法律事務所パラリーガルの英文契約書翻訳ノート
第8回 英文契約書の準拠法、管轄裁判所、紛争解決
国際取引・海外進出
シリーズ一覧全9件
今回は、準拠法(Governing Law)、管轄裁判所(Jurisdiction)、紛争解決(Dispute Resolution)、言語(Language)について、筆者の法律事務所における翻訳実務経験に基づき、具体的な文例と翻訳例を示しつつ、翻訳にあたって注意すべき点を解説します。
なお、本稿は、筆者個人の見解であり、筆者の所属する法律事務所の公式の見解ではありません。
準拠法(Governing Law)
条項例 | 和訳 |
---|---|
This Agreement is governed by and construed in accordance with the laws of [ ] without regard to the principles of the conflict of laws thereof. | 本契約は、その抵触法の原則の適用を排除して、[ ]法を準拠法とし、これに従い解釈される。 |
「Without regard to the principles of the conflict of laws thereof(抵触法の原則の適用を排除して)」という表現を記載する趣旨は何でしょうか。
抵触法(抵触ルール)とは、事案や契約が複数の法や法域に関連する場合に、どの法域の法を適用するかを定める法のことをいいます。多国間・国際的な場面では「国際私法」、米国においてどの州の法を適用するかという場面においては「州際私法」とも呼ばれるものです。
たとえば、準拠法が日本法である場合、「抵触法の原則の適用を排除して」という規定がないと、日本の抵触法(すなわち、法の適用に関する通則法)で判断される法律が適用されることにより、結果的に適用される法律が日本法ではなくなる場合があります。「抵触法の原則の適用を排除して」と規定することにより、これを排除し、適用される法律が日本法だと明確化することができます。
管轄裁判所(Jurisdiction)(*裁判の場合)
条項例 | 和訳 |
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Any and all disputes arising out of or in connection with this Agreement shall submit to the [exclusive / non-exclusive] [agreed] jurisdiction of the Tokyo District Court at the first instance. | 本契約に起因し又はこれに関連して発生する紛争の一切は、東京地方裁判所の第一審の[専属的/非専属的][合意]管轄に服するものとする。 |
管轄裁判所条項は、紛争を解決するために裁判(訴訟)によると合意した場合に規定します。ここでは管轄裁判所を東京地方裁判所としています。
管轄裁判所条項で合意された裁判所において、準拠法条項で合意された準拠法を適用することになります。管轄裁判所が東京地方裁判所で、準拠法が日本法の場合は分かりやすいですが、たとえば、管轄裁判所が東京地方裁判所で、準拠法がニューヨーク州法といった場合も、あるいは管轄裁判所が米国の裁判所で、準拠法が日本法といった場合も、可能性としてはありえます。
紛争解決(Dispute Resolution)(*仲裁の場合)
条項例 | 和訳 |
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In the event of the occurrence of a dispute arising out of or in connection with the validity, construction or implementation of this Agreement, the parties hereto shall initially attempt to resolve such dispute through amicable discussion. If the dispute is not resolved within [ ] business days after the commencement of the discussion among the parties, then either party shall be entitled to submit the dispute to the Japan Commercial Arbitration Association (hereinafter, “JCAA”) in Tokyo, Japan in accordance with the Commercial Arbitration Rules of the JCAA then in effect. The arbitral award shall be final and binding upon the parties. English language shall be used in the arbitral proceeding. The arbitration shall take place in Tokyo, Japan. The arbitral tribunal shall consist of three (3) arbitrators appointed in accordance with the Commercial Arbitration Rules. The cost of arbitration, including expenses for arbitrators, shall be borne by each party unless otherwise provided by the arbitral award. Judgment upon thearbitral award may be entered in any court having jurisdiction thereof. The arbitrators shall not be entitled to award punitive or exemplary damages. | 本契約の効力、解釈又は実施に起因し又はこれらに関連して紛争が発生した場合には、本契約当事者は当初当該紛争を友好的な協議により解決することを試みるものとする。当該紛争が当事者間の協議の開始から◯営業日以内に解決されなかった場合には、いずれの当事者も、当該時点において有効な日本国東京都の一般社団法人日本商事仲裁協会(以下、「JCAA」という。)の商事仲裁規則に従い、当該紛争をJCAAに付託する権利を有するものとする。仲裁判断は終局的であり、当事者を拘束するものとする。仲裁手続では英語が使用されるものとする。仲裁は日本国東京都で行われるものとする。仲裁廷は、商事仲裁規則により選任された3 名の仲裁人により構成されるものとする。仲裁人のための費用を含む仲裁のコストは、仲裁判断により別途規定される場合を除き、各当事者がこれを負担するものとする。仲裁判断は、管轄を有する裁判所において、執行判決を得ることができる。仲裁人は、懲罰的賠償を付与する権限を有さないものとする。 |
紛争解決条項(仲裁条項)は、紛争を解決するために仲裁によると合意した場合に規定します。ここでは仲裁機関を一般社団法人日本商事仲裁協会(JCAA)としています。
紛争解決にあたっては、以下の点を考える必要があります。
- 裁判または仲裁のいずれにより解決するか
- 仲裁の場所をどこにするか
- どの仲裁ルールを選択するか
- 仲裁人の人数を何名とするか
- 仲裁人の権限に制約を課すか など
仲裁人の権限としては、懲罰的賠償を付与する権限を排除する規定を置くこともあります(上記の文例では、そのような規定を置いています)。
仲裁条項がある場合には、不用意に管轄条項を規定してはなりません。ですが、仲裁条項は、準拠法条項とは両立します。
たとえば、仲裁機関をシンガポールの仲裁機関と定めたうえで、ニューヨーク州法を準拠法とするとの合意もできます。アジアの地域では、シンガポールでの仲裁が選択肢の1つとなることも多いです。
仲裁の特徴としては、以下の点があげられます。
- 仲裁条項は拘束力を有し、当事者が訴訟を提起したとしても、他方当事者は防訴抗弁を主張することができます。
- 仲裁は原則非公開です。
- 仲裁は一審かぎりで、Appeal(控訴)することができません。
- 裁判官ではなく、専門家の仲裁人が判断します。
- 裁判では、裁判官の報酬は国が負担しますが、仲裁では、仲裁人の報酬は当事者が負担します。
- 両当事者がニューヨーク条約(外国仲裁判断の承認及び執行に関する条約)の加盟国であれば、仲裁判断の執行面で実効性があります。
- 日本国内で行われる仲裁は、仲裁法に基づいた手続で行われ、仲裁人による仲裁判断は確定判決と同じ効力が認められます(仲裁法45条1項)。
言語(Language)
条項例 | 和訳 |
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This Agreement is prepared in the English and Japanese language versions. In the event of any discrepancy between both language versions, the English version shall prevail. | 本契約は、英語版及び日本語版が作成される。両言語版の間で齟齬があった場合には、英語版が優先される。 |
複数の言語版がある場合には、通常はいずれの言語版が優先されるか規定します。
なお、現地の言語版を作成する場合には、それが単なる現地語の翻訳版だと思っていたところ、後から正規の言語版であると判明し驚かされる、というようなことがあってはなりません。現地の法令で現地語による契約書の作成が義務付けられていることもあるため、異なる言語版を作成する場合には、どの言語版の契約書に実際に調印し、正本とするのか、また両言語版に齟齬があった場合にどの言語版が優先するのか、明確に把握しておく必要があります。実務としては通常、英語版を優先言語として、現地の言語版を作成したいものです。
以上、この連載では、第1回から第8回まで、8回にわたり、英文契約における一般的な条項を中心に、筆者の法律事務所における翻訳実務経験に基づき、契約条項の翻訳の具体的な文例を示しつつ、契約条項の翻訳にあたって注意すべき点を明らかにしてきました。また、背景となる米国契約法の基本的なルール・考え方・概念に触れながら、英文契約や米国契約法の概観を示してきました。この連載が、企業法務担当者等の読者の方々にとって、英文契約書の翻訳等を行ううえで、何らかの形でお役に立つことができましたら大変幸いです。
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弁護士法人瓜生・糸賀法律事務所