法務が知っておくべき経済安全保障の最新動向と実務
第1回 経済安全保障推進法とは?特定重要設備とは?弁護士が4つの制度を解説
国際取引・海外進出 更新
シリーズ一覧全7件
目次
経済安全保障推進法の概要
「経済安全保障」とは、国家・国民の安全を経済面から確保することと考えられており 1、岸田内閣では、骨太の方針2023において、「経済安全保障推進法の着実な実施と取組の更なる強化を行う」と述べられています 2。
経済安全保障推進法は、正式名称を「経済施策を一体的に講ずることによる安全保障の確保の推進に関する法律」といい、2022年5月11日に成立し、同月18日に公布されました。経済安全保障推進法は、「重要物資の安定的な供給の確保に関する制度」、「基幹インフラ役務の安定的な提供の確保に関する制度」、「先端的な重要技術の開発支援に関する制度」および「特許出願の非公開に関する制度」という4つの柱(以下「4つの柱」といいます)で構成されています。
4つの柱のうち、「重要物資の安定的な供給の確保に関する制度」および「先端的な重要技術の開発支援に関する制度」は既に施行されており、残る「基幹インフラ役務の安定的な提供の確保に関する制度」および「特許出願の非公開に関する制度」は2024年5月に制度の運用が開始される見込みです。
経済安全保障推進法が対象とする業種は広く、影響を受ける事業者の範囲が広範となることが予想されます。また、設備導入の事前審査制、重要物資供給を担う事業者への公的支援の枠組み等が盛り込まれるため、関係事業者への影響が大きいことが予想されます。
なお、経済安全保障推進法に関して把握しておくべき法令等は、経済安全保障推進法や経済安全保障推進法施行令に限られません。
まず、経済安全保障推進法に基づき決定された基本方針 3(以下「基本方針」といいます)に4つの柱に通ずる基本的な事項等が定められており、経済安全保障推進法および基本方針に基づき決定された以下の4つの基本指針(以下総称してまたは個別に「基本指針」といいます)に、4つの柱のそれぞれの基本的事項等が定められています。そして、これらの基本方針および基本指針で示された考え方に基づき、経済安全保障推進法施行令その他の下位法令が定められています。
略称 | 正式名称 | 閣議決定 |
---|---|---|
① 安定供給確保基本指針 | 特定重要物資の安定的な供給の確保に関する基本指針 | 2022年9月30日 |
② 特定社会基盤役務基本指針 | 特定妨害行為の防止による特定社会基盤役務の安定的な提供の確保に関する基本指針 | 2023年4月28日 |
③ 特定重要技術研究開発基本指針 | 特定重要技術の研究開発の促進及びその成果の適切な活用に関する基本指針 | 2022年9月30日 |
④ 特許出願非公開基本指針 | 特許法の出願公開の特例に関する措置、同法第三十六条第一項の規定による特許出願に係る明細書、特許請求の範囲又は図面に記載された発明に係る情報の適正管理その他公にすることにより外部から行われる行為によって国家及び国民の安全を損なう事態を生ずるおそれが大きい発明に係る情報の流出を防止するための措置に関する基本指針 | 2023年4月28日 |
経済安全保障推進法と基本方針、基本指針等との関係
本稿では、経済安全保障推進法に関して関係事業者が押さえておくべきポイントを概観します。なお、本稿は2024年1月の公表情報をもとに作成しています。今後、政令・ガイドライン等による制度詳細の規定、パブリックコメントを通した当局見解の開示等が考えられ、注視が必要となります。
経済安全保障推進法の概要
事業活動への影響
経済安全保障推進法以前にも、輸出管理や対内直接投資規制等、経済安全保障に関わる国の規制は存在しましたが、それらは、機微技術や安全保障上重要な産業部門等、比較的限定的な対象に向けられていました。
これに対して、経済安全保障推進法が対象とする産業・技術分野は広範囲にわたり、事業活動に大きな影響が及び得ます。事業者に対して与え得る影響はおおむね以下のとおりです。
特に影響の大きい業種/事業者と施行時期
法によって設けられる制度 | 特に影響の大きい業種 /事業者 |
事業者への影響 | 施行時期 |
---|---|---|---|
第1の柱 重要物資の安定的な供給の確保に関する制度 |
ⅰ 特定重要物資等(下記3−2参照)の供給に携わる事業者 ⅱ 上記 ⅰ の事業者から特定重要物資等の供給を受ける事業者 ⅲ 金融機関 |
左記 ⅰ の事業者は、安定供給確保計画を策定し、認定を得た場合、支援措置を受けることができる | 施行済み |
第2の柱 基幹インフラ役務の安定的な提供の確保に関する制度 |
ⅰ 特定社会基盤事業者(下記4−3参照) ⅱ 上記 ⅰ に特定重要設備(下記4−4参照)を供給する企業やこの企業に構成設備を供給する企業 ⅲ 委託または再委託を受け上記 ⅰ の保有する特定重要設備の重要維持管理等を行う企業 |
左記 ⅰ の事業者は、特定重要設備の導入、重要維持管理等の委託に当たり、計画書を提出して事前審査を受けることが必要となる | 2024年5月制度運用開始 |
第3の柱 先端的な重要技術の開発支援に関する制度 |
ⅰ 特定重要技術(下記5−2参照)に関する研究開発を行う企業、研究機関 ⅱ 特定重要技術に関して知見を有する調査研究機関(シンクタンク) |
左記 ⅰ の事業者は、協議会・指定基金を通じた支援を受けられる可能性がある | 施行済み |
第4の柱 特許出願の非公開に関する制度 |
ⅰ 特定技術分野(下記6−2参照)に属する技術につき研究を行う企業 ⅱ 上記 ⅰ の企業から情報提供を受け、またはライセンスを受ける企業 |
左記 ⅰ の事業者は、特許出願の際、保全審査・保全指定を受ける可能性がある | 2024年5月制度運用開始見込み |
第2、第4の柱では、法令遵守の観点からの「守り」の対応が求められます。これに対して、第1、第3の柱では、経済安全保障推進法が提供する新たな支援を活用する「攻め」の対応を検討することが求められます。いずれの場合も高次の経営判断が必要となるため、制度の詳細と自社の事業内容を分析し、適切な対処方針を固めることが必要です。
日本で事業を行う企業においては、自社の事業活動が経済安全保障推進法の適用対象に当たるかどうかを見極め、該当する場合には、経済安全保障推進法が規定する所定の手続をとるかどうかを検討する必要があります。法務・コンプライアンスのほか、経営企画、財務、総務、輸出管理、調達、商品企画、資産管理、知的財産、情報セキュリティ等の各部門で連携し、経済安全保障推進法の内容および事業への影響を把握するとともに、今後の変更や政省令・ガイドライン等による精緻化・具体化をフォローし、法令の施行時に適切な対応ができるよう、検討・準備を順次進めておくことが肝要と考えます。
なお、以下においては、経済安全保障推進法のことを「法」、経済安全保障推進法施行令のことを「施行令」といいます。
重要物資の安定的な供給の確保に関する制度
制度の概要
国民生活やわが国の経済にとって不可欠な物資の安定供給を図るために、基本方針および基本指針に沿って、①対象となる物資の指定、②対象物資の安定供給に資する計画を実施する民間事業者への公的支援、③国による安定供給確保措置等が実施されます。
ⅰ 特定重要物資等(下記3−2参照)の供給に携わる事業者
ⅱ 上記 ⅰ の事業者から特定重要物資等の供給を受ける事業者
ⅲ 金融機関
施行時期
施行済み
特定重要物資等のサプライチェーン強靭化の概要
特定重要物資(対象となる物資)
制度の対象となる物資(特定重要物資)については、経済安全保障の要請(上記1参照)上安定供給の確保が必要となる物資(プログラムを含みます)が施行令で指定されています(法7条および施行令1条)。施行令では、下表の11物資が特定重要物資として指定されています。また、特定重要物資のみならず、特定重要物資の生産に必要な原材料、部品、設備、機器、装置またはプログラム(以下「原材料等」といいます)も安定供給確保の対象となっています(法7条)。
特定重要物資11分野一覧
民間事業者への公的支援
認定供給確保事業者(下記3−4(1)参照)への公的支援の主な枠組みは以下のとおりです(法13条1項2号、31条3項各号および42条1項)。
- 国からの補助金による基金を有する法人 4 からの助成金交付・利子補給金の提供・必要な情報の照会への対応や、相談業務を通した支援
- 日本政策金融公庫より貸付けを受けた指定金融機関(下記3−4(2)参照)からの事業資金の融資
制度の対象となる民間事業者
(1)認定供給確保事業者
認定供給確保事業者とは、特定重要物資またはその生産に必要な原材料等(以下「特定重要物資等」といいます)の安定供給確保のための取組に関する計画を主務大臣に提出し認定を受けた者をいいます(法9条1項)。なお、少なくとも法の文言上、計画の提出が可能な事業者には外資規制その他の制限はないように見受けられます(ただし、特定重要物資によっては、日本法人であることを要求している場合があります)。
まず、主務大臣(特定重要物資等の生産、輸入または販売の事業を所管する大臣)により、安定供給確保基本指針に基づき、特定重要物資ごとに安定供給確保取組方針が策定されます(法8条1項)。安定供給確保取組方針には、対象となる個別の特定重要物資等の安定供給確保のための取組(=公的支援の対象となる取組)が定められています(法8条2項)。
そして、申請者の計画が認定を受けるためには、計画に記載された申請者が行おうとする当該特定重要物資等の安定供給確保のための取組の内容が、安定供給確保取組方針に照らし適切なものであること等が要件とされています(法9条4項)。
特定重要物資等の安定供給の確保に資する取組であればどのようなものであっても公的支援の対象となるわけではなく、対象となる品目や対象となる取組、実施期間、実施体制、事業規模等が当該特定重要物資に係る安定供給確保取組方針に定められた基準に適合していなければ公的支援を受けることはできません。
また、これらの平時の取組に関する基準に加えて、特定重要物資等の需給がひっ迫した場合の供給安定化のための措置等 5 が事業者によって講じられる見込みであることも要件とされています(法9条4項4号)。
そのほか、安定供給確保取組方針には、特定重要物資等の調達に当たって、WTO協定等の国際ルールに整合的であること、サプライチェーン上の人権問題に配慮すべきこと 6 をはじめとした事項が盛り込まれており、事業者はこれらを遵守する必要があります。
計画の認定の対象となる取組に関する基準の例(半導体(一部抜粋))
品目 | 対象となる品目 | 主な基準 |
---|---|---|
従来型半導体 | イ パワー半導体 ロ マイコン ハ アナログ (※)5G促進法施行令第22条に規定される特定半導体は対象外 |
<パワー半導体>
|
<マイコン、アナログ>
|
||
(以下略) | (以下略) | (以下略) |
また、認定供給確保事業者の義務としては、認定供給確保事業者は毎年度計画の実施状況の報告を行う義務を負うほか(法12条)、主務大臣からの求めに応じて計画の実施状況に関して報告し必要な資料を提出する義務を負います(法48条4項)7。
(2)指定金融機関
指定金融機関とは、日本政策金融公庫より貸付けを受け認定供給確保事業者への支援業務を適切かつ確実に行うことができるものとして、指定を受けた金融機関です(法16条1項)。主務大臣は、当該支援業務に関し、指定金融機関に対して命令権限を有します(法21条)。
国による安定供給確保措置
認定供給確保事業者への支援の枠組みでは特定重要物資等の確保が困難である場合、主務大臣は当該特定重要物資等の備蓄その他必要な措置 8 を講ずることができます(法44条6項)。当該措置に関連して、認定供給確保事業者に対する強制力をもった措置は明示的には規定されていません。
主務大臣に対する報告・資料提出
主務大臣は、サプライチェーンの強靭化に係る一連の制度の施行に必要な範囲で、関連する事業者に対し報告または資料の提出を求めることができ、事業者は当該求めに応じる努力義務を負います(法48条)。これには、認定供給確保事業者や指定金融機関以外の者も含まれますので、広範な事業者が報告等の対象となる可能性があります。
実務上の留意点
(1)初期対応
まず、自社が何らかの指定された特定重要物資等に関わっているか、今後関わる予定があるか確認することが重要です。その際、自社が購入・販売している製品だけでなく、その生産に必要な原材料、部品、設備、機器、装置またはプログラムについても把握することが重要になってきます。
特定重要物資等にはプログラムも含まれることから、メーカーのみならず、IT企業においても、自社のサプライチェーンにおいて特定重要物資等が含まれるか、確認する必要があります。
(2)制度利用可否の検討・影響の分析
特定重要物資ごとの安定供給確保取組方針において公的支援の対象となる取組の詳細が定められていますので、対象となる特定重要物資に係る安定供給取組方針に記載された公的支援の対象となる品目や対象となる取組、実施期間、事業規模、実施体制等について確認し、メリットとデメリットを整理して、手続を進めるかどうか検討をする必要があります。その際、本制度の主眼が経済支援にあることを踏まえ、経営企画や財務部門とも協力して、対象となる事業の資金需要を見極めることが重要と考えます。
仮に認定供給確保事業者として認定を受けない場合も、主務大臣が、特定重要物資等の生産、輸入、販売を行う者に対して、必要な報告または資料の提出を求めることがありますので、自社がこれに該当する場合は留意する必要があります。これは努力義務ではあるものの、当局からの要請であることから、実質的に対応せざるを得ないことも予想されます。
特定重要物資等を取り扱う事業者においては、国による安定供給確保措置の内容と影響を把握しておくことが重要です。たとえば、特定重要物資またはその原材料等については、価格が騰貴した場合、国が標準的な価格で国家備蓄を放出することができ、これによって価格が低下することが考えられます。特に海外との取引が多い企業は、有事の際に輸出を控えるよう働きかけを受ける可能性等についても留意する必要があります。
(3)中長期的対応
新規の原材料の調達や商品の販売について、特定重要物資等に該当するのか、都度検討していくことが考えられます。必要に応じて社内規程を改正する等して、調達および商品企画部門の情報を社内で共有していく仕組みを考える必要があります。
認定供給確保事業者および指定金融機関については、国の資料提出の求めや立入検査に応じる必要があります。その際にどのように対応するか、社内規程等で整備しておく必要があります。また、機密情報や個人情報との関係を整理しておくことも重要です。
認定供給確保事業者および指定金融機関以外でも、取引先が認定供給確保事業者である場合、当該事業者に課される義務等が間接的に自社にも影響する可能性があります。取引先が自社との取引履歴等を提出した場合、自社にどのような影響があるか想定しておくことが重要です。
また、自社が行っておりまたは行おうとする特定重要物資等に係る事業・プロジェクト等が現時点では安定供給確保取組方針において定められた支援対象と合致していないため、現行制度の下では直ちに支援を受けられないが将来的には支援を受けることを希望する場合、支援の対象が拡大される動きがないか注視するとともに、業界団体等を通じた当局への働きかけを検討することが考えられます。
基幹インフラ役務の安定的な提供の確保に関する制度
制度の概要
基幹インフラ内の重要設備に対して、外部からハッキング等の妨害行為が行われることを防止するために、基幹インフラへの重要設備の導入・重要設備の重要維持管理等の委託について事前審査制度が導入されます(法52条)。
ⅰ 特定社会基盤事業者(下記4−3参照)
ⅱ 上記 ⅰ に特定重要設備(下記4−4参照)を供給する企業やこの企業に構成設備を供給する企業
ⅲ 委託または再委託を受け上記 ⅰ の保有する特定重要設備の重要維持管理等を行う企業
施行時期
2024年5月制度運用開始
事前審査制度の枠組み
事前審査制度の枠組みは以下のとおりです。
導入等計画書提出の要否
導入等計画書の審査手続
(1)導入等計画書の提出・審査
特定社会基盤事業者(下記4−3参照)が、特定重要設備(下記4−4参照)について、①導入、②重要維持管理等の委託 9 を行う場合には、導入等計画書を主務大臣に提出し、事前審査を受ける必要があります(法52条1項)。ただし、特定社会基盤事業者と実質的に同一と認められる者その他の施行令で定める者が供給する特定重要設備の導入を行う場合は、導入等計画書の提出は不要となっています(法52条1項)。
導入等計画書の記載事項のうち特定重要設備の供給者に関する事項および構成設備(下記4−4参照)の供給者に関する事項は下表のとおりです 10。なお、重要維持管理等の委託の相手方および再委託の相手方についてもこれらの記載事項と同等の記載事項が設けられています 11。
- 特定重要設備・構成設備の供給者の名称、住所、設立国
- 5%以上の議決権保有者の名称、国籍、保有割合
- 役員の氏名、生年月日、国籍
- 外国政府等との取引高が売上高全体の25%以上を占める場合、当該外国政府等の名称と割合
- 設備の製造場所
- 委託・再委託の相手方の名称、住所、設立国
- 5%以上の議決権保有者の名称、国籍、保有割合
- 役員の氏名、生年月日、国籍
- 外国政府等との取引高が売上高全体の25%以上を占める場合、当該外国政府等の名称と割合
そのほかの導入等計画書には、特定重要設備の導入または重要維持管理等を行わせるに当たって特定社会基盤事業者が講ずる特定妨害行為(下記4−4参照)を防止するための措置(リスク管理措置)についても記載する必要があります 12。
審査期間は原則30日間で、最長4か月まで延長可能であり(法52条3項・4項)、外為法上の対内直接投資等の事前審査と類似の制度設計となっています。事業者は、審査が完了するまで導入および重要維持管理等の委託を行うことはできません。
審査の結果、是正の必要が認められる場合、主務大臣は、特定社会基盤事業者に対して是正勧告を行うことができ(法52条6項)、特定社会基盤事業者は、勧告に応じるか否かの返答を10日以内に行う必要があります(法52条7項)。正当な理由なく勧告に応じない場合には、主務大臣は、中止の命令をすることができ(法52条10項)、当該命令に応じない場合には罰則が規定されています(法92条1項4号)。
(2)事後的な勧告および命令
導入等計画書の審査を経て導入または重要維持管理等の委託が実施された特定重要設備であっても、国際情勢の変化その他の事情の変更により、これらが妨害行為の手段として使用される危険性が大きいと認められる場合には、主務大臣は、(1)と同様に勧告、命令措置をとることができます(法55条1項)。
具体的には、①当該特定重要設備の検査または点検、委託の相手方の変更その他の必要な措置をとるべきことの勧告(法55条1項)、②正当な理由なく勧告に応じない場合には、主務大臣は当該特定重要設備の使用、重要維持管理等の委託を中止することの命令が可能であり(法55条3項、52条10項)、この命令に応じない場合には罰則が規定されています(法92条1項4号)。勧告に応じるかどうかの返答を10日以内に行う必要がある点も(1)と同様です(法55条3項、52条7項)。
特定社会基盤事業者(対象となる基幹インフラ事業者)
特定社会基盤事業者は、以下の両条件に該当する事業者の中から主務大臣(特定社会基盤事業を所管する大臣)が指定します(法50条)。特定社会基盤事業者の指定は、両条件に該当する者の中から行われますが、両条件を満たすことにより機械的に行われるものではなく、主務大臣には指定するかどうかの裁量が認められています 13。
- 下表の14業種(詳細は法50条1項各号参照)のうち施行令で定められた事業(特定社会基盤事業)を行う者
- ①使用する特定重要設備の機能が停止・低下した場合に、②役務の安定的な提供に支障が生じ、③国家および国民の安全を損なう事態を生ずるおそれが大きいものとして、主務省令に定める基準(指定基準)に該当する者
主務大臣は、特定社会基盤事業者を指定したときは、その旨を当該指定を受けた者に通知するとともに、当該指定を受けた者の名称等を公示しなければならないこととされています(法50条2項)。
2023年11月16日、210事業者が特定社会基盤事業者として指定され、同月17日に公示されました。
基幹インフラ14業種一覧
特定社会基盤事業者の指定基準の例(電気事業)
業種(法律) | 特定社会基盤事業(政令) | 指定基準(省令) |
---|---|---|
電気事業 | 一般送配電事業 | 一般送配電事業者(全者を指定) |
送電事業 | 送電事業者(全者を指定) | |
配電事業 | 配電事業者(全者を指定) | |
発電事業 | 所有する発電設備:発電設備ごとの出力が50万kW以上 | |
特定卸供給事業 | 集約する電気:50万kW以上 |
特定重要設備(対象となる設備)
(1)特定重要設備
特定重要設備は、事業者の役務の安定的提供における重要性や外部からの妨害に用いられる危険性を考慮して主務省令に定められる基準に該当する設備が該当します(法50条1項)。設備の範囲には、機器、装置のほかにプログラムも含まれます。上記のとおり、導入等計画書には特定重要設備の供給者(特定重要設備としての機能が充足された状態のものを製造または供給する者を指します)に関する情報を記載する必要があります。
(2)構成設備
構成設備とは、特定重要設備の一部を構成する設備、機器、装置またはプログラムであって特定妨害行為(特定重要設備の導入または重要維持管理等の委託に関して我が国の外部から行われる特定社会基盤役務の安定的な提供を妨害する行為をいいます)の手段として使用されるおそれがあるものをいい、具体的には主務省令で定められています(法52条2項2号ハ)。導入等計画書には構成設備の供給者に関する情報を記載する必要があります。
特定重要設備および構成設備の例
特定社会基盤事業 | 特定重要設備 | 構成設備 |
---|---|---|
国際航空運送事業および国内定期航空運送事業 | 飛行計画を作成する機能を有する情報処理システム 14 |
|
調査権限、経過措置
(1)調査権限
主務大臣は、特定社会基盤事業者の指定のために必要な範囲で、特定社会基盤事業を営む者に対し、報告または資料の提出を求めることができます(法58条1項)。
また、主務大臣は、特定社会基盤事業者に対する勧告、命令等の実施のために必要な範囲で、特定社会基盤事業者に対し、報告もしくは資料の提出の要求または立入検査を行うことができます(法58条2項)。
(2)経過措置
以下の行為については導入等計画書の提出義務が免除されます。
- 特定社会基盤事業者に指定されてから6か月間になされた、当該特定社会基盤事業者の行為(法53条1項)
- 省令の改正等があり新たに特定重要設備に該当するようになってから6か月間になされた、当該特定重要設備に係る行為(法53条2項)
- 省令の改正等があり新たに重要維持管理等の委託に該当するようになってから6か月間になされた、当該重要維持管理等の委託に係る行為(法53条3項)
(3)遡及適用の考え方
導入等計画書の届出義務は、新たに特定社会基盤事業者に指定されてから6か月が経過した後に特定重要設備の導入または重要維持管理等の委託をする場合に発生します(法52条1項および53条1項)。導入等計画書の届出義務が生じた時点で既に完了している特定重要設備の導入や、既に開始している重要維持管理等の委託については事後的に届出義務を課すことは行わないこととされています 16。
なお、導入等計画書の届出義務が生ずる前に導入を行った特定重要設備について、導入等計画書の届出義務が生じた後にその重要維持管理等の委託を開始する場合(いわゆる契約の自動更新に関する条項に基づき契約を更新する場合も含まれます)には、導入等計画書の届出義務が生じます 17。
実務上の留意点
(1)初期対応
導入等計画書の届出義務が課されるのは特定社会基盤事業者ですが、以下の事業者に対しても、特定社会基盤事業者による届出への協力の要請や、審査期間に起因する取引スケジュールの変更等の影響が生じ得ると考えられます。
(ii)(i)の事業者に構成設備を供給する事業者
(iii)委託または再委託を受けて特定社会基盤事業者が保有する特定重要設備の重要維持管理等を行う事業者
したがって、事業者としては、以下の①および②の対応が必要となります。
- 自社が供給する設備、機器、装置またはプログラムが特定重要設備もしくは構成設備に該当するかどうか、または自社が重要維持管理等の委託を受けている設備、機器、装置またはプログラムが特定重要設備に該当するかどうかを確認する(自社サイドの確認)18
- 供給先・委託元が特定社会基盤事業者であるかどうかを確認する(取引先サイドの確認)
特定社会基盤基盤事業者はその名称等が公示されますので、まずは告示を確認することが必要となります。なお、直接の供給先・委託元が特定社会基盤事業者ではなくても、自社が上記(ii)の事業者や再委託を受けて特定重要設備の重要維持管理等を行う事業者に該当する場合については本規制の影響を受け得るため注意が必要です。
①および②に該当する場合、特定重要設備・構成設備を導入する予定や特定重要設備・構成設備の重要維持管理等を行う予定などを把握し、経過措置や遡及適用、入札との関係、審査スケジュール(最長4か月間)などを踏まえて、供給元・委託元と綿密にコミュニケーションを取り、準備を進めていくことが重要です。
(2)中長期的対応
特定社会基盤事業者および上記(1)(i)〜(iii)に該当することが継続的に見込まれる事業者は、以下のリスクを踏まえ、必要に応じて供給契約・業務委託契約のひな形や社内規程の内容を検討する必要があります。
- 特定社会基盤事業者による導入等計画書の届出後一定期間は特定重要設備の導入または重要維持管理等を行うことができず、取引スケジュールの変更を余儀なくされるリスク
- 導入等計画書の審査の結果、是正勧告等を受けるリスク
- 特定重要設備の導入または重要維持管理等の委託の開始後に、構成設備に該当するシステムにセキュリティ上の脆弱性が発見されたり、構成設備に該当するシステムがサイバー攻撃を受けたりするなど、特定重要設備が特定妨害行為の手段として使用されるおそれに関わる事象が発生し、これに適切に対応しなかった場合、是正勧告等を受けるリスク
加えて、特定社会基盤事業者は、導入等計画書に記載された上記(1)(i)〜(iii)の事業者に関する事項のうち一定の事項については、変更があった場合の届出義務があります。したがって、特定社会基盤事業者は、当該一定の事項について変更があった場合の届出が適宜適切にできるよう、上記(1)(i)〜(iii)の事業者との業務委託契約において当該一定の事項に関する届出義務を担保しておく必要があります。
先端的な重要技術の開発支援に関する制度
制度の概要
将来の国民生活および経済活動の維持にとって重要なものとなり得る先端的な技術のうち、外部に不当利用されるなどした場合に国家および国民の安全を損なうおそれのある技術(特定重要技術)について、研究開発を促進するとともに、その成果の適切な活用を図るため、①官民連携を通じた伴走支援のための協議会の組織、②指定基金協議会の組織等による強力な支援、③調査研究業務の委託が実施されます。
ⅰ 特定重要技術(下記5−2参照)に関する研究開発を行う企業、研究機関
ⅱ 特定重要技術に関して知見を有する調査研究機関(シンクタンク)
施行時期
施行済み
特定重要技術の官民技術協力の概要
特定重要技術(対象となる技術)
特定重要技術とは、将来の国民生活および経済活動の維持にとって重要なものとなり得る先端的な技術のうち、以下のいずれかに該当する技術をいいます(法61条)。
- 当該技術が外部に不当に利用された場合において、国家および国民の安全を損なう事態を生ずるおそれがあるもの
- 当該技術の研究開発に用いられる情報が外部に不当に利用された場合において、国家および国民の安全を損なう事態を生ずるおそれがあるもの
- 当該技術を用いた物資または役務を外部に依存することで外部から行われる行為によってこれらを安定的に利用できなくなった場合において、国家および国民の安全を損なう事態を生ずるおそれがあるもの
特定重要技術については、技術開発の加速化や突如として新たな重要技術が誕生する不連続の技術革新の可能性を踏まえ、あらかじめ具体的な技術を個別に指定することは適切ではないと考えられています 19。そのため、国は特定重要技術調査研究機関(シンクタンク。下記5−5参照)も活用しながら、特定重要技術の絞り込みや、その育成・活用方針の検討に資するための調査研究を実施することとしています。その際、以下の技術領域を参考にしつつ、最新の国内外の研究開発および政策の動向、経済社会情勢を踏まえ、柔軟に調査研究を実施することとされています 20。
調査研究を実施する20技術領域一覧
協議会の組織
国は、国の資金により行われる研究開発等につき、特定重要技術の促進および適切な活用を図るために研究者および所管大臣等による協議会を組織することができます(法62条1項)。協議会の構成員としては、潜在的な社会実装の担い手として想定される関係行政機関、研究開発の実施者、連携相手となる研究機関、シンクタンク、資金配分機関、その他民間企業を含む社会実装に関係する者などが想定されています 21。
協議会では、特定重要技術の研究開発に関する情報を適正に管理するために必要な措置(安全管理措置)が講じられることを前提に、通常であれば国家公務員法に基づく守秘義務等により研究者に共有されることがなかった機微な情報の共有が可能になっています。また、協議会では、社会実装のイメージや研究開発の進め方を議論・共有するほか、必要に応じ、規制緩和の検討や国際標準化の支援など、組織の枠を超えた協議が行われることが期待されています。さらに、協議会参加者が納得する形で、技術流出対策を講じる対象範囲やオープン・クローズ戦略を決めていくことも期待されています 22。
協議会の事務に従事する者または従事していた者には守秘義務が課されており、正当な理由がなく、これらの者が当該事務に関して知り得た秘密を漏らし、または盗用した場合には1年以上の懲役または50万円以下の罰金が科されます(法62条7項および95条1項1号)。
協議会における研究成果は公開を基本としており、研究成果に係る特許権等の帰属の取扱いについては、産業技術力強化法17条(日本版バイ・ドール制度。一定の条件の下、国等が委託した研究開発に関する特許権等を受託者等である民間企業等に帰属させ得るという制度)の適用を基本としつつ、個々の技術について日本版バイ・ドール制度を適用しない場合、協議会においては、その規約等に従ってすべての参加者が納得する形で決定するものとされています 23。
指定基金の設立
内閣総理大臣は、科学技術・イノベーション創出の活性化に関する法律(科技イノベ活性化法)に基づく基金のうち、特定重要技術の研究開発の促進およびその成果の適切な活用を目的とするものを指定基金として指定し、補助金を交付することができます(法63条1項)。
指定基金として、令和3年度補正予算において予算措置された「経済安全保障重要技術育成プログラム」(K Program)を運営する基金が指定されています 24。経済安全保障重要技術育成プログラムにおいては、法63条4項により指定基金協議会が必置となっています。指定基金協議会の基本的な枠組みは協議会(上記5−3)と同様であり(同条5項により法62条3項から8項までの規定が準用されます)、安全管理措置(同条4項4号)が講じられる必要がありますが、安全管理措置が適切と認められる場合にはその必要な資金は指定基金から支出されることになっています 25。
シンクタンクへの委託
内閣総理大臣による特定重要技術の研究開発の促進およびその成果の適切な活用を図るために必要な調査研究も導入されました。
内閣総理大臣は、当該調査研究の一部または全部を、一定の能力を有する調査研究機関(シンクタンク)に委託することができます(法64条2項)。また、関係行政機関の長は、当該委託先(特定重要技術調査研究機関)の求めに応じて調査研究のために必要な情報および資料を提供することができます(法64条3項)。
実務上の留意点
協議会の構成員となった場合のメリットとして、他の構成員から機微な情報の共有を受けることにより、効果的に研究開発を進めることが可能になることが期待されるほか、一事業者だけでは対応が困難である規制緩和や国際標準化についても国の支援を受けることが期待されています。他方で、事業者の負担としては、安全管理措置をはじめとした高いレベルの情報管理や技術流出対策の徹底が求められます。
特定重要技術の開発を行っている事業者においては、これらのメリット・制約を含め、本制度により、直接・間接にどのようなメリット・制約を受けるのか、具体的な検討を進めていく必要があります。特に、海外の事業者との共同研究・開発等を行っている場合の影響には留意が必要です。
特許出願の非公開に関する制度
制度の概要
公にすることにより、国民の安全を損なうおそれの大きい発明に係る特許出願につき、特許手続を通して当該発明に係る情報が流出することを防止するために、①出願公開の留保、②情報保全措置を講じる制度が導入されました。
ⅰ 特定技術分野(下記6−2参照)に属する技術につき研究開発を行う企業
ⅱ 上記 ⅰ の企業から情報提供を受け、またはライセンスを受ける企業
施行時期
2024年5月制度運用開始見込み
保全審査の対象となる発明
保全審査の対象となる発明は、特定技術分野に属する発明(そのうち一部の発明については一定の付加要件に該当するものに限ります)です。
特定技術分野は、公にすることにより外部から行われる行為によって国家および国民の安全を損なう事態を生ずるおそれが大きい発明が含まれ得る技術の分野として国際特許分類等に従い施行令で定められます(法66条1項および施行令12条)。国家および国民の安全を損なう事態を生ずるおそれが大きい発明は、①我が国の安全保障の在り方に多大な影響を与え得る先端技術、②我が国の国民生活や経済活動に甚大な被害を生じさせる手段となり得る技術という2つの類型に着目して選定されています 26。
また、特定技術分野に属する発明がすべて保全審査の対象となる発明であるわけではなく、特定技術分野のうち保全指定をした場合に産業の発達に及ぼす影響が大きい技術分野(いわゆるデュアルユース技術)については、一定の付加要件に該当する発明のみ保全審査に付すこととされています(法66条1項および施行令12条3項)。付加要件は、具体的には、以下のいずれかに該当する発明であることとされています。
- 我が国の防衛または外国の軍事の用に供するための発明
- 国または国立研究開発法人による特許出願に係る発明
- 国等が委託した技術に関する研究開発の成果に係る発明であって、その発明について特許を受ける権利につき産業技術力強化法17条の規定により国等が譲り受けないこととしたもの
- 国が委託した技術に関する研究開発の成果に係る発明であって、その発明について特許を受ける権利につき科技イノベ活性化法22条の規定により国がその一部のみを譲り受けたもの
特定技術25分野一覧
特許出願の非公開化
特許法では、特許出願された発明は、特許出願の日から1年6か月を経過したときに公開されることになっています(特許法64条1項前段)。本制度はこの例外として、保全指定をしないこととなるまでの間、保全指定が解除されるまでの間または保全指定の期間が満了するまでの間、特許出願された発明は公開されないこととなっています(法66条7項)。
手続の流れ
ある発明について、発明に関する情報の流出を防ぐための保全指定(下記6−5参照)を行うべきか否かを判断するために二段階の審査プロセスが導入されました。
特定技術分野に係る特許出願手続の概要
(1)審査プロセス
① 一段階目(特許庁長官による審査)
特許庁長官は、特許出願を受けた場合、特許出願に係る明細書等に保全審査の対象となる発明(上記6−2参照)が記載されているかどうかを定型的に判断し、該当するものは原則として第二段階の審査として内閣総理大臣に特許出願に係る書類が送付されます。3か月以内に第二段階への送付の要否の判断が行われます(法66条1項および施行令13条)。なお、特許出願人から保全審査に付することを求める旨の申し出があった場合も同様に内閣総理大臣に特許出願に係る書類が送付されます。
② 二段階目(内閣総理大臣による保全審査)
国の機関、外部の専門家の協力の下、公にされた場合の国家および国民の安全に対する脅威と、発明を非公開とすることによる産業の発達に及ぼす影響等を考慮し、保全指定の要否が判断されます(法67条1項・3項・4項および70条1項) 27。
なお、保全審査の期間に法上の上限はないものの、実質的には、外国出願の禁止(下記6−6参照)が特許出願後10か月で自動的に解除される仕組みとなっていることから、この期間内に保全審査が終了する必要があるとされています。
(2)手続の非公開・出願者への通知等
第一段階の審査が開始され、手続が終了するかまたは保全指定が終了するまでの期間は、出願公開、特許査定および拒絶査定は留保されます(法66条7項)。
出願が①第二段階へ送付された場合(法66条3項)、および②第二段階で保全指定を行うことが相当と判断され保全指定が行われる前(法67条9項)には出願者へ通知が行われます。
②の通知を受けた出願者は、出願を維持するか否かを14日以内に判断し(保全指定がなされると取下げが制限されます(法72条1項))、維持する場合には、発明に関する情報管理状況に関する資料等を開示する必要があります(法67条10項)。また、出願を維持する場合には、保全指定の期間満了または保全指定しない旨の通知を受けるまでは発明の内容の公開が禁止されます(法68条1項および74条1項)。
(3)保全指定
上記の手続を経て、内閣総理大臣が①保全指定の必要性および②保全指定した場合の産業の発達に対する悪影響を踏まえ、保全指定を行うことが適切であると認めたものについては、保全指定が行われます(法70条1項)。
保全指定の効果
保全指定がなされた場合、出願人には以下の制限が生じます。以下に違反があった場合には罰則が定められているものもあります。
- 特許出願取下げの制限(法72条1項)
- 許可を受けていない者の当該発明の実施の制限(法73条1項)
- 当該発明の開示禁止(法74条1項)
- 他の事業者との発明の共有の承認制(法76条1項)
- 当該発明の適正管理義務(法75条1項)
保全指定の期間は1年以内ですが、期間満了後も保全指定の延長の要否が検討され、必要と判断された場合には、1年を超えない範囲での延長の可能性があります(法70条2項・3項)。また、再延長について法律上の制限はありません。
外国出願の禁止
(1)外国出願が禁止される場合
日本国内でした発明であって公になっていないものが、保全審査の対象となる発明に該当する場合は、原則として外国での出願が禁止されています(法78条1項)。日本国内でした発明であって公になっていないものが、保全審査の対象となる発明に該当する場合は、日本で特許出願をしているか否かにかかわらず、また、特許庁長官から内閣総理大臣に特許出願に係る書類が送付される前であっても外国出願が禁止されます。
(2)外国出願の例外
日本において明細書等に保全審査の対象となる発明を記載した特許出願であっても、以下に該当する場合における当該特許出願に係る明細書等に記載された発明については外国出願は禁止されません(法78条1項ただし書)。そのほか、政令で一定の例外が定められています(法78条1項および施行令14条)。
- 当該特許出願の日から10か月(施行令15条)を経過したとき(保全指定の通知があった場合等を除きます)
- 当該特許出願の日から3か月(施行令13条)以内に特許庁長官から内閣総理大臣に特許出願に係る書類を送付した旨の通知が発せられなかったとき(3か月が経過する前に当該特許出願が却下された場合等を除きます)
- 特許庁長官が内閣総理大臣に特許出願に係る書類を送付しない旨の判断をした旨の通知、内閣総理大臣が保全指定をしない場合の通知または保全指定が解除され、もしくは保全指定の期間が満了した旨の通知を受けたとき
(3)外国出願の禁止に違反した場合
外国出願の禁止に違反した場合には罰則が科されます(法94条1項)。また、内閣総理大臣は、特許庁長官から内閣総理大臣に特許出願に係る書類を送付した旨の通知を受けた特許出願人が外国出願をしたと認められる場合であって、当該特許出願が却下されることが相当と認めるときは、その旨を特許庁長官および特許出願人に通知するものとされ、通知を受けた特許庁長官は当該特許出願を却下するものとされています(法78条5項・7項)。
(4)事前確認
保全審査の対象となる発明に該当する可能性がある発明を外国出願しようとする者は、外国出願禁止への該当性の有無につき事前に確認を求めることができます(法79条1項)。
補償、経過措置
(1)補償
保全指定を受けたことにより損失を受けた者は、国より通常生ずべき損失の補償を受けることができます(法80条1項)。
(2)経過措置
施行時に係属している出願について本制度は適用されません(附則2条)。また、政令が改正され新たに特定技術分野に含まれた技術につき既に係属中の出願については、本制度は適用されません(法66条11項)。
実務上の留意点
まずは、事業者において、自社事業から特定技術分野に属する発明が生じる可能性を調査し、把握しておくことが重要です。特定技術分野に属する発明がすべて保全審査の対象となる発明となるわけではなく、いわゆるデュアルユース技術(上記6−2参照)については一定の付加要件が必要になりますので、付加要件の該当性にも留意する必要があります。
仮に、自社事業から保全審査の対象となる発明が生じる可能性があることがわかった場合は、知的財産部門や情報セキュリティ部門と連携して、行政と緊密に連携しながら、情報管理に留意して、今後の知財ライセンス戦略を企画することが重要です。
自社事業から保全審査の対象となる発明が生じる可能性がある場合、外国出願の禁止、保全指定を受けた場合の保全対象発明に係る適正管理義務等本制度によって生じ得る義務を適正に実施するための社内規程を整備する必要があります。
また、特定技術分野に属する発明の特許出願をする可能性がある事業者においては、発明が保全審査の対象となる発明に該当するか検討し、該当する可能性がある場合には、保全指定を受ける可能性があることを理解したうえで、出願を行うか検討・判断をしていく必要があります。
特に、保全指定を受ける可能性がある場合に出願を取り下げる方針であれば、そもそも出願をするかどうか、コスト面も踏まえて検討しておくことが必要になると考えられます。
セキュリティ・クリアランス制度
2024年1月現在、政府はセキュリティ・クリアランス制度の創設に向けて、2024年の通常国会に関連法案を提出する準備を進めています 28。セキュリティ・クリアランス制度とは、国家における情報保全措置の一環として、政府が保有する安全保障上重要な情報として指定された情報(Classified Information)にアクセスする必要がある者(政府職員および必要に応じ民間事業者等の従業者)に対して政府による調査を実施し、当該者の信頼性を確認したうえでアクセスを認める制度です 29。
2024年1月、経済安全保障分野におけるセキュリティ・クリアランス制度等に関する有識者会議が「最終とりまとめ」を公表したところであり 30、今後、セキュリティ・クリアランス制度についてどのように法整備が進められるかについても注視していく必要があります。
アンダーソン・毛利・友常法律事務所では、本連載や、「特集 経済安全保障・通商プラクティス」、ニューズレター等を通じて、今後も経済安全保障推進法に関する最新情報を発信する予定です。
なお、本稿は、2022年に公開した際に共同執筆を担当した武士俣 隆介弁護士の同意を得て、松本 拓弁護士、後藤 大智弁護士、石川 雅人弁護士の共同執筆により、2024年1月現在の情報に基づき改訂したものです。
監修:中川淳司 弁護士
アンダーソン・毛利・友常法律事務所外国法共同事業 客員弁護士。(1)①WTO法およびWTO紛争解決に関して豊富な知識と経験を有し、政府のWTOパネル・上級委員会報告書に関する調査研究会の委員を長く務める。WTO法に関する教科書、研究論文を多数執筆。②TPPをはじめとする自由貿易協定・経済連携協定の調査研究、企業への助言の経験が豊富。(2)食品安全規制の国際的な動向についての調査研究を行い、研究書を公刊。(3)欧米の貿易関連規制の動向に関する調査研究、企業への助言の経験が豊富。
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「経済安全保障は多岐にわたる新しい課題であって、我が国を含めて、その定義という意味では、主要国において確立したものがあるわけではありません。この法案においても特段定義づけというのは行っておりませんが、あえて分かりやすく申し上げれば、国家そして国民の安全を経済面から確保することと言えるのではないかと思います、それを定義と言うかどうかは別として。」(第208回国会 衆議院内閣委員会 第11号(令和4年3月23日)小林鷹之国務大臣答弁) ↩︎
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2023年6月16日「経済財産運営と改革の基本方針2023 加速する新しい資本主義~未来への投資の拡大と構造的賃上げの実現~」27頁 ↩︎
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「経済施策を一体的に講ずることによる安全保障の確保の推進に関する基本的な方針」(2022年9月30日) ↩︎
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安定供給確保支援法人および安定供給確保支援独立行政法人(照会制度や相談業務は安定供給確保支援法人のみ実施) ↩︎
-
特定重要物資等の需給がひっ迫した場合に行う措置として、主務省令(たとえば、経済産業省関係経済施策を一体的に講ずることによる安全保障の確保の推進に関する法律に基づく供給確保計画の認定等に関する省令(令和5年経済産業省令第3号)3条1号)では、以下の措置が定められています。なお、認定供給確保事業者には、これらの措置を講じることが求められていますが(法9条4項4号)、法では、特定重要物資等の需給がひっ迫した際にそれ以上に何か強制力をもって調達等の措置を講じることは義務付けられていません。
① 平時(特定重要物資等の需給および価格が安定し、円滑な取引が実施されているときをいう。以下この号において同じ)を上回る特定重要物資等の生産、平時の在庫または備蓄の全部または一部の放出その他の需給がひっ迫した場合に実施する特定重要物資等の供給に関する措置
② 特定重要物資等の代替となる物資の平時を上回る使用または供給その他の需給がひっ迫した場合に実施する特定重要物資等の依存の低減の実現に資する措置
③ 平時の取引先以外からの特定重要物資等の調達その他の需給がひっ迫した場合に実施する供給源の多様化に関する措置
④ ①から③までに掲げるもののほか、需給がひっ迫した場合に実施する特定重要物資等の安定供給確保に関する措置 ↩︎ -
安定供給確保基本指針25頁 ↩︎
-
従わない場合には罰金の制裁が規定されています(法96条4号)。 ↩︎
-
経済安全保障法制に関する有識者会議「経済安全保障法制に関する提言」(2022年2月1日)によれば、備蓄のほか、海外からの調達、使用節減の呼びかけ、委託生産等が想定されています。 ↩︎
-
特定重要設備の維持管理もしくは操作のうち一定のものを「重要維持管理等」といいます(法52条1項)。主務省令では、重要維持管理等として、①維持管理および②操作が定められています。 ↩︎
-
経済産業省関係経済施策を一体的に講ずることによる安全保障の確保の推進に関する法律に基づく特定社会基盤事業者等に関する省令(令和5年経済産業省令第41号)11条および13条等 ↩︎
-
経済産業省関係経済施策を一体的に講ずることによる安全保障の確保の推進に関する法律に基づく特定社会基盤事業者等に関する省令(令和5年経済産業省令第41号)14条および15条等 ↩︎
-
特定社会基盤役務基本指針4章1節(2)および経済産業省関係経済施策を一体的に講ずることによる安全保障の確保の推進に関する法律に基づく特定社会基盤事業者等に関する省令(令和5年経済産業省令第41号)16条等 ↩︎
-
特定社会基盤役務基本指針11頁 ↩︎
-
国土交通省関係経済施策を一体的に講ずることによる安全保障の確保の推進に関する法律に基づく特定社会基盤事業者等に関する省令(令和5年国土交通省令第62号)1条4号 ↩︎
-
国土交通省関係経済施策を一体的に講ずることによる安全保障の確保の推進に関する法律に基づく特定社会基盤事業者等に関する省令(令和5年国土交通省令第62号)12条4号 ↩︎
-
特定社会基盤役務基本指針29頁 ↩︎
-
特定社会基盤役務基本指針29頁 ↩︎
-
自社が上記(i)〜(iii)に該当するかどうかに疑義が生じる場合には、事業者としては、取引相手方や当局と適切にコミュニケーションを取ることが必要となります。 ↩︎
-
特定重要技術研究開発基本指針11頁 ↩︎
-
特定重要技術研究開発基本指針14頁 ↩︎
-
特定重要技術研究開発基本指針20頁 ↩︎
-
「産業の発達に及ぼす影響」の内容としては、①特許出願人を含む当該発明の関係者の経済活動に及ぼす影響、②非公開の先願に抵触するリスクに関して第三者の経済活動に及ぼす影響および③我が国におけるイノベーションに及ぼす影響の3つの観点から総合的に考慮する必要があるとされています(特許出願非公開基本指針7頁)。 ↩︎
-
経済安全保障分野におけるセキュリティ・クリアランス制度等に関する有識者会議「最終とりまとめ」(2024年1月19日)1頁 ↩︎
-
経済安全保障分野におけるセキュリティ・クリアランス制度等に関する有識者会議「最終とりまとめ」(2024年1月19日) ↩︎
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