英文契約書の読み方・直し方 専門家による類型別の条項解説

第6回 英文株式譲渡契約(Share Purchase Agreement)のポイント 条項サンプル付き

取引・契約・債権回収

目次

  1. 株式譲渡契約とは
  2. 株式譲渡契約の全体像
    1. 会社の買収と事業の買収
    2. 株式譲渡契約の一般的な構造
  3. 株式譲渡契約の主要条項とポイント
    1. 譲渡価格と価格調整
    2. クロージングと前提条件
    3. 誓約事項
    4. 表明保証
    5. 補償
  4. 実務上の留意事項
本連載では企業間取引で頻出の英文契約を類型別にご紹介してきましたが、本稿からは投資・出資や買収(=M&A取引)で登場する契約類型にスポットを当てていこうと思います。
まず、本稿では、M&A取引において、会社の株式や持分を買い受ける際に用いられる株式譲渡契約を題材に、英文契約書のレビューのポイントを解説します。

株式譲渡契約とは

 M&A取引には、対象会社の完全買収や支配権を取得する取引、ジョイント・ベンチャー(合弁)や少数持分を取得するマイノリティ出資などさまざまな類型があります。
 対象会社としては、M&A取引によって事業体としての支配構造が変化し、将来の事業展開や成長の見通しにも多大な影響が生じ得ます。
 売主と買主にもそれぞれの視点があり、たとえば、売主としては株式や持分を譲渡して利益(キャピタル・ゲイン)を得ることが目的のひとつとなる一方、買主としては、将来のキャピタル・ゲインや事業シナジーを期待するものの、取引実行後の予期せぬ問題や(特に完全買収や支配権を取得するM&Aの場合には)買主側の既存事業との間の統合の失敗といった投資リスクもヘッジしたいのが通常です。買主としては、投資検討段階の調査(デュー・ディリジェンス)や売主との間の協議を通じて投資リスクを可能な限り把握し、投資にかかる契約におけるさまざまな契約条項を通じて、リスク・コントロールを図ることになりますが、売主としては、一方的または不合理にリスクを負担させられることのないよう、契約交渉に臨むことになります。

 M&A取引の最終契約には、M&A取引に応じて、株式譲渡契約(既存株主からの株式の譲受け)、株式引受契約・出資契約(対象会社の新規発行株式の引受け)、事業譲渡契約(対象会社の全部または一部の事業の譲受け)、合併契約(企業間の合併)などのさまざまな類型があります。
 本稿では、M&A取引の中で基本的な類型といえる株式譲渡で用いられる最終契約である株式譲渡契約(Share Purchase Agreement, “SPA”)について、対象会社の全株式を買主が売主から金銭を対価として譲り受ける完全買収を想定して、M&A取引のプロセスも踏まえつつ、読み方・直し方のポイントを解説します 1

株式譲渡契約の全体像

会社の買収と事業の買収

 会社の買収と事業の買収との間には根本的な違いがあります。
 株式譲渡により対象会社を買収する取引(Share Deal)の場合、買主は対象会社の資産、負債や契約関係等を総体として買い受けることとなる一方、対象会社の事業を譲り受ける取引(Asset Deal)の場合には、対象となる事業を構成する設備や在庫、不動産、知的財産権等の資産や、買掛債務や銀行借入といった負債、第三者との契約関係などのうち、売主との間の合意で特定された範囲のもののみが譲渡の対象となります(このため、買主としては、必要な範囲の資産等のみを選んで取得すること(Cherry-picking)が可能といえます)。

 M&A取引において、株式譲渡と事業譲渡のいずれの方法を選択するかは、売主と買主それぞれの投資・経営戦略や法務・会計・税務等の観点からのフィージビリティなど、さまざまな視点から検討されることとなります。なお、近時、日本のM&A市場で活発なカーブアウトM&A 2 では、売主が譲渡対象の事業を子会社化したり、グループ会社のうち一社に集約したりしたうえで株式譲渡の方法で売却することもあります。

株式譲渡契約の一般的な構造

 株式譲渡契約の根幹となる内容は、①売主が保有する対象会社株式の買主に対する譲渡と、②買主による当該株式の特定の対価での譲受けです。株式譲渡契約はM&A取引という事業上のインパクトが大きい取引における売主と買主の利害調整を行うものですので、実務上、英文契約書の中でも特に詳細かつ複雑で、分量の多い契約書となるのが一般的です(100ページを超えることも少なくありません)。したがって、株式譲渡契約をはじめとするM&A契約を検討する際には、対象となるM&A取引の目的と売主・買主の利害関係を十分に意識することが一丁目一番地といえます。

 一般的に、株式譲渡契約で特に交渉がされる主な契約条件として以下のものがあげられます。日本と欧米の主要な法域との間で、株式譲渡契約の重要な論点やポイントは重なる点が多く、日本の株式譲渡契約のポイントや考え方を英文の株式譲渡契約に活用できることも少なくありません。しかしながら、伝統的に売主有利な欧州のM&A市場と、これと比較して買主が有利な米国のM&A市場とでは、売主と買主のリスク・アロケーションへのアプローチなども異なっています

株式譲渡契約で主に交渉される条件
  • 譲渡対象の株式の内容
  • 譲渡価格とその算定方法
  • 契約当事者の義務・誓約事項(Covenants)
  • 取引実行の前提条件(Conditions Precedent)
  • 表明保証(Representation and Warranties)とディスクロージャー・スケジュール(Disclosure Schedule)
  • 補償(Indemnification)

 株式譲渡契約の交渉プロセスにおいて、売主と買主のいずれが最初に契約書を作成するかはポイントとなります。具体的には、売主が対象会社を売却しようと考えた場合、主要な手続としては、①特定の買主候補者との間の相対取引と、②複数の買主候補者が参加する入札(オークション)取引があります。

 ①相対取引では、売主と買手候補者との間で初期的な条件交渉が行われ、基本合意(Memorandum of Understandings(MOU)やLetter of Intent(LOI))がされた後 3、買主候補者によるデュー・ディリジェンスに続いて契約交渉が行われます。株式譲渡契約のドラフトは、デュー・ディリジェンスの結果を踏まえて買主側から提示する場合が比較的多いと思われますが、売主から先行して提示されることもあります。

 一方、②入札取引においては、買主候補者が複数回の入札を通じてふるいにかけられ、最終的には売主が選定した最終候補者との間で一定期間の独占交渉が行われます。入札取引においては、デュー・ディリジェンスと並行して、買手候補者は売主から提示された株式譲渡契約のドラフトを検討し、買手候補者が合意可能な修正案を入札価格とともに提示するのが典型的なプロセスです。

株式譲渡契約の主要条項とポイント

 M&A取引における契約条件は、個々の取引の目的や売主・買主の交渉により、案件ごとに多様なバリエーションがあります。本稿では、株式譲渡契約の契約条項の中でも特に頻出かつ交渉のポイントとなるもの(上記2−2)に着目してご紹介します。

譲渡価格と価格調整

 M&A取引において、譲渡価格の算定・評価(バリュエーション)は非常に重要です。バリュエーションは、ビジネス、法務、会計・財務、税務等の角度からのデュー・ディリジェンスで発見された事実関係やリスク分析に基づき、さまざまな要素を考慮して行われますが、M&A取引の実行時点(=クロージング時点)における対象会社の価値が反映されているかが重要な観点のひとつといえます。
 すなわち、株式譲渡契約を締結した時点で譲渡価格を固定額で合意したとして、クロージングまでに相当の期間が開く場合には、クロージング日には対象会社の価値が変動していることがあり得ます

 ロックド・ボックス方式(Locked Box)は、バリュエーションの基準となった日(Locked-box Date)からの企業価値の変動を可能な限り限定するための契約上のメカニズムです。一般的に、譲渡価格はLocked-box Date時点の対象会社の財務諸表を踏まえて当事者間の合意で決定され、非常に厳しくかつ詳細な契約上の義務により、Locked-box Date以降クロージング日までの間の企業価値の流出(Leakage)が制限されます(仮にLeakageが生じた場合には、売主は買主に対して補償義務を負います)。読んで字のごとく、対象会社の状態に「鍵をかける」ことになりますので、クロージング後の価格調整は行われません。

条項例①:Locked Boxに関する規定

Purchase Price
4.1 The purchase price payable for all of the Sale Shares shall be EUR [X]. For the avoidance of doubt, the Purchase Price shall not be subject to any adjustments.

Schedule: Warranties
1.1 The Locked Box Accounts have been prepared on a basis consistent with that used in preparing the accounts and fairly represent the assets and liabilities and profit and losses of the Company as at and to the date to which they have been prepared.

1.2 The Locked Box Accounts do not:
 (a) materially misstate the assets or liabilities of the Company as at the Locked Box Date;
 (b) materially misstate the profits or losses of the Company in respect of the period to which they relate; and
 (c) omit any material item.

 ロックド・ボックス方式は、契約締結時で譲渡価格を固定しクロージング後の価格調整が行われないため、伝統的に、契約締結からクロージングまでの期間が短く、(早く譲渡を実行し譲渡対価を確実に回収したい)売主に有利な欧州のM&A市場では比較的採用されてきました。他方、日本では、本来的な意味でのロックド・ボックス方式が採用されることは実務上極めて稀と思われます(価格調整を行わないM&A取引の場合には、後述する誓約事項や表明保証、前提条件などを工夫することにより、対象会社の状態を契約締結時からクロージングまで維持するよう試みることとなります)。

 一方、米国の実務では、価格調整のメカニズムが採用されることが多いといわれています。価格調整の方法として、一般的には、①クロージング日には基準となる対象会社の財務諸表 4 に基づくバリュエーションを反映した譲渡価格が仮払いされ、②クロージング後にクロージング日時点の財務諸表を作成したうえで最終的な譲渡価格を決定して仮払いされた譲渡価格との差額を精算する方法があります 5

 なかでも典型的な価格調整のメカニズムとしては、基準となる財務諸表とクロージング日財務諸表(Closing AccountsまたはCompletion Accounts)を参照したネット・デッド調整(純資産額の差額での調整)と運転資本調整(クロージング日の実際の運転資本と当事者間で合意した想定運転資本の差を考慮した調整)があります。どのようなメカニズムを採用するにしても、クロージング後に当事者間で譲渡価格に関する再交渉ができるだけ生じないよう、株式譲渡契約の中で明確かつ具体的に価格調整の方法を定めておくことがポイントです(英文契約書の価格調整条項を読み解くのは特に骨が折れることもありますが、財務・会計や法務のアドバイザーと協働して丁寧にレビューすることが肝要です)。

条項例②:価格調整(ネット・デッド調整)に関する規定

Closing Accounts and Adjustment of the Purchase Price
4.1 The parties shall procure that the Closing Accounts and the Net Assets Statement are prepared and agreed or determined (as the case may be) in accordance with Schedule [X].

4.2 Following agreement or determination of the Closing Accounts and the Net Assets Statement, if the amount of the Closing Net Assets:

(a) exceeds the Target Net Assets, the Buyer shall pay to the Seller on or before the Adjustment Date an amount equal to the excess; or

(b) counts less than the Target Net Assets, the Seller shall pay to the Buyer on or before the Adjustment Date an amount equal to the shortfall.


4.3 Any payment due to the Buyer under Section 4.2 shall be made by electronic transfer to such account of the Buyer as is notified to the Seller by or on behalf of the Buyer no later than [X] Business Days before the Adjustment Date.

クロージングと前提条件

 クロスボーダーのM&A取引においては、取引の実行(クロージング)の手順も整理して規定しておくのが望ましいといえます。たとえば、原則としては株式の譲渡(株主名簿の書換えや株券・株式譲渡証書の交付等)と譲渡対価の支払いは同時実行が想定されているはずですが、国際送金を伴うような場合には売主の所在する国の銀行営業時間内に譲渡対価の着金が完了しないケースもあり得ます。このため、クロージングの手続として売主と買主それぞれのアクションを契約書で事前に明確かつ具体的に整理しておく必要があります。

 また、株式譲渡契約では、通常、売主・買主がクロージングを行うための義務をそれぞれ履行する前提条件が合意され、前提条件が充足されていない場合には、(自らの契約上の義務にかかわらず)クロージングを行う義務を履行しないことができます。すなわち、クロージング日において買主の義務履行の前提条件が満たされない場合、買主は譲渡対価の支払義務を負わず、場合によっては、契約の解除が認められる場合もあります 6

 前提条件は、デュー・ディリジェンスでの発見事項のうち、特にクロージング日に達成されている必要がある事項が交渉されます。たとえば、デュー・ディリジェンスで、対象会社の事業運営に必要な許認可が取得されていなかったことや、重要な取引先との契約の解除事由(いわゆるチェンジ・オブ・コントロール条項)に当該M&A取引が該当することが判明した場合には、買主としては、当該許認可の取得や当該取引先によるM&A取引の承諾を前提条件として要求することとなります 7。また、対象会社またはその事業等に重大な悪影響((Material Adverse Effect(“MAE”)または Material Adverse Change(“MAC”))が生じていないことを前提条件とするか(条項例③(a))や、その場合に何が「重大な悪影響」と定義されるかについては、ときに厳しい交渉がされます 8

 さらに、M&Aの実行自体について規制当局の承認・許可や規制上の届出が必要な場合があり、これらの手続の完了は通常クロージングの前提条件とされます(条項例③(d))。特にクロスボーダーM&Aにおいては、対象会社の所在国の外資規制(日本の場合は外為法上の対内直接投資規制)に基づく事前届出や、対象会社が事業を展開する複数の法域における企業結合審査(競争当局による審査)の完了が必要となり得ます。場合によっては、これらの手続が契約締結からクロージングまでの期間を長期化する要因にもなるため、デュー・ディリジェンスの過程でこれらの規制上の手続の必要性を精査することが肝要です。これらの手続は、マイノリティ投資であっても必要となる場合があるため、法務アドバイザーに確認するなどして丁寧なチェックが求められます。

条項例③:クロージングの前提条件

Conditions Precedent
3.1 The obligations of the parties to this Agreement to consummate the purchase and sale of the Sale Shares pursuant to this Agreement is subject to the satisfaction of certain conditions (the “Conditions Precedent”), which are listed below (unless waived by the party or parties, as the case may be, benefiting from the relevant Condition Precedent).

(a) Following the date hereof, no change, event or occurrence shall have occurred that constitutes a Material Adverse Change.

(b) The representations and warranties of the parties shall be true and correct as of the Closing Date in a material aspect.

(c) The parties shall have performed their covenants, obligations and agreements contained in this Agreement required to be perform by them prior to or at the Closing Date in a material aspect.

(d) All consents of, filings and registrations with, and notifications to, all Regulatory Authorities required for consummation of the purchase and sale of the Sale Shares pursuant to this Agreement shall have been obtained or made and shall be in full force and effect and all waiting periods required by Law shall have expired.

誓約事項

 誓約事項(Covenants)とは、「ある行為を行うこと(作為)」または「ある行為を行わないこと(不作為)」の相手方当事者に対する契約上の義務を指します。誓約をする当事者が作為を義務付けられる場合が積極的誓約(Positive Covenants)、不作為を義務付けられる場合が消極的誓約(Negative Covenants)といわれます。

 たとえば、契約締結からクロージングまでの間における誓約事項(Pre-closing Covenants)について、売主の積極的誓約の典型例としては、契約締結からクロージングまでの間の買主に対する対象会社の情報へのアクセス付与(条項例④ 5.2条)や当該M&A取引の実行につき承諾を得る必要がある取引先からの承諾取得(条項例④ 5.4条)などがあります。また、売主の消極的誓約の典型例としては、対象会社を過去の慣行に従った通常の業務の範囲で運営すること(“Ordinary Course of Business”。条項例④ 5.1条)や他の買収候補者との協議等の禁止(条項例④ 5.3条)などがあります。

 一方、クロージング後の誓約事項(Post-closing Covenants)としては、売主の競業避止義務(“No-compete”。条項例④6.3条)や従業員の引抜禁止(“No-solicitation”)などのほか、クロスボーダー取引で頻出の論点としては、(特に日本企業が売主の場合に)売主が要求する対象会社従業員の雇用条件維持義務などがあります。

条項例④:誓約事項

Pre-Closing Covenants
5.1 From the date hereof until Closing, Seller shall, and shall cause the Company to conduct the business of the Company in the ordinary course of business consistent with past practice.

5.2 From the date hereof until Closing, the Company and Seller shall during regular business hours, and upon reasonable notice, give Buyer full access to the offices, properties, books and records of the Company.

5.3 From the date hereof until Closing, Seller shall not, directly or indirectly, encourage, solicit, initiate, facilitate or continue inquiries regarding a proposal for the purchase of the Company or enter into any discussions, negotiations or agreements with, or provide any information to, any person concerning a possible acquisition of the Company.

5.4 From the date hereof until Closing, Seller shall, and shall cause the Company to obtain consents of counterparties to the material Contracts with change of control provisions.

Post-Closing Covenants
6.1 Buyer shall pay all costs and expenses associated with or arising from the transfer of the Sale Shares.

6.2 During the period commencing on Closing and ending on the second anniversary thereof, Seller shall not, directly or indirectly, in any form, manner or capacity, lease, own, manage, operate, control or otherwise engage in, or be a shareholder, partner, member or holder of any other equity interest in a person engaged in, a Prohibited Activity anywhere.

6.3 During the period commencing on Closing and ending on the [X] anniversary thereof, Seller shall not, and shall not permit any of its Affiliates to, directly or indirectly, (i) engage in or assist others in engaging in the Restricted Business in the Territory; (ii) have an interest in any Person that engages directly or indirectly in the Restricted Business in the Territory in any capacity, including as a partner, shareholder, member, employee, principal, agent, trustee or consultant; or (iii) intentionally interfere in any material respect with the business relationships between the Company or Buyer and customer or suppliers of the Company.

 株式譲渡契約をレビューする際には、前提条件とクロージング前の誓約事項との関係を頭に置いておくことが必要です。上述のとおり、前提条件が充足されなければ契約当事者はクロージングの義務を履行することを免れる一方、契約上の義務について「重大な義務違反がないこと」が前提条件とされている場合には、クロージング日時点で誓約事項のうち「重大」でない違反や未履行があったとしても、クロージングは実行されることとなります。このため、一定の事項を前提条件とすることにより、相手方にクロージングまでの確実な履行を要求することが可能となりますので、契約当事者(特に買主)としては、クロージング前までに相手方当事者に必ず完了してほしいアクションについては、クロージング前の誓約事項とするとともに前提条件にも当該誓約事項の完了を追加するよう、交渉することになります

 この点、あるアクションの完了を前提条件に加えるか否かを選別するに際しては、デュー・ディリジェンスにおけるリスク分析が重要となります。たとえば、M&A取引により対象会社の支配権が買主に移ること(チェンジ・オブ・コントロール)に関する取引先からの承諾の取得については、契約上このような承諾が必要かの分析はもとより、ビジネス等の観点からそれぞれの取引先の重要性を整理することとなります。

表明保証

 表明保証とは、当事者が一定の時点(典型的には契約締結時とクロージング日)における一定の事実・権利関係の存在・不存在を表明し、その内容が真実であることを保証することをいいます。表明保証はM&A取引で一般的に用いられている概念ですが、もともと日本の法体系にはない概念であり、コモン・ローに由来します 9。このため、日本法を準拠法とする場合には、英文株式譲渡契約であっても、前提条件の不充足や補償、解除など、表明保証に違反があった場合の具体的な効果を契約書の中で明確に規定をすることが必要となります

 M&A取引において、通常、売主は対象会社に関する情報をデュー・ディリジェンスで開示し、買主はこれらの情報をバリュエーションや契約条件の検討の基礎としますが、対象会社が真実どういう状態にあるかは「神の目」でしかわからないともいえます。このため、表明保証は、ある事実が真実または正確でなかった場合の当事者間のリスク配分という役割を持つともいえます

 一般的に、表明保証には、①契約当事者やM&A取引の基礎的性質に関する基礎的な表明保証(Fundamental Representation)と、②その他の一般的な表明保証(General Representation)があります。
 具体例としては、基礎的な表明保証は売主がM&A契約を締結し取引を実行する権限があることや対象会社が法的に有効に設立され存続していることなどの特に重要な事項に限定される一方(条項例⑤(a)および(b))、一般的な表明保証には対象会社とその事業に関する広範な事項が含まれます(重要な契約、資産・負債、法令遵守・許認可、人事労務、訴訟・紛争など)。
 表明保証の内容は個々のM&A取引で千差万別ですが、完全買収や支配権取得の取引においては広範かつ詳細な表明保証が求められる一方、マイノリティ出資においては重要な事項にフォーカスした表明保証となるのが通常です

条項例⑤:表明保証

Representations and warranties
7.1 Seller represents and warrants to Buyer that:

(a) Seller is duly organized and validly existing under the Laws of its jurisdiction of incorporation or formation, and has full corporate or other power and authority to enter into this Agreement and to carry out the provisions hereof;

(b) Seller is duly authorized to execute and deliver this Agreement and to perform its obligations hereunder, and the person or person execution this Agreement on its behalf has been duly authorized to do so by all requisite corporate action;

(…)

(x) Except as set forth in the Disclosure Schedule, there is no petition, action, lawsuit or judicial, arbitration or administrative proceedings currently pending against the Company or affecting the Company, its assets or business involving.

 表明保証では例外事項が留保されるのが一般的です。これらの例外事項は、Disclosure Schedule(またはDisclosure Letter)と呼ばれる契約書の別紙でリスト化されます(たとえば、「訴訟の不存在」という表明保証をする場合に、対象会社を被告とする裁判手続があるときは、「Disclosure Schedule記載の裁判手続を除き」訴訟は存在しないというのが表明保証の内容となります(条項例⑤(x))。
 Disclosure Scheduleは、売主側が表明保証の内容を確認し、例外として除外(カーブアウト)すべき事項がないか精査をして必要に応じて例外事項を買主に開示するという、デュー・ディリジェンスの補完機能があります。特にクロスボーダーM&Aにおいては長大かつ詳細なDisclosure Scheduleが作成されるのが一般的ですが、Disclosure Scheduleの作成作業は契約締結直前に非常にタイトなスケジュールで実施されることも少なくありません。

補償

 補償条項は、一定の事由が発生した場合に、一方当事者が他方当事者に対して損害賠償請求権を行使することを可能とする規定です
 補償条項を契約書で具体的に定めていない場合には、適用される民法等のデフォルト・ルールに従うこととなりますが、(特にクロスボーダーM&Aにおいては)補償条項が契約書で具体的に合意されるのが通常です。たとえば、英文契約書に登場する “Warranty Claim” や “Indemnity” も、日本法上は明確に定義することが難しい概念であるため、契約書において、何を対象とした損害賠償請求権であり、どのような条件で適用されるかを「明確性」の観点から丁寧に確認する必要があります 10

 補償条項について頻繁に交渉されるポイントは、補償の制限に関する事項です 11。主な補償の制限には、①補償の期間、②補償額の下限、③補償額の上限があります。

(1)補償の期間

 売主としては補償の潜在的なリスクからはクロージング後速やかに解放されたい一方で、買主としては対象会社を買収した後に発生した問題については可能な限り売主に転嫁したいと考えるのが通常です。このため、補償の期間は表明保証や義務の違反の重大性によって場合分けされることもあり、たとえば、基礎的な表明保証は一般的な表明保証よりも長期の補償期間が設定されるのが通例です。

(2)補償の下限

 契約当事者としては、少額の損害賠償請求が幾度も繰り返しなされる煩雑さからは逃れたいとも考えられます。そこで、補償額の下限を定めることで、一定の金額基準を損害額が下回った場合には補償請求を制限する(すなわち、下回った部分について補償請求を不可とする)場合があります
 具体的には、個々の請求が一定金額に達していることを必要とする “De minimis” と、複数の請求が累積して一定金額に達していることを必要とする “Basket” とがあります(より厳密には、Basketには、一定金額のBasketの超過分だけを請求できる “Deductible Basket” と、一定金額のBasketを超過した場合はBasket分も含めた全額が請求できる “Tipping Basket” とがあります)。
 たとえば、De minimisが1万ドル、Basketが10万ドルという場合を考えてみましょう。
  (i) 1つの請求原因から発生した損害が9,000ドルのときにはDe minimisに満たないため補償請求ができませんが、(ii) 1つの請求原因から発生した損害が5万ドル、他の請求原因から発生した損害が8万ドルとすると、De minimisを超えた損害額の合計が11万ドルとなります。したがって、Deductible Basketであれば1万ドル、Tipping Basketであれば11万ドルの請求が可能となります(なお、1つの請求原因から発生した損害がDe minimisを超えた場合に、Basketに加算する金額はDe minimisを超えた分に限るか(上記 (ii) の例でいえば、5万ドルと8万ドルの損害について、①Basketには4万ドル+7万ドルの11万ドルが加算されるか、②5万ドル+8万ドルの13万ドルが加算されるか)、という点も、明確性の観点から交渉される場合があります)。

条項例⑥:補償の下限

De Minimis
 No indemnification payment by Seller with respect to any indemnifiable Losses otherwise payable under [表明保証違反] shall be payable with respect to any claim or series of related claims or claims arising from substantially the same set of facts and circumstances unless such claim or series of related claims or claims arising from substantially the same set of facts and circumstances involves Losses in excess of JPY [X].

Deductible Basket
 No indemnification payment by Seller with respect to any indemnifiable Losses otherwise payable under this Section [A] shall be payable until such time as all such indemnifiable Losses made or paid this Section [A] shall aggregate to more than JPY [Y] (the “Deductible Amount”), after which time Seller shall be liable for all indemnifiable Losses above the Deductible Amount (subject to the other limitations set forth in this Agreement).

(3)補償の上限

 契約当事者としては、一定金額以上の損害賠償請求を認めないことで、巨額の損害賠償責任を回避することもできます。実務上、補償の上限(“Indemnity Cap”)は補償の原因となる事由によって区別して交渉がされるのが通常で、条項例⑦のように、基礎的表明保証と一般的な表明保証とでは異なる上限額が設定される例が多いといえます。

条項例⑦:補償の上限

Indemnification Cap
 The maximum aggregate amount of indemnifiable Losses arising out of inaccuracies or breaches of representations and warranties that may be recovered from Seller with respect to inaccuracies or breaches of representations and warranties other than [Fundamental Warranties] shall not exceed an amount equal to [X]% of the Purchase Price.
 The maximum aggregate amount of indemnifiable Losses arising out of inaccuracies or breaches of representations and warranties that may be recovered from Seller with respect to inaccuracies or breaches of representations and warranties set forth in [Fundamental Warranties] shall not exceed an amount equal to [Y]% of the Purchase Price.

実務上の留意事項

 株式譲渡契約の目的である買収や投資などのM&A取引においては、ディールにより生み出される利益とリスクとが複雑に絡み合い、売主と買主との間の利害調整がときに非常にチャレンジングとなるケースもあります。売主と買主がディールを実行したいと考える目的も、買収、ジョイント・ベンチャー、マイノリティ出資などのディールの類型によって多様であるため、個々の事案において前提・背景となる事実関係も十分に考慮する必要があります。
 特にクロスボーダーM&Aにおいては、当事者が前提としている法体系やマーケット・スタンダードが異なることに起因して、契約書も複雑になる場合も少なくありませんが、本稿でご紹介した主要な契約条項の検討ポイントと相互の関係性、本連載でご説明をしてきた英文契約書の基本的な考え方である「明確性」「網羅性」「手続」の観点が、レビューと検討の一助になれば幸いです。


  1. なお、株式譲渡契約は買主が対象会社の少数持分を取得するマイノリティ出資にも用いられます。 ↩︎

  2. 一般的には、売主がその事業部門やグループ会社の一部を切り離して売却するM&A取引をいいます。 ↩︎

  3. 第2回 英文秘密保持契約(NDA)のポイント 条項サンプル付き」で解説したとおり、秘密保持義務やデュー・ディリジェンスの手続などについて合意がされます。 ↩︎

  4. 一定時点の確定した財務諸表の場合とクロージング日時点の想定財務諸表とがあり得ます。 ↩︎

  5. なお、価格調整の方法には、このほかにもアーン・アウト(Earn-out。買収対価の一部の支払いを、対象会社が特定の条件をクロージング後の一定期間内に達成することに条件付けることで留保する方法)などもあります。 ↩︎

  6. たとえば、解除権は前提条件がクロージング日から一定期間が経過した日(Long Stop Date)が到来しても充足しない場合に行使可能とされます。 ↩︎

  7. 特に、完全買収や支配権取得取引では、企業の取引契約における「支配権の変更」を理由とした解除事由に該当する可能性が高いと考えられます。 ↩︎

  8. 表明保証や契約上の義務の「重大な」違反(material breach)が生じていないこともクロージングの前提条件とされるのが通例ですが、この「重大な」違反に該当するかの基準(materialityの基準)として、MACが用いられることもあります(条項例③(b)(c))。 ↩︎

  9. なお、米国や英国においては、実務上、表明(Representation)と保証(Warranties)は厳密には区別されて使用されており、この違いが英文契約書に表現されていることもあります。 ↩︎

  10. たとえば、米国や英国などのコモン・ローの法域では、表明保証(Warranty)の違反に適用されるWarranty Claimと既知のリスクが顕在化した場合の補償(Indemnity)とが区別されていることがあります。 ↩︎

  11. なお、デュー・ディリジェンスで発見された進行中の訴訟が終了した場合に発生する対象会社からのキャッシュアウトなど、既知のリスクが顕在化した場合の補償(=特別補償)は、補償の制限を適用しない前提で交渉がされるのが通常です。 ↩︎

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