英文契約書の実務レッスン

第1回 入社1年目の法務部員が身につけたい、英文契約書と向き合う力

国際取引・海外進出
中尾 智三郎 キリンホールディングス株式会社 執行役員 法務部長

目次

  1. 法務部員の資質
  2. 英文契約書に「向き合う」力
  3. 入社1年目の社員に求める水準
  4. 教育カリキュラムとロードマップ
    1. 数多くの英文契約書と丁寧に向き合うことで、ロードマップを描いていく
    2. 英文契約書は常に一言一句クリアでなくてはいけない
    3. 英文契約書をどうやって読み解くか
  5. 語学力は問われる?
    1. 語学力よりも胆力と努力
    2. 交渉力を身に着けるため「かわいい子には旅をさせよ」
  6. リモート環境下における新入社員の教育手法

法務部員の資質

英文契約書を「読める」、「作成できる」、「交渉できる」ようになるためには「英語能力」、「法律の知識」、「思考力」のすべてが必要です。ところが、そのそれぞれの要素の和と総合力が比例するかというとそうでもありません。いずれの要素も外部から補充ないし補強することが可能だからです。

法務部員は、常にスタンドアローン(stand alone)で、仕事をしなければいけないわけではありません。あらゆる外部リソースを活用して業務に対応できればよいのです。

したがって、法務部員に求められる本当に必要な能力は以下の3つとなります。

  1. 外部リソースをうまく見つけて必要な情報を引き出す力
  2. 外部リソースから得られた情報をもとに最大限の効果を引き出す力
  3. 外部情報を内部の情報に融合させ事案を解決する力

ところが、会社によっては人事ローテーションで突然、法務担当者が交代となったり、予算が限られて十分に外部リソースを利用できなかったりすることもあるでしょう。

法務部としては、そのような事態が生じても正常に機能するように、上述の3つの能力を属人的なものとせず、組織内部に蓄積させる必要があります。また、部員の入れ替わりに関わらず、組織内に蓄積された情報や能力、ノウハウが継承される体制を構築していかなければなりません。さらに、その蓄積や継承を永続させる担い手として、組織の構成員である「法務部員」を育成しなくてはならないのです。

そのような企業法務の使命と要件を頭に入れながら、本稿では特に新入社員に対する英文契約書の教育・指導について掘り下げていきます。

英文契約書に「向き合う」力

新入社員には、英語が得意な人もいれば不得意な人もいます。帰国子女がいる一方、英語とは無縁の生活を過ごしてきた人もいます。また、法曹の有資格者もいれば、法学部卒業生、ロースクール卒業生など様々なタイプの人がいます。

さらに言えば、政治系や経済系の学部で法学教育を受けてこなかった人や、知的財産関係を扱う法務部員であれば理系出身の人もいます。そういう様々な経歴の人でも、5年~10年程度努力を惜しまずに経験を積めば、誰でも英文契約書を自由に読み書きして操ることができる立派な「ドラフトパーソン(契約書の作成者)」や、英語を駆使して契約相手方と契約交渉を行う「国際交渉人」になることができます。

英語の得意・不得意は関係ありません。英文契約書の業務を遂行するために必要なものは「周囲の環境」と「本人のやる気」だけです

「周囲の環境」とは、会社によって法務部員の育成環境が異なるという意味です。会社の事業内容により、英文契約に接する機会は大きく異なります。また、業務の内容により接する英文契約書の種類も異なります。法務部員が契約交渉の前面に出てくる会社もあれば、交渉の裏方支援に徹する会社もあるでしょう。法務部の業務のやり方によって、得られる経験値も法務部員の育成度合いも大きく異なるのです。新入社員に求める英文契約の実務能力は、各法務部の業務スタンスによって変わってきます。

英文契約書を扱う機会が少ない企業の法務部では、先輩や上司も十分な知見でフォローないし指導することはできません。また、たまにしか扱わない英文契約書を自前で対応できるように教育するのも不経済であり、外部の弁護士に依頼して対処する方が効率的です。

これに対し、英文契約書が比較的頻繁に登場し、しかも様々なタイプの英文契約書に接する機会が多い企業の法務部では、各部員にしっかりと英文契約書を読む力をつけさせて、ノウハウを会社の中に蓄えていく必要があります。

英文契約書を「読む」、「作る」、そして「交渉する」ことをひっくるめて、筆者は「英文契約と向き合う」という表現を使うことがあります。英文契約書がある程度頻出する会社では、この「英文契約と向き合う」力をつけることこそが、英文契約に関する業務を担う企業法務の担当者に求められている力だと思っています。冒頭で紹介した外部リソースを活用する3つの力も「英文契約と向き合う」力をもつことで最大限の効果を発揮します。この力を、たとえば5年間でしっかり身に着けるにはどうしたらよいか? そのために入社1年目の社員に求められる水準は何か? 以下で考えます。

入社1年目の社員に求める水準

「英文契約に向き合う」第一歩は、まず英文契約書を手に取って読んでみることです。その際、書店に並んでいる英文契約書の参考書に掲載されているひな型ではなく、実際に会社の事業で過去に締結した英文契約書や現在交渉中の英文契約書ドラフトなどを使うことをおすすめします。ひな型よりも、実際の契約書のほうが実ビジネス社会の契約実務を反映しているからです。

解説書に掲載されているひな型的英文契約書と現実のビジネスで締結されている英文契約書とでは、ショーケースに並んでいる見本と実際にテーブルに運ばれてくる、できたての料理ほどの違いがあります。

売買契約書、融資契約書、ライセンス契約書、合弁契約書等、契約形態は問いませんが、会社の事業に深く根差した英文契約書を読むことで、ビジネスの実感を捉えやすく、また、臨場感が伝わってきます。

もちろん、ひな型契約をそのまま使用するビジネスの場合には、そのひな型で構いません。まずは手に取った英文契約書を、時間をかけてじっくりと、斜め読みではなく一言一句しっかり、丁寧に読んでください。具体的な読み込み方は後ほど説明します。

英文契約書の英語と日常英語とは大きく異なります。どんなに英語に慣れている人であっても、英文契約書を正確かつ迅速に読み解くのは簡単ではありません。その理由は、①日常英語で見かけない単語や表現が多い、②日常英語で見かける英単語でも、異なる意味で用いられていることがある、③1つの文章が長い、④非常に堅苦しく回りくどい表現を使っている、⑤ビジネスがわからないと意味がわからない、⑥会計、税務、法律などの専門知識がないと読み解けない、等があげられます。

入社1年目では、この難解な英文契約書をきちんと「読み込む力」をつけることが求められます。言い換えると、その「読み込む力」に必要となる知識や技術、作法を学ぶのが入社1年目なのです。

教育カリキュラムとロードマップ

数多くの英文契約書と丁寧に向き合うことで、ロードマップを描いていく

新入社員のバックグラウンドは様々であり、各人の法律的知識や知見、英語力も千差万別です。目指すべき山頂は同じですが、各々のスタート地点は異なります。富士登山にたとえると、同じ5合目から頂上を目指して登り始める場合でも、御殿場側から登るのと、河口湖側から登るのではだいぶ勾配や地面の状態が異なります。どちらが楽かは人によって異なるでしょうし、また、登り方の技術や休憩の取り方によっても登山の苦労が全く異なってきます。スタート地点が異なると、負荷の度合いや所要時間が異なるので、それぞれにふさわしい登り方があるのです。

「英文契約に向き合う」力のつけ方も、各人の能力や知見の程度、置かれている環境などに従って、それぞれの新入社員にあった方法を見つける必要があります。

ただ、共通して言えることは、なるべく数多くの英文契約書を丁寧に読み込んで、解釈の試行錯誤を繰り返すことです。苦労の中で、自分に欠けているもの、補充しなくてはいけないものを発見し、学習のロードマップを描いていくこととなります。

以下は英文契約に関わる法務部員の経験年数と目指す能力の一例です。ロードマップの参考としてください。

1年目 英文契約書にしっかりと向き合う力を高める
2〜3年目 契約書の作成に取り組む、契約交渉に関わる
5年目 自分なりの英文契約書のデータベースを確保し、作成できるようになる
5年目以降 法務業務を超えたビジネス構築に取り組む

英文契約書は常に一言一句クリアでなくてはいけない

まずは英文契約書という敵(?)と「向き合い」、「理解」することから始めましょう。

そのためには手に取った英文契約書を頭から丁寧に読み込むことです。意味がわからない用語は、専門用語も含め辞書を使ってしっかり確認して読み進めるようにしてください。

このような進め方をすると、おそらく最初の1ページ目を読むだけで何時間もかかります。遅々とした進み具合に音を上げたり、英文契約書の異質な世界に直面して挫折感を感じる人も多いはずですが、めげずに最後まで丁寧に読み解いてください。

ペーパーバックスのように読んではいけません。どんなに英語に慣れている人でも、帰国子女でも、あるいは英語を母国語とする人でも英文契約書の中に記載された、1つひとつの英単語の意味を確認し、文章の構造に注意しながら丁寧に読み進めましょう。

「英語がネイティブだから、辞書なしで読めた」という方は、「本当に意味を把握しきれているのだろうか?」と自問自答してみてください。曖昧にしたまま読み進めた箇所はないでしょうか? 小説と同じような読み方をしてはいないでしょうか?

小説は、全体としてストーリーが理解できればいいので、わからない単語も、前後の文脈からなんとなく意味を推測して読み進めれば十分ですが、英文契約書の「読解」は「推測」で読み進めてはいけません。なぜなら、契約書は会社の権利義務を定めているビジネスのバイブルであり、会社が守られるかどうかは、契約書の一言一句にかかっているからです。

契約書中、一部でも疑義があると紛争につながりかねません。曖昧な箇所などあっていいはずはなく、どんなに難解な部分でも明快かつ一義的に契約条件が解釈できる必要があります。英文契約書のどの部分も、一言一句常にクリアであり、ほかの部分と意味に矛盾があってはいけません。「なんとなく」読める程度ではいけないと肝に銘じるようにしてください。

単語については、通常の英和辞書でしっくりした意味が見つからない場合には、英文契約書の参考書や英文契約用語辞典 1、あるいは米国の法律用語辞典 2 などを調べてみてください。ボイラープレート 3 のように英文契約書に特有の条項は、解説書や参考書でも詳述されていますので、参照しながら読んでいきます。ビジネスや技術上の専門用語は、社内で聞いてみるとよいでしょう。わかり難いビジネスの仕組みを規定している箇所も同様です。

英文契約書をどうやって読み解くか

単語やビジネス上の専門用語、仕組みが理解できても、英文契約書特有の長い文章に辟易とすることがあります。その場合、1つひとつの文章を、主語、動詞、目的語などに分解しながら読み進めていきます。あまりに長い一文は、“provided, however, that” や “on condition that” など、文節の区切りに大きく線を入れながら、また、長い主語は、( )で括りながら、動詞に下線を引きながら、というように、1つの文章を区切って読み進めていくとよいでしょう。

また、“and” や “or” の前後の語を枠で囲み、枠同士を線で結びつけて繋がりを確認しながら丁寧に読み進めてみてください。

どうしても意味がわからない部分は、マーカーを引くなどして、目印をつけて先に読み進めましょう。最後まで読み終わってから、それぞれのわからない部分を再検証します。

このようにして、何本もの実ビジネスの英文契約書を読み込んでみてください。すると、その中にはインコタームズと呼ばれる貿易条件や貿易為替の話、withholding tax、仲裁、準拠法など様々な企業内での法務実務に必要な情報が出てきます。

そのたびに、各条項やそこに記載された事項の意味を勉強していけば、会社の企業法務に必要な知識も習得されていきます。時には、経理や営業の担当者から詳細に教えてもらったり、現場にまで出向いて教えてもらったりすることも大切です。

ビジネスを実感できる読み方をすることで、ますます実務にも興味が湧き、実務と契約書が一体化し、ビジネスに根付いた企業法務が実践できるようになります。英文契約書の中で初めてインコタームズ(貿易条件)に出会った際には、ICC 4 の解説書を読んで勉強しましょう。EU域内の代理店との契約で、販売代理店の販売地域を縛ったり、再販売についての制限を加えていたりすればEU競争法を調べ、中東や中南米など海外の代理店との契約書の中に解約条項を見つけたら、その国の代理店保護法を調べてみることが重要です。

このように英文契約書を読み進めていくことは、海外ビジネスに必要な法務情報を習得していくきっかけとなります。契約書の中の規定を漫然と英文解釈するだけでは、競争法や代理店保護法といった問題に気づけません。

それらのチェックポイントに気づくためには、OJT(On The Job Training)で先輩社員から教えてもらう必要があります。あるいは、「書店に並んでいる英文契約書の解説書」を数冊手に入れて、日ごろからぱらぱらと斜め読みしておきます。実際の英文契約書を読んでいるときに、「そういえば、海外代理店契約では、契約終了条項に注意すべきというようなことを教えられたな(が書いてあったな)」と思い出して、解説書をもう一度読み返して知見を深め、知識を蓄積していきましょう。

最後に、抜け漏れている情報や知識をキャッチオール的に習得する意味で、法律事務所や様々な団体が実施している英文契約書の解説講座に参加することも推奨します。そうすれば入社1年目で習得しておかなくてはいけない英文契約の基礎知識についてはおおむね備わっていくことになります。

実際の英文契約書の読解を繰り返しながら、外部の講習に参加したり、参考書を読み漁(あさ)ることで、法務的問題に遭遇する条項の内容や場面をビジネスに紐つけて学ぶことができるのです。

実際の英文契約書を読み進めながら、座学で学んだことを紐付ける作業を経て、契約文言の奥行が増し、いままで2次元の平面にしか見えなかったものが、法務リスクや重要度の軽重に合わせて凹凸が浮かび上がります。

いわば平面地図が立体的なジオラマに変化するように「英語」と「契約法務」と「実ビジネス」の3次元の姿にかわって、よりリアリティを増してきます。実ビジネスの臨場感がある中で法務知識習得の座学を交えることで、より一層法務知識の理解度と吸収度が高まるのです。この方法は、記憶に定着しやすいだけでなく、各会社のビジネスにあった法務の知識と知見を効率的に身に着けられる方法でもあります。

語学力は問われる?

語学力よりも胆力と努力

英文契約書を読み解くには、英語能力はどの程度身に着ける必要があるでしょうか? 英語への苦手意識から英文契約書にアレルギーを持っている方もいるかもしれません。しかし、英語能力といっても一様ではありませんし、英文契約書の読解と交渉とでは、求められる英語力も異なります。

いずれにも共通して言えることは、「習うより慣れろ」です。また、「その気になれば」英語力を高めることは入社後でも十分間に合います。

英文契約書を「読む」英語能力についていえば、学生時代に英語を流ちょうに操り、英字新聞やペーパーバックスをサクサク読めるようになっていることは、必ずしも必要ありません。

英文契約書の英語と日常生活や小説に出てくる英語とは随分異なります。英文を丁寧に読み進める胆力があり、努力ができれば何の問題もありません。

交渉力を身に着けるため「かわいい子には旅をさせよ」

英文契約書の「交渉」に必要な英語能力は強制的に身に着けることができます。

それぞれの法務部の営業現場へのかかわり方にもよりますが、英語での交渉力を磨く一番の荒治療は、法務部からは1人で交渉に立ち会わせ、交渉を仕切らせることです。日々、法務部員を契約交渉現場に立ち会わせている法務部であっても、「そんなこと1、2年目の法務部員に任せられない」と思われるかもしれません。そこは上司と周囲の人々の度量次第です。

通常は英語がわかる営業の担当者が同席したうえでの交渉となりますし、場合によっては外部のネイティブの弁護士にも同席してもらい(ただし、交渉は法務部員に委ねることが条件です)、ビジネスリスクを負わないよう身内で軌道修正できるようなサポート体制を用意してあげることがポイントです。

また、契約交渉の成果物は、英文契約書です。通常、契約書に記載されていることが当事者の権利義務のすべてであり、交渉の過程は問題になりません。どういう英語を使って相手と話をしようと、交渉後の英文契約書がきちんと仕上がればよいのです。交渉ができているかどうかは、交渉途中の英文契約書のドラフトをモニターしていればわかります。上司や周囲の人間が心がけるべきは「かわいい子には旅をさせよ」ということです。

ただ、交渉現場に送り込まれる法務部員本人もしっかりミッションを果たす必要があります。英語が苦手な人は、まず相手の英語がわからないところから始まります。英米系外国人が交渉相手ならそのスピードについていけないでしょう。インドや華僑系の外国人、または英語を母国語としないノンネイティブの外国人であれば、さらに聞き取りが難しくなります。

法務部員としては、度胸をもって何度でも聞き返す勇気を持つところから始まります。契約交渉の相手方にしてみれば、いかに頼りなくても、目の前の法務部員が交渉を仕切っている以上、彼に理解してもらわないことには、交渉が先に進みません。しびれを切らしては交渉も終わってしまいます。

つまり、相手も忍耐強く付き合うしかないのです。もちろん、相手方からはもっと英語のできる担当者を出せとか、英語が通じないので交渉ができない、などクレームを入れてくることが容易に予想されます。

通常は、それで担当を変えてしまうところでしょうが、周囲が温かく見守る勇気と本人が「開き直る」度胸も重要です。交渉現場で法務部員をきちんと一人前にするには、周囲の忍耐と協力が不可欠です。相手方には、“We have no other choice. He is the only person in charge of legal negotiation.” と、しらばっくれてでも部下の鍛錬の場を提供してあげることが肝要です。

リモート環境下における新入社員の教育手法

最後に、この4月に入社した新入社員に対して当社がどのような教育を実施しているかご紹介しつつ、これからの英文契約に関する業務について所感を述べます。

新型コロナウイルスの感染拡大に伴い、在宅勤務が基本となり、リモート環境下での業務が「当たり前」になって約4か月。緊急事態宣言が終了したのちも、在宅勤務がニューノーマルになりつつあります。

これまで長く、社会人人生を送ってきた人にとって、この「在宅勤務」は「一時的」な域を出ません。ところが、今年4月1日に入社した新入社員は、在宅勤務しか経験したことがありません。初めての社会人経験が在宅勤務でのスタートとなり、新入社員達は、これまでの勤務形態との比較ができません。

新型コロナ環境下で教育を与える側は、従来の方法をオンラインやバーチャルな形式に変更するので四苦八苦しています。ところが、当の新入社員に「不便ですか?」と聞いてみると「そもそもオフィス勤務での働き方を知りません。想像していた通勤ラッシュを逃れ、家で過ごせるので快適です」という答えが返ってきます。

それを聞いて、従来の研修方法(手段)をどう切り替えるかを悩むのではなく、在宅勤務を前提とした法務実務をゼロから考えていけばよいのだ、ということに気づきました。

具体的には、まず情報のインプットとして、課題図書や契約書を渡して読んでもらうことから始めました。コーチングは、悩む必要もなくSkype実施。画面共有することで、大概のことは指導できるとわかってきました。

リアルの世界で実施してきた教育は、意外にも、ほぼ同じものがオンライン環境でも提供できるのです。新入社員にとってはそれが教育のすべてで、それをベースに業務上必要な知見を蓄積していきます。

ただ、指導する側は、どうしても自分が受けた教育や実務で学ばせるOJT(On the Job Training)と比較してしまい、その欠けたものをどう補うかに苦心します。その結果、「不要不急」では「ない」業務として、週に一度程度は、実際にオフィスに来てもらって指導係が面前でレクチャーを行う状況になっています。

このことは、ちょうど在宅勤務の障害として巷でも話題になった「押印業務」と同じ発想です。「押印」業務については、経済産業省と法務省連名のガイドライン 5 も示され、「押印」の仕組みと発想自体を本質的に問う機会が与えられたことで、電子署名に限らず、認証のあり方自体を本質的に見直す機運が出てくるでしょう。法務部門における新入社員の研修についても、従来の枠組みや手法にとらわれることなく、法務部員がいかにして実務レベルを維持ないし向上させていくことができるのか、その本質を見極めたうえで、与えられた新しい環境下で、ゼロベースから考えていくことが重要です。

英文契約書の交渉についても同様です。リアルでの交渉を知っている人間にとっては、バーチャルでの交渉は、手触り感を欠いています。ですが、これも比較することを忘れて、新しい交渉スタイルをいち早く構築し、それに「慣れて」いくしかないのです。


  1. 中村秀雄『(新訂版)英文契約書作成のキーポイント』(商事法務、2006)、原秋彦『ビジネス法務英文用語集』(商事法務、2013)など ↩︎

  2. 「Black’s Law Dictionary」(Bryan A. Garner; Thomson Reuters West)など ↩︎

  3. ボイラープレート:契約書に共通して登場する条項。準拠法や紛争解決条項など契約の種類に限らず含まれるボイラープレート条項もあれば、契約上の権利や地位の移転禁止など、契約の種類や性質によって一部の契約書にしか入っていないボイラープレート条項もある。 ↩︎

  4. 国際商業会議所(International Chamber of Commerce)。パリに本部を置き、「インコタームズ(貿易取引条件解釈の国際規則)」、「信用状統一規則」、「仲裁規則」等、国際取引慣習に関する共通のルール作りを推進している。第一次世界大戦後、ヨーロッパの産業・経済の復興と自由な国際通商の実現を目指し、1920年パリに於いてICC創立総会が開かれ、以来民間企業の世界ビジネス機構として活動している。世界130カ国以上の国内委員会等及びその直接会員である企業・団体より構成される。(ICCホームページ参照) ↩︎

  5. 法務省、経済産業省「押印についてのQ&A」(2020年6月19日) ↩︎

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