株主総会のトレンド
第2回 2025最新!株主総会の想定問答と解説 買収への対応方針ほか
コーポレート・M&A
目次
一般に、上場企業各社の総会事務局・担当者は、株主総会において株主から受ける質問を想定して「想定問答」を作成します。株主は、関心を持っているトピックに関連して、「当社ではどうなっているのか」「A社では◯◯だそうだが、当社ではどうなのか」といった質問をすることがしばしば見られるため、近時のトピックに関する自社としての対応という観点からの準備を十分にしておく必要があります。
本稿では、近時の法改正や上場企業を取り巻く社会環境・市場環境の変化、時事問題に対応したトピックなど、最新動向を踏まえて想定される質問と回答例、および関連して運営担当者が知っておくべき事項について解説します。
当然ながら、回答内容は各社の状況に応じて異なるため、回答例をそのまま利用するのは難しいでしょうが、回答の方向性や説明方法の参考にし、また、答弁役員の事前準備に活用していただければと考えています。
想定問答の役割と注意点
一般に、上場企業各社の総会事務局・担当者は株主総会の想定問答を作成しますが、想定どおりの質問がなされることは必ずしも多くありません。
実際の質疑応答の際に、用意していた想定問答の中から近いものを選んで回答部分を読み上げると、質問と回答がかみ合わないものになってしまったり、株主に「答弁役員は事前に用意された原稿を読み上げている」という印象を与えてしまうおそれがあります。そのため、想定問答を回答時に読み上げるべき原稿と位置付けるのは望ましいことではありません。
想定問答の役割は、答弁役員が事前にどのような質問がなされそうかを把握し、回答の方向性を確認したり回答の練習を行ったりすることや、実際の質疑応答の際の参考資料とすることにあります。そして、実際の質疑応答の場面では答弁役員が自らの言葉で回答・説明を行うのが理想です。
本稿および本連載第1回で扱うトピックの中には、昨今の株主総会において株主から質問がされやすい割には、これまで十分に検討されてこなかったものも多いと思いますので、適切に準備しておく必要があります。それでは見ていきましょう。
DX(デジタルトランスフォーメーション)
質問と回答例
最近よく話題に上る「DX」について、当社ではどのような取組みを行っているか。
A
新型コロナウイルス感染症の影響で、仕事や生活においてオンラインによるサービスが中心的な役割を担うことが新しい常態となり、そのような時代が想定より早く到来したといわれております。特に、当社の事業の関係では、◯◯のような状況が加速するものと考えております。
このような環境の下、当社では、◯◯などの領域で、デジタル化・グローバル化をよりいっそう推進してまいりたいと考えます。
解説
(1)DX推進の動き
デジタルトランスフォーメーション(DX)は、ビジネス上さまざまな意味で用いられていますが、経済産業省の「デジタルガバナンス・コード」の定義によれば、「企業がビジネス環境の激しい変化に対応し、データとデジタル技術を活用して、顧客や社会のニーズを基に、製品やサービス、ビジネスモデルを変革するとともに、業務そのものや、組織、プロセス、企業文化・風土を変革し、競争上の優位性を確立すること」と整理されています 1。
DXをどう定義するかはさて置いても、デジタル技術を利用して、既存のビジネスモデルを置き換え、また、これまで存在しなかったビジネスモデルを展開する動きが、多くの産業分野において加速していることは間違いありません。ビジネスの要素をデジタル化するという単純な発想を端緒としながら、既存のビジネスモデルや産業構造が根底から覆され、破壊されるという動き(デジタル・ディスラプション)につながり得るものです。
この関係での政府の施策としては、2020年11月から、「情報処理の促進に関する法律」に基づき、デジタルガバナンス・コードの基本的事項に対応する企業を国が認定する「DX認定制度」が開始されました。認定の取得は、経済産業省と東京証券取引所(以下「東証」といいます)が共同で選定する「DX銘柄」の申請要件になっていることから、これは、上場企業において企業価値の向上につながるDXを推進していくうえで重要な認定制度といえます(2025年5月時点の認定事業者数は1,448に上ります 2)。
(2)回答の方針
デジタル化の大きな流れの中、デジタル技術を利用した自社のビジネスの変革の方向性が株主から問われるのは当然のことであり、事業に関係する将来の見通しと、会社としての対応を示すことによって、株主にきちんと説明できるようにしておく必要があります。
しかし、DXの推進のためには、経営戦略自体の見直しが必要であり、そのための体制整備も不可欠です。また、デジタル技術の進展の速度は速いため、変化へのスピーディな対応も求められます。さらには、基盤となるITシステムの適切かつタイムリーな構築(しかも、それ自体なかなか容易ではありません)が必要であることはもちろんのこと、既存の業務プロセスを刷新する内容のITシステムの導入によって、業務プロセス自体の変革を現場に求める必要もあり得ます。
このような課題に対して経営トップが強い主導権をもって取り組むことが、株主から期待されているといえます。
資本コストや株価を意識した経営
質問と回答例
当社は資本効率が悪い。その改善のためには株主還元を強化すべきだ。この点について、どう考えているか。
A
当社としては資本コストを意識した経営を推進しており、その指標として◯◯を重視しております。本事業年度における当該指標は◯◯ですが、◯◯年度までに◯◯を達成することを目標としております。当該指標の向上を図るため、◯◯などの施策を遂行してまいります。他方、当社は、当社の利益体質と事業環境を踏まえて、成長投資と株主還元が最適なバランスとなるよう、株主還元の方針を決定しております。
解説
(1)資本コストや株価を意識した経営
東証は、2023年3月31日、「資本コストや株価を意識した経営の実現に向けた対応について」を公表し、プライム市場・スタンダード市場の全上場会社を対象として、単に損益計算書上の売上や利益水準を意識するだけでなく、バランスシートをベースとする資本コストや資本収益性を意識した経営の実現に向けて、現状分析、計画策定・開示、取組みの実行を行い、年1回以上、進捗状況に関する分析を行い、開示をアップデートすることを要請しました。
さらに、東証は、2024年8月30日、機関投資家をはじめとする市場関係者との意見交換や「市場区分の見直しに関するフォローアップ会議」での議論を踏まえ、「資本コストや株価を意識した経営の実現に向けた対応」に関する今後の施策を取りまとめました 3。また、同年11月21日、自社の取組みを点検・ブラッシュアップする際の参考となるよう、新たに「投資者の目線とギャップのある事例」を取りまとめるとともに、同年2月に公表した「投資者の視点を踏まえた対応のポイントと事例」について、最近の投資者からのフィードバックを踏まえて、ポイント・事例を拡充しました 4。
開示について書式の定めはありませんが、経営戦略や経営計画、決算説明資料、自社ウェブサイト、上場維持基準の適合に向けた計画などの中で開示することが想定されています。東証が2023年4月1日に改訂した「コーポレート・ガバナンスに関する報告書 記載要領」においても、「資本コストや株価を意識した経営の実現に向けた対応」に関する開示を行っている場合、その旨とその閲覧方法を記載することが求められています。
この要請においては、企業は、資本収益性や市場評価の改善に向けた方針や目標について、投資者にわかりやすい形で示すことが期待されており、現状分析や目標に係る指標としては、資本コスト(WACC、株主資本コストなど)、資本収益性(ROIC、ROEなど)、市場評価(株価・時価総額、PBR、PERなど)に係る指標の利用が考えられます。
とりわけ、PBRに関して、いわゆる「PBR1倍割れ」は、資本コストを上回る資本収益性を達成できていないことが示唆される1つの目安ですが、東証が市場区分の見直しに関するフォローアップ会議において2023年1月30日に公表した「論点整理を踏まえた今後の東証の対応」の中で、PBRが継続的に1倍を割っている会社に対しては、自社の資本コストや資本収益性の改善に向けた方針や取組み、その進捗状況などを開示することを強く要請したこともあり、PBR1倍割れの銘柄に注目が集まる傾向が見られます。
もっとも、その対応としては、資本収益性の向上に向けてバランスシートが効果的に価値創造に寄与する内容となっているかを分析した結果として、自社株買いや増配が有効な手段と考えられる場合もあるものの、自社株買いや増配のみの対応や一過性の対応を期待するものではない、と東証は指摘しています。アクティビストは、とかく資本効率の改善を旗印に株主還元強化を要求する動きが見られますが、東証は、あくまでも、継続して資本コストを上回る資本収益性を達成し、持続的な成長を果たすための、抜本的な取組みを期待しているところです。
企業は、そのための方針や目標、具体的な内容を投資者にわかりやすく示し、投資者からの評価を得ながら、開示をベースとした投資者との積極的な対話を通じて、取組みをブラッシュアップしていくことが期待されています。
(2)回答の方針
株主から資本効率の向上のための自社株買いなどの株主還元に関する質問がなされた場合、株主還元のみならず、資本コストや資本収益性を十分に意識しながら持続的な成長の実現に向けた取組みの推進が期待されているといえますが、そのうえで、具体的な指標・数値目標を説明できることが望ましいと考えられます。
買収への対応方針
質問と回答例
企業買収のニュースをよく見るが、当社が買収の提案を受けた場合には、どのように対応するのか。実際に、買収提案は受けているのか。
A
買収提案に関するご質問について、現時点において、株主の皆さまにご説明すべき具体的事項はございません。
当社は、株主や投資家の皆様とのコミュニケーションを重視し、平素よりIR・SR活動を通じてこれに努めております。真摯な買収提案を受けた場合、買付者に対して情報提供を求め、取締役会としての真摯な検討を行い、株主の皆様に十分な情報の提供を行ったうえでご判断いただくようにする所存です。
解説
(1)企業買収行動指針の公表
近年、企業買収に関する動きが活発化しており、とりわけ「同意なき買収」(敵対的買収)の件数が上場企業において増加傾向にあります。こうした動向を受けて、企業買収への対応方針に対する注目も高まっています。
コーポレートガバナンス・コードには以下のとおり記載されています。
買収防衛の効果をもたらすことを企図してとられる方策は、経営陣・取締役会の保身を目的とするものであってはならない。その導入・運用については、取締役会・監査役は、株主に対する受託者責任を全うする観点から、その必要性・合理性をしっかりと検討し、適正な手続を確保するとともに、株主に十分な説明を行うべきである。
補充原則1-5①
上場会社は、自社の株式が公開買付けに付された場合には、取締役会としての考え方(対抗提案があればその内容を含む)を明確に説明すべきであり、また、株主が公開買付けに応じて株式を手放す権利を不当に妨げる措置を講じるべきではない。
上場企業としては、平素より投資家との対話(エンゲージメント)を通じて、株主や市場の動向を適切に把握しておくことが重要です。そのうえで、買収への対応方針を導入する場合でも、その目的は経営者の保身ではなく、一般株主の利益を守ることを目的とするものであること、そのために株主に対する十分な情報提供に努めるべきことを意識する必要があります。
経済産業省は、2023年8月31日に「企業買収における行動指針」(企業買収行動指針)を公表しました。この指針は、上場会社の経営支配権を取得する買収をめぐる買収者や対象会社の行動の在り方を中心とした原則論およびベストプラクティスを示したものです。
企業買収行動指針の公表により、これまであまりなされてこなかった上場企業同士の「同意なき買収」提案が実際に増加していますし、今後もこのような事例は増加していくと見込まれています。昨今の事例でも、上場企業が同意なき買収提案を行った事例や、上場企業が子会社化を目的としたTOB(公開買付け)の実施や、対抗TOBの事例も見られるようになっています。
(2)公開買付制度・大量保有報告制度の改正
また、金融庁も、2023年12月、金融審議会「公開買付制度・大量保有報告制度等ワーキング・グループ」報告を公表しました 5。これを踏まえ、公開買付制度・大量保有報告制度の改正を含む「金融商品取引法及び投資信託及び投資法人に関する法律の一部を改正する法律案」が2024年5月15日に成立しました。ここでは、市場内取引によって会社支配権に重大な影響を及ぼし得る場合にもTOB(公開買付け)の実施を義務付けるべきことや、TOBが必要となる閾値を「3分の1」から「30%」へ引き下げることなどの重要な改正がなされました。
大量保有報告制度においても、共同保有者の範囲が明確化されるなどの改正がなされています。ここでは、複数の機関投資家が特定の株主総会における特定の議案に関して議決権の共同行使を合意する形での協働エンゲージメントが意識されています。
(3)実質株主確認制度の検討
さらに、株主・投資家との対話を促進する観点から、株主名簿上の株主に実質株主(株主名簿上の株主に対する議決権指図権限等を有する者)の情報を請求できるようにする会社法改正も議論されています。現行法の下では、保有割合が5%超の株主に情報開示を義務付ける大量保有報告制度はあるものの、5%以下の実質株主を企業が把握する制度はありませんが、企業が実質株主を確認するための制度(実質株主確認制度)の創設が、法制審議会に諮問されています。
また、法改正に先行して金融庁と東京証券取引所が改訂を進めるスチュワードシップ・コード(機関投資家の行動指針)にも対応策(企業から問い合わせがあれば、株主が説明するよう促す方向)を盛り込む改訂が検討されています。
(4)回答の方針
一般株主からこのような制度変更の動向にまで踏み込んだ質問を株主総会で行うことは多くありませんが、昨今の企業買収などをめぐる動向、特に同意なき買収の具体的な事案を踏まえて、自社に対する買収に対する考え方についての質問がなされる可能性は十分にあります。その場合、近時の法改正や企業買収行動指針への理解を踏まえ、自社としてどのように企業価値の向上に努めているかを丁寧に説明することが求められます。
現時点における買収提案の有無に関する質問に対しては、適時開示を行っていない限り説明する必要はなく、むしろ説明すべき事項はない旨の回答を行うべきです。
子会社における不祥事対策
質問と回答例
子会社での不祥事が発覚して親会社にも影響が及ぶ事例が頻発している。当社は大丈夫なのか。どのような対策を講じているのか。また、海外子会社の不祥事対策はどうか。
A
子会社での不祥事が発生する事案が報道されていることは認識しており、当社でも不祥事予防のための取組みを行っております。
まず、当社グループ全体のガバナンスに関する基本方針(グループ・ガバナンス方針)を策定しております。また、第1線の事業部門、第2線の管理部門、第3線の内部監査部門からなる、いわゆる3線ディフェンスを適切に運用することにより、内部統制システムの実効性を高めるべく取り組んでおります。具体的には各部門の独立性を担保するとともに、その役割について役職員に周知させる取組みを行っております。
ご指摘の海外子会社につきましては、現地の法制度やビジネス慣行等を適切に理解したうえで、特性に応じたモニタリング体制を構築しております。また、子会社役員には十分なコンプライアンス意識を持った経営人材を登用しているほか、定期的なコミュニケーションを図っています。また、不祥事の早期予防および発見のため、グループ全体から通報を受け付ける統一的な内部通報制度を設けています。
解説
(1)グループガイドラインの策定
2019年6月28日、経済産業省は「グループ・ガバナンス・システムに関する実務指針」(以下「グループガイドライン」といいます)を策定しました。
これはコーポレート・ガバナンス・システム研究会(第2期)の議論の成果を、グルーブガバナンスの実効性を確保するために一般的に有意義と考えられる具体的な行動(ベストプラクティス)や重要な視点を取りまとめたものです。主として単体としての企業経営を念頭に作成されたコーポレートガバナンス・コードの趣旨を敷衍し、子会社を保有しグループ経営を行う企業においてグループ全体の企業価値向上を図るためのガバナンスの在り方が示されています。
グループガイドラインの目的は、企業グループとして、中長期的な企業価値向上と持続的成長を図るため、「守り」と「攻め」の両面でいかにガバナンスを機能させるか、事業ポートフォリオをどのように最適化するか等、実効的なグループガバナンスの在り方に関し、各社における検討に資するようなベストプラクティスを示すことにあるとされています。
また、グループガイドラインは、一般的なベストプラクティスを示すものであり、これに沿った対応を行わなかったことが取締役等の善管注意義務違反を構成するものではないとされています。その一方で、本ガイドラインに沿った対応を行った場合には、他に特段の事情がない限り、通常は善管注意義務を十分に果たしていると評価されるであろうとされています。
(2)グループガイドラインの内容
グループガイドラインでは、①グループ設計の在り方、②事業ポートフォリオマネジメントの在り方、③内部統制システムの在り方、④子会社経営陣の指名・報酬の在り方、⑤上場子会社に関するガバナンスの在り方などに分けて記載がなされています。
以下では、このうち③の内容の一部を紹介します。
まず、内部統制システム構築・運用に関する基本的な考え方として、グループ全体での実効的な内部統制システムの具体的設計にあたっては、各社の経営方針や各子会社の体制等に応じ、監視・監督型や一体運用型の選択や組合せが検討されるべきとされています。内部統制システムの高度化にあたっては、ITの活用等により効率性とのバランスを図ることも重要と指摘されています。
また、親会社の取締役会は、グループ全体の内部統制システム構築に関する基本方針を決定し、子会社を含めたその構築・運用状況を監視・監督する責務を負うとされています。グループ全体の内部統制システムの監査については、親会社の監査役等と子会社の監査役等の連携により、効率的に行うことが検討されるべきともされています。
さらに、実効的な内部統制システムの構築・運営の在り方として、第1線(事業部門)、第2線(管理部門)、第3線(内部監査部門)からなる「3線ディフェンス」の導入と適切な運用の在り方が検討されるべきとされています。
加えて、監査役等の人材育成や指名・選任にあたっては、役割認識・意欲や専門的知見について配慮すべきこと、経営トップは管理部門や内部監査部門の重要性を認識し、中長期的な人材育成や、専門資格の取得等を通じた専門性やプロフェッショナル意識の向上を図るべきと指摘されています。
(3)不祥事予防のプリンシプル
2018年3月30日、日本取引所自主規制法人は、不祥事(重大な不正・不適切な行為等)を予防する取組みの実効性を高めるための原則をまとめた「上場会社における不祥事予防のプリンシプル」を策定しました。同プリンシプルでは、グループ全体に行きわたる実効的な経営管理を行うこととされ、管理体制の構築にあたっては、自社グループの構造や特性に即して、各グループ会社の経営上の重要性や抱えるリスクの高低等を踏まえることが重要であると指摘されています。
より具体的には、コンプライアンスの方針についてはグループ全体で一貫させるべきであり、子会社・孫会社等をカバーするレポーティング・ライン(指揮命令系統を含む)が確実に機能し、監査機能が発揮される体制を、適切に構築することが重要であるとされています。
また、特に海外子会社や買収子会社にはその特性に応じた実効性ある経営管理が求められており、①海外子会社・海外拠点に関し、地理的距離による監査頻度の低下、言語・文化・会計基準・法制度等の違いなどの要因による経営管理の希薄化の問題があること、②M&Aにあたっては、必要かつ十分な情報収集のうえ、事前に必要な管理体制を十分に検討しておくべきこと、買収後は有効な管理体制の速やかな構築と運用が重要であることに留意すべきとされています。
(4)回答の方針
グループガイドラインの内容も踏まえ、グループ全体での内部統制システム構築・運用の状況など不祥事予防に向けた取組みの内容について具体的な説明を行うことになります。
実効性ある経営管理が特に求められるとされている海外子会社や買収子会社については、特に具体的な取組みの内容を丁寧に説明することが考えられます。
公益通報者保護法(内部通報制度)
質問と回答例
当社の内部通報制度は、不祥事案の発覚につながるものとなっているのか。内部通報制度の運用に際して特に留意していることがあれば教えてもらいたい。
A
当社では内部通報制度を設置しており、法令や指針の内容も踏まえ、適切な体制を整えております。
内部通報制度は、不祥事案を未然に防止し、あるいは、早期に発見するために有益な制度であると捉えており、制度が実効的に機能するよう、従業員には積極的に制度を利用するよう呼びかけをしております。
内部通報制度の運用に際しては、通報者の秘密の保護、不利益取扱いの禁止、通報事案に対する適切な調査および是正措置の実施という点が重要であると考えており、制度に関わる従業員にも運用方法に関する研修を受けさせるなどして、実効性を向上させるための取組みを進めております。
解説
(1)労働者301人以上の事業者がとるべき措置
2022年6月に施行された改正公益通報者保護法は、労働者が301人以上の事業者に対し、内部通報に対応する窓口の設置、内部規定の策定、公益通報に適切に対応する体制を整備することなどを義務付けています。
これを受けて、消費者庁は、事業者の義務の具体的内容を定めるために「公益通報者保護法に基づく指針 6」(以下「法定指針」といいます)を定めて、事業者に以下のような措置を求めています。
措置② 不正が疑われる事案の関係者を調査に関与させない措置をとること
措置③ 不利益な取扱いを行うことを防ぐための措置をとること
措置④ 通報者の探索を行うことを防ぐための措置をとり、探索が行われた場合に懲戒処分等の適切な措置をとること
措置⑤ 不正の是正措置をとった場合等に通報者へ通知すること 事業者は、法定指針で定められたこれらの措置を実施する必要があります。
また、消費者庁は、2021年10月、指針の解説 7 も公表しました。これには、法定指針に沿った対応をとるためにいかなる取組みが必要であるかという検討を後押しするため、「指針を遵守するために参考となる考え方や指針が求める措置に関する具体的な取組例」が示されており、また、「指針を遵守するための取組を超えて、事業者が自主的に取り組むことが期待される推奨事項に関する考え方や具体例」についても示されています。
(2)不備による行政指導
消費者庁は、必要に応じて事業者に報告を求め、違反があれば助言、指導や勧告をし、従わない場合は事業者名を公表することができるとされています。
実際に、消費者庁は、2024年1月、ダイハツ工業の品質不正問題をめぐり、公益通報者保護法に基づく内部通報制度の運用に不備があるとして、同社に対して改善を求める行政指導を行ったことを発表しました 8。ダイハツ工業の内部通報制度の運用について消費者庁が調査したところ、法定指針で求められた措置(上記の措置②・⑤)がとられていなかったことによるものとのことです。
このように、不祥事案の発生等を端緒として内部通報制度の運用上の不備が発覚した場合、消費者庁からの行政指導を受ける可能性もあります。
(3)消費者庁による有識者検討会報告書(2024年12月)
2024年12月、消費者庁は、公益通報者保護法制度の見直しを議論する有識者検討会(公益通報者保護制度検討会)のとりまとめた報告書を公表しました。この報告書では、以下のような点が提言されており、これに基づいた法改正の準備が進められました。
- 不正を通報した者に対して報復や隠ぺいを目的として解雇や懲戒処分とした場合に事業者に刑事罰を科すること
- 解雇や懲戒を不服として通報者が民事訴訟に訴えた場合、「公益通報を理由とすること」の立証責任を事業者に転換すべきこと など
(4)公益通報者保護法の改正(2025年6月)
2025年6月4日、「公益通報者保護法の一部を改正する法律案」が成立しました。公布から1年6か月以内に施行されます(附則1条)。施行日までには、本改正を踏まえた法定指針および指針の解説の改訂がなされると思われます。
改正法は、上記報告書の提言を踏まえ、公益通報を理由として解雇や懲戒をした場合に刑事罰を科す罰則規定を設けることなどにより、実効性向上を図るものです。主な改正項目は以下のとおりです。
- 事業者が公益通報に対応するための体制整備の徹底と実効性の向上
- 公益通報者の範囲の拡大(フリーランスを追加)
- 公益通報を阻害する要因への対処
- 公益通報を理由とする不利益な取扱い抑止・救済を強化するための措置(通報後1年以内の解雇または懲戒処分は、公益通報を理由として行われたものと推定する(立証責任の転換)。公益通報を理由として解雇・懲戒処分をした事業者に3,000万円以下の罰金、処分を決定した個人に6月以下の拘禁刑または30万円以下の罰金など)
(4)回答の方針
内部通報制度の設置状況、利用の状況等を踏まえて、法令や法定指針の内容を遵守して適切な制度を設置していることを説明することになります。
内部通報制度を実効的に機能させるための措置として、従業員等への教育、周知に関する措置を行うことも必要とされていることから、これらの点への取組みの状況を説明することも考えられます。
その他の想定質問
上記以外に想定される質問を以下で紹介します。各社の状況に応じた回答例を作成し、また、答弁役員の事前準備にご活用ください。
デジタル化・DX推進、生成AIの活用
- DXの推進の重要性がますます高まっている。当社も対処すべき課題にDX分野をあげているが、具体的な人員計画を教えてほしい。
- 生成AIの事業への活用の状況(あるいは検討状況)を説明してもらいたい。また、生成AIの利用に伴うリスクにはどのようなものがあり、どのように対処することを検討しているのかも教えてもらいたい。
- 2023年6月、政府は2030年までに東証プライム企業の女性役員比率を30%以上にする目標を掲げたとのことである。当社の女性役員比率は30%を下回っているが、今後どのように対応するつもりなのか。
- 女性役員を増やすといっても、女性の社外役員を増員するということではなく、女性の社内役員が増加するのが望ましいはずである。将来的に社内役員となり得る人材の育成にはどのように取り組んでいるのか。
役員(報酬、スキル・マトリックス開示)
- 業績連動型の役員報酬制度を導入するのであれば、反対に、業績の悪化や不祥事の発生の場合、役員報酬を会社に返還させるいわゆるクローバック条項の導入を検討しているか。
- 会社法の改正により、取締役の確定金銭報酬を新設・変更する場合も、それが相当とする理由を説明する必要がある。本総会では、取締役報酬の改定議案はないが、現在の取締役報酬について相当と考える理由を説明してほしい。
- スキル・マトリックスを見ると、各役員につき一定の分野の知見を有しているという内容となっているが、これはどのような基準でどのように判断しているのか説明してもらいたい。
- スキル・マトリックスの対象項目をこのように設定した理由を説明してもらいたい。
サステナビリティ
- SDGsへの取組みについて、当社はどのような方針であり、そのコストはどの程度を見込んでいるか。
- カーボンニュートラルの取組みについて、当社はどのような方針であり、そのコストはどの程度を見込んでいるか。
- ESGへの取組みについて、当社はどのような方針であり、そのコストはどの程度を見込んでいるか。
- 当社はプライム市場に上場しており、TCFDに沿った開示が義務付けられているが、気候変動に係るリスクや収益機会が当社の事業活動や収益にどのような影響を与えるか、それをどのように開示していくか。
内部通報制度
- 当社における内部通報制度の利用実績を教えてほしい。内部通報制度がまったく利用されていない場合は制度自体に問題があるといわれているが、当社ではどうか。
政治、経済、為替
- トランプ関税について、当社の業績にどのような影響があるか。それに対する対応策を講じているか。
- 日経平均が約30年ぶりの水準となるなど地合いが良いにもかかわらず、当社の株価が低迷しているのはどうしてなのか。
- 金利の上昇に伴う当社業績への影響を説明してもらいたい。
- 昨今の円安に伴う当社業績への影響を説明してもらいたい。
- 原油価格が高騰しているが、当社業績への影響はどうか。また、リスクヘッジ対策は十分に行っているのか。
- 政府は地方創生を政策に掲げているが、当社には地方創生につながる取組みはあるか。
- 米中貿易摩擦が当社の事業や業績に与える影響について教えてほしい。また、それに対して当社としてはどのような対応策を講じていくのか。
- ロシア・ウクライナ戦争、ハマス・イスラエル対立、中国・台湾問題など方々で国際問題・紛争が発生しているが、当社経営に対する地政学リスクとして、どのようなものがあるか。
人事・労務
- 優秀な人材を確保するために新卒の新入社員に多額の報酬を支払う会社も出ているようであるが、当社ではそのような工夫は考えていないのか。
- 業務の見直しや削減により将来的に大幅な人員削減を見込んでいる企業も多いようであるが、当社では大幅な人員削減の計画や予定はないのか。
- ハラスメントに関する報道が後を絶たないが、当社におけるハラスメント事案の発生状況はどうなっているか。また、どのような防止策を講じているか。
- フジテレビの事案でも問題となったカスハラの防止について当社の取組みを説明してもらいたい。
- 厚生労働省によれば、2023年の賃上げ率は全体で3.6%と30年ぶりの高水準となったとのことである。当社の賃上げ水準がこの平均値に到達していないとすれば、その原因はどこにあるのか。今後の賃上げの見通しも説明してもらいたい。
- リモートワークやウェブ会議が増加する中で、労働生産性が低下しないように、どのような取組みを行っているのか。
- リモートワークの増加に伴って従来どおりのオフィススペースは不要となり、事業所を縮小したり移転したりする会社が増えているようだが、当社もオフィスの縮小や移転の検討は行っているのか。保有する本社ビルを売却すれば資産効率の向上にもつながるはずであるが、それは検討しているか。
コンプライアンス
- 国家公務員が職務の利害関係者から接待を受けたことが倫理規程に違反しているとされた事案が報道されているが、当社の関係省庁はどこになるのか。また、そのような関係省庁の公務員に対する接待を行っている事例はあるのか。
- 政治家による女性蔑視発言が話題になっていたが、当社においても女性の処遇をめぐって不適切な事例が発生したか。当社としてはどのように対応したか。
リスク管理
- 大震災やその他の自然災害への備えは万全なのか。
- 広告宣伝に起用しているタレントの不祥事案件が週刊誌等で報道された場合、当社のレピュテーションに悪影響が及ぶことが懸念されるが、身辺調査はしっかりと行っているのか。
- 退職者による機密情報の漏えいの事件が多く発生しているようだが、当社では機密情報の漏えい防止のためにどのような施策を講じているのか。
- 過去に機密情報の漏えいが発生したことはなかったのか。
- 当社におけるサイバー攻撃への取組みについて教えてもらいたい。実際に攻撃を受けたような事案はあったのか。システムダウンのリスクはないのか。
その他
- ISS社やグラス・ルイス社などの議決権行使助言会社は、本総会の各議案に対してどのような理由でどのような意見(推奨)を行っているのか。反対推奨の場合、当社から助言会社に対して行った反論等の対応内容を説明してもらいたい。
- コロナ禍の影響による限定された株主総会の運営(お土産の中止など)は、来年以降は正常化できる見込みなのか。
- 2025年に大阪・関西万博が開催されているが、これに関連して当社が行っている取組みはあるか。あるならば、どのような内容か。
- 親子上場に対しては外国人投資家等からの批判が強く、実際に少なくない会社でTOBによりこれを解消する動きが見られる。当社では親子上場解消に向けてどのような検討を行っているのか。
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経済産業省「デジタルガバナンス・コード2.0」(2020年11⽉9⽇策定、2022年9⽉13⽇改訂)1頁 ↩︎
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経済産業省のウェブサイト参照(2025年月9日最終閲覧)。 ↩︎
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詳細は日本取引所グループの公表資料「「資本コストや株価を意識した経営の実現に向けた対応」に関する今後の施策について」をご参照ください。 ↩︎
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詳細は日本取引所グループの公表資料「「資本コストや株価を意識した経営」に関する「投資者の目線とギャップのある事例」等の公表について」をご参照ください。 ↩︎
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正式名称は「公益通報者保護法第11条第1項及び第2項の規定に基づき事業者がとるべき措置に関して、その適切かつ有効な実施を図るために必要な指針」。 ↩︎
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正式名称は「公益通報者保護法に基づく指針(令和3年内閣府告示第118号)の解説」。 ↩︎
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日本経済新聞「消費者庁、ダイハツに行政指導 内部通報制度の運用巡り」(2024年1月19日、2025年6月9日最終閲覧) ↩︎

日比谷パーク法律事務所

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