法律事務所パラリーガルの英文契約書翻訳ノート

第1回 米国法と米国契約法の概要、英文契約書の全体構造

国際取引・海外進出
山本 志織 弁護士法人瓜生・糸賀法律事務所

目次

  1. 米国法と米国契約法の概要
  2. 米国契約法上の「合意」と「契約」の区別
  3. 米国契約法上の「約因」の概念
  4. 英文契約の全体構造

筆者は法律事務所のパラリーガルとして、契約書の翻訳作業に従事するにあたり、作業対象である英文契約を理解すること、また、英米法・米国契約法について知っていることが、より良い仕事をするうえで役立ち、重要であると考えています(企業法務の担当者にとっても参考になる、翻訳業務の実際や学習のコツについて取り上げた「【連載】企業法務担当者のための英文翻訳レベルアップ勉強法」も参照ください)。

英米法・米国契約法について十分に理解しないまま翻訳すると、翻訳対象文書を十分に理解しないまま誤訳してしまう可能性があります。後日の紛争や、不利な条件で取引してしまう可能性を回避するためにも、取引の基本である契約書の基本的な部分について理解したうえで翻訳することが必要です。

この連載では、英文契約における一般的な条項を中心に、筆者の法律事務所における翻訳実務経験に基づき、契約条項の翻訳の具体的な文例を示しつつ、契約条項の翻訳にあたって注意すべき点を明らかにします。その背景となる米国契約法の基本的なルール・考え方・概念に触れながら、英文契約や米国契約法の概観を示すことを目的としています。

今回は、米国法と米国契約法を概観しながら、英文契約の読解の前提となるいくつかの要点を整理します。

なお、本稿は、筆者個人の見解であり、筆者の所属する法律事務所の公式の見解ではありません。

米国法と米国契約法の概要

日本をはじめとする大陸法(シビルロー、Civil law)の法体系の国々は、制定法主義を採用しており、制定法・成文法を重要な法源と考えます。それに対して、米国を含む英米法(コモンロー、Common law)の法体系の国々は、判例を重要な法源と考える判例法主義を採用しており、先例の判例を重視するという先例拘束性の原則を適用しています。これは、大陸法では制定法が第一次的法源であるのに対して、英米法では判例が第一次的法源であるという言い方でも表現されます。

大陸法(Civil law) 英米法(Common law)
制定法 立法機関により成文化され、制定された法をいう。 判例法 判例によって規律された法をいう。
成文法 制定法とほぼ同義。 不文法 立法機関により成文化され、制定された法以外のすべての法をいう。

米国の裁判所は、連邦裁判所と州裁判所という、二元システムを採用しています。
連邦裁判所には、地方裁判所・控訴裁判所・最高裁判所があり、他に限定的な管轄を有する特別な裁判所があります。連邦の地方裁判所は、各州に複数設置されています。連邦の控訴裁判所は、米国全国を11の巡回区(Circuit)に分け、各巡回区に1つ設置され(第1巡回区控訴裁判所から第11巡回区控訴裁判所)、ほかにDC巡回区控訴裁判所と連邦巡回区控訴裁判所があります。連邦最高裁判所は、首都ワシントンDCに1つ設置されています。
州裁判所には、一般的に、事実審裁判所・控訴裁判所・最高裁判所があります。州の最高裁判所は、州によりSupreme CourtのみならずCourt of Appealsと呼ばれるものもありますので、控訴裁判所と混同しないよう注意が必要です。

基本的に連邦裁判所の管轄か、州の裁判所の管轄であるかにより、事案は連邦の地方裁判所→控訴裁判所→最高裁判所、または州の事実審裁判所→控訴裁判所→最高裁判所というように持ち上がっていきます。一般的に連邦裁判所が管轄を有するのは、連邦問題(米国憲法、連邦議会の法律または米国・外国間の条約の適用もしくはその解釈に直接かかわる争点)や州籍相違事件(相異なる州の市民間の争訟)の場合です。また、米国憲法に基づく法律問題のある事案にかぎり、上訴を受ける裁判所の裁量で事案を受理するか否かが判断される裁量上訴(Certiorari、サーシオレイライ)により、州の最高裁判所から連邦最高裁判所に事案が持ち上がる場合もあります。

米国の裁判所の概要

米国法には、連邦法と州法があります。連邦法としては、特許法、破産法、独占禁止法等があげられます。州法としては、契約法、民商事法、会社法、刑事法、家族法、不動産法等があげられます。つまり、米国契約法は、州法です。

州法である米国契約法には、具体的には州の判例法や、州の統一商事法典(Uniform Commercial Code; UCC)があります。米国にはモデル統一商事法典というものがあり、各州はそれを参考にしつつ、それぞれ独自の州のUCCを採用しています。

また米国では、契約法を含む各分野に、大学教授や実務家の協働作業のもと、各州の州法や判例法を分析のうえ、共通事項を記述し直すことを狙い、法典の形にして注釈を付けた、リステイトメント(Restatement)というものがあります。

なお、英米法・米国法では判例法主義が採用され、判例法が第一次的法源であるとされているため、UCCやRestatementを含む制定法は、あくまでも判例法を修正・補充する、第二次的法源であるという性質をもっています。

米国契約法上の「合意」と「契約」の区別

日本法上、「合意」と「契約」は一般的に同じ意味を有すると考えられますが、米国契約法において、単なる「合意(Agreement)」と、法的に強制執行可能(Legally enforceable)な「契約(Contract)」とは、異なる概念です。たとえば、UCCとRestatementは、以下のとおり、これらの概念を明確に区別して規定しています。
なお、これは米国契約法上、AgreementとContractが法的概念として異なるということを意味しているにすぎません。英文契約のタイトルがAgreementであることをもって、当該契約が強制執行不能(unenforceable)となることを意味するものではありません。

UCC § 1−201 UCC 1−201条
(3) “Agreement”, as distinguished from “contract”, means the bargain of the parties in fact, as found in their language or inferred from other circumstances, including course of performance, course of dealing, or usage of trade as provided in Section 1−303. (3) 「合意」とは、「契約」と区別され、当事者の言葉のなかに示された、または1−303条に定める履行経過取引経過もしくは取引慣行を含む他の諸事情から黙示的に示された、当事者間の事実上の交換取引をいう。
(12) “Contract”, as distinguished from “agreement”, means the total legal obligation that results from the parties' agreement as determined by the Uniform Commercial Code as supplemented by any other applicable laws. (12) 「契約」とは、「合意」と区別され、統一商事法典により決定され、他の適用法により補充された、当事者間の合意に起因する法的義務の総体をいう。
Restatement (Second) of Contracts 契約法の第2次リステイトメント
§ 1 CONTRACT DEFINED
A contract is a promise or a set of promises for the breach of which the law gives a remedy, or the performance of which the law in some way recognizes as a duty.
1条 「契約」の定義
契約とは、その違反について法が救済を与える、またはその履行について法が何らかの方法で義務を認める、約束または約束の一式をいう。
§ 3 AGREEMENT DEFINED
An agreement is a manifestation of mutual assent on the part of two or more persons. A bargain is an agreement to exchange promises or to exchange a promise for a performance or to exchange performances.
3条 「合意」の定義
合意とは、二人以上の者の間の相互的な同意の表明をいう。交換取引とは、約束を交換すること、履行と約束とを交換すること、または履行を交換することの合意をいう。

米国契約法上の「約因」の概念

米国契約法上、「契約(Contract)」は、約因(Consideration)を必要とする点が、「合意(Agreement)」と異なるとされています。約因というのは、契約を構成するために双方当事者が交換取引する対価のことであり、たとえばRestatementには、約因について、以下のような規定があります。
なお、以下の規定のとおり、約因とは、積極的な約束や行為のみならず、Forbearance(何かをすることを取り止めること、差し控えること)でもよいとされています。

Restatement (Second) of Contracts 契約法の第2次リステイトメント
§71. REQUIREMENT OF EXCHANGE;
TYPES OF EXCHANGE
71条 交換の要件、交換の種類
(1) To constitute consideration, a performance or a return promise must be bargained for. (1) 約因を構成するためには、履行または反対約束が交換取引されなければならない。
(2) A performance or return promise is bargained for if it is sought by the promisor in exchange for his promise and is given by the promisee in exchange for that promise. (2) 履行または反対約束は、約束者の約束と交換するものとして約束者により求められ、当該約束と交換するものとして被約束者により与えられた場合に、交換取引されたものとされる。
(3) The performance may consist of
(a) an act other than a promise, or
(b) a forbearance, or
(c) the creation, modification, or destruction of a legal relation.
(3) 履行は、以下の事項により構成されうる。
(a) 約束以外の行為、または
(b) 何かを差し控えること、または
(c) 法的関係の創設、変更または破壊
(4) The performance or return promise may be given to the promisor or to some other person. It may be given by the promisee or by some other person. (4) 履行または反対約束は、約束者または他の者に対し与えられうる。また、被約束者または他の者により与えられうる。

英文契約の全体構造

契約の類型によりさまざまに異なりますが、一般的な英文契約の全体像(どのような場所にどのような契約条項が一般的に置かれるか)として、以下のとおり例をあげます。この連載で取り上げるものについては、下線を付しています。

<前段>
冒頭Whereas条項

<本体>
当事者関係、(M&Aの場合)表明保証・誓約・前提条件、期間及び契約解除、損失補償、保証の否認責任の制限秘密保持不可抗力権利不放棄見出し分離可能性、通知、完全合意、変更、誠実協議、譲渡禁止準拠法管轄裁判所OR紛争解決、救済手段、言語、副本

<末尾>
後文と署名欄

次回からは、英文契約の中身を見ていきます。まずは冒頭の規定、Whereas条項について解説します。  

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