令和5年改正商標法の概要と実務対応 留保型コンセント制度導入、氏名を含む商標の登録要件緩和

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目次

  1. 改正の概要
  2. 留保型コンセント制度の導入
    1. 改正の背景
    2. 改正の内容
    3. 残された課題等
  3. 氏名を含む商標の登録要件緩和
    1. 改正の背景
    2. 改正の内容
    3. 残された課題等

改正の概要

 令和5年6月7日、第211回通常国会(以下「本国会」といいます。)において、「不正競争防止法等の一部を改正する法律」(令和5年法律第51号。以下「本改正法」といい、本改正法による改正を「本改正」といいます。)が可決、成立し、6月14日に公布されました。本改正法は不正競争防止法のみならず、特許法その他の産業財産権法の改正を含むものであり、本稿では、本改正による改正項目のうち、改正商標法の内容をご紹介します。

 主な改正項目は、①留保型コンセント制度の導入および②氏名を含む商標の登録要件緩和の2点です。なお、本改正の施行日は令和6年4月1日です。

 特許庁が公表している関係資料は以下をご覧ください。

 本改正は、報告書の段階からブランド戦略が前面に押し出されている点で特徴的であり、特許中心、意匠中心の改正に比して、関係するユーザーが桁違いに多いものと思われます。実務担当者の皆様におかれましては、公表される審査基準案の内容および今後の実務動向を注視していただければと思います。

 なお、本改正のうち、不正競争防止法の改正内容については「令和5年不正競争防止法改正の概要と実務対応」を、本改正法と同じく本国会で成立した著作権法等改正法による改正については「令和5年改正著作権法の影響度と実務対応」をご覧ください。

留保型コンセント制度の導入

改正の背景

 現行商標法の下では、商標権の取得を希望する出願人が、ある商標について商標登録出願をした場合、特許庁審査官がこれを審査しますが、不登録事由があるときは出願人に対して拒絶理由が通知されます(商標法15条の2)。拒絶理由の代表的なものが先願に係る他人の登録商標との類似であり、すでに登録されている他人の登録商標と同一または類似し、その商標登録に係る指定商品・役務が同一または類似する商標は登録できないとされています(商標法4条1項11号)。

 上記のような拒絶理由通知を受けた出願人は、出願に係る商標または指定商品・役務が引用商標に係るものと類似しない旨主張することが一般的です。

 出願人が取り得る他の手段としては、主に非類似の反論が困難な場合等において、実務上、いわゆるアサインバックという手法があります。もっとも、アサインバックは出願人に少なからず金銭的・手続的負担が生じることが難点です。

 また、商標法に直接規定されているものではありませんが、商標審査基準において、出願人と引用商標権者との間に支配関係がある場合には例外的に登録可能とする運用があります(商標審査基準十、第4条第1項第11号(先願に係る他人の登録商標))。しかしながら、上記運用はその対象が出願人と引用商標権者との間に支配関係がある場合に限られる点で、利用できる範囲が狭すぎるとの指摘がありました。なお、かつて、コンセント制度導入に関する議論を踏まえて、商標審査基準において「取引実情説明書」を考慮することができるとされましたが(商標審査基準十、第4条第1項第11号(先願に係る他人の登録商標))、これを受け入れて登録に至ったのは1件にとどまります。

 この点に関し諸外国の制度を見ると、欧米、台湾、シンガポール等多くの国では、権利者の同意により登録を可能とする制度(いわゆるコンセント制度)が存在しています。今日では、企業間で商標の取扱いを含むグローバルな契約を締結することも少なくないところですが、契約当事者が多くの国を対象にコンセントについて合意したとしても、わが国の商標については例外として取扱いをせざるを得ないという状況にありました。

 このように、ユーザーニーズの観点からはわが国でもコンセント制度を導入すべきという指摘がなされつつ、需要者の利益の観点からは、商品・役務の出所について誤認・混同するおそれを排除すること等をどのように担保すべきかが議論されてきました。

改正の内容

 コンセント制度の導入についてはこれまでも議論されてきましたが、令和4年9月から、産業構造審議会知的財産分科会商標制度小委員会において制度導入に向けた議論が本格化され、本改正に結実しました。本改正によって新設された具体的な規定は次のとおりです。

改正商標法4条4項
 第1項第11号に該当する商標であつても、その商標登録出願人が、商標登録を受けることについて同号の他人の承諾を得ており、かつ、当該商標の使用をする商品又は役務と同号の他人の登録商標に係る商標権者、専用使用権者又は通常使用権者の業務に係る商品又は役務との間で混同を生ずるおそれがないものについては、同号の規定は、適用しない。

 4条4項では、「他人(注・引用商標権者)の承諾を得」ることに加え、引用商標権者等の「業務に係る商品又は役務との間で混同を生ずるおそれがない」ことを要件として、4条1項11号の例外として商標登録が可能とされました。このような制度は、権利者による同意があっても、なお出所混同のおそれがある場合には登録を認めない、いわゆる留保型コンセント制度であると評価されています。

 また、4条4項の新設に合わせて、需要者の利益保護の観点から、コンセントによって登録された商標の使用が混同防止表示請求の対象とされ(改正商標法24条の4第1号)、不正競争の目的でコンセントによって登録された登録商標が使用され、他の商標権者の商品・役務と混同を生ずるときは、不正使用取消審判の対象とされました(改正商標法52条の2)。

残された課題等

 本改正法の施行に伴い、その具体的な運用が明らかにされた部分はあるものの、残された課題も存在します。

 まず、権利者の承諾がある商標については、審査官が、4条4項で規定された「混同を生ずるおそれ」の有無を判断することになります。その具体的な考慮事由および判断方法等については、商標審査基準第3十九、第4条第4項(先願に係る他人の登録商標の例外)において公表されています。なお、特許庁から「コンセント制度に関するQ&A」が公表されていますので、ご参照ください。

 次に、ユーザーおよび需要者の利益の観点からは、コンセント制度により登録された商標かどうかについて確認できることが望ましいといえるでしょう。「コンセント制度に関するQ&A」Q4-1によれば、「コンセント制度の適用により登録された商標については、「特許情報プラットフォーム(J-PlatPat)」において検索することが可能となる予定です。検索方法等、詳細については随時更新していきます。」とのことです。

 また、本改正後はコンセント制度の適用により実質的に重複した商標権が複数発生することになります。そうすると、先行登録商標およびコンセントによる登録商標と同一・類似の商標の使用を希望する者は、複数の権利にアプローチする必要が出てくる点に留意すべきです

氏名を含む商標の登録要件緩和

改正の背景

 現行商標法においては、他人の人格的利益の保護という趣旨から、他人の氏名を含む商標は商標登録を受けることができないこととされています(商標法4条1項8号)。

現行商標法4条1項8号
(商標登録を受けることができない商標)
第四条 次に掲げる商標については、前条の規定にかかわらず、商標登録を受けることができない。

八 他人の肖像又は他人の氏名若しくは名称若しくは著名な雅号、芸名若しくは筆名若しくはこれらの著名な略称を含む商標(その他人の承諾を得ているものを除く。)

 この規定の適用については、出願商標の構成中に「他人の氏名」が含まれている場合、当該「他人の氏名」の周知性・著名性、出願商標の周知性・著名性の有無等にかかわらず、当該他人の承諾がない限り、本規定に該当するものとされています。そうすると、同名の他人が複数存在する場合は、出願人としては当該他人全員の承諾を得ない限り出願商標を登録することができないことになります。

 上記運用は他人の人格的利益保護の観点からは当然のようにも思えますが、日本人において珍しくない氏名をブランド名に使用しようとする場合などには不都合が生じます。近年の拒絶事例として、「TAKEO KIKUCHI」の文字列が入った商標、「ヨウジヤマモト」商標および「ジュン アシダ」商標があり、問題視されていました。そこで、この規定については、ファッション業界を中心に改正を求める声が上がっていました。

改正の内容

 本改正では、4条1項8号を以下のように改め、他人の氏名を含む商標について一定の要件を課したうえで登録を許容することとしました。

改正商標法4条1項8号
 他人の肖像若しくは他人の氏名(商標の使用をする商品又は役務の分野において需要者の間に広く認識されている氏名に限る。)若しくは名称若しくは著名な雅号、芸名若しくは筆名若しくはこれらの著名な略称を含む商標(その他人の承諾を得ているものを除く。)又は他人の氏名を含む商標であつて、政令で定める要件に該当しないもの
(下線は改正部分)

 4条1項8号を改め例外を許容するとして、その具体的な規定ぶりとしては、出願人側の事情を考慮する方法、他人の「氏名」側に何らかの要件を課す方法や両者の利益を衡量する方法等が考えられるところ、本改正では他人の氏名に一定の知名度の要件を設けることとしました。すなわち、現行法では、「他人」全員の承諾を得る必要があるため、存在しそうな氏名については商標登録することが極めて困難であったところ、本改正により、知名度のある「他人」の承諾を得ておけば足り、知名度のない「他人」の承諾を得る必要はないことになりました。

残された課題等

 このように、本改正では他人の氏名を含む商標の登録要件が緩和されましたが、以下のとおり、いくつかの課題が残されています。

 まず、「他人」の氏名の知名度要件に関し、知名度を具体的にどのようなレベルに設定するか、知名度を判断するに当たっての「需要者」をどのような範囲に設定するか等、判断基準および考慮要素をどのように具体化するかが実務上重要となります。

 また、無関係な者による濫用的な出願への対応について、出願人側の事情を考慮すべきかも問題になります。具体的には、出願人と商標に含まれる氏名との関連性(出願商標中に含まれる他人の氏名が、出願人の自己氏名、創業者や代表者の氏名、既に使用している店名である場合等)や出願人の目的・意図(他人への嫌がらせの目的の有無、先取りして商標を買い取らせる目的の有無等)が挙げられています。これらの詳細については、WGでの議論を経て審査基準案として公表されるものと思われます。

 以上のほか、侵害の局面では、濫用的な出願について商標登録がなされてしまった場合に、正当な利益がある商標使用者は商標法26条により保護されると考えてよいのか、保護されるとした場合には具体的にどのような範囲で保護されるのかも問題になりそうです。

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