株主総会のトレンド
第1回 2025最新!株主総会の想定問答と解説 有報の総会前開示ほか
コーポレート・M&A 更新
目次
一般に、上場企業各社の総会事務局・担当者は、株主総会において株主から受ける質問を想定して「想定問答」を作成します。株主は、関心を持っているトピックに関連して、「当社ではどうなっているのか」「A社では◯◯だそうだが、当社ではどうなのか」といった質問をすることがしばしば見られるため、近時のトピックに関する自社としての対応という観点からの準備を十分にしておく必要があります。
本稿では、株主総会運営、役員の選任・報酬のほか、ダイバーシティや人権に関するトピックなど、上場企業を取り巻く最新動向を踏まえて想定される質問と回答例、および関連して運営担当者が知っておくべき事項について解説します。
当然ながら、回答内容は各社の状況に応じて異なるため、回答例をそのまま利用するのは難しいでしょうが、回答の方向性や説明方法の参考にし、また、答弁役員の事前準備に活用していただければと考えています。
想定問答の役割と注意点
一般に、上場企業各社の総会事務局・担当者は株主総会の想定問答を作成しますが、想定どおりの質問がなされることは必ずしも多くありません。
実際の質疑応答の際に、用意していた想定問答の中から近いものを選んで回答部分を読み上げると、質問と回答がかみ合わないものになってしまったり、株主に「答弁役員は事前に用意された原稿を読み上げている」という印象を与えてしまうおそれがあります。そのため、想定問答を回答時に読み上げるべき原稿と位置付けるのは望ましいことではありません。
想定問答の役割は、答弁役員が事前にどのような質問がなされそうかを把握し、回答の方向性を確認したり回答の練習を行ったりすることや、実際の質疑応答の際の参考資料とすることにあります。そして、実際の質疑応答の場面では答弁役員が自らの言葉で回答・説明を行うのが理想です。
本稿および本連載第2回で扱うトピックの中には、昨今の株主総会において株主から質問がされやすい割には、これまで十分に検討されてこなかったものも多いと思いますので、適切に準備しておく必要があります。それでは見ていきましょう。
有価証券報告書等の総会前開示
質問と回答例
有価証券報告書を株主総会前に開示することができるはずだ。当社は総会前に開示をしなかったようだが、総会前に開示すれば株主総会の審議もより充実するはずである。金融庁からも総会前開示の要請がなされた。当社ではなぜ総会前開示をしなかったのか、理由を教えてほしい。
A
金融庁から総会前開示の要請がなされていることは把握しております。本総会においては総会前開示を実施しておりませんが、次の総会以降の対応に向けて、対応を検討しているところでございます。
解説
(1)有価証券報告書等の総会前開示の金融庁からの要請
企業内容等の開示に関する内閣府令(昭和48年大蔵省令第5号)(以下「開示府令」といいます)に基づき、有価証券報告書の定時株主総会前の開示(以下「総会前開示」といいます)が可能です(開示府令17条1項1号ロ、19条2項9号の3)。
金融庁の調べによれば、足元の有価証券報告書の提出状況を見ると、株主総会同日または数日以内の提出が9割以上を占めているとのことです 1。
有価証券報告書には、役員報酬や政策保有株式等のガバナンス情報等、投資家がその意思を決定するにあたって有用な情報が豊富に含まれており、上場会社の投資家が株主総会の前に有価証券報告書を確認できれば、投資家がその意思を決定するために有益であるものと考えられます。特に近時、海外投資家の要望もあり、より多くの企業において有価証券報告書の開示が株主総会前となるよう、金融庁を中心に検討がなされていました。
これを受けて、金融庁は、2025年3月28日に「株主総会前の適切な情報提供について(要請)」を公表しました。具体的には、有価証券報告書の提出は、本来、株主総会の3週間以上前に行うことが最も望ましいとしたうえで、その第一歩として、2025年度から、まずは株主総会の前日〜数日前に提出することを検討するよう、要請がなされたものです。
金融庁としては、2025年3月期以降の有価証券報告書の提出状況について実態把握を行い、有価証券報告書レビューの重点テーマ審査において、株主総会前の提出を行わなかった場合の今後の予定等について調査を行うなどの対応を検討していくとのことです。
また、金融庁は、特設ページ「有価証券報告書の定時株主総会前の開示について」を設け、総会前開示に関する情報を紹介しています。その中で、総会前開示の実現方法として、以下のとおり①現行実務を拡大(1日以上前に有報開示)、②有報前倒し(3週間以上前に有報開示)、③総会後倒し(議決権基準日を後倒し)、④決算期前倒し(総会開催時期の変更不要)の例を紹介しています。
総会前開示の実現方法
(2)有価証券報告書の記載に関する留意点
金融庁は、上記要請と同日の2025年3月28日、「有価証券報告書を株主総会前に提出する場合の留意点」を公表しました。その内容をご紹介します。
これまで総会前開示を実施していなかった者が総会前開示を始めるにあたっては、有価証券報告書の記載内容に変更が必要となる点があります。それは、有価証券報告書の記載事項のうち、定時株主総会またはその直後の取締役会の決議事項となっている事項について、その旨およびその概要を記載することとされている点です 2。「その旨およびその概要」の記載にあたっては、有価証券報告書提出時点で定時株主総会または当該定時株主総会の直後に開催が予定される取締役会の決議事項とすることを予定している内容を、可能な範囲で記載することで足ります。
上場会社が総会前開示を始めるにあたって変更が必要となる報告書の記載事項としては、一般に以下が想定されます 3。
- 配当関係
1. 主要な経営指標等の推移
2. 配当政策
3. 配当に関する注記事項(株主資本等変動計算書関係) - ガバナンス関係
4. コーポレート・ガバナンスの概要
5. 役員の状況
6. 監査の状況
7. 役員の報酬等 - その他
定時株主総会又はその直後の取締役会において決議を行う事項に係るもの
また、報告書を株主総会前に提出する場合について、以下の整理がなされています。
(3)定時株主総会における留意点
総会前開示を実施したとしても、取締役等の説明義務の範囲はあくまで会社法314条に基づくものであって、かかる範囲が変わることはないと考えられるものの、総会前に有価証券報告書を提出する場合、事実上、その記載事項に関する質問が出ることが予想されるため、十分な準備が必要です。
(4)回答の方針
以上のような点を勘案しつつ、有価証券報告書の総会前開示の実施を判断していくこととなります。開示府令は、有価証券報告書の総会前開示を義務付けるものではないことから、定時株主総会後に提出するという取扱いでも法的には問題ありませんが、金融庁からまずは株主総会の前日〜数日前に提出することを検討するようにと要請が出されたところですので、上場企業は、総会前開示を早急に検討する必要が生じています。
事実、多くの上場企業が総会前開示を行う方向で検討中のようです。対応未了の会社においても、金融庁からの要請がなされている状況下であるため、株主からの質問に対する回答としては、少なくとも現時点での対応状況または検討状況について合理的な説明を行うことが必須の状況です。
実施にあたっては、関連する社内規程や作成フローの見直し、有価証券報告書の記載内容の整理など、検討・準備が必要となります。
バーチャル株主総会
質問と回答例
当社ではバーチャル株主総会をやらないのか。リアル株主総会を開催しつつ、オンラインでも出席できる形式を、ぜひ前向きに検討してほしい。
A
株主様がご指摘の形式は、いわゆる「ハイブリッド出席型バーチャル株主総会」と呼ばれているものと承知しております。
しかし、通信障害による決議取消のリスクや環境整備に係るコストや事務負担といった課題がございます。したがって、当社といたしましては、出席型のバーチャル株主総会は、現時点では実施しておりませんが、導入の可否について今後も引き続き検討してまいります。
解説
(1)バーチャル株主総会の導入状況
株主の利便性の向上のため、取締役や株主等が一堂に会する物理的な場所において開催するリアル株主総会の実施に代えて、またはそれに加えて、物理的な開催場所に存在しない株主も遠隔地からオンラインでの出席や参加を可能とする、いわゆるバーチャル株主総会の開催事例が現れました。このような動きの中、経済産業省はハイブリッド型バーチャル株主総会のさらなる実務への浸透を図るため、2021年2月3日に「ハイブリッド型バーチャル株主総会の実施ガイド(別冊)実施事例集」を策定しました。
バーチャル株主総会の実施方法としては、下記の3種類があり得ます。
① ハイブリッド参加型 | リアル総会の開催に加え、リアル総会に出席しない株主が、法律上の「出席」をせずに、オンラインで審議等を確認・傍聴できる方法 |
② ハイブリッド出席型 | リアル総会の開催に加え、リアル総会に出席しない株主が、オンラインで会社法上の「出席」ができる方法 |
③ バーチャルオンリー型 | リアル総会を開催することなく、取締役や株主等がオンラインで会社法上の「出席」をする方法 |
上記③のバーチャルオンリー型については、2021年6月、産業競争力強化法において、会社法の特例として「場所の定めのない株主総会」に関する制度が創設され、上場会社において、バーチャルオンリー株主総会の開催が可能となりました。ただし、この制度を利用する場合には、経済産業大臣および法務大臣の「確認」を受けることが必要となります。
コロナ禍においては、株主総会はバーチャル開催の方向へ向かうものと思われました。しかしながら、2023年版株主総会白書 6 によれば、バーチャルオンリー型株主総会を可能とする定款変更を行った企業は回答会社全体の9.8%にとどまり、実施した企業はわずか0.7%でした。出席型バーチャル株主総会を実施した企業も1.1%であり、バーチャル株主総会の導入はそれほど増加しなかったのが実情です。
①のハイブリッド参加型については、2023年版株主総会白書によれば、参加型バーチャル株主総会を実施した企業は19.9%で、比較的多くの企業で実施されているようです。しかし、実施企業の割合は前年と横ばいで、次回以降の実施を予定している企業の割合は、むしろ減少しています。視聴の状況を見ても、環境整備コストがかかる割には視聴率がそれほど高くないのが実情で、今後の動向は不透明です。
②のハイブリッド出席型や③のバーチャルオンリー型においては、下記のような課題があります。これらの導入が伸びていないのは、運営面における技術的課題も一因と考えられます。また、③のバーチャルオンリー型については、ニーズがない、株主との直接の対話という自社の方針に沿わない、他社動向を見たい、議決権行使助言会社のISS社が反対推奨のためといった理由もあげられています。
いずれにせよ、バーチャル株主総会を導入する場合、出席した株主が、株主総会当日に支障なく質問を行い、議決権を行使できるよう、会社はシステムを整える必要があり、議事運営にも配慮が必要です。株主総会の決議の方法などが決議取消事由(会社法831条1項)に当たらないよう、実施予定の運営について法的に問題がないか、慎重な検討を行う必要があります。
項目 | 課題の詳細 |
---|---|
株主の本人確認 | 本人確認の手段いかんによっては、なりすましの危険が高まる |
株主総会の出席と事前の議決権行使の効力の関係 | バーチャル出席株主が事前の議決権行使を行っていても、バーチャル株主総会へのログインをもって出席とカウントされ、それと同時に事前の議決権行使の効力が失われたものと扱われる。そのため、バーチャル出席株主が途中でログアウトした場合に無効票を増やすことになりかねない。 |
株主からの質問・動議の取扱い | バーチャル出席株主からの質問等をあらかじめテキスト入力で受け付ける場合、議長が都合の悪い質問を取り上げないなどの恣意的議事運営が問題となり得る。 また、バーチャル出席株主としても、議事運営を妨害する不当な目的で、同じ質問や動議を何度も送るなどして、質問権の行使や動議の提出を濫用的に行うことが可能となる。さらに、複数の株主総会に同時に参加できるため、議事の妨害がこれまで以上に容易となる。 |
(2)回答の方針
株主の利便性を考えれば、バーチャル株主総会の実施をしている企業は、その利便性の向上のための工夫をすることが望ましいといえます。未導入の企業も、ハイブリッド参加型の導入であれば前向きに検討してよいでしょう。
バーチャル株主総会の実施は必須ではありません ので、株主からの質問に対しては、会社の現状の方針を率直に回答することで差し支えありません。
役員選任議案(ダイバーシティ、スキル・マトリックス)
質問と回答例
取締役選任議案の顔ぶれを見ると、他社と比較して多様性に欠けているように感じる。女性、外国人といった多様性のほか、より年齢の若い取締役候補者はいないのか。多様性に関する当社の考え方と取組みを説明してもらいたい。
また、招集通知に記載されたスキル・マトリックスについては、どのような基準で項目が設定され、どのようにして該当性を判断しているのか教えてもらいたい。
A
当社では、企業価値向上のためにその役割および責務を実効的に果たすべく、ジェンダー、国際性、職歴、年齢等の観点での多様性を実現しつつ、必要な知識・経験・能力を備えた人材で取締役会を構成するべきであるという基本的な考え方を持っています。
ジェンダーの多様性に関しては、現在○名である女性役員を今後さらに増員するべく、経営人材の育成に取り組んでいます。また、国際性という観点からも、当社が海外市場に積極的に事業展開を行っている状況も踏まえ、外国人取締役の選任を有力な選択肢として検討を進めております。さらに、年齢という観点でも、取締役にふさわしい知見と素養を持ち合わせた人材については年齢にかかわらず積極的に役員として登用する方針です。
スキル・マトリックスにつきましては、当社の経営戦略に照らして取締役として備えるべきスキルという観点から、◯項目の内容を定めております。そのうえで、各取締役の知識・経験・能力等を踏まえて、取締役会における議論に基づいて、各取締役の項目への該当性を判断しております。
解説
(1)ダイバーシティ
コーポレートガバナンス・コードには以下のとおり記載されています。
上場会社は、(中略)社内における女性の活躍促進を含む多様性の確保を推進すべきである。
補充原則2-4①
上場会社は、女性・外国人・中途採用者の管理職への登用等、中核人材の登用等における多様性の確保についての考え方と自主的かつ測定可能な目標を示すとともに、その状況を開示すべきである。
取締役会は、その役割・責務を実効的に果たすための知識・経験・能力を全体としてバランス良く備え、ジェンダーや国際性、職歴、年齢の面を含む多様性と適正規模を両立させる形で構成されるべきである。
補充原則4-11①
取締役会は、(中略)取締役会の全体としての知識・経験・能力のバランス、多様性及び規模に関する考え方を定め、(中略)経営環境や事業特性等に応じた適切な形で取締役の有するスキル等の組み合わせを取締役の選任に関する方針・手続と併せて開示すべきである。
役員のダイバーシティというと、従前は女性の積極的な役員登用というジェンダーの観点で議論がなされることが多く、さらにグローバル展開している企業を中心として外国人を積極的に役員とすべきではないかという文脈で議論がなされていました。これにより、日本企業における女性取締役や外国人取締役の比率は次第に高まっています。
機関投資家の多くは、議決権行使に関して女性取締役数などの基準も設定しています。実際に、2023年6月に公表された「女性活躍・男女共同参画の重点方針 2023(女性版骨太の方針 2023)」では、プライム市場上場企業を対象として、「2030年までに、女性役員の比率を30%以上とすることを目指す」、「2025年を目途に、女性役員を1名以上選任するよう努める」などの目標を掲げています。
また、その中間的な目標として、2023年12月の「第5次男女共同参画基本計画」では、2025年までの新しい成果目標として「東証プライム市場上場企業役員に占める女性の割合」を19%とすることが決定されました。
これらのほかに、コーポレートガバナンス・コードでも指摘されているとおり、「年齢」に関する多様性という観点は、日本においてはまだ十分に対応が進んでいないようです。たとえば、東証プライム企業における取締役の平均年齢は諸外国に比べて高く、しかも年々高齢化が進んでおり、2024年には62歳を超えるまでとなっているとの報道もあります 7。
取締役の平均年齢が低いことが望ましいと一概にいえるものではありませんが、役員が高年齢者ばかりであるという意味で多様性に欠けることは、企業価値向上のために良くないことではないかという問題意識に基づく質問は想定されるところです。
(2)スキル・マトリックス
(1)で述べたとおり、コーポレートガバナンス・コードでは、取締役会の実効性確保のための前提条件として、知識・経験・能力をバランス良く備えること、多様性と適正規模を両立させる形で構成されることを求めるとともに(原則4-11)、経営戦略に照らして備えるべきスキル等を特定したうえで、取締役会の全体としての知識・経験・能力のバランス、多様性および規模に関する考え方を定め、各取締役の知識・経験・能力等を一覧化したいわゆるスキル・マトリックスをはじめ、取締役の有するスキル等の組み合わせを開示すべきとされています(補充原則4-11①)。
これに基づいて、スキル・マトリックスを用いて取締役の有するスキル等の組み合わせを開示する方法が実務では定着しています。特定された主要なスキルの類型には、たとえば以下のようなものがあり、7~9種類を設定している企業が多いようです 8。
特定したスキルの類型(TOPIX500構成銘柄)
(3)回答の方針
多様性・ダイバーシティに関しては、コーポレートガバナンス・コードおよび補充原則に基づいて多様性等に関する考え方を策定・公表していることと思いますので、その内容に基づいて具体的な取組みや現在の状況、将来の展望等を説明することになります。
また、スキル・マトリックスに関する質問については、会社の経営戦略に照らして備えるべきスキル等を特定していることを説明するとともに、該当性の判断方法について可能な範囲で説明することが考えられます。
取締役の個人別報酬の決定方針
質問と回答例
当社は、取締役の個人別報酬の具体的な支給額の決定を社長に一任している。これでは、どのような理由で報酬額が決定されたのか不透明である。この点についてどう考えているのか。
A
株主様のご指摘のように、当社では、取締役の個人別の報酬について、社長である私に具体的な支給額の決定を委任しております。
当社は、委任された権限を適切に行使するための措置といたしまして、委員の過半数を独立社外取締役とする報酬委員会の答申を尊重し、個人別の報酬の内容を決定しております。
また、この決定にあたっては、当社の業務全体の状況や各取締役に対する評価を勘案する必要がございます。そのためには、取締役間で協議するよりも、業務全体を統括する社長による決定が適しているものと考えております。社長による当該決定にあたっては、当然、善管注意義務を尽くすべきこととされております。
解説
(1)取締役の個人別報酬の決定方針
各取締役の報酬の決定を代表取締役に委任している会社は、2020年9月の調査結果によれば、日経500銘柄採用企業中165社であり、全体の約3分の1に及んでいます 9。
監査役会設置会社(公開会社かつ大会社に限る)であって有価証券報告書を提出しなければならない会社は、定款または株主総会の決議により取締役の個人別の報酬の内容を定めている場合を除き、取締役の個人別の報酬の内容についての決定方針に関する事項を、取締役会の決議により定めることが義務付けられています(会社法361条7項、会社法施行規則98条の5)。
これらの事項の中には、取締役の個人別の報酬等の内容についての決定の全部または一部を取締役その他の第三者に委任する場合における事項が含まれています(会社法施行規則98条の5第6号)。
加えて、公開会社は、役員の報酬に関する事項を事業報告に記載しなければなりません(会社法施行規則121条4号~6号の1、6号の3)。
コーポレートガバナンス・コードでは、「客観性・透明性ある手続に従い、報酬制度を設計し、具体的な報酬額を決定すべき」とされています(補充原則4-2①)。そのため、各取締役の報酬の決定を代表取締役に一任している場合は、その理由を株主から問われる可能性があります。
(2)回答の方針
取締役の個人別の報酬の内容の決定は、取締役会が取締役の職務執行に対する監督機能を発揮するうえで重要な手段です。そのため、その決定を代表取締役に一任する実務に対しては、一定の批判があります 10。
したがって、会社が各取締役の個人別の報酬の決定を代表取締役に一任するような実務を続けるのであれば、相当前向きな理由付けが必要といえます。
ビジネスと人権
質問と回答例
海外での原材料の調達にあたって、強制労働や児童労働などの人権侵害が発生して、不買運動に発展したり、ブランドイメージに傷がついたりしたケースを聞く。当社は、このような問題に対応できているか。
A
当社は、◯◯国から◯◯の調達を行っております。したがって、当社としましても、サプライチェーンにおける人権侵害リスクへの対処が重要と考えております。
具体的には、第2次サプライヤー以降も含めたサプライヤー全体における人権侵害リスクの調査および把握を行っており、問題がある場合は改善を求め、改善が見られない場合は取引停止を行うこととしています。
解説
(1)ビジネスと人権への対応
企業活動のグローバル化に伴って、近時、企業による人権尊重への取組みについて国際的な関心が高まっています。2011年の国連人権理事会において「ビジネスと人権に関する指導原則」11 が承認されたことにより、ビジネスと人権が国際的に重要な問題として認識されるようになりました。
人権尊重に関する取組みの不十分さは、企業イメージの低下などのレピュテーションリスクだけでなく、取引停止などの事業リスク、株価低下などの財務リスクのほか、法務リスクにもつながります。
諸外国の例でいうと、米国紛争鉱物規制、米国カリフォルニア州サプライチェーン透明化法、米国貿易円滑化及び権利行使に関する法律、英国現代奴隷法、EU非財務情報開示指令、EU紛争鉱物規則などがあり、海外で事業を展開する日本企業はこれらの規制を遵守しなければなりません。
また、持続可能な開発目標(SDGs)の達成にあたっては、人権の保護が重要な要素です。ESG投資における「S:Social(社会)」の観点においても、人権保護が注視すべき観点との認識が高まっています。それゆえ、人権侵害リスクへの取組みの甘い企業からは、投資が引き揚げられるリスクもあります。
日本政府の取組みとしては、2020年10月に「ビジネスと人権に関する行動計画」を策定したほか、2022年9月には「責任あるサプライチェーン等における人権尊重のためのガイドライン」を公表しました。また、2023年4月、政府は、公共調達の入札企業に対し、同ガイドラインを踏まえて人権尊重に取り組むべき努力義務を課すことを決定しました 12。同月、経済産業省は、実務の参考となる資料として「責任あるサプライチェーン等における人権尊重のための実務参照資料」を策定しています。
海外の動向については、上記ガイドラインの付属資料に「海外法制の概要」が紹介されていますので、参照するとよいでしょう。
(2)回答の方針
企業としては、以下のような取組みが、これまで以上に必要となります。
- 人権リスクに関するリスク・アセスメントをすること
- 人権侵害などが発生した場合の救済措置制度を整備すること
- 経営トップが人権尊重に向けたコミットメントを対外的に表明すること
対外的表明にあたって人権を少しでも軽視する姿勢が見られると、企業イメージへのマイナスのインパクトが大きいものとなります。
したがって、ビジネスと人権に関連する株主からの質問への回答でも、会社としての人権に対する姿勢が疑われないよう、回答内容を慎重に準備する必要があります。
LGBT理解増進法
質問と回答例
LGBTに関する法律が定められたようだが、それによって当社の事業運営にはどのような影響があるのか。LGBTに関する当社の認識や取組みについて説明してもらいたい。
A
LGBT理解増進法 13 は、性的指向およびジェンダーアイデンティティの多様性に関する国民の理解の増進を図ることを目的として制定されたものであり、国民1人ひとりの行動を制限したり、特定の者に新しい権利を与えたりするものではないと理解しております。
このため、法律の施行によりただちに当社の事業活動や運営に具体的な影響が生じるとは考えておりません。
しかしながら、LGBT理解増進法の定めを踏まえ、当社も事業者として、性的指向およびジェンダーアイデンティティの多様性に関する従業員の理解の増進に関して、普及啓発、就業環境の整備、相談の機会の確保等に向けて前向きに取り組んでいく必要があると考えており、具体的な施策を検討してまいります。
解説
(1)LGBT理解増進法とは
2023年6月、LGBT理解増進法が施行されました。この法律は、性的マイノリティの方々が、性的指向およびジェンダーアイデンティティの多様性に関して国民の理解が進んでいないことによって生きづらさを感じているとして、性的指向およびジェンダーアイデンティティの多様性に関する国民の理解の増進を図ることを目的として制定されたものです。
(2)事業主等の努力義務
LGBT理解増進法はいわゆる理念法であり、国民1人ひとりの行動を制限したり、特定の者に新しい権利を与えたりするものではありません。この法律により、国民1人ひとりが何らかの権利を取得することも、義務を負うこともないとされています。
もっとも、LGBT理解増進法には、国、地方公共団体および事業主等についての役割とそれらについての努力義務が定められています。たとえば事業主については、以下のように定められています。
基本理念にのっとり、性的指向及びジェンダーアイデンティティの多様性に関するその雇用する労働者の理解の増進に関し、普及啓発、就業環境の整備、相談の機会の確保等を行うことにより性的指向及びジェンダーアイデンティティの多様性に関する当該労働者の理解の増進に自ら努めるとともに、国又は地方公共団体が実施する性的指向及びジェンダーアイデンティティの多様性に関する国民の理解の増進に関する施策に協力するよう努めるものとする。
LGBT理解増進法には、「この法律に定める措置の実施等に当たっては、性的指向又はジェンダーアイデンティティにかかわらず、全ての国民が安心して生活することができることとなるよう、留意するものとする」との定めが置かれています(同法12条)。
このような定めが置かれたのは、法案審議の過程で、法律に定める措置の実施に際して、男女別トイレや公衆浴場の利用に関して問題が生じるのではないかとの懸念が示されたことによるものです。
(3)回答の方針
LGBT理解増進法を受けての影響や取組みについて、説明すべき具体的内容があれば回答に盛り込むことが考えられますが、具体的内容が定まっていないようであれば、将来に向けた取組みの姿勢を説明することになると思われます。
LGBTや法制度に対する理解の欠如と指摘されかねないような不用意な回答を行わないように、慎重に説明する必要があります。
選択的夫婦別姓
質問と回答例
選択的夫婦別姓の導入が議論されているが、当社ではどのような考え方なのか。そもそも当社では旧姓使用を認めているのか。
A-1
当社では旧姓使用を認めており、実際に旧姓を使用して働いている従業員がおります。選択的夫婦別姓の導入に関しては、将来の法制度の有り様に関わる問題であり、さまざまな考え方があり得ますので、当社として何らかの見解を表明することは差し控えさせていただきますが、幅広い議論を踏まえて方針決定されるべきものと認識しております。
A-2
当社では、従業員の正確な識別のために、原則として旧姓ではなく戸籍名の使用を求めることとしております。
解説
(1)選択的夫婦別姓制度とは
選択的夫婦別姓制度の導入が議論されています。夫婦が望む場合には、結婚後も夫婦がそれぞれ結婚前の氏を称することを認める制度です。
現在の民法では、結婚に際して、男性または女性のいずれか一方が必ず氏を改めなければならないとされています(民法750条)。実際には、男性の氏を選び、女性が氏を改める例が圧倒的多数ですが、女性の社会進出等の進展に伴い、改氏による社会的な不便・不利益がかねてから指摘されているところであり、選択的夫婦別姓制度の導入を求める意見が高まっています。
(2)夫婦同姓を定める法令の合憲性をめぐる裁判
また、夫婦同姓を定める民法750条と婚姻届の手続を定める戸籍法74条について、「法の下の平等や両性の本質的平等を定めた憲法に反する」と主張する裁判が提起されています。2015年に最高裁は「婚姻前に築いた個人の信用、評価、名誉感情等を婚姻後も維持する利益等は、憲法上の権利として保障される人格権の一内容であるとまではいえない」として、民法規定を合憲と判断しました(最高裁(大)平成27年12月16日判決・民集69巻8号2586頁)。
最高裁は、2021年にも、改めて民法750条および戸籍法74条は合憲であるとの判断を行いました(最高裁(大)令和3年6月23日決定・集民266号1頁)。同判決は、上記の2015(平成27)年の大法廷判決以降、女性の就業率の上昇や管理職に占める女性割合の増加等の社会の変化、いわゆる選択的夫婦別姓制度の導入に賛成する人の割合が増えるなど、国民の意識の変化があったという事情を踏まえても、大法廷判決の判断を変更すべきものとは認められないと述べています。
一方で、同判決は、夫婦の姓についてどのような制度をとるのが立法政策として相当かという問題は、夫婦同姓を定める現行法の規定が憲法24条に違反して無効かどうかという憲法適合性の審査の問題とは次元が異なっており、この種の制度のあり方は、国会で議論し、判断すべき事柄であるとも述べています。
(3)職場における旧姓使用
以上のとおり、法律において夫婦別姓が認められていない状況の中では、職場における旧姓使用の可否も問題となり得ます。現在では多くの企業で旧姓使用が認められていますが、一方で旧姓使用を認めない職場も存在しています。
職場での旧姓使用を認めないことが違法であるとして争われ、「職場という集団の中で戸籍姓の使用を求めることは合理性、必要性があるとして、職場で戸籍姓の使用を求めることは違法ではない」と判断された事例もあります(東京地裁平成28年10月11日判決・判時2329号60頁)。他方で、上記の2015(平成27)年の最高裁判決では、「夫婦同氏制は、婚姻前の氏を通称として使用することまで許さないというものではなく、近時、婚姻前の氏を通称として使用することが社会的に広まっているところ、〔夫婦同氏制〕の不利益は、このような氏の通称使用が広まることにより一定程度は緩和され得るものである」と指摘されています。
(4)回答の方針
旧姓使用を認めているかについては事実を回答することになりますが、認めていない場合には、それを合理化する何らかの説明が必要になります。現在では多くの企業において旧姓を通称として使用することが認められている状況にあるため、使用不可の場合の説明は難しいところですが、積極的な理由を準備しておくべきです。
なお、選択的夫婦別姓制度に関しては、今後の法令改正に委ねられた事項であり、さまざまな意見も存在しますので、会社として特定の見解を表明する必要はなく、望ましいことでもないと思われます。
従業員の副業・兼業
質問と回答例
厚生労働省が「副業・兼業の促進に関するガイドライン」を公表・改定するなど、副業を認める流れが加速している。当社では従業員による副業に対してどのような姿勢なのか。また、実際に副業を行っている従業員はどれほどいるのか。
A-1
当社では、従業員の働き方の多様性を確保するため、近時改定された厚生労働省のモデル就業規則に準拠して、就業規則において原則として副業を認めています。ただし、当社の労務提供に支障の生じる場合、当社の業務上の秘密が漏えいする場合、当社の名誉や信用を損なうような場合には、副業を制限することができることとしています。これを受けて、◯◯年は約◯◯名が副業に従事しています。
A-2
当社の就業規則では、副業・兼業について許可制をとっていますが、厚生労働省の「副業・兼業の促進に関するガイドライン」の趣旨も踏まえ、従業員が副業を希望した際には、当社への労務提供に支障が生じる場合や企業秘密が漏えいする場合などを除いて、原則として許可を与えるという方針の下に運用しています。当社で実際に副業を行っている従業員は◯◯名ほどいます。
解説
(1)副業・兼業の促進という流れ
従来は就業規則において副業・兼業を禁止したり許可制をとったりする企業が多く見られました。しかし、労働者が労働時間以外の時間をどのように利用するかは、基本的には労働者の自由であり、各企業がそれを制限することが許されるのは、労務提供上の支障がある場合、業務上の秘密が漏えいする場合、会社の名誉や信用を損なう行為がある場合等に限られるというのが裁判例の考え方でした。
そのような中で、副業・兼業を希望する者が増加する社会状況を踏まえ、2018年には厚生労働省の「モデル就業規則」が改定され、兼業を禁止するルールから原則自由に変更されたほか、「副業・兼業の促進に関するガイドライン」が策定されました。同ガイドラインにも「労働時間以外の時間については、労働者の希望に応じて、原則、副業・兼業を認める方向で検討することが求められる」と記載されています。
さらに2020年9月には、副業・兼業を促進する厚生労働省は企業の副業社員の労務管理の簡素化を図るため(労働基準法では、企業に従業員の労働時間を本業と副業の通算で把握することを義務付けるが、副業先の労働時間を正確に把握するのは難しいという問題がありました)、ガイドラインが改定され、従業員の自己申告に基づいて副業時間を把握することが認められました 14。
これに加えて、2022年7月のガイドライン改定では、企業は、副業・兼業を許容しているか否か、また条件付許容の場合はその条件について、自社のホームページ等において公表することが望ましいと定められました。これは、労働者が就労先を検討するにあたり、副業や兼業の可否等を事前に把握しやすいようにすることにより、労働者の多様なキャリア形成を促進することを目的としたものです。
以上のとおり、会社の業務運営等に支障の生じないかぎり、副業・兼業を認めることが社会的な流れとなっています。
(2)回答の方針
株主から副業・兼業に関する質問がなされた場合に、会社として否定的・消極的な姿勢が見られる回答を行うと、社会状況からの隔たりを指摘されることになりかねません。そこで、仮に副業に関して許可制を採用している場合であっても、上記9-1のA-2のように、実際の運用では支障の生じる場合を除いて許可を与えるようにしていることを強調するなど、副業・兼業に前向きな姿勢をとっていると述べることが望ましいと考えられます。
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金融庁の公表資料「株主総会前の適切な情報提供について」によると、2023年4月期~2024年3月期決算の会社において、株主総会後3日までに提出した会社は95%、株主総会前に有価証券報告書を提出している会社は1.5%でした。 ↩︎
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「一般に」と述べる趣旨は、記載上の注意(1)gは、通則規定であり、その対象となる有報の記載事項は限定されていないことから、その記載内容によってはいずれの記載事項についても対象となり得るということです。 ↩︎
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開示府令17条1項1号ロ ↩︎
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開示府令19条2項9号の3、金融庁企画市場局「企業内容等の開示に関する留意事項について(企業内容等開示ガイドライン)」(令和7年2月)76頁(24の5-23) ↩︎
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「2023年版株主総会白書」(旬刊商事法務2344号) ↩︎
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2025年2月20日付け日本経済新聞「老いる日本の取締役会 平均最高齢に、70歳以上18%」(2025年6月9日最終閲覧)。年齢層が高いことが多い社外取締役の増加の影響も考えられますが、社内の取締役だけを見ても平均年齢は約60.9歳にまで高まっているとされています。米国ニューヨーク証券取引所企業の取締役平均年齢は東証プライム企業を上回るものの、ナスダック企業、英国のロンドン証券取引所、ドイツ、韓国および香港市場の企業の取締役平均年齢はこれらよりも下回っているといいます。 ↩︎
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株式会社東京証券取引所「東証上場会社コーポレート・ガバナンス白書2023」86~87頁 ↩︎
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内ヶ崎茂ほか「日経500社における経営者報酬制度の設計・開示状況:2020年9月日経500銘柄採用企業」(資料版商事法務440号7頁) ↩︎
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落合誠一編『会社法コンメンタール8 機関(2)』(商事法務、2009)166~167頁(田中亘) ↩︎
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ビジネスと人権に関する行動計画の実施に係る関係府省庁施策推進・連絡会議決定「公共調達における人権配慮について」(令和5年4月3日) ↩︎
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正式名称は「性的指向及びジェンダーアイデンティティの多様性に関する国民の理解の増進に関する法律」。 ↩︎
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詳細は厚生労働省ウェブサイトをご参照ください。 ↩︎

日比谷パーク法律事務所

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