展望 2020年の企業法務

第5回 知財調停を活用するポイントと知財経営を実践するヒント

知的財産権・エンタメ
三品 明生弁護士 弁護士法人イノベンティア 上田 亮祐弁護士 弁護士法人イノベンティア

目次

  1. 知財調停の運用開始
    1. 知財調停のニーズ
    2. 知財調停の概要
    3. 今後想定される利用場面
  2. 知財と経営
    1. IPランドスケープ
    2. 経営デザインシート
    3. おわりに
  3. まとめ 2020年を展望して

 連載第3回「特許・意匠・不正競争防止法を中心とした改正の影響」では意匠法、特許法、不正競争防止法の改正の概要と実務への影響を解説しました。今回は2019年から運用が開始された知財仲裁の概要と活用のポイント、近年注目を集める知財経営を実践するためのヒントを解説します。

知財調停の運用開始

 2019年10月1日から、新たに知財調停の運用がスタートしました。
 知的財産権に関する紛争を解決する手段としては、これまでも訴訟の他、裁判所または他の組織による調停を利用することが可能でしたが、10月1日から運用を開始した裁判所による知財調停は、一定の条件を満たす事件につき、迅速な解決を可能とする点に特徴があります。

<参考>

知財調停のニーズ

 知財事件の紛争解決手段としての訴訟は、手続が公開されているうえ、紛争解決が長期にわたることもあり、利用のハードルは低くありません。
 また、訴訟における判決は、訴状の請求の趣旨に記載された請求が成り立つかどうかの判断しかすることができません。
 他方、当事者の関係が必ずしも敵対的でなく、一定の合意が成り立つ余地がある場合には、非公開の手続により、より迅速で柔軟な解決を可能にする制度が望ましいといえます。
 知財調停は、このようなニーズに応えることを目的とするものです。

知財調停の概要

(1)対象事件

 知財調停の対象となる事件は、特許権、商標権、著作権、意匠権などの知的財産権に関する紛争の他、不正競争防止法に関する事件や他人の氏名・名称または肖像を広告の目的または商業目的のために無断で使用する行為(パブリシティ権侵害)に関する紛争も含まれます。
 また、権利侵害に関する事件のみならず、特許の有効性や職務発明等の権利帰属に関する紛争、ライセンス交渉に関する紛争についても、知財調停の利用が期待されています。

(2)手続の特徴

 知財事件について調停手続を利用するためには、当事者間で当該事件を調停手続に付すことを合意する必要があります。そのため知財調停は、当事者間での事前交渉を前提とする手続といえます。

 また、知財調停においては、初回期日よりも前に、双方の当事者が自己の主張および証拠をすべて提出することとされており、それらの内容を基に、原則として、第3回調停期日までに調停委員会の見解が開示されます。このような、従来の裁判所による調停では採用されていなかった特別の運用によって、初回から充実した審理を行うことが想定されています。

(3)他の紛争解決手段との違い

 知財調停は訴訟と異なり、手続の内容等が公開されることがありません。また、上に述べたように、早期に主張および証拠をすべて提出して審理を進行するため、比較的短期間での紛争解決を可能にしています。さらに、特定の請求が認められるか否かを判断するものではなく、当事者間の合意により調停成立を目指す手続であることから、より柔軟な紛争解決が可能となるほか、調停で合意した内容に当事者が任意に従うことも期待できます。

 知財事件に関する紛争解決手段としては、訴訟、裁判所による知財調停のほかに、日本知的財産仲裁センター(JIPAC)等の組織による知財ADRが存在します。
 裁判所による知財調停は、既存の知財ADRと比較すると、日ごろから知財事件の紛争解決に携わる現職の裁判官が調停委員となるうえ、必要がある場合には裁判所調査官による調査も可能であり、より高度の専門性・客観性を有する調停委員会の意見を期待できる点に特徴があります。

知財調停 訴訟
手続きの内容 非公開 公開
審理期間 原則3回の期日(注1) 3回の期日で終了することは稀、1年以上かかることが多く、数年を要することも
結果 当事者間の合意又は合意に代わる決定(注2) 判決

注1:知財調停では原則として、第3回期日までに調停委員会の見解を口頭で開示することとされていますが、合意内容の調整に期間を要する事案などでは、当事者の意向も踏まえ、4回以上の審理を経ることもあり得るとされています。

注2:当事者間で合意ができず、調停委員会の決定もされないときは、調停手続は不調により終了し、改めて交渉、訴訟等の手段を選択することになります。

今後想定される利用場面

 上記のような特徴から、知財調停を利用する場面としては、当事者間で特許の有効性に関する見解に齟齬があるためライセンス契約の交渉がまとまらないといったケースや、相手方が権利侵害を認めているものの、賠償額について合意できないため、中立的な第三者の意見を参考に合意したいといったケース等が想定されます。
 あまりに争点が複雑なケースや、争点が多数ありそれぞれについて当事者間で見解が対立しているケース等については知財調停による解決が難しいため、知財調停は従来の紛争解決手段と比較して交渉の延長という側面が比較的強く、交渉の一手段として利用することも考えられます。

(執筆:上田 亮祐弁護士)

知財と経営

 従来、知財の活用方法は、開発した商品やサービス等に関する知財を自社で独占して他社を締め出す、クローズ戦略が主流でした。一方、近年の社会・経済環境の変化にともない、一定の知財を開放し、他社にも実施させることによって市場を拡大するオープン戦略の重要性が指摘されるようになりました。今後は、たとえば商品やサービスごとにクローズ戦略とオープン戦略を選択するなどのように、知財の活用方法を経営戦略に一体化させて検討する必要性が高まっていくと予想されています。

 しかし、経営戦略の策定には様々な事情を総合的に考慮する必要があるため、具体的な戦略を選択していくことは容易ではありません。そこで、知財の活用方法を一体的に含む経営戦略の策定を補助するため、IPランドスケープや経営デザインシートとよばれるツールが提案されるようになり、国家戦略としてこれらのツールの普及が推し進められています。

IPランドスケープ

 IPランドスケープとは、知財の情報だけでなく、自社や競合他社による事業の状況、市場の状況等を組み合わせて分析したものであって、自社の現状および将来の展望等を示すものです。

 IPランドスケープが登場する以前も、主として特許情報を分析して作成されるパテントマップと呼ばれるツールがありました。パテントマップは、自社または競合他社が特許出願している技術分野の分析に重点が置かれており、たとえば競合他社が特許を固めている技術分野を避けて自社が進出すべき技術分野を決定するなどのために利用されていました。これに対して、IPランドスケープは、パテントマップのような知財の状況把握にとどまりません。IPランドスケープは、知財の状況と、参入企業や市場の成熟度などの状況とを組み合わせることによって、たとえば自社が知財を開放してでも率先して市場を成長させるべきか否かなど、知財の状況把握だけでは困難な経営戦略の策定にも利用することが可能です。

経営デザインシート

 経営デザインシートは、1枚のシートに「これまで」と「これから」を対比して記載することで、策定すべき経営戦略を明らかにするものです。具体的に、経営デザインシートには、知財などの「資源」、収益のしくみなどの「ビジネスモデル」、市場に提供する商品やサービスなどの「価値」という3点に着目して、現在の状況を示す「これまで」と、将来の目標である「これから」とを具体的かつ対比的に記載します。

 この記載によって、「これまで」から「これから」に移行するために必要な資産や解決すべき課題等が浮き彫りになるため、具体的な経営戦略が策定しやすくなります。また、経営デザインシートは、経営戦略を策定する以外にも、シートの作成を通じて現在の状況や目標とする状況を整理したり、社内外に対する説明資料として活用したりすることもできます。

出典:内閣府 知的財産戦略推進事務局「経営デザインシート」− 経営をデザインする −

出典:内閣府 知的財産戦略推進事務局「経営デザインシート」− 経営をデザインする −

 経営デザインシートは、経営戦略全般の策定に主眼が置かれたものであり、知財戦略の策定に特化したものではありませんが、経営戦略における知財の重要性が認識されれば、経営デザインシートにおける知財の位置づけも重要性を帯びることとなります。知財を軸に経営戦略を考えるIPランドスケープとともに、知財の活用方法を一体的に含む経営戦略を策定するための指針となるものといえます。

 なお、IPランドスケープについては、現状定型化された作成手順やフォーマットは存在せず、採用を考えている企業も、各社手探りで取り組んでいる状況ですが、経営デザインシートは、シートの形式が定められており、ある程度明確な作成手順も公開されています。そのため、経営デザインシートは、分析の経験があまりない企業であっても、公開されている作成手順に従ってある程度作成可能です。

おわりに

 企業が持続的に成長していくためには、知財の活用方法を一体的に含む経営戦略を策定することが必要です。その第一歩として、上記のようなツールを用いて状況を整理し、継続的にアップデートすることは今後重要になっていくものと考えられます。

(執筆:三品 明生弁護士)

まとめ 2020年を展望して

 欧米諸国の保守化傾向が顕著な昨今においても、国境を越えた情報技術の進展は依然顕著であり、経済活動のグローバル化は留まるところを知りません。このような状況で日本企業が厳しい国際競争に勝ち抜いていくためには、知的財産戦略を経営戦略の重要な要素に組み入れることが必要になります。
 そのためには、生産拠点やマーケットとなる各国の法制度、紛争解決手段、政策動向等を把握しつつ、事業環境と自社のポジションを分析するという、法律・ビジネス双方からのアプローチが重要であるといえます。IPランドスケープといった概念が知られるようになり、経営デザインシートのようなツールが準備されたのも、このような流れの中で把握されます。
 今回は、直近の法改正から、近年着目されるデータの問題、新しい知財ADR、そして、経営デザインシートまで、今年のキーワードになり得る幅広い話題を取り上げました。様々な立場で知財に関わる皆様のお役に立つことをお祈りしております。

(執筆:飯島 歩弁護士)

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