実上相当に困難である
- 申立人において、別ブランドによる販売や別分野の開拓等の様々な対策を講じたとしても、売上高の減少を回復するには相当の長期間を要する
- 返品により商品売価の相当割合が損失となると想定されることに加え、返品手数料や利益補償の負担を余儀なくされることもあり得る
- 仮に申立人が金融機関からの融資等によって営業を継続することができたとしても⋯⋯本件命令によって申立人に生ずる売上高の減少は、⋯⋯商品に対する評判が低下することに起因するものであるから、長期にわたることが予想され、かつ、回復することは容易ではない
東京高裁決定
これに対して、東京高裁は、以下の事情から上記要件は満たさないと判断した。
- 本件命令⋯⋯により⋯⋯売上高も相当程度減少することも予想され得る
- しかしながら、⋯⋯商品パッケージを変更することにより再販売することが著しく困難であるとまでは直ちには認められず⋯⋯一部の大手ドラッグストアでは、その後も販売が継続されている
- [ウイルス除去]商品が本来的にその性能や効能について有する訴求力とは別に、新型コロナウイルス感染症の拡大に伴い、一般消費者の上記のような客観的には誤った認識(筆者注:本件各商品が表示するウイルス等の除去の効果が新型コロナウイルス感染症対策にもなるとの誤った認識)⋯⋯によって一時的にもたらされた部分が大きく存在するものと認めるのが相当
- 1審申立人は、⋯⋯一応、金融機関との間でコミットメントライン契約も締結することができている
東京地裁決定と東京高裁決定の比較
争点1をめぐる東京地裁決定と東京高裁決定の違いをまとめると以下のとおりである。
東京地裁決定 | 東京高裁決定 | |
---|---|---|
売上高への影響 | 売上高が大幅に減少し、長期にわたり回復は困難 | 売上高が著しく減少するとまではいえない |
融資への影響 | 仮に金融機関から融資があっても、商品の評判は低下し回復は困難 | 一応、金融機関からのコミットメントラインは得られた |
その他 | − | 一般消費者の誤認が前提となった売上高が得られなくなることは措置命令と因果関係がない |
このような結論の違いは、基本的には、事実認定やその評価の違いによって生じたと考えられる。その他には、東京高裁決定は、コロナ禍が続き販売が進む中で誤認防止措置等が講じられずに誤認が広がっていく状況下では、速やかに措置命令をする必要があったとの指摘を追加していることからすると、本件の措置命令の「処分の性質」に対する評価も、結論の違いに影響した可能性がある。
争点2:本案について理由があるとみえるときに該当するか否か
仮の差止めの申立ての要件③「本案について理由があるとみえるときに該当する」という点について、東京地裁と東京高裁の判断の違いを解説する。
争点2-1:各表示の裏付けとなる合理的な根拠を示す資料が提出されたか否か
本件の中心的な争点となった、「本案について理由があるとみえるとき」に該当するか否か、すなわち、有利誤認表示であると主張された表示の裏付けとなる合理的な根拠となる資料が提出されたか否かをめぐっては、①そもそもどのような表示がなされたといえるか、②当該表示の示す効果に対応した合理的な根拠が提出されたといえるかという二段階で検討が進められ、いずれについても東京地裁と東京高裁で異なる判断が見られた。
(1)そもそもどのような表示がなされたといえるか
① 東京地裁決定
第一に、東京地裁決定は、置き型ウイルス除去商品に関するウェブサイト・動画上で、「瞬時に」ウイルス等を除去する効果を示す表示がなされたかについては、以下の事情からこれを否定した。
- 音声、字幕ともに、当該商品が瞬時に効果を発揮するものである旨の文言は見当たらない
- 一定の大きさを有する空間に物質を拡散、充満させて除菌等の効果を得るという各商品の性質上、その効果を発揮するまでに一定の時間を要することも、一般消費者にとって容易に想像することができる
- 物体が動く速さや同心円が広がる速さが比較的ゆっくりであること等からすれば、これらの映像を視聴した一般消費者が、当該商品による効果が即座に生ずるものであると認識するとは考え難い
これに対して、置き型ウイルス除去商品に関するウェブサイト・動画上で、ウイルス等を「99.9%除去する」効果を示す表示がなされたかについては、以下の事情からこれを肯定した(下線および[ ]内は筆者)。
- 「閉鎖空間において本件商品⋯⋯[置き型]を使用することにより、浮遊・付着ウイルスの一種、浮遊・付着菌の一種を180分間で99.9%除去することが確認された」との打消し表示あり
- しかし、打ち消すべき対象の表示と比較して文字が小さく目立ちにくい
- いかなる室内環境であっても「99.9%除去」の効果が得られることを積極的に否定するものではない
- これら全ての打消し表示によっても、⋯⋯多くの一般消費者において、「99.9%除去」が特定の条件下でのみ確認された効果であると認識するとは考え難く、通常の室内環境であれば99.9%又はこれに近い割合のウイルス等を除去する効果が得られると認識する者が相当数に上るものと推認される
② 東京高裁決定
東京高裁決定は、どのような表示がなされていたかについて、以下のとおり、判断基準を補足した(下線筆者)。
そのうえで、「一般消費者は、一般に、二酸化塩素ガスと空間に浮遊するウイルス等との化学反応が瞬時に起きるのか等について何ら科学的な知識を有しているわけではなく、⋯⋯本件各商品がそれぞれ想定されている使用場所の空間においてウイルス等を除去する効果を発揮するまでにどの程度の時間を要するのかについても何ら知識を有しない」。
そして、「このような一般消費者を基準として上記各動画を全体としてみれば、⋯⋯一般消費者において、本件各商品によりウイルス等が瞬時に除去される印象を受けるものというべきであり、広告表示として一般に許容されるパフィング(筆者注:広告表現として通常想定される程度の誇張)の範囲内の表現ということもできない」と判断した。
そして、東京高裁決定は、ウェブサイトや動画等における打消し表示については、東京地裁決定と同様、強調表示(「99.9%除去」との表示)に対するいずれの打消し表示によっても、当該強調表示が打ち消されているとはいえないと判断した。
したがって、東京高裁決定は、ウェブサイトや動画広告では、「瞬時に、室内空間に浮遊するウイルス又は菌が99.9%除去又は除菌される効果」が示されているものと認められると判断した。
③ 東京地裁決定と東京高裁決定の比較
このように東京地裁決定と東京高裁決定では、室内空間でウイルスを「瞬時に」除去する効果があるとの表示をしたかをめぐって、以下のとおり判断内容が異なった。
東京地裁 | 東京高裁 |
---|---|
室内空間でウイルスを「瞬時に」除去する効果がある旨を明示はしていないこと等からすれば、 「一般消費者」は「瞬時に」除去する効果があるとは認識しない |
「一般消費者」は科学的知識を有さない消費者であることを基準に、表示全体を見ると、 「瞬時に」除去する効果があると認識するし、適切な打消し表示もなされていない |
これは、具体的にどのような「一般消費者」を基準とするかの規範立てによって、判断が異なったものと考えられる。
(2)当該表示の示す効果に対応した合理的な根拠が提出されたといえるか
置き型ウイルス除去商品に関して、本件で提出された資料は以下のとおりである。
資料 | 本解説上の略記 |
---|---|
大阪大学医学系研究科の特任教授へのヒアリングの記録 | 本件ヒアリング記録 |
二酸化塩素濃度とウイルス等の除去効果の関係についての論文 | 本件論文 |
一般財団法人北里環境科学センターが実施した置き型のウイルス除去商品のウイルス等の除去効果に関する試験の報告書 | 本件外部報告書 |
事業者が住居の部屋に置き型のウイルス除去商品を設置して二酸化塩素濃度又は浮遊細菌の除菌率を計測した試験の報告書 | 置き型内部報告書1・2 |
置き型内部報告書1及び2の試験とは別の住宅で、置き型のウイルス除去商品を使用して実施された試験によって除菌率を算定したことが記載されている報告書 | 置き型内部報告書3~6 |
① 東京地裁決定
東京地裁決定では、ウイルス除去商品に関するウェブサイト・動画におけるウイルス等を「99.9%除去する」効果の表示について合理的な根拠が提出されたかが問題とされた。具体的には、以下の判断基準によって、合理的な根拠の有無を判断するものとした。
- 本件各商品のように生活空間に設置、携帯等することにより効果が発揮される商品が表示どおりの効果を有するか否かを確認するためには、上記諸条件について一定の内容を設定した上で実施して効果を測定するという方法によらざるを得ない
- 設定すべき諸条件の内容が当該商品の効果を測定するに当たって十分なものか否か、測定された効果が適切な方法によるものといえるか否かは、当該商品の特性を踏まえた上で、当該商品やその表示の内容に関連する専門家・専門家団体の見解又は学術文献、産業界において一般的に認められた方法を参考として、試験方法、効果測定方法等について社会通念を参酌した上で判断するのが相当
そして、各提出資料について以下の認定がされた(下線および[ ]内は筆者)。
提出資料 | 東京地裁の認定 |
---|---|
本件ヒアリング記録 |
|
本件論文 |
|
本件外部報告書 |
|
置き型内部報告書1・2 |
|
置き型内部報告書3~6 |
|
以上を前提に、東京地裁決定では、通常の室内環境であれば99.9%またはこれに近い割合のウイルス等を除去する効果を示すものと認められる「99.9%除去」との表示を含む部分については、その裏付けとなる合理的な根拠を示す資料が提出されたと認めることはできないと判断された。
- 本件論文、本件外部報告書並びに本件内部報告書1及び2は、本件内部報告書2の人の在室の有無等の条件を除けば、いずれも単一の条件下でのみ試験を実施してその結果を報告、考察するものである
- 特に湿度については、低湿度におけるウイルス等への不活化効果の減少、高湿度における所期の二酸化塩素濃度達成の可能性の低下など、本件商品〔1〕及び〔2〕がウイルス等の除去効果を発揮する上で影響を及ぼす要因が変動する
他方で、本件外部報告書、本件論文、置き型内部報告書によれば、置き型のウイルス除去商品が実際の生活空間においても浮遊するウイルス等を除去する効果を有することが合理的な根拠を有する資料によって裏付けられているということができると判断した。すなわち、本件各表示のうち本件商品〔1〕及び〔2〕に係る部分(ただし、「99.9%」と表示する部分を除く)が示す効果は、申立人が裏付けとなる合理的な根拠を示す資料を提出したと一応認められると判断した。
それにもかかわらず、消費者庁は、これが提出されていないとして、景品表示法7条2項に基づき、本件各表示を同法5条1号に該当する表示とみなして本件命令を発令しようとするものであるから、本件差止めの訴えのうち、上記部分の差止めを求める部分については、処分行政庁が本件命令をすべきでないことが景品表示法の規定から明らかであることが一応認められ、「本案について理由があるとみえるとき」に該当すると判断した。
② 東京高裁決定
これに対して、東京高裁決定は、判断基準として、当該事業者から提出された資料が当該表示の裏付けとなる合理的根拠資料であると認められるためには、(1)提出資料が客観的に実証された内容のものであること、(2)表示された効果、性能と提出資料によって実証された内容が適切に対応していることの2つの要件を満たす必要があるとの点を補足した。
そのうえで、第一に、提出された資料が客観的に実証された内容であるかについては、以下のように認定して、本件論文と本件外部報告書のみが客観的に実証された内容を含み得るものと判断した。
提出資料 | 東京高裁の認定 |
---|---|
本件ヒアリング記録 | 機能について文献等による客観的・具体的な論拠や実証値などを紹介しているものでもないから、本件各商品が実生活空間において本件各商品の表示の裏付けとなる合理的な資料ということはできない |
本件論文 | 同論文は、その設定した試験条件下においては、0.01ppmの二酸化塩素が、黄色ブドウ球菌を60分後に、大腸菌ファージを3時間後にいずれも99%以上減少させるという効果を実証したという限りにおいて、二酸化塩素そのものの効果を客観的に実証した内容のものであると認めるのが相当 |
本件外部報告書 |
|
置き型内部報告書1・2 | 置き型内部報告書1及び2は、いずれも社会通念上及び経験則上妥当と認められる方法によって実施されたものとも認めることができないというべきであるから、客観的に実証された内容のものであると認めることもできない
|
置き型内部報告書3~6 |
|
第二に、表示に示された効果(「瞬時に、室内空間に浮遊するウイルス又は菌が99.9%除去又は除菌される効果」)と提出された資料により実証された内容が適切に対応しているかについては、上記のとおり、本件論文・外部報告書は、いずれも閉鎖試験空間での一定の条件下における低濃度二酸化塩素ガスによる浮遊ウイルス等の除去等の効果を実証している。
しかし、閉鎖試験空間とは異なる実生活空間における浮遊ウイルス等の除去等の効果を実証するものでない。そのため、表示された効果と本件論文および本件外部報告書により実証された内容が適切に対応しているとはいえず、合理的根拠資料が提出されたとは認められない。したがって、本件申立てについては、本案たる本件差止めの訴えについて理由があるとみえるとき(行政事件訴訟法37条の5第2項)に該当しないと判断された。
③ 東京地裁決定と東京高裁決定の比較
置き型について「(瞬時に、)室内空間に浮遊するウイルス又は菌が99.9%除去又は除菌される効果」を示す表示の裏付けとなる合理的な根拠を示す資料が提出されたかについて、東京高裁は、東京地裁に比べて、試験方法についての客観性、および実使用環境との正確な対応関係をより緻密に精査したことで、判断が分かれたと考えられる。
東京地裁 | 東京高裁 |
---|---|
(「99.9%除去」との表示以外の)空間に浮遊するウイルス等の相当程度を除去する効果を有することは、本件外部報告書、本件論文、および置き型内部報告書により、合理的な根拠を示す資料により裏付けられているものと一応認められる | 置き型内部報告書は、湿度等の主要条件で不備があり、社会通念または経験則上相当な方法によるものとはいえない |
本件論文・本件外部報告書は、限られた条件下で、一般的に認められた方法または専門家多数が認める方法と言い得る しかし、実生活空間における浮遊ウイルス等の除去等の効果を実証するものではなく、効果との対応関係を欠く |
争点2-2:本件命令の手続の適法性
合理的根拠資料の提出期限は、資料提出要求を交付した日から15日後とされており、追加的な試験・調査を実施する必要があるなどの理由は、正当な事由とは認められない旨は運用指針で明言されていた(景品表示法施行規則7条2項、不当景品類及び不当表示防止法第7条第2項の運用指針(不実証広告ガイドライン))。
この点に関連して、東京地裁決定では、本件命令に至る手続において、消費者庁が本件通知を行う以前から弁護士の代理人が選任されており、合理的な根拠を示す資料の提出も含めて消費者庁の一連の調査に係る対応に当たっていたところ、本件通知がされた後で、申立人の都合により別の代理人を選任したことで、新しい代理人の選任から弁明書の提出期限までにあまり間がなかったという経緯が認定されている。
しかし、東京地裁決定は、表示の示す効果に係る根拠については、代理人選任の有無にかかわらず本来申立人自身が試験等を実施して確認し、その資料を作成、整理しておくべきものであることを指摘したうえで、消費者庁が弁明書の提出期間として定めた2週間という期間は、本件命令の内容および性質に照らして、申立人において防御の準備をするのに必要な期間を確保したものと認められると判断した。
不実証広告規制の執行動向を踏まえて事業者に求められる取組み
本件は、新型コロナウイルス感染症の拡大に伴い、特に2020年度から2021年度にかけて、ウイルスに対する除菌効果を謳う商品等に対して景品表示法の厳正な執行が行われたなかでの事例であったが、裁判所の各判断には、不実証広告規制を踏まえた表示実務にとって参考になる点が見られる。
- 科学的知識のない消費者目線での受け止めを調査・確認しておく
- 表示内容を正確に裏付ける実証の有無等を精査して、合理的な資料を確保し、整理しておく
- 適格消費者団体から要請を受けた際の対応方針も含めて、合理的な根拠を精査・整理しておく
- グローバルに事業を展開する事業者は、日本独特の気候や習慣、利用環境等にできる限り正確に対応した合理的な根拠を精査しておく
- 不実証広告規制が問題となりそうな表示が付された商品役務を取り扱う販売業者は、適切な表示が確保されていることの表明保証をとるだけでなく、なるべくその根拠を確認しておく
第一に、ウイルスの除去効果のような科学的な根拠が問題となる表示については、「一般消費者」は科学的知識を有さない消費者であることを基準として、何が表示されたといえるかについて評価が行われることが確認された。商品役務を研究開発し、供給する事業者の観点だけでなく、科学的知識のない消費者目線での受け止めを事前に調査・確認しておくことが重要になる。
第二に、東京高裁では、試験方法についての客観性、および実使用環境との対応関係が厳密に精査され、特にその対応関係は表示から読み取れる使用環境と合理的な根拠となる実証の環境とが正確に一致していることが必要とされている。
この点は、消費者庁から合理的な根拠の提出を求められた際の提出期限が15日間程度しかないことも踏まえると、表示を行う事業者が、有事になってから資料を整理したのでは間に合わず、実際に表示を行う前の段階において、表示内容を正確に裏付ける実証の有無等を精査して、合理的な資料を確保し、整理しておくことの重要性を示している。
2024年10月1日に施行された改正景品表示法により、適格消費者団体は、一定の場合に、事業者に対し、当該事業者による表示の裏付けとなる合理的な根拠を示す資料の開示を要請することができるとともに、事業者は当該要請に応ずる努力義務を負う旨の規定が新設されている(35条)。この景品表示法35条1項に基づく要請への対応は、事業者にとってあくまでも努力義務であり、景品表示法7条2項や8条3項のように、不提出時に優良誤認表示とみなしたり推定したりする効果があるわけではない。しかし、実務上、適格消費者団体からの要請は、同団体のホームページで公開されたり報道されたりすること等を踏まえると、適格消費者団体から要請を受けた際の対応方針も含めて、合理的な根拠の精査・整理が求められる。
グローバルに事業を展開している事業者にとっては、グローバルで統一した製造規格が用いられ、あらかじめ日本独自の客観的な実証等が行われていないこともあるかもしれない。その場合でも、日本独特の気候や習慣、利用環境等にできる限り正確に対応した合理的な根拠を精査しておく必要があることになる。
さらに、広告主において表示の根拠を確認することはもちろん、不実証広告規制が問題となりそうな表示が付された商品役務を取り扱う販売業者においても、トラブルに巻き込まれないようにするためには、適切な表示が確保されていることの表明保証をとるだけでなく、なるべくその根拠を確認しておくことが望ましいだろう。
なお、こうした合理的な根拠の提出に関する不実証広告規制は、表示を行う事業者にとって厳しい制度のようには思われるが、近時、健康食品に関する表示が問題になった事例において、不実証広告規制は、憲法21条1項および22条1項に違反するものではない旨が確認された(最高裁令和4年3月8日判決・判時2537号5頁)。
不実証広告規制は、本件のように商品の性能の科学的・客観的な根拠との関係で問題となることもあれば、いわゆるNo.1表示の根拠が問題となるケースや、広告主が必ずしも意図しない表示内容を委託先のアフィリエイト広告が行うケースで問題となることもある。そうしたケースにおいても、本件で裁判所が示した、検討対象となる「表示」の内容の判断において想定すべき「一般消費者」や確保すべき「合理的根拠」の判断基準等は一定の参考になる。
白石忠志教授のCommentary
クレベリン事件雑感
クレベリン事件は、行政事件訴訟法における差止めの訴えや仮の差止めの申立ての制度が使われた事件として知られている。
もちろん、行政事件訴訟法にそのような制度が存在することは一般的な知識として知られていたわけであるが、景品表示法においてそのような事例が現れたことは、かつて景品表示法を特例法と位置付けていたほどに関係の深い独占禁止法の分野にも影響を与えたのではないかと思われる。
たとえば、有明海の乾海苔に関する事件において同様の訴え・申立てが行われており(訴えに関する判決のみを掲げると、東京地裁令和6年5月9日判決・令和5年(行ウ)第5011号〔熊本県漁連排除措置命令差止請求〕、東京地裁令和6年5月9日判決・令和5年(行ウ)第5012号〔佐賀有明漁協排除措置命令差止請求〕)、他にも同様の事件が存在するようである。
クレベリン事件は、不実証広告規制のもとで提出された資料が「表示の裏付けとなる合理的な根拠を示す」といえるか否かが争われた事例の1つであり、仮の差止めの申立てに関する東京地裁決定には、「これらの表示の示す効果が合理的な根拠を有するものであるかどうか試験等を実施して確認した上、その資料を作成、整理しておくことは、通常の事業者として当然に想定されていることといえ」るとする判示がある。
これは、景品表示法の不当表示規制を強化しようとする側から一般論としてかねてから言われていることである。クレベリン事件の東京地裁決定は、それを個別事件の理由に取り入れた一例である。
ただ、世の中の数ある表示のなかには、その内容が現実から飛躍したものであることに前向きの評価が与えられるもの(たとえば、いわば洒落の領域のもの)もある。
しかし、条文は、そのようなものであっても、もし、消費者庁が資料の提出を求め、提出資料が合理的な根拠を示していないならば、措置命令との関係で不当表示とみなす、という論理的帰結をもたらすものとなっている。
そうであるとすると、消費者庁が資料の提出を求めることができる表示とはどのようなものであるのか、という論点を的確に論じていく必要が生ずるように思われる。
シリーズ一覧全12件
- 第1回 クアルコム事件ではライセンス契約の独禁法違反がどう争われたか
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- 第8回 談合組織への途中入会者について意思の連絡があったといえるか
- 第9回 優越的地位の濫用とならないためには?返品・減額の注意点
- 第10回 多摩談合事件における「競争の実質的制限」の判断
- 第11回 損保カルテルのリスク対応について日本機械保険連盟事件を踏まえ解説
- 第12回 ウイルス除去商品の事案に見る不実証広告規制の実務対応

西村あさひ法律事務所・外国法共同事業