展望 2020年の企業法務
第3回 特許・意匠・不正競争防止法を中心とした改正の影響
知的財産権・エンタメ
シリーズ一覧全11件
- 第1回 スタートアップ法務の2020年のトレンド
- 第2回 働き方改革の「実」が問われる1年に、パワハラ対策にも本腰を
- 第3回 特許・意匠・不正競争防止法を中心とした改正の影響
- 第4回 変わる著作権法、2020年の企業法務に求められる5つのこと
- 第5回 知財調停を活用するポイントと知財経営を実践するヒント
- 第6回 プラットフォーム事業者に対する独占禁止法による規制
- 第7回 SDGsと企業法務 「人権」に対するコミットメントが重みを増す1年に
- 第8回 会社法改正の成立と株主総会実務への影響
- 第9回 個人情報保護法改正の動向と、企業の実務に与える影響に注目を - 情報・セキュリティ分野(前編)
- 第10回 法制の動向を見据え、社内で収集・蓄積されているデータの棚卸しを - 情報・セキュリティ分野(後編)
- 第11回 リーガルテックの現状と法務人材のスキル・働き方・キャリア
目次
2020年は、2019年に改正された意匠法、特許法の施行が予定されており、企業内では対応の準備が求められます。また、昨年開始された裁判所による知財調停、改正不正競争防止法の施行が実務にどのような影響を及ぼすか注目されます。
さらに、クローズ戦略とオープン戦略の選択など、知財の活用方法を経営戦略に一体化させて検討する必要性が高まっていくことが予想されており、IPランドスケープや経営デザインシートといったツールの活用も重要と言えます。
本稿では上記のトピックスを2回にわたって概観し、企業に求められる対応を解説します。
2019年改正意匠法の影響
2019年5月17日に公布された「特許法等の一部を改正する法律」により、意匠法も改正されます。本改正は、特許庁が推進する「デザイン経営」(デザインを企業価値向上のための重要な経営資源として活用する経営)の考え方も踏まえ、デジタル技術を活用したデザイン、一貫したデザインコンセプトに基づくデザイン開発等を保護し、取得した意匠権の保護を強化するため、意匠制度を広く見直すものです。改正法は、2020年4月1日に施行されます(物品区分表の廃止等、本稿で触れない一部の改正事項を除く)。
本改正の内容は多岐にわたりますが、重要なのは、保護対象の拡大、関連意匠制度の見直し、意匠権存続期間の変更です。
保護対象の拡大
本改正では、意匠登録の要件から、いわゆる「物品性」(意匠として保護されるためには、有体物である動産と一体のものであること)が撤廃されます。その結果、機能に関わる画像は、物品に記録・表示されていなくとも意匠として保護されるようになります(ネットワークを通じて表示される画像等=たとえばクラウド利用のソフトウェアの画面デザインなども含まれます)。システムベンダーやインターネット関連企業は、自社製品の権利化の機会が拡大すると予想されます。
また、建築物(不動産)の外観・内装は、従前、不正競争防止法等により保護されてきましたが、今後は意匠として保護されるようになります。飲食業や小売業は、店舗インテリア等について権利化の機会が拡大すると予想されます。ただし、「内装全体として統一的な美感を起こさせる」ものであることが必要です。
それぞれの具体的な登録要件については、現在改訂作業中の意匠審査基準を確認する必要があります。本改正によるクリアランス調査の負担増も懸念されていますが、この点についても、改訂後の意匠審査基準を踏まえ、調査範囲を判断することになると考えられます。
関連意匠制度の見直し
意匠法は、関連意匠という意匠の登録を認めています。関連意匠とは、同一出願人によるバリエーションの意匠群を保護するため、類似関係にある意匠のうちの1つを本意匠とし、その他をその関連意匠として、意匠登録を受けることができる制度をいいます。
この関連意匠の出願可能期間は、従前「本意匠の意匠公報の発行日前まで」(実務上、8か月程度)とされていましたが、本改正により、「本意匠の出願日から10年を経過する日前まで」に大幅延長されるとともに、関連意匠にのみ類似する意匠も意匠登録を受けられるようになります。
本改正の契機となった意匠制度小委員会(産業構造審議会)における議論では、自動車メーカーにおいて、デザインスタディモデルの発表から最新量産モデルの発表までに8年以上が経過し、その間に様々なデザインが開発された例が報告されました。自動車に限らず、ノートパソコン、スマートフォンをはじめ、自社の人気商品をシリーズ化している企業は、一連の商品について漏れなく意匠登録を受ける道が開けます。
意匠権存続期間の変更
従前、意匠権の存続期間は「設定登録日から20年」とされていましたが、本改正施行日以後の意匠登録出願においては、「意匠登録出願日から25年」となります。意匠登録出願の審査期間(出願から審査結果の最初の通知が発送されるまでの期間)は、2018年で6.1か月にすぎないため、実質的には、本改正により存続期間が大幅に延長されるといえます(参考:特許行政年次報告書2019年版〈統計・資料編〉)。
意匠権活用への期待
本改正の内容としては、ほかにも間接侵害規定を特許法と同レベルに拡充するもの等があります。このように、本改正は、意匠権の権利化と権利行使の両面から意匠制度を強化するものであり、企業においては、積極的に意匠登録出願をし、取得した意匠権を有効に活用していくことが期待されます。
(執筆:溝上 武尊弁護士)
2019年特許法改正の影響
2019年5月17日に公布された「特許法等の一部を改正する法律」により、①特許権侵害時の損害賠償額算定方法の見直しがなされるとともに(実用新案法・意匠法・商標法においても同様の改正が実施されます)、②裁判所が指定した専門家(査証人)が現地調査等を行う査証制度が創設されました。①は2020年4月1日に施行され、②は2020年11月16日までに施行されることになっています。
損害賠償額算定方法の見直し
(1)算定方法見直しの経緯
現行の特許法では、損害額を推定する規定等が設けられていますが、侵害品の譲渡数量による損害算定では、権利者側の実施能力を超える部分および権利者が販売することができないとする事情(侵害者の営業努力等)があるとして賠償が否定された部分は実施料相当額を含めて損害賠償が否定されていました。
今回の特許法改正では、権利者側の実施能力を超える部分または上記事情があるとして賠償が否定された部分は、侵害者側に実施権を付与したものとみなし、実施料相当額(ライセンス料相当額)の損害賠償を請求できることになりました。
(2)実施料相当額の算定
平時のライセンス契約では、権利者側は、相手方の選択を含めて許諾の是非の判断が可能ですが、特許権侵害訴訟では、すでに侵害行為が行われており、権利者側の選択・判断の機会が奪われたことになります。
そこで、実施料相当額を損害額として認定する際には、侵害があったことを前提に対価(平時のライセンス契約より高い金額)を考慮できるものとされました。
(3)企業としての対応
大規模な生産設備や販路を有しない中小企業等においては、自らの実施能力を超える部分や侵害者の営業努力等に起因する部分も損害賠償の請求が可能となるため、損害回復の機会が拡大することが期待されます。
もっとも、裁判所が参考とし得るライセンス料相場に関する情報は十分であるとはいえず、ライセンス料(金額・料率)の立証が課題となります。
査証制度の創設
(1)査証制度導入の経緯
特許侵害訴訟では、権利者側が侵害を立証する必要がありますが、侵害の有無や内容等に関する証拠の多くは被疑侵害者側が所持・管理しています。また、実務上文書提出命令の発令率は非常に低く、証拠保全を含め、これまでの証拠収集手続では侵害行為の立証が困難なケースが少なくありませんでした。
「査証制度」では、裁判所が指定した専門家(査証人)が被疑侵害者の工場等に立ち入り、書類や装置の確認、作動等を行うことが可能になります。
(2)査証命令の要件
裁判所は、査証申立てに対し、必要性・蓋然性・補充性・相当性の要件をすべて満たす場合に限り、査証命令を発令することができます。また、特許権等侵害訴訟提起後、相手方が書類等を所持・管理している場合に限られます。運用の詳細はまだ明らかではありませんが、これらの要件をすべて充足するには、実質的な立証が相当程度なされている必要があると思われます。
(3)企業としての対応
現時点では、裁判所がどのような頻度で査証命令を発令するのか、実際の査証制度の運用など、不確定な部分が少なくありません。しかし、裁判所が積極的に運用するのであれば、権利者側の場合には、これまで立証困難だったケースにおいても、査証制度を通じて、立証可能となることが期待できます。特に、発明の構成の一部に立証が困難な組成物や生産プロセスが含まれるような特許権についても、それ以外の部分が立証でき、かつ、技術常識に照らして、発明の組成物や生産プロセスが用いられている蓋然性が高いといった場合には、制度が有効に機能する可能性があります。こういった立証を想定したクレームドラフティングも検討する余地があると思われます。
他方、これまでノウハウとして秘匿していた技術情報等についても、自己・自社が被疑侵害者となるケースをも想定して、適宜特許化するなど、出願戦略や知財戦略のあり方を再度検討する必要があるでしょう。
(執筆:平野 潤弁護士)
データ取引における「限定提供データ」の意義と展望(改正不正競争防止法の影響)
2018年5月30日に公布された「不正競争防止法等の一部を改正する法律」により改正された不正競争防止法が、2019年7月1日に施行されました。
本改正では、データの利活用を促進することを目的として、「限定提供データ」保護制度が新設され、これを受けて、2019年1月23日には、同制度の内容の明確化を図るために「限定提供データに関する指針」が公表されています。
「限定提供データ」保護制度の概要
従前、不正競争防止法では、企業内で秘匿しておきたい情報は、秘密管理性、有用性および非公知性が認められることを条件に、「営業秘密」(不正競争防止法2条6項)として保護を受けることができました。
これに対して、近年では、AI 等の情報技術の発展により、新しい事業や高い付加価値を生み出す源泉として、ビッグデータの価値が注目されています。このようなデータは、その利活用のために、商品として広く提供されることや、一定のグループメンバー内で共有されることが想定されます。そのため、このようなデータは、企業内で秘匿することを前提とする「営業秘密」とは異なり、特に、データ保有者に秘密管理意思がなく、それゆえに秘密管理性を欠くとして、「営業秘密」として保護されないおそれがあります。
そこで、今般の不正競争防止法の改正では、このようなデータのうち、限定提供性、相当蓄積性および電磁的管理性が認められるものを、「限定提供データ」として保護することとしました(定義につき不正競争防止法2条7項、不正競争行為につき同法2条1項11号~16号)。
想定される「限定提供データ」の具体例
前述のとおり、「限定提供データ」とは、限定提供性、相当蓄積性および電磁的管理性が認められる技術上または営業上の情報をいいます(不正競争防止法2条7項)。
そして、「不正競争防止法平成30年改正の概要(限定提供データ、技術的制限手段等)」7頁では、「第三者提供禁止などの一定の条件の下で、データ保有者が、できるだけ多くの者に提供するために電磁的管理(ID・パスワード)を施して、提供するデータ」を「限定提供データ」の具体例としたうえで、より詳細な例として下記のようなデータを列挙しています。
外部提供用 データ |
提供者 | 利用方法 |
---|---|---|
機械稼働データ (船舶のエンジン稼働データ等) |
データ分析事業者 (船会社、造船メーカー等からデータを収集) |
データ分析事業者が、船舶から収集されるリアルデータを収集、分析、加工したものを造船所、船舶機器メーカー、気象会社、保険会社等に提供。提供を受けた事業者は、造船技術向上、保守点検、新たなビジネス等に役立てている。 |
車両の走行データ | 自動車メーカー | 自動車メーカーが、災害時に車両の走行データを公共機関に提供。公共機関は、道路状況把握等に役立てている。 |
消費動向データ (小売販売等のPOS加工データ等) |
調査会社 | 消費者データの収集・分析する企業が、購買データや小売店からのPOSデータを加工したものを各メーカーに提供。各メーカーは、商品開発や販売戦略に役立てている。 |
人流データ (外国人観光客、イベント等) |
携帯電話会社 | 携帯電話会社が、携帯電話の位置情報データを収集した人流データをイベント会社、自治体、小売等に提供。提供を受けた事業者等は、イベントの際の交通渋滞緩和や、外国人向けの観光ビジネス等に役立てている。 |
裁判の判例データベース | 法律情報提供事業者 | 判例データベース提供事業者が、自社で編集を加えた判例データベースを研究者や学生に提供。研究者や学生は、研究活動等に利用している。 |
活用上の課題
上記のとおり、「限定提供データ」は、事業活動等における価値が認められる一方で、「営業秘密」としては保護できないデータを保護することを目的としています。
しかし、「限定提供データ」の内容を解説した前記指針は、あくまでも経済産業省の見解ですので、裁判上「限定提供データ」として保護される範囲につき不明確な点が残ることに加え、次のような点で「営業秘密」と比較して保護が弱いことが指摘されています。
- 転得類型(取得時悪意類型につき不正競争防止法2条1項12号および15号、取得後悪意類型につき同条項13号および16号)において、悪意の転得者のみが規制対象とされ、重過失のある転得者が規制対象とされていないこと
- 取得後悪意類型において、悪意となった後の使用が、限定提供データを取得した取引において使用を許された範囲内か範囲外かを問わず、禁止されないこと(不正競争防止法2条1項項13号および16号が「使用」を対象としていないこと)
- 限定提供データの不正使用により生じた物の譲渡等が、規制対象外であること(限定提供データにつき不正競争防止法2条1項10号に相当する定めが存在しないこと)
実務上の対応
以上のような課題を踏まえると、従前より社内で「営業秘密」として保護を受けられるよう秘密管理されていたデータについては、その後の変化により「営業秘密」ではなく「限定提供データ」に該当する可能性が生じたとしても、なるべく従前どおりの秘密管理を継続する方が、実務上は実効的な保護を受けられる可能性が高いと考えられます。
とはいえ、施行後の運用状況に応じて不正競争防止法が段階的に改正されていく可能性もあり、また「限定提供データ」に関する実務上の事例の集積が進めば予測可能性の向上が期待できることから、本年も、その動向が注目されます。
(執筆:増田 昂治弁護士)
次回は2019年から運用が開始された知財仲裁の概要と活用のポイント、近年注目を集める知財経営を実践するためのヒントを解説します。
シリーズ一覧全11件
- 第1回 スタートアップ法務の2020年のトレンド
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