展望 2020年の企業法務
第11回 リーガルテックの現状と法務人材のスキル・働き方・キャリア
IT・情報セキュリティ
シリーズ一覧全11件
- 第1回 スタートアップ法務の2020年のトレンド
- 第2回 働き方改革の「実」が問われる1年に、パワハラ対策にも本腰を
- 第3回 特許・意匠・不正競争防止法を中心とした改正の影響
- 第4回 変わる著作権法、2020年の企業法務に求められる5つのこと
- 第5回 知財調停を活用するポイントと知財経営を実践するヒント
- 第6回 プラットフォーム事業者に対する独占禁止法による規制
- 第7回 SDGsと企業法務 「人権」に対するコミットメントが重みを増す1年に
- 第8回 会社法改正の成立と株主総会実務への影響
- 第9回 個人情報保護法改正の動向と、企業の実務に与える影響に注目を - 情報・セキュリティ分野(前編)
- 第10回 法制の動向を見据え、社内で収集・蓄積されているデータの棚卸しを - 情報・セキュリティ分野(後編)
- 第11回 リーガルテックの現状と法務人材のスキル・働き方・キャリア
目次
2019年は国内リーガルテック 1 に関連したニュースが多かった年でした。既存リーガルテック企業によるサービス拡充のみならず、新規分野におけるリーガルテック企業の登場、リーガルテック企業同士やリーガルテック企業と大手企業間の業務提携、大手を含めた法律事務所によるリーガルテック参入など、新たな動きが見られました。
2020年以降も成長が期待されるリーガルテック分野について、本稿では、これまでの流れをおさらいしたうえで、今後の方向性などについて私見を交えて触れていきたいと思います。なお、本稿は筆者個人の見解であり、筆者の所属する法律事務所の公式の見解ではありません。
リーガルテックの「これまで」と「これから」
海外リーガルテックの動向
国内リーガルテックの動向を考えるうえで、リーガルテック先進国であるアメリカとイギリスの動向は参考になるでしょう。
これらの国では、既存の法律事務所ではない代替的法務サービス提供者(Alternative Legal Service Providers/ALSP)が提供するリーガルテックが増加し、ユーザー企業がリーガルテックを活用する例が増えてきています。活用の主な理由としてあげられているのは、法務部門内に不足している専門性へのアクセス、既存のリソースの効率的・戦略的利用の実現などであり、コスト削減が必ずしも最大の理由ではないことから 2、海外ユーザー企業はリーガルテックの広範な潜在的可能性を見出しているといえるかもしれません。
アメリカでは、特にDiscovery(証拠開示)手続におけるリーガルテック(いわゆるe-Discovery)などが一般化しており、テックリテラシーの必要性が弁護士行動準則において規定されている州が38にものぼるなど 3、リーガルテックは無視できない存在になってきています。イギリスでも、契約書・文書管理システムの浸透だけではなく、法律事務所での法務デューディリジェンス分野のリーガルテックや契約書自動作成システムなどが一部業務において利用されています。
またアメリカやイギリスでは、このようなリーガルテックの浸透を支える制度的環境もあるといえます。たとえば、カリフォルニア州などの一部州ではAccess to justice(司法アクセス)の向上を目的として非弁護士の法務サービス提供や事業所有を認める司法制度改革提言が策定され採択されています 4。イギリスでは、法務サービス分野での競争促進等を目的に、2007年Legal Services ActにてAlternative Business Structures制度が導入され、訴訟追行などを含む規制6業務を除き、旧来の法律事務所でなくとも法務サービスを提供することができるようになりました 5。
国内リーガルテックの動向
こうした海外の状況に対し、日本でリーガルテックを規制しうる法令としては、弁護士法72条があげられます 6 7。同条は、弁護士ではない者が業として「法律事務の取り扱い」を行うことを原則的に違法としています。「法律事務の取り扱い」には、法律上の効果を保全・明確化する事項の処理(確定した事項を契約書にする行為など)も含まれると解されていますから 8、リーガルテックの一定分野について非弁護士による参入の障壁となりそうです。
弁護士法に関して、現時点において米国や英国のような議論が大きくなされているわけではありませんが、「弁護士制度を包含した法律秩序全般の維持・確立」という同条の趣旨に照らして、法務サービスの提供を受ける市民の視点、さらには、広く社会基盤としての司法制度の視点から、イノベーションの促進による司法へのアクセス向上等のメリットと、不公正・不適正な法務サービスの発生等のリスクのバランスを図ったデザインが必要になるでしょう。
このような規制上の論点があるにせよ、国内リーガルテック市場規模は成長すると考えられており、2018年時点では事業者売上高ベースで228億円と推計された市場規模は、2023年には353億円に拡大すると予測されています 9。
では、個別の分野ではどうでしょうか、今後の展望予測を含めて見ていくことにしましょう。なお、紙幅の都合上、主要な分野のうちの一部についてのみ触れています。また、ここでは便宜的にいくつかの類型にわけていますが、各社が提供する現実のサービスでは複数の分野にまたがっていることも多く、今後も包括的なサービス提供の方向へ進むものも増えそうですので、注意が必要です。
(1)電子契約サービス
紙の契約書による従前の締結・管理業務から脱却し電子署名等を活用する電子契約サービスは、国内でも徐々に浸透してきています。活用時には契約締結相手の了承が必要となるケースもあり、グループ会社間の契約締結などを主目的にして利用する例もあるようですが 10、海外で広く浸透している実情や、重要事項説明書等の電磁的方法による交付に関する社会実験 11 など社会制度の変化の方向性からみると、日本の独特のハンコ文化があるにせよ、クリティカルマス(サービスの普及率が急激な増加に転じる分岐点)を超えることで今後一般化することが予想されます。
(2)契約書・文書管理サービス
契約書・文書管理システムについては、すでに何かしら導入している企業も少なくないように思いますが、近年提供されているサービスでは、単なる文書保管を超えた機能が備わったものが中心となっています。これは、各企業において契約書・文書管理を通じて何を実現したいか(単純な文書保管機能に加え、修正記録・バージョン管理機能、期中業務管理機能、ドラフト・レビュー時のデータ参照機能など)についての多様なニーズを反映したものといえるでしょう。契約書の作成・審査・締結・管理などを包括したワンストップ型サービスの提供を目指す動きも見られ、今後も契約関連の周辺事業への拡張(他企業との業務提携を含む)など多様な戦略がとられる可能性があります。ユーザーとしては、現状のシステムだけではなく、そのシステムで実現できることがどこまで拡張するかを注視することが必要となりそうです。
(3)契約書レビュー
条文を判別・分析することで内在するリスクを警告するなどの機能をもつ契約書レビューシステムは、提供企業が数年前からいくつか存在し、トライアル実施済みの企業も増えつつあります。現時点ではレビュー精度が比較的限定されていることなどにより導入を見送る企業がある一方で、導入を決めた企業では、そういった限定的な機能を理解しつつ、新人レビュー後の1次チェックやレビュー漏れの最終確認として利用するなど、既存の契約レビューフローを全面的に代替するものとしてではなく、その中に組み込み補強するような活用の仕方をしているように見受けられます 12。BERTやXLNetなどの自然言語処理技術の発展によって影響を受ける分野ですので、今後の精度の向上にも期待が寄せられています。
(4)リーガルリサーチ
判例データベースを提供する企業はこれまでも存在していましたが、近年は法律書籍を含めた新たな法律情報リソースの電子化とその検索システムの提供を行う企業が複数出てきています。他分野の電子書籍サービスと同様にUX(ユーザー体験)が重要である点は変わりありませんが、リーガルリサーチという性質上、ユーザーの属性や業務分野によって、必要となる情報リソースの網羅性(取扱い書籍数など)や専門性(取扱い分野など)、利用頻度などが異なるため、ユーザーとしては自らの業務内容に照らして最適なサービスを選択することが必要になりそうです。
2020年のリーガルテック
本稿執筆時点において、新型コロナウィルス感染症が世界的に拡大し、人々の生命および健康に重大な被害を与えています。日本政府からも緊急事態宣言が発令され、7都道府県を対象に1か月間の外出自粛要請が出されるなど、企業や法律事務所はリモートワークに適応できる組織体制を構築する必要性が高まってきています。こうした事態を受けて、リーガルテックに対する認識も変わってきつつあるように思います。たとえば、リモートワークを徹底するなかで、紙の契約書原本に押印する従来の契約締結プロセスでは対応できない場面があることが認識され、電子契約サービスをこれまで以上に徹底して利用する企業も現れてきています。また、社内や事務所内の法律書籍へのアクセスが制限されることから、電子書籍化に対するニーズはこれまで以上に高まってきているようです。
リーガルテックにどう向き合うか
ところで、ユーザーはリーガルテックとどう向き合えばいいのでしょうか。必ずしも答えがあるわけではありませんが、日本のリーガルテックは本格的に始まったばかりといえるなかで、既存業務の在り方を所与のものとしてその全部または一部を代替するということを期待することは必ずしも得策ではないかもしれません。むしろ、少なくとも現時点では、既存業務のフロー自体を再考したうえで、リーガルテックによる価値付加が実現できる組み込み方が何かを検討する柔軟な発想が必要のように思います。
また、海外でもそうであるように、1つのベンダが提供するサービスによってすべてのペインポイント(課題点)をカバーしたいと考えるユーザーもいれば、異なる強みをもつ各ベンダのサービスをうまく組み合わせ、自社のニーズに合わせてカスタマイズすることを好むユーザーもいるでしょう。いずれにせよ、全ユーザーにとっての唯一解があるわけではなく、ユーザーごとに変動する最適解を探すことを念頭に置く必要があります。
法務機能の在り方から見たリーガルテック
3つの法務機能とリーガルテックの果たす役割
経済産業省が2019年11月にまとめた「国際競争力強化に向けた日本企業の法務機能の在り方研究会 報告書 ~令和時代に必要な法務機能・法務人材とは~」13(以下「報告書」といいます)では、法務機能としてクリエーション機能、ナビゲーション機能およびガーディアン機能の3つを示したうえで、これら法務機能を発揮し、新たな取組を始めるに必要なリソースの捻出方法として、リーガルテックの活用をあげています。ただし、現時点ではリーガルテックのみで既存業務のすべてを処理できない点に留意しつつ、リーガルテックの利活用が可能な具体的範囲について、有効性や信頼性の観点からの十分な検討が必要であることが示されています
14 。
ここでも想定されている通り、リーガルテックが、既存業務の時間短縮化・コストカットを実現し、新たな取組のためのリソースを確保するという形で、目指す法務機能に「間接的」に寄与することは考えられます。またそれだけではなく、経営目標に応じた最適なバランスが求められる法務機能の発揮そのものに「直接的」に寄与する視点も考えられます。
たとえば、ガーディアン機能を重視する企業では、契約書レビューシステムの導入によってレビュー品質の維持を図り、リスクを最小限にすることが考えられますし、クリエーション機能を重視する段階の企業においては、現行法や解釈が予定していない領域の分析を支援するリーガルリサーチシステムを導入することも考えられます。また、ナビゲーション機能を含めた法務機能の継続的発展のためにノウハウ共有を目指し、ナレッジマネジメント機能のあるシステムの充実を図ることも選択肢になるかもしれません。
当該企業が目指す法務機能の在り方をもとに、最適なリーガルテックを積極的に選択する視点も今後必要になるのではないでしょうか。
法務人材のスキル・働き方・キャリアから見たリーガルテック
(1)法務人材のスキルとリーガルテック
報告書が示す、法務人材に必要とされる能力は非常に広範です。これら能力の発揮に対してリーガルテックが直接的に寄与できる範囲は限られているようにさえ感じられます。
基本的能力とされる「情報収集・法的分析力」や「文書起案力」などについてはサポートするリーガルテックサービスが存在しますが、「組織横断的な行動力」「解決策の整理・提案力」「交渉力」「リーダーシップ能力」などは、少なくとも現状では、法務人材の高度な能力に頼る必要があります。こういった能力の養成や維持を支援するようなサービスも(リーガルテックと表現するかはさておき)将来的に出てくるかもしれませんが、企業の法務機能とそれを担う人材が果たしている役割は多種多様かつ高度であり、リーガルテックサービスや広くAI技術によっては代替しがたいことは常に念頭に置く必要があるでしょう。
(2)法務人材の働き方とリーガルテック
リーガルテックの発展は法務人材の働き方にも影響を与えるでしょう。法務人材が従前からの定型的業務から解放され、高付加価値業務に注力できるようになるでしょうし、その結果、報告書が示す各種能力の重要性がさらに高まることが予想されます。さらには、既存業務の省力化に伴い、多様な働き方・生き方を支え、クオリティ・オブ・ライフ(QOL)を向上させる可能性も潜在的にはあります。ただし、リーガルテック自体は、それを実現する「土台」の一部をお膳立てすることまでであって、これを現実させるには、多様な働き方・生き方を支える組織のカルチャーも重要でしょう。
(3)法務人材のキャリアとリーガルテック
以上のように、法務人材に求められるスキルやその働き方を変える可能性がリーガルテックにはあるわけですが、しかしながら、リーガルテックだけが影響を与える要因というわけではありません。本稿執筆時点において猛威を振るっている新型コロナウィルス感染症の拡大は、経営や業務運営にも影響を与えており、法務担当者のみなさまは、未知の問題に日々取り組んでいると思います。既存の業務の在り方が突如として揺らぐなかで、変化に柔軟・迅速に対応しようとする姿勢がますます重要になってきているようにも感じます。目指すべき法務人材の在り方は一様ではなく、所属する組織や各人の人生のビジョンによっても変わりうるものですが、(AIの発展であれ、未曽有の疫病であれ)こうした変化に対応するマインドを持つこと自体はこれからも必要になるように思います。
法務人材のキャリアの観点から見た場合も、多様な在り方が浸透するかもしれません。近年法務のバックグラウンドを有する人材(法曹資格者やパラリーガルなど)がリーガルテック企業にジョインする例も増えてきています。インターン制度やミートアップを通じた親近感の醸成などによって、このような例は今後も増えることが予想され、キャリアの多様な選択肢の1つになるのではないでしょうか。
未来のリーガルテックと法務に向けて
リーガルテックによってどんな世界が実現するのかは、リーガルテック先進国とされるアメリカやイギリスにおいてさえ明確に見えているわけではなく、各プレイヤーが自分の掲げるビジョンの実現に向けて試行錯誤(ときに方向転換)している状態です。同様に、日本のリーガルテックが進む道というのも予想しがたいものがあります。しかしながら、リーガルテックの隆盛が、「法務がこれまで提供してきた本質的価値とは何か」、「法務が本来発揮できる力とは何か」について再考を促す契機となり、「より良い法務の未来」に向かう1つの動きであるということはいえると考えます。
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リーガルテック(LegalTech)とはLegal(法)とTechnology(技術)を組み合わせた造語であり、「法律サービスの利便性を向上させるために開発されたIT製品やサービス」などと定義されることが多い。また、海外ではローテック(LawTech)と表現されることもある(ただし、話者によってLegalTechとLawTechを区別している場合もある)。 ↩︎
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Thomson Reuters「Alternative Legal Service Providers 2019」7〜8頁。 ↩︎
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LawSites「Tech Competence」 ↩︎
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The State Bar of California「Board of Trustees Accepts Final Report from Legal Tech Task Force; Approves Access and Diversity Initiatives」(2020年3月13日) ↩︎
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「Alternative business structures」(Legal Services Act 2007 Part 5) ↩︎
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弁護士法72条(非弁護士の法律事務の取扱い等の禁止)「弁護士又は弁護士法人でない者は、報酬を得る目的で訴訟事件、非訟事件及び審査請求、再調査の請求、再審査請求等行政庁に対する不服申立事件その他一般の法律事件に関して鑑定、代理、仲裁若しくは和解その他の法律事務を取り扱い、又はこれらの周旋をすることを業とすることができない。ただし、この法律又は他の法律に別段の定めがある場合は、この限りでない。」 ↩︎
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リーガルテックに関する弁護士法上の論点を考察したものとして、松尾剛行「リーガルテックと弁護士法に関する考察(「情報ネットワーク・ローレビュー」18巻)」(情報ネットワーク法学会、2019)1頁。 ↩︎
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日本弁護士連合会調査室編著「条解弁護士法〔第5版〕」(弘文堂、2019)654頁。 ↩︎
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株式会社矢野経済研究所「2019リーガルテックウォッチ」(2019) ↩︎
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Business Law Journal 2020年3月号「2020 法務の重要課題 Section 4 『リーガルテック導入の検討状況』」(レクシスネクシス・ジャパン、2020)27頁。 ↩︎
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国土交通省「重要事項説明書等の電磁的方法による交付に係る社会実験(令和元年度~)」(令和元年7月、令和元年10月最終更新、令和2年3月19日最終閲覧) ↩︎
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Business Law Journal 2020年3月号・前掲注10)24頁。 ↩︎
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経済産業省「国際競争力強化に向けた日本企業の法務機能の在り方研究会報告書を取りまとめました」(2019年11月19日、2020年3月24日最終閲覧) ↩︎
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経済産業省「国際競争力強化に向けた日本企業の法務機能の在り方研究会報告書~令和時代に必要な法務機能・法務人材とは~」23頁。 ↩︎
シリーズ一覧全11件
- 第1回 スタートアップ法務の2020年のトレンド
- 第2回 働き方改革の「実」が問われる1年に、パワハラ対策にも本腰を
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- 第4回 変わる著作権法、2020年の企業法務に求められる5つのこと
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