メタバースと法

第3回 メタバースをめぐる米国の動向 – 管轄、準拠法、著作権侵害訴訟など

知的財産権・エンタメ
Stuart Irvin Covington & Burling LLP Phillip Hill Covington & Burling LLP Emily Pehrsson Covington & Burling LLP

目次

  1. メタバースをめぐる近年の動向
    1. メタバース経済の成長性
    2. 法律家に求められる視点
  2. メタバースに関する裁判管轄、準拠法
    1. 従来にはない法規制が制定・適用される可能性
    2. 管轄権に関する裁判例
  3. 知的財産権に関して生じ得る課題
  4. 著作権法上の検討事項
    1. 現実世界の再現と著作権をめぐる問題
    2. サービスプロバイダーの法的責任、免責の要件

 本連載は、メタバースに関係するさまざまな法分野を概観し、メタバースをめぐる法的課題を多角的に検討することを目的としています。ここからは2回にわたり、メタバースの到来とともに米国で生じる可能性のある法的問題について、初期的な考察を行います 1。本稿では、メタバースと米国の司法権や知的財産権(主に著作権)に関わる問題について扱います。

なお、本記事は、Covington & Burling LLPの弁護士らが英語で執筆した原稿に基づき、アンダーソン・毛利・友常法律事務所の弁護士にて日本語に翻訳・編集して作成されたものです。

メタバースをめぐる近年の動向

メタバース経済の成長性

 2021年10月、Facebook, Inc.は社名をMeta Platforms, Inc.に変更したと発表し、一夜にしてメタバースの概念が、ベンチャーキャピタリスト、学者、技術開発者、弁護士らの間で強い関心の的となりました。また、Epic Games, Inc.の最高経営責任者を務めるTim Sweeney氏が、メタバースを含むデジタル経済が最終的には数兆ドル規模に成長する可能性があると述べるなど 2、多くの関係者がメタバースの将来性に期待を寄せています 3

 一方で、2023年、主要なメタバース関連企業の株価の下落とともに、メタバースへの世間の関心も冷え込みを見せました。しかし、特定の銘柄の株価パフォーマンスは長期的なメタバースの未来を予言するものではなく、また、開発されている技術やその背後にある社会的勢力がなくなったわけでもありません。メタバースプラットフォームが消滅することはないと思われ、むしろ、段階的に進化する可能性が高いといえます。
 人々は、マススケールでレンダリングされる仮想の三次元空間の中でより多くの時間を費やすようになるでしょう。これは、OpenAI最高経営責任者のSam Altman氏の頭脳から生まれたChatGPTのようなものではなく、どちらかというと、PCやインターネット、モバイル端末をもたらしたソフトウェア・ハードウェア・ネットワークの漸進的な開発と展開のようなものになると思われます。

法律家に求められる視点

 そうした中、法律家に問われるのは、将来のメタバースが規制、税金、知的財産、保険にどのように影響するかを見極めることです。とはいえ、メタバースには多くの異なるビジョンがあるため 4、この見極めは決して容易ではありません。
 今後、メタバースにはどのような法が適用されることになるでしょうか。たとえば、米国弁護士が中心となって開発した「click-and-accept」の契約法概念は、中国やその他の国のために設計されたメタバースプラットフォームにも適用されるのでしょうか。このような大局的な問いに対する答えは、連邦レベルでも州レベルでも、米国法の形に劇的な影響を与えることになるでしょう。

 現時点ではっきりしているのは、一部のメタバース体験は、オンラインゲームのプラットフォーム上に構築され、ゲーム開発エンジンを使用するということです。したがって、米国の弁護士が過去30年にわたってゲーム開発者に助言する際に培ってきた業界および法律の専門知識は、メタバースにおいても役立つはずです。

メタバースに関する裁判管轄、準拠法

 米国は、国家レベルの連邦政府と、50の独立した州政府という複数管轄権を有する国家です。管轄権の問題はしばしば生じ、それらの点に関する判例法は詳細で、慎重に形成され、かつ複雑です。
 メタバースは、「インターネット上に構築され、多くのユーザーが同時に参加し、相互にコミュニケーションができる仮想の三次元空間」をいいますが(詳細は本連載第1回参照)、これまでのインターネット上のサービスには見られなかった形で、管轄に関する問題が生じる可能性があります

従来にはない法規制が制定・適用される可能性

 メタバースには、世界中の企業、施設、ユーザーが関わります。それ自体は新しいことではなく、インターネットも同様です。しかし、インターネットは最初に米国で開発され、当初から米国法に服していました。これとは対照的に、メタバースは世界中で開発されており、特に中国版は将来の世界的なメタバースプラットフォームの一角を占める(あるいは席巻する)ことも想定されます。
 そのような状況の下、たとえば、中国のメタバースプラットフォーム上で、米国のアバターが日本のアバターに対して犯罪行為を行った場合に、どの国の法が適用されるでしょうか。
 インターネット関連の紛争が商業的な性質を持つ場合、米国の裁判所は通常、米国の法規制(連邦法、州法)のうちのいずれを適用すべきかを判断しようとします。しかし、メタバースに関しては、欧州連合の法と同様に、将来的には、条約によって形成される独自の一連の商取引法や刑事法が新たに制定され、それらが適用される可能性もあります。あるいは、宇宙空間に適用される法と同様に、あらゆる国内法を超越したメタバースのための特別の法制度ができるかもしれません。言い換えれば、メタバースには、現存するどの州法や連邦法にも従わない新しい法制度ができる可能性も否定はできません

管轄権に関する裁判例

 ただし、将来的にそのような新しい法制度が整備されるとしても、それまでの間、米国の裁判所は、他の文脈で開発された抵触法や管轄権に関するルールを引き続き適用することになります。そうなると、インターネット上のサービスをめぐる管轄権に関する最近の裁判例が参考になるでしょう。
 最近の裁判例としては、たとえば以下のようなものがあります。

【米国の管轄権が認められた例】
日本のアダルトエンターテインメント企業が、香港のビデオホスティングサイトの所有者に対して、著作権で保護されたアダルトビデオを無許可で表示したとして起こした著作権侵害訴訟において、米国連邦控訴裁判所は、米国に管轄権があることを認めました 5。このケースでは、当該サイトのトラフィックのうち米国の視聴者はたった4.6%でしたが、当該サイトのホストが米国ユタ州に所在していたため、米国内でのロード時間が短縮され、ウェブページは米国法への準拠に言及していました。

【米国の管轄権が否定された例】
米国の楽曲保有者が、音楽ストリーミングプラットフォームおよびYouTubeの音楽チャンネルを運営していた韓国のエンターテインメント企業に対して起こした著作権侵害訴訟において、裁判所は、米国の管轄権を否定する判断をしました 6。このケースでは、被告らは韓国の銀行カードや電話番号を持たないユーザーを排除するためのジオブロック(地域制限)措置を講じており、また、ストリーミングプラットフォームの英語版は開発せず、米国の商標を申請せず、米国の広告収入も得ていませんでした。

 メタバースプラットフォームにコンテンツを提供する日本企業は、米国の裁判所の管轄下に置かれるリスクを最小限に抑えたいと考えることもあるでしょう。また、ブランド化されたコンテンツを保有する日本企業にとっても、メタバースに関する新たなルール策定の可能性は歓迎すべきものといえるかもしれません。

知的財産権に関して生じ得る課題

 近時のゲームに関する動向を踏まえると、メタバースの到来により、バーチャルグッズの需要が大幅に増加していくことが予想されます。メタバースのユーザーは、自身のアバターに、ネオングリーンのメルセデス・マイバッハや、デジタルツインのワイキキビーチにある豪華なビーチフロントハウスを所有させたり、最新のイッセイ・ミヤケのデジタル衣装を着せたりすることを望むかもしれません。また、トラヴィス・スコットやアリアナ・グランデのコンサートのようなバーチャル体験を求めるかもしれません。これらはすべて、米国の知的財産法で保護されるコンテンツを使用する可能性があります。

 問題を複雑にしているのは、メタバースが分散化されてオープンなものになるのか、それともゲートキーパーとして機能する特定の企業(中央集権機関)によって運営・管理されるのかが明らかでない点です。分散化された環境では、著作権や商標のルールを執行する「責任者」がいない可能性があるため、オープンなメタバースは、コンプライアンスと執行の観点から多くの重要な課題を提起します。
 仮に、分散型自律組織(DAO:Decentralized Autonomous Organization)が運用するメタバースプラットフォームにおいて著作権侵害コンテンツを見つけた場合、当該コンテンツの削除通知をどのように送信すればよいでしょうか。DAOには中央集権機関がなく、トークン所有者の間で権限が分散されているため、誰が削除通知を受け取り、それに対して誰が対応する権限を持つことになるのかは必ずしも明確ではありません。

 いずれにせよ、メタバースが分散化されたものとなるか中央集権的なものになるかにかかわらず、バーチャルグッズ・体験のサービス拡大に伴い、知的財産法との関係で以下のような課題が生じることになると予想されます。

  • 著作権侵害行為の主体である匿名ユーザーの調査と正体解明
  • セーフハーバー(免責)を得るための通知・削除システムの構築(詳細は4-2を参照)
  • デジタルの模倣品の取締り など

著作権法上の検討事項

 米国の著作権法は、連邦裁判所によって解釈・適用される連邦法に準拠します。著作権法は、小説、音楽、映画、架空のキャラクターなど、オリジナルの著作物を保護します。著作権に基づく請求は、フェアユースを含むさまざまな防御手段の対象となります。

 メタバースに特化した著作権に関する法や規制等はありませんが、2003年にオンラインプラットフォームSecond Lifeが登場し、ユーザー生成コンテンツ(UGC:User Generated Content)に関する削除・差止め・損害賠償請求などのさまざまな請求や法的紛争が生じました 7。この種の請求は、従来型のゲームにおいてもしばしば問題になる点です。

現実世界の再現と著作権をめぐる問題

 近年のゲームでは、現実世界の商品や人、建物、その他の有形のアイテムを再現してゲーム内で使用できるようにしたものが見られるようになりました。現実世界のコンテンツをゲームに持ち込むこれらの試みは、著作権侵害のクレームにつながる可能性があります。近年、ゲームの開発者が、こうした侵害クレームへの防御に成功するケースも見られます。

(1)「フォートナイト」のダンスエモート

 ゲーム内のコンテンツが問題になった事例の1つとして、Epic Games, Inc.が販売・配信するゲーム「フォートナイト」のダンスエモートが挙げられます。「エモート(emotes)」とは、1〜2秒程度のダンスの動きなど、アバターが実行できる短いアクションです。ダンスの振付けは著作権のある作品の一種であり、フォートナイト中で使用されているダンスエモートについて振付師等が著作権侵害を理由にEpic Games, Inc.を訴えましたが、最近の裁判ではその訴えが初期段階で棄却されました 8

※振付師のKyle Hanagami氏は、自身が考案したダンスの振付けがフォートナイトの中で無断で使用されているとして、Epic Games, Inc.を提訴しました。実際のダンスの動きとエモートを比較したビデオは、YouTube動画で見ることができます。

(2)「NBA 2 K」「WWE 2 K」キャラクターのタトゥー

 このほか、ゲーム中のキャラクターのタトゥーのデザインが問題となった事例もあります。「NBA 2 K」「WWE 2 K」は、それぞれプロバスケットボールとレスリングをリアルに再現したゲームで、レブロン・ジェームズのような実在するプロスポーツ選手をキャラクターとして選んでプレイすることができます。これらのキャラクター描写は、しばしばタトゥーのような細かい部分にまで及びますが、タトゥーは著作権で保護される視覚芸術作品の一種です。タトゥー・アーティストが上記ゲームの制作会社を著作権侵害で訴えた事件において、ニューヨークの連邦裁判所は、そのようなタトゥーのゲーム内での使用はほとんど認識できず、市場慣行に基づき黙示的にライセンスされていると判断しました 9

 他方、最近では、WFE 2 Kのキャラクターのタトゥーに関する同様の訴訟が、イリノイ州の連邦裁判所の陪審員により審理され、フェアユースを否定して著作権侵害を認め、ゲームの制作会社に3,750ドルの損害賠償を命じました 10

Take-Two Tattoo Trial Begins: What You Need to Know

出所:Aaron Moss, “Take-Two Tattoo Trial Begins: What You Need to Know”, Copyright Lately, 26 Sep 2022.

 これらの事例は、メタバースで使用されるコンテンツの権利クリアランスが、他の形態のデジタル配信の権利クリアランスよりもはるかに困難であることを示唆しています。

サービスプロバイダーの法的責任、免責の要件

 インターネット上のサービスにおいて、ユーザーが著作権侵害行為をした場合、一義的に責任を負うのは当該ユーザーですが、状況によっては、サービスプロバイダーが二次的な責任を負うことがあります。この二次的責任は、①サービスプロバイダーがユーザーの権利侵害行為を認識しており、それに実質的に寄与している場合、または②サービスプロバイダーが権利侵害を管理する権利・能力を有し、かつ、金銭的利益を有している場合に適用されます。

 これに関して、米国のデジタルミレニアム著作権法(DMCA:Digital Millennium Copyright Act)には、著作権の侵害可能性のあるコンテンツをユーザーの指示に従って受動的にホストまたは送信するサービスプロバイダーに対する二次的責任の免責(セーフハーバー)規定があります。免責が認められる要件としては、たとえば、以下のようなものがあります。

  • サービスプロバイダーが、ユーザーの繰り返しの侵害行為を適切に終了させるためのポリシーを採用していること
  • 定めたポリシーを合理的に実施してユーザーに通知すること
  • 十分な通知をした後に侵害コンテンツへのアクセスを迅速に削除・無効にすること

 メタバースビジネスに関わる企業もまた、既存のインターネット上のサービスと同様の二次的責任を負う可能性があると認識し、それを踏まえて、ユーザーによる権利侵害行為への対応を慎重に検討する必要があるでしょう。企業がDMCA上のセーフハーバーの恩恵を受けたい場合には、法律上の要件を慎重に検討し、それを遵守する必要があります。また、DMCA準拠のシステムを実装するには、Notice-and-takedownシステムの実装などの構造的な計画が必要になるでしょう。このような考慮事項は、コーディングやユーザーエクスペリエンスにも影響を与え得るものです。


  1. メタバースに関わる法は発展途上にあり、本稿は、2023年8月時点の情報に基づくものです。 ↩︎

  2. Epic Games CEO Tim Sweeney Talks the Metaverse Crypto and Antitrust”, FASTCOMPANY, 25 Mar 2022. ↩︎

  3. 半導体メーカーNVIDIA Corporationの最高経営責任者であるJensen Huang氏は、メタバースが「現在の経済よりも大きな新しい経済になる」と予測しています(Beth Kindig, “The Key to Unlocking the Metaverse is Nvidia’s Omniverse”, Forbes, 2 Sep 2021.)。また、Citibankのアナリストは、メタバース経済は2030年までに8兆〜13兆ドル規模になる可能性を秘めていると述べています(Chris Morris, “Citi says metaverse economy could be worth $13 trillion by 2030”, FORTUNE, 1 Apr 2022.)。 ↩︎

  4. たとえば、メタバースはオープンスタンダードとオープンプロトコルの基盤の上に構築されるのか、それともゲートキーパーやクローズドなプラットフォームになるのか、といった問題があります。 ↩︎

  5. Will Co.Ltd.v.Ka Yeung Lee, et al., No.21-35617, 31 Aug 2022. ↩︎

  6. Lee v.TV Chosun Corp, et al., No.2-22-cv-00933-DSF-KS (C.D. Cal.), 19 Sep 2022. ↩︎

  7. Mike Masnick, “Second Life Dragged into legal dispute over copied Virtual Horses and Virtual Bunnies”, Techdirt, 6 Jan 2011. “Second Life Copyright Infringement Claim Heads To Court”, Techdirt, 4 Jun 2007. Mike Masnick, “Linden Lab Sued Over Copied Virtual Goods”, Techdirt, 18 Sep 2009. ↩︎

  8. Hanagami v.Epic Games Inc.2:22 cv-02063(C.D.Cal.2022年8月24日)。その判決は現在控訴中です。実際のダンスの動きとエモートを比較したビデオは、YouTube動画で見ることができます。 ↩︎

  9. Eriq Gardner, “'NBA 2K' Publisher Beats Copyright Over LeBron James’Tattoos“, The Hollywood Reporter, 26 Mar 2020. ↩︎

  10. Alexander v. Take-Two Interactive Software, Inc. et al., 3:18-cv-00966 (S.D. Ill.), Dkt. 298. ↩︎

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