カスハラ対策が義務化!令和7年労働施策総合推進法改正の概要と企業への影響

人事労務 更新
嶋村 直登弁護士 森・濱田松本法律事務所外国法共同事業 井村 俊介弁護士 森・濱田松本法律事務所外国法共同事業

目次

  1. カスハラ対策義務化の背景
  2. カスハラ対策法の内容
    1. 主な規定事項
    2. カスハラの定義
    3. 「雇用管理上の措置義務」とは
  3. 今後のスケジュール
    1. 施行日
    2. 想定される指針の内容
    3. 特定受託事業者に対する施策
  4. 企業に求められる対応

 2025年6月4日に、カスハラ対策を雇用主に義務付ける法律 1 が国会にて可決・成立しました。

 同法は、労働施策総合推進法 2 を改正して、カスハラ対策を事業主の「雇用管理上の措置義務」とすることを主な内容とするものです。労働者が1人でもいれば、事業主に該当すると考えられます。この義務に違反した事業主は、報告徴求命令、助言、指導、勧告または公表の対象となるため、事業主は、施行日(早ければ2026年10月頃)までに対応必須といえます。

 本稿では、改正の概要およびそれに伴い企業が講ずべき措置の内容について解説します 3

カスハラ対策義務化の背景

 カスタマーハラスメント(カスハラ)は、昨今、大きな社会問題となっています。 顧客等によるカスハラ行為は、その態様により、暴行、傷害、脅迫、強要、名誉毀損、侮辱、業務妨害、不退去などについては、刑法や軽犯罪法等で規制されています。他方で、刑罰法規に触れない程度の迷惑な言動や過度な要求に対する法的な規制や、横断的にカスハラの問題に焦点を当てた法的な規制はありません。また、2024年10月4日に制定された東京都・カスタマー・ハラスメント防止条例」(以下「東京都カスハラ防止条例」といいます)以外に、防止策を義務付ける直接的な規定もないのが現状です。

 こうした状況を踏まえ、労働者の就業環境の整備を主な目的として、労働施策総合推進法の改正の議論が進み、2025年6月4日に、労働施策総合推進法等の一部を改正する法律(以下「カスハラ対策法」といいます)が参議院本会議で可決・成立しました。
 国会で審議されていた法案の資料は以下のとおりであり、国会での審理中に一部修正がされています 4

法律案名 資料
労働施策の総合的な推進並びに労働者の雇用の安定及び職業生活の充実等に関する法律等の一部を改正する法律案

※本稿では「カスハラ対策法」と略記

カスハラ対策法の内容

 カスハラ対策法は、既存の労働施策総合推進法を改正して、カスハラ対策を事業主の「雇用管理上の措置義務」とすることを主な内容とし、ほかに労働者・顧客等の努力義務、国が定めるべき指針などについて規定するものです。

主な規定事項

 今般のカスハラ対策法では、概要、次の事項が規定されています。

対象 カスハラ対策法の主な規定事項 改正後の労働施策総合推進法の
条文番号
事業主
  • カスハラについて、事業主の「雇用管理上の措置義務」(後記2-3参照)とする
33条1項
  • 労働者がカスハラの相談を行ったことやカスハラの相談への対応に協力した際に事実を述べたことを理由として、当該労働者に対して解雇その他不利益な取扱いをしてはならない
33条2項
  • 他の事業主から必要な協力を求められた場合には協力するよう努力する
33条3項
  • 雇用する労働者の関心と理解を深めるとともに、当該労働者が他の事業主が雇用する労働者に対する言動に必要な注意を払うよう、研修の実施その他の必要な配慮をする
34条2項
  • 国の講ずる広報活動、啓発活動その他の措置に協力する
34条2項
  • カスハラに対する関心と理解を深め、他の事業主が雇用する労働者に対する言動に必要な注意を払うように努める
34条3項
労働者
  • 事業主の「雇用管理上の措置義務」に協力するよう努める
  • カスハラに対する関心と理解を深め、他の事業主が雇用する労働者に対する言動に必要な注意を払うように努める
34条4項
顧客等
  • カスハラに対する関心と理解を深めるとともに、労働者に対する言動が当該労働者の就業環境を害することのないよう、必要な注意を払うように努める
34条5項
  • 厚生労働大臣は、事業主が講ずべき措置等に関して、その適切かつ有効な実施を図るために必要な指針を定める
33条4項
  • 国は、カスハラに対する事業主その他国民一般の関心と理解を深めるため、各事業分野の特性を踏まえつつ、広報活動、啓発活動その他の措置を講ずるように努める
34条1項

カスハラの定義

 カスハラは、カスハラ対策法において以下のように定義されています(改正後の法33条)。

職場において行われる顧客、取引の相手方、施設の利用者その他の当該事業主の行う事業に関係を有する者の言動であって、その雇用する労働者が従事する業務の性質その他の事情に照らして社会通念上許容される範囲を超えたもの(顧客等言動)により当該労働者の就業環境が害されること

 典型的には、まったく欠陥がない商品を新しい商品に交換するよう労働者に要求する、労働者に物を投げつける、唾を吐く、労働者に謝罪の手段として土下座をするよう強要する、労働者に対して必要以上に長時間にわたって厳しい叱責を繰り返すなどの行為がカスハラに該当すると考えられます。
 このほか、カスハラの対象となる行為については、カスハラ対策法の制定後に公表される指針で具体的に示される予定です(後記3-2参照)。

「雇用管理上の措置義務」とは

 事業主の講じるべき「雇用管理上の措置義務」とは、労働者の就業環境がハラスメントによって害されることのないよう、当該労働者からの相談に応じ、適切に対応するために必要な体制の整備、労働者の就業環境を害する当該ハラスメントへの対応の実効性を確保するために必要なその抑止のための措置その他事業主が講ずるべき措置に関する義務をいいます。
 この義務に違反した事業主は、報告徴求命令、助言、指導、勧告または公表の対象となります。

 カスハラ対策法は、現在、雇用管理上の措置義務の対象となっている以下の4種類のハラスメントに、カスハラを加えるものです。

対象 通称 根拠となる法律 指針

① セクシュアルハラスメント

セクハラ 男女雇用機会均等法 5 事業主が職場における性的な言動に起因する問題に関して雇用管理上講ずべき措 置等についての指針

② パワーハラスメント

パワハラ 労働施策総合推進法 事業主が職場における優越的な関係を背景とした言動に起因する問題に関して雇用管理上講ずべき措置等についての指針

③ 妊娠・出産・育児休業等に関するハラスメント

マタハラ、
パタハラ
男女雇用機会均等法
育児・介護休業法 6
事業主が職場における妊娠、出産等に関する言動に起因する問題に関して雇用管理上講ずべき措置等についての指針

④ 介護休業に関するハラスメント

ケアハラ 育児・介護休業法 子の養育又は家族の介護を行い、又は行うこととなる労働者の職業生活と家庭生活との両立が図られるようにするために事業主が講ずべき措置等に関する指針

 また、厚生労働大臣は、法律ごとに、当該措置等に関してその適切かつ有効な実施を図るために必要な指針を定めており、カスハラについても同様の指針が定められることとなっています(後述3-2参照)。

今後のスケジュール

施行日

 カスハラ対策法は、公布日から起算して1年6月以内で政令で定める日に施行される予定となっています。したがって、早ければ、2026年10月頃から施行される可能性があります。

想定される指針の内容

 上述のとおり、カスハラ対策法において、厚生労働大臣は、事業主が講ずべき措置等に関して、その適切かつ有効な実施を図るために必要な指針(以下「指針」といいます)を定めることが規定されており、今後指針が公表されることとなります。

 指針では、カスハラの対象となる行為の具体例やそれに対して事業主が講ずべき措置の内容について明確化される予定です。具体的には、事業主の講ずべき措置として、次の内容を規定することが検討されています 7

  • 事業主の方針等の明確化およびその周知・啓発
  • 相談に応じ、適切に対応するために必要な体制の整備
  • カスハラに係る事後の迅速かつ適切な対応(カスハラの発生を契機として、カスハラの端緒となった商品やサービス、接客の問題点等が把握された場合には、その問題点等そのものの改善を図ることも含む)
  • これらの措置と併せて講ずべき措置

特定受託事業者に対する施策

 カスハラ対策法は、その附則第8条の2において、特定受託事業者(フリーランス法 8 で保護対象となるフリーランス。具体的には、業務委託の相手方である事業者であって従業員を使用しない個人または代表者以外に他の役員や従業員がいない法人)が受けた業務委託に係る業務において行われる顧客、取引の相手方、施設の利用者その他の当該業務に関係を有する者の言動であって、当該従事者の業務の性質その他の事情に照らして社会通念上許容される範囲を超えたものにより当該従事者の就業環境が害されることのないようにするための施策についても検討を加え、必要があると認めるときは、その結果に基づいて所要の措置を講ずるものとするものと規定しています。
 この規定により、将来的にカスハラ対策法は労働者のみならずフリーランスにも拡大適用される可能性があるものと考えられます。

企業に求められる対応

 カスハラ対策法が成立したため、企業は、カスハラ対策をとることが義務付けられることになります。適用対象は「事業主」と広く一般的に規定され、労働者が1人でもいれば、カスハラと無関係な企業はないものと考えられます。特に、一般消費者に対して商品やサービスを提供する(BtoC事業を行う)事業主は、カスハラが生じやすいため注意が必要です。

 もっとも、2025年4月からは、東京都カスハラ防止条例が施行されたこともあり、多くの企業では、既にカスハラ対策を行っていると思います。実際、著者にも企業からセミナーの実施依頼もありました。カスハラ対策法が求める対応は、東京都カスハラ防止条例と重複するところも多いため、まだカスハラ対策に本腰を入れていない企業は、東京都カスハラ防止条例も参考に対策を始めていくことが一案だと考えられます。

 東京都カスハラ防止条例については、著者らの「2025年4月施行!東京都カスハラ防止条例・指針のポイント」をご参照ください。


  1. 正式名称は、「労働施策の総合的な推進並びに労働者の雇用の安定及び職業生活の充実等に関する法律等の一部を改正する法律」。 ↩︎

  2. 正式名称は、「労働施策の総合的な推進並びに労働者の雇用の安定及び職業生活の充実等に関する法律」。本稿では、「労働施策総合推進法」または「法」と略記します。 ↩︎

  3. 本稿の意見に係る部分は著者らの個人的見解であり、著者らの所属する組織の見解を表すものではありません。 ↩︎

  4. 衆議院「第217回国会閣第50号に対する修正案」参照。 ↩︎

  5. 正式名称は、「雇用の分野における男女の均等な機会及び待遇の確保等に関する法律」。 ↩︎

  6. 正式名称は、「育児休業、介護休業等育児又は家族介護を行う労働者の福祉に関する法律」。 ↩︎

  7. 労働政策審議会(雇用環境・均等分科会)第80回(2025年1月24日)の資料によります。 ↩︎

  8. 正式名称は、「特定受託事業者に係る取引の適正化等に関する法律」。 ↩︎

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