展望 2020年の企業法務
第2回 働き方改革の「実」が問われる1年に、パワハラ対策にも本腰を
人事労務
シリーズ一覧全11件
- 第1回 スタートアップ法務の2020年のトレンド
- 第2回 働き方改革の「実」が問われる1年に、パワハラ対策にも本腰を
- 第3回 特許・意匠・不正競争防止法を中心とした改正の影響
- 第4回 変わる著作権法、2020年の企業法務に求められる5つのこと
- 第5回 知財調停を活用するポイントと知財経営を実践するヒント
- 第6回 プラットフォーム事業者に対する独占禁止法による規制
- 第7回 SDGsと企業法務 「人権」に対するコミットメントが重みを増す1年に
- 第8回 会社法改正の成立と株主総会実務への影響
- 第9回 個人情報保護法改正の動向と、企業の実務に与える影響に注目を - 情報・セキュリティ分野(前編)
- 第10回 法制の動向を見据え、社内で収集・蓄積されているデータの棚卸しを - 情報・セキュリティ分野(後編)
- 第11回 リーガルテックの現状と法務人材のスキル・働き方・キャリア
目次
主な人事労務関連トピック概説(法改正・施行スケジュール)
働き方改革関連法は、2019年4月から施行が始まり、2020年は本格的な施行が始まる年になります。中小企業にも労働時間の罰則付き上限規制が適用され、大企業に日本版同一労働同一賃金制度が適用されます。また、パワハラに関する措置義務が設けられた労働施策総合推進法が大企業について2020年6月1日から施行され、様々な変化が起きることが想定されます。
働き方改革関連法
働き方改革関連法の施行日は以下の通りです。すでに大企業を中心に半分近くの項目が施行されていることがわかります。
直近の大きな施行日の節目は、2020年4月1日です。
法律 | 大企業 | 中小企業 | ||
---|---|---|---|---|
1. 労働時間 | 労働基準法 | 時間外労働の上限規制 | 2019年 4月1日 |
2020年 4月1日 |
上限規制の猶予措置の廃止 (自動車運転、建設業) |
2024年4月1日 | |||
年休5日取得義務化 高プロ創設 フレックスタイム制の清算期間延長 |
2019年4月1日 | |||
中小企業における月60時間超の時間外労働の割増賃金率を50%以上とすることの猶予措置の廃止 | − | 2023年 4月1日 |
||
労働時間等設定 改善法 |
勤務時間インターバル制度の努力義務化 | 2019年4月1日 | ||
2. 労働者の健康確保 | 労働安全衛生法 | 医師の面接指導制度の拡充 産業医・産業保健機能の強化 |
2019年4月1日 | |
3. 均等待遇 (同一労働同一賃金) |
パート有期法(パートタイム労働者・有期契約労働者) | 2020年 4月1日 |
2021年 4月1日 |
|
労働者派遣法(派遣労働者) | 2020年4月1日 |
出所:筆者作成
パワハラ措置義務関連等
パワーハラスメント(「パワハラ」)の措置義務等について定めた改正労働施策総合推進法が施行されます。改正法の施行期日は大企業が2020年6月1日、中小企業が2022年4月1日となります。
同時に改正労働施策総合推進法は、セクハラ等の防止に関する国・事業主・労働者の責務の明確化、事業主にセクハラ等に関して相談した労働者に対して事業主が不利益な取扱いを行うことが禁止されます。
民法改正との関連など
改正民法が2020年4月1日から施行されます。
労働法分野に影響を及ぼす改正内容は少なく、身元保証の極度額の設定、法定利率の2点のみとなります。また、後述するように、民法改正に伴い、労働契約の賃金債権の消滅時効の延長について議論されています。賃金債権の消滅時効が延長されると、特に割増賃金の不払いが巨額に膨らみ、経営問題に直結する可能性があるため、注目されます。
企業において特に留意・準備すべきポイント
罰則付きの労働時間上限制度
すでに大企業については、罰則付きの労働時間上限制度は始まっていますが、2020年4月1日から中小企業を含む、すべての企業に労働時間の上限規制が適用されます。以下の通り、超えるべきハードルは低くありません。
- 現行の時間外限度基準告示の上限(月45時間、年360時間)を法律に格上げし義務化
- 臨時的な特別の事情がある際に労働時間を延長させる場合について以下の内容を罰則付きで規定化
- 時間外労働は年720時間以内
- 時間外・休日労働は月100時間未満
- 2か月ないし6か月における期間の時間外・休日労働の平均を80時間以内
- 時間外労働が月45時間を超える特例の適用を6回以内
- 36協定における労働時間の延長は、1日、1か月、1年を対象期間とする
(1)労働時間の記録
現在、労働時間の記録自体はガイドライン(「労働時間の適正な把握のために使用者が講ずべき措置に関するガイドライン」)に定める自己申告による労働時間管理に関する一定の要件を備えれば可能です。
ただし、自己申告については適正に運用されていないと思われる事例が時折見かけられます。
労働時間の記録は労働基準法の要請や健康管理から行うことが多いと思いますが、各従業員の効率や生産性を測るうえでも重要です。より客観性の高いタイムカードやICカード等の労働時間管理をおすすめします。クラウド型のタイムカードであれば、従業員1人あたり月数百円で導入することができ、コストもさほど変わらず給与計算と連動させることにより業務効率も図ることができます。
(2)正確に労働時間を記録してもらうことを周知徹底する
仮に労働時間の記録をタイムカード等で打刻するとしても、業務終了と同時に機械的に打刻されることはほとんどなく、従業員が自ら業務が終了したと判断をして打刻することが多いです。そのため、実際には仕事が終わっていないにもかかわらずタイムカードを打刻して、その後も仕事を続ける事案を時折見かけます。
現在は労働基準監督署もパソコンのログオフ時間も参考にしつつ労働時間を認定しますので、このような見かけだけの終業時刻は訂正を求められることになります。
それどころか、会社がこのような労働時間管理を運用している場合は、従業員が労働基準監督署に「違法な労働時間管理ではないか」と申告を行うことがあります。
会社が故意に行っているわけでないとしても、会社の意向を忖度して、従業員が早めにタイムカードを打刻することもあり得ます。正確に労働時間を記録してもらうことを周知徹底するべきです。
(3)記録された数字を変更しないこと
(2)の不正確な打刻も労働時間管理としては問題がありますが、会社が従業員が打刻した記録や数字を変更してしまうことがあり、これは大変な問題につながることがあります。会社の意図としては「この従業員は業務に無駄が多いので、このくらいの終業時刻が妥当だ」と考えて数字を変更することが多いようですが、労働基準監督署がこれを悪質な改ざんであると判断することもあり、書類送検・社名公表に踏み切ることもあります。記録された数字はくれぐれも変更しないことです。
(4)できるところから始めること
労働時間の上限規制は当然守るべきものです。しかし、中小企業の規模・業種によってはすぐにすべての規制を守れないかもしれません。このような場合、無理矢理にでも労働基準法を守った形にすることが多いのですが、まったく意味がないだけでなく違法行為を隠蔽していると判断されるおそれがあります。会社の置かれている状況から、できるところから始めるしかありません。
まずは1か月当たりの残業時間数が100時間を超えないことから始めることをおすすめします。そのうえで次は2~6か月の平均残業時間数が80時間以下になるべくなるように取り組みます。これらの規制は従業員の健康を守るためのものであり優先度は非常に高く、まずはできるところから始めるべきです。
労働基準監督署の調査が入ったとしても「違法状態があることは理解しているが、できるところから努力している」と正直に報告すれば、ひとまず様子を見てもらえる可能性が高いです。
パートタイム労働者・有期雇用労働者との均等待遇
まずは、自社の正社員とパートタイム労働者・有期雇用労働者との現状を把握する必要があります。
(1)均衡待遇
均衡待遇ですが、厚生労働省は「パートタイム・有期雇用労働法対応のための取組手順書」というリーフレットを配っており、このリーフレットをもとに基本給・手当ごとに各基本給・手当の趣旨、パートタイム労働者・有期雇用労働者に支払わない理由を実際に考えて記載して整理してみることをおすすめします。不支給の理由が思い浮かばない場合もしくは理由が抽象的なものしか思い浮かばない場合は、不支給が違法であると判断される可能性が高くなります。
簡潔にまとめると、以下のいずれかを選択することになります。
- パートタイム労働者・有期雇用労働者に対する同種手当支給の検討
- 正社員の当該手当廃止(不利益変更となりますので従業員個人の同意か労働組合の同意が必要です)
- 正社員、パートタイム労働者・有期雇用労働者の人事制度の全面的な改定
(2)均等待遇
職務内容、職務内容・配置の変更の範囲がまったく同じ場合のみに均等待遇が問題になりますが、ほとんどの場合は問題になりません。何かしら正社員とパートタイム労働者・有期雇用労働者との差があるためです。仮に正社員と職務内容、職務内容・配置の変更の範囲がまったく同じパートタイム労働者・有期雇用労働者がいるのであれば、早急に正社員と同じ待遇にするか、職務内容、職務内容・配置の変更の範囲を変更する必要が出てきます。
派遣労働者の均衡均等待遇
派遣従業員と派遣先従業員との均衡均等待遇を実現するためには、派遣先従業員の賃金等の情報を知る必要があります。そのため、改正法においては、派遣先は派遣先従業員の賃金等の情報を提供する義務があります。ところが、派遣先が派遣先従業員の賃金等の労働条件の提供を行いたくない場合があります。そのため、改正法は、労使協定方式といった方式を採用し、一定の要件を満たした労使協定を従業員代表と締結して履行すれば、派遣先の従業員との均衡均等待遇を目指す必要はなくなるようにしました。
この場合に問題になるのが、労使協定方式では、政府が発表した一般労働者の職種別の基準となる賃金等を満たさなければならないことです。すなわち、この基準となる賃金が現在の派遣従業員の賃金を上回っている場合は派遣従業員の賃金を上げなければなりません。派遣従業員の賃金を上げるということになれば、派遣料金の値上げを派遣先に依頼しなければならなくなります。そのため、2019年12月12日現在においても、多くの派遣会社が大混乱に陥りながら対策を検討しています。派遣先も派遣料金の値上げか派遣先従業員の賃金等の情報提供のいずれかを選択しなければならなくなる可能性があります。
パワハラ措置義務
厚生労働省の調査(平成28年実施)3 によると、パワハラの予防・解決に向けた取り組みをしている企業は52.2%(4,587社中)でした。
従業員規模別で見ると、1,000人以上の会社は88.4%が実施しています。ただし、企業規模が小さくなるほど実施比率は低くなり、99人以下の企業では26.0%になります。
厚生労働省の「職場におけるパワーハラスメントに関して雇用管理上講ずべき措置等に関する指針案(以下、「指針案」)では事業主に対して、「雇用する労働者又は当該事業主(その者が法人である場合にあっては、その役員)が行う職場におけるパワーハラスメントを防止するため、雇用管理上次の措置を講じなければならない」としています。そして以下の3つの措置をあげています。
- 事業主の方針等の明確化及びその周知・啓発
事業主は、職場におけるパワーハラスメントに関する方針の明確化、労働者に対するその方針の周知・啓発すること。 - 相談に応じ、適切に対応するために必要な体制の整備
事業主は、労働者からの相談に対し、その内容や状況に応じ適切かつ柔軟に対応するために必要な体制の整備として、相談窓口の担当者が、相談に対し、その内容や状況に応じ適切に対応できるようにすること。 - 職場におけるパワーハラスメントに係る事後の迅速かつ適切な対応
事業主は、職場におけるパワーハラスメントに係る相談の申出があった場合において、その事案に係る事実関係の迅速かつ正確な確認及び適切な対応をすること。
現在、企業は具体的に上記3つを行うためにどのような取り組みを行うべきでしょうか。
(1)就業規則・社内告知・社内研修
指針案では、会社のパワハラに関する方針の明確化、および労働者に対する方針の周知・啓発の方法として、以下をあげています。
就業規則
パワハラを行ってはならない旨を就業規則に規定し、パワハラを行った社員には処罰を行うことがあり得ること、どのようなパワハラを行ったら、どのような懲戒処分を受けるかを明記します。
社内告知
就業規則のみならず、社内報、パンフレット、社内イントラネットへの掲示によりパワハラに関する会社のルールを周知します。
社内研修
パワハラに関する社内研修を行います。ただし、多くの事案では加害者に自覚が無いことから自覚を促した上でパワハラ研修を行うことが必要になります。パワハラチェックリスト等により自分で自分の行動をチェックしたうえで研修に望むことでより研修の効果を上げることができます。
(2)相談窓口の設置
指針案では相談窓口の設置を明記しています。相談窓口を設置し、労働者に周知することとし、担当者をあらかじめ定めること、場合によっては外部機関に相談への対応を委託することも可能としています。
(3)マニュアルの作成
指針案では「相談窓口の担当者が、相談に対し、その内容や状況に応じ適切に対応できるようにすること」としています。
相談窓口では、被害者(申告者)が萎縮して相談を躊躇することもあるので、心身の状況にも配慮しつつ、パワハラがすでに発生している場合だけでなく、その発生のおそれがある場合や、パワハラかどうか微妙な場合でも、相談に対応し、適切な対応を行うようにすることを求めています。
そのため、相談窓口の担当者と人事部門とが連携を図ることができる仕組みをつくり、相談マニュアルを予め作成する必要があります。
マニュアルには、相談で聞き取るべき事項、申告者の要望 (「私が被害申告したとは決して上司に言わないでください」等)に対する対応、聞き取り後の社内手続きの流れ等をあらかじめまとめておく必要があります。
今後注目するべき法改正事項
賃金債権の消滅時効の延長
改正民法が2020年4月1日から施行されることに伴い、労働契約の賃金債権の消滅時効の延長が法改正により実現する可能性があります。現在、労働政策審議会で議論がなされていますが、現在の趨勢からすると現在の2年から3年または5年に延長される可能性が高いです。賃金債権の消滅時効が延長されると、特に割増賃金の不払いが巨額に膨らみ、経営問題に直結する可能性があり、割増賃金の不払いがないか(管理監督者の範囲、裁量労働制の運用、定額残業代の運用も含む)を検討する必要があります。
厚生年金の適用拡大範囲
現状は以下の要件を満たす短時間労働者は厚生年金に強制的に加入しなければなりません。
- 従業員501人以上の企業で
- 週20時間以上働き
- 賃金が月8.8万円以上
- 雇用期間1年以上
- 学生ではない
政府・与党は、パートタイム労働者への厚生年金の適用拡大をめぐり、対象企業の要件を現在の「従業員501人以上」から緩和しようと検討しています。2019年12月12日現時点の案では、2024年10月に「51人以上」に引き下げ、中小企業の経営に配慮し、経過措置として2022年10月に「101人以上」としたうえで段階的に実施する方針が有力です。このまま厚生年金の適用拡大が決まれば、中小企業への負担が増えることになり、最低賃金上昇、人手不足と相まって企業経営への負担増となります。
さいごに
働き方改革関連法については、徐々に着実にハードルをクリアする企業とハードルをクリアできない企業、まったく関心のない企業で大きな差が生じます。法令違反が許されないことはもちろんですが、求職者・在籍従業員の見る目は厳しく、働き方改革への取り組みが企業の将来を左右することになりかねない時代になりつつあります。ぜひ前向きに取り組んでいただければと思います。
2020年1月31日:2-1「2019年4月1日から中小企業を含む、すべての企業に労働時間の上限規制が適用されます。」の記載を「2020年4月1日から中小企業を含む、すべての企業に労働時間の上限規制が適用されます。」に改めました。
-
労働基準法における法定割増賃金率の引上げ関係の猶予対象となる中小企業の範囲は次の通り(金額は資本金の額または出資の総額、人数は常時使用する労働者数(※)) 【小売業】5,000万円以下または50人以下、【サービス業】5,000万円以下または100人以下、【卸売業】1億円以下または100人以下、【上記以外の業種】3億円以下または300人以下。
※常時使用する労働者数は、常態として使用される労働者数であり、臨時的に雇い入れた場合や、臨時的に欠員を生じた場合については、常時使用する労働者数に変動が生じたものとしない。パート・アルバイトであっても、臨時的に雇い入れられた場合でなければ、常時使用する労働者数に含む。(厚生労働省「平成31年就労条件総合調査 用語の説明」より抜粋) ↩︎ -
職務の内容や当該職務の内容および配置の変更の範囲等をもとに労働条件の「均等(同じにすること)」・「均衡(バランスをとること)」を図ることを指します。 ↩︎
-
厚生労働省「職場のパワーハラスメントに関する実態調査」 ↩︎
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杜若経営法律事務所