勝因を分析する独禁法の道標6

第3回 原産国をめぐる景品表示法と人権のコンプライアンスリスク管理

競争法・独占禁止法
青谷 賢一郎弁護士 株式会社ニトリホールディングス 上席執行役員 法務室 室長

目次

  1. ワールド事件の概要
  2. ワールドに対する措置命令と審判審決の内容
    1. 景表法における「商品の原産国に関する不当な表示」と同法違反に基づく措置命令の具体的内容
    2. 本件命令の内容
    3. 本件審決の内容
  3. 勝因の分析
    1. 誤認排除措置
    2. 再発防止措置
  4. 今後の実務に与える示唆
    1. 誤認排除措置
    2. 再発防止措置
  5. サプライチェーンにおける「原産国」に関するコンプライアンスリスク・マネジメント
    1. 景表法に基づく「原産国調査確認義務」と現地取引先調査
    2. 経済産業省の人権ガイドラインに基づく現地取引先調査
    3. 景表法リスクと人権リスクの関係
  6. 白石忠志教授のCommentary
実務競争法研究会
監修:東京大学教授 白石忠志
編者:籔内俊輔 弁護士/池田毅 弁護士/秋葉健志 弁護士


本稿は、実務競争法研究会における執筆者の報告内容を基にしています。記事の最後に白石忠志教授のコメントを掲載しています。
同研究会の概要、参加申込についてはホームページをご覧ください。

 サプライチェーンのグローバル化に伴い、商品の「原産国」をめぐるコンプライアンスリスクが多様化している。なかでも特に注意が必要なのは、原産国の「表示」と原産国における「人権」である。


 すなわち、商品の原産国を表示する場合には、一般消費者の誤認を招くような表示とならないよう、企業として意を払わねばならないことは言うまでもない。他方で、商品の原産国を表示するか否かを問わず、原材料の生産から完成した商品の最終消費までのサプライチェーンにおいて、これに関わるすべての人々の人権が尊重されていなければならず、企業としてこれを再点検しなければならないことも当然である。前者は顧客を、後者は取引先を意識した、原産国コンプライアンスリスクの管理と言い換えることもできよう。

 そこで本稿では、まず前者について考える材料として、「ワールド事件」を取り上げて、勝因を分析するとともに、今後の原産国「表示」コンプライアンスについて、企業実務への示唆を論じる。ワールド事件は、衣料品について、不当景品類及び不当表示防止法(以下「景表法」という。)における「商品の原産国に関する不当な表示」を行ったとする排除命令を公取委が後に一部覆したものである。

 そのうえで本稿の最終章では、後者に関連して、サプライチェーンにおける「人権」尊重の観点から経済産業省が公表したガイドラインを取り上げ、表示と人権とで、原産国コンプライアンスリスク・マネジメントの視座、手法がどのように異なるのかを探る(なお、本稿の意見に関する部分は、あくまで筆者個人の見解であり、筆者が属する組織の見解を表すものではないことを申し添える。)。

ワールド事件の概要

 株式会社ワールド事件(以下「本事件」という。)は、株式会社ワールド(以下「W社」という。)等が、景表法5条3号の「その他誤認されるおそれのある表示」に基づき内閣総理大臣が指定する7類型のうち、「商品の原産国に関する不当な表示」(昭和48年10月16日公正取引員会告示第34号)を行ったとされた事件である。

 本事件が特徴的なのは、公取委が、自ら発出した排除命令を、その後の審判審決において一部覆すに至ったという点である。なお、現在は、消費者庁が景表法を所管し、排除命令ではなく「措置命令」となっているため、以下では、現行の「措置命令」の用語を用いるとともに、景表法の条文についても現行法の条文をもとに解説する。

 本事件の基本情報は下記のとおりである(右列は本稿における略称)。

被疑事業者 株式会社ワールド W社
関連法令 景表法4条3号(現:5条3号)、同6条1項(現:7条1項) -
商品の原産国に関する不当な表示」(昭和48年10月16日公正取引員会告示第34号) 本件告示
『商品の原産国に関する不当な表示』の原産国の定義に関する運用細則」(昭和56年6月29日事務局長通達第3号) 本件運用細則
排除命令 公取委措置命令平成16年11月24日・平成16年(排)第22号 本件命令
審判審決 公取委審判審決平成19年12月4日・平成17年(判)第4号 本件審決

 事案の概要は以下のとおりである。
 W社が、平成12年2月から八木通商株式会社(以下「八木通商」という。)から仕入れ、W社の一部店舗で販売したイタリア国GTA MODA社(ジー・ティー・アー モーダ社、以下「G社」という。)製造の紳士・婦人衣料品(ズボン)について、実際には「ルーマニア製」であった旨の連絡を、平成16年7月に八木通商より受けた。
 W社は直ちに当該商品の販売を中止するとともに、新聞公示、ホームページ、店頭POPなどを通じて、購入済み顧客に向けて回収の手続を進めた。また、原産国表示に関して社内関係者にセミナーを実施したり、海外インポートブランドの取引先に対して確認書の提出や下げ札の取り付けを要請するなど、具体的な再発防止策を講じた。
 本件について、平成16年11月に、公取委より本件命令が出された。W社は、これに対して不服申立てを行い、平成17年3月から公取委において審判が開始され、平成19年2月に結審した。その後、平成19年12月に公取委より本件審決が出された。

ワールドに対する措置命令と審判審決の内容

景表法における「商品の原産国に関する不当な表示」と同法違反に基づく措置命令の具体的内容

 ここで、景表法における「商品の原産国に関する不当な表示」、および景表法が定める措置命令、それぞれの具体的な内容を再確認しておきたい。

(1)「商品の原産国に関する不当な表示」の具体的内容

 本件告示では、「商品の原産国に関する不当な表示」について、①国内産にもかかわらず、外国の国名等の表示があることにより一般消費者が国内産であると判別困難な場合、②外国産だが一般消費者がその原産国を判別困難な場合、の2類型であるとしている。そのうえで、②の類型における「原産国」の意義につき、「その商品の内容について実質的な変更をもたらす行為(実質的変更行為)が行われた国」であるとしている。そして、個別の商品ごとの実質的変更行為については本件運用細則が規定しており、本事件で問題となった「外衣」(ズボン)の場合、「縫製」が「実質的変更行為」に当たるとされている。

(2)景表法違反に基づく措置命令の具体的内容

 景表法7条1項は、「内閣総理大臣は、第4条の規定による制限若しくは禁止又は第5条の規定に違反する行為があるときは、当該事業者に対し、その行為の差止め若しくはその行為が再び行われることを防止するために必要な事項又はこれらの実施に関連する公示その他必要な事項を命ずることができる」と定めている。
 この規定に基づく措置命令について、実際の景表法違反事件における具体的内容をまとめると下記のとおりである。

景表法違反事件における措置命令の内容

命令の種類 その具体的内容
違反行為の取りやめ 「その行為の差止め」(実際の措置命令事案では、違反行為はすでに取りやめているので、これが入ることは稀)
誤認排除措置 主文の先頭で、「問題の表示が景表法に違反するものであることを速やかに一般消費者に周知徹底すること」とする内容が一般的
当局への報告 「講じた措置について、速やかに文書をもって当委員会に報告しなければならない」といった内容が一般的
再発防止措置①
(必要な社内措置の命令)
主文で「同様の表示が行われることを防止するために必要な措置を講じ、これを貴社の役職員に周知徹底しなければならない」とする内容が一般的
再発防止措置②
(将来の不作為命令)
主文で「今後、一般消費者に対し実際のものよりも著しく優良(有利)であると示す表示をしてはならない」とする内容が一般的

本件命令の内容

 本件命令の主文では、以下の4点が記載されていた。

(1)誤認排除措置

 W社は、W社の小売店舗を通じて一般消費者に販売したG社が製造したズボンの取引に関し、「一般消費者の誤認を排除するために、平成12年2月ころから平成16年7月ころまでの間に行った、当該ズボンの原産国がルーマニアであるにもかかわらず、あたかも、イタリア共和国であるかのような表示は、事実と異なるものであり、かかる表示は、当該商品の原産国について一般消費者に誤認される表示である旨を速やかに公示しなければならない。この公示の方法については、あらかじめ、当委員会の承認を受けなければならない」。

(2)当局への報告

 W社は、自社が「行った公示及び(中略)措置について、速やかに文書をもって当委員会に報告しなければならない」。

(3)再発防止措置①

 W社は「今後、外国で製造されたズボンの取引に関し、(中略)同様の表示が行われることを防止するために必要な措置を講じ、これを自社の役員及び従業員に周知徹底させなければならない」。

(4)再発防止措置②

 W社は「今後、外国で製造されたズボンの取引に関し、(中略)当該商品の原産国について一般消費者に誤認される表示をしてはならない」。

本件審決の内容

 本件審決の主文では、上記4点のうち、(1)誤認排除措置、(2)当局への報告、(3)再発防止措置①(必要な社内措置の命令)の3点が除外された。
 すなわち、本件審決主文では「被審人は、今後、輸入されたズボンを販売するに当たり、原産国がイタリア共和国でないのにイタリア共和国であるかのように示す表示を行うことにより、当該商品の原産国について一般消費者に誤認される表示をしてはならない」という(4)再発防止措置②(将来の不作為命令)の指摘のみに留まった
 結果として、(1)、(2)、(3)について、W社の主張が認められ、本件審決では「必要ない」と判断された(その限りでW社の「勝訴」といえよう。)。
 本件命令と本件審決の異同について一覧にまとめると下表のとおりである。

本件命令と本件審決の比較

本件命令 本件審決
違反行為取りやめ × ×
誤認排除 ×
措置内容の当局への報告 ×
再発防止①(社内措置) ×
再発防止②(不作為命令)

※本件命令および本件審決で言及された項目は〇、言及されなかった項目は×とした。

勝因の分析

 公取委が本件審決において、(1)誤認排除措置、(2)当局への報告、(3)再発防止措置①(必要な社内措置の命令)の3点を除外したのは、どのような理由によるものだろうか。以下、本件審決の内容に基づき勝因を分析していく。

誤認排除措置

 W社は、下記の取組みを行ったことから「本件商品に係る不当表示に対する一般消費者の誤認は排除されたものと認めるのが相当」とされた。

  • 平成16年9月10日付けの読売新聞、朝日新聞および毎日新聞に「お知らせ」と題し、「弊社が八木通商株式会社より仕入れ、弊社店舗『ドレステリア』『アナトリエ』『ネクストドア』で販売いたしました一部の商品の原産国表示に誤りがあったことが判明いたしました。該当商品は、イタリア国GTA MODA社製造による紳士及び婦人衣料品であり,仕入先である八木通商株式会社からの情報に基づきイタリア国生産の製品として表示しておりましたが、このほど同社から実際にはルーマニア国生産の製品であった旨並びにそのことに関し謝罪する旨の連絡を受けました」と記載し、該当商品を回収の上料金を返金することを掲載した。
  • 平成16年9月9日以降、W社が開設しているウェブサイトに、「お知らせ」と題し、上記と同様の内容の告示を行った。
  • 平成16年9月10日から平成17年3月10日までの間、本件商品取扱店舗のレジカウンター上に、「弊社が八木通商株式会社より仕入れ、販売をいたしました下記商品の原産国表示に誤りがあることが判明いたしました」旨記載し、対象商品の商品名、ブランド名、販売期間、ブランドネーム等を掲載したA4判の大きさの店頭POPを設置した。

 なお、本事件では、W社は日刊新聞3紙で公示を行っているが、本事件と同日に措置命令が出されたベイクルーズ事件(平成16年11月24日(平成16年(排)第21号))において、株式会社ベイクルーズは、W社とは異なり、措置命令を受けた後も上記のうち新聞公示を実施しなかった。そのため、その後の審判審決(平成19年1月30日(平成17年(判)第3号))では、本件審決と異なり、措置命令で出された誤認排除措置が除外されなかった。

 そして、この審決の取消しが争われた高裁判決(東京高判平成20年5月23日(平成19年(行ケ)第5号))も、次のように述べて審決の判断を維持した。
 「排除命令において命じる公示は、一般消費者に対して、事実と異なる表示(不当表示)があったこと及び当該事業者がその誤認を生じさせる不当表示を行ったことを広く一般消費者に知らせ、もって一般消費者の誤認を排除することを目的とするものであるから、そのような目的を十分に達成するためには、やはり原告のウェブサイトでの告知では足りないというべきであって、多数の国民が毎日目を通すあるいは通し得る巨大なメディアである日刊新聞紙に掲載して公示させることが最も適切かつ効果的な方法であるというべきである。」

 新聞の購読率の低下など目下の現実に鑑みると、誤認排除措置として現時点で新聞公示を求めるのは前時代的であるように思える。しかし、本事件後も現在に至るまで、新聞公示での周知は、誤認排除措置の1つとして実務上広く実施されているようである。

再発防止措置

 W社は、違反行為の発覚後、再発防止に向けて、次のとおり「社員に対する研修等を実施し、さらに、取引先に対する要請もしている」ので、「再発防止のため当面具体的に講ずべき措置に関しては、一応十分なものを講じていると評価することができるから、再発防止のための社内的措置を改めて命じる必要はない」とされた。

  • 平成16年10月22日から同年11月26日までの間、W社の社員439名を対象に、原産国表示のみをテーマとしたセミナーを実施した。
  • 平成16年12月15日に開催された役員会において再発防止対策等が説明された。
  • 平成17年3月に、海外インポートブランドの取引先254社に対して、W社の発注ごとに「原産国・混率等確認書」を提出することおよび「原産国表示責任者 ◯◯商事」などの記載をした下げ札を取り付けることを要請した。

今後の実務に与える示唆

誤認排除措置

 誤認排除措置として、新聞公示はもはや「定番」となっている。それに加え、小売業を営む事業者であれば、昨今、PCやスマートフォンによる通販サービスを実施している場合が多いであろう。そのような場合、自社ECサイトにおけるトップページ(ないしそれに近いページ)上での告知や、スマートフォンアプリにおけるトップページ(ないしそれに近いページ)上での告知は、誤認排除措置として極めて重要になるように思われる

 また、リアル店舗を有する小売事業者にとって、店頭POPを通じたアナウンスメントは、本事件のように「レジカウンター」だけでなく、当該商品の陳列棚など、他の場所でも有効だろう

再発防止措置

 「表示の管理上の措置」として、適切な表示管理体制を構築している事業者にとって、そのPlan・Do・Check・Action(PDCA)を回すことは、表示コンプライアンスを推進していくうえで必要不可欠であろう。
 この点、小売業を営む事業者の従業員のなかには、消費者向けの表示に関係する業務を行う者もかなりの数存在するはずである。そのような関連従業員向けに、法務コンプライアンス部門等が教育研修を実施することは、社内における必要な再発防止策として、極めて有効であろう

 また、この種のコンプライアンス推進に関する経営トップ層の関与は、今日において必要不可欠といえ、本件で行われた「再発防止対策の役員への説明」も極めて重要であるといえる

 さらに、インポートブランドの取引先に対して、「確認書」と「責任者」の下げ札を要請したことも、納入業者に対し、一種の「表明保証」を求めるものであり、サプライチェーンのリーダーとして、しかるべきリーダーシップを発揮したものといえよう

サプライチェーンにおける「原産国」に関するコンプライアンスリスク・マネジメント

 ここまで、景表法違反の具体的事例について検討することを通じて、「表示」に関する原産国コンプライアンスリスク管理について論じた。これは、いわばステークホルダーとしての最終消費者(顧客)を意識したコンプライアンスリスクの管理である。これに対し近年では、サプライチェーンのグローバル化に伴い、原産国をめぐって、ステークホルダーとしての取引先(調達先)に与え得る「人権」への負の影響のリスクが論じられている

 そこで以下では、「原産国、現地取引先の調査確認義務」という補助線の助けを借りて、景表法リスクと人権リスク、それぞれのリスク管理における視座、手法の違いについて考えてみたい。

景表法に基づく「原産国調査確認義務」と現地取引先調査

 原産国の調査、確認に関して、本件審決では次のような説示がある。

 「不当表示を行ったか否かの認定においては違反者に故意又は過失があることを要しないが、再発防止のための措置を講じる必要性の有無を検討するに当たっては、被審人が本件商品が真にイタリア製であるか否かを確認するために必要な注意を払っていたか否かの点も考慮すべき」
 「この場合における原産国確認のために必要な注意の内容としては、輸入業者を経由するという取引の実態にかんがみると、自ら当該商品の製造場所を現認することまで要するものではないが、輸入業者に対して、どの国の製品であるかと漫然と尋ねるのでは不十分であって、当該商品の実質的変更行為として何がどこで行われたかをただし、疑わしい場合にはその根拠を求める必要があるというべき」(下線は筆者)

 また、ベイクルーズ事件東京高裁判決も、次のように判示している。

「被告が原告に対して再発防止のための必要な措置を講じるよう命じるについては、その要否や内容を判断する上において、不当表示行為すなわち違法行為がなされるに至った経緯、原告のこれに対する認識、原産国調査確認義務についての原告の違反態様、同様の不当表示行為すなわち違法行為が再発するおそれがあるか否か、等を総合考慮して判断すべきであるが、これと景品表示法4条1項に違反する不当表示行為すなわち違反行為の成否、存否とは別問題である」(下線は筆者)

 このように、裁判例や審決例において、違反要件とは異なる、いわば行政処分発出のための要件としての「原産国調査確認義務」なるものが認められている
 もっとも、本件審決によれば、「輸入業者を経由するという取引の実態にかんがみると、自ら当該商品の製造場所を現認することまで要するものではない」とされている。たしかに、本事件で問題となった外衣(ズボン)を想定すると、「表示されている国・地域で、実際に縫製が行われたのか」を調査確認するにあたり、現地の縫製工場まで出向かなければならない場合は稀であり、より負担の少ない方法をとれる場合が多いように思われる。

経済産業省の人権ガイドラインに基づく現地取引先調査

 これに対し、2022年9月に経済産業省が公表した「責任あるサプライチェーン等における人権尊重のためのガイドライン」(以下「人権GL」という。)の18頁には、下記の記載がある。

 「企業は、負の影響の特定・評価の前提となる関連情報を収集する必要がある。その方法としては、例えば、ステークホルダーとの対話(例:労働組合・労働者代表、NGO 等との協議)、苦情処理メカニズムの利用や、現地取引先の調査(例:労働環境の現地調査、労働者・使用者等へのインタビュー)、書面調査(例:現地取引先に対する質問票の送付、契約書等の内部資料や公開情報の調査)が挙げられる。」(下線は筆者)

 すなわち、今後、企業は、サプライチェーンにおける人権への負の影響に関する情報を収集するため、「現地取引先の調査」まで必要になる場面が出てこよう(なお、ここでいう「現地取引先」は直接の取引関係にない事業者も含まれる。人権GLのQ&Aの「A3」によれば「企業は、直接の取引関係になくても、①自社が引き起こす負の影響、②自社が助長する負の影響、及び、③自社の事業・製品・サービスと直接関連する負の影響について、防止・軽減すること(③については防止・軽減に努めること)が求められる。したがって、2次取引先以降における①~③の負の影響も全て対象になる」とされている。)。

 したがって、人権GLによれば、本事件のような「輸入業者を経由する」取引の場合であっても、海外の生産事業者の現場まで出向いて調査をしなければならない場面が出てくる可能性がある。ここでも外衣(ズボン)を想定してみると、景表法の場合とは異なり、人権への負の影響の特定・評価を行うための情報収集にあたっては、現地の縫製工場まで赴かなければ、その労働環境等についてわからない場合も多いのではなかろうか。この場合、現地調査が最も効果的な方法の1つだと考えられる。2023年4月に経済産業省が公表した「責任あるサプライチェーン等における人権尊重のための実務参照資料」の10頁でも、「負の影響(人権侵害リスク)の発生過程の特定」の方法の1つとして、「現地調査・訪問」が例示されている。

景表法リスクと人権リスクの関係

 景表法違反のリスクについて、企業の法務・コンプライアンス部門としては、当該不当表示が自社に与える負の影響の大小(本件のような「その他誤認表示」が問題となる事案の場合、課徴金による財産的ダメージではなく、企業名が公表されることによる「レピュテーション毀損」やそれに伴う売上・利益の減少などが、主な「負の影響」に該当すると思われる)に鑑み、適切な表示管理体制を設けてPDCAを回すことが求められる。その際、自社の一般消費者向けの商品に「原産国」の表示を付すのであれば、費用対効果に鑑み、相応の原産国調査確認義務を尽くすことになろう

 他方で、人権への負の影響のリスクは、不当表示のリスクとは異なる配慮が必要である。というのも、人権GLの20頁では、優先順位を付けて対応すべきことが求められているところ、その優先順位は、自社に与え得る負の影響の大小を基準とするのではなく、当該問題となっている人権への負の影響の「深刻度」(この「深刻度」は、➀規模、②範囲、③救済困難度、が考慮要素となっている)と、「蓋然性」(深刻度が同等に高い潜在的な負の影響が複数存在する場合には、まず、蓋然性の高いものから対応することが合理的であるとされる)を基準に判断すべき、とされているからである。

 このように、「原産国」をめぐるコンプライアンスリスクの管理に際し、「表示」と「人権」とでは留意すべき点が異なる。前者は「自社に与える負の影響」を、後者は「当該人権への負の影響」を基準に、それぞれ対応することになる(後者においては、人身の自由(日本国憲法18条、31条等)が問題となっている以上、「自社」ではなく「当該人権」への影響の大小を考慮するのは、当然といえば当然であろう。)。もっとも、「当該人権への負の影響」が大きい場合には、同時に、「自社の経営への負の影響(レピュテーション毀損→売上・利益の減少)」も大きいといえる場合が多いのかもしれない。
 このように、「原産国」をめぐるコンプライアンスは、景表法にとどまらない興味深い今日的課題を投げかけている。

白石忠志教授のCommentary


コンプライアンスをめぐるいくつかの点


 コンプライアンスは公益のためのものか私益のためのものか、と論ぜられることがあるのかもしれない。公益というときには、コンプライアンスの対象となる法令等が全体として実現しようとする広いものがイメージされており、私益というときには、コンプライアンスを行う企業の利益がイメージされていることが多いものと思われる。
 そのような意味での公益と私益は、同じものにどちらから光を当てるかの違いであるにすぎない場合も多い。公益に貢献することに熱心に取り組んでいる企業は、評判が高まり、その熱心な取組みが私益に資することにもなろう。評判を高めるという私益を動機とするコンプライアンスを多くの企業が行った集積が、法令等が実現される程度を高め、公益に資することもある。

 ところで、法令またはその下にある公的なガイドラインが、何かを義務としているのか、それとも、何かを例示しているにすぎないのか、という点も、重要である。
 他方で、コンプライアンスが第一義的には企業の自主的な取組みである以上、企業の規模や業種などの様々な事情が、その企業がどの程度の取組みをすべきかという点に差異をもたらすことがある。
 それらをあわせて考えると、ある取組みが、全ての企業を対象とするガイドラインにおいては例示にとどめられたものの、企業規模が大きい、影響力が大きい、などの特定の事情を持つ企業に対しては義務に近いものとなる、ということもあり得るものと思われる。

※主な参考文献

  • 西川康一編『景品表示法〔第6版〕』(商事法務、2021)
  • 白石忠志「景品表示法の構造と要点 第3回 措置命令」NBL1047号61頁
  • 白石忠志『独禁法事例の勘所〔第2版〕』(有斐閣、2010)324頁
  • 籔内俊輔「取引先等に原因のある不当表示と景品表示法」ジュリスト1517号22頁
  • 塚田智宏「『責任あるサプライチェーン等における人権尊重のためのガイドライン』の概要」NBL1231号4頁
  • 塚田智宏「『責任あるサプライチェーン等における人権尊重のための実務参照資料』の概要」NBL1242号13頁
  • 根本剛史「人権への負の影響の特定・評価に関する実務対応の概説」ジュリスト1580号34頁

無料会員登録で
リサーチ業務を効率化

1分で登録完了

無料で会員登録する