英文契約書の読み方・直し方 専門家による類型別の条項解説
第1回 英文契約書の基本的な考え方とレビューのポイント
国際取引・海外進出
シリーズ一覧全7件
- 英文契約書と日本の契約書の違いとその理由
- 英文契約書レビューの基礎的な視点は「明確性」「網羅性」「手続」
- 英文契約書固有の表現と典型的な構造を学ぶ
- クロスボーダー取引の「準拠法」「紛争解決方法」を検討する際のポイントとは
英文契約書の重要性と本連載の狙い
国内外の取引を問わず、ビジネスにおける英文契約書の重要性はますます高まっています。
コロナ禍の下でも、堅調な日本国内へのインバウンド投資も後押しして、外国企業による日本企業への投資・出資や日本企業との資本業務提携をはじめとした多様なクロスボーダーの企業間取引が行われており、英文契約書が活用される場面も増えています。さらに、経済とビジネスがよりグローバルに展開されるようになった今日では、日本国内のM&A・投資や企業間取引であっても英文契約書が登場する場合もあり、会社・事業の規模や業界を問わず、英文契約書は日々のビジネスにおけるさまざまな局面で避けては通れない存在となっています。
このため、実務・法務担当者にとって、英文契約書をきちんと検討・レビューできることが、期待される重要なスキルになっているともいえます。
一方で、ご相談をいただくクライアントの皆様からは、そもそも、英文契約書の検討・レビューそのものへのハードルや苦手意識が聞かれることも少なくありません(このような問題意識から、BUSINESSS LAWYERSでの講演をはじめとして、実務・法務ご担当者様に向けた英文契約書の解説や講義もしております)。
そこで、本連載では、英国・欧州の法律事務所での執務歴もある筆者が、実務経験も踏まえ、英文契約書の基本をご説明したうえで、さらに一歩進んで、英文契約書のさまざまな契約類型における留意点など、英文契約書レビューのステップアップのための実務的なポイントをご紹介していきたいと思います。
なお、本連載では、「英文契約書」は、実務上一般的な英米法を基礎として作成される契約書を前提にしたいと思います。
英文契約書の「考え方」をその成り立ちから解説
読者の皆様は、「英文契約書」と聞くとどのようなイメージを持たれるでしょうか?
たとえば、製品の売買契約書ひとつをとってみても、日本の契約書と比べると、「長い」「細かい」「Consideration(約因)、など聞き慣れない用語がある」といった理由で、難解、とっつきにくいイメージがあるという感想もしばしば聞かれます。
「英文契約書」は、日本のビジネス実務で用いられている日本語の契約書の「英訳」ではありません。英米法を基礎にした契約書ですから、当然ながら、英文契約書には日本法では馴染みのない英米法固有のコンセプトが見られます。たとえば、以下にシンプルな例をあげている契約書の前文( “Preamble” や “Recital” と呼ばれます)には、当該契約の締結に至る経緯等が記載されています。この契約書の前文については、「どういう意味があり、どうレビューしたらいいのか」「日本の契約書にはないのだが、そもそも必要なのか」といったご質問をいただくこともあります。
英米法では、契約が有効に成立するには何らかの対価(Consideration)が必要とされています(つまり、対価のない契約は無効とされています)。実は、契約書前文は、この契約における対価性を明らかにすることに意義があるとされています(以下の例では、「NOW, THEREFORE」から始まる一文で明示されています)。
WHEREAS:
A)The Seller is offering, at the request of the Purchaser, to sell the Products to the Purchaser;
B)The Purchaser is willing to purchase the Products from the Seller; and
C)The parties hereto are now desirous of entering into this Agreement to record and define the general terms and conditions of the sale and purchase of the Products, which shall be applicable to any sale and purchase of the Products between the Seller and the Purchaser.
NOW, THEREFORE, in consideration of the mutual covenants and agreements set forth in this Agreement, and for other good and valuable consideration, the sufficiency of which is acknowledged by the Parties, the parties hereto hereby agree as follows:
このような英文契約書で使われる英米法由来の概念には、「表明保証」など既に日本の契約実務でも定着しているものもありますが、それらは一部にすぎず、英米法由来の概念を理解することは、英文契約書をきちんと読み解くためには重要な要素といえるでしょう。
また、英文契約書は、異なる国・地域や文化圏の間で行われる国際取引において成熟してきました。このため、英文契約書の背景や基礎となっている商慣習や常識も、日本の契約書とは異なります。
たとえば、国際取引においては、言語や価値観の違いによる誤解やコミュニケーションの行き違いは日常茶飯事であり、契約の交渉や契約締結後の取引など、企業間取引のさまざまな場面において、取引や契約を巡ってトラブル、ひいては紛争が起こることに意外性はないといえます。契約書中のある条項について、「普通ならこう読む」「相手もこう解釈してくれるだろう」といった、自分の「常識」や「解釈」に頼っていると、将来、相手方との間での思わぬ意見や解釈の相違により、不測の事態に直面することにもなりかねません。
このため、英文契約書については、誰が読んでも同じように理解できる「明確」な文言が理想的というのが基本的な考え方です。また、契約条項の解釈に疑義が生じそうな場合や将来想定される問題や懸念については、既にある契約文言と重複があったとしても「念のため」でも明記しておく「網羅性」も重要といえます。英文契約書において、「For the avoidance of doubt」(疑義を避けるために付言すると)として、直前の条項で読み込めるであろう事項があらためて確認されたり、同義語(cost and expenseなど)が並列されたりするのは、このような明確性と網羅性を担保する手立てといえます 1。
また、契約書上で権利が確認されていたとしても、(特に国際取引のように)お互い離れた場所にいる当事者間の取引では、相手方への連絡の方法や契約が対象とする物・サービスと対価の授受の方法、トラブルが発生した場合の解決方法などの「手続」を明確に合意しておくことも肝要です(たとえば、通知は「30日以内に」「書面」で「誰に」行うかを明確にしておく、など)。この点、日本の契約書で一般的な誠実協議条項では、トラブルの際に「どのような手続で」当事者が誠実に協議して解決するのか不明確ではないか、というのが英文契約書の基本的な考え方といえます。
このように、同じような文言や表現が繰り返し使用されたり、原則に対する例外(やその例外)が非常に細かく規定されたり、手続面の具体的な定めがされたりするなどして、英文契約書が日本の契約書と比べて、大部かつ詳細なものになりがちなのは、英文契約書の基本的な考え方に起因するものといえます。
英文契約書レビューの着眼点 - 基本的な「考え方」を踏まえて
英文契約書をレビューする際にも、契約書の目的は何か、誰の立場で契約書を検討するのかといった、日本語の契約書をレビューするときの基本的な留意点は同じようにあてはまります。
そのうえで、特に、英文契約書をレビューする際には、上記のような英文契約書の基本的な考え方を意識した、「明確性」「網羅性」「手続」に着目することが第一歩目のポイントといえます。
「明確性」に注目したレビューについて、さまざまな契約類型で使用される一般条項のひとつである、解除条項(termination)を例に見てみましょう。売買契約において買主(Purchaser)から売主(Seller)に対して通知(notice)をせずに解除をすることを認める、いわゆる即時解除(unilateral termination)の条項です。
Purchaser may terminate all or a part of this Agreement without prior written notice if the following items apply to Seller:
(i) any breaches of this Agreement by Seller;
(ii) any breaches of Seller’s representations and warranties in this Agreement by Seller;
(iii) the occurrence of any other event which deteriorates or is likely to deteriorate the financial or credit standing of Seller.
原案でも、買主は契約の一部でも解除できる(全部の解除には限定されない)ことや通知(notice)を事前に書面で行うことなど、解除の範囲や手続について明確にしようとする意図が汲み取れます。
一方で、契約の解除をすることができる場合(解除原因)についてはどうでしょうか?読者の皆様の中には、当然、(ⅰ) から (ⅲ) の「いずれか」の場合とお考えになった方も多いかもしれません。しかし原案では、この点は明確ではなく、解除を通知された売主から、(ⅰ) から (ⅲ) の「すべて」の解除原因がそろったときにしか解除できないと主張される可能性があります。
そこで、買主としては、「自分が思い描く解釈」にとらわれずに、明確な記載になるよう、修正をしておくのが望ましいといえます。
Purchaser may terminate all or a part of this Agreement without prior written notice if any of the following items applies to Seller:
(i) any breaches of this Agreement by Seller;
(ii) any breaches of Seller’s representations and warranties in this Agreement by Seller; or
(iii) the occurrence of any other event which deteriorates or is likely to deteriorate the financial or credit standing of Seller.
さらに、英文契約書を正確に読み込んでいくためには、このような英文契約書の考え方を踏まえるだけでなく、英文契約書固有の表現にも慣れる必要があります。
たとえば、「…できる」(可能)という表現には、一般的な英語で用いられる「can」ではなく「may」を使用するのが通常です。また、「term」は期間や用語という意味で使用される一方、複数形の「terms」は契約条件という意味を持ちますし、「Schedule」は日常会話で使う「予定」などの意味ではなく、契約書の別紙という意味となります。このほか、慣れないうちは、ラテン語由来の表現(inter alia=among other thingsなど)にも苦労をするかもしれませんが、このような英文契約書固有の表現は、レビューの経験を重ねて身につけていく必要があります。本連載で今後紹介する条項例も参考にしてみてください。
そして、英文契約書を効果的にレビューするという観点からは、英文契約書の典型的な構造を理解しておくことが有用です。また、さまざまな契約類型に共通する規定に慣れることで、重要なポイントにフォーカスしたレビューをすることも可能になります。あくまで一般論ですが、たとえば、英文契約書の末尾にある細目的な雑則(“Miscellaneous” 条項や “Boiler Plate” と呼ばれます)のような共通規定はある程度定型化されており、このような共通規定が実は契約書の半分程度を占めている場合もあります。
英文契約書の典型的な構造
■ 契約書の表題 ■ 契約当事者の表示 ■ 契約書前文 ■ 定義 ■[契約の目的・類型に応じた固有の内容] ■ 契約期間 ■ 契約の解除 ■ 秘密保持義務 ■ 損害賠償・補償 ■ 準拠法 ■ 紛争解決方法 |
■ 雑則 ・通知方法、宛先・権利義務の譲渡禁止 ・費用負担 ・不可抗力免責 ・分離可能性 ・契約の変更 ・完全合意 ・原本の作成 ・言語など |
英文契約書と紛争解決
上記 2では、英文契約書を検討する際の重要な観点として、将来の紛争・トラブルを想定することをご紹介しました。これに関連して、英文契約書の準拠法(Governing Law)と紛争解決方法(Dispute Resolution)について、最後に触れておこうと思います。
準拠法と紛争解決方法は、国際取引の実務上、基本的に契約当事者による合意で決められています。最近では、日本の契約書でもこれらの規定が置かれるのが一般的になってきています。
契約の準拠法については、売買契約やライセンス契約といった多くの契約類型では、契約当事者間の関係性や交渉の結果により、自国、相手方国、第三国などのバリエーションがあり得ます。一方で、株主間契約や合弁契約など、会社や法人等の運営に関わる合意は、当該会社に適用される設立国の法令が準拠法とされることが多いと考えられます。
一方、紛争解決方法としては、裁判または仲裁のいずれかで選択されるのが通常です。本稿では紙幅の都合もあり詳細には立ち入りませんが、裁判と仲裁のいずれを紛争解決方法とするかはケース・バイ・ケースの判断となるところ、考慮要素としては、紛争解決を行う国・地域における公正な裁判への期待、手続の長短、日本との判決の相互承認の有無などがあげられます(仲裁を紛争解決方法とした場合には、仲裁を行う場所や言語といった手続上の取決めが契約交渉の争点となります)。
Article [X] (Governing law and arbitration)
1. This Agreement shall be governed by the laws of Japan.
2. Any disputes arising out of or relating to this Agreement shall be resolved by arbitration in Tokyo in accordance with the Commercial Arbitration Rules of the Japan Commercial Arbitration Association (the “Rules”). The language of the arbitration procedure shall be Japanese. The number of arbitrators shall be three (3) to be appointed in accordance with the Rules.
準拠法と紛争解決方法は「日本法・日本における裁判」が常に日本企業にとって最善とは限りません。
たとえば、契約の相手方が日本国外におり日本国内に資産を持たないような場合には、日本の裁判所で得た判決を相手方が資産を有する国で執行することができるのか、といった執行の場面まで見据える必要があります(この点、仲裁の場合には「外国仲裁判断の承認および執行に関する条約」(いわゆる「ニューヨーク条約」)の加盟国であれば、当該国において、仲裁判断を自国の裁判と同様に執行することが認められているため、クロスボーダー取引ではむしろ仲裁が紛争解決方法に選ばれることが比較的多いと思われます)。
また、日本法準拠の契約で仲裁を第三国で行うといった場合には、日本法に準拠した契約を理解し、公正な判断を下せる仲裁人がいるのかといった点も考慮する必要があります。
このように、準拠法と紛争解決方法は、当該契約に関して将来生じ得る紛争・トラブルの実効的な解決に資するかという観点からも、外部アドバイザーにも相談をしつつ検討し、「日本法・日本における裁判」にこだわることでかえって思わぬ不都合や不利益を被らないようにすることが肝要といえます。
本連載では、次回から、本稿でご説明した英文契約書の考え方と一般的な構造を念頭に、主要な契約類型の「型」と検討・レビューのポイントをご紹介していこうと思います。
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判例法である英米法は、成文法である日本法とは契約解釈のアプローチがやや異なります。たとえば、「A(売主)はB(買主)に対して譲渡物件の製造に要した費用を請求できる」という費用精算の条項について、「cost」と「expense」の範囲が異なると判断した裁判例が適用されてしまうと、相手方に請求できる「費用」の範囲が変わり得るので、念のため、「cost and expense」と同義語を両方記載しておくといったケースがあり得ます。同義語の並列には、このように網羅的に裁判例(判例法)をカバーしようとする意図もあると考えられています。 ↩︎
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