法律事務所パラリーガルの英文契約書翻訳ノート

第9回 英文契約書レビューの相談時の条件確認

国際取引・海外進出
山本 志織 弁護士法人瓜生・糸賀法律事務所

目次

  1. ビジネス条件の確認
  2. 法的条件の確認
  3. 契約レビューの醍醐味

当連載では、英文契約における多様な条項を8回にわたり、法律事務所の翻訳者の目線で解説してきました。
企業の法務部や法律事務所は、ビジネス契約のレビューの相談を担当事業部から受けた場合に、事業部にその契約に関わるリスクや問題を気づかせる役割を担うこともあるでしょう。その際に、当該事業部が契約のリスクを負うのか、それとも企業の法務部や法律事務所としてリスクや問題について何らかの軽減策を講ずる手助けをするのか、考える必要があります。

最終回となる今回は、契約レビューの相談を受けた法務部や法律事務所の観点から、ビジネス条件の確認、法的条件の確認、契約レビューの醍醐味について、コラム形式でお届けします。

なお、本稿は、筆者個人の見解であり、筆者の所属する法律事務所の公式の見解ではありません。

ビジネス条件の確認

企業活動における英文契約の役割を考えると、法務部や法律事務所にとって、レビュー時の最初の仕事は、ビジネス条件の確認になるかと思います。特に海外企業との契約締結にあたっては、長く分厚い契約書を提案される例もあり、企業の事業部が理解している条件と一致しているか、逐一確認し、規定することが非常に重要となります。なぜなら、英米法に基づく英文契約では、完全合意条項により契約に規定されていない事項は、契約内容ではないと解釈されるからです(参照:「第7回 英文契約書の分離可能性、完全合意、譲渡禁止」)。

具体的には、企業の事業部の担当者が、相手方企業の担当者とビジネスの打ち合わせや交渉を行い、確認し合ったビジネス条件がすべて見落としなく網羅されており、かつ、記載されている事項が、当事者間のビジネス合意内容を正確に表しているかどうか、検証することです。ビジネス条件を明確かつ正確に英文契約書に落とし込み、両者がいかなる方法で自社の都合に合わせて読んでも、当該ビジネス条件が契約に正確に記述されていると確認することが大切です。

一般的に重要とされるビジネス内容・条件
  • 商品、サービスの特定
  • 商品、サービスの品質・性能と数量
  • 商品、サービスの引渡しまたは提供の時期・期限・期間
  • 取引対象の商品、サービスの対価(価格・サービス料等)とその支払方法
  • 商品、サービスの単価と総額
  • 商品売買ならその引渡し場所と受領地、検査条件
  • 商品売買なら契約不適合品がある場合における救済措置(修理、代替品の供給、損害賠償)等

サービス提供にも似ているが異なるものとして、請負契約があります。完成引渡しが契約の内容となるため、たとえば以下が重要なビジネス条件となります。

請負契約において重要なビジネス条件
  • 完成引渡し時期
  • 契約総額の決め方とその調整(増減)
  • 仕様・内容の変更への対処
  • 完成引渡し遅延の場合の約定損害賠償額

継続的な販売店契約等では、単価の取り決めがあっても、継続反復的な取引の共通条件という性格があり、数量は明確には決まりません。契約書中の記述自体からは全体の総額はわかりませんし、契約期間の記載しかありません。
また、ライセンス契約やフランチャイズ契約等では、ライセンスの対象となる権利、ロイヤルティ額と支払条件・期間等の規定に留意する必要があります。

法的条件の確認

英文契約をレビューする際には、標準的な条項が網羅されているかを確認すべきです。特に長文の契約においては目次(Table of Contents)を設けることもあります。
事業譲渡を目的とする株式譲渡契約や、雇用契約・ライセンス契約・請負契約・プラント契約・販売店契約・合弁事業契約等においても、標準的に網羅すべき条項がおおよそ決まっています。それらの条項が、目の前にある具体的な契約にカバーされているか、また、その意味や趣旨が明確で企業の意図・目的に沿うものであるか、確認する必要があります。

現場のビジネスパーソン同士が契約を確認し内容に満足していても、法務部・知的財産部・弁護士等から見て、英文契約で通常、標準的になくてはならないと考えられる条項が漏れているなど、不十分ではないかという指摘がなされることもあります。

一般条項として標準的に網羅すべき条項
  • 一方当事者の契約違反や破産・倒産等の場合における解除条項
  • 準拠法と紛争解決方法(仲裁、裁判管轄)
  • 通知方法
  • 使用言語(優先言語)
  • 権利不放棄条項
  • 不可抗力条項
  • 完全合意条項と契約変更条項
  • 譲渡禁止条項
  • 分離可能性条項 等

上記の条項は、必ずしもすべての契約に必要というわけではありません。少なくともビジネスパーソンの意図にかかわらず、どのように規定されているか、見落とされて記載されていないということがないか、確認する必要はあるでしょう。

合弁事業契約・事業譲渡契約やプラント契約等、重要かつ複雑な契約では、ビジネスパーソン同士の交渉妥結前に、いずれかの時点で、法務部・弁護士等の専門家の助力・助言、場合によっては交渉参加を求めることが望ましいです。なぜなら、各事業部の日常的・反復的な契約に比べて、異例なリスクが内在していることが多いからです。また、契約交渉にあたるビジネスパーソンの担当期間のみで当該契約の影響が完結せず、その後任者に引き継がれることもあります。
企業にとって、半永続的な影響を持つプロジェクトの契約においては、英文契約で求められる条項・条件を慎重に確認することが大切です。契約レビュー過程で、弁護士意見や意見書を取り付けることが賢明な場合もあります。重要な影響を企業に及ぼす契約を締結する場合には、関連本部・役員等の意見や承認を取り付ける規定を置くことも考えられます。

契約レビューの醍醐味

ビジネス条件・法的条件の確認に加えて、企業が同種類のビジネス契約・取引先・取引先国について蓄積した当該企業独自の経験(特に苦い経験や知見)を踏まえ、契約をレビューすると、紛争の予防に繋がることがあります。また、事業部が描いている事業計画を長期的に見て、当該契約がこれに耐えうるものかどうか、再度確認することも有益です。

また、契約の当初期間の満了時に、次の期間の延長等について、契約上どのように対処するのかといった論点も考えられます。ビジネスパーソンの視点からは、期間満了時に何も特別な契約をあらためて作成する手間をかけずに、一定期間ずつ延長できる自動更新条項を規定するのが望ましいという声も聞きます。しかし契約の自動更新は、慎重に再検討すべきです。
たとえば、契約により取得する販売権が、事業部の中核的な販売商品である場合には、一般的には通用している「当初3年、以降は一方当事者が更新に対する異議を通知しない限り更に3年ずつ自動的に更新される」という旨の自動更新条項では不十分なことがあります。自動更新条項は、ビジネスパーソンの手間を省く目的に照らせば有益ですが、相手方が、契約を更新せずに打ち切りたいと思えば、更新拒絶の通知を行うだけで、打ち切ることが可能だからです。
対応策としては、法務部・弁護士と密接に協力して、長期計画を支えるよう、永続的な更新条項を規定することがあげられます。たとえば、「Right to Renew」(当事者からの一方的な通知により契約を延長・更新できるという権利)を規定する方法を取ることが可能です。こういった規定を設けるには、相手方を納得させるだけのビジネス条件上の譲歩等の契約交渉が必要になります。

ライセンス契約や販売店契約等では、ビジネスの規模にもよりますが、独占的な権利を取得するための最低ロイヤルティ、最低購入数量・金額の約定なども考慮事項となります。長期にわたる最低ロイヤルティ、最低購入金額の約定は、ビジネス条件であるとともに、リーガル面でも重大な条項です。
前述の条件を充たさない場合におけるライセンサー側からの解除権や、守れないライセンシー側からの対処方法をどう規定するかは、法務部と事業部で共同して決めていくものになります。単なる解除も選択肢ではありますが、たとえば、独占的なライセンスを非独占的なライセンスに変更して契約を継続する選択肢をライセンシー側が権利として保有するよう、規定することも可能です。契約レビューの段階で、法務部や弁護士が現場のビジネスに協力する機会があれば、ハイブリッドの解決策や契約条項を編み出すことが可能となります。これが、契約レビューの醍醐味だと思います。

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