法務初心者のための契約書作成・レビューのポイント
第2回 取引基本契約のレビュー 目的・適用範囲・個別契約の成立の各条項のポイント
取引・契約・債権回収
シリーズ一覧全7件
目次
取引基本契約の基本、概要についてはこちらの記事で解説しています。
部品・半製品メーカーのA社(非上場・資本金5億円)と、完成品メーカーのB社(上場)は、これまで注文書と注文請書で少量の売買取引をしていました。しかしこの度、取引量が増えることが予想されたため、取引基本契約を締結することになりました。
A社は多数の種類の部品〔・半製品〕を取り扱っており、かつ、部品〔・半製品〕の品質・精度について定評があります。B社はA社の扱っている部品〔・半製品〕を定期的に購入して、トレーニング(健康)器具の製造に用いて、量販店等に販売をすることを予定しています。
B社に新卒入社して法務部に配属されたCさんは、上司から、この取引基本契約の作成を依頼されました。
「目的」条項の意義とレビューのポイント
条項例1
第◯条(目的)
買主は、売主が製造する◯◯(以下「本件製品 1 」という。)が◯◯という性能を有することから、買主が製造販売する◯◯に本件製品を用いることを目的として、これを仕入れることを希望し、売主は、買主に対して本件製品を売却することを希望したため、本契約を締結するものとする。
目的条項は、契約を締結する目的を記載する条項 2 です。契約当事者の具体的な権利義務を直接的に定めるものではないので、契約書レビューにおいて重点的には検討されない場合があります。しかし、トラブルが起きた際、たとえば、以下のような責任追及や契約からの解放等が可能かどうか(要件を充足するか)を判断するときに、契約の目的がどう定められていたかが判断要素になる場合があります。
- 製品が契約内容に適合しない場合の契約不適合責任追及
- その他の債務不履行責任(簡単にいうと、契約上の義務等をきちんと履行しない場合)の責任追及
- 契約からの解放(契約解除)
もちろん、目的条項だけで要件充足が判断されるわけではありませんが、原則的には、目的条項に、取引に至る経緯、動機、製品の用途等が、必要な範囲で反映されているかを検討しておくことが望ましいと考えられます。
なお、取引基本契約が、当事者間の多数の製品に広く適用される前提の場合、具体的で詳細な目的を記載することが現実的でない場合があります。そのため、目的条項をどのような内容にするかは、事案に応じた個別判断が必要になります 3。
本件では、買主としては、売主の製品がどのような前提で選定されたか、買主における用途が何か、第三者への販売が想定されるか等を明確化しておくことで、トラブルの際の救済方法の要件充足の判断に役立つ場合があります。
なお、目的条項とともに、たとえば次のような信義誠実・基本原則に関する条項を定めることがあります。これは、精神的内容を定めるものであり、絶対に必要な要素というわけではありません。
第◯条(信義誠実)〔基本原則〕
売主および買主は、本契約の履行にあたり、相互の信頼関係のもと、信義誠実の精神に従って、取引を行うものとする。
「適用範囲」条項
意義とレビューのポイント
第◯条(適用範囲)
本契約は、本件製品の売買取引に関する基本的事項を定めたものであり、売主・買主間で締結される本件製品を対象とした個々の取引契約(以下「個別契約」という。)のすべてに対して適用されるものとする。
取引基本契約は、個別契約に共通する条件をあらかじめ定め、当事者間の権利関係の明確化、個別交渉の省力化、取引文書や条項の簡略化等を目的として締結されるものです。また、売買契約は、製品等の財産権を移転し、それに対し、代金を支払うことについて合意することで成立する契約(民法555条)ですので、個別契約 4 にて、製品やその対価を定める場合には、個別契約自体が売買契約に該当し、個別契約の締結で売買契約の効力が生じます。
取引基本契約では、あらかじめ、複数の製品等を対象に、今後締結される個別契約で共通し得る事項を想像しながら、一定程度広めに条項を定めておくことがあります。一方で、個別契約は、特定の製品や特定のニーズを前提として締結されますので、取引基本契約の締結時点とは異なる事情が生じている可能性があります。
そこで、取引には、取引基本契約および個別契約の双方が適用されるので、争いになる可能性を低減させるため、どのような個別契約が当該取引基本契約の対象となるのか、両者に矛盾があった場合にどちらを優先するのか等、両者の関係を明確化しておくのがこの条項の意義です(条項例3および次項の修正例を参照)。
基本の修正例
取引基本契約と個別契約の優劣関係について、1で説明した取引基本契約締結の目的(取引基本契約での獲得内容重視、交渉の省力化等)を考慮し、一律、取引基本契約を優先することも考えられます。
一方、個別契約によって契約内容の柔軟性を持たせること(その時々の取引の実態、特定のニーズに合わせ契約内容を変更すること等)を考慮し、個別契約を優先させることもあります(修正例のアおよびイ参照)。
実際に取引を担当する事業部等の意見を踏まえることも重要です。
なお、個別契約を優先させ契約内容の柔軟性を確保する一方で、取引基本契約のうち特定の条項の効力を保持したい場合(たとえば、取引基本契約で特に力を入れて交渉した条項、リスク回避の点から重視した条項、その他事業部門の強いニーズが存在する条項等がある場合)には、上記の条項例3に、取引基本契約のうち特定の項目は個別契約に優先する旨の、ただし書を追加することも考えられます(修正例のウ参照)。
ア 〔ただし、個別契約において本契約と異なる定めをしたときは、当該個別契約の定めが優先する。〕
イ 〔ただし、個別契約において本契約と異なる定めをしたときでも、本契約が個別契約に優先する。〕
ウ 〔ただし、個別契約において本契約と異なる定めをしたときでも、第◯条(◯◯◯)、第◯条(◯◯◯)および第◯条(◯◯◯)については、本契約が個別契約に優先し、それ以外の項目については個別契約が優先する。〕
注文書や請書の裏面に「約款」が記載されている場合の修正例
なお、やや細かい話になりますが、注文書と請書で取引が行われる際に、当該書類の裏面に約款(簡単にいうと、取引基本契約書のように取引条件をまとめて記載したもの)が記載されていることがあります。注文書・請書に約款 5 がデフォルトで含まれている場合、約款では、取引基本契約のように一定の条項を網羅的に記載してあることもあり、取引基本契約と約款との間で内容が重複し得ることから、両者の適用関係等が不明確になることを防止する必要があります。
個別契約よりも取引基本契約を一律優先させる場合は、比較的問題は大きくないといいうると思われます。しかし、取引基本契約よりも個別契約の内容を優先したいが、個別契約の書類(注文書・請書)と一体になっている約款が適用されることは防止したいという場合は、次のような修正例を記載することも考えられます。
〔ただし、個別契約において本契約と異なる定めをしたときは、当該個別契約の定めを優先して適用する。なお、個別契約には、注文書・請書に付される約款は含まれないものと解釈する。〕
ただ、このような条項を定めておかなくとも、どのような書式・記載の注文書・請書を使用するかについて、当事者間で確認をしておくだけでも、基本的にはこのような問題の回避は可能と思われます。
取引基本契約を締結する前に個別契約が存在する場合の修正例
また、基本契約の締結前に、買主・売主間で個別契約が存在する場合(たとえば注文書、請書のやり取りが済んでいるなど)には、当該個別契約について、基本契約が適用されるか否かも明記しておくことが望ましいと考えられます。
次の修正例は、基本契約が適用されることとする場合の記載例です。なお既存の個別契約については、書類名(契約書または注文書・請書)、書類の日付、当事者名を記載することで、特定する方法もあります。
本契約締結時に売主・買主間に存在する締結済みの個別契約は、すべて前項の個別契約とみなし、別段の合意がない限り本契約が適用されるものとする。
その他にも、大企業における取引では、同じ当事者間で(たとえば部署ごとに)取引基本契約が締結されることがあります。取引基本契約の適用対象となる個別契約を特定しやすいように、製品、部署、用途等を明記することで、取引基本契約間の適用関係を明確化しておくことも重要です。
「個別契約の項目およびその成立」条項
第◯条(個別契約の項目およびその成立)
1 買主および売主は、個別契約において発注年月日、本製品の種類、〔規格、品質、〕数量、納期、納入場所、〔納入費用、〕〔本製品の単価、〕代金、〔支払期限、支払方法、〕その他の取引条件を定めるものとする。
2 個別契約は、買主の注文書に対し、売主がこれを承諾する旨の注文請書を送付し買主に到達することによって成立する。
3 売主は、前項の注文書を受領後〔◯〕日以内に、買主に対して注文に対する諾否を通知するものとする。〔なお、当該期間内に売主が特段の通知をしない場合は、〔売主の注文書受領時に〕OR〔受領後〔◯〕日経過時に〕個別契約は成立したものとみなす。〕
個別契約の項目 意義とレビューのポイント
2で説明したとおり、取引基本契約を締結しても、具体的な売買は、個別契約の締結によって行われます。そこで、条項例4のように、個別契約で定める具体的項目を、取引基本契約に明記しておくことが必要です。
より具体的には、取引基本契約に定める事項と個別契約で定める事項とを区別して、個別契約で定める事項について、過不足がないように確認する必要があります。ここも実際に取引を担当する事業部等との調整が必要です 6。
なお、取引基本契約と個別契約では定める内容に重複が生じることがあり得ます。そのため、2-1で説明したように、取引基本契約で一定程度広めに条項を定め、内容に重複が生じる前提で、その優劣関係をあらかじめ定めておくことで、完全な棲み分けまでは求めなくてもよい場合はあり得ます。
また、個別契約の項目に柔軟性を持たせる観点から、条項例4の1項の文末のように、具体例のあとに包括的な表現(「その他の取引条件」)を記載することも検討します。
個別契約の成立 意義とレビューのポイント
次に、個別契約がどのような場合に成立するのかを明記しておく必要があります。
売買契約は、製品等の財産権を移転し、それに対し代金を支払うことについて、売主と買主が合意することで成立する契約です。すなわち、互いの意思表示が合致すること、より具体的には、契約の申込みの意思表示をした者に対して、当該申込みの受け手が承諾をすることで成立します。
合意の成立時期(契約の成立)については、民法に定めがありますが、この点を含めて民法の大部分は任意規定です(当事者間の合意で変更できる規定。逆に、当事者の合意によっても変更できないものを強行規定といいます)。したがって、民法の規定と異なる契約書を定めておけば、原則としては、そのとおりの効力が生じます。逆に、契約書で特段の定めを置かない場合は、民法の規定によって、合意の成立時期等が定まります 7(なお、企業間の取引の場合、商法が適用されることになります 8。合意の成立に関する商法は、次の7で説明します。)。
民法については、契約に関わる「債権法」の内容が比較的大きく改正され、2020年4月に施行されました。それ以前の民法では、契約の申込みに対する承諾の意思表示が、(相手方に到達しなくても)承諾の「発信」によって効力が生じる(発信主義)こととされていました 9(改正前民法526条1項)。現行の民法では、これが改められ、契約の申込みに対する承諾は、相手方への「到達」が必要になりました(到達主義)。
そこで、契約の成立時期を契約書上にて明確化するため、たとえば条項例4の2項の1文目のように、承諾の通知の到達が必要であることを明記することが考えられます。なお、契約の成立時期は、契約によって変更することが可能ですので、契約の成立を早めたい事情があるなどの場合には、改正前の民法のように、発信主義の考え方を採用することも可能です。その場合、次のような表現が考えられます。
個別契約は、買主の注文書に対し、売主がこれを承諾する旨の注文請書を発送することによって成立する。
また、注文書・請書をどのように送付するかを明確化しておくため、条項例4の2項に、注文請書の送付方法を加筆することも考えられます。この場合、事業部門等に想定されている取引関係書類のやり取りの方法を確認しておくことが必要です。
本条の注文書および注文請書のやり取りは、〔電子メール〕〔FAX〕の方法で行うものとする。
修正例
契約の成立については、買主としては、売主の諾否の回答がないと、取引がどうなるのかの見込みを把握しにくいので、特定の期間内の諾否の通知を定めたいところです。また、商法上、企業間の取引では、従来から繰り返し取引を行ってきた買主から、売主がいつも扱っている製品について契約の申込みを受けると、売主に諾否の通知義務 10 が生じることになっています(商法509条1項)。
そこで、条項例4の3項の1文目のように、売主による諾否の通知が義務であることを明記することが考えられます。買主としては、売主からの諾否の通知期限を短くすることが考えられますが、事業部門等に、どのくらいの期間が望ましいか質問しておくことも重要です。
なお、通知期限までに売主から諾否の通知がない場合の効果を定めておくことも重要です。
前述の商法509条1項に基づいて諾否の通知義務があるとされる場合には、通知を怠ると、契約の申込みを承諾したものとみなすとされています(商法509条2項)。そのため、契約に定めがなければ、諾否の通知がない場合でも、個別契約が成立してしまう場合があり得ます。このように、契約に定めを置かないことで、法律の規定が適用され、契約書に記載されていない効果が生じることは、契約当事者にとって望ましくない場合があります。
条項例4の3項は、通知を怠った場合には個別契約が成立するとすることを明記する記載例です。具体的にいつから個別契約が成立したかを明記することも重要です(3項のなお書き参照)。
なお、売主から通知がない場合に個別契約が成立することにするという規定が、買主にとって、どのような場合にも一律に有利になるわけではないことに留意が必要です。買主によっては、一定期間内に回答がなければ他の供給者を速やかに探したいと考え、通知期間経過後は個別契約不成立とする取扱いを希望する場合もあります。
次の修正例はその記載例です。この点についても、事業部等の考え方を把握しておくことが重要と思われます。
売主は、前項の注文書を受領後〔◯〕日以内に、買主に対して注文に対する諾否を通知するものとする。なお、当該期間内に売主の通知が買主に到着しない場合は、個別契約は成立しない。
次回は、取引基本契約の納品に関する条項について、意義とレビューのポイント、修正例を解説する予定です。
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製品の特定には別紙を使うこともあります。別紙とは、契約条項が記載された契約書本体のあとに、契約条項の内容を具体化・補足する内容等を記載しておく箇所です。 ↩︎
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なお、目的条項ではなく、前文(簡単にいうと、各条項の記載が始まる前の部分)において、目的条項と同じような記載がされることもあります。 ↩︎
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なお、取扱い製品の性質や用途等に関する具体的で詳細な記載をしないものでも、取引自体の性質(たとえば継続的な調達や供給が前提になっているか否か)について言及するものもあります。また、当事者間で複数の取引基本契約の締結があり得る場合に、どの部門の取引か等を明確化することもあります。 ↩︎
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なお、個別契約の締結は、(比較的簡潔な)契約書を交わすことで行われることもありますし、注文書と請書のやり取りで行われることもあります。 ↩︎
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なお、どのような場合に約款が当事者間の意思表示の内容となるかといった問題もありますが、本稿では割愛しています。 ↩︎
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より具体的には、たとえば、注文書・請書によって個別契約を締結する場合には、それらの記載項目をどのようにするか事業部門等と相談することが重要ですし、相手方との調整も必要です。 ↩︎
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なお、民法や商法に定めがあるから、契約書に何も記載しておかなくてよいということではありません。当事者間で、何が合意されているかを明確化する観点から(契約書を見れば当事者間の権利義務の内容がわかるようにしておくため)、民法や商法の規定と同じ内容であっても契約書に記載しておくことが望ましいです。 ↩︎
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より正確には、商法に民法の規定と重複する規定がある事項について商法の適用が優先されますし、民法の規定と重複せず商法にしか定めがない事項については商法が適用されます。 ↩︎
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より正確には、離れた場所にいる者の間(隔地者間)の意思表示は、その通知が相手方に到達した時に効力を生ずることを原則としつつ(到達主義。改正前民法97条1項)、契約の申込みを受けた者が発する承諾の意思表示については、例外的に、相手方に到達しなくても承諾の意思表示を発したタイミングで効力が生じることとされていました(発信主義。改正前民法526条1項)。現行民法においては、契約の申込みに対する承諾についても、契約の申込みをした者への承諾の到達が必要となりました(到達主義)。 ↩︎
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より正確には、「商人が平常取引をする者からその営業の部類に属する契約の申込みを受けたときは、遅滞なく、契約の申込みに対する諾否の通知を発しなければならない」とされています(商法509条1項)。ただ、「平常取引」や「営業の部類に属する契約」に該当するか否かは、当事者間で争いになり得ますので、商法の規定によらず、契約書で諾否の義務の有無を明確化しておくことが望ましいと考えます。 ↩︎
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