公正取引委員会に聞く、下請法改正のねらいと企業が備えるべきこと「価格転嫁」を新たな常識へ

競争法・独占禁止法

目次

  1. なぜ今、下請法改正が必要なのか? 30年続いた「価格が上がらない」商慣習からの脱却
  2. 「話し合いに応じない」はNGに。価格交渉のプロセスが重視されるように
  3. 事業者が特に注意するべき改正のポイント
  4. 改正法で残された「宿題」と企業取引研究会が目指す未来

30年続いたデフレ経済から、物価上昇の局面へ。日本経済が大きな転換点を迎える中、多くの企業が「コストを価格に転嫁できない」という構造的な課題に直面している。

この状況を打破し、「物価高に負けない賃上げ」を実現するため、2025年5月に「下請代金支払遅延等防止法及び下請中小企業振興法の一部を改正する法律」が可決・成立し、題名を「下請代金支払遅延等防止法」から「製造委託等に係る中小受託事業者に対する代金の支払の遅延等の防止に関する法律」(通称:取適法)に改め2026年1月から施行される。

改正後は題名の変更のほか、取引関係における重要な改正が予定されており、日本の商慣習見直しに向けた一歩が踏み出された。

下請法改正の背景となった問題、改正のポイント、そして今後の方向性について、公正取引委員会事務総局 経済取引局取引部 企業取引課 柴山 豊樹課長に聞いた。

※改正法の詳細な内容については「令和8年1月施行!改正下請法(中小受託法/取適法)の概要と企業に必要な対応」をご参照ください。

なぜ今、下請法改正が必要なのか? 30年続いた「価格が上がらない」商慣習からの脱却

今回の法改正のきっかけとなった問題意識からお聞かせください。

2024年7月から12月まで、全6回にわたって開催された「企業取引研究会」で改正の方向性が示され、法案を作成、2025年5月に国会で成立しました。

この30年間、日本ではデフレが続き、企業内ではコストカットが追求されていました。しかし、物価が上がり始めている現在、物価高に負けない賃上げが重要と考えています。

賃上げの前提として価格転嫁が不可欠であり、デフレ局面からインフレ局面へと移行する中で、新しい商慣習を定着させたいという問題意識が研究会の開催趣旨です。

ここ数年は政府一丸となって価格転嫁対策に力を入れて取り組んでおり、一定の進捗は見られるものの、まだ十分とは言えません。

「適切な価格転嫁」をサプライチェーン全体で定着させていくことが重要と考えています。

「新たな商慣習」が重要なキーワードであると認識しました。具体的に、これまでのどのような商慣習を見直すべきという議論が進められたのでしょうか。

この30年を振り返ると、諸外国では物価は上がってきています。しかし、日本では長らく物価も賃金も横ばいで推移し、価格据え置き型の経済でした。

国内では2、3年ほど前からコストが上昇しているにもかかわらず、価格転嫁が困難な状況が生じています。特に、取引上の立場が弱い受注者、すなわち中小企業等が負担を負う構造になっていました。

国民の所得を上げ、物価高に負けない賃上げと成長の好循環を目指していく上で、価格転嫁が困難な点は非常に大きな課題です。

価格のメカニズムが機能しないため、良いものでも高く売りにくいという悪循環に陥り、新しい商品や価値あるサービスを生み出すイノベーションが阻害されていました。

価格転嫁が進まない構造的な問題はあるのでしょうか。

一次請けから二次請け、あるいは二次請けから三次請けなど、サプライチェーン全体で見た場合、上流ではそれなりに価格転嫁が進んでいる傾向にあります。しかし、取引段階が下がるにつれて、転嫁の動きが鈍くなります。

さらに、労務費の割合が高いサービス産業などでは、転嫁の動きが遅い状況も確認されています。

この問題意識が法改正につながったのですね。

はい、一部で見られ始めた価格転嫁や賃上げの動きを一過性のものとせず、適正な取引環境を整備することが今回の下請法改正の問題意識です。

物価が上がらない状況であれば、価格転嫁ができなくてもさほど問題にはならなかったかもしれません。しかし、近年日本の物価は上昇し始めており、実効的な価格交渉が確保されるような環境整備が求められています。

公正取引委員会事務総局 経済取引局取引部 企業取引課 柴山 豊樹課長

「話し合いに応じない」はNGに。価格交渉のプロセスが重視されるように

実効的な価格交渉について、改正法ではどのようにアプローチするのでしょうか。

改正法の検討にあたっては、「交渉プロセス」に注目しました。

中小受託事業者から価格協議の申し出があったにもかかわらず、それに応じなかったり、必要な説明を行わなかったりする場合に、一方的に代金を決定するような行為は適切ではないと、新たに明記されました(取適法5条2項4号)。

「価格協議のプロセスを軽視し、交渉を行わない、あるいは交渉が適切に行われない状況が問題である」と明確化したのです。

※改正法の詳細な内容については「令和8年1月施行!改正下請法(中小受託法/取適法)の概要と企業に必要な対応」をご参照ください。

本来、ビジネスパートナーであれば委託側と受託側がお互いにきちんと話し合い、コミュニケーションを取るものだと思います。

しかし、残念ながら現状では取引関係において十分な話し合いがされていないケースも見られるため、法律の規制対象として明確化したのです。

そのほか、どのような点が改正のポイントとなりますか?

今後、取適法の対象となる取引においては、手形払は認められないことになりました。資金繰りの負担を受注者に負わせないという目的があります。

また、「物流」の問題も企業取引研究会ではポイントとして取り上げられました。特に「物流の2024年問題」は以前から指摘されており、「荷待ち時間の短縮」や「附帯作業の軽減」への対応が急務でした。

この問題に対処するため、これまで下請法の対象ではなかった荷主と運送事業者の間の取引についても、改正法の施行後は対象に加わることとなります。

公正取引委員会事務総局 経済取引局取引部 企業取引課 柴山 豊樹課長

事業者が特に注意するべき改正のポイント

今回の法改正について、事業者が特に注意するべきポイントについて教えてください。

たとえば、改正のポイントとして「協議に応じない一方的な代金決定」をあげましたが、具体的な考え方は運用基準にて示しています。中小受託事業者が合理的な理由を示して代金の額の引上げを求めたのに対し、具体的な理由の説明や根拠資料の提供をすることなく、委託事業者が申し入れを拒み、または従前の代金の額を提示すること等が該当します。

また、新たに対象取引となった荷主と運送事業者間の取引は、「特定運送委託」と呼ばれることになります。現行法でも、荷主が元請運送事業者に委託した物品の運送を下請物流事業者に再委託する場合等は対象取引とされていましたが、今般の法改正により特定運送委託が新たに対象取引となりました。

運送以外の荷積み、荷下ろし、倉庫内作業等の附帯業務は特定運送委託に含まれません。この点、特定運送委託をした委託事業者が、中小受託事業者に対し、運送の役務を提供させることに加えて運送の役務以外の役務を提供させ、これに生じる費用を適切に負担しないときは、不当な経済上の利益の提供要請(取適法5条2項2号)として本法上問題となるので注意が必要です。

また、手形払の場合、本法上定められた給付の受領の日から60日以内の支払期日までに現金を受領できず、手形を割り引く場合にはその割引料の負担を伴う等の理由から、受注者に負担を生じさせる支払手段となっていたため、今般の法改正で禁止されることになりましたが、手形以外の支払方法(電子記録債権など)についても、支払期日までに代金に相当する額の金銭(手数料等を含む満額)を得ることが困難であるものについては、同様に認められないので留意が必要です。

さらに「取引当事者の規模の基準」として、「常時使用する従業員」の人数という基準も加わりました。「常時使用する従業員」とは、その事業者が使用する労働者のうち、日々雇い入れられる者以外のものをいい、労働基準法に基づく賃金台帳の調製対象となる労働者の数によって算定することとしています。

また、従業員基準に該当するかどうかについては、個々の製造委託等をした時における「常時使用する従業員の数」によって判断されます。発注者において、発注の都度、従業員の数を確認することが義務付けられるものではありませんが、従業員基準の該当の有無を判別する必要があるときに、必要な相手方に対して確認いただくことが望ましいと考えられます。

委託事業者が今後マインドを変えなければならない点はありますか。

大前提として、取適法はすべて遵守していただく必要がありますが、特に重要な点は「価格交渉に応じること」です。

価格交渉にすら応じてもらえなかった、という声は現在でも一定程度見られます。ここはしっかりと対応していただきたいです。

また、手形払等の禁止についても遵守いただきたい事項です。

企業の法務部門としてはどのような姿勢が求められるでしょうか。

法令違反に該当すると指導、中小受託事業者に与える不利益が重大である場合には勧告といった措置が採られる可能性があります。

そのような事態にならないよう、法務部門の方は調達部門やその他の社内部門、特に経営者の方々と密に連携して、取適法を遵守できる体制を社内で構築していただきたいと強く願っています。

取適法を遵守することでサプライチェーン全体が強固になり、高い価値を生み出すことにつながります。海外の企業グループに対抗していく効果もあると考えています。

経営課題として取引の適正化を捉え、しっかり体制を整えていただきたいです。

30年続いたデフレ時代の商慣習を改めることで、イノベーションや工夫が生まれ、そこに価値を見出せるような流れになってほしいと考えています。

今後、改正法の実効性を高めるためにどのようなアクションを取られる予定でしょうか。

これまでの定期調査や立入検査に加え、「面的執行」を強化します。

従来、事業所管省庁には調査の権限のみが与えられており、公正取引委員会や中小企業庁が指導助言の役割を担ってきましたが、サプライチェーンの隅々まで取引適正化を図る上では、業界の知見を有する事業所管省庁とも連携することが重要です。

そこで、事業所管省庁にも指導助言の権限を付与することで、執行を強化していきたいと考えています。

公正取引委員会や中小企業庁がこれまで培ってきた経験やノウハウを、事業所管省庁と共有する連携の仕組みを構築していきます。

施行までの期間も短いですが、説明会などのサポートも予定されていますでしょうか。

中小企業庁と公正取引委員会が連携して全都道府県で順次説明会を開催しているほか、事業所管省庁にも呼びかけを行い、所管団体向けにも説明会を開催しています。パンフレットやテキストもお手元に届けられるよう、年内はしっかりと準備を進めていきます。

公正取引委員会事務総局 経済取引局取引部 企業取引課 柴山 豊樹課長

改正法で残された「宿題」と企業取引研究会が目指す未来

今回の議論の中で、改正法に反映されなかった点もいくつかあったかと思います。

7月30日から「企業取引研究会」が再開されました。

昨年度の第1期は下請法の改正に盛り込むべき事項を中心に議論しましたが、サプライチェーン全体の価格転嫁や支払サイトの短縮化が「宿題」として残されており、今回はこれらの宿題について検討していく予定です。

たとえば、取適法の対象となる取引は、資本金基準や従業員基準に基づいて定められていますが、双方が大企業の場合や双方が中小企業の場合には対象となりません。

サプライチェーン全体で価格転嫁や支払サイトの短縮を進めるためには、取適法の対象外となる取引についても対応が必要です。

どのように検討を進める予定でしょうか。

独占禁止法の優越的地位の濫用に関する規制は、サプライチェーン全体に適用されます。今回の改正で盛り込んだような項目を、優越的地位の濫用に関する独占禁止法上の考え方(優越ガイドライン)中に盛り込んだり、具体的な事例を含めたりするなどの検討を進めていきたいと考えています。

この他の「宿題」についても教えてください。

企業取引研究会 報告書」に記載されているとおり、運送事業者が着荷主のところで、長時間待たされたり、無償で荷積みや荷下ろしを強要されたりする問題があげられており、こうした問題への対応も論点の1つです。

さらに「知的財産・ノウハウの取引適正化」も問題としてあげられています。この点については、実態調査を行い、ガイドラインの見直しにつなげると報告書中にも示されています。

最後に、第2期の方針も含めて企業の方に伝えたいメッセージをお聞かせください。

バブル期には「日本は物価が高い」といった評価もありましたが、今やアジア各国の方が物価が高い状況です。日本だけがこの30年間物価が変わらず、経済成長もほとんどありませんでした。企業価値ランキングなど、バブルの頃は良かったものが、今は全く振るっていません。

そういった中で、日本においても物価が上がりつつあり、いよいよデフレを脱却しつつあります。この良い流れを確固たるものにすることが非常に重要です。

法務部や事業部の取適法担当者だけでなく、経営者の方々にも取引の適正化、価格転嫁の問題に取り組んでいただきたいと強く思います。説明会にもぜひご参加いただきたいと思います。

プロフィール

柴山 豊樹氏
公正取引委員会事務総局 企業取引課長
2000年東京大学法学部卒業、通商産業省入省。2008年ジョージタウン大学ローセンター修了、2009年特許庁総務課 制度改正審議室、2011年外務省OECD日本政府代表部、2014年経済産業大臣秘書官(次席)、2015年経済産業政策局経済産業政策課 政策企画委員、2016年資源エネルギー庁総合政策課 需給政策室長、2017年資源エネルギー庁 ガス市場整備室長、2018年平井国務大臣秘書官、2019年竹本国務大臣秘書官、2020年平井国務大臣秘書官、2021年中小企業庁総務課 中小企業政策上席企画調整官、2022年中小企業庁 企画課長、2023年中小企業庁 経営支援課長、2025年7月より現職

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