法律事務所パラリーガルの英文契約書翻訳ノート

第2回 英文契約書の冒頭の規定、Whereas条項

国際取引・海外進出
山本 志織 弁護士法人瓜生・糸賀法律事務所

目次

  1. 冒頭の規定
  2. Whereas条項

今回は、英文契約の冒頭の規定、Whereas条項について、筆者の法律事務所における翻訳実務経験に基づき、具体的な文例と翻訳例を示しつつ、翻訳にあたって注意すべき点を解説します。

なお、本稿は、筆者個人の見解であり、筆者の所属する法律事務所の公式の見解ではありません。

冒頭の規定

英文契約の冒頭には、典型的には、以下のような規定が置かれます(以下に、英文の文例とその和訳を示します)。

条項例 和訳
This agreement (hereinafter, this “Agreement”) is entered into as of [mm/dd/yyyy] (hereinafter, the “Effective Date”) by and between AAA, a corporation duly incorporated and validly existing under the laws of [  ], with its principal place of business at [  ] (hereinafter, “A”), and BBB, a corporation duly incorporated and validly existing under the laws of [  ] , with its principal place of business at [  ] (hereinafter, “B”). この契約(以下、「本契約」という。)は、 [  ]に主たる営業所を有し、[  ]法に基づき適法に設立され有効に存続する法人であるAAA(以下、「A」という。)、及び[  ]に主たる営業所を有し、[  ]法に基づき適法に設立され有効に存続する法人であるBBB(以下、「B」という。)との間で、◯年◯月◯日(以下、「効力発生日」という。)付けで締結された。

この規定では、State of incorporation(設立準拠法の州)とPrincipal place of business(主たる営業所)の場所の両方を定めています。なぜなら、State of incorporation(設立準拠法の州)とPrincipal place of businessの州とは、異なる場合があるからです。設立準拠法は自由に選択可能であり、主たる営業所の所在地の法に基づく必要はありません。
たとえば、多くの会社はデラウェア州で設立されています。その理由として、デラウェア会社法には会社法関連の判例が積み上げられ、裁判所の予測可能性が高いこと、設立準拠費用が安いこと等があげられます。

なお、Principal place of business(主たる営業所)は、Registered office(登記上の事務所)とは、概念が異なります。同じものを指す場合もありますが、異なるものを指す場合もあるので、翻訳する際には、区別する必要があります。

米国においても、Principal place of businessとRegistered officeは、異なる概念なので、区別して和訳する必要があります。Hertz Corp v. Friend, en al., 559 U.S. 77,130S.Ct.1181 (2010) は、Principal place of business(主たる営業所)を、以下のとおり表現しています。

Principal place of business 主たる営業所
Place where a corporation’s officers direct, control, and coordinate the corporation’s activities. It is the place that Court of Appeals have called the corporation’s “nerve center.” And in practice it should normally be the place where the corporation maintains its headquarters – provided that the headquarters is the actual center of direction, control and coordination, i.e., the “nerve center,” and not simply an office where the corporation holds its board meetings (for example, attended by directors and officers who have traveled there for the occasion). 会社の役員が、当該会社の活動を指示し、コントロールし、調整する場所をいう。控訴裁判所が、会社の「神経の中枢(nerve center)」と呼んでいる場所をいう。実務上は通常、会社が本社を有する場所を指す。ただし、本社が実際に指示・コントロール・調整を行うセンター(すなわち、「神経の中枢」)をいい、単に当該会社が取締役会会議を開催した事務所(たとえば、当該取締役会会議に出席するために取締役や役員が出張して行った事務所)を指さない。

また、米国の州法は、State of incorporationにRegistered officeを置くよう要求しています。米国の会社は、多くの場合、Principal place of businessとHeadquartersは一致しますが、Registered officeは、これとは異なります。米国の大企業の多くは、デラウェア州をState of incorporationとするため、Registered officeもデラウェア州に置く一方で、Headquartersは他州に置いています。

日本においても、登記簿上の本店と主たる営業所は、異なる概念なので、区別して英訳する必要があります。日本法では、「本店の所在地」は定款の絶対的記載事項であり(会社法27条3号参照)、登記簿には「本店の所在場所」を記載する必要があります(会社法911条3項3号参照)。他方、「主たる営業所」とは、事実上、総括的な業務を行っている営業所をいい、本店と主たる営業所は必ずしも同じであるとは限りません。

さらに、会社等のBusiness Entity(事業実体)の形態を和訳する際には、(「株式会社」以外は)通常、片仮名表記で和訳することをおすすめします。日本法上と英米法上の事業実体の形態は性質が異なり、直訳すると事業実体の形態の性質について誤解を招く翻訳になるからです。
たとえば、Limited liability company (LLC)は、「有限責任会社」と和訳するよりも、「リミテッド・ライアビリティ・カンパニー」と片仮名で和訳することをおすすめします。日本の(旧)会社法の下での「有限会社」は法人ですが、米国会社法上のLLCは、Unincorporated associationであって、法人ではないからです。
米国法上のPartnershipも、日本の「組合」とは異なるため、「組合」と和訳するよりも、「パートナーシップ」と片仮名で和訳することをおすすめします。

Whereas条項

「WITNESSETH:」という言葉から始まることも多いWhereas条項は、Recitals(リサイタル条項)とも呼ばれます。日本語では「前文」と呼ばれることも多いです。
Whereas条項は、契約の背景事情や目的について規定するものです。法的拘束力は有しませんが、契約の解釈には影響する場合があるので、注意する必要があります。
これに対し、通常、見出しは契約の解釈に影響を与えません。同趣旨の規定を契約に設けることも多いです。

なお、Whereas条項と完全合意条項 (参照:「第7回 英文契約書の分離可能性、完全合意、譲渡禁止」)との関係については、注意する必要があります。米国契約法に基づく英文契約では、完全合意条項を規定することにより、契約締結前の書面・口頭の外部証拠を契約解釈に利用できないとすることが多いです。ただし、Whereas条項に契約の背景事情や目的を規定することにより、結果的にこれらが契約解釈の際に参考とされたり、契約解釈に影響を有することもあります。

次回は、表明保証(Representations and Warranties)について解説していきます。

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