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第6回 特許出願の非公開制度の実務対応 - 機微な発明の取扱いについての注意点
知的財産権・エンタメ
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特許出願の非公開制度とは何か
2022年5月11日に成立した経済施策を一体的に講ずることによる安全保障の確保の推進に関する法律(経済安全保障推進法)は、以下の4つの制度を創設しました。
- 重要物資の安定的な供給の確保に関する制度
- 基幹インフラ役務の安定的な提供の確保に関する制度
- 先端的な重要技術の開発支援に関する制度
- 特許出願の非公開に関する制度
本稿では、このうち、④の特許出願の非公開に関する制度について、制度の概要について説明するとともに、実務上の留意点について解説します 1。なお、特に断りのない限り「法」とは経済安全保障推進法を指します。
特許出願の非公開制度は、特定の技術分野に属する発明について、内閣府による保全審査の対象とし、保全指定を受けた発明については、出願公開や特許査定などを保留するとともに、特許出願人に対して、許可を受けない実施の禁止、発明の内容の開示の禁止、情報の漏えいの防止のための適正管理措置を講ずる義務などを課すことをその中心的な内容とするものです。
保全審査の対象となる技術分野は今後の政令に委ねられていますが、シングルユース技術(軍事用にのみ利用される技術)に限らず、一定の付加的な要件を満たすデュアルユース技術(民生用・軍事用の両方に利用可能な技術)も含まれることが想定されています。
また、特許出願の非公開制度は、特定の技術分野に属する発明について特許出願を義務付けるものではなく、事業者が、自身の判断で、特許出願せずにノウハウとして秘匿化することは引き続き可能であり、この場合には、許可を受けない実施の禁止や発明の内容の開示の禁止などの制約は及びません。
安全保障上機微な内容の発明については、特許出願をするかどうかの判断にあたって、以下のような点を考慮する必要があります。
- 安全保障上機微な内容の発明については、特許出願をする場合、保全指定を受ける可能性がある
- 特許出願人が特許出願に際して自ら保全審査に付すように求めることもできる
- 保全指定がされた場合には、発明の実施の制限や発明の開示禁止などの制約を受け、発明に関する情報の適正管理が求められる(特許出願をしない場合には、このような制約は受けない)
- 日本国内でされた特定の技術分野に属する発明については外国出願が刑事罰をもって禁止される(日本への第一国出願義務が課される)
上記の点を踏まえると、事業者においては、研究開発部門、事業部門および知財部門が共同して、あらかじめ、保全審査の対象となり得る発明がされる可能性がある事業分野の特定、評価を行うとともに、該当する可能性のある発明がされた場合における社内での出願に関する手続や情報の適正管理について、必要に応じて、発明や情報管理に関する社内規程において特別な規定を設けるなどの対応を講じる必要があると思われます。
特許出願の非公開制度の概要
特許出願の非公開制度の導入背景
特許制度は発明の公開の代償として発明者に一定期間の独占権を付与することを基本的な理念としており、特許権の設定登録がされたときは、明細書等は特許公報により公開されます(特許法66条3項)。また、出願公開制度により、特許出願については、特許出願の日から1年6か月後に自動的に公開されます(特許法64条)。
したがって、安全保障に関する機微な発明についても、特許を受けるためには出願せざるを得ず、安全保障の観点から公開すべきでない発明についても特許を受けるためには公開せざるを得ないという好ましくないインセンティブを与えると指摘されていました(経済安全保障法制に関する有識者会議「経済安全保障法制に関する提言」(2022年2月1日)43頁以下)。
多くの国では、安全保障に関する機微な発明について、出願または特許を非公開とする制度が導入されています。制度には、大きく、特許の付与を留保する制度(米国、英国、フランス等)と特許を付与したうえで秘密保持のための措置を講じる制度(ドイツ、中国等)があるとされます 2。
日本では、このうちの、前者の制度を採用し、保全指定を受けた特許出願について、出願公開や特許査定などを保留するとともに、特許出願人等に対して、許可を受けない実施の禁止、発明の内容の開示の禁止、情報の漏えいの防止のための適正管理措置を講ずる義務などを課すものです。
特許出願の非公開制度の施行時期
経済安全保障推進法のうち、特許出願の非公開制度に関する規定は、2024年5月17日までに施行される予定です(附則1条5号)が、具体的な施行日はまだ定められていません。
特許制度の非公開制度の審査手続(二段階審査)
審査手続の流れ
保全審査は、明細書等に特定の技術分野に属する発明が記載されているかどうかという観点から行う特許庁における第一次審査と、特許庁から送付を受けた特許出願に関する書類について、情報の保全をすることが適当と認められるかどうかという観点から行う内閣府における第二次審査との、二段階の審査により行われます。
このうち、第一次審査については、すべての特許出願について審査を行うという性質上、特許庁が、一定の国際特許分類(IPC)またはその小分類に該当するかどうかという基準を用いて、明細書等に特定の技術分野に属する発明が記載されているかどうか、定型的なスクリーニングを行います(法66条1項)。
第二次審査においては、特許庁から出願に係る書類の送付を受けた特許出願について、内閣府にて、保全指定をすることが適当かどうかについて、明細書等に公にすることにより外部から行われる行為によって国家および国民の安全を損なう事態を生ずるおそれが大きい発明が記載されており、かつ、そのおそれの程度および保全指定をした場合に産業の発達に及ぼす影響その他の事情を考慮し、情報の保全をすることが適当と認められるかどうかについて、個別具体的な審査を行います(法67条1項)。
特許出願については、第一次審査において第二次審査に付されなかった場合、第二次審査において保全指定の必要なしとされた場合、および保全指定の期間が満了し、または保全指定が解除されるまでの間は、拒絶査定および特許査定は留保され、出願公開も行われません(法66条7項)。
また、保全指定を受けた場合には、特許出願人は、保全指定の期間の満了または保全指定の解除から3か月を経過するまでの間に、出願審査の請求をすれば足ります(法82条3項)。したがって、特許出願人としては、保全指定を受けた場合には、審査請求をしたうえで、拒絶理由通知に対して応答するなどして、特許査定の直前まで手続を進めておき、保全指定の期間が満了し、または保全指定が解除された場合に、速やかに登録を受けられるようにしておくことも、審査請求をせずに出願手続を進行しないでおくこともでき、その選択は特許出願人に委ねられています。
以上を図示すると、概要、以下の図のとおりです。
特許庁における第一次審査
特許庁における第一次審査においては、すべての特許出願について、特許庁が、明細書等に特定の技術分野に関する発明が記載されているかどうかを、一定のIPCまたはこれに準じて細分化したものに従い政令で定めるものに属する発明が記載されているかどうかという観点から審査し、第二次審査の対象となる特許出願に係る書類を内閣府に送付します(法66条1項)。
内閣府による保全審査に付されることとなる特定技術分野の範囲は今後の政令による指定に委ねられています。
特定技術分野は、シングルユース技術に限られず、デュアルユース技術も含まれ得ることが想定されています 3。
ただし、デュアルユース技術については、政令で定める付加的な要件を満たすものに限り、特定技術分野に該当することになります 4。付加的な要件についても、政令に委ねられていますが、国会答弁においては「例えば、防衛、軍事用途で開発された技術といった限定」が想定されるとされています 5。
特許庁は、特許出願の日から3か月を超えない範囲内において政令で定める期間を経過する日までに、特定技術分野に属する発明が記載された特許出願に係る出願書類を、保全審査のために内閣総理大臣に送付します(法66条1項)。
また、特許出願とともに、特許出願人から保全審査に付す申出があったときも、同様に、第二次審査の対象となります(66条2項)。これは、特許出願人自体が、特許発明の機微性について了承していることが多いことなどに基づくものと思われます。
内閣府による第二次審査(保全審査)
第二次審査では、特許庁から出願に係る書類の送付を受けた特許出願について、内閣府にて、保全指定をすることが適当かどうかについて、明細書等に安全保障を損なう事態を生ずるおそれが大きい発明が記載されており、かつ、そのおそれの程度および保全指定をした場合に産業の発達に及ぼす影響その他の事情を考慮し、情報の保全をすることが適当と認められるかどうかについて、個別具体的な審査が行われます(法67条1項)。
審査の結果、保全指定をしようとするときは、内閣府は、特許出願人に予告通知をし、発明に係る情報管理状況や、発明に係る情報の取扱いを認められた事業者(発明共有事業者)などについて、報告を求めます(法67条9項)。
保全審査については、第一次審査とは異なり、審査の完了までの期間は定められていませんが、後述する第一国出願義務との関係では、特許出願から10か月以内に保全指定がされないときは外国出願をできるものとされており(78条1項)、特許出願から10か月以内に審査を完了することが予定されているといえます。
保全指定
内閣総理大臣は、保全審査の結果、発明に係る情報の保全が適当と認めるときは、当該発明を保全対象発明として指定します(保全指定)(法70条1項)。
保全指定の期間
保全指定の期間は1年を超えない範囲で内閣総理大臣が定め(法70条2項)、1年単位で期間の延長が可能です(法70条3項)。また、内閣総理大臣は、保全指定を継続する必要がないと認めたときは、保全指定を解除します(法77条1項)。
保全指定の効果
保全指定により、以下のような法的効果が生じます。
(2)実施の制限(法73条1項)
(3)保全対象発明の開示の禁止(法74条1項)
(4)適正管理措置の実施(法75条1項)
なお、(2)実施の制限または(3)保全対象発明の開示の禁止については、その違反について刑事罰(2年以下の懲役、100万円以下の罰金またはその併科)の対象とされている(法92条1項6号・8号)ほか、特許出願人がこれらの規定に違反したときは、特許出願が却下されることがあります(法73条6項・8項、74条2項・3項)。また、特許出願人が(4)適正管理措置を十分に講じていなかったことにより、特許出願人以外の者が保全対象発明を実施し、または保全対象発明の内容を開示したときも、同様に、特許出願が却下されます(法73条6項・8項、74条2項・3項)。
(1)特許出願の放棄、取下げの禁止
保全指定の期間が満了し、または保全指定が解除されるまでの間、特許出願人は、特許出願を放棄し、または取り下げることはできません(法72条1項)。保全審査に付された後も、保全指定を受けるまでは特許出願の放棄、取下げは可能なので(法68条ただし書参照)、特許出願人としては、たとえば予告通知を受けた段階で、特許出願を維持するか、特許出願を取り下げて営業秘密として管理するかについて、選択ができることになります。
(2)実施の制限
特許出願人等は、許可を受けない保全対象発明の実施が禁止されます(法73条1項)。
実施の禁止は、特許出願人だけではなく、保全対象発明の内容を職務上知り得た者であって当該保全対象発明について保全指定がされたことを知るものも、その対象となります。
また、実施の許可は、保全対象発明に係る情報の漏えい防止の観点から判断され(法73条3項)、情報漏えい防止のための条件が付されることがあります(法73条4項)。たとえば、実施品をリバースエンジニアリングすることにより第三者が保全対象発明の内容を知ることができるような場合には、許可がされない(または許可に条件が付される)ことが想定されます。
(3)保全対象発明の開示の禁止
特許出願人等は、保全対象発明の内容を開示することが禁止されます(法74条1項)。なお、特許出願人については、予告通知を受けた時点から、保全対象発明の開示が禁止されます(法68条)。
(4)適正管理措置の実施
特許出願人は、保全対象発明の情報の漏えいの防止のための措置を講じる義務を負います(法75条1項)。特許出願人が講ずるべき適正管理措置の内容は内閣府令に委ねられています。
外国における特許出願の禁止(第一国出願義務)
外国における特許出願の禁止(第一国出願義務)の概要
日本において特許出願を非公開としても、特許出願人が同一の発明について外国において自由に出願することを認めたのでは、外国において当該発明の内容が公開されてしまい、安全保障を損なう事態を生ずるおそれの大きい発明の情報流出を防ぐという特許出願非公開制度の目的は果たせなくなってしまいます。
そのため、特定技術分野に属する発明のうち、日本国内でした発明 6 であって公になっていないものについては、特許出願の日から3か月以内に保全審査に付されなかった場合、特許出願の日から10か月以内に保全指定がされなかった場合、または保全指定が解除され、または保全指定の期間が満了した場合を除き、外国における特許出願(PCT国際出願を含む)が禁止されます(法78条1項)。
すなわち、日本国内でされた特定技術分野に属する発明については、まずは日本で特許出願をすることが義務付けられます。特許出願から10か月以内に保全指定がされなかった場合に外国出願を認めたのは、特許出願人が日本における特許出願の日から12か月以内に外国で特許出願をして、パリ条約による優先権を主張できるように、翻訳文の準備等に必要な期間を確保する趣旨です。なお、保全指定がされた場合には、優先期間内に外国出願ができなくなる結果、優先権は確保されないことになります。
なお、政令で定める外国出願については、外国出願は禁止されません(法78条1項本文かっこ書)。
外国出願が許される場合としては、具体的には、日米相互防衛援助協定に基づき、日本で保全指定がされた特許出願について米国でも非公開の取扱いとすることが確保された場合において、保全指定がされた発明について米国で出願するときが想定されます。
事前確認制度
日本で特許出願をせずに外国出願をしようとする場合、特許出願人としては、第一国出願義務の適用を受ける発明(特定技術分野に属する発明)に該当するかどうか、判断できないときがあることが考えられます。そのため、経済安全保障推進法では、外国出願が禁止されるものであるかどうかについて特許庁の事前確認を受けることができる制度を設けています。
具体的には、特定技術分野に属する発明に該当し得る発明を記載した外国出願をしようとする者は、日本において当該発明を記載した外国出願をしていない場合に限り、特許庁に対して、外国出願が禁止されるかどうかの確認を求めることができ(法79条1項)、特許庁は遅滞なくこれに回答します(法79条2項)。なお、特定技術分野に属する発明を記載した外国出願であっても、安全保障に影響を及ぼすものでないことが明らかであることについて内閣府の確認を得たものについては、外国出願が許されます(法79条3項・4項、78条1項)。
違反に対する制裁
特許出願人が外国出願の禁止に違反した場合、日本の特許出願が却下されるほか(法78条5項・7項)、外国出願の禁止に違反した者は、1年以下の懲役、50万円以下の罰金またはその併科に処せられます(法94条1項)。
損失の補償
保全指定により、特許出願人は、実施の制限などの制約を受けます。このため、経済安全保障推進法では、保全指定を受けたことにより損失を受けた者に対して、国が、通常生ずべき損害 7 を補償することとされています(法80条1項)。
経済安全保障推進法は、保全指定を受けたことにより損失を受けた場合の例示として、実施許可を得られなかったこと、または実施許可に条件が付されたことにより損失を受けた場合を例示していますが、外国で特許権を取得できれば得られたであろう利益についても、損失の発生および保全指定により外国出願が禁止されたことと損失の相当因果関係が認められるのであれば、補償の対象になり得るとされています 8。
実務上の留意点
自社の事業分野と特許出願の非公開制度との関連性についてのアセスメント
特定技術分野に属する発明については、保全指定を受け、結果として実施の制限など自社による発明の自由な実施に制約を受ける可能性があるという点において、特許出願にあたり、通常の特許出願とは異なる考慮が必要です。また、保全指定がされれば、許可を受けない実施や発明の開示が罰則をもって禁止されることになり、影響も大きいといえます。加えて、日本国内でした特定技術分野に属する発明については、第一国出願義務も生じます。
したがって、事業者においては、あらかじめ、どの事業分野について特定技術分野に属する発明が生じる可能性があるかを調査し、把握しておくことが、特許出願の非公開制度の自社への関連性を理解し、必要に応じて、機微な発明の取扱いについての特別な社内手続を設けたり、適正管理措置を講じるべき重点分野を特定したりするために、有用と思われます。
なお、特定技術分野には、デュアルユース技術のうち、一定の付加的な要件を満たしたものも含まれます。
一般に、シングルユース技術や防衛目的で開発された技術などについては、発明の機微性について、事業者の開発部門または事業部門において認識していることが多いと思われます。他方、デュアルユース技術については、発明の機微性について認識が十分でない場合もあると考えられます。
したがって、特定技術分野に属する発明が生じる可能性のある事業分野の特定と評価は、政令により特定技術分野の範囲が明らかにされた段階において、事業部門、研究開発部門および知的財産部門で共同して行うことが有用と思われます。また、事業分野の拡大や政令の改正などを踏まえて、その後も随時見直す必要もあると思われます。
発明の取扱いに係る規程の整備
機微な発明については、特許出願にあたり、通常の発明の出願とは異なり、以下のような観点から、社内手続上特別な考慮が必要と思われ、機微な発明をする可能性のある事業者においては、必要に応じ、発明の取扱いに関する社内規程を整備する必要があると思われます。
(1)出願手続にあたっての特定技術分野該当性についての社内評価体制の整備
発明の機微性については、研究開発部門または事業部門において認識している場合が多いと思われます。このような場合、特許庁による第一次審査を待つことなく、事業者自ら、保全審査に付すよう求めることが考えられます。
また、国からの委託事業の場合などにおいては、委託の条件として、特許出願をする場合には保全審査に付すことを求めるよう義務付けられることも考えられます。
したがって、事業者の研究開発部門または事業部門において機微性があると判断する発明については、研究開発部門または事業部門による求めに応じて、特許出願人が主体的に保全審査に付すよう求めることができるよう、発明の取扱いに係る社内規程を整備することが考えられます。
また、特定技術分野に属する発明に該当する可能性のある発明については、見落としを防止する観点から、発明をした研究開発部門や事業部門のみではなく、出願前に、出願に関与する知的財産部門においても、スクリーニングする体制が望ましいと思われます。
以上とは別の観点として、機微性のある発明について、ノウハウとして秘密管理をするか、権利化するか等の判断にあたっては、通常の特許出願における考慮事項に加えて、保全指定を受ける可能性がどの程度あるかという観点からの考慮も必要と思われることから、その点からも、特定技術分野に属する発明であるか、保全指定を受ける可能性はどの程度あるかについての社内評価の仕組みが有用と思われます。
すなわち、保全指定を受けると、特許出願人は、実施の制限を受け、適正管理措置を講じる義務を負うなど、事業上の制約を受けますが、他方、特許出願の非公開に関する制度は、特定技術分野に属する発明について特許出願を義務付けるものではなく、事業者が、自身の判断で、特許出願せずにノウハウとして秘匿化すること、および研究結果として公表することは引き続き可能です。
したがって、特許出願をするかどうかの意思決定の判断資料という観点からも、研究開発部門または事業部門において機微性を認識している場合に、特許出願するかどうかの意思決定にあたり、意思決定者が機微性を認識できるような社内手続とする必要があると思われます。
(2)出願手続の場面における情報漏えいのための措置
保全指定がされた場合には、保全対象発明の適正管理措置の一環として、保全対象発明に係る情報を取り扱う者を限定し、把握することが必要になると予想されます。
したがって、保全指定の対象となり得る発明については、通常の特許出願とは異なり、出願準備にあたり、知的財産部門においても限定された従業員のみが明細書等にアクセスするように、社内の出願手続上も考慮が必要と思われます。
(3)外国出願にあたっての社内での事前審査
第一国出願義務との関係においては、少なくとも日本でした発明については、優先日を確保するなどの目的から、日本語で明細書等を作成したうえで、日本の特許庁に対して、まずは出願するケースが多いのではないかと思われます。外国に特許出願をしようとする場合や、日本の特許庁にPCT国際出願をしようとする場合には、第一国出願義務に違反する出願でないかどうかを、事前に出願を取り扱う知的財産部門などにおいてチェックするような体制が必要と思われます。
これは、特に、外国出願の禁止の違反については刑事罰が定められていること、過誤による外国出願について事後的に許可を受けるなどの過誤を治癒する方法がないことから、重要と思われます。
また、外国での特許出願に伴い現地の特許事務所に明細書等を提供することなどについては、外為法上の許可は不要とされており(貿易関係貿易外取引等に関する省令9条2項11号)、現状、外国における特許出願の段階において該否判断はされていないことが多いのではないかと思われます。今後は、第一国出願義務に違反するものでないことについて、外国出願に先立ち、社内の関連部門において評価、検討されることが必要となります。
機微な発明に係る適正管理措置の整備
保全指定がされた場合、保全対象発明に係る情報の漏えいの防止のための措置を講ずることが必要となります。適正管理措置の具体的な内容は内閣府令において定められますが、保全対象発明に係る情報を取り扱う従業員を限定することも含まれます。
事業者においては、これまでも、出願公開前の特許出願に係る明細書等については、営業秘密として、秘密管理のための措置を講じてきたものと思われます。また、特許出願をせずに秘匿化する発明のうち、防衛目的で開発された技術などについては、特に厳重な措置を講じてきたものと考えられます。
もっとも、営業秘密の観点からの秘密管理措置は事業者が自らの判断で適当な措置を講じるもので、特定の措置を講じることが義務付けられるものではない点において、内閣府令によって講ずるべき措置が定められる適正管理措置とは、その性質を異にします。また、適正管理措置の違反については、勧告および措置命令の対象となる(法83条)など、行政的な制裁の対象とされています。
したがって、保全指定を受ける可能性のある発明が生じる可能性のある事業者においては、適正管理措置の内容が明らかになった時点で、機微な発明の漏えい防止の措置を講じることができるよう、社内の秘密情報の管理体制を見直すことが考えられます。
特に、特許出願にあたっては、発明をした研究開発部門または事業部門だけではなく、知的財産部門も発明に係る情報にアクセスすることが想定されます。したがって、特許出願という観点からも、機微性のある発明についてアクセスする知的財産部門の従業員を特定し、範囲を限定するなどの措置が必要になるものと思われます。
共同開発契約などの契約における手当て
保全指定を受けた場合の適正管理措置については、自社で措置を講じるのみではなく、保全対象発明に係る情報の取扱いを認めた他の事業者に適正管理措置を講じさせることも含まれます(法75条1項)。他の事業者が実施の制限に違反して保全指定発明の実施や、保全実施発明の内容を開示した場合で、それが特許出願人が他の事業者に適正管理措置を講じさせなかったことによるものであるときは、特許出願人が、特許出願の却下というペナルティを受けることになります(法73条6項後段、74条2項後段)。
したがって、第三者と共同研究や共同開発をする場合であって、保全指定を受ける可能性のある発明が生じることが想定されるときは、当該共同研究や共同開発に係る契約において、成果に係る権利帰属や特許出願をする場合の意思決定手続などの通常の定めに加えて、相手方の事業者に適正管理措置を講じる義務、必要に応じ情報の取扱いについて報告し、監査を受け入れる義務を課すなどの契約上の手当てを講じる必要があると思われます。
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立案担当者による解説として、小新井友厚「特許出願非公開制度の概要」ジュリスト1575号40頁(2022)があります。 ↩︎
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各国の秘密特許制度については、小山隆史「各国の秘密特許制度と日本における制度の検討(その1)」知財管理72号163頁以下(2022)を参照。 ↩︎
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第208回国会 衆議院 内閣委員会第16号(令和4年4月6日)(小林鷹之国務大臣答弁)(「国家及び国民の安全を損なうおそれという観点で見れば、デュアルユース技術を一律に制度の対象外と位置づけるのは、そうしたおそれのある技術の拡散を防ぐという本制度の趣旨に照らして適当ではない」)。 ↩︎
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法66条1項では、本文括弧書きで「その発明が特定技術分野のうち保全指定をした場合に産業の発達に及ぼす影響が大きいと認められる技術の分野として政令で定めるものに属する場合にあっては、政令で定める要件に該当するものに限る」と定められています。 ↩︎
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第208回国会 衆議院 内閣委員会第16号(令和4年4月6日)(小林鷹之国務大臣答弁)。なお、デュアルユース技術については、保全指定に際し「国費による委託事業の成果である技術や、防衛等の用途で開発された技術、あるいは出願人自身が了解している場合などを念頭に、支障が少ないケースに限定すること」との内容の附帯決議が衆議院内閣委員会および参議院内閣委員会によりされています。 ↩︎
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なお、これまで特許法の文脈においては、「日本国内でした発明」であるか否かにより取扱いを異にする場面がなく、裁判所においても「日本国内でした発明」の該当性について判断は示されてきませんでした。研究開発の一部を外国の子会社と共同で行っている場合などにおいては、「日本国内でした発明」であるかどうか、さらには日本で出願した場合において当該外国における第一国出願義務に抵触しないかについて、判断が難しい場面も想定されます。 ↩︎
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立案担当者は、「通常生ずべき損害」とは、相当因果関係の範囲内にある損失を意味するとしています。小新井友厚「特許出願非公開制度の概要」ジュリスト1575号40頁(2022)。 ↩︎
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第208回国会 衆議院 内閣委員会第11号(令和4年3月23日)(木村聡内閣官房内閣審議官答弁)。ただし、出願が禁止されなければ外国で特許権を取得できたであろうこと、外国において特許権を取得したことによる独占の利益や相当因果関係については、証明に困難も予想されます。 ↩︎
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