法務初心者のための契約書作成・レビューのポイント

第1回 取引基本契約の基本 締結の意義、取引過程ごとの代表的な契約条項

取引・契約・債権回収

目次

  1. はじめに − 企業間取引における契約書の意義
  2. 売買取引基本契約の基本
    1. 売買契約、取引基本契約とは何か
    2. 取引過程の流れとレビューのポイント
本連載では、初めて契約書作成・レビューに取り組む企業法務の初心者の方に向けて、企業間取引で頻出の契約について、基本的な内容やレビューのポイントを契約類型ごとに解説します。
「最初から難しい本を読むのは、まとまった時間がとれないしハードルが高い」と感じている方のために、必要な専門知識を平易かつコンパクトに詰め込んで、実務に役立つ内容をお届けします。
第1回では、企業間取引における契約書の意義と、売買取引基本契約の全体像について解説します。

はじめに − 企業間取引における契約書の意義

 企業間取引において、契約書を作成する意義は、たとえば次のような状況を想像するとわかりやすいと思います。
 スーパーやコンビニにおいて、消費者個人が買い物をする際は、いちいち契約書を交わしません。その場で商品の性質・内容を把握しやすく 1、金額はあらかじめ表示されていて、かつ、比較的低額なことが多く、また、その場で支払いが完了し商品を受け取れるので、取引から生じるリスクが小さいからです 2

 一方、企業間取引の場合は、製品に必要な機能・性能、取引金額について一定期間の協議・変遷を経て初めて合意できることがしばしばです。また、スーパーやコンビニでの取引に比べて金額が大きいことから、問題発生時のインパクトが大きくなります。さらに、納品にも時間が必要になり、その間に、トラブルが生じることがあります。加えて、代金支払いが納品後となることも多く、支払確保の問題も生じます。また、企業間取引では、購入製品自体や、購入製品を使って製造した製品を第三者に販売することがあり、トラブルが第三者に波及し得ます。

 そこで、企業間取引では、契約書をもって、あらかじめ取引条件やトラブルが生じた場合の救済方法等を明確化しておくことが重要なのです
 契約書の作成・レビューを通じて、当事者間の認識違いの防止(共通認識の醸成と合意内容の証拠化)、自社に不利益な条項の調整等によるリスクの減少、取引過程の各場面でのリスクの把握、リスク内容に応じた行動指針の検討、実行、トラブル発生時の責任分担、紛争解決・救済方法の基本的事項の明確化、トラブル対応のフレームワークの把握等が可能になります。

 契約書にはこのように重要な役割があり、作成・レビューにはさまざまな前提情報を踏まえた慎重な対応が必要なため、取り組み方に悩んでいる初心者の方は多いのではないでしょうか。
 また、初心者の方にとっては、契約書・契約条項のサンプル、解説書、関連法令の条文内容、取引の仕組み等、理解しておかなくてはならない情報が多すぎると感じられるかもしれません。

 そこで本連載では、企業法務で取り扱う頻度の高い契約類型について、重要なポイントに絞って解説します 3。初心者の皆様が、多岐にわたる情報の中から、まず「何を」「どのように」把握しておけばよいかを理解し、契約実務の「型」を身につける一助になればと考えました。

 契約類型としては、本稿の売買取引基本契約のほか、秘密保持契約や請負契約、ライセンス契約やデータ取引関連契約、システム開発契約などを順次取り上げていく予定です。

 なお、契約類型の解説の中で重要条項について説明するのと併行して、反社条項 4、解除条項、損害賠償条項、紛争解決条項などといった一般条項についても、個別に解説する回を設けたいと考えています 5

売買取引基本契約の基本

売買契約、取引基本契約とは何か

 売買契約とは、製品等の財産権を移転し、それに対し代金を支払うことについて合意することで成立する契約です(民法555条)
 売買契約は、同じ当事者間で繰り返されることがあり、また、多数の種類の製品を扱うこともあります。そのような場合に実務上、よく締結されるのが(売買)取引基本契約です。

 取引基本契約は、各個別の売買契約(個別契約)に共通する条件をあらかじめ定めておくことで、当事者間の権利関係の明確化、取引ごとの個別交渉の省力化、個別の取引における取引文書や条項の簡略化等を図るために締結されます

取引過程の流れとレビューのポイント

 取引基本契約における条項を検討するには、実際のビジネスにおける取引過程の情報を事業部門等から収集すること、また、それを基に各取引段階でどのようなトラブルがあり得るかを想像することがとても重要です(契約書の作成・レビューには、情報収集・想像力が不可欠です)

 取引過程としては、いろいろな分け方があると思いますが、たとえば、契約の成立、納品、代金支払い、契約終了、取引後のトラブル等の段階に分けて考えられます。

取引過程の流れ

取引過程の流れ

 このような過程において、売主・買主が通常関心を持つ特に重要な事項としては、たとえば次のようなものがあげられます(重要な事項はほかにもありますが、わかりやすくするために一部のみをあげています)。

売主
代金の適正な回収を図る方策、買主に信用不安が生じた場合の対応、製品の性質性能等への保証の最小化、トラブルの際の賠償・補償責任の最小化等

買主
想定どおりの納品の確保、製品の性質性能等への保証の充実、製品に起因するトラブルへの賠償・補償の確保等

 そして、それぞれの段階に関係し得る代表的な契約条項の例は次のとおりです。ここでは、細かく覚えていただく必要はありません。

取引過程の各段階に関係し得る代表的な契約条項の例

※この分類方法は一例にすぎず、また、包括的なリストでもないことをご了承ください。なお、1つの条項が複数の目的を果たす場合もあることから、同じ関連条項について複数の段階で記載している場合があります。

① 契約の成立

取引過程におけるポイント 関連条項
  • 取引の目的はどのようなものか。当事者間で共通認識ができているか。
  • 前文、目的
  • 製品の種類、〔規格、性質、品質、機能〕、数量等はどのように合意されているか。
  • 製品の品質等についてどのような合意・保証があるか(問題が生じた際の補償はどうするか)。
  • 個別契約(製品名、仕様、性能、数量等の項目についての明記および基本契約・個別契約間の棲み分け)
  • 仕様基準、品質保証(表明保証)、〔契約不適合責任〕(個別契約に譲ることも)
  • 製品は売主が製造するものか。売主の技術力等を見込んでいるか。
  • 再委託
  • 個別の売買契約成立のための書類等の手続、成立時期はどのようになっているか。
  • 個別契約の方法、成立時期
  • 基本契約と個別契約に矛盾がある場合はどちらが優先されるか。
  • 基本契約と個別契約との適用関係


② 納品

取引過程におけるポイント 関連条項
  • いつ、どこに、誰が、どのように納品するか。
  • 納品の費用は誰が負担するか。
  • 引渡しの時期、場所、方法
  • 費用負担(個別契約に譲ることも)
  • 納品が遅れたらどのような不都合が生じるか(遅れが不可抗力だった場合は救済するか)。
  • 履行遅滞(またはその見込み)への対応、不可抗力
  • 納品前後で、製品が壊れたりなくなったりした場合はどうなるか。
  • 危険負担(滅失や毀損のリスクを誰が負うか)
  • 納品された後は買主が自由に処分してよいか、所有権はいつ移転するか。
  • 所有権の移転時期〔所有権留保〕等
  • 検収の予定はあるか、検収期限はあるか。
  • 検収で問題が発見されたらどうなるか。
  • 検収(不合格の場合の対応含む)
    (契約不適合責任も関連)


③ 支払い

取引過程におけるポイント 関連条項
  • 製品の金額、支払方法、支払期限はどうなっているか。
    支払手数料の負担者を定めているか。
  • 代金の支払い(単価(税)、分割の有無、期限、手数料負担)
    (個別契約に譲ることも)
  • 期限どおりに支払われない場合の対応をどうするか。
  • 支払確保のための方策をあらかじめ検討するか。
  • 遅延損害金、契約解除、期限の利益喪失、相殺、〔所有権留保〕〔連帯保証人〕
  • 買主の信用不安が生じた場合にどう対応するか。
  • 不安の抗弁(追加納品の拒絶、契約解除、担保提供等)


④ 取引の終了

取引過程におけるポイント 関連条項
  • 想定されている契約期間はどうなっているか。
  • 更新はされるか。
  • 有効期間
  • 契約更新
  • どのような場合(債務不履行、信用不安、経営変更等)に契約からの解放を認めるか。
  • 契約解除
  • 契約終了時に対応しなければならないことはあるか(返還、破棄等が必要なものがあるか。在庫の取扱いに留意が必要か)。
  • 契約終了時の措置


⑤ 取引後のトラブル

取引過程におけるポイント 関連条項
  • トラブルにおける責任分担をどうするか。
- 製品の性質等の合意内容との相違が判明
- 製品に欠陥があり第三者がけがをした等
- 製品による第三者の知的財産権侵害が判明
  • 仕様基準、品質保証(表明保証 6)、〔契約不適合責任〕
  • 製造物責任
  • 第三者の権利侵害
  • どの程度の損害賠償責任を負う可能性があるか。リスク軽減のため、損害賠償の範囲、金額等を限定するか。
  • 損害賠償、損害賠償の制限
  • 紛争解決の方法についてあらかじめ合意をしておくか。
  • 協議手順、準拠法、管轄、仲裁条項等


⑥ その他の条項

秘密保持、知的財産権の帰属、権利義務譲渡の制限等、反社排除、通知、存続条項等

 上記のように関連条項は多岐にわたりますが、ここでは、読者の皆様が取引過程をイメージしやすいように、下記の事例を前提として売買取引基本契約に特有の重要条項を選定し、7回に分けて解説する予定です。
 なお、他の契約類型においてもよくみられる一般条項については、基本的には一般条項編の解説において行う予定です。

想定事例

部品・半製品メーカーのA社(非上場・資本金5億円)と、完成品メーカーのB社(上場)は、これまで注文書と注文請書で少量の売買取引をしていました。しかしこの度、取引量が増えることが予想されたため、取引基本契約を締結することになりました。
A社は多数の種類の部品〔・半製品〕を取り扱っており、かつ、部品〔・半製品〕の品質・精度について定評があります。B社はA社の扱っている部品〔・半製品〕を定期的に購入して、トレーニング(健康)器具の製造に用いて、量販店等に販売をすることを予定しています。
B社に新卒入社して法務部に配属されたCさんは、上司から、この取引基本契約の作成を依頼されました。

 次回は、取引基本契約に特有の条項のうち、「目的」「適用範囲」「個別契約の項目およびその成立」について、意義とレビューのポイント、アレンジ例を解説します。


  1. もちろん、製品の品質等に関する表示が実態と異なっている場合は別です。理論的には、たとえば、取引の基礎とした事情についての認識が真実に反する「錯誤」の問題や、製品が契約に適合しない場合の「契約不適合責任」の問題が生じ得ます。 ↩︎

  2. より正確にいうと、契約書がない場合には、問題が起きた場合の救済内容・方法等は民法等の法令の定めによって決まります。このような買い物の場面では、そのような救済方法等によって問題解決することとしても比較的リスクが小さいといえます。 ↩︎

  3. なお、本連載では、わかりやすさを優先するために、法的概念や具体的な法令の内容等について、詳細・厳密に解説するのではなく、平易で簡潔な表現で解説することがありますので、ご留意ください。必要に応じて脚注等で補足もします。 ↩︎

  4. 暴力団等の反社会的勢力の取引からの排除を目的とした条項を指します。 ↩︎

  5. 一般条項については、各々の契約類型における解説では省略し、一般条項における解説に譲ることがあります。 ↩︎

  6. 第三者の権利侵害がない旨を定めることもあります。 ↩︎

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