法務の英語メール 課題克服レッスン
第5回 外国人弁護士への見積依頼に使える英語メールの文例 固定額での依頼や費用の上限を定める場合の表現とは
国際取引・海外進出
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目次
XYZ社の法務部に所属する先輩社員の佐藤さんと後輩社員の山田さんのOJTを通じて、TPOに応じた程よい英文表現をご紹介する本連載も5回目を迎えました。
今回のテーマは、外国法律事務所へのリーガルフィーの見積依頼です。メールを送る場合の心構えや書き方について、アンダーソン・毛利・友常法律事務所シンガポールオフィス所属の前田敦利弁護士が解説します。
昨年設立したシンガポール子会社で現地人事マネジャーを採用することになり、雇用契約の準備を法務で担当してほしい、という連絡を海外事業部から受けた佐藤さん。後輩社員の山田さんに、リーガルフィーの見積もり依頼メールの準備をお願いしました。
メール導入部分の簡単な表現
山田さん:
いざ見積もりをお願いするメールを書こうとしても、書き始めがなかなか難しくて筆が進みません。
佐藤先輩:
あまり難しく考えずに、これから連絡しようとする先へ、その経緯を簡単に説明すれば足りると思いますよ。たとえば、去年の設立案件をお願いした海外事業部からの紹介でご連絡します、という事であれば
と書いて早速、依頼したい事項を箇条書きにして始めるのでよいでしょう。
山田さん:
シンプルに伝えればよいのですね。
佐藤先輩:
前置きが長すぎるとかえって本題がわかりづらくなってしまうことがあります。経緯は端的に記載しましょう。なお、もしその海外事業部の担当の方から、「タカシというファーストネームで通ると思いますのでカジュアルに連絡してもらって構わないですよ。」といった情報を得ていたとしたら、
くらいに簡潔に始めてもよいかもしれません。XYZ社のTakashiの同僚、とさえ伝えればよい関係を先方の法律事務所と築けているのはよいですね。
山田さん:
外国の法律事務所の弁護士さんとファーストネームで呼び合うって、国際派って感じがしますね。
佐藤先輩:
ビジネス文化の違いはどの国との間にもあると思いますが、英語のビジネスのやり取りをする限りにおいて、あまり難しく考えなくてよいと思いますよ。依頼者であるこちらからファーストネームで始めれば、先方もファーストネームで呼んでくれます。
山田さん:
逆にもう少し丁寧というか、カジュアルではない感じでメールを始めるときはどういった表現がありますか。
佐藤先輩:
よい質問ですね。たとえば、I hope this email finds you wellというビジネスシーンでよく使う表現、あえて和訳すれば「ご健勝のことと存じます」という意味になりますが、主語の「I」を省略する形で始める次のような表現はどうでしょうか。
山田さん:
カジュアル過ぎず、すっきりと本題に入る表現で今後も活用できそうです。ありがとうございます!
佐藤先輩:
一点だけ追加でアドバイスします。would like toは一般的には丁寧な言い方なのですが、we would like you to という表現を使うと、受け手によっては命令されている(「…しろ」)と捉えられてしまう可能性があります。そのためビジネスシーンではwe would like you to という表現は使わないほうが無難です。
山田さん:
wouldを使っているので丁寧な表現だと思っていました。今後は使わないようにします。
経緯は端的な内容にとどめ、早々に本題に入ることがよい。
背景説明とナンバリングや見出しの有効利用
佐藤先輩:
ではいよいよ本題に入りましょう。見積もりをお願いするにあたり、当方の背景をきちんと説明しておくことが大切です。その際、次の例のように見出しを付けることで、「バックグラウンドを説明します」と伝えるための表現に悩まなくて済むと思います。
We established a wholly-owned subsidiary in Singapore last year and our internal budget for locally hiring a few senior management personnel at the Singapore subsidiary has just been approved…
山田さん:
なるほど。これは今後も自分でも使えそうです。
佐藤先輩:
先方の弁護士が見積もりを考える際には、色々と前提事実を置く必要があることが多いので、それをこちらからある程度特定しておく場合は、「1. Background & Assumptions」という表現でもよいでしょう。
このようにしてあれば、先方としても、… based on the Background and Assumptions provided in your email of XX March 2021とだけ書いて引用できますので先方にもありがたい整理だと思いますよ。
山田さん:
前提事実も特定しておくと先方も引用しやすいのですね。
佐藤先輩:
次に背景の中身です。できる限り、端的に説明することで、先方の弁護士にとっても業務範囲・作業項目や最終プロダクトをイメージしてもらいやすくなります。
契約書を1つ作ってもらうにしても、まずは当事者(法人と自然人の別、法人・設立地国、自然人の国籍)、言語、準拠法、取引契約であれば事業内容、雇用契約であればポジションや職務内容に始まり、employee handbookなどの関連する社内規程の有無など、弁護士にとって必要・関連する事情をいかに整理して伝えるかが法務部の腕の見せ所です。
案件の背景や依頼内容を整理して伝えることによって、不必要なコミュニケーションや作業を減らすことができ、正確な費用見積もりを取得しやすくなります。
また、少し先の話になりますが、整理された情報を伝えることにより、見積もり承認後の案件の進行自体もスムーズになると思います。
山田さん:
英語での説明自体にまだ経験が足りない私にとって、よい方法はありますか。
佐藤先輩:
難しく考えすぎずに、「整理すること」が大切です。いきなり英語で書き始めてしまうと重要な事項が抜け落ちてしまう可能性もあるため、まずは母国語である日本語で要点を書き出してみることも効果的です。
次に、要点を整理出来たら、実際に英語で書き始めるとよいと思います。そのうえで、たとえば、箇条書きにしたり、ナンバリングを付けたりすると視覚的にもわかりやすくなります。このような工夫は英語で依頼する場合のみならず、日本語で依頼する場合にも効果的ですね。
山田さん:
なるほど。背景の説明のみならず、依頼内容自体もそのように整理したら、今後のメールのやり取りでも参照しやすくなりますね。
佐藤先輩:
そうですね。たとえば、次の3で紹介するメール案のように依頼項目に (a), (b), (c) という記号を振っておけば、今後のやり取りの中でMatter (a)という表現で特定しやすくなりますね。
山田さん:
ポジションや業務内容については現地の人材紹介会社と相談して作成した募集要項に比較的詳しいものがあったはずなので、それをもらっておくようにします。
佐藤先輩:
とても重要な指摘ですね。雇用契約は私人と会社との間の契約ですので、双方に誤解やミスマッチが生じないよう、業務内容や雇用条件はできるだけ詳しく、そしてこれまでの当事者間の経緯に矛盾しないものを作成する必要がありますね。日本的な慣行でよく見られる抽象的な記載にとどまる業務内容は避けるべきです。
背景や依頼内容を整理して伝えることは、見積もり取得の場面のみならず、見積もり承認後に案件をスムーズに進めるためにも有用である。
ポイント③
説明の際は、箇条書きやナンバリングといった方法で、読み手にとって視覚的にも分かりやすくすることが効果的な場合が多い。
見積り依頼の表現あれこれ
佐藤先輩:
見積もりをお願いする文も、これまでと同様シンプルかつ丁寧にお伝えするので十分です。たとえば次のような表現はどうでしょうか。
We would be grateful if you could kindly provide us with a fee quote for assisting with the following:
(a) providing a legal memorandum setting out advice on key employment fundamentals in Singapore, including an overview of employment law considerations across the employee lifecycle: (i) the steps/requirements for employment and determining employment status; (ii) leave entitlements; (iii) disciplinary and grievance; (iv) dismissal; (v) probationary periods; and (vi) pay periods;
(b) converting our standard employment contract into a Singapore law-compliant contract; and
(c) advice on signing formalities for employment contracts and associated documents, as well as confirmation that all documents can be e-signed via●●●(or via similar means).
山田さん:
この表現はほかの先輩も使っているのを見たことがあります。こう見るとWe would be grateful if you could kindly… というのは1つの型のように使ってもよいということでしょうか。
佐藤先輩:
はい、そう思います。この表現に続いてお願いしたいことを、「もう少し詳しく説明してください/explain this in greater detail…」、「・・・を送ってください/send us …」、「・・・についてのマーケットプラクティスを教えてください/let us know the market practice with regards to…」など、自由にこの表現を使ってよいと思いますよ。
山田さん:
他にも参考として、見積りをお願いする表現をいくつか教えてもらえますか。
佐藤先輩:
見積もりをお願いすること自体について何らか特別な表現があるわけではないですが、次のような表現であればシンプルでありかつビジネスシーンで使える十分に丁寧なものだと思います。
- Kindly provide us with your fee estimates for each of the respective work streams as described above …
- Can you please provide us with a quote?
- We would be grateful if you could provide a fee estimate for reviewing the corporate documents in respect of…
見積りという言葉に一番近いのはやはりestimateだと思います。
Quoteまたは fee quoteという表現も頻繁に見ますが、「提案額」というニュアンスが強いです。これを超える金額となる場合は別途の説明か合意が必要な暗黙の了解がある、という使われ方がされているように思います。
大切な点なので誤解を避けるために、固定額で依頼したい場合に「fixed fee quote」という表現を用いたり、費用の上限を定めたい場合に「capped fee quote」という表現を用いることが必要なシーンもありますね。
山田さん:
ありがとうございます。このあたりの言葉遣いや意味の違いを正確には理解できていませんでした。
佐藤先輩:
また、法律事務所から提示される費用はサービス税等の税(tax)や印紙代等の実費(disbursement)が別途かかることが通常ですので、「トータルで必要な費用がいくらであるか」を意識することも大事ですね。
タイムラインを設定する
佐藤先輩:
事業部側の要望やプロジェクトの状況によって、弁護士にタイムラインをこちらから設定する必要があることは多いと思います。そのようなときはこの見積依頼の返答についても期限を明示してお願いしたほうがよいですね。
強調したいときに、Boldにしたり、イタリックにしたり、下線を引いたりすることが考えられます。他方で、このように 全部を盛り込んでしまうと少しスマートさに欠くように思いますので、強調のテクニックはほどほどがよいと思いますよ。
英語でのビジネスコミュニケーションに慣れてきたら、次のように“We would be”を省略してGratefulで始めてもよいですが、これは少し上級者っぽく見えますかね。
山田さん:
COBというのは初めて見るのですが、これはどういう意味ですか?
佐藤先輩:
これはclose of businessの略で終業時までにください、というときに便利な表現です。EOB(end of businessの略)という表現もよく使います。同じタイムゾーンではない相手に出す際はCOB Japan Time(またはCOB JST (Japan Standard Timeの略))としてこちらの終業時ですよと明示したほうがよいでしょう。
逆に、欧米向けの見積り依頼で先方の終業時まで、すなわちこちらの翌朝までに届いていればよいという状況であれば、COB London TimeやCOB NY Timeとしてもよいです。受け手にとっては、日本時間の終業時は現地の午前か未明でしょうから、実質は彼らにとっての前日終業時までという期限になってしまいます。
もし、日本時間の夜に見積内容を取りまとめる必要がない場合は、先方のタイムゾーンでのCOBという提案をしてもよさそうですね。
山田さん:
なるほど、タイムゾーンの違いを意識しながらメールをドラフトすることもポイントなのですね。ついつい自分目線でばかり考えてしまいます。
依頼する側とされる側との間でミスコミュニケーションが生じないよう、締め切りについてはタイムゾーンの指定を含めて、「いつ」までに「何」が欲しいのか明確にしておくことが望ましい。
急いで返事が欲しいときの表現
佐藤先輩:
急いで返事が欲しいときは as soon as possible とか as soon as practicable と表現することはあると思います。ASAPという省略表現もよく見ますよね。この表現でももちろん問題ないのですが、言葉のニュアンスとして自分本位な理由なように聞こえなくもありません。
山田さん:
そういうこともあるのですね。ではどう表現すればよいでしょうか。
佐藤先輩:
たとえば、We would appreciate it if you could get back to us as a matter of urgency please. のように as a matter of urgency とすると、こちらの都合でというよりも客観的な状況として急ぐ必要がある、ひいては「こちらの都合だから急いでくれ」と頼むのではなく「(客観的に)急ぐ必要があるので、その緊急性をご理解いただき迅速に対応いただけないか」とお願いしているニュアンスが伝わる気がしています。
山田さん:
そんな違いがあるのですね。
佐藤先輩:
私もnativeではないので、感覚論なのですが。知っておいて損はない表現だと思いますよ。また、もう少し丁寧な表現は次のようになります。
相見積りを取得する際のことわり
佐藤先輩:
同時に複数の法律事務所から見積りをもらうこともあると思います。必ずしもその事実を法律事務所に伝える必要はないのですが、その点をオープンにしたほうがよいと思える既存の関係があったり、他とも比べますと伝えることで、よりギリギリの金額提案をしてもらえそうな状況のときもあったりしますよね。
相見積もりを取得する場合には次の表現があります。
本音はできるだけ安くしてくださいという気持ちも、Competitive fee estimate という前向きな表現にしたほうがスマートな表現に見えませんか。
山田さん:
見積りメールという1つのテーマにもかかわらず、佐藤先輩は次から次へとアイデアがでてきますね。
佐藤先輩:
このようなお願いはこれまで何度もやってきましたからね。
着手はまだしないでほしいときの表現
佐藤先輩:
最後に、結構大切なポイントですが、いただいた見積もりについてOKを出す前に業務に着手され、結果的にその仕事を発注する必要がなくなってしまうと、会社としても困りますし、先方の法律事務所も困ってしまいます。着手はまだしないでほしいときは、次のようにはっきり書いたほうがよいでしょう。
相見積もりを頼んでいる断りを入れているときは心配ありませんが、そうではないときは特に気を付けるべきです。
結びの言葉
佐藤先輩:
結びの言葉としては、やはり質問があればどうぞ、という一文を添えておきたいですね。
山田さん:
見積もりメール1つから本当にいろいろなご指摘をありがとうございます。今後は自分なりに使いこなせるように頑張ります!

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